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2016年11月

オーロラ爆発も太陽フレアも磁場の「つなぎ替え」が原因だった。

2015年12月25日付WIRED.jpに興味深い記事が掲載されています。

 日本の研究チーム、オーロラの「謎」を解明する

 

京都大学と九州大学の科学者チームが、長年の謎であった「オーロラ爆発」の仕組みをコンピュータ・シミュレーションで再現することに成功した。

 

PHOTOGRAPHS BY WIKIMEDIA COMMONS

TEXT BY K.G ORPHANIDES

TRANSLATION BY MAYUMI HIRAI/GALILEO

 

WIRED NEWS (UK)

オーロラは、地上約100km以上の上空で光っている。

極地地方の空で光が揺らめくオーロラは、地球上で最も美しくて魅力的な謎のひとつであり続けてきた。

 

オーロラは、北極および南極の上空で常にかすかに見えているが、最も壮観な眺めは、「オーロラ爆発」(ブレイクアップ)と呼ばれる、オーロラが急激に非常に明るくなり、きらめいて揺れ動く現象だ。

 

京都大学と九州大学の科学者チームはこのほど、このオーロラ爆発がどうやって起こるか、その基本的な仕組みを特定した。

 

今回の研究(PDF)では、コンピューターによるシミュレーションを利用して、極地における太陽のプラズマと、地球の磁場の相互作用を模擬的に再現した。

 

オーロラが太陽からのプラズマと地球の磁場との間の相互作用の結果であることはすでにわかっているが、「オーロラ爆発」現象がどのようにして発生するかについての一貫した矛盾のない説明が、今回の研究でようやく確立されたことになる。

 

地球に近づいた太陽風(太陽から吹き出す高温の電離した粒子からなるプラズマ)は、地球に近い宇宙空間で発生する地球の磁場の「つなぎ替え」によって、極地地域の上空に集まる。つなぎ替えとは、磁気エネルギーが、運動エネルギーや熱エネルギー、粒子加速に変換されるプロセスだ。

 

京都大学と九州大学のチームは、このつなぎ替えによって、地球の磁気圏のプラズマが回転し、極地地域の上空で急激な電流がつくり出されることを突き止めた。

 

これによって電流が過剰になり、低高度にあるプラズマが、反時計回り(北半球の場合)に回転して余分な電気が放電される。これが、磁気のサブストームと関係する、オーロラのサージと呼ばれる明るい閃光になるのだという。

研究のリーダーを務めた京都大学生存圏研究所准教授・海老原祐輔は次のように話している。「これまでの学説では、磁力線のつなぎ替えや電流の分岐といった個別の仕組みを説明しようとしたものの、この現象全体を説明しようとすると矛盾が生じていました。われわれが最初から必要としていたのは、より大きな全体像に目を向けることだったのです」

こういう記事です。

ようは、磁場の「つなぎ替え」つまりリコネクションによってオーロラ爆発が起こると言うのです。

磁気リコネクションは、太陽系のなかで最も大きな爆発現象である太陽フレアの原因でもあります。

磁気リコネクションで数時間から数日の間に蓄積された磁場エネルギーが開放されることが、太陽フレアを引き起こしているのです。

地球の磁場はドーナツに似たトーラス状なので大気を発光させることができないけれど、太陽の磁場はループ状磁場が表面一杯に広がっているので蛍光灯と同じ原理の発光をしています。

オーロラは太陽からのプラズマと地球の磁場との間の相互作用の結果、つまり、オーロラの中では太陽表面と似た状態が生まれているわけです。

そこに起きるオーロラ爆発が太陽フレアと似た現象であるのは、決して偶然ではないのです。

恒星になるか、惑星になるか、大きさでは決まらないことは近年の天体観測によって明らかになってきました。

言い換えれば、恒星になるか、惑星になるか、決め手は磁場の形なのです。

太陽がガス天体とされる理由が、また一つ事実上消えてしまったと言えるでしょう。

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日本の国名に隠された意味?

