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2013年4月

神としての徐福?

ある人と、徐福を巡って面白い会話をしました。

徐福は、どういう名前で祀られているかというのです。

 そうなると別の名前で祀られているから、それを当てれば良いってわけで。

 徐福から、物部は始まるから、物部系の神の中に、探せばいるのかな?

もちろん、別な名前で祀られています。

その名前で祀られているからから、問題があるというのですよ。

 籠神社の祭神は、天火明命・天照御魂神・天照国照彦火明命・饒速日命。

 別名、彦火明命。

 物部で、祖神っていえばこの方ですが…

ところが、物部氏は可美真手命で饒速日命では無いそうです。

神武天皇の前に来た、徐福御一行は何処に消えたか解くことが、謎を解く鍵だそうです。

 となると…。

 大物主の別名を持つ、大国主…。

 この神は、徐福説を言う声もありますね。

国譲りに潜む謎の神を、解けば良いという展開になりました。

 元出雲…京都に、元出雲を名乗る出雲大神宮がありますね。

ええ、出雲童歌「ネコにゃんにゃん」を探っていて知りました。

 出だしはこんな感じでしたね。

 出雲にゃんにゃんのん 出雲にゃんにゃんのん
 出雲にネコがいーたそうな にゃんにゃんのん・・・
 神様がかわいくて ネコ ネコ ネコと呼ぶ、
 にゃんにゃんのん・・・ ・・・

かつては出雲を名乗る神社と言えば、出雲大神宮でした。

現在の出雲大社は、明治時代になってからの名称で、それまでは「杵築(キヅキ)大社」と呼ばれています。

にもかかわらず、「杵築大神」という呼び名は、『古事記・日本書紀』、『出雲国風土記』などには載っていないようなのです。

変でしょ。

 出雲にネコがいーたそうな

 そして、京都の丹波にある出雲大神宮が怪しい。

 このネコを天皇とみると、こうなりますね。

 出雲に禰子(天皇)がいーたそうな

 この天皇が、徐福だった?

ところが、徐福は天皇のような地位にはついてなかったのですよ。

 つまり?

 徐福は、むしろ黒子?

出雲国造家の祖先を、調べたら面白いことが分かったのです。

 出雲国造家の祖先ですか?

出雲国造は、国譲りに応じた大国主命を祀る為、天日隅宮の祭祀を担った天穂日命を始祖、その子神の建比良鳥命を2代とするようですね。

天日隅宮とは、杵築大社すなわち出雲大社のことです。

 高天原から地上に降り、天皇家の始祖となったのがニニギであり、その父の天忍穂耳の弟が、天穂日であるとされますね。

 天穂日は、葦原中国平定のために出雲の大国主神の元に遣わされたが、大国主神を説得するうちに心服してその家来になってしまい、地上に住み着いて3年間高天原に戻らなかったのですよね。

 その後、出雲にイザナミを祭る神魂神社(島根県松江市)を建てています。

そう、天穂日命なんですね。

このやり方は藤原族に、良く似てるのですよ。

 自らは天皇位の即位を狙わず、ぴったり寄り添う形。

出雲大社本殿の向きに、天穂日命は鎮まり給へるようですね。

そして、天穂日命は祭祀を司ることになります。

 向きですか。

 出雲大社本殿の向きに天穂日命は鎮まり給へるですか?

出雲大社は、社殿は南向き、それでいて御神座のある御内殿は、西向きなのです。

 社殿と御内殿、どちらに注目しろと。

一般的には神社は南を向いているので、実際の参拝者は北を向いて参拝する形になるのは御存じでしょ。

これは、太一信仰に基づいて居ます。 

 太一信仰とは、北辰信仰、つまり、北極星の方位を天の中心として崇めるわけですね。

一方、出雲大社は、社殿は南向き、それでいて御神座のある御内殿は、西向きなのです。

その近くに天穂日が鎮座しているお社があるのです。

これは、天穂日が出雲の大神を拝している形でもあります。

 本殿西側に天穂日命が祀られる氏社、これは確かに天穂日が出雲の大神を拝している形ですね。

 天穂日命=徐福が、大国主=饒速日を拝する。

 徐福は、饒速日の黒子的存在だったと…。

 これ、徐福は八咫烏ということ、つまり裏天皇でしょうか。

 饒速日が神武に国を譲り、神としての大国主として島根に退いたわけでしょ。

 神武は人としての大国主となり、徐福は大国主の祭司という建前で八咫烏=裏天皇となる。

 この辺の事情が混乱して、中国からは徐福が神武となったという説が出てしまうことになる。

徐福=物部=海部氏=カモ族の構図だそうです。

カモ族と言ったのは、さまざまな綴りがあるからです。

さらに、カモの流れをくむ氏族も含んで考える方が良いようです。

それで、今回の議論ではカモ族と言ってました。

 やはり…。

 やはり、そういうことでしたか…。

 徐福=物部=海部氏=カモ族

籠神社の葵祭には、何の植物を用いているのか知っていますか。

 籠神社の場合は、藤ですね。

徐福=藤原氏 という事を間接的に既に明かしているらしいですね。

 藤原氏は、秦氏から出たのではなかったのですか。

ややこしいことに、物部氏と秦氏の間には、文字通りの物部氏、物部系の秦氏、秦氏系の物部氏、文字通りの秦氏、という四つのパターンがあるようです。

 鴨が葱背負ってやってくる。

 猫も杓子も。

 鴨にされる。

 これをつないで、こう解釈するわけですか。

 賀茂が禰宜背負ってやってくると、禰子も釈氏も、賀茂にされる。

物部系と秦氏系の間がややこしくなった背景には、まさに、そういう事情があったのでしょうね。

 藤原氏の中でも、どちらかと言えば政治担当の家系と、どちらかと言えば祭司担当の家系があったようですね。

藤、特に下がり藤からは政治担当、あまり知られていない剣片喰の家系からは祭司が出ていた可能性があるようです。

その逆がないとは、言い切れないですけど。

 でも、藤原と言えば藤。

 剣片喰はもっぱら祭司…。

祭司の家系からも、士族化して政治の方に入った流れもあるでしょうけどね。

 でも、貴族の中には…。

貴族となった藤原氏の傍系のなかには、物部系藤原氏があるいはいたかも知れません。

どこまでも、可能性ですけどね。

 ひょっとして、祭司の家系の藤原氏に物部系がいるのでしょうか。

物部系神社と言われる神社がある以上、そうかも知れないですね。

 籠神社が、物部系とされながら藤を使う背景には、物部系の秦氏=藤原氏=カモ族という事情がある。

どこまでも、推測ですがね。

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何故にドラ?

