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2015年2月

宇宙も生命も自己組織化とプラズマで説明できそう?

今科学や技術の分野で新たなキーワードになりつつあるのが、自己組織化です。

自己組織化(self-organization、self-assembly)とは、自律的に秩序を持つ構造を作り出す現象のことで、自発的秩序形成とも言います。

自己組織化の過程の中では、何らかの形で全体の秩序付けや調整がなされています。

この全体の秩序付けや調整は、システムの中に最初から備わっていたさまざまな成分や部分や要素の間の部分的なやり取りの中から生まれてきたものなのです。

自己組織化の過程は自発的に生じてくるのであって、監督や調整役を務めるエージェントの役を務めるなんらかの仕組みや存在をシステムの内にも外にも必要とはしません。

きっかけとなるのはある程度の大きさのランダムな変化や変動であり、正のフィードバックによる増幅の結果生じてきたものなのです。

秩序付けや調整の結果として生まれた組織は、システムを構成しているすべての成分や部分や要素に分散されて散っていくことになります。

小さなあるいは部分的な損傷なら自己修復が可能となるけれど、大きな致命的な損傷や欠損は多くの場合修復は不可能であるか極めて困難です。

切り口に生じた一つの細胞から全体を再生する能力は植物では確認されているが、どんな小さな切片からでも全身の再生が出来るプラナリアがいる動物では全身を再生可能な細胞が切断などの簡単な刺激で生じる例は今の時点では確認されていません。
現時点で確認されている全身再生可能な動物の細胞は、初期の胚から取られるES細胞や初期化処置の必要なiPS細胞だけです。

自己組織化は、さまざまな物理、化学、バイオ、ロボット、社会、認知システムで生じるプロセスです。

一般的な結晶化、動物、および複雑なパターンを認識するニューラル ネットワークの学習方法のグループで群がって、液体下から加熱、化学発振器に対流パターンの出現などがあります。

自己組織化は、結晶例えば幾何学的な形状に成長する雪の結晶や孔雀の羽に浮かび上がる模様を形作るフォトニック結晶構造、さらには、シマウマのゼブラ模様、心臓の鼓動、過熱による液体の滞留パターン、高い規則性や秩序性を示す化学振動反応など、様々な自然現象の中にも見出すことができます。

生物の細胞がDNAを設計図として機能を持った組織を作り出す現象も、極めて高度な自己組織化の結果と考えられています。

DNA(デオキシリボ核酸)は、核酸の一種で、地球上の多くの生物において遺伝情報の継承と発現を担う高分子生体物質です。

DNAは五炭糖のデオキシリボースとリン酸、塩基 から構成される核酸で、塩基はプリン塩基であるアデニン(A)とグアニン(G)、ピリミジン塩基であるシトシン(C)とチミン(T)の四種類あります。

ここで注目したいのは、細かな構造や機能ではなく、DNAのらせん構造です。

プラズマは、プラズマフィラメントというらせん構造を作ることが知られています。

プラズマは、テレビのディスプレィや空気清浄機の宣伝で聞いたことがある人も多いでしょう。

極地の空に見られるオーロラもプラズマです。

プラズマは何らかのエネルギーが外部から供給されてゆらぎが生じると、不安定な様相を見せます。

プラズマがゆらいで発生するフィラメント状の構造の代表的な例は、オーロラとして観察できるのです。

パルス発信機を用いてX線放射の実験を行うことで確認できるが、フィラメントや渦といった構造は、条件が整うとお互いが生み出した磁場によって、同じ方向に動いているほかの渦を引き寄せて、自己組織化しながら成長していくのです。

プラズマが自己組織化という極めて生命と似た振る舞いをし得ることからプラズマ生命体が生存する可能性を主張する科学者さえいます。

プラズマは螺旋状の渦を作ったり、一定条件下では渦糸が結晶構造を作ることもあります。

渦の成長はやがて止まって何らかの理由で自然消滅した後に、再び新たなフィラメントを生成ていくこともあります。

このような生成と消滅を伴うエネルギーのサイクルは、グレートウォールとボイドによって構成された、銀河の集団が作る気泡状の宇宙構造が生成されていくメカニズムの中にも認められるのです。

量子力学は光の研究から始まり、物質一般にまで拡張された理論です。

そして光は、量子研究の一分野である量子電磁気学で荷電粒子間に働く電磁相互作用を荷う重要な存在して認識されています。

プラズマと光は密接な関係があります。

宇宙は光の中から誕生しました。

これは、言い換えるなら、宇宙はプラズマの中から誕生したことになるでしょう。

宇宙の99.9%以上はプラズマが占めると言います。

プラズマ(plasma)は固体・液体・気体につづく物質の第四の状態の名称であって、通常は「電離した気体」をイメージに持ちます。

通常はと言うのは、実は固体プラズマと呼ばれる現象もあるからです。

正の荷電粒子と負の荷電粒子が,ほぼ同じ密度で共存する物質の状態を一般にプラズマといいます。

固体物質内のこのような荷電粒子の集りを,狭い意味でのプラズマ(電離気体)と区別して固体プラズマというのです。

例えば金属の場合、結晶格子を構成する正イオンに対し、自由に動き回る伝導電子があって全体としては電気的に中性になっています。

正イオンとは電子が少ない状態の原子を言い、負イオンとは電子が多い原子の状態を言います。

また半導体や半金属などでも伝導電子と正孔、さらに正負イオンが混在しプラズマ状態を作っています。

余談だが、プラズマは液体中でも発生することがわかっています。

プラズマには、ダストプラズマと呼ばれる状態もあります。

ダストプラズマdusty plasma)はイオンと電子のほかに、μm(マイクロメートル)程度の巨視的大きさをもつ多数のダスト(dust、ちり、すなわち固体微粒子)を含むプラズマのことで微粒子プラズマとも呼ばれます。