日本と言う国名に、実は日本の正体が隠されているのではないでしょうか。

文字通り読めば、日出ずる處の天子云々とあった聖徳太子の国書にあった、日出ずる處に由来する国名と言うことで、はいお仕舞でしょうね。

日本は、「日ノ本の国」と解釈をされているわけです。

()、つまり太陽は昔から多くの国で神として祀られているけれども、日本でも天皇の祖先神として祀られているわけです。


では、本(もと)とは何かです。

本には、草木の根や茎、植物という意味もあるが、もっと広い内容が込められています。

物事の根源。もと。

中心となる部分。主となる。

当の。この。わが。

正式の。本当の。

もとにすべきもの。てほん。

これらの意味をひっくるめて解釈すると、日本の国名の意味は大変なことになります。

 

わが日ノ本は、天皇の祖先である太陽神を存立の根源の中心として頂く世界の手本となるべき本当の国である。

 

なんとも、凄いことになっています。

 

さらに、「本」と言う字には、「夲」と言う書き方もあるのです。

「夲」と言う字は「大」と「十」に分解できるが、「大」の字は手を広げた人の姿が元になっています。

そうなると、「夲」と言う字は「人」と「十」を組み合わせて作ったものと見る事ができます。

 

「人」と「十」を組み合わせとなると、歴史上の有名人は二人しかいません。

 

十戒のモーセと、十字架のイエスです。

 

イエスは、モーセに十戒を授けたのは私であると指摘しているから、イエス1人に集約できます。

 

人々に十戒を授け、贖罪の子羊として十字架に架かったイエスと言う解釈が、「夲」と言う字から出てきます。

 

さらには、イエスは光の象徴であり、太陽に準えられるお方なので、「日ノ本の国」は「真のイエスの道に随う国」と読み替えることもできます。

 

日本の民俗宗教は神道だが、随神(かんながら)の道をその名の解釈としています。

神に付き随う事を求めるのが、神道なのです。

 

聖書では、神に随う人々は神の子羊と表現されるが、求められている心は「幼子のように神を慕う心」です。

 

面白いのは、日本には童児祭祀の風習が各地に伝わっているのです。

 

これは、「七歳までは神のうち」と言う考えによるものとみられるが、明治期以前の日本人の生命観では「七つまでの子供」は「神の子」とされていました。

「七つまでの子供」は、「この世」と「あの世(黄泉)」の中間のどちらかというと「あの世」の所属、つまり「神の世」の所属と見られていたことになり、神の臨在または神の依り代として、祭祀に加わっていたと言う訳ですね。

童児祭祀に参加することは、神とともに祭祀に加わることであるとともに、幼子のように神を慕うものであると神に認めて戴くことでも、あったのです。

随神は、同じ音の惟神にも通じるが、惟(ゆい)とは「思う」とか「はい(承諾の返事)」と言う意味です。

惟の実践とは、よく考えながらよく随う、となるでしょう。

イエスは、「蛇のように賢く、鳩のように素直に 」と求めています。

まさにその実践は、惟神の一言で表わせるわけです。

そうなると、神道の実践とは、「幼子のように神を慕う心」で神を思いながらも、「蛇のように賢く、鳩のように素直に 」神に付き随う事となり、キリスト教の実践の心得そのものずばりとなってしまいます。


日本には至る所で聖書を連想できる風習や文化が残り、大災害でさえパニックにならずにお互いを思いやる行動で世界を驚かせた側面があります。

そう言えば、聖書には麦と毒麦の譬えもあります。

抜いて焼かれる毒麦ではなく、豊かに実る麦のようになりなさいと言うことです。

本には、草木の根や茎、植物という意味もある事を思えば、なんとも妙な気分になります。

日本と言う国名と、神道と言う民族宗教を考えてみたら、キリスト教にまで行きついてしまいました。

なんとも、日本とは不思議な国です。

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ガス天体はSFだった?!