野良猫と、ドラ猫っていいますね。

 二通りの言葉があるのは、当然、それなりの理由がある。

野良は、野良猫、野良犬、野良仕事と、それほど悪い意味はないです。

 野にいると言う意味では、野巫(やぶ)という言葉がありますね。

野にいるとは、特にどこかに仕えているわけではない、どこかに所属しているわけではない、という意味もあります。

 野良猫、野良犬、野巫は、どこかに所属しているわけではない、ということですね。

それ以上の意味はないです。

 後は、屋内ではないという意味での、野。

だから、野良仕事という使い方もあるのでしょうね。

 野党は、屋内にいますけど。

この場合の野は、権力の座にいないとか、民間に降ったと言う意味ですから。

ただし、野猫(やねこ)というと野生化したイエネコのことをさすので、単に飼い主がいない場合には野良猫というべきでしょう。

また、野犬(やけん)というと飼い主のいない犬であるが、単に野犬というと野生化した犬を含むので、飼い主がいないと言いたいだけなら野良犬と言いましょう。

ところが、ドラは、ドラ猫、ドラ息子と、どうもあまり良い意味で使われないです。

さらに、野良と違って、ドラ犬とは言いません。

このドラに、銅鑼が語源という説が出るのは、興味ありますね。

 ドラ猫のドラは銅鑼が語源というけど、寺と神社の見分けがつきにくい場合、銅鑼があるのが寺、鈴があるのが神社でしょ。

 なぜ、ドラ猫というと、あまり良い印象がないのでしょうね。

僧兵といって、日本の古代後期から中世、近世初頭にかけて存在した僧形の武者がいました。

その名で連想できるように、主に寺社勢力に所属する武装集団です。

僧兵は、法師武者あるいは武装した僧侶を僧衆、悪僧と同時代でいうが、それを江戸時代以降呼称した言葉です。

ちなみに悪僧の「悪」は悪党の悪と同じで「強い」という意味合いがあります。

ちなみにこれに対し、神社に所属する武装集団を神人(じにん)といいました。

 そういえば、神社系の武士集団出身とみられる武将もいましたね。

今回は深入りしないけど、結構いますね。

日本以外にも、嵩山少林寺のように僧兵として武装集団を組織する仏教僧の集団がいました。

僧兵は、広義には武装した宗教集団を指すこともあって、その場合はヨーロッパの騎士修道会も含まれることがあります。

僧兵や神人が活躍した時代は、社会が乱れる一方でした。

広大な寺領・神領を有して経済的に豊かであった寺社は盗賊のみならず、さまざまな勢力によって狙われる危険性が生じたのです。

このため、こうした動きから寺社を防衛する武力を保持する必要が出てきます。

一見矛盾するように見える「寺院・神社の武装化」は、このような時代背景のもとに推進される事になるのです。

とはいえ、僧兵の横暴が朝廷の不安要素であったことがうかがえる出来事もありました。

京都・奈良の大寺院の雑役に服する大衆である堂衆が、自衛武装した僧兵が居ました。

堂衆が自衛武装した僧兵は、平安時代末期には強大な武力集団となり、興福寺・延暦寺・園城寺、東大寺などの寺院を拠点として、寺院同士の勢力争いや、朝廷や摂関家に対して強訴をくりかえします。

以仁王の挙兵では、平家とも争い、『平家物語』の武蔵坊弁慶などにも、その描写がみられます。

特に、南都の興福寺は衆徒あるいは奈良法師、北嶺の延暦寺は山法師と呼ばれました。

白河法皇は、天下の三不如意、つまり自分の意のままにならないものとして「賀茂川の水(鴨川の流れ)・双六の賽(の目)・山法師(比叡山の僧兵)」を挙げています。

中央から離れた地域でも有力寺社は軍事力を持ったり地元軍事力と結びつき、当時のパワーバランスに大きな影響を及ぼしていました。

源平の争乱の時には、熊野水軍を取り仕切っていた熊野別当にたいし双方から政治的な取引がなされた例などがよくしられています。

室町時代に、かつて義円と名乗り天台座主だった足利義教が、僧兵の軍事力と粗暴さを熟知しているため、延暦寺討伐に動き出して大規模の弾圧を実施しました。

 後年の織田信長も延暦寺の焼き討ちををやっていますね。

このような歴史があって、厄介な、持て余す、手を焼く、という意味で寺の事を遠回しに銅鑼と言ったのかも知れないですね。

 ドラ猫、ドラ息子と言って、犬には言わないですね。

困りものではあるが、余り邪険にも出来ない相手に使ったからでしょう。

 野犬が、野生に戻った犬だけでなく、飼い犬ではない場合を含むのは、危険を感じるので即座に処分も仕方がないと言う意味も込められている。

 だから、ドラを困りものの野良犬には使わない。

そうかも知れないですね。

どら息子のドラには、ほかにも、道楽、野良が訛ったという説もあります。

働き手、さらには跡取りとしての期待さえあったので、簡単には邪険にはできないだろうということで、今回は銅鑼語源説をとりました。

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ムハンマドとユダの木とエフライムの木?

ムハンマドは、イエスを聖霊を伴って遣わされた特別な預言者と言っているのです。

 そして、キリスト教徒とユダヤ教徒を、啓典の民と言ってるのよね。

これを、どうとらえるかですよ。

 ムハンマドは、イエスを受け入れたうえで、ユダヤ教徒を啓典の民と言っている…。

ユダヤ教徒にとって、神の聖典とはいわゆる旧約聖書だけです。

つまり、ユダヤ教徒にとって、聖書といえば新約を含まないので、旧約などと呼ばれるのは心外ということでしょうね。

 ユダヤ教徒にとって、新約を認めたら、イエスを救世主として受け入れることになる…。

そういうことでしょうね。

だが、イエスは旧約聖書の救世主に関する預言を、ことごとく踏まえ、また、満たしているのです。

ムハンマドは、この旧約聖書も含めて、聖書を読めと言っているのです。

 旧約聖書の救世主に関する預言を、ムハンマドもまた受け入れたうえで、イエスを特別な預言者と言っている。

これを、どう思うかです。

 旧約聖書の預言した救世主は、イエスであるとムハンマドもまた認めたことになる。

当然でしょ。

イエスを旧約聖書の預言した救世主であると主張するキリスト教徒もまた、啓典の民と言っているのです。

そして、救世主としてのイエスを否定する言葉は、ムハンマドは一度も言っていないのです。

 預言者としてのイエスを前面に出しているが、救世主としてのイエスには触れていないだけで否定はしていない。

救世主としてのイエスには一言も触れていないけど、キリスト教とも受け入れた以上は、言うだけ野暮でしょ。

 ムハンマドがユダヤ教徒に求めることは、預言者としてのイエスを受け入れることであると同時に、救世主としてのイエスを受け入れること。

 ムハンマドがキリスト教徒に求めることは、救世主としてのイエスを受け入れるだけではなく、ユダヤ教改革者としてのイエスを受け入れること。

つまりムハンマドは、イエスが果たそうとして果たせなかったユダヤ教改革を継承し成し遂げるとともに、キリスト教にもユダヤ教改革者であったイエスの原点に戻れと、呼びかけていたことになるでしょ。

 ムハンマドの目指していたことは、ユダヤ教とキリスト教の統一であった…。

コーランは、そのために奮闘したムハンマドの言葉の記録でもあったということでしょうね。

 アッラーから下された、言葉の記録でもあるけれど…。

もちろんムハンマドは、アッラー、すなわち、御父エロヒムの預言者としてのヤハウエ=イエスの地上における代行者として行動したわけですからね。

 ムハンマドは、ヤハウエ=イエスの地上における代行者として行動、ということは預言者よね。

アブラハム・イサク・ヤコブの系譜からは外れるけど、アブラハムの息子であるイシマエルの子孫だから、アブラハムの系譜の預言者であることは言えるでしょうね。

 アブラハム・イサク・ヤコブの系譜からは外れているからと、ムハンマドを預言者として受け入れないのは、ユダヤ教とキリスト教の頑なさ。

預言者を選ぶのは、神であって、人じゃないですよ。

 ムハンマドの行動が実を結ばなかったのは…。

神の想定の、範囲内だったのでしょねえ。

 そ、そんな…。

でも、イスラム世界は、ユダヤ教とキリスト教の失われてしまった原風景を今日まで伝えているという存在意義は、大きいでしょうね。

 イスラムによって、加えられた部分はあるにしても…。

当然、すべてが当時のままなわけ、ないでしょ。

 確かに…。

ユダヤ教とキリスト教の頑なさを神は予見していたから、ユダの木とエフライムの木という言葉で神は、何かを伝えようとしていたのでしょうね。

 エフライムは失われた十支族なはずでしょ。

失われたということは、やがて出てくることを意味しているのでしょ。

 エフライムの木はどこかにある。

あるから、聖書に書かれるわけでしょ。

 確かに…。

でしょ。

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パウリの排他律を疑ってみると?