そこではダスト微粒子、つまりダストの粒子には沢山の電子が付着して大きな負の電荷をもった粒子になり、通常のプラズマには見られない多くの興味ある現象を引き起こす事が知られています。

ダストプラズマは、宇宙空間、半導体製造のプラズマプロセスで多く見出され、それぞれ宇宙探査、産業上の問題として研究が進められました。

ダストプラズマが自己組織化することによって、クーロン結晶などが生成されることが1994年に複数の研究チームによって確認されていると言います。

プラズマ構造を積極的に制御することにより、微粒子の糸状結晶なども容易に得ることができます。

ダストプラズマは電子とイオンとに関しては通常のプラズマと同じで弱結合系であるが、ダスト微粒子だけに着目するとその粒子系は容易に強結合系にもなるので、弱結合系(ガス状態)から強結合系の典型的現象である結晶化までを個々の粒子レベルで観察出来る興味深い物理系として研究が進んでいるのです。

宇宙にも巨大なフィラメント構造が見つかっています。

エネルギーは存在するだけでは、仕事をしません。

ポテンシャルエネルギーになる必要があります。

そして、ポテンシャルエネルギーが最も安定して減少するには渦がもっともエネルギー効率が良いのです。

もちろん、ポテンシャルエネルギーの減少過程が安定して現象するのに最も適しているのも渦構造です。

プラズマがフィラメント構造を採るのは、安定して存在するのに最も適する構造だからと言えるでしょう。

宇宙は巨大なゆらぎの中から生まれたと見られています。

そのゆらぎが最も安定して存在するためには、フィラメント構造が最も適しています。

宇宙の、巨大なボイド(泡)構造とこれまた巨大なフィラメント構造を考えるなら、真っ先に連想できるのは細胞とDNAの組み合わせです。

最新の科学は、宇宙は階層性をもち、その階層性には相似性が存在することが明らかになりつつあります。

その良い例の一つが、電子が原子の中で土星の輪のように分布すると唱えた長岡のモデルです。

ラザフォードによって正しさが確認され、今日の電子の殻軌道モデルに引き継がれています。

原子、惑星などの天体、太陽系、銀河系と相似性が今日では明らかになっています。

原子中の電子は雲のような形で分布していることがわかってきたが、銀河もまた星雲と呼ばれる雲に似た描像が用いられるなど、ここでも階層性が見られます。

宇宙の階層性が持つ相似性を記述する理論が、フラクタルです。

フラクタル(fractale)は、フランスの数学者ブノワ・マンデルブロが導入した幾何学の概念で、図形の部分と全体が自己相似になっているものなどを言います。

フラクタルは、自然現象の全ての尺度において現れる繰り返しパターンを記述する数学の手法です。

多くの存在が相似性を示しつつ、多様性を示しているのは、ゆらぎやトポロジー(位相幾何学)的な展開をしているからでしょう。

トポロジーの名称はギリシャ語のトポスとロゴスの合成に由来するもので、直訳すれば「位置の研究・学問」です。

プラズマは自己組織化する能力を持ち、空気清浄機に見られるように周囲のダクトを引き付ける事も出来ます。

そして、ダクトプラズマもまた自己組織化する能力を持ちます。

ダクトプラズマは宇宙空間にも多く見られ、プラズマの示す生成と消滅を伴うエネルギーのサイクルは、プラズマの示すグレートウォールとボイドによって構成された、銀河の集団が作る気泡状の宇宙構造が生成されていくメカニズムの中にも認められるのです。

さまざまなスケールで現れるプラズマフィラメントが、宇宙の階層性を繋ぐキーワードと見てはおかしいでしょうか。

結晶の形と生命体の形、流体である水の作り出す様々な形と生命体の形、そこには面白いほどの相似性が見られます。

結晶構造と電子構造は密接な関係にあり、水も極性のある分子の集合体です。

ミクロからマクロに至るまで、イオン、そして、プラズマは大活躍していると言えるのではないでしょうか。

今、多くの科学者を悩ませ虜にしてるダークマターやダークエネルギーは、実はプラズマ宇宙論には登場しません。

宇宙の99.9%以上はプラズマなので、プラズマ宇宙論から見ればダークマターやダークエネルギーの正体はプラズマはプラズマとそのエネルギーとなるからです。

宇宙の誕生から、生命の誕生、そしてそれらの展開は自己組織化とプラズマを中心に議論をしていくと、あっけないほど短期間な物語となることでしょう。

詳しく展開すれば、もっと長い時間が必要でしょうが今回は大まかな話にとどめておきます。

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モンゴロイド

DNA分析の成果によれば、現生人類発祥の地はアフリカにあるとされます。

人種間の遺伝的距離を計ると、人類集団はアフリカ人であるネグロイドと西ユーラシア人であるコーカソイドのグループ、およびサフール人と呼ばれるオーストラロイドと旧来モンゴロイドとされた東南・東アジア人によって構成される東ユーラシア人と南北アメリカ大陸に住むインディアン、エスキモーのグループの2つのグループに大別することができるとされます。

 そのうちのネグロイドは、現生人類の祖の直系の子孫とされますね。

黄色人種、モンゴル人種とも言うモンゴロイドは、形態人類学上の「人種」概念の一つです。
人種とは、ヒト・人間を分類する用法の1つで、生物学的な種や亜種とは、異なる概念です。
現生するヒトは、遺伝的に極めて均質であり、種や亜種に値する差異も存在しません。

肌の色はヒトという種の集団の分化の過程で選択圧を受けやすく最も短期間に変化する形質の一つであり、肌の色の類似または相違でいわゆる「人種」を区別することはできません。
肌の色を発現させる遺伝子についても、肌の色と同様いわゆる「人種」を区別することはできません。

