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2015年5月

選択の自由は、いつ使う。

選択の自由は、大きな事から、身近な事まで、使う場面は実はいっぱいあるはずです。

例えば人工甘味料の問題です。

 人工甘味料も、まずくて飲めないと言ったの好みの問題だけではないと。

人工甘味料で、皆さんも自分で調べて欲しいのです。

 確かに、問題は確認されていないから大丈夫と言う人もいるけど。

だが一方で、恐怖の人工甘味料、人体と生態系を破壊 発がん性物質生成、アレルギー発症の恐れなどの記事がビジネス情報として発信されたりもするようになってきたのです。

ほかにも、人工甘味料アスパルテームで"元気な精子"激減/日本薬学会のショッキング報告、アスパルテームは胎児の脳の発達などに影響を及ぼし、スクラロースは下痢による流産の可能性があり、ステビアは元々、南米では赴任と避妊用に使われてきた薬草から作ったもの、などの情報もあります。

 氷山の一角、おそらく外国の情報も含めれば、さらに危険性を指摘する記事は増えるだろうというわけね。

以前から、一流モデルは美と健康のために人工甘味料を避けている、と聞いて調べてみると、背筋が寒くなる話がいくつも出てくるのは驚いたのです。

諸説ある以上、そんなに大騒ぎするなと言う人も多いかもしれないです。

だが、アレルゲン表示は次第に増えてきたでしょう。

 命に係わるからですね。

だか、アレルギー反応の中には、命に係わるほどではないが、変な違和感があるなど軽度な人もいるでしょ。

そして、人工甘味料に対しても、まずくて食べられた物じゃないといった好みの問題と片づけられそうな程度から、吐き気がする、お腹が緩くなり下す、など本人にとっては深刻な場合まであるのです。

だから、自動販売機で買ったが人工甘味料が入ってるとわかれば腹下すから飲まずに捨てる、と言う自衛手段を取る人もいると言います。

吐き気がする、腹下すから飲まずに捨てると言う人がいる以上、ちゃんとわかるように表示して注意を促さないのは、食品メーカーの姿勢としてどんなもんかと思うのです。

 体に不調を売ったる人がいるんだから、人工甘味料が入っているかいないか、ちゃんと表示して欲しい。

人工甘味料、病気だからうれしいとか、この味好きとか、健康への害は確認されてないとか、言う人もいるのは事実です。

だが、まずくて飲めない、吐き気がする、腹壊す、と身体の不調を訴える人もいるのも事実なのです。

 人工甘味料の使用と不使用の表示は、どっちの人のためにもなるはずですね。

健康で文化的な最低限度の生活の保証は、日本国憲法第25条にはっきりうたわれているのです。

まずくて飲めない、吐き気がする、腹下すから飲まずに捨てると健康への害をおよぼされた人は、権利行使を妨害している疑いのある行為に対し、是正を求める権利があるのではないでしょうか。

まずくて飲めない、吐き気がする、腹下すから飲まずに捨てると言う人がいる以上、人工甘味料の使用不使用の表示をはっきりとしないことは彼等の選択の自由の行使を妨げる行為ではないでしょうか。

 健康への害を未然に防ぐ権利の行使の妨害にあたると、言うわけですね。

人工甘味料に対して、まずくて飲めないとか吐き気がするとか腹下すから飲まずに捨てると言う人がいる以上、健康への害への懸念を訴える報告もそれを一蹴して退ける声もあるから禁止は早計と手をこまねいていて良いわけがないと思いますよ。

 使用不使用の表示によって、選択の自由を保障すべきでは。

人工甘味料の使用不使用の表示をわかりやすくやらないことは、求める人の目に留まるチャンスを逃し、本来なら獲得できているはずの人に選ばれるチャンスを逃している、馬鹿げた選択と思うのです。

 人工甘味料使用がわかるとマイナスイメージと思うくらいなら、使うなって思う。

人工甘味料使用や不使用の表示は、病気で選ばざるを得ない人や、好んで選んでる人にとっても、まずくて飲めない、吐き気がする、腹壊す、と身体の不調を訴える人にとっても、利益になるはずでしょ。

