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猫とイエスと安らぎと。

井出洋一郎の「名画のネコは何でも知っている」を、猫が登場してるだけの理由で、手にしてしまったのです。

作品ナンバー1は、アントネッロ・ダ・メッシーナ作〈聖ヒエロニムス〉。
1
〔Wikipediaより〕
猫は、腰かける聖ヒエロニムスののっている一段高い壇の向かって左端で寛いでいるのです。
建物の外縁、向かって右にはクジャク、左にはおそらくツグミの一種がいるのです。
書斎の右奥には、ライオンがいるのです。
図象の世界では、クジャクはイエスの復活、ツグミはイエスの受難を、それぞれ表すとされます。
ライオンは、砂漠で聖ヒエロニムスに棘を抜かれて懐いてしまったと言うことなようです。
猫はまったりと寛ぎ、作品全体に流れる時間がいかにゆったりとして穏やかであるかを、私たちに伝える役割を果たしているのです。
 でも、それだけじゃあなたはこの作品を紹介しないでしょ。
ライオンは百獣の王として覇者の象徴でしょうね。
その覇者の象徴であるライオンでさえ懐き寛がせてしまう神の威光の象徴として、描きこまれているのかも知れないです。
さらに、イエスは王として十字架に架けられています。
 となると、ライオンは、王としてのイエスの臨在もまた、示している可能性はあるでしょうね。
だが、イエスの象徴はそれだけじゃないのですよ。
 猫はイエスのメタファーでしたね。
寛ぐ猫はただ一匹描きこまれただけで、この作品世界全体を穏やかな癒しで包み込んでしまったのです。
イエスもまた、私たちに安らぎを与えると約束しておられるのです。
マタイによる福音書 11章 28節から30節
すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。
わたしは柔和で心のへりくだった者であるから、わたしのくびきを負うて、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。
わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである。
寛ぐ1匹の猫がこの作品全体に与えている安らぎは、まさに、イエスの約束された安らぎの具象化として、この作品を包み込んでいるのかも知れないです 。

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