原子構造の模型において、電子の収容場所にどんなふうに電子が入っているかを示すのが電子配置です。

電資配置のうち、原子核を取り巻く電子軌道の集まりを電子殻と言います。

電子殻は、さらに、小軌道に分けられます。

そして、面白いことに、小軌道に入れる電子の上限は必ず2の倍数なのです。

当然電子殻に入れる電子の上限も、2の倍数になります。

これは、電子のように物質の構造に関係する粒子の仲間は、同じ状態には2個までしか入れないと言う事情があるからです。

これを発見者の名をとって、パウリの排他律と言います。

電子のように物質の構造に関係する粒子の仲間を、素粒子研究に大きな功績を遺したフェルミの名にちなんでフェルミ粒子、または、フェルミオンと言います。

一方、光のようにエネルギーの伝達に関係する粒子の仲間を、素粒子研究に大きな功績を遺したボースの名にちなんでボース粒子、または、ボソンと言います。

パウリの排他律は、フェルミ粒子にだけ起こり、ボース粒子には見られません。

パウリの排他律の説明として、スピンという考えが使われます。

上向きのスピンと下向きのスピンで組みを作って、軌道に収まっていきます。

電子の軌道は、定常波で表せることが気づかれ、物質波と呼ばれるようになります。

 物質波に気づいたド・ブロイは、光に波と粒子の二面性があるなら、電子にも波と粒子の二面性があるのではと提唱したのでしたね。

提唱者のド・ブロイの名から、物質波はド・ブロイ波とも呼ばれます。

ド・ブロイの気づいた物質波は、やがてシュレーディンガーの波動力学として量子力学を大きく支えることとなります。

波動力学に異を唱えたハイゼンベルクたちは行列力学を提唱したが、シュレーディンガーは同じ内容を別の式で言ってるに過ぎないと証明します。

そして、解く状況に応じて都合のいいほうを使いこなせばよいことになります。

多数のボース粒子が一つの量子状態を占めることで現れる物質の状態を、ボース=アインシュタイン凝縮、あるいは、ボース凝縮とも言います。

ボース=アインシュタイン凝縮は、外部ポテンシャルによって閉じ込められた弱く結合しているボース粒子の希薄気体が絶対零度近くの低温まで冷やされたときに生じる現象です。

絶対零度0K(ケルビン)は、摂氏でいえば-273.15°Cになります。

ようは、極端に冷えると起こる現象と思ってください。

このボース凝縮と似たことは、実は、フェルミ粒子でも起こるのです。

これを、フェルミ凝縮と言います。

フェルミ凝縮は、絶対零度近くの低温まで冷やされるボース凝縮より、さらに絶対零度近くまで温度を下げて初めて現れる現象です。

ボース凝縮やフェルミ凝縮と類似した現象として、超伝導や超流動があります。

 超伝導は、絶対零度まで下げないでも起こる物質が見つかっているので、超低温下の現象と同じと言われても…。

見つかったのは超低温下だったし、原理が解明される中で、より高温で起きる可能性が追求されることになったわけです。

実際は見つかったと言うより、確認されたと言うべきでしょうけどね。

 パウリの排他律があるのに、どうしてフェルミ凝縮が起こるかというと…。

皮肉なことに、パウリの排他律が、謎を解く鍵なのです。

同じ状態には2つまでしか入れないとは、裏を返せば2つまでは入れることになります。

 同じ状態に、1つだけで割り込もうとしても断られるが、2つでなら割り込めると見て良いのかというと…。

ではなぜ、2つのフェルミ粒子が組になると、フェルミ凝縮が起きるかですよ。

 上向きのスピンと下向きのスピンで組みを作ると、フェルミ凝縮が起きる条件が出来る。

電子には、光子と同じように、波と粒子の性質があります。

 そして、電子には物質波があるのですよね。

この物質波の考えは、やがて陽子や中性子などすべての素粒子に適応されていくことになります。

 物質波は、極めてミクロの現象とされるのですよね。

だが、フェルミ凝縮でも、物質波が関係しているとしたらどうでしょう。

スピンの上向きと下向きということは、周期性のある動きに対称性があるとみていることではないでしょうか。

スピンは便宜上の概念とされるが、もし、ほんとうにあるとしたらどうなります。

 回転は波動として、記述できますね。

波動には位相があり、位相を180度ずらすと反転し、逆位相となります。

逆位相は重ねると、あたかも波動がないかのように振る舞いだすのです。

 つまり、2つの波がありながら、波はゼロとして振る舞う。

ゼロは何倍しても、ゼロでしょ。

 つまり、たくさんのフェルミ粒子が、あたかもそこにないかのように振る舞っている。

でも、実際にはあって動いているから、完全に隠れきれないので、それがフェルミ凝縮として観測されるのでしょうね。

 フェルミ凝縮がボース凝縮より、さらに絶対零度に近い必要があるのは、フェルミ粒子同士が逆位相で重なり合うにはそれだけ動きが制約される必要がある。

そういうことでしょうね。

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方舟と伊勢の神宮?