 人種は混血可能な点で、イエネコのネコ種に近いわけですね。
 ネコ種によって外見の差はあっても、子供が出来ない組み合わせはないですから。

モンゴロイドの身体的特徴としては、目の下に蒙古襞(もうこひだ)というシワがある、鼻が低く獅子鼻、髭が薄い、歯が黄色い、顔以外では、蒙古斑といって乳幼児のお尻が青い、などが挙げられています。
ただし近年、蒙古斑は程度の差こそあれ、コーカソイドやネグロイドにもあることがわかってきたといいます。
コーカソイドの場合は蒙古斑の色が薄いため、ネグロイドの場合は肌の地色が濃いため、確認が難しかったそうです。

黄色人種の名はヨーロッパ人と比較した際のモンゴロイドの肌の色に由来するが、実際のモンゴロイドの肌の色は、淡黄白色から褐色までかなりの幅があります。
ネグロイドやオーストラロイドのような極端に黒い肌はみられないですけど。

近年のDNA分析によれば、モンゴロイドはアフリカからアラビア半島・インド亜大陸を経由し、ヒマラヤ山脈・アラカン山脈以東に移住した人々が、周囲の自然環境により他の「人種」との交流を絶たれ、その結果独自の遺伝的変異及び環境適応を経た結果誕生した「人種」であるとされます。
モンゴロイドの原初の居住地は、ヒマラヤ山脈及びアラカン山脈よりも東及び北側とみられています。

 日本人は、世界でも稀な古代血統とされるY遺伝子D系統を多く持つ人種ですよね。

世界的にも、日本人の他にはチベット人や中近東の人だけがこのDNAをもっていると指摘されます。

 日本人はY染色体DNAのD系統を高頻度で持つ事で有名と言うことは、アラビア半島周辺から移動を始めた頃の遺伝子を未だに持ってる人がそれだけ大勢暮らしているのが日本なんですね。

日本人にも、家族性地中海熱という遺伝性疾患の発症例が確認されていますからね。
近年、報告例は増えているそうだけど、認識が深まってきたので分類される場合が多くなった可能性はあるかも知れません。

名前に地中海とあるのは、この病気は地中海沿岸域の人々や、中近東つまり、ユダヤ人特にスペイン・ポルトガル系のユダヤ人であるセファルディ・トルコ人・アルメニア人に現れるからです。
原因遺伝子がわかってからは、イタリア人・ギリシャ人・アメリカ人の中にもこの疾患が見つかるようになりました。

そうなるとチベットは気になるけど、手元にデータがないので、どちらとも言いかねます。

各地域に住む人々のミトコンドリアDNAやY染色体、或いはヒトの核遺伝子を比較することにより、ヒトの移住の時期・系統・経路が推定出来ます。

近隣結合法を用いた斎藤成也による核遺伝子DNAの分析、Ingman et al.、篠田謙一らによるミトコンドリアDNAの分析によるモンゴロイドの出現について示すとこうなると言います。

ただし、特に斎藤はモンゴロイドという名称に異議を唱えていますけど。
またヒトは同一種であるため、用いる遺伝子によって異なる結果がでることもあり、小さなクラスターについては特に顕著となります。

20万〜15万年前、アフリカ大陸において現生人類であるホモ・サピエンスが出現したと言うのが人類のアフリカ単独起源説です。
その後10万年前にはアフリカ大陸の対岸に位置する中東地域に進出し、現在のコーカソイドの前身となります。

中東地域に進出した人類は、その後7万〜5万年前にサフール大陸すなわち現在のオセアニア地域に進出、オーストラロイドの前身となります。

さらに、5万〜4万年前には西方では地中海伝いにヨーロッパへ進出する一方、東方ではヒマラヤ山脈を越え東南アジア・東アジア方面に進出します。

ヨーロッパに進出したグループは、その後も中東地域および北アフリカ地域との交流が保たれたため、これらの地域の人々の間では遺伝的な差異が生じず、現在でも同じコーカソイドである西ユーラシア人に分類されます。

しかし、東南アジア・東アジア方面に進出した人々は、天然の要害であるヒマラヤ山脈・アラカン山脈が障害となり、中東・インド亜大陸の人々との交流を絶たれ、独自の遺伝的変異・環境適応を成し遂げることとなります。

これが、後のモンゴロイドです。

モンゴロイドは、東アジア、中央アジア、東南アジア、東ロシア、北極圏、南北アメリカ大陸、太平洋諸島、南アジアの北東部のほか、アフリカ近辺のマダガスカル島にも分布します。
アメリンドすなわちネイティブ・アメリカンとアイノイドつまりアイヌのどちらか一方もしくは両方を、別人種としてモンゴロイドに含めない用法もあります。

ユーラシア大陸東部のモンゴロイドは、寒冷適応の程度の軽重によって大きく古モンゴロイド・新モンゴロイドに区分されたが、遺伝的に見ると他の集団間の差異に比べて大きな隔たりは存在しないです。

 古モンゴロイドは旧モンゴロイドということもありますね。

モンゴル地域・中国東北部・朝鮮半島には新モンゴロイドが比重として圧倒的に多いのに対し、大陸南部や島嶼部へ行く程古モンゴロイドの比重が高まっているとされました。

DNA分析の結果等から現在は否定されているが、次にあげるような説が展開された時期もありました。

ユーラシア大陸東部に居住したモンゴロイドは、既に絶滅したとされる北京原人やジャワ原人の子孫であるという説。
ユーラシア大陸西部では、現代人の直系の祖先であるクロマニヨン人と既に絶滅したネアンデルタール人とが共存した時代を有することから、現代の欧州人はネアンデルタール人の血を引いているとの説があり、それと同様にモンゴロイドも北京原人やジャワ原人と現生人類との混血であるとする説。

