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情報はすべて神のように大事か。

生活保護の不正受給は、悪いことだからすぐにニュースとなるでしょ。

 必要でありながら却下された人の話は、餓死でもしない限りニュースにまずならない。

だが必要で困っている人や生活保護基準以下でありながら、受けられていない人たちの苦労があまりに語られなさすぎると思いませんか。

 もっとメディアは、ちゃんと取材して伝えるべきではないかしら。

ニュースってのは、よほど重大か、イヌが人に噛まれたかしないと、まず報じられないでしょ。

 不正受給がニュースになるのは、犬が人に噛まれた程度のレアケースだから。

言い換えれば不正受給が蔓延していたら、本当に必要な人が受けられたらニュースになるってことはないでしょうか。

 生活保護で助かっている大半は、ニュースにならないですねえ。

交通事故や、公共交通の人身事故の報道も、似たようなものです。

 複数あっても、大半は報じられない。

交通事故であれば、大規模であれば報じられるが、通常の事故の大半は、おそらく報じられていないでしょ。

犠牲者が大勢であるか、飲酒やよそ見、車体の整備不良など、明らかに問題なケースがニュースになるのではないでしょうか。

 即死か、後遺症が残ることが多い事故で、小さな怪我程度で助かっても、大半は報じられないですね。

報道になるのは、よほどの大事故で助かった、つまり、絵になる現場が存在する場合なのでしょうね。

大事故の場合、レアケースで、かつ、周辺の交通などに明らかに支障が出るから、ニュースになるでしょ。

 ニュースとは、結局こういうものだと知ったうえで、判断材料にしないといけない。

身近に、良いことをしてる人はいっぱいいるはずだが、よほど目立つ行為でなければ、大半は報じられないですよね。

地域の伝統的な、儀式や行事でも、大半がローカルメディア止まりであり、よほど有名か珍しくなければ、広域に報じられることはないでしょ。

伝統的な、儀式や行事は、非日常、つまりレアケースであることと、季節の変わり目を実感できるうえに、共有できるから、それなりにニュースになるでしょうけど。

ニュースに接した場合、これは何故報じられたか、重大だからか、それとも、非日常的であるかレアケースだからか、とっさに判断しないと、判断を誤るのではないでしょうか。

 取捨選択の判断はメディアによるので、レアなだけで小さなことがニュースになる。

レアでない、他に比べて優先順位が低いと判断された場合、当人たちにとっていかに重大であろうと、無視されることも起こり得るのが報道なのだと、知って付き合う必要があるでしょうね。

そうでないと、報道にミスリードされる危険性が常に付きまとっていることを、気を付けておいた方が良いでしょう。

メデイアの情報は、利用しても良いが、どれが本当に自分にとって大事な情報なのか、とっさに見分けられないと、膨大なニュースに振り回されてしまうでしょうね。

聖書は神を見失うなと警告するが、本当に目を向け、耳を傾けるべき情報こそ、正しく導いてくれる声だとしたら、神を本当に大事な情報と置き換え、こう言っても良いかもしれないです。

 本当に大事な情報を見失うな。

 聖書を神の話ばかりと思わず、神を様々に言い換えれば、多くの教訓が詰まっている書だと、思った方が良い。

だから、こんなに何年も何十年も何百年もたっても、読み継がれるのでしょうね。

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