柱の語源に、古代中東の神であるアシラがあると言う説を聞いたことがある人は、多いはずです。

なにしろアシラ神の像は、柱にしか見えないのですから。

H音は欠落して母音が表面化しやすい、という事実も、この説をもっともらしく見せているわけですよ。

 そこで、箱の語源はアークと言っても良いはずだと、突っ込みましたよね。

丸唇的な発声法は巻き舌音を生みやすく、巻き舌音はH音を生みやすいのです。

そして、どう考えても、古代日本語を再現してみると丸唇的な発声法の方が言い易いのです。

当然、巻き舌音も発生しやすくH音が生まれやすいと思った方が良いでしょう。

そして、丸唇的発声法でいえば、アシラが柱に転訛したように、アークは容易に箱に転訛するのです。

 興味深いことに、英語版聖書は契約の箱をアークと呼んでいますね。

そして、ためしにArkで画像検索かけてみてください。

 契約の箱とノアの方舟の絵が、並んで出てきますね。

そして、契約の箱と神輿はよく似ているでしょう。

この神輿に、舟神輿と呼ばれる、まさに舟を模った神輿があります。

 舟神輿を画像検索にかけたら、普通の神輿も検索にかかりますね。

当たり前でしょ。

 それと、変な神輿も…。

まあ、神輿にもいろいろありますからねえ。

でも、奇妙なのは、御船代祭と呼ばれる、どう見たって舟に見えない神輿をしずしずと運ぶ祭りが、伊勢の神宮にあることです。

いくら、代わりと言っても、どう見たって普通の箱に担ぎ棒を付けた神輿でしょ。

 確かに…。

この舟神輿の伝統がある日本に、日ユ同祖論が言われるのですよ。

 しかも、古代中東のYAP遺伝子が残る世界でもまれな国。

 YAP遺伝子の+(プラス)と-(マイナス)の両方が揃って、伝わってる国は他にありますか。

極めて珍しいでしょうね。

 Arkは契約の箱とノアの方舟の双方を指し、日本には契約の箱に似た神輿と舟神輿がある…。

 おまけに、どう見ても船に見えない御船代まで…。

へブル文字の書き方にはカタカナに形ばかりか、音までそっくりなものがあると指摘されます。

ヘブル語には音と意味が日本語に近い言葉はたくさんあると、いう人もいます。

 この日本に、古代イスラエルの幕屋に似た構造の神社があり、偶像を作らず、ヤキンとポアズに似た二本柱の鳥居が立ち、賽銭箱があるところまでそっくり。

 日本は、契約の箱に似た神輿を担ぐ。

 神職のいで立ちまでユダヤ教と神道は似ていて、清めの塩を用い、お祓いをすることまで同じ。

この日本に、「大船(おおぶね)に乗ったよう」という言い回しがあるのは、偶然でしょうか。

そして、船という字は舟編に八つの口と書くが、ノアの方舟に乗ったのも八人です。

人数を人口ともいうでしょ。

だったら、八つの口は八人と見ても良いと言う人は、結構いますよ。

 ということは、舟神輿は方舟の記憶を忘れないための儀式だったりするのかしら。

どうなのでしょうね。

携帯神社であるはずの神輿に、契約の箱のレプリカと言いたくなる形と、船形があるのです。

面白いことに、ヘブル語ではノアの方舟(תיבת נח)の方舟に当たる綴り(תיבת)で画像検索をかけると方舟の絵と並んでさまざまな箱の絵が検索にかかります。

 Arkだと契約の箱の絵まで検索にかかったのに、車の絵は出ても契約の箱の絵は出ないですね。

じつは、ヘブル語では、契約の箱(ארון הברית,)は別の綴り(ארון )を使うのです。

 あれ、箱というより棚、それも扉や引き出し付の収納棚、それに、押し入れの絵、押し入れというより立て付けの収納スペースかな、が出てきました。

衣類や食器、他にも本など入れても良いのかも知れないけど、箱型ではあっても、およそ、箱のイメージとは違いますねえ。

 契約の箱って、むしろ、日本でいう葛籠(つづら)に用途が近いのかしら。

そうかも知れないですね。

ついでに契約(הברית)の方も見てみましょうか。

 もちろん、契約というか、誓約の場面のような絵も多く検索にかかるけど…。

 今度は、契約の箱以外の箱は画像検索にかからないけど、車以上に飛行機の絵が出ますね。

羽繋がりで出るのだろうけど、ケルビムにつられて天使が出るのではなく羽と箱で飛行機が検索にかかるあたりは、面白いですね。

脱線はここまでとして、方舟や契約の箱を神輿から連想できるのは面白いでしょ。

伊勢の神宮には、籠(この)神社から移された真名(まな)の壺もあるそうですよ。

 籠神社は元伊勢を名乗ってますね。

さらに、本伊勢(もといせ)とも籠神社は名乗ってます。

今の外宮は籠神社からの勧請なので、内宮の祭神がこの地に泊った時点で一度、伊勢の神宮は完成しているのです。

 THE神宮になり損ねた神社という悔しさが、本伊勢という名乗りに込められている。

しかも、籠神社の裏社紋は籠目、つまり、六芒星だそうだです。

本当は、神社の名前にふさわしく表社紋が籠目だったけど、ダビデの星に見える社紋のところにマナの壺とそっくりな名前の壺があるのは、余りに出来過ぎというと言う突込みがあったので、三つ巴に換えられたと、噂されてます。

換えさせたのは、伊勢の神宮にあるとも…ね。

この真名の壺が、今、伊勢の神宮にあるわけです。

 外宮ですね。

そして、八咫(やたの)鏡も伊勢の神宮にあります。

 内宮ですね。

やがて、熱田神宮にある草薙の剣は、伊雑宮(いざわのみや、正式名:伊雜宮)に移されるそうです。

 天叢雲剣とも、草薙の剣は呼ばれますね。

 元伊勢を称する神社は27ヶ所あるそうですが、その中でも「本伊勢」と称する神社は、籠神社と伊雑宮しかないそうですね。

その他の共通点として、ともに「海人族系の神社」であったり、または裏社紋が「籠目紋(六芒星)」である点などが指摘されています。

 飛鳥昭雄と三神たけるは、籠神社も伊雑宮も物部系と言いますね。

じゃ、勾玉は、どうなったと思います。

 真名の壺が、勾玉の正体とか…。

 それを言ったら、八咫鏡は十戒石、草薙の剣はアロンの杖となるでしょ。

八咫鏡には、へブル文字があったとまことしやかに伝わってますよ。

 草薙の剣は海に浮いて熱田神宮に行った…。

いくら神剣といえ、海に浮くとは奇跡過ぎるでしょ。

 その伊勢の神宮に、船に見えない御船代。

つまり、神の船の代わりということでしょ。

 でも、まさか、ノアの方舟を運ぶねなんて、洒落をいうわけないですよね。

箱がアークの転訛だとしたら、どうです。

 アークは、方舟であるとともに、契約の箱…。

少なくとも、本神輿の代わりですよね、御船代は。

表に出せない本神輿って、どういうこと。

 まるで、秘仏と前立仏。

秘仏を見れば奥義がわかるが、余りに衝撃的なので、隠されていると言うわけでしょうね。

 箱は、アークの転訛ではないかという話から、伊勢の神宮や籠神社、伊雑宮、熱田神宮まで、連想は広がってしまいました。

日本、面白いでしょ。

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素粒子の先はあるか。

一つの記事で、科学界に衝撃が走りました。

それが、これです。

ヒッグス 複合粒子か 名古屋大など計算実験で推定

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2013041302000125.html

2013年4月13日 『東京新聞』朝刊

 質量の起源とされ「神の粒子」ともいわれるヒッグス粒子が、複数の粒子で構成される「複合粒子」である可能性があることを、名古屋大を中心とするグループがコンピューターを使った計算実験で突き止めた。

英エディンバラ大のヒッグスセンターで二十四日から開かれる研究集会で発表する。

 成果を発表するのは、ノーベル物理学賞受賞者で名大素粒子宇宙起源研究機構の益川敏英特別教授、山脇幸一特任教授をはじめ、青木保道准教授ら計十人の研究者で構成するグループ。

 ヒッグス粒子は、それ以上は分割できない「素粒子」と考えるのが世界の主流。

複合粒子だった場合、クォークやレプトン、ゲージなど、現在は素粒子と想定されている粒子も、さらに細かい粒子から成り立っている可能性があり、人類にとって未知の世界が広がる。

かつて物質の最小単位は原子だと考えられていたが、陽子や電子などさらに小さな粒子が見つかったのと同じような発見を意味する。

 研究機構は専用のスーパーコンピューターを導入。

複合粒子の可能性を視野に、二種類の粒子からヒッグスを組み立てる計算実験を二年間続けた。

 その結果、「フェルミ」と呼ばれる粒子などの二粒子で構成される一つの粒子が、質量などの点でヒッグスの性質を持つ兆候を捉えることに成功した。

山脇特任教授は「現在の情報量は十分ではない。今後さらにデータを集める」と説明している。

 欧州合同原子核研究所(CERN)の国際実験チームが昨年七月、ヒッグスとみられる新粒子を発見。理論と合致する兆候を示していることから、この粒子はヒッグス粒子であることが確実な状況となっている。