現在の人類学では形質研究よりも遺伝子研究が重視されています。

遺伝子的には南方系モンゴロイドと北方系モンゴロイドと区分する場合もあります。

遺伝的な近縁関係から人類集団を分類する近年の学説では、先述の通り、アジアに居住を続けてのちに一部が太平洋諸島・マダガスカル島に移住した東ユーラシア人と、南北アメリカ大陸で分化した南北アメリカ人に、旧来の狭義の「モンゴロイド」が二分されるとします。

 アメリカ先住民であるネイティブ・アメリカンとアイヌや琉球人を古モンゴロイド、アイヌや琉球人以外のアジアのモンゴロイドを新モンゴロイドに、分けるやり方。

 アジアに居住を続けてのちに一部が太平洋諸島・マダガスカル島に移住した東ユーラシア人と、南北アメリカ大陸で分化した南北アメリカ人に、分けるやり方。

 だから、アメリンドすなわちネイティブ・アメリカンとアイノイドつまりアイヌのどちらか一方もしくは両方を、別人種としてモンゴロイドに含めない用法もあるとなる。

 その場合、新モンゴロイド、東ユーラシア人、に分類される人たちが狭い意味でのモンゴロイドということになる。

古モンゴロイドや新モンゴロイドとは、寒冷地適応を経ているか否かの違いを表したハーバード大学人類学教授William White Howellsによるモンゴロイドの分類で、日本では埴原和郎や尾本恵市らが用いているようです。

中東地域・インド亜大陸方面から東南アジア方面に進出したと考えられるモンゴロイドを、形態人類学では古モンゴロイドと区分しました。

 古モンゴロイドは、アジアではモンゴルの中央と東部地域、および中国北部、華南、東南アジアなどの地域に比較的多く見られるようですね。

日本列島に到達した縄文人は古モンゴロイドとされます。

古モンゴロイドは、熱帯雨林に適応した結果、低めの身長、薄めの肌の色、発達した頬骨、鼻梁が高く、両眼視できる視野が広い等の特徴を持つと考えられています。
他の、彫の深い顔、二重瞼、体毛が多いこと、湿った耳垢、波状の頭髪、厚い唇、多毛等の特徴は新モンゴロイド以外の多くの「人種」と共通します。

なお、現在、北米最古の人骨であるケネウィック人は古モンゴロイドと最も類似し、古モンゴロイドの一部は北米にも進出したと考えられています。

 そういえば、かつてテレビでケネウィック人のほか、メキシコからも日本人によく似た古代人骨が出ていると紹介してましたね。

 メキシコの場合もおそらく、アイヌや琉球人に似てる古代人なのでしょうけど。

ケネウィック人と一緒に、フランスやスペインの様式の鏃も出てますよ。

 フランスと言えば、クロマニヨン人はフランスで見つかった石器時代人で、ケネウィック人との関係を考えたことがありましたね。

それを言ったら、日本に来たケネウィック人の親戚はクロマニヨン人の親戚にもなるでしょ。

 東北弁はフランス語に響きが似てるので、東北弁をフランス語と勘違いするCMもありましたよね。

家族性地中海熱や家族性アイルランド熱、高IgD症候群、クローン病など日本とヨーロッパの意外な繋がりの深さを示す遺伝性疾患が日本でも確認されることを思い起こすと、ケネウィック人は興味深い存在です。

このうち、クローン病はアジアでも、ロシアなどヨーロッパ系の国だけじゃなく日本や韓国や中国、それと台湾にも発症例はまだ少ないが報告はあるようです。

中国・韓国・台湾はもちろん、実はロシアも日本人の成立史にかかわる地域であることがわかってることを考えれば、注目したい遺伝性疾患です。

 ロシアと言えば、秋田美人によく似た美人が見つかる国ですね。

ここで注目したいのは古代アメリカと日本の関係が、ミトコンドリアのDNAの比較から確認できたことです。
ミトコンドリアDNAのタイプのことを、ハプログループといいます。

人のミトコンドリアDNAのタイプであるハプログループには、80パターンがあります。
日本の主なミトコンドリアのDNAは、そのうちの16タイプ。
日本人のルーツ探しに大きくかかわるのは、この16のハプログループだそうです。

 主なということは、少数派も含めれば、もっとあるのでしょう。

16のDNAパターンは、以下の通り。

A、B4、B5、C、D4、D5、F、G、M7a、M7b、M7c、M8a、M10、N9a、N9b、Z

現在のところ科学的な総意としては、アメリカ先住民の大部分は、Y染色体ハプログループCとQ14の分派と、ミトコンドリアDNAハプログループA、B、C、D、とXに属しているというもので、これらすべては東アジアに優勢のものです。

今までまとめられた証拠によれば、アメリカ先住民すなわちネイティブ・アメリカンの大半はアジア系のDNAを持っていることを示唆しています。

これまで、現代のアメリカ先住民に確認されたDNAの大半は東アジアの集団とほぼ類似していると言います。

2013年の研究では、アメリカ先住民のDNAの3分の1が、ヨーロッパまたは西アジアから発祥し、おそらくアメリカ大陸に初期に移住する前に遺伝子プールにもたらされた可能性が高いとしています。

日本と古代アメリカでつながるのは、ハプログループのなかのAグループとDグループ。
古代アメリカでは、先にAグループが多かったのが、次第にDグループが増えたというのです。

