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2014年2月

家族性地中海熱について情報ください。

追いつめられました…。

実は、いま私は大変に困惑しているのです。

私の話を、本にしてみないかと言う声は今までにも何度か寄せられてきました。

その度に、本にする以上は売れないと出してくださる人に迷惑になるから編集を引き受けてくれる方が出てきたら考える、と逃げてきました。

そしたら、今度はチェックメイト。

とうとう現れてしまったのです。

編集を引き受けるからぜひ出してくれと、大乗り気なのです。

それも、私以上に。

本にしてみたいテーマは、無いのかと食い下がってきます。

電子書籍なら、10ページから20ページもあれば出せるし、値段も手ごろだからテーマさえ良ければそこそこ買い手はつくと…。

日本人は西方から来たと話題にしたら、なんと家族性地中海熱と言う遺伝子病を抱える一族の人から激しく同意されたと言ったら、それ、良いじゃないとはしゃぎだす始末です。

まず、家族性地中海熱で出そうよと、これは面白いと、私よりハイテンション。

あのお、書くのは私なんですけど…。

一般論を書いた本やサイトは既にあるから、むしろ、そのコメントをくれた人にアクセスできないかとたたみかけてきました。

わたしも、まだ認知度の低いこの病を多くの人に知ってもらう事に異論はないけど、さてどうしたものか…。

はじめてこの病のことを知る人に向けて本を出すという企画に協力してくださる方、メールくださいませんか。

アドレスは、shi-cobayashi@nifty.comです。

よろしくお願いします。

関連記事はこれです。

やはり、日本人は西方から来た?

日本人も家族性地中海熱と家族性アイルランド熱に注意したほうが良い。

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古代中国のネコはどこから来た?

興味深い記事を見つけました。

泉湖村と呼ばれる地域は、浙江省や湖南省にもあるが、本文にある泉湖村は、おそらく、甘肃省酒泉市肃州区と思われます。

甘肃省は中国大陸の北西に位置し、西に新疆ウイグル自治区、青海省、北に寧夏回族自治区、内モンゴル自治区、南に四川省、東に陝西省と接しています。

黄河が省中央部を横断し、省域は西北に向かって長く延び、これを河西回廊といいます。

河西回廊は中国から西域への通路であり、唐代には中国の領域は嘉峪関で尽きるとされました。

嘉峪関は嘉峪関市の南西6kmに位置する河西回廊西寄りの最も狭隘な地にあります。

そこは2つの丘に挟まれた土地で一つは嘉峪山といいます。

城壁の一部はゴビ砂漠を横切っています。

嘉峪関市は中華人民共和国甘肅省西北部に位置する地級市で、市名は嘉峪関から命名されました。

嘉峪関の南は祁連山脈、北は龍首山と馬鬃山に面し、その地理的特色から秦漢代以後の歴代王朝はこの地域に兵力を集中させました。

甘粛省の辺りは、地理的にはシルクロードに沿った地域であり、5,300年前の中国に西方からネコとともに人々が来ていたことを示す興味深い資料となります。

 そうなると、この遺跡のイヌも当然、西方由来と考えられますね。

甘肃省は寧夏と同様、イスラム教徒の回族が多く、最大の都市である省都の蘭州はイスラム都市の観を呈しています。

チベット人の自治州が南部に、自治県が西北部にあります。

 チベットは日本とともに、古代中東の遺伝子であるYAP遺伝子があるのですよね。

この文章では、泉湖村のネコについては血統を突き止められるだけのDNAを見つけることができなかったとして、時期的には可能性があるとしながらもリビアヤマネコの血統に属していたという確信は得られていないと述べています。

だが、古代中東の遺伝子を持つ民族の地である以上、リビアヤマネコに属するネコの骨が今後見つかるかも知れません。

イヌについても、DNAを調べてもらいたいものです。

2013.12.18 WED

5,300年前の中国遺跡で「飼いネコ」を発見

ネコが人間に飼われるようになったプロセスを示す最古の証拠とされるものが、中国で見つかった。

老齢になるまで人間がエサを与えていたネコもいたようだ。

TEXT BY AKSHAT RATHI
TRANSLATION BY RYO OGATA/GALILEO

ARS TECHNICA (US)

http://wired.jp/wp-content/uploads/2013/12/a67f656d105df5e2e7f7746a6a54cf47.jpg

イエネコの祖先とされるリビアヤマネコ。画像はWikimedia Commons

ネコと人間の結びつきを示す最古の記録は、地中海のキプロス島で見つかっている。

キプロスで約9,500年前、幼いヤマネコが人間と一緒に埋葬されていたのだ。

また、エジプトの芸術作品やネコのミイラから、4,000年前までにはネコが人間の大事なペットになっていたことがわかっている。

しかし、それがどのように行われていたかを示す直接的な証拠はこれまでなかった。

「特にネコのような、単独で行動し、遺跡で発見されるのが極めてまれな動物については、人間に飼われるようになったプロセスを明らかにすることがこれまではできなかった」と、

ワシントン大学の研究者フィオーナ・マーシャルは語る。

同氏は、このほど中国中央部の遺跡である泉湖村(Quanhucun)で、その過程を示す証拠を見つけたと発表した研究チームのひとりだ。

マーシャル氏が中国科学院のヤオウー・フーらとともに『PNAS』に発表した論文によると、泉湖村では、約6,000年前から人間が定住していた。

考古学者らはここで、住居や貯蔵穴、陶器、そして植物や動物などの痕跡を発見した。

動物は、ネコやイヌ、シカなどだった。

骨の中の同位体から、その骨がどのくらい前のものであるかがわかる。

さらに、炭素と窒素の同位体の割合から、その動物の食生活がわかる。

見つかった骨は約5,300年前のものだった。

そして、食生活の分析から、イヌ、ブタ、およびネズミはもっぱら穀類を食べており、ネコは、穀類を食べる動物を狩っていたことがわかった(おそらくネズミだろう)。

遺跡の発掘では、ネズミが貯蔵穴の近くに住んでいたことがわかった。

これは、農民がネズミ問題を抱えていたということであり、その問題には、ネコたちが役に立ったかもしれない。

狩りよりも穀類で栄養を得ていたことを示すネコの骨も見つかっている。

これは、人間がネコに餌を与えていたと考えることができる。

また、老齢まで生き延びたネコの骨も見つかっている。

これもまた、人間がネコの世話をしていて、だから野生のネコよりも長く生きたということを示すと見られる。

現在のネコは、基本的にリビアヤマネコ(学名:Felis silvestris lybica)の子孫だとされている。

しかし、泉湖村のネコについては、血統を突き止められるだけのDNAを見つけることができなかったため、彼らがこの血統に属していたという確信は得られていない。

※米英独等の国際チームによる2007年の研究では、世界のイエネコ計979匹をサンプルとしたミトコンドリアDNAの解析結果により、イエネコの祖先は約13万1,000年前に中東の砂漠などに生息していたリビアヤマネコだとされた。

現在のリビアヤマネコは、アフリカ北部、中近東、アラル海までの西アジアに生息している。

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