 今回の実験結果はCERNの実験結果とも矛盾しない。

しかし、複合粒子の確実な証拠とまではいえず、益川特別教授は「さらに時間をかけてコンピューター実験を続け、データを集めれば、ヒッグス粒子が複合粒子かどうか、もっとはっきりしてくる」と話している。

<ヒッグス粒子> 英エディンバラ大のピーター・ヒッグス名誉教授らが1964年、理論的に提唱した粒子。

あらゆるところにあるが目に見えず、通常は感知することができない。

宇宙が始まった大爆発(ビッグバン)の100億分の1秒後に生まれ、海のように空間を満たしたとされる。

宇宙誕生直後は素粒子に質量がなく、光速で飛び回っていた。

しかし、ヒッグスの海にまとわりつかれて動きにくくなることで質量が生まれたと考えられている。

注目すべき点がここです。

ヒッグスが複合粒子だった場合、クォークやレプトン、ゲージなど、現在は素粒子と想定されている粒子も、さらに細かい粒子から成り立っている可能性を考えなければならなくなると言うのです。

 そして、当然、より基礎的と考えられる粒子もまた、波動力学で記述されるのでしょうね。

超ひも理論として知られる超弦理論は、正式には超対称性弦理論と言います。

 超対称性のあらわれる10次元を、考えるのですよね。

今現在、波動力学の想定する波動は、物理的なものではなく、確率論的と見なされています。

だがもし、物理的としたらどうでしょう。

 波動には、逆位相がありますね。

そして、逆位相は当然、対称的であるはずでしょ。

 量子力学は、もともと、光の研究から誕生した理論ですよ。

光は基本的に波動であるにも拘らず、粒子としても振る舞うのです。

 そして光の粒子性は、波長が短くなるほど、周波数は高くなるほど、大きくなるのでしたね。

物質を構成する粒子が多いフェルミ粒子(フェルミオン)は、軒並み波長が短いでしょ。

 エネルギーを荷うボーズ粒子(ボソン)は、フェルミ粒子より波長が長い。

光、つまり電磁波の仲間を見ればよくわかるでしょ。

 量子力学は光から始まって、ほとんどの素粒子を説明する理論へと、展開したでしょ。

捜査は難航したら、現場の検証をやり直すのは、基本でしょ。

量子力学は、多くの疑問を抱えたまま進んでいる以上、誕生の原点にまで遡って研究を再検討したほうが良いと思いますがね。

 急がば回れ。

その通りです。

エーテルは、光の媒質としてだけ考えられたから、そんなものはないとなりました。

けれども今は、全ての素粒子に波動があるのです。

 すべての素粒子の波動の担い手を、改めて探す時が来た。

その時代は、近いうち、来る可能性は大きいでしょうね。

 フラクタルの指し示す階層性を思えば、相似性を手掛かりにできるかもしれない。

そうかも知れないですね。

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稲荷と邪馬台国?

yahoo知恵袋で、面白い問答を見つけました。

伏見稲荷の元稲荷?

伏見稲荷の元稲荷? 京都市伏見区の伏見稲荷大社は、かなり昔に移転していて、元は今の東山の今熊野観音寺や泉涌寺の土地のあたりにあったというのは本当ですか?

現在の伏見稲荷の土地が、藤森神社の土地にあって、藤森神社のお祭りで、その土地を稲荷さんに奪われたことを遠まわしに何か掛け声のようなものを、氏子が言っているというのは、ありますか?

かなり前に、伏見稲荷の境内でガイドさんか研究会サークルか何かの人がそのことを何人かの人に講釈しているのを偶然に聞いてから気になっています。

ベストアンサーに選ばれた、といっても、寄せられた答えはこれだけなんですが。

元は今の東山の今熊野観音寺や泉涌寺の土地のあたりにあったなんて話は聞いたことがありません

藤森さんに行って 藁ひと束の土地をかして と言うので いいよと言ったら 藁を横に伸ばして多くの土地をその社にした いまでも藤森さんのお祭りで 御輿が いなり土地返せ というと 神主がでて 今稲荷は不在です といって 手みやげを持たせたというのは 本当みたいよ

ちなみに稲荷の氏子は東寺さん近辺 東寺さんが建つ時稲荷の木を無断で使って かなわんなぁ といったら かわりに東寺周辺を氏子にして といったとか だから稲荷の御輿が東寺前に行くと 坊さんが出てきて 挨拶するとか

また 東寺南門は三十三間堂から 800円(?)でもらったとか 都市伝説ですわ

何が面白いかと言えば、元は今の東山の今熊野観音寺や泉涌寺の土地のあたりにあったなんて話は聞いたことがありません、と言いつつ奇妙な言い伝えを紹介しているのです。

藤森さんに行って 藁ひと束の土地をかして と言うので いいよと言ったら 藁を横に伸ばして多くの土地をその社にした。

これに似た話は、カルタゴの始まりの物語
として伝わっています。

ディードーは、幼名はエリッサといい、
フェニキアの都市国家テュロスの国王の娘でした。

ティロス(あるいはテュルス)は、レバノンの南西部、地中海に面する都市で、今は遺跡になっています。

父の弟でメルカルトの神官をしていたシュカイオスと結ばれ、メルカルトの巫女として仕えていました。

メルカルトはティルスの主神で、冥府の王にして、植物の生長サイクルを司る者であり、狩人でもありました。

父は死去の際の遺言で、彼女と兄のピュグマリオーンが共同で国を治める様に告げます。

ところが、兄は王位の独占と叔父の財産目当てに遺言に違えてシュカイオスを暗殺し、ディードーの命をも狙います。

彼女は、全てを捨てて航海に出ます。

心ある家臣たちとともに旅立った彼女は、途中でキプロス島で豊饒の女神アスタルテーに仕える神官と神殿に献上される予定であった乙女達を受け入れます。

ディードーの一行は、現在の北アフリカ・チュニジアの地に辿り着き、彼女は、この地の王であるイアルバースに土地の分与を申し入れます。

イアルバースは、1頭の牝牛の皮が覆えるだけの土地であれば分与しても良いと応えました。

そこで彼女は牝牛1頭分の皮を細かく引き裂いて土地を取り囲み、砦を築くだけの土地を得ます。

この地が、後のカルタゴとなったのです。

古代ギリシアの歴史家ティーマイオスによれば、これを見たイアルバースは彼女の才能に惚れて求婚しました。

だが、亡き夫の死の際に決して再婚しないと誓っていた彼女はこれを拒んで火葬の炎の中に飛び込んで自らの命を絶ったといいます。

 藁ひと束の土地と1頭の牝牛の皮が覆えるだけの土地という、違いはあっても、確かに似てますね。

 カルタゴを建国したのはフェニキア人であり。古代イスラエルも、版図に入っていたでしょ。

 偶然じゃないですよね。

伏見と言えば、yahoo知恵袋でこんな問答もありました。

簡潔によくまとまってるので、紹介します。

伏見稲荷大社と景教は関連があるのですか??

