大国主とイエス?
稲荷とキリスト、えびすとキリスト、を疑ったことがありました。
稲荷と大国主についても、関係を探っている人がいる事に気が付きました。
そう言えば、以前、こういう疑問が寄せられていました。
稲荷は、復活の初穂としてのキリストを暗示しているのではないでしょうか。
油揚げは、油注がれた者としてのメシアであるキリストを暗示しているのではないでしょうか。
「西宮」とは、大国主西神社の事を指すとの説もあるそうです。
稲荷神の旧社家の大西家と大国主西神社は、無関係とは思えません。
これらの根が同じなら稲荷とえびすも同じになります。
十日戎はキリストを暗示しているとしか思えないのですが。
この疑問は、稲荷とえびすはともにイエスを暗示しているのではと言うことです。
けれど、「西宮」とは、大国主西神社の事を指すとの説もあると触れているということは、大国主もまた、イエスを暗示しているのではないかと言う問いかけでもありました。
稲荷は、復活の初穂としてのキリストを暗示ということは、コリント人への第一の手紙第十五章十二節から二十節ですね。
さて、キリストは死人の中からよみがえったのだと宣べ伝えられているのに、あなたがたの中のある者が、死人の復活などはないと言っているのは、どうしたことか。
もし死人の復活がないならは、キリストもよみがえらなかったであろう。
もしキリストがよみがえらなかったとしたら、わたしたちの宣教はむなしく、あなたがたの信仰もまたむなしい。
すると、わたしたちは神にそむく偽証人にさえなるわけだ。なぜなら、万一死人が蘇らないとしたら、わたしたちは神が実際よみがえらせなかったはずのキリストを、よみがえらせたと言って、神に反するあかしを立てたことになるからである。
もし死人がよみがえらないなら、キリストもよみがえらなかったであろう。
もしキリストがよみがえらなかったとすれば、あなたがたの信仰は空虚なものとなり、あなたがたは、いまなお罪の中にいることになろう。
そうだとすると、キリストにあって眠った者たちは、滅んでしまったのである。
もしわたしたちが、この世の生活でキリストにあって単なる望みをいだいているだけだとすれば、わたしたちは、すべての人の中で最もあわれむべき存在である。
しかし事実、キリストは眠っている者の初穂として、死人の中からよみがえったのである。
ここで、イエスは初穂に例えられていますね。
天の神である御父はすべての死人をよみがえらせられるが、イエスの復活はそのあかしとしての初穂であるということですね。
それでINRIに漢字をあてる際に意味と音の両方から稲の字を用いたとみれば、説得力は出ますね。
油揚げを、肉の代用として調理に使うこともありますね。
そう見れば、油揚げが油注がれた者としてのメシアであるキリストを暗示しているとみても、面白いですね。
いずれも、秦氏がキリスト教徒であれば、の話ですけど。
ただ、こういう解釈ができる事柄が多いこと自体、稲荷を氏神としたとされる秦氏にキリスト教徒説が出る原因になっているわけですがね。
油と言えば、イエスはオリーブ山のゲッセマネで祈ってますね。
ゲッセマネは油絞りの意味とすれば、イエスはオリーブに準えられ、油注ぎとは実は贖罪の祈りのイエスの象徴でもあるのでしょうね。
灯りをともしてそれを台の下に置くものがあろうか、台の上に置くではないかという意味の聖句もありますね。
