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2013年8月

自由を貫くには主張するだけで良いか。

『はだしのゲン』が小学校や中学校の図書館で、開架から外されて自由な閲覧が出来なくなったと問題になる事例が、島根県松江市で起きました。

発端は2012年12月のことです。

松江市内の小中学校校長が集まる校長会で、市教育委員会から子どもたちの自由な閲覧をやめるように『お願い』があったのです。

市教委はその理由を「暴力や殺害シーンが過激で、トラウマになったり面白おかしく捉える子どもがいるのではということで制約をかけた」といいます。

市内の49小中学校のうち、39校が『はだしのゲン』全10巻を保有していたが、校長側はこれを要請と受け取り、自由な閲覧を禁止する閉架措置をとったのです。

要請は事務局が決定し、教育委員を交えた会議には報告されていなかったことが分かったのです。

これに対し、こういう批判が出されました。

『はだしのゲン』は1973年に少年雑誌で連載が始まり、映画化もされた。

単行本は650万部を超すベストセラーになり、アメリカ、ロシアなど核保有国も含め世界20か国で翻訳、出版されている。

原発被害の第一級資料だ。

それなのになぜ被爆国の日本で、子どもたちが自由に閲覧することを禁止するのか。

この批判はもっともです。

だが、連載した少年雑誌の購買層は何歳くらいでしょうか。

少なくとも、学齢に達したばかりの児童でないことは、常識的に理解できるでしょう。

一方、小学校の図書館は学齢に達したばかりの児童も閲覧するし、『はだしのゲン』は学校におかれた数少ない漫画です。

つまり、学齢に達したばかりの児童も読む可能性があるのです。

感受性の強い一方、まだ理解力の乏しい年齢であってみてば、強くショックを受ける可能性は否定できないでしょう。

寺などで地獄絵図を幼いころに目にした経験のある世代が身近にいた頃と、魚をさばく光景さえ生活から消えた世代とでは、受ける衝撃の大きさも変わっていると見る声が出てきてしまうのはあり得る事なのです。

一匹まるごと骨を取りながら食べた経験のある世代と、骨を取った切り身や加工品ばかり食べている世代とでは、残酷な場面の基準さえいつの間にか変わっていると見た方が良いでしょう。

欧州でも、昔話から残酷な場面が削られていく過程が、都市化とともにあったと聞きます。

そこで、閲覧に対してなんらかの配慮は必要だと言う指摘が、『はだしのゲン』の価値を評価する人からも出てくることとなります。

これまで、ショックを受けた子が出ていないからと言って、子どもも愚かではないからちゃんと受け止めていると、ばかり言っていると足元をすくわれかねないのです。

これまでもいじめはあったと言うが、いじめの質が変わってきたのは事実なのです。

これまで、ショックを受けた子がいないからと、ショックを受ける子が出る事の懸念を有り得ないと一蹴していいでしょうか。

閲覧の自由を守りつつ、子どもの精神的な発展段階に合わなければ、ショックを受けるだけと懸念する人を説得するには、何歳向けの書かはっきりさせる必要もあるでしょう。

これまでだって、児童向け出版物には対象年齢を明記してきました。

むしろ、『はだしのゲン』は少年雑誌連載から単行本、さらに作品の価値が評価され世界に広がり、学校の図書館にも納められるという経過の中、何歳向けの図書であるかと言う議論は後回しになっていたのです。

児童向け出版物として出版されなかったが、児童にも読まれる環境が生まれ、かつ、刺激や衝撃の大きい、また、理解の難しい内容の書には、何歳以上向けか、どの学齢向けか、客観的に分類する方が好ましいかもしれません。

目安として対象年齢向けに書架を分類したうえで、子どもに選ばせれば良いでしょう。

言論や閲覧の自由を、ただ、声高に言うだけではなく、閲覧しない自由にも配慮しないと、問題によっては不毛な対立の泥沼にはまるか、解決しても何らかのしこりは残るという、心配はないでしょうか。