伏見稲荷を創建した秦氏は、キリスト教徒だったと考えられます。

但し、俗に「景教徒」だったと言われますが、秦氏は景教=ネストリウス派が異端としてローマ帝国を追放された頃には秦氏は既に日本に渡来しているので、実際は景教より古いエルサレムのユダヤ人教会の末裔であると思われます。

しかし、後に伏見稲荷社は空海と深く結び付いていくことになります。

空海が訪れた頃の唐では景教が盛んで、空海もその影響を受けたと言われています。

(真言宗の儀式にはキリスト教に似たものがあるらしいです。一説では、空海は漢訳の聖書を持ち帰ったとも。)

実は空海(及び最澄)の入唐のバックには秦氏が深く関わっており、空海自身も母方が秦氏の出であったと言われます。

彼らを率いた遣唐使の藤原葛野麻呂は秦氏と深い関係にありました。

空海が帰国後伏見稲荷と結び付いたように、最澄は日吉神社と結び付きますが、ここも秦氏ゆかりの神社でした。

二人は新しく造営されたばかりの平安京を拠点に活動してゆきますが、平安京は、秦氏の発案により、秦氏の資金と秦氏の技術をもって、秦氏が本拠地としていた土地に建てられた都市でした。

その名「平安京」は「エルサレム」の直訳です。

ユダヤ人教会=秦氏=伏見稲荷=平安京=空海=景教 というラインには何らかのつながりが見られますね。

なお、「稲荷」の名は、十字架に架けられたイエスの罪状書き「ユダヤ人の王、ナザレのイエス」の、ラテン語表記「Iesvs Nazarenvs Rex Ieudaeorvm」の頭文字「INRI」に由来していると思われます。

聖書によれば罪状書きはヘブライ語、ギリシア語、ラテン語の三言語で並記されていましたが、ヘブライ語では「Yeshua Haーnotzri Weーmelech Haーyehudeem」となり、「INRI」は「YHWH」に変換されます。

これは言うまでもなくイスラエルの唯一神にしてキリスト教の「父なる神」である「ヤハウェ」を表す「聖四文字」です。

ここにも何かからくりがありそうです。

回答者は藤原葛野麻呂は秦氏と深い関係というけれど、藤原氏自体も秦氏の一族だという情報があると指摘する人もいます。

 稲荷の語源に、「INRI」説があるのは、前から知ってるけど…。

 稲荷に関係した伝承のあるとみられる東寺と藤森神社を結ぶ線と、稲荷山と元稲荷古墳を結ぶ線でできる十文字の交点の傍に、伏見稲荷があるように見える…。

ちょっと西にかしいでいるけど、そう見えますね。

 古墳の名前は、埋葬者が分かってないので、地名が付くはずでしょ。

 元稲荷古墳の名前も、この地が元稲荷と呼ばれてなければ、つかないはずでしょ。

そうですねえ。

 なぜ、伏見稲荷に限らず稲荷の赤い鳥居は、トンネルのようにいくつも並ぶのでしょう。

 私たちを清める、イエスの血の象徴だったりして…。

聖書には、悔い改めた者はイエスの血で清められるとありますね。

 伏見とは、十字架を荷うイエスとともに、不死身をもさした…。

 イエスの担いだのは、T十字の横棒だけだったのでしょ。

稲荷山と元稲荷古墳を結ぶ線は、担がれたと言わんばかりに傾いてますね。

しかも、陰陽でいう、生の方位の東から死の方位の西へと向かっているかのように。

 話が出来過ぎて、当惑しちゃいそう…。

元出雲を名乗る出雲大明神は京都府亀岡市で出雲大社の島根県とは離れているけど、元稲荷古墳は目と鼻の先と言って良い位に伏見稲荷と近いですからね。

 元稲荷、思わせぶりですよ。

 まさか、元稲荷は旧約聖書の「YHWH」、つまり、ヤハウエを指しているなんてことは。

畿内に邪馬台国があったとすれば、さらにヤマタイが、ヤマトの転訛だったとすれば、面白いことになりますよ。

日本語でヤマトと言えば、イスラエル人にはヘブル語で「ヤハウエの民」に聞こえてしまうそうです。

実際の発音はヤマトゥだそうだけど、ヤマタイと似てるでしょ。

 しかも、古代日本語は二重母音、つまり、ワ行母音だったから、ヤマトゥとヤマタイは、さらに音は近くなりそうですねえ。

君が代はヘブル語で解釈できると言って、ヘブル語で歌ってくれた讃美歌の歌い手がいましたよ。

旧仮名遣いの君が代を、聞いているような気分になりましたね。

違和感がなかったです。

 そして、卑弥呼や臺與の時代は、西日本はアイヌと起源を共有する琉球人の時代でしょ。

 臺與には、壱与と呼ぶという説も出てるけど。

 アイヌには生活文物に古代イスラエルと似ていると指摘があるし、アイヌと琉球人のYAPプラスも本土に多いYAPマイナスも古代中東の遺伝子でしょ。

元稲荷古墳といえば、こんな記事がありますね。

卑弥呼“後継者”の墓に酷似 京都の元稲荷古墳
http://sankei.jp.msn.com/life/news/120215/art12021521250007-n1.htm
2012.2.15 21:24 [歴史・考古学] MSN産経ニュース

 京都府向日市の元稲荷古墳(3世紀後半、全長約92メートル)が、邪馬台国の女王・卑弥呼の後継者、壱与(いよ)(台与)の墓説がある奈良県天理市の西殿塚古墳(3世紀後半、全長約230メートル)の2.5分の1の相似形で造営されたことが分かり、向日市埋蔵文化センターが15日、発表した。

 西殿塚古墳と酷似する古墳が確認されたのは、これまでに大阪府柏原市の玉手山古墳群以外ないという。

同センターは「相似形で造営するのは、大和の大王家と密接でなければ技術的に無理。被葬者が地域の有力者だったことが裏付けられる」としている。

 元稲荷古墳は国内最古級の前方後方墳。

昨年12月から前方部付近の約130平方メートルを発掘調査した結果、直線的に伸びる前方部(長さ約42メートル)の形が前方後円墳の大王墓とされる西殿塚古墳の前方部と酷似し、2.5分の1サイズと分かった。

 また、前方部と後方(円)部の長さの比率が、卑弥呼の墓ともされる奈良県桜井市の前方後円墳、箸墓(はしはか)古墳(全長約280メートル)とほぼ同じだった。

センターは「箸墓、西殿塚両古墳の造営方法が影響したのだろう」としている。

現地説明会は18日午前11時から。

元稲荷古墳の埋葬者が何者なのか、気になります。

 楽しみな展開になりそう。

確かに。

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日本の極東外交を考えてみた。

3位に落ちたとはいえ、4位以下を多くく引き離している日本の経済力を最大の武器として使わないでどうするのでしょう。

いつかやらなきゃ、なんて言ってる間に、経済で周辺国に追いつかれてきたらどうします。

経済力を有効に使って外交するなら、いまをおいてない位のことは考える方が良いでしょうね。

ようは、極東アジアに一国でも多くの友を作るための外交こそ、やるべきってことですよ。

 発想転換のイニシアティブは断然、日本がとるべしというわけですね。

北朝鮮と拉致問題を解決して国交正常化したら、次の段階は南北朝鮮の緊張緩和に日本が積極的に関与することではないでしょうか。

分断の過去に責任があるから、友好国として、南北融和に協力したいといえば、断る理由はないはず。

別の国が良いと言えば、快く協力してあげたらいい。

 どうするかですよ。

拉致問題さえ解決してくれたら、明日にでも国交正常化交渉に応じると北朝鮮に向かって明言すればいいのではないでしょうか。

 北朝鮮にとっても、日本の高度な技術と市場は魅力的でしょうね。

中露を牽制する、日本が外交の足場を朝鮮半島に置く格好になりますよ。

 北朝鮮にとっても、中露を牽制する後ろ盾ができたことになるでしょうね。

外交とは、相手があることである以上、相互に利益がないと、建設的で友好的な関係は築けないはずでしょ。

 自分の立場ばかり考えないで、相手の立場も考えたうえで、双方に利益がある道を提案してこそ、お互いの国内で理解が得られる。

ロシアには、サンフランシスコ講和条約2条c項の千島の項目廃棄通告と同時に全千島を返還させて、平等互恵の平和友好条約を結んで、日露間の海を含めた往来の自由を保証してあげればいいのではないでしょうか。

