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集合論と確率論はなぜに数論の基礎?

わたしには、ずっと気になって考えていたことがありました。
数について考える時、集合論と確率論が基礎になると言うことです。
確率とは、ある物事が実現したりしなかったりする割合のことです。
実現性があるのは、可能性の全てではありません。
つまり、実現性とは可能性の部分集合なわけです。
実現性とは、可能性と可能性の重なり合いによって生じるわけです。
ここで重なり合うのは、二つの集合、必然性と偶然性です。
必然性と偶然性はともに、実現性が現れるための必要条件だが、それだけでは十分ではありません。
必然性と偶然性という二つの必要条件の重なり合ったところに、実現性が出現するのです。
必然性と偶然性の重なり合いには、当然広がりがあります。
広がりの大きさを得るには、面積の式が必要です。
面白い事実があります。
速度を二乗するとエネルギーの大きさが得られ、虚数を二乗すると実数が得られます。
二乗される二つの虚数や速度とは、実現性にとっての二つの必要条件である、必然性と偶然性のことだとしたらどうでしょう。
この二つが出会わないと十分条件は満たされません。
必然性と偶然性を二つの辺とする正方形の面積として、実現性の大きさが得られるとしたらどうでしょう。
一方の虚数や速度を必然性に対応する辺、他方の虚数や速度を偶然性に対応する辺、この二辺の掛け合わせ=二乗で実現性としての実数やエネルギーが現れるとするのです。
実数やエネルギーだけではなく、ありとあらゆる事物が、必然性と偶然性の織りなす正方形の面積をくぐって可能性から実現性へと現象していくとしたらどうでしょう。
確率の作り出す空間の大きさを導くことが出来る式は、複数ある事でしょう。
だが、ありとあらゆる形の確率の作り出す空間は、すべて位相幾何学的に見て同等だとしたらどうでしょう。
すべての確率の作り出す空間を表す面積の式を、正方形の面積の式で代表させてもいいはずです。
必然性と偶然性を二つの辺とする正方形の面積として、実現性の大きさが得られると言う考えは、普遍性を持ち得るわけなのです。
現実世界が、実数と虚数からなる複素数で表現されるのは、なぜでしょう。
それは、実数部は私たちの住む3次元、虚数部は私たちの経験する時間、そして、現実は時空の連続体だから複素数で表すしかないのです。
時間とは、必然性と偶然性の出会いによって、可能性の実現性へと転化していく現象の連続に他ならないのです。
そして私たちは、時間を通じてありとあらゆる経験をしているのです。

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