ここで燃やされる油とは、イエスへの信仰と言うことでしょうね。
照らすものという意味では、イエスは太陽にも擬せられますね。
イエスはモーセの十戒を成就させたとみる向きもある、日すなわち太陽の神とされる存在ですからね。
十日戎と十戒、戎と戒が字が似ていて、何かの意図を読み取れと言わんばかりな、思わせぶりなのは、確かですね。
古代から現在のえびす神は、大国主であったという説もあったようですね。
「大国」はダイコクとも読めることから、同じ音である大黒様とも呼ばれる大黒天と習合して民間信仰に浸透していますね。
大国主の子の事代主(ことしろぬし)がえびすに習合していることから、大黒様とえびすは親子と言われるようになりました。
事代主は託宣神のほか、国譲り神話において釣りをしていたことから釣り好きとされ、海と関係の深いえびすと同一視され、海の神、商業の神としても信仰されています。
福神の中のえびすが大鯛を小脇に抱え釣竿を持っているのは、国譲り神話におけるこのエピソードによるものです。
美保神社(島根県松江市)、三輪惠比須神社(奈良県桜井市)長田神社(神戸市長田区)生夷神社(徳島県勝浦郡)のほか、恵美須神社(京都市東山区)、今宮戎神社(大阪市浪速区) などのえびすを祀る神社でも祀られています。
神にあっては、親子の順は必ずしも伝承によって一致しないこともあり、大国主とえびす神の混淆は十分あり得ますね。
西宮神社境内末社の大国主西神社は、延喜式神名帳では菟原郡で、西宮神社がある武庫郡とは一致しないです。
ところが、武庫郡と菟原郡の境界とされる西宮神社の約200m西側を流れる夙川(しゅくがわ)については、河道の変遷で古代は大国主西神社は菟原郡に所属したとの説もあるのです。
いずれにしても、えびす神を祀る神社の末社に大国主の社があるのは面白いことです。
そうそう、稲荷神は古い時代出雲の神の大国魂神と繋がりがあるそうです。
現在の島根県安来市にあたる飯成(いいなし)郷の出雲国風土記の説話では大国魂命の降臨譚が述べられていて、倉稲魂命と共に意多伎神社(おたきじんじゃ)に祀られているのでしたね。
意多伎神社の祭神は本殿に大国魂命と大田命、若宮に倉稲魂命が祀られていますね。
意多伎神社の由緒には、こうありますね。
当社は西暦724年(奈良時代初期)に勘造された出雲風土記(713年)や延喜式(927年)等に記載されている社であり、創立は遠く神代にさかのぼり、飯生大明神として今日まで顕然として栄え、崇敬者は出雲、伯耆にまでいたり、数千を数え、無上の崇敬と信仰をよせてきた社である。
意多伎神社の祭神・大国魂命
神代の昔、大国主命は、国土を開かんと、この地においでになって、人々を導き、朝夕自ら鍬、鋤をとられて、農耕をすすめられたと伝えられている。
この里はよほど地味が豊かで、大神のみ心に叶った美しい土地であったであろう。
出雲風土記の飯梨郷(イイナシノサト)のくだりに「郡家の南東32里なり。大国魂命、天降りましし時、ここに於て御膳食し給いき。故飯成(イイナシ)と云う」神亀3年(西暦726年)に字を飯梨と改む。と見えている。
大神は久しくこの地で農耕を教え医薬を授け、産業福祉の開発に力を尽し、人々の生活を安定して、平和な秩序ある社会を建設されたので、その功績の広大無辺であったところから、大国魂命と尊称して、この意多伎山に斉き祀ったのである。