中米を牽制できますよ。

 ロシアにとっても、中米は牽制したいでしょうからね。

ロシアが千島に行った設備投資は、そのなりの対価を払って買い取れば良いでしょう。

両国間関係が良好でさえあれば、設備に利用に関してロシアに対してそれなりに便宜を払ってあげればいい。

 ロシアにしてみれば、自分が整備したのに日本に取られたと受けられる協定や条約は締結できないでしょうからね。

各国の間の関係をよく保つうえで、どこがイニシアティブをとるかですよ。

 事を荒立てずに、八方丸く無難におさめたがる日本こそ、適役。

和をもって尊しとなすの精神で、日本が大きく役割を果たしてほしいですね。

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輿と腰?

新共同訳で「神の宮」と訳される箇所は、口語訳では「幕屋」「神の家」「神々の家」に当たります。

そして、口語訳で「神の宮」と訳される箇所は、新共同訳では「神殿」に当たります。

つまり、同じ日本語の聖書を使っても、意味は微妙に食い違う場合があるのです。

 でも、幕屋が神殿に作り替えられる事を思えば、大きな矛盾はない。

そこで、両者が会話をしてもそれほど意見は食い違うことはないことになるでしょうね。

ここで気になるのは、聖書には人の体は生ける「神の宮」であり「神殿」であるとする記述があることです。

コリント人への、あるいは、コリントの信徒への、第一の手紙の3章16節17節や第二の手紙の6章16節に、この言葉はあります。

短いので口語訳と新共同訳の全文紹介しますね。

コリント人への第一の手紙  3章 16節 口語訳
あなたがたは神の宮であって、神の御霊が自分のうちに宿っていることを知らないのか。

コリントの信徒への手紙一  3章 16節 新共同訳
あなたがたは、自分が神の神殿であり、神の霊が自分たちの内に住んでいることを知らないのですか。

コリント人への第一の手紙  3章 17節   口語訳
もし人が、神の宮を破壊するなら、神はその人を滅ぼすであろう。なぜなら、神の宮は聖なるものであり、そして、あなたがたはその宮なのだからである。

コリントの信徒への手紙一  3章 17節 新共同訳
神の神殿を壊す者がいれば、神はその人を滅ぼされるでしょう。神の神殿は聖なるものだからです。あなたがたはその神殿なのです。

コリント人への第二の手紙  6章 16節   口語訳
神の宮と偶像となんの一致があるか。わたしたちは、生ける神の宮である。神がこう仰せになっている、「わたしは彼らの間に住み、かつ出入りをするであろう。そして、わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となるであろう」。

コリントの信徒への手紙二  6章 16節 新共同訳
口語訳を見る
神の神殿と偶像にどんな一致がありますか。わたしたちは生ける神の神殿なのです。神がこう言われているとおりです。「『わたしは彼らの間に住み、巡り歩く。そして、彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。

神の宮は、神殿として固定される前は、移動する幕屋でした。

 幕屋の移動は、聖なる箱であるアークの移動でもありましたね。

言い換えれば、アークの移動が幕屋の移動でした。

アークを据えるところが、幕屋を営むところだったのです。

 アークは、日本の神輿とよく似ているのですよね。

二本の棒で担がれる羽の付いた飾りの乗った金で覆われた箱、と言えば、アークと神輿、双方の説明になってしまいます。

 神輿は、外国人には携帯神社と説明されるのですよね。

神輿は据えれば神社になり、神社は携帯すれば神輿になります。

神社は、基本的には、地面の上に据えてあるだけなのです。

 面白いことに、腰を据える、という言葉がありますね。

腰を据えるとは、腰を下げて構える、あるいは、腰の重心を低くする姿勢の事です。

転じて、腰を落ち着けることを指すようになり、いろいろな意味を持つようになりました。

落ち着いて事に当たる。

ある場所に落ち着く。

そして、神輿を据える、にはこういう意味があります。

ゆったりと落ち着いて動じないこと。

 まさに、ある場所に落ち着いて事に当たる、状態を指しますね。

神輿を据えれば神社になり、そこで神事を行うわけだから、なすべきことが済むまで動くわけにはいかないでしょ。

 神輿を据えるという言葉は、今でこそ皮肉を込めて使われているけれども、人を神輿に例えるのは、考えてみたら面白いですね。

神輿は古代イスラエルのアークにそっくりであり、聖書は人の体を神の宮といい、日本人も体を神輿に例えていますからね。

 輿(koshi)と腰(koshi)、同じ音なのも、意味があるのでしょうね。

腰は体を支える要だから、肉の変形となった肉月と要を組み合わせた文字なのです。

輿もまた、体をのせて支えるでしょ。

さらに、体には四肢があり、輿も二本棒がまるで四肢のように前後に伸びているでしょ。

 だから、輿(koshi)と腰(koshi)は、同音異義語…。

聖書は人々に、神の似姿として生まれたのは心身ともに神に近づいて欲しいと言うメッセージを伝えています。

日本人は、尊敬した人や、祟りを恐れる人を、死後、神として祀ります。

 優れた人に敬意をこめて、神に準えることもありますね。

例えられた本人が、傲慢になったり驕り高ぶったり、してはいけないですけどね。

 日本人の発想にも、体を神の宮として考える思想があったのかしら。

聖書は神の宮を清く保つように説き、日本人が入浴が好きというのも、そう思ってみると奇妙な気分ですね。

 神輿は神が乗られるでしょ。

 聖書にはアロンの杖があり、神輿の前には杖をつく人がいる。

これも偶然では片づけられない、何かがありますね。

 アークには二枚の十戒石板がのり、神輿に鏡が付くけど、これって意味があるのですか。

二枚の十戒石板は、合わせ鏡の比喩という人もいますよ。

鏡は姿見として、もともとは二枚一組の合わせ鏡でした。

 後ろ姿も確かめる必要があったから。

 じゃあ、神輿の鏡は、十戒石板の象徴…。

そう見る人もいるでしょうね。

 だったら、幕末頃新たに加わった、樽神輿は、マナの壺?

 食べ物繋がりで…。

 壺は重いし割れやすいけど、樽は壺よりは軽いし割れにくいから…。

 酒(しゅ)は主(しゅ)に通じ、さらに三酉は三柱の神の三鳥居とか。

そう見ても、面白いですね。

 でも、輿(koshi)と腰(koshi)、神の宮は聖なるものであり、そして、あなたがたはその宮って…。

その意味は、想像してみてくださいな。

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鳥居は何語?

鳥居について、こういう感想が寄せられました。

鳥居(トリイ)は古代アラム語で門という意味。

門が赤いのは羊の血を塗った過ぎこしの祭に由来する。

日本人は古代イスラエル人の遺伝子を受け継いでいるユ日同祖論を読んでみたことはありますか?