 ターゲットを絞ったマーケティングで確実な顧客をつかむと言う点からも、有益な選択なはずですね。

業界も、いちいち国が動いてから手を打つのではマイナスイメージになるだけ損なはずと思いますけどね。

 人工甘味料の使用不使用の表示は、喜ぶ人はいても、余計なことするなと怒る人は居ないはず。

もし怒る人がいるとしたら、使用をうたうことがマイナスになるとわかってやってる人くらいだと思うのですけどね。

国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならないとも、日本国憲法第25条にはっきりうたわれているのです。

人工甘味料の使用不使用の表示の徹底を勧告するくらい、吐き気がするとか腹下すから飲まずに捨てると言う人もいる以上、人工甘味料を使用してるかしてないか表示しても良いのではないでしょうか。

これはほんの一例に過ぎないです。

みなさんも探してみて欲しいですね。

気が付くことは、いろいろあるはずです。

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日本の太鼓はどこまで響く?

日本の太鼓は、神との交流や臨在と深くかかわっています。

それは、ネイティブアメリカンも共通だと言います。

以前から、日本先住民とアメリカ先住民はともに古モンゴロイドであると言われてきたから、驚くには値しないと言う人も多いかもしれないです。

近年、遺伝子レベルでもアメリカ先住民であるインカやマヤと日本との繋がりが証明されるようになってきたです。

さらに、バルビディアからは縄文土器そっくりと指摘される土器も出土しています。

バルビディアの土器については、エジプトの影響を指摘する声もあるが、日本には古代中東の遺伝子もあれば、国民の7割の足はエジプトタイプと言われています。

食の好みも日本とエジプトは近いし、太陽神を中心とした三神構造の動物神を含む八百万の神々が古代エジプトの神殿と似た構造の神社に祭られています。

前方に二本柱の立つ拝殿と本殿の分かれる構造を共有する神祀りの社殿は、日本と古代のエジプトとイスラエルで共通です。

増田義郎吉村作治共著『インカとエジプト』では、インカとエジプトにはもちろん相違点もあるとしながらも多くの共通点を指摘しています。

ちなみに同書では、マヤとメソポタミアとの共通点にも注目しています。

そういえば、ギザのスフィンクスにまつわる神殿跡地にも大ピラミッドの大回廊にも、そして古代アメリカの神域にも階段状のアーチ構造が見られることも共通です。

それはさておき、アメリカからは、ケネウィックやメキシコから日本人の骨が出てきてるのです。

例えばケネウィックはアイヌに似た骨にフランスとスペインの様式の鏃が刺さっていたのです。

 日本先住民とアメリカ先住民の繋がりは、骨・遺伝子・土器の他に宗教にも見られると言うわけですね。

日本とアメリカ先住民と言えば、興味深いのは色と方位を結びつける思想もまた、共有しています。

日本で色と方位と言えば陰陽道を思い浮かべるが、古代アメリカに陰陽道は伝わっていないはずです。

にもかかわらず、共通なのは興味惹かれるが、面白いことにケネウィックの古代人骨は当初イギリス人と勘違いされていたわけです。

似ていた人物は、イギリスの中でもケルトが多い地域の出身者です。

ケルトにも、方位と色を結びつける思想など陰陽とよく似た発想があると指摘されることがあるのです。

ケルトと言えば、武士道との類似を指摘されることもあるのです。

 日本とイギリス、緑茶と紅茶、武士道と騎士道、妖怪と妖精など、似ている点を面白がる人も多いが、背後にはケルトが関係してる可能性もあり得るってことです。

日本とアメリカ先住民は、ケルトで繋がるのか、さらに情報収集の必要はありそうです。