飯梨郷(飯梨及び利弘(トシヒロ)、実松(サネマツ)、矢田、古川、新宮、富田、田原などの村のこと)ともいう、飯生(イイナリ)(東かがみの文治六年四月十八日の条には、飯生(イイナシ)と見えている。
(飯成、飯梨の語源は、飯生(イナリ)と考えられ、又、郡家とは、今の松江市大草町六所神社附近の国庁を云い、32里は17.105Kmで、丁度当地にあたる。)
飯成、飯梨の語源は、飯生(イナリ)と考えられる、つまり、稲荷と呼ばれる地に大国主は来たと言ってることになります。
そして、若宮に倉稲魂命、要するに稲荷神が祀られている…。
稲荷神と大国主は、同一神とも取れる話ですね。
実際、由緒にはこうあります。
若宮稲荷にます倉稲魂命
元は本社に合殿として祀ってあったが明治四年の遷宮の際、別宮を建立して若宮と称し之に奉遷したもので、当社を食師(ミケシ)というのは、この地で大国魂命に食膳を調達せられた神故に、当社に限り、食師神社と称え奉っている。
即ち衣食住の守護神であり、五穀の神として敬い奉っている。
倉稲魂命は大国主とともに、意多伎神社の祭神だったというのですからね。
そうなると、気になるのは大田命ですね。
この神について、由緒はこう述べています。
御譯神社の祭神・大田命(相殿)
大田命とは猿田彦命の別命で、天孫降臨の際の誘導の神である。
大田神と称え奉るは、福縁を授け、衣食を守り給う時の尊称である、御譯とは教譯の意、又伎神として往来の人を守り、塩筒の翁として製塩の方法を教え、海上を守り、或はさいの神として夫婦の縁を結び、又置玉の神として寿命も守り給うなど人生の必要な事柄の守護神である。
大国魂命に従って当山に長く滞在され、大神の開拓事業の先立となってすべての教譯(オシエ)、接渉にあたり、円満に事を運んで大国魂命の大事業を翼賛せられた国津神である。
最後には五十鈴川の川上に鎮座し給う。
神幸式などで鼻高面をかむり、祓いするのは、この神をなぞらえたものである。
この五十鈴川の川上にあるのは、猿田彦神社です。
倭姫命世記によれば、猿田彦の子孫の太田命は 天照大神を祀る地として倭姫命に 五十鈴川川上の地を献上したとあるそうです。
太田命の子孫は宇治土公(うじのつちぎみ)と称し、神宮に玉串大内人として代々奉職し、伊勢神宮の式年遷宮に関する重要な祭典には必ずこの宇治土公家が奉仕していたと言います。
ちなみに、日本神話つまり古事記と日本書紀によれば、猿田彦大神は天孫「瓊々杵尊(ににぎのみこと)」の天降りの際天の八衢に出迎え、先導を終えた後、伊勢の五十鈴川の川上に鎮まったとあります。
ところが、意多伎神社は大田命とは猿田彦命の別命で、天孫降臨の際の誘導の神と言います。
別命、すなわち、別名ととれば、大田命と猿田彦命は同一神となる…。
これって、えびす神と稲荷神と大国主と太田命と猿田彦は、同一神ともとれる展開ですね。
そして、えびす神と稲荷神にはイエスが連想できたから…。
えびす神と稲荷神と大国主と太田命と猿田彦は、イエスと同一神と言う展開になりませんか…。
すでに、天照についても、大日をイエスと置けば、天照もイエスとなってしまうとみましたよ。
じゃあ!
天照=えびす神=稲荷神=大国主=太田命=猿田彦=イエスの構図になりますよ!