自由や権利、平和や民主主義、などさまざまな意見や主張や立場の違いや対立、戦いはあると思うが、善意の懸念に対する配慮を忘れずに取り組む姿勢を忘れたくないものです。

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三種の神器に徐福は関わったか。

徐福は、中国山東省出身の方士であり、呪術、祈祷、薬剤の調合に長け、医薬・天文・占術などに通じた学者であったといいます。

 この徐福にも、三種の神器を持ってきた可能性を見たのでしたね。

古代出雲には、玉藻鎮石(たまもしづし)、真種之甘美鏡(またねのうましかがみ)、押羽振(おしはふり)と言う三種の神器があったが、八尺瓊勾玉、八咫鏡、草薙の剣の事ではないかと言う声もあるのです。

問題は、徐福はどの程度持ってきたかということです。

 中東からアメリカ経由を考えた時には、全部来たと考えたでしょ。

三種の神器が徐福以前に揃っていたかもしれないので、古代出雲に玉藻鎮石、真種之甘美鏡、押羽振と言う三種の神器があったとしたら、アメリカ経由で全部来た可能性があるということです。

 三種の神器が徐福以降に揃ったなら、徐福が全部持って来てないでもいいと。

段階的に揃ったと見た場合、古代出雲の伝承をどう見るかという問題が出てきますけどね。

 かつて揃っていた時代の名残が、三種の神器伝承となっていたのでしょうか。

そうかも知れないし、霊的なレプリカという形で、揃っていたのかも知れません。

 伊勢の神宮で祭りに登場する、御船代のような。

そういうものなら、三つあってもおかしくないでしょう。

徐福は、どういうルートで中国に来たのかは、謎が多いです。

2500年前から2000年前の500年間に、中国の土地では大きな遺伝的変化が生じました。

中国の版図では、大規模な人類の移動があったということです。

2500年前の中国大陸で、春秋戦国時代を築いていた集団は、現代ヨーロッパ人類集団と遺伝的に近縁な人類集団でした。

徐福の時代と、臨淄(りんし)住民の遺伝子が現代「ヨーロッパ人」の遺伝子に非常に近かった時代は、ほぼ重なるといっていいです。

 それって徐福たちは、現代ヨーロッパ人に近い遺伝子を日本にもたらしたってことでしょうか。

少なくとも、西方の遺伝子は齎したことになるでしょ。

楊貴妃ギリシャ美人説を、考えたことあったでしょ。

楊貴妃は、楊一族出身の貴い妃ということで、本名ではないですよ。

楊一族の出た土地は、揚子江と呼ばれる長江下流域と見なせるようです。

というより、揚とも記される楊一族の地だったから揚子江と名づけられたのではないかと、論じてきました。

 臨淄(りんし)のある山東省は、長江より黄河の流域でしょ。

古代中国に現代「ヨーロッパ人」の遺伝子に非常に近い人たちがいたこと自体は、遺伝子が語っているのです。

 これは、クローン病で注目した、アジアでの分布と何か関連はありますかね。

日本に見られる、ヨーロッパとの接点が見える遺伝性疾患のうち、クローン病だけがなぜか、アジアとの接点が見えますからね。

注意して情報を集めた方が、良いかもしれません。

 楊貴妃と言えば、蜀の出ですよね。

蜀を中心に、古代中東、とりわけ古代エジプトとの繋がりを考えましたね。

 そうなると、徐福も古代中東と繋がりがある。

そういうこともあり得ると見たから、徐福が三種の神器を、少なくとも一部は持っていたかもしれないと見るわけです。

アジアルートの場合、アメリカ経由を考えた時と違って、面白いことがあるのです。

古代朝鮮の始祖伝説に登場する、黄金櫃です。