日本先住民であるアイヌと琉球については、アイヌには生活文物に古代イスラエルとの類似が、琉球には文化と聖書の類似が、指摘されるのです。

 アメリカでも、カホキア遺跡で聖書との類似が、指摘され始めているでしょ。

聖書では、特に旧約聖書で、神の臨在と雷鳴に関する記述は多いです。

面白いのは、神の雲の移動に従って幕屋が移動したことです。

日本の神社の注連縄には下がりと紙垂が下がり、それぞれ、雲と雨と雷光と見られていて、参拝者は鈴を鳴らすのです。

つまり、雲と雨と雷光と雷鳴が日本の神社には揃うことになるのです。

 太鼓は、神との交流であるとともに、神の臨在でもあるのよね。

太鼓は雷神とも結びつくように、雷鳴の象徴でもあるのです。

そして、日本には日ユ同祖論があり、秦氏とクリスチャンを結びつける議論を展開する人も少なくないです。

 その日本と、アメリカ先住民は神との交流や神の臨在の象徴としての、太鼓を共有…。

そして、古代イスラエル人の一派がアメリカに渡ったと主張するモルモン書がでたと主張する宗派まで、アメリカから出てきたのです。

思いつくままに語ってきたら、アメリカと日本が古代イスラエルで繋がると言う、落ちになってしまったのです。

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対立した時こそ、何かが見えてくる。

都構想騒ぎ、馬鹿馬鹿しかったと笑って済ませちゃいけないと思うのです。

大阪版南北戦争としての性格もあったのではないかと言う疑問が、どうしても残るのです。
それぞれの支持基盤を冷静に分析し、適切に手を打たないと、対立の火種は依然としてくすぶったままなのではないでしょうか。
都構想が敗北した今だから、言います。
理性では、大阪市が半人前の特別区に解体されるでたらめな構想に批判的でした。
心情的には、支持派の持っていた大阪の置かれた現実と現状に対する強烈な危機感と焦りが痛いほど伝わってきたと言うのが正直なところです。
純粋な気持ちがデマとでたらめに搦めとられていく、事態を防げないと騒ぎは再燃することでしょう。
このままじゃ大阪はダメになると言う若い世代の危機感に、大人世代はどれだけ耳を傾け、真摯に真剣に応えようとしてきた姿勢を見せてきたのだろうかと、自問した方が良いでしょう。
大阪市存続に安堵して、これまでの日常に帰るだけなら、都構想騒ぎは近い将来再燃するででしょう。
反対派は肝に銘じておいた方が良いでしょう。
都構想反対派は大阪市が残せると安堵してるだろうが、大阪市と大阪府はこのままじゃダメになると言う強烈な危機感が支持派の最大の原動力であったことを忘れちゃいけないと思うのです。
彼等が反対派に突きつけた、大坂がこのままダメになって良いのかと言う痛烈な叫びを忘れちゃいけないのはないでしょうか。
そして、なぜ全国の人もこの論争に参加したのでしょう。
大阪だけの問題でないと、感じたからでしょう。
大阪都構想、第一幕は一応反対派の勝利で終わったと見て良いでしょう。
第二幕は、反撃のチャンスをうかがう支持派の形を変えた抵抗運動との戦いと警戒した方が良いのではないでしょうか。
そして第二幕の新たな展開ののろしは、思いがけない地域からあがる可能性さえあるように感じられるのです。
この一件では、全国から多くの人が論争に参加しています。
その中には、反対派もいれば、賛成派もいます。
全国どの地域が、新たな展開の舞台になるか要警戒と心得ておいた方が良いでしょう。
都構想騒ぎは、まだ終わっちゃいないと見た方が良いです。
むしろ全国的な規模で、対立の火種はばら撒かれたと警戒した方が良いでしょう。
そうしないと、今度は別の地域で形を変えて似たような騒ぎは再燃するでしょう。
他所の地域も他人事と笑って済ませちゃいけない気がするのです。

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道徳と涙?