近年の遺伝子研究では、アイヌと類似が指摘される沖縄の人々にDグループが多いと報告されています。

また、北海道縄文人集団にはN9b、D10、G1b、M7aの4種類のハプログループが観察されていると言うから、アイヌはDグループとみた方が自然なのかもしれません。

そうなると、ケネウィック人はどのグループだったのでしょうね。

骨だけでは、調べるのは、骨が折れますねえ。

けれど、最新の研究からすれば、ケネウィック人の傍らにフランスとスペインの様式の鏃があってもおかしくない展開にはなってきていますね。

面白いことに、中近東DNAマーカーが現代のアメリカ先住民のDNAに存在します。

科学者たちが遺伝子マーカーの形状を年代測定するために使う「分子時計」が、移住の時期が数百年前か数千年前かをいつも正確に位置づけることができないという事実のため、時期の特定には使えないとされます。

とはいえ、興味深い遺跡はあります。

カホキアは、イリノイ州、セントルイス郊外にあるアメリカ先住民が築いた大遺跡です。

ミシシッピ文化期(A.D.700年~1600年頃)に、栄えたと推定されています。

北アメリカ初期の歴史を理解する面での重要性を評価して、1982年に「カホキア・マウンド州立史跡」として世界遺産に登録されました。

カホキア遺跡が指し示す古代アメリカの社会は、古代エジプトやメソポタミアどころか、聖書の世界を彷彿とさせる内容であることを示す展開になっています。

さらに面白いのは、縄文の末裔と見られるアイヌや琉球人の生活文物や文化と古代イスラエルや聖書との類似が指摘されるのです。

 縄文人は、古モンゴロイドであり、ケネウィック人の親戚であり、ケネウィック人の故郷はヨーロッパ、さらには西アジアに遡れるかも知れないから、確かに興味惹かれますね。

そのカホキア遺跡は、洪水で滅んだことが明らかになってきたが、モルモン書は洪水などによって滅んでいく町のありさまを生々しく語り伝えているのです。

場所は詳しく記されてはいないが、カホキア滅亡の物語の舞台としては矛盾しません。

 モルモン書は古代アメリカにイスラエルの民の一部が来たと、記していますね。

もちろん、モルモン書出版当時にはカホキア遺跡のことは知られていません。

 アメリカ先住民の中近東DNAマーカーがコロンブス以前にもたらされていれば、矛盾のない展開ですね。

たとえコロンブス以前としても、またしても年代の問題は立ちふさがっていますがね。

 精神文化の問題はクリヤーできても、彼らの主張する年代と合うかどうか、問題はそこですね。

一方、かつての形態人類学で新モンゴロイドとされた人々は、北に向かった古モンゴロイドの子孫、及び中東にそのまま留まった集団の子孫がそれぞれ北上し、東ユーラシアの寒冷地域で独自の適応を遂げた集団です。

新モンゴロイドは、寒冷地域に適合した体質として、比較的体格が大きく、凹凸の少ない顔立ち、一重瞼、蒙古襞と呼ばれる目頭の襞、体毛が少なく特に男性のひげの少なさなどの特徴を持っています
さらに、耳垢が湿ったあめ状ではなく乾燥した粉状となり、耳垢の特徴と同じ遺伝子によるわきがの原因となるアポクリン汗腺が少なく、頭髪が直毛であること、といった特徴があります。
一重瞼や蒙古襞は目を凍傷から守るため、乾いた耳垢も耳の凍結を守るため、体毛の少なさも身体に付着した水滴が凍結しないための適応に由来するとみられます。
また、ベルクマンの法則から、大柄でガッチリした体型や凹凸の少ない顔などもなるべく体熱を逃さないための適応だと考えられています。

新モンゴロイドは、おもに現在のカナダ・グリーンランド・アラスカ・モンゴル・カザフスタン・キルギス・シベリア・中国(まれに華南で)・朝鮮半島に多く居住するとされます。

紀元前3世紀の日本列島に到達した新モンゴロイドが渡来系弥生人で、日本列島全体においては、渡来系弥生人と縄文系弥生人の遺伝子が混ざりその後の日本人が形成されたとする説があります。
遺伝子分析の結果、縄文人の遺伝子は日本人の中でもアイヌに強く受け継がれており、本土日本人にはアイヌと比べてその影響が少ないものの、日本列島人であるアイヌ人、琉球人、本土人は皆縄文人の血を受け継いでいるため、現在の東アジア大陸部の主要な集団とは異なる遺伝的構成であるという結果が出ています。

遺伝学的には、古モンゴロイドと新モンゴロイドとの差異は小さいとされます。

シベリアは一般に新モンゴロイド系の特徴が強い人々が多いが、東部に限っては古モンゴロイド的な形質が色濃い人がみられると言います。
南北アメリカへはアジアから渡ったのは確かだが、従来のベーリング海峡ルート説は日本とアメリカで見つかる寒さに弱い寄生虫が確認されたことで疑問視されるようになってきました。

日本においては、縄文時代の住民は主に古モンゴロイド系であったと言われます。

 しかも近年、アメリカのバルデビアからは縄文土器そっくりな土器が見つかり環太平洋的な広がりが指摘されるようになりましたね。

バルデビア土器については、エジプトの影響を指摘する声もありますよ。

足指は、三つのタイプに分類されるといいます。

エジプト型と、ギリシャタイプと、スクエアタイプの三つです。

最近の研究では、外反母趾になりやすい足の傾向は、エジプトタイプだとされるようになってきました。

日本人の6割から7割が、このエジプト型タイプと言われています。

エジプト型は、親指が一番長く、小指にむけて短くなる形です。
親指が長い他に、足幅が広めな形です。
親指が側面から圧迫されやすいため、外反母趾になりやすいタイプの足の形です。

 つまり、バルデビア土器は縄文にもエジプトにも似てるけど、日本人の足はエジプトタイプが多いから日本人が作ったとも見て差し支えない。

太陽神を中心にした三神構造で動物を含む八百万の神と言う点でも、エジプトと日本は似てるし、二本柱が前に立ち拝殿と本殿に分かれた構造などエジプト古代神殿も日本の神社と造りが似てますよ。