 だからと言って、徐福とは関係ないでしょ。

時代は徐福が紀元前、これからの話は紀元後ですから。

紀元1世紀から2世紀の朝鮮半島には、南半分を占めていた馬韓がありました。

馬韓とは言うものの、農耕民族であって、騎馬民族的要素はほとんど見られなかったそうです。

そこに、断続的に流入してきたのが、秦人です。

秦人は、多くの民族からなっており、その一つがユダヤ人です。

 飛鳥昭雄と三神たけるは、このユダヤ人の正体は、原始キリスト教徒であるエルサレム教団だと言ってますね。

ちなみに秦人とは、柵外の人と言う気持ちを込めて漢人が呼んだ名称です。

馬韓は、秦人に朝鮮半島の東半分を与えました。

秦人はここに、秦(辰)韓、弁韓を作りました。

この三国はやがて、馬韓が百済、秦韓が新羅。弁韓が伽耶となります。

余談だけど、この三国と、高句麗はやがて、日本に渡来することになるのです。

細かい話は省くが、新羅には三つの始祖伝説があります。

朴(パク)氏の始祖赫居世(ヒョコセ)の、卵生伝説。

昔(ソク)氏の始祖解脱(ダルハ)王の、流され王伝説。

金(キム)氏の始祖金閼智(キムアルチ)の、黄金櫃伝説。

卵生とは奇妙だが、イエスは聖霊を伴っていたと伝えられ、聖霊がしばしば鳥の姿で描かれる事を思えば、奇妙な気になります。

なにしろ、モーセには流され王伝説ともいうべき逸話があり、イエスも難を逃れて一時亡命してるのです。

そして、黄金櫃で連想できる、あまりに有名な存在が聖櫃です。

しかも、秦韓、弁韓ともに、12か国に分かれていたと言うのは偶然でしょうか。

 そういえば、古代イスラエルも12支族の国の連合体ですね。

やがて、一人の王を立てることになりますけどね。

実は、飛鳥昭雄と三神たけるは、徐福と神武がそれぞれ、三種の神器の一部を持っていたと見ているのです。

 じゃあ、アメリカルートは、どうして、疑ったわけ。

飛鳥昭雄と三神たけるの説が、いつも正しいとは限らないでしょ。

 ようは、日本に三種の神器と聖櫃があれば、結果オーライと。

そこまでは言いませんが。

始皇帝がどうして、徐福の二度の渡航を許したのかの説明として、三種の神器を日本に移して守るという解釈は魅力的だけど。

それに、アメリカルートも疑えること自体、なにか、大きな謎を感じます。

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古代アメリカに日本と中東の接点は見えるか?

YAP遺伝子は、古代中東との繋がりが指摘されます。

琉球人とアイヌは共にYAPプラスの遺伝子が見つかり、アメリカのケネウィックからアイヌの親戚としか思えない古代人骨が出ています。

そして、アイヌと琉球人は顔立ちが似ているから、ケネウィック古代人骨は琉球人の親戚の骨と見ることもできるでしょう。

 ケネウィック古代人骨はスペインやフランスの様式の鏃を伴っていたことを合わせると、アイヌや琉球人の親戚は地中海世界にいたことになりますね。

さらに、琉球人には古代アメリカと同様な紐を使った記録法の文化があります。

また、沖縄からは煙が立ち上る階段ピラミッドを連想できる古代の絵が見つかっているが、アメリカの階段ピラミッド遺跡の上でも火が焚かれていた痕跡が確認できたそうです。

 ハワイにも、YAPプラスの遺伝子を持つ人々がいるようですね。

こうしてみると、YAPプラスの遺伝子は、古代中東から地中海、そして、アメリカ大陸を経て、太平洋を渡って、日本に来て今日に至るという、道筋を考えてみても面白くなりますね。