読んでみたことはあります。

けれど、私の話を聞いてくれている人の大半は、まだ、読んだことも聞いたことも、ない人と思っています。

そういう人にいきなり言っても、一つ二つじゃ、偶然似ていることだってあり得ると、言い返されるだけではないでしょうか。

 確かに…。

日本語とヘブル語、似ている言葉は、一つや二つでは、ありません。

日本語、とくに大和言葉と良く似ているヘブル語の単語の発音と意味を挙げて見ますね。

もっとあるけど、長くなるので、日本語ヘブル語(あるいは、ヘブライ語)で検索してみてください。

ミカド (帝)         - ミガドル (高貴なお方)

ミコト (尊)         - マクト  (王、王国)

ネギ  (神職)        - ナギット (長、司)

ミササギ(陵、墳墓)      - ムトウサガ(死者を閉ざす) 

ハライキヨメル(祓い清める) - ハラー (清める)

ミソギ (禊ぎ)        - ミソグ  (分別・性別) 

ヌシ  (主)         - ヌシ   (長)

サムライ(サムライ)      - シャムライ(守る者)

シロ(城)           - シュラ  (要塞、砦)

ヤリ  (槍)         - ヤリ   (射る)

ホロブ (滅ぶ)        - ホレブ  (滅ぶ) 

イム  (忌む)        - イム   (ひどい)

カメン(仮面)カメーン   - (アラム:隠れる、隠す、覆う)

アンタ (あんた)      - アンタ    (貴方)

ハエル(映える)        - ハエル (映える、照り輝く、色鮮やかに見える)

ハヤク(早く)         - ハーヤー (早く)

コシラエ(拵え)        - カシャル (準備する)

ホウキ(法規)         - ホウク  (法律、規則、習慣、規制)

レイ(例)           - レイ   (理由を見る、実例で示す)

ダメ  (駄目)        - タメ   (ダメ・汚れている) 

バレル(ばれる)        - バレル  (明らかにする、確かめる、見つける)

ハズカシメル(辱める)     - ハデカシェム(名を踏みにじる)

ニクム (憎む)        - ニクム  (憎む)  

カバウ (庇う)        - カバア  (隠す)

カサ  (傘)         - カサ   (守る、おおう)

フサガル(ふさがる)      - サーガル (閉じる、遮る、塞ぐ、妨げる)

ユルス (許す)        - ユルス  (取らせる)

コマル (困る)        - コマル  (困る)

アッセイ(圧制)        - アッセイ (アラム語で「抑圧する」)

スム  (住む)        - スム   (住む)

ツモル (積もる)       - ツモル  (積もる)

コオル (凍る)        - コ-ル  (寒さ、冷たさ)

スワル (座る)        - スワル  (座る) 

アルク (歩く)        - ハラク  (歩く)

マワル(回る)         - マヴァル (通路、方向転換、回り道)

ハカル (測る)        - ハカル  (測る)

トル  (取る)        - トル   (取る)

カク  (書く)        - カク   (書く)

ナマル (訛る)        - ナマル  (訛る)

アキナウ(商う)        - アキナフ (買う) 

アリガトウ(有難う)       - アリ・ガド(私にとって幸福です)

ヘビ(蛇)               - ヘビァ (まむし)

ヤケド (火傷)        - ヤケド  (火傷) 

ニオイ (匂い)        - ニホヒ  (匂い)

カタ  (肩)         - カタフ  (肩)   

ワラベ (子供)        - ワラッベン(子供)

アタリ (辺り)        - アタリ  (辺り)

オワリ (終わり)       - アハリ  (終わり)

鳥居はアラム語だとすると、イエスの時代ではないかという声も聞こえそうですね。

でも、鳥居の形は古代ヘブライの建物の玄関口とそっくりの構造をしているそうですよ。

 そして、京都の蚕ノ社として知られる木嶋神社には、三柱鳥居…。

 これは、造化三神だけでは説明がつかない…。

そもそも、二本の柱が立つだけだった鳥居を古代ヘブライの建物の玄関口とそっくりの構造に変えたのは、恒久的な建築に神社を変えた秦氏ですよ。

 そして、その秦氏にユダヤ人原始キリスト教徒説がある。

三柱鳥居は、父と子と聖霊の絶対三神を指すという解釈もできますからね。

 そういえば、鳥居の形は、ヤハウエを表すへブル語“ヨッドヘーヴェブヘーיהוה ”を縦に書いた姿という説もあります。

それが、一つならまだしも、三つ一組ですからね。

 三つ一組というだけなら、三つの鳥居を横に付けた形も、ありますね。

 ユダヤ教徒は、ヤハウエ一神教と思ってるから、ユダヤ教だけなら3つ組みの鳥居はあり得ない…。

鳥居自体は、神域を示すものとしてその前からあったかも知れないけれど、大半を今の形に変更したのは秦氏ですよ。

 それに、アラム語はヘブル語の方言とは言っても、昔からあるわけだし…。

方言に古語が残る場合も、多いですよ。

 日本の方言も、そうですね。

昔の国境が浮かび上がる形で、まるで年輪のように分布が現れる場合もあるでしょ。

 さらに、正月と過ぎ越しの祭りの類似を言う人もいますね。

過ぎ越しの祭りも大晦日も、寝ないで過ごすでしょ。

七日間であること、鏡餅に似た、種入れぬパンを積み上げて祀る習慣まで似ている。

 だから、ユダヤ人は日本人も過ぎ越しの祭りを祝うのかと、驚く。

自動販売機のコカ・コーラの文字を見て、へブル語で書いてあるとびっくりしたユダヤ人もいるくらい、へブル文字にはカタカナと形も音もそっくりな書き方があると言います。

生後30日目に赤ん坊を神社に初詣でさせる習慣は、日本とユダヤにしか見られないものだそうです。

それと、ユダヤ人は現在でも13歳の男子に、成人を迎える儀式「バル・ミツバ」を行なうことで有名です。

日本人も昔、13歳の男子に成人を迎える儀式「元服式」を行なっていました。

また、聖書には20歳が大人として認められる年齢として記されるが、選挙権など10代に引き下げる国も多い中、日本はいまだに20歳成人にこだわるでしょ。

 さらに、宗教の移動は民族の移動そのものですよね。

山伏の服装と、ユダヤ人の服装の類似はよく指摘されます。

 山伏が頭につける兜巾(ときん)と、ユダヤ人は祈りの時に額に付ける『旧約聖書』の言葉を収めた「ヒラクティリー」と呼ばれる小さな小箱ですね。

さらに、吹くのはほら貝と角笛、ということまで似てるでしょ。

 神職の衣装も、白い色ばかりか、裾に房を付けることまでそっくりな上に、塩で浄め、お祓いをすることまで、同じ。

そして、神社と古代イスラエルの幕屋との類似、神輿とアークは金張りの箱である事ばかりか、羽の付いた飾りが載り、担ぐための二本の棒も抜かないでしょ。

 肩で担ぎ、鐘や太鼓など鳴り物いりであることまで、同じ。

 棒については、置き場所の関係で抜くところも最近ではあるけど、一応抜かないが原則だし、金具などで固定しないのも、原則ですよね。

挙げればいろいろあるけど、似た言葉もたくさんある事を思えば、鳥居がイスラエルの言葉と言われても、驚かないでしょ。

 東北のナニャドラもヘブル語で解けると言う人も、いるくらいだし。

ソーラン節にも、ヘブル語で解けると言う人はいますね。

 さらに、古代中東のYAP遺伝子まで、残ってる。

チベットにも残ると言うけれど、YAP遺伝子がプラスとマイナスの両方揃ってるのは、中東を除けば日本くらいではないでしょうか。

 鳥居の語源アラム語説くらいで、驚いちゃいられない…。

そういう国が、日本なんですね。

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