大日も、お忘れなく。
大日=天照=えびす神=稲荷神=大国主=太田命=猿田彦=イエスの構図…。
これだから、日本の民俗探求は面白いわけですね。
稲荷と大国主についても、関係を探っている人がいる事に気が付きました。
そう言えば、以前、こういう疑問が寄せられていました。
稲荷は、復活の初穂としてのキリストを暗示しているのではないでしょうか。
油揚げは、油注がれた者としてのメシアであるキリストを暗示しているのではないでしょうか。
「西宮」とは、大国主西神社の事を指すとの説もあるそうです。
稲荷神の旧社家の大西家と大国主西神社は、無関係とは思えません。
これらの根が同じなら稲荷とえびすも同じになります。
十日戎はキリストを暗示しているとしか思えないのですが。
この疑問は、稲荷とえびすはともにイエスを暗示しているのではと言うことです。
けれど、「西宮」とは、大国主西神社の事を指すとの説もあると触れているということは、大国主もまた、イエスを暗示しているのではないかと言う問いかけでもありました。
稲荷は、復活の初穂としてのキリストを暗示ということは、コリント人への第一の手紙第十五章十二節から二十節ですね。
さて、キリストは死人の中からよみがえったのだと宣べ伝えられているのに、あなたがたの中のある者が、死人の復活などはないと言っているのは、どうしたことか。
もし死人の復活がないならは、キリストもよみがえらなかったであろう。
もしキリストがよみがえらなかったとしたら、わたしたちの宣教はむなしく、あなたがたの信仰もまたむなしい。
すると、わたしたちは神にそむく偽証人にさえなるわけだ。なぜなら、万一死人が蘇らないとしたら、わたしたちは神が実際よみがえらせなかったはずのキリストを、よみがえらせたと言って、神に反するあかしを立てたことになるからである。
もし死人がよみがえらないなら、キリストもよみがえらなかったであろう。
もしキリストがよみがえらなかったとすれば、あなたがたの信仰は空虚なものとなり、あなたがたは、いまなお罪の中にいることになろう。
そうだとすると、キリストにあって眠った者たちは、滅んでしまったのである。
もしわたしたちが、この世の生活でキリストにあって単なる望みをいだいているだけだとすれば、わたしたちは、すべての人の中で最もあわれむべき存在である。
しかし事実、キリストは眠っている者の初穂として、死人の中からよみがえったのである。
ここで、イエスは初穂に例えられていますね。
天の神である御父はすべての死人をよみがえらせられるが、イエスの復活はそのあかしとしての初穂であるということですね。
それでINRIに漢字をあてる際に意味と音の両方から稲の字を用いたとみれば、説得力は出ますね。
油揚げを、肉の代用として調理に使うこともありますね。
そう見れば、油揚げが油注がれた者としてのメシアであるキリストを暗示しているとみても、面白いですね。
いずれも、秦氏がキリスト教徒であれば、の話ですけど。
ただ、こういう解釈ができる事柄が多いこと自体、稲荷を氏神としたとされる秦氏にキリスト教徒説が出る原因になっているわけですがね。
油と言えば、イエスはオリーブ山のゲッセマネで祈ってますね。
ゲッセマネは油絞りの意味とすれば、イエスはオリーブに準えられ、油注ぎとは実は贖罪の祈りのイエスの象徴でもあるのでしょうね。
灯りをともしてそれを台の下に置くものがあろうか、台の上に置くではないかという意味の聖句もありますね。
ここで燃やされる油とは、イエスへの信仰と言うことでしょうね。
照らすものという意味では、イエスは太陽にも擬せられますね。
イエスはモーセの十戒を成就させたとみる向きもある、日すなわち太陽の神とされる存在ですからね。
十日戎と十戒、戎と戒が字が似ていて、何かの意図を読み取れと言わんばかりな、思わせぶりなのは、確かですね。
古代から現在のえびす神は、大国主であったという説もあったようですね。
「大国」はダイコクとも読めることから、同じ音である大黒様とも呼ばれる大黒天と習合して民間信仰に浸透していますね。