ちなみに、足指のギリシャ型は、親指より第2指が長い足の形です。

日本では、エジプト型に次いで多いです。

足先の細い靴を履いても、爪先に負担をかけることが少なく、外反母趾になりにくいタイプの足の形です。
ただし、指が曲がりやすく、ハンマートゥになりやすい足でもあります。
ハンマートゥとは足の指が曲がったまま、戻らなくなっている状態です。

スクエア型は、5本の指の長さに差がない足の形です。

日本人では珍しい足です。

幅の狭い靴を履くことで、指にタコやウオノメができやすいタイプの足の形です。

古モンゴロイドの後に中国および北東アジアから渡来した新モンゴロイドと混血をした結果、現在の日本人の新モンゴロイドと古モンゴロイドの特徴が混在する形質が形成されたと考えられました。
遺伝子解析の結果、琉球人、本土人、アイヌ人からなる日本列島人は皆縄文人の血を受け継いでいるため、現在の東アジア大陸部の主要な集団とは異なる遺伝的構成であるという結果が出ています。

近年の人類集団を分類する学説では、各人種の原初の居住地を分類名称とすることが多くなっています。
その場合、東アジア並びに東南アジアに居住するモンゴロイドを東ユーラシア人とし、アメリカ大陸で分化したモンゴロイドを南北アメリカ人とします。

東ユーラシア人と言う場合アイヌも含むと見られるので、アメロイドとアイノイドを別人種とする用法と旧モンゴロイドと新モンゴロイドの区別とは、混同しない方が良いかも知れないです。

またオーストラロイドとされたサフール人を含めた旧来の広義のモンゴロイドを全て網羅する定義としては、「環太平洋人」とする説があります。
アジアに住む人々はアジア系民族と呼ぶのが一般的であるが、アジア人にはコーカソイドに属するインド・アーリア人やオーストラロイドに属する南インドのドラヴィダ人も含みます。

 ドラヴィダ語族と日本語との関係を主張する説もあり、とりわけ大野晋による、ドラヴィダ語族のひとつのタミル語との対応関係研究があるが、批判もおおく、まだ学説としては確定していないようですね。

インド人から同胞に間違えられて困った日本人もいますよね。

なお、パプアニューギニアやオーストラリアの先住民は、オーストラロイドという別人種に分類されます。
かつて、オーストラロイドをモンゴロイドの祖先とする考え方があったが、DNA分析により現在では否定されています。
ただし先述の通りモンゴロイドとされた東・東南アジア及び南北アメリカ大陸等の集団には遺伝的に近いです。

モンゴロイドは成立後、1万4000〜1万2000年前にのちのベーリング海峡となるベーリング地峡を渡りアメリカ大陸に進出したとされてきました。

また3000〜2000年前には太平洋の島々にも移住したです。

 南北アメリカ大陸では、「モンゴロイド」の定着以前に人類は全く存在していなかったのでしょうか。

現在までのところ、アメリカ大陸最古の人物として確認されているのも、古モンゴロイドの特徴を持ってますからね。

ケネウィック人は発見当初、イギリス人かと色めきだったけど、結局古モンゴロイドと言うところで落ち着いているようです。

ただし、先住民族の祖先と断定すると彼等から我々の仕来りに沿って埋葬すると言われるので、日本人の骨と言ってアメリカ先住民のものと断定するのを避けているようですが。

 そう言えば、幕末のころアイヌを見た欧州人から、なんで日本に欧州人がいるのかと驚かれたそうですね。

調べた結果、やはりモンゴロイドだと決着がつきましたけどね。

モンゴロイドの一部は、フィリピン群島を経て東南アジアから太平洋に漕ぎ出し、イースター島やニュージーランドにまで到達して今日のポリネシア人、ミクロネシア人となったとみられています。

さらに一部のモンゴロイドは、古代に稲作文化を携えてアフリカのマダガスカル東部地域にも居住地域を拡大したとされます。

途中のインド洋島嶼部の多くは無人島で、且つアフリカ東部や中近東の陸地伝いには彼らによる移動の痕跡がみられないため、反対方向に向かったラピタ人やポリネシア人と同じく、相当高度な航海技術によって海上ルートを進んだと思われます。

ユーラシア大陸のモンゴロイドは、当初はヒマラヤ山脈以東の太平洋沿岸及びその周辺を居住地域としてました。

特に、モンゴル高原を中心とする中央アジアの乾燥帯に居住した遊牧民達は生まれながらの騎兵であり、古代から中世の世界においては強大な軍事力を誇ったのです。

彼らはこの軍事力を武器に、古代はコーカソイドの居住地域であった中央アジア西域に進出します。

その後、一時的にヨーロッパ北東部及び中東・南アジアのインド亜大陸にも進出したのです。

特にモンゴル帝国はユーラシア大陸の東西に及ぶ巨大な勢力圏を築くに至ったのです。

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日本はアジアのどこにいる?