 アイヌの生活文物と、古代イスラエルとの類似を指摘する人もいますね。

そして、興味深いことには、沖縄では故郷の伝承や文化と聖書の類似を比較した本が出てます。

那覇出版社の「沖縄の風習と聖書」です。

なんとこの本、那覇出版社自らが編集し、発行してます。

それから、北海道出身で東京在住の筆者と沖縄県民共著の本が、これまた球陽出版と言う沖縄の出版社から出てます。

その名も、「おきなわルーツ紀行聖書でひも解く沖縄の風習」といいます。

 ついでにいうと、沖縄はキリスト教の信徒も多いそうですね。

米軍占領時代があったとしても、一応琉球政府という形で、アメリカとは別扱いされてはいたようですけど。

背景には、キリスト教にたいして、さほど違和感がなかったことも挙げられるかもしれません。

 アメリカからは、縄文土器も出ていますね。

遺伝子からみても、古代において、日本とアメリカの先住民の繋がりは指摘できます。

寄生虫から見ても、太平洋の中ほどに古代の日本とアメリカの交流ルートがあったと指摘できるようです。

 こうしてみると、間に挟まれたアメリカ大陸に、古代中東文化の痕跡を見出さない方が、不自然ですね。

これについても、注目したい本が出てます。

岩波新書の「インカとエジプト」という、増田義郎・吉村作治共著です。

冒頭にこうあります。

エジプトはインカにひどく似た点が多いことに気づかされます。…メソポタミアの状況は…三-九世紀の古典期マヤ文明や、一三世紀以後のメキシコ中央高原の政治状況に似ています。…エジプトをインカと比較し、メソポタミアをメキシコやマヤと比較することは、大変興味深いテーマとなるでしょう。

 こうしてみると、日本人の足指にエジプトタイプが多いのは、自然に思えてきますね。

日本人の6割から7割が、このエジプト型タイプと言われています。

最近の研究では、外反母趾になりやすい足の傾向は、エジプトタイプだとされるようになってきました。

エジプト型は、親指が一番長く、小指にむけて短くなる形です。

親指が長い他に、足幅が広めな形です。

親指が側面から圧迫されやすいため、外反母趾になりやすいタイプの足の形です。

ちなみに、足指は、三つのタイプに分類されるといいます。

エジプト型のほかには、ギリシャタイプと、スクエアタイプがあげられます。

ギリシャ型は、親指より第2指が長い足の形です。

日本では、エジプト型に次いで多いです。

足先の細い靴を履いても、爪先に負担をかけることが少なく、外反母趾になりにくいタイプの足の形です。

ただし、指が曲がりやすく、ハンマートゥになりやすい足でもあります。

ハンマートゥとは足の指が曲がったまま、戻らなくなっている状態です。

スクエア型は、5本の指の長さに差がない足の形です。

日本人では珍しい足です。

幅の狭い靴を履くことで、指にタコやウオノメができやすいタイプの足の形です。

日本人の足にエジプトタイプが多いことや、日本神話の構造も古代エジプトと似ていることは、むしろ、当たり前に見えて来ますね。

 太陽神を中心に三神構造を持ち、動物神を含む八百万の神ですものね。

縄文人が地中海世界を含む西方世界を経由していることは、ヨーロッパと共通の遺伝性疾患、秋田美人の肌の白さ、そのうえ、秋田犬の血液型パターンまでもが、指し示しているといって、良さそうですね。

 こうなってくると、古代アメリカの遺跡や遺物から、日本との繋がりや共通性が見えるものは、これからもっと出てきそうですね。

可能性は、ありますね。

 もちろん、古代アメリカと古代中東との、繋がりや共通性を物語る遺跡や遺物も、あるでしょうね。

可能性は、ありますね。

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三種の神器はどこからきた?