男性は、女性はすぐ泣く、とか、女性はよく泣く、とか、言います。

女性は、なぜ、すぐ、そして、よく、泣くのでしょう。

女性は、男性に比べて堪えが効かないからです。

 それは、悪いことでしょうか。

女性は、泣きやすいが一方で立ち直りもまた、早いのです。

女性の心の傷は、すぐに泣くことによって、大きく深くなる前に、修復されていくのです。

女性は、生み育てる性であり、お腹の中にいる時から、新しい命を育みます。

女性は、新しい命を世に送り出し守り育てる役割を背負っている性なのです。

子供たちを見守って、危険から守り、病から立ち返らせ、健やかに育む、役割を命の誕生の瞬間から担います。

子供は一瞬たりとも目が離せません。

女性は、すぐに立ち直り、子供と向き合わなければならないのです。

男性は、そんな女性たちを守らなければならない立場にあります。

守るためには極限まで体を張る必要だって、あることでしょう。

男性は、簡単には泣けません。

注意を途切れさすわけには、いかないからです。

危険が去れば、男性は、身も心もボロボロになる事でしょう。

男性は、安心と安全をとりもどして、ようやっと泣けるのです。

女性は、傷ついた男性が泣いたなら、その傷ついた心をそっと包み込む優しさで接してあげてください。

男性は、女性が泣く時、心いくまで涙を流させて、求められたら、支えてあげてください。

 聖書には、信者たちは神の花嫁として描かれます。

神は、全ての人を見守って、危険から守り、病から立ち返らせ、健やかに育む母のようでもあるが、毅然として支え守る父のようでもあります。

毅然として支え守る父としての神は、疲れる事を知らず、恐れることを知らないという意味では最高最良の父であり、花婿なのです。

 神の前では、全ての人は花嫁の立ち位置なのです。

女性と男性、男性と女性は、互いに支え合い、互いに補い合う、関係にあります。

お互い支え合い補い合って、やっと、神に少し近づけると言うことでしょう。

全ての道徳の基礎は、こういうところにあるのではないでしょうか。

いかがでしょう。

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星の誕生と球電?

 球電は、原因不明の大気電気現象です。

エンドウ豆サイズから数メートルの直径まで様々な大きさで発光する、球形の現象が報告されています。

球電は、通常、雷雲との関連が知られています。

雷雲が発生するとき、雷雲と地表との間には電位差が生じます。

電位差が大きくなると、大気の絶縁が破られて雷雲と地表との間に放電が起きます。

この放電が、雷です。

球電は、この雷雲が発生した時に目撃されることが多いのです。

それも、雷雨の時が多いようです。

 水分子は極性を持つことが、知られています。

雨が降るほどに湿度が高いと言うことは、極性を持つ粒子が高い密度で空中を舞っているのと同じことです。

極性を持つと言うことは、電気的な中性状態が破れていると言うことであり、一種の疑似プラズマがそこにあるのと実質的に同じと言えるでしょう。

余談だが、プラズマには生命と似た現象が知られているが、水は液状の疑似プラズマであり、生命現象と水が密接な繋がりを持つのは決して偶然ではないのかも、知れません。

一種の疑似プラズマである水分子が、何らかの理由で密度分布が濃くなった場合、電磁波と重力波が類似な式で記述可能である事情によって、高密度な疑似プラズマ球体が生まれたとします。

その高密度な疑似プラズマ球体が、高い電位差の中に置かれた場合、正真正銘のプラズマ球体に転じ、球電が生じた可能性は考えても良いのではないでしょうか。

数メートルの直径にまで成長するメカニズムは、謎だが、湿度が一応ではないことは、考えても良いのかも知れません。

ここで、宇宙空間に目を転じてみましょう。

宇宙空間は、99.999999%つまり100%近くがプラズマで出来ています。

この宇宙空間、ダークマターやダークエネルギーは不均等な分布をし、天体はこのダークマターやダークエネルギーに包まれていることがわかってきました。

そして、宇宙はこのダークマターやダークエネルギーの不均等な分布が生じたことで誕生したと見られています。

興味深いことに、プラズマは周囲のダクトを引き寄せる力を持つことが知られていて、空気清浄機に応用されています。

 もし、ダークエネルギーの正体が高濃度プラズマであり、ダークマターの正体が引き寄せられたプラズマダクトだとしたらどうでしょう。

そこの中はあたかも高電位に帯電した雷雲がいくつも散在するのと、似たことが起きていないでしょうか。

高濃度に帯電した雷雲のようなダークマターの集積の中、巨大なプラズマの塊である球電が誕生し、プラズマダクトの塊に転化して、さまざまな天体が生まれていたと見てはどうでしょう。

実際、まるで高濃度の雲のようなくらい星雲の中で星は誕生し、輝きだしているのです。

球電の謎の解明は、星の誕生の謎を解く鍵を握っているのかも知れません。

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