一皮むくと、欧州と日本は中世が、アジアは古代が、顔を出すのではないでしょうか。

中世を経て近代に入ったのは、欧州以外では日本だけではないでしょうか。

誤解を恐れずに言うならば、アジアにおける日本は、古代にタイムスリップした近代国家とさえいえるかもしれないのです。

アジアの国々は、古代からいきなり近代へと引っ張り込まれたと言えるでしょうから。

アジアの国の国の多くは、最高権力の交代は中心宗教の取り換えを意味し、歴史はリセットを繰り返すしかなかったように見えます。

故に古代を繰り返しながら歴史を歩んだと言えるでしょう。

最高権力者が、宗教を後ろ盾にする例は多いです。

その多くは、自らの権威は神によって与えられたとするようです。

例外は、自らを地上における神とした古代エジプトのファラオと日本の天皇位のものかもしれません。

天皇は自らを天そのものに祭り上げた上で地上を臣下に任せてしまったので、地上の権力を奪われて欧州の教皇のような立場に祭り上げられてしまったのでしょう。

結果、古代中世近代の地上権力の首を挿げ替える立場に置かれた天皇を戴いた日本は、アジアで唯一近代化に成功した国となれたともいえるのは興味深いことです。。

欧州と日本だけが近代化できたのは、キリスト教と神仏混淆教という、古代から一貫した宗教的中心を持ったことも大きいと言えるでしょう。

アジアの国の多くは、中心的宗教は権力と運命を共にしました。

そのために、王朝の交代はそのまま宗教的中心の交代に繋がり、歴史は循環するものであっても積み重なるものとはなり得なかったのでしょう。

中央アジアは、巨大帝国の交代の歴史を繰り返し、朝鮮半島は振り回される小国の悲哀を味わってきたわけです。

陸続きの隣国が中国しかない中で、半島と言う狭い範囲で諸国家の興亡を繰り返すしかなかったのです。

中国は、帝国が出来ては分裂を繰り返す中で、次第に巨大な帝国へと成長しました。

勢力が均衡した国々が競い合っていた大陸部を背にしていたイタリアとは、条件が違ったのです。

一方、南アジアや東南アジアの国々は、小国の悲哀を味わいながらも、それなりに独立国家を営む歴史を持てたので、古代を抜けられないなりに力の拮抗した国家間の駆け引きの経験を積んできたのではないでしょうか。

近代法体系との差はあるが、国家間の緊張回避と緩和を目的とすることに大差ないのでついていけるのも、歴史を通して培ってきた経験の裏付けがあるからなのかも知れません。

日本は、海に隔てられた立地条件のお蔭で、隣国の動向にあまり振り回されなかったことも、一人近代化への道をアジアで歩めた理由に挙げられるかも知れないです。

韓国の悲劇は、緩衝地帯になってもらえる隣国がなかったためもろに中国に振り回されたことかも知れません。

日本外交の悲劇は、アジアと日本の関係をきちんと歴史の中で位置づけて構想や作戦を練ることのできるブレーンが常にいるとは限らなかったことかも知れません。

アジアで一人近代化できた日本と、古代を引きづりながら近代化せざるを得なかったアジアの諸国を歴史の中で捉える目が乏しかったのではないでしょうか。

いま日本に求められるのは、比較文化や比較歴史の目で世界を見て外交の作戦や戦略をアドバイスできる人材と、彼らの助言を上手に行かせる感覚を持った政治家ではないでしょうか。

それと、採用した外交の作戦や戦力に基づいてわかりやすく国民や世界の語れる人材もいた方が良いでしょう。

日本は、強力な権限を行使できる可能性のあった天皇を戴いていた戦前戦中でさえ、有能優秀な人材の登用と活用が上手に出来なかったようにみえます。

戦後は、自分の生活にやっとな国民が大局的な目で政治を語れる政党や政治家を、果たしてどれだけ冷静な目で選んできたでしょう。

もう一度、歴史を振り返って考えてみるのも良いのかも知れません。

歴史に振り回されるのではなく、歴史を作る側に参加するんだと言う目で、この国の立ち位置を再確認した方が良いように思えます。

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三星堆遺跡はだれが作った?

週刊プレイボーイ2014年2月16日号の表紙に驚いて思わずレジに走ったのです。

御目当ては、「中国共産党と考古学会が大論争!四川省5000年前宇宙人遺跡現地ルポ」。

四川省は、三星堆遺跡のある省ですよ。

三星堆遺跡は、三国志の劉備玄徳や諸葛孔明で有名な蜀の都があったことで知られる四川省の西都から北へ30kmほど離れた広漢市の外れに点在する遺跡群の総称です。

三星堆の名は、月型の大地に寄り添うような3つの円丘と言う地形から、「太古の時代に3つの星が落ちてきた」という伝説が生まれたことに由来します。

三星人という、独自な技術や文化、“7つの符合”を用いる人々が暮らしていたと言います。

日本の稲作の起源として近年注目されている長江文明のある省です。

 そこで宇宙人遺跡って、ちょっと待ってください。

これは、すごく気になったのです。

かえってさっそく、そのページを開きました。

問題の場所は、胸騒ぎが的中で、 三星堆遺跡に考古学者や労働者が集められているというのです。

放射性同位元素年代測定で、古い物では5000年以上前とさえ言われる調査結果まで出ているからです。

中国4000年と言われてきたのは、漢民族が黄河領域に興した夏王朝から数えてのことで、長らく伝説と見られてきた夏王朝が実在すると見られる証拠が出始めたと注目されています。

