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高御座をどうみる?

京都御所には、天皇が即位に使う玉座である高御座があります。

金で飾られた造形で、八角形が特色です。

八は四方八方の八で、世界を表現すると思われがちだが、それだけではないのです。

八は一桁では最大の偶数だが、偶数は陰陽では陰に配されて霊の世界の象徴でもあります。

つまり、八は霊の最高位としての神の象徴でもあるわけです。

高御座は移動可能であり、言ってみれば移動可能な神殿である神輿なのです。

高御座の移動は、神の移動に他ならないといえましょう。

天皇の座す場所は赤く縁どられるが、赤は陰陽では地に配されます。

柱は貝の象嵌で飾られ内側の真珠質の輝きで彩られるが、貝は海に通じ水は陰陽では天に配されます。

高御座の屋根には、徳の高い支配が行われると現れるとされる鳳凰が飾られています。

高御座は、地上における神の声として、天皇が即位することを内外に宣明する場所であるとその形で示しているといえましょう。

地上における神の声とは、天皇が預言者であることを示しているということでしょう。

だが、日ユ同祖論だの、カッバーラだの、振りかざす人たちの手にかかれば、高御座の解釈はこうなってしまうのです。

のっけから、八はヤーを表し、ヤーとはヤハウエのことだとなるわけです。

さらに、鳳凰はケルビムに準えられ、移動可能な高御座は移動神殿であるがケルビムの載るアークもまた移動可能な神殿であります。

高御座の周囲は、アークほどではないにしても、金で覆われているのです。

ケルビムに準えられる鳳凰の載る高御座は、まさしく、アークなのでしょうか。

アークは神の声である十戒石を収めるが、石は神の国の礎の象徴でもあります。

高御座に座す天皇は、地上における神の国の礎の象徴でもあるとなるでしょう。

聖書には、「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。」(ヨハネによる福音書1章1節2節)とあります。

言(ことば)はイエスを表し、天皇は地上における最高位の預言者、すなわち、イエスに準ずる位置付けの預言者となるわけです。

かつてザビエルは、大日をイエスの訳として用いようとして慌てて撤回しました。

それは、大日は皇祖神アマテラスと同位の神であり、地上におけるイエスの代理の最高位としての天皇を認めることになってバチカンにいる教皇の立場がなくなってしまうからです。

だが皮肉にも、高御座は、まさしく、地上におけるイエスの代理の最高位としての天皇の象徴でもあると言ってるように解釈できてしまいます。

これをどう受け止めるかは、あなた次第ですけどね。

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