古代出雲には、玉藻鎮石(たまもしづし)、真種之甘美鏡(またねのうましかがみ)、押羽振(おしはふり)と言う三種の神器があったが、八尺瓊勾玉、八咫鏡、草薙の剣の事ではないかと言う声もあるのですよ。

そして、日本の三種の神器は古代イスラエルの三種の神器と、対応させる議論がありますよ。

 これですね。

 マナの壺→八尺瓊勾玉

 十戒石版→八咫鏡

 アロンの杖→草薙の剣

生命の樹では、御子は、慈悲の柱に対応するのでしたよね。

 そして、御父は均衡の柱、聖霊は峻厳の柱でしょ。

 それで、こういう構図が見えてくる。

 マナの壺→御子→慈悲

 十戒石版→御父→均衡

 アロンの杖→聖霊→峻厳

まとめてみましょうか。

マナの壺→玉藻鎮石→八尺瓊勾玉→御子→慈悲

十戒石版→真種之甘美鏡→八咫鏡→御父→均衡

アロンの杖→押羽振→草薙の剣→聖霊→峻厳

こういう関係が、指摘で来てしまうわけですね。

 日本には、古代イスラエルの三種の神器が来ているということでしょ。

それだけじゃないですよ。

天孫一族である神武が来る以前の、縄文時代に古代イスラエルの三種の神器が来ていることになるでしょ。

 神武が来たとしたら、弥生時代と言われていますね。

神武以前としたら、徐福か、環太平洋縄文文化圏を通じてアメリカ経由で日本に来たと言ってることになるでしょ。

北米のインディアン、中米のマヤ・アステカや、南米のインカを築いた人々はすべて古モンゴロイドという事になります。

そして、縄文人の子孫と見られるアイヌや琉球人は、古モンゴロイドの血を引く人々と見られています。

ここであらためて注目したいのは、ミトコンドリアのDNAの比較から古代アメリカと日本の関係が、遺伝子の上からも確認できてきたことです。

ミトコンドリアDNAのタイプのことを、ハプログループといいます。

人のミトコンドリアDNAのタイプであるハプログループには、80パターンがあります。

日本の主なミトコンドリアのDNAは、そのうちの16タイプ。

A、B4、B5、C、D4、D5、F、G、M7a、M7b、M7c、M8a、M10、N9a、N9b、Z

日本人のルーツ探しに大きくかかわるのは、この16のハプログループとみられています。

主なということなので、少数派も含めれば、もっとあるのでしょうが。

日本と古代アメリカでつながるのは、ハプログループのなかのAグループとDグループ。

古代アメリカでは、先にAグループが多かったのが、次第にDグループが増えたというのです。

ちなみにインカは、Dグループといいます。

ついでにいうとDグループは、Fグループとともに東南アジアとのつながりも大きいのです。

 縄文土器の、太平洋をまたいで出土している事実から、縄文人の海をまたいだ交流の可能性に注目が集まる傾向にあるようですね。

つまり、古代にアメリカと日本の文化交流は、あったことになりますね。

 日本には、アイヌや琉球人にも、古代中東の遺伝子とされるYAP遺伝子があるのでしたね。

そうなると、古代アメリカ人にも、古代中東の遺伝子があるか、ですよ。

ただ、古代中東の遺伝子が仮にあったとしても、思想としての三種の神器の繋がりは言えるが、物としての三種の神器が、古代アメリカと関係が立証できるかとなるわけですよ。

 さらに、古代アメリカと古代日本で三種の神器の物的交流があったとしても、古代イスラエルの三種の神器である、証明が難しい。

日本の神社は、三種の神器を隠していますから。

レプリカとされるものは、表に出てきても、それは、霊的なレプリカであって、実物の形のレプリカではないわけです。

古代アメリカ人と地中海世界の結びつきまでは、フランスとスペインの様式の鏃を伴っていたケネウィック人が、証明してくれています。

 人類拡散ルートとしてなら、中東から地中海を経て、アメリカ、さらに日本と言う繋がりも、否定はできないでしょうが。

 古代アメリカに古代中東人が居て、しかも、三種の神器を持ってて、なおかつ、彼らの中から日本までそれを運んだ人たちがいると、証明するのは、至難の業でしょう。

飛鳥昭雄と三神たけるあたりが、これが証拠だなんて、言い出したりして。

 日本から、三種の神器が明るみに出ない限り、無理でしょ。

そういうことですね。

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