ところがそこへ、古くからチベット系少数民族が多く住んできた長江上流の四川の奥地で5000年以上前とさえみられる高度文明が見つかったのです。

日本人は、世界でも稀な古代血統とされるY遺伝子D系統を多く持つ人種です。

 日本人はY染色体DNAのD系統を高頻度で持つ事で有名 です。

世界的にも、チベット人や中近東の人だけがこのDNAをもっていると指摘されます。

 もし、チベット人の文明であるなら、三星堆は日本人の親戚が作ったことになるでしょう。

 いくら、起源についてはっきりしていない漢民族とは言え、チベット系ではないのでこの文明は果たしてどの民族のものか、いそいで調べる必要があるということでしょう。

ドイツやフランスも本格的調査に乗り出す動きを示しています。

長江文明は黄河文明より先に存在したことはほぼ確実で、夏王朝に1000年以上古い古蜀王朝の遺跡の可能性が高いからです。

  蜀の字は目と屈んだ姿と虫で、 「聖なる神権の鍵の言葉」を象徴するホルスの目を差し出すとされる 蛇神ネヘブカウが連想できます。

 そして三星人とくれば、ギザの三大ピラミッドにオリオンの三星説を唱える人もいる事を思えば、興味惹かれます。

古代エジプトと三星堆の類似は、結構面白いです。

 宇宙人遺跡かどうかで、考古学会と中国共産党が激論ってどういうことでしょう。

中国共産党は漢民族による中国支配を正当化したいから、中華文明の発祥は少数民族となるのは、非常に困るからと見られています。

 宇宙人遺跡というなら、その宇宙人はどこから来てどこへ行ったのか、論じないといけなくなるはずなのに、そこまでして中華文明少数民族起源説を否定したいのでしょうか。

彼等の街は、今でも 三面を6m近い高さのある城壁で一面を川に囲まれ、王宮や工房など4エリアに分かれていたようです。

精巧な青銅器や5000年も形をとどめる土塀の技術、黄河文明とは大きく異なる文字のような記号である符合、これらはどこから来たのかと言うことになります。

三星堆博物館のメイン展示の一つは、有名な青銅器である目の大胆に飛び出た大型縦目仮面です。

大型縦目仮面は古蜀の蚕叢(さんそう)がモデルと言うのが通説です。

蚕叢は天文に通じていたと見られています。

飛び出た目と巨大な耳と口、天文に関する伝説に加え、硬い石や球を切ったり穴をあける技術は、フランスの学者も指摘する、古代エジプトやマヤの神々の遺構と共通する特徴です。

世界の古代遺跡の神々と似ているが、中国では三星堆で初めて見つかったと言います。

  マヤやインカの人々と言えば、遺伝子的にも日本人の親戚筋の当たることが確かめられています。

日本人の辿った道は、相当、世界的な広がりを持っているということでしょう。

宇宙人遺跡という議論の元になっているのが、宇宙服や宇宙人を連鎖させる青銅器の数々です。

首の部分頭を通すような穴の開いた胴体の像、後ろにチャックのような模様のあるヘルメット形、アーモンド形の大きな目の青銅人面具、などがそれです。

青銅器や土器には、漢字のルーツと言うより、古代エジプトの神聖文字であるヒエログリフや、メソポタミアのスメルの象形文字に近い文字が刻まれています。

 そうみてくると、蜀の字が 「聖なる神権の鍵の言葉」を象徴するホルスの目を差し出すとされる 蛇神ネヘブカウを連想できるのは、偶然どころか意図的に採用された文字に見えてきます。

ただ、文字については、インダス文明のインダス文字に似ていると言う声もあります。

インダス文明とは、ドラヴィダ人が現在のパキスタンやインドやアフガニスタンの辺りで営んでいた文明のことで、メソポタミア、エジプト、インダスの各文明は互いに距離も近く、交流もあったことが 分かっています。

北回帰線の南北に沿って連なる乾燥地帯に位置し、大河の氾濫を利用した灌漑農業など、共通点も多いと指摘されています。

 マヤ、長江、スメル、そしてインド、いずれも日本人や日本の文化の起源で注目されてきた地域が並ぶのは、非常に興味深いです。

太陽崇拝の民と文化は、エジプトからメソポタミア、インダスと渡り、チベットを超えて四川へと辿り着いた可能性が見えてきます。

 そして長江は、日本の稲作文化の起源と見られ、チベット人と日本人は Y染色体DNAのD系統を中近東の人々と共有している。

 ここを利用して、日ユ同祖論やスメル渡来説を唱える人が出てるわけです。

日ユ同祖論は聖書も引用しまくってますけどね。

2001年には、成都近郊の金沙(きんさ)村で約3000年前とされる金沙遺跡が発見され、土器や青銅器の多くに三星堆遺跡と同じ符号が刻まれていると言います。

金沙遺跡では、数万店の出土品の中に、太陽を鳥が運ぶ姿が描かれた黄金の太陽神鳥が太陽信仰の証拠として見つかったというのです。

漢民族の黄河文明には、太陽信仰を示すような痕跡は今までの時点では見つかっていません。

古代エジプトの太陽の船にも鳥が乗っている事を見ても、 太陽神鳥の発見は三星堆文明と古代エジプト文明との繋がりを物語ると言えるでしょう。

ついでにいうと、金沙遺跡博物館の驚くべき展示の中に、何千頭もの象の牙や骨があるそうです。

金沙遺跡博物館は、遺跡を丸ごと120×63mの巨大な屋根に覆われたドームです。

かつてこの地にたくさんの象がいた証拠だが、今居ないのは、三星人が象を食べつくしたからと言う伝説も残っているらしい。

いくらなんでも、気候変動でいなくなったと思いたいが、実際、当時の成都の気候は今より4℃程高かったようで、今も四川の山岳部には手つかずの原生林が残っています。

現在はインドやタイに生息する象が、当時は四川辺りまで来ていたとなると、三星人はエジプトやインドからの移住民族の可能性は否定できなくなるなるでしょう。

 チベット人中近東起源は十分にありえ、日本人の世界でも稀な古代血統とされるY遺伝子D系統も、その延長線上で説明可能にあるかも知れないです。

青銅器の年代にしても、海外の研究者の鑑定では5000年以上となっているが、中国側はすべて一緒くたに5000年前としているから、中国の起源をなんとしても漢民族にしたがっていると思われてしまうのでしょう。

さて、この記事のタイトルの宇宙人説だが、嬉々として話すのは漢民族だそうです。

少数民族に歴史を塗り替えられるくらいなら宇宙人のほうがまし、とでも思っているのだろうか、その背後には中国共産党が歴史的発見にフタをしたがってるのか、と言うのがこの記事の落ちでした。

科学や歴史の雑誌じゃない週刊プレイボーイがこの手の記事を書くには、それなりの切り口が欲しいんでしょうね。

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