大国主の子の事代主(ことしろぬし)がえびすに習合していることから、大黒様とえびすは親子と言われるようになりました。
事代主は託宣神のほか、国譲り神話において釣りをしていたことから釣り好きとされ、海と関係の深いえびすと同一視され、海の神、商業の神としても信仰されています。
福神の中のえびすが大鯛を小脇に抱え釣竿を持っているのは、国譲り神話におけるこのエピソードによるものです。
美保神社(島根県松江市)、三輪惠比須神社(奈良県桜井市)長田神社(神戸市長田区)生夷神社(徳島県勝浦郡)のほか、恵美須神社(京都市東山区)、今宮戎神社(大阪市浪速区) などのえびすを祀る神社でも祀られています。
神にあっては、親子の順は必ずしも伝承によって一致しないこともあり、大国主とえびす神の混淆は十分あり得ますね。
西宮神社境内末社の大国主西神社は、延喜式神名帳では菟原郡で、西宮神社がある武庫郡とは一致しないです。
ところが、武庫郡と菟原郡の境界とされる西宮神社の約200m西側を流れる夙川(しゅくがわ)については、河道の変遷で古代は大国主西神社は菟原郡に所属したとの説もあるのです。
いずれにしても、えびす神を祀る神社の末社に大国主の社があるのは面白いことです。
そうそう、稲荷神は古い時代出雲の神の大国魂神と繋がりがあるそうです。
現在の島根県安来市にあたる飯成(いいなし)郷の出雲国風土記の説話では大国魂命の降臨譚が述べられていて、倉稲魂命と共に意多伎神社(おたきじんじゃ)に祀られているのでしたね。
意多伎神社の祭神は本殿に大国魂命と大田命、若宮に倉稲魂命が祀られていますね。
意多伎神社の由緒には、こうありますね。
当社は西暦724年(奈良時代初期)に勘造された出雲風土記(713年)や延喜式(927年)等に記載されている社であり、創立は遠く神代にさかのぼり、飯生大明神として今日まで顕然として栄え、崇敬者は出雲、伯耆にまでいたり、数千を数え、無上の崇敬と信仰をよせてきた社である。
意多伎神社の祭神・大国魂命
神代の昔、大国主命は、国土を開かんと、この地においでになって、人々を導き、朝夕自ら鍬、鋤をとられて、農耕をすすめられたと伝えられている。
この里はよほど地味が豊かで、大神のみ心に叶った美しい土地であったであろう。
出雲風土記の飯梨郷(イイナシノサト)のくだりに「郡家の南東32里なり。大国魂命、天降りましし時、ここに於て御膳食し給いき。故飯成(イイナシ)と云う」神亀3年(西暦726年)に字を飯梨と改む。と見えている。
大神は久しくこの地で農耕を教え医薬を授け、産業福祉の開発に力を尽し、人々の生活を安定して、平和な秩序ある社会を建設されたので、その功績の広大無辺であったところから、大国魂命と尊称して、この意多伎山に斉き祀ったのである。
飯梨郷(飯梨及び利弘(トシヒロ)、実松(サネマツ)、矢田、古川、新宮、富田、田原などの村のこと)ともいう、飯生(イイナリ)(東かがみの文治六年四月十八日の条には、飯生(イイナシ)と見えている。
(飯成、飯梨の語源は、飯生(イナリ)と考えられ、又、郡家とは、今の松江市大草町六所神社附近の国庁を云い、32里は17.105Kmで、丁度当地にあたる。)
飯成、飯梨の語源は、飯生(イナリ)と考えられる、つまり、稲荷と呼ばれる地に大国主は来たと言ってることになります。
そして、若宮に倉稲魂命、要するに稲荷神が祀られている…。
稲荷神と大国主は、同一神とも取れる話ですね。
実際、由緒にはこうあります。
若宮稲荷にます倉稲魂命
元は本社に合殿として祀ってあったが明治四年の遷宮の際、別宮を建立して若宮と称し之に奉遷したもので、当社を食師(ミケシ)というのは、この地で大国魂命に食膳を調達せられた神故に、当社に限り、食師神社と称え奉っている。
即ち衣食住の守護神であり、五穀の神として敬い奉っている。
倉稲魂命は大国主とともに、意多伎神社の祭神だったというのですからね。
そうなると、気になるのは大田命ですね。
この神について、由緒はこう述べています。
御譯神社の祭神・大田命(相殿)
大田命とは猿田彦命の別命で、天孫降臨の際の誘導の神である。
