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改めて神道の名前を考えてみた。

神道には、太陽神天照を頂点とする八百万の神は祀られています。

けれど、一見すると、教義らしきものはないのです。

しかし、それは、外見上のことです。

神道とは、随神(かんながら)の道と言うことです。

随神とは、随(したが)うべきは神である、と言うことです。

 随神の道とは、神に随う事こそ道である、と言うことですね。

神道には、随うことを求め、救いを請われれば気前良く助ける神はいるのです。

 その代わり、助けを求めなければ、当たり前だが救いはない。

神道の神は助けを求めてくれる人を、助けるわけです。

 神は、助けを求められれば、誰であれ助けてくれる。

信者以外助けないという、小さなことは言わないわけです。

だが、得られる救いの量と質は、神に対する信頼と感謝の大きさに応じて、決まるでしょうね。

 祈りながら、考え、行動すればするほど、救いは大きくなる。

全て神に丸投げで、自分で考えようとも行動しようとも、しない人はもちろん論外ですよ。

 それって、自分の正しいと思うようにして良いが、後て採点するのは神であることを忘れるなと言うこと。

 教義の有無を除けば、聖書の教えと神道はそっくりですね。

聖書の神も、無条件に随うことを求めています。

しるしを見たから信ずるというのか、見ずに信ずる者は幸いである、神の国はその人のものだと、聖書にはあります。

神道に、自分の正しいと思うようにして良いが、後て採点するのは神であることを忘れるな、なんて教えがあるか疑う人に訊ねたいですね。

神道は、神仏混交で、仏教を借りて教義を体系化してきたのですよ。

 閻魔帳と言うのが、ありますね。

人々の、何を考え、どう行動してきたかの記録は、一切合財、閻魔帳に記され死後に裁かれるわけでしょ。

 そして仏教には、縁無き衆生は度し難しと言う考えがある。

これは、イエスが繰り返し述べている、あなたの信仰があなたを救ったと同じ意味ですよ。

 旧約にも、神の教えに従わず逆らった時のイスラエルが困難に陥って悔い改めるたびごとに、救われる話が載ってますね。

新約でイエスや12使徒は殉教してるではないか、と疑問を言う人は居るでしょうね。

 イエスや12使徒の殉教は、贖罪の仔羊として自らを奉げる行為であった。

そういうことでしょう。

同時に神に逆らう人は、罪に定められる道を自ら選んでしまったことになるでしょうね。

 信仰をしている人でも、困難に苦労してる人は居ますよ。

創世記に、我々に似せて人を作ろう、とあるでしょ。

だが、人はアダムとイブの背きによって堕落し、姿だけが似たものになってしまったわけです。

 神は、アダムとイブに、自らの似姿になって欲しいと願ったわけですよね。

姿だけ似れば良いと思って、神は人を作られたわけではなく、考えや行動まで似て欲しかったわけでしょうね。

地上を自分たちに代わって治めるものとして、神は人を作りエデンの園に配したわけです。

 人がしている苦労とは、足りないところに気が付いて、より完全に近づいて欲しいと神が出した宿題みたいなもの…。

聖書には、あなたの弱さが強さに変わると、説かれています。

 それには、神の出された宿題である困難を、神に答えを祈り求める必要がある。

自分の思いより、神の考えを優先すればするほど、困難を乗り換えた時、強く賢くなっていると言うことでしょうね。

 困難にあって、自分は神を信じてきたはずなのに、神は助けてくれないのかと思ってはいけない…。

むしろ逆に、神に付き随ってきたからこそ、どれだけ学べ何が学べてないかを、自覚する機会として宿題を与えてくださったのだと感謝して欲しいと、神は思っているのでしょうね。

 神頼みって本当に効くと、助けてもらえたことに、素直に驚き喜び感謝することは、大事だが最低限だと…。

神のささやくような、けれども、はっきりとした導きの声にどれだけ気付けるようになるかが、問われているのかも知れませんよ。

 神に随う道って、見失わないように進むのは、意外と難しい…。

だから、神を見失うなと聖書にはあるし、仏教も縁無き衆生は度し難しと、あるのでしょうね。

 神道は、たんなる仏教側の打算で混淆されたわけではなく、神道側も隠されている教義を表に出すために仏教をしたたかに利用していた…。

その結果が、聖書と似てしまったというのは、面白いですね。

 こんなところが、日ユ同祖論が言われる理由になってる…。

そうなのでしょうね。

追記

この記事の続編に当たります。

神道と聖書を比べてみると。

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