恒星と惑星の区別が揺らいでる事をご存知でしょうか。

日経サイエンス2001年3月号に面白い記事があります。

恒星と惑星の差は大きさではないらしいと言うものです。

太陽系外惑星は、本当は恒星?
著名研究者の説で論争巻き起こる

似たような情報は、NASAからも出ています。

古典的な系外惑星検出法がついに成功
【2009年6月2日 NASA JPL】

発見されたのは、恒星と惑星の直径がほとんど同じという奇妙な惑星系であると報告されています。

そうなると、恒星と惑星の差はどこにあるのかと言う声も当然出てきます。

一番目につくのは、磁場の形です。

惑星の磁場はトーラスと呼ばれるドーナツ状の形なのに対し、恒星の磁場はまるでループカーペットを敷き詰めたかのような状態になっています。

では、恒星の磁場の形はループ状が基本化と言うと、そうではなく、自転などの影響でトーラス状の磁場がねじれていることが明らかになっています。

太陽の明るさは、黒点の極大期に明るく極小気に暗くなります。

黒点自体は周囲より低温なので暗く見えている現象なので、黒点が多くなると暗くなりそうなのに、多い方が明るいのです。

これは、黒点が多い時は強力なループが沢山出来ていると見た方が良いでしょう。

太陽表面の光球に比べてコロナははるかに高温なので、光球からコロナへのエネルギーの移動は非熱的過程と見ないと説明がつきません。

そこで、磁気と極小フレアが候補に挙がるが、絞り込みができません。

これは、両者を統一的に説明する必要があるためでしょう。

恒星の磁場はSとNが対になるループが基本である以上、敷き詰められたループによって恒星の大気が発光していると見る事ができます。

LEDなどに替えられつつある照明に電球や蛍光灯があるが、恒星の大気はループ状の磁場によって蛍光灯と同じ原理で光っています。

フレアはループ状磁場のリコネクション、つまり、繋ぎ直しによって生じます。

このフレアもまたコロナにエネルギーを運んでいる訳ですが、黒点が多いと言う事は強力な磁気ループが多くできた結果、フレアもまた活発に発生してより効果的にエネルギーがコロナに運ばれていると言う事です。

だが、黒点に極大期と極小期があるならば、それは、ループ状磁場の維持は実は恒星にとってしんどいのだと言えるでしょう。

磁場の形の基本がトーラス状であって、ループ状ではないと言うことをまず踏まえて天体観測をするべきであると言えるでしょう。

さらに、恒星がガス天体であると見たら、説明できない天体もあるのです。

ベテルギウスは、おおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオンと冬の大三角を形作る事でも知られています。

このベテルギウスには、巨大な瘤がありしかも長期的に存在しています。

これは、ベテルギウスをガス天体と見ると説明不能になります。

ベテルギウスは実は天に浮かぶ巨大な泥水の球体であると見れば、矛盾なく説明できます。

ベテルギウスの表面は泥水が宇宙空間との温度差で冷えて固化していて、その一部に出来た亀裂から膨大な量の泥水の噴水が吹き上がり、ベテルギウスの強力な重力によって宇宙に拡散せずに表面近くに留まって大きな瘤になっていると見れば良いわけです。

近年の研究で、プラズマは気体中だけでなく、液体や固体の中でも発生し存在できることがわかっています。

水分子には極性があり小さな磁石と見る事が可能なので、水分子の強力な流れは磁場の流れとなるわけです。

実際にはランダムに水分子が向いた状態であるために磁気的な中性になる場合が多いが、ちょっとだけバランスが崩れれば、水分子の強力な流れは磁場の流れとなります。

自転が回転する磁場を生み電場が生じ、結果として電磁場に天体内部は満たされていきます。

回転磁場が電流を生み、天体に極性が生じて全体はトーラス状の磁場に包まれることになります。

実際の天体の内部はもっと複雑なので、説明