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三種の神器に徐福は関わったか。

徐福は、中国山東省出身の方士であり、呪術、祈祷、薬剤の調合に長け、医薬・天文・占術などに通じた学者であったといいます。

 この徐福にも、三種の神器を持ってきた可能性を見たのでしたね。

古代出雲には、玉藻鎮石(たまもしづし)、真種之甘美鏡(またねのうましかがみ)、押羽振(おしはふり)と言う三種の神器があったが、八尺瓊勾玉、八咫鏡、草薙の剣の事ではないかと言う声もあるのです。

問題は、徐福はどの程度持ってきたかということです。

 中東からアメリカ経由を考えた時には、全部来たと考えたでしょ。

三種の神器が徐福以前に揃っていたかもしれないので、古代出雲に玉藻鎮石、真種之甘美鏡、押羽振と言う三種の神器があったとしたら、アメリカ経由で全部来た可能性があるということです。

 三種の神器が徐福以降に揃ったなら、徐福が全部持って来てないでもいいと。

段階的に揃ったと見た場合、古代出雲の伝承をどう見るかという問題が出てきますけどね。

 かつて揃っていた時代の名残が、三種の神器伝承となっていたのでしょうか。

そうかも知れないし、霊的なレプリカという形で、揃っていたのかも知れません。

 伊勢の神宮で祭りに登場する、御船代のような。

そういうものなら、三つあってもおかしくないでしょう。

徐福は、どういうルートで中国に来たのかは、謎が多いです。

2500年前から2000年前の500年間に、中国の土地では大きな遺伝的変化が生じました。

中国の版図では、大規模な人類の移動があったということです。

2500年前の中国大陸で、春秋戦国時代を築いていた集団は、現代ヨーロッパ人類集団と遺伝的に近縁な人類集団でした。

徐福の時代と、臨淄(りんし)住民の遺伝子が現代「ヨーロッパ人」の遺伝子に非常に近かった時代は、ほぼ重なるといっていいです。

 それって徐福たちは、現代ヨーロッパ人に近い遺伝子を日本にもたらしたってことでしょうか。

少なくとも、西方の遺伝子は齎したことになるでしょ。

楊貴妃ギリシャ美人説を、考えたことあったでしょ。

楊貴妃は、楊一族出身の貴い妃ということで、本名ではないですよ。

楊一族の出た土地は、揚子江と呼ばれる長江下流域と見なせるようです。

というより、揚とも記される楊一族の地だったから揚子江と名づけられたのではないかと、論じてきました。

 臨淄(りんし)のある山東省は、長江より黄河の流域でしょ。

古代中国に現代「ヨーロッパ人」の遺伝子に非常に近い人たちがいたこと自体は、遺伝子が語っているのです。

 これは、クローン病で注目した、アジアでの分布と何か関連はありますかね。

日本に見られる、ヨーロッパとの接点が見える遺伝性疾患のうち、クローン病だけがなぜか、アジアとの接点が見えますからね。

注意して情報を集めた方が、良いかもしれません。

 楊貴妃と言えば、蜀の出ですよね。

蜀を中心に、古代中東、とりわけ古代エジプトとの繋がりを考えましたね。

 そうなると、徐福も古代中東と繋がりがある。

そういうこともあり得ると見たから、徐福が三種の神器を、少なくとも一部は持っていたかもしれないと見るわけです。

アジアルートの場合、アメリカ経由を考えた時と違って、面白いことがあるのです。

古代朝鮮の始祖伝説に登場する、黄金櫃です。

 だからと言って、徐福とは関係ないでしょ。

時代は徐福が紀元前、これからの話は紀元後ですから。

紀元1世紀から2世紀の朝鮮半島には、南半分を占めていた馬韓がありました。

馬韓とは言うものの、農耕民族であって、騎馬民族的要素はほとんど見られなかったそうです。

そこに、断続的に流入してきたのが、秦人です。

秦人は、多くの民族からなっており、その一つがユダヤ人です。

 飛鳥昭雄と三神たけるは、このユダヤ人の正体は、原始キリスト教徒であるエルサレム教団だと言ってますね。

ちなみに秦人とは、柵外の人と言う気持ちを込めて漢人が呼んだ名称です。

馬韓は、秦人に朝鮮半島の東半分を与えました。

秦人はここに、秦(辰)韓、弁韓を作りました。

この三国はやがて、馬韓が百済、秦韓が新羅。弁韓が伽耶となります。

余談だけど、この三国と、高句麗はやがて、日本に渡来することになるのです。

細かい話は省くが、新羅には三つの始祖伝説があります。

朴(パク)氏の始祖赫居世(ヒョコセ)の、卵生伝説。

昔(ソク)氏の始祖解脱(ダルハ)王の、流され王伝説。

金(キム)氏の始祖金閼智(キムアルチ)の、黄金櫃伝説。

卵生とは奇妙だが、イエスは聖霊を伴っていたと伝えられ、聖霊がしばしば鳥の姿で描かれる事を思えば、奇妙な気になります。

なにしろ、モーセには流され王伝説ともいうべき逸話があり、イエスも難を逃れて一時亡命してるのです。

そして、黄金櫃で連想できる、あまりに有名な存在が聖櫃です。

しかも、秦韓、弁韓ともに、12か国に分かれていたと言うのは偶然でしょうか。

 そういえば、古代イスラエルも12支族の国の連合体ですね。

やがて、一人の王を立てることになりますけどね。

実は、飛鳥昭雄と三神たけるは、徐福と神武がそれぞれ、三種の神器の一部を持っていたと見ているのです。

 じゃあ、アメリカルートは、どうして、疑ったわけ。

飛鳥昭雄と三神たけるの説が、いつも正しいとは限らないでしょ。

 ようは、日本に三種の神器と聖櫃があれば、結果オーライと。

そこまでは言いませんが。

始皇帝がどうして、徐福の二度の渡航を許したのかの説明として、三種の神器を日本に移して守るという解釈は魅力的だけど。

それに、アメリカルートも疑えること自体、なにか、大きな謎を感じます。

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