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2015年8月

民主主義に参加するとはどういうことか考えてみた。

あえて、少々きつい言い方をさせていただきます。

国民主権とは、国民全員が玉座に座った国王や女王になるということではないでしょうか。

国民や住民の議論の場で観客席に座るのは、参政権のない旅人や外国籍の人だけでないでしょうか。

民主主義とは、勝ち負け以前に、自らの意思を表して決定に参加することに意義があるのではないでしょうか。

なぜならば、民主的手続きでは沈黙は同意と見なされるからです。

決定前に沈黙しておきながら後で文句を言っても、なぜ反対しなかったのですか、わからないなら何故わかるまで質問しなかったのですかと、馬鹿にされるだけではないでしょうか。

民主主義を勝ち負けと、思い込んでいる人がいます。

勝ち馬に乗って勝った気になって、後で期待外れと気が付いても、賛成したのでしょ、反対しなかったあなたが悪いのではないですかと、話を聞いてもらえないで門前払いされて悔し涙を流すだけでないでしょうか。

後で文句を言う権利は、反対票を投じたものだけに認められているのが現実ではないでしょうか。

民主主義とは、自分の意見を聞いてもらうための言葉の戦いなのでないでしょうか。

勝ち負けと誤解して勝ち馬に乗ってばかりいながら、自分の意見が反映されてないと言うのは、自分から意見を通すための闘争への参加を実質的に放棄して不戦敗を選んでおきながら、自分にも勝つ権利があると言ってるようなものではないでしょうか。

どう思いますか。

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