« もっと、子どもの心に寄り添う教育と行政を。 | トップページ | 三種の神器はどこからきた? »

憲法を考えてみた。

護憲、改憲、それぞれに議論がさまざまに飛び交います。
憲法について理解を深めることからすれば、議論があるのはいいことです。
ただ、改憲論に賛成する中に、戦後さまざまな権利が生まれたから、それを定着させるために憲法に書き込むべきという声があるのは少々気になります。
せっかくの権利を定着させたい気持ちは、痛いほどわかります。
もっと、認めてもいいと思える権利もいっぱいあります。
 
ただ、憲法に書くとなると疑問がでてくるのです。
 
これらの権利は、基本的人権の具体化として認められたものです。
つまり、憲法に記入するとなると基本的人権を定めた条文の下に項目として入れることになるでしょう。
新しい権利が生まれるたびに、「憲法に入れろ!」となったら、アメリカでやられているように修正条項という形をとれというのでしょうか。
ま、それはそれでいいとしても、もっと大きな疑問があるのです。
 権利と義務は、表裏一体ですよね。
権利は守られるべきものである以上、国や自治体はもちろん国民にも尊重する義務が生じてくるということです。
また、義務は強制されるものだけに、乱用されない権利が認められる必要があります。
憲法に入れるということは、これらの権利を具体化するために強制される義務もまた、前面に出てくるのではないでしょうか。
乱用されない権利を、対置しなければならなくなる可能性がおきないといえるでしょうか。
かえってせっかくの権利は、制限される場合もあると見なければならないのではないでしょうか。
憲法には、原則が述べられるべきなのです。
憲法に記される権利は原則とみなされるので、具体化のために新たな権利が産まれなければならず、これもまた憲法にいれるべきかという問題も提起されえるのです。
 そうなったら、憲法は修正条項だらけで収拾がつかないことになりませんか。
さらに、法律、政令、条例なども玉突き的に改定の必要が頻繁になったら、どう扱います。
書けば良いと言うものではない、そのことをもっと理解して欲しいです。
 書けば良い物ではないという点では、改憲の要件もそうですね。
憲法は、権力を縛るために制定されたものです。
 朕は国家なり、と言う言葉がありますね。
「朕は国家なり」は「国家、それは朕である」とも言われる太陽王で知られるルイ14世の言葉ですね。
ルイ14世は親政を実施し、自ら全権を握って政務を行い、フランス絶対主義の極盛期を築きました。
 王の意のままに国政がやられては、たとえそれが善政であっても、その精神が引き継がれる保証はないし、まして悪政であった場合正す基準もないのは、問題ですね。
それで制定されたのが、憲法です。
だから、どこの国の憲法も改定は簡単にはできないようになっています。
 
 成文憲法の場合ですね。
特に成文化されない不文憲法でも、柔軟に見えても、基本を変更することは容易ではないはずです。
硬性憲法か軟性憲法かの区別は、あくまでもそれぞれの国家における立法手続、法律の改正手続に比べて「形式的に」厳格な手続が要求されるか否かという点で区別されることに注意する必要があります。
政治的理由などにより実際に改正されることがほとんどない場合であっても、通常の法律の改正手続で憲法改正できる場合は、軟性憲法に分類されます。
 軟性憲法で良いと言う国の場合、相当、国民の間に原理原則で合意がないといけませんね。
日本の場合、大日本帝国憲法派ともいうべき勢力が存在する以上、歴史の後戻りを簡単には許さないためにも、硬性憲法である必要はあったというべきでしょう。
 戦争の反省から制定された以上、平和と民主主義を貫く宣言をした憲法は容易に変更できない必要があった。
自衛権の問題など、課題はありますがね。
 それと、国連の敗戦国条項でしょ。
かつての連合国側に、例え自衛のためであっても先に発砲した場合、問答無用で制裁にあうというのは自衛権行使の上で大きな制約ですよ。
 憲法の平和的民主的条項の完全で徹底した実行によって、国際的信頼を得て改めさせるための外交努力をすべきだった。
ここを放置したまま、安易に9条に手を付けるべきではないと、思いますけどねえ。
 まして、改憲要項を定めた96条に手を付けるなど、もってのほか。
軍部の暴走を止められなかった国が、その時代に逆行する恐れのある改憲をするかも知れないのに、誰が信頼するでしょう。
本当に国民や世界の理解が得られる内容の改憲案なら、どんなに高いハードルでも越えられるはずだし、越えられるような改憲案こそ出すべきでしょ。
 もっと、国民的な議論が必要。
そう思いますけどね。
 今回の議論も、そのための試案に過ぎない。
多くの人の意見を聞きたいですね。
追記
日本国憲法制定時に、賛成したのが日本自由党や日本進歩党や日本協同党など自由民主党の前身、反対したのが天皇制廃止を唱え自衛権まで放棄するのはおかしいと主張した日本共産党。
今では、事実上大日本帝国憲法派となった自由民主党が自衛隊を名実ともに合憲にしようと9条改定と改憲を叫び、憲法の平和的民主的条項の完全実施を要求し天皇制は国民の合意なしには手を付けないとして日本共産党が9条擁護と護憲を叫ぶ。
歴史は皮肉なもんです。

|

« もっと、子どもの心に寄り添う教育と行政を。 | トップページ | 三種の神器はどこからきた? »

思想」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

歴史」カテゴリの記事

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/506332/57698909

この記事へのトラックバック一覧です: 憲法を考えてみた。:

« もっと、子どもの心に寄り添う教育と行政を。 | トップページ | 三種の神器はどこからきた? »