大田神と称え奉るは、福縁を授け、衣食を守り給う時の尊称である、御譯とは教譯の意、又伎神として往来の人を守り、塩筒の翁として製塩の方法を教え、海上を守り、或はさいの神として夫婦の縁を結び、又置玉の神として寿命も守り給うなど人生の必要な事柄の守護神である。
大国魂命に従って当山に長く滞在され、大神の開拓事業の先立となってすべての教譯(オシエ)、接渉にあたり、円満に事を運んで大国魂命の大事業を翼賛せられた国津神である。
最後には五十鈴川の川上に鎮座し給う。
神幸式などで鼻高面をかむり、祓いするのは、この神をなぞらえたものである。
この五十鈴川の川上にあるのは、猿田彦神社です。
倭姫命世記によれば、猿田彦の子孫の太田命は 天照大神を祀る地として倭姫命に 五十鈴川川上の地を献上したとあるそうです。
太田命の子孫は宇治土公(うじのつちぎみ)と称し、神宮に玉串大内人として代々奉職し、伊勢神宮の式年遷宮に関する重要な祭典には必ずこの宇治土公家が奉仕していたと言います。
ちなみに、日本神話つまり古事記と日本書紀によれば、猿田彦大神は天孫「瓊々杵尊(ににぎのみこと)」の天降りの際天の八衢に出迎え、先導を終えた後、伊勢の五十鈴川の川上に鎮まったとあります。
ところが、意多伎神社は大田命とは猿田彦命の別命で、天孫降臨の際の誘導の神と言います。
別命、すなわち、別名ととれば、大田命と猿田彦命は同一神となる…。
これって、えびす神と稲荷神と大国主と太田命と猿田彦は、同一神ともとれる展開ですね。
そして、えびす神と稲荷神にはイエスが連想できたから…。
えびす神と稲荷神と大国主と太田命と猿田彦は、イエスと同一神と言う展開になりませんか…。
すでに、天照についても、大日をイエスと置けば、天照もイエスとなってしまうとみましたよ。
じゃあ!
天照=えびす神=稲荷神=大国主=太田命=猿田彦=イエスの構図になりますよ!
大日も、お忘れなく。
大日=天照=えびす神=稲荷神=大国主=太田命=猿田彦=イエスの構図…。
これだから、日本の民俗探求は面白いわけですね。
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コメント
>大日=天照=えびす神=稲荷神=大国主=太田命=猿田彦=イエスの構図…。
私もそう思います。時代、場所で、多くの名前に分けた時、後に、必ずそれを繋げる時の為に、共通するヒントを隠していたのだと思います。
今年は、午年。
日光東照宮の神馬を入れる馬屋、馬小屋(神厩の長押)には、三猿が彫刻されています。
馬小屋と猿。
馬とは、産むであり、神馬=しんめ=神女=マリア。
マリアから生まれるイエス。
2014年。
楽しみです。
投稿: 熱帯魚 | 2014年1月 6日 (月) 16時52分
構図に同意ありがとうございます。
この構図も、日本に残る古代中東の遺伝子がなせる業かも、知れないですね。
東照=日の出の神社と読める社に猿と言うのが、古代エジプトでは猿は太陽神の崇拝者とされているから、奇妙な気分ですよね。
日本の神々の構図も、古代エジプトに似てますから。
投稿: cova | 2014年1月 6日 (月) 20時08分
とても面白いです。ありがとうございます!
新潟県長岡市栃尾ではヤマタノオロチの墓と言われる場所があり、当地の国王が稲田氏で神器を狙うスサノオ命に殺され、娘の櫛稲田姫命と神器を奪われたという説があります。
耳が国王の意で、近くに耳取山があり、そこが現場だとか。
栃尾の名物は油揚げ、手まり、丸鯛という和菓子。それに稲田氏というワードもあって惹かれます。ラジウム泉質の栃尾温泉も有名みたいです。壱醸という日本酒もオススメです(^o^)/
ちなみに
新潟県糸魚川ではヌナカワ姫の神器を狙った大国主命に殺されたという伝承があります。
欠史九代に神ヌナカワ耳天皇の名があり興味深いです。神器の隠し場所も糸魚川ではリアルに伝承が残っています。
投稿: あいしてる♪ | 2015年4月14日 (火) 19時00分
面白い情報、ありがとうございます。
投稿: cova | 2015年5月 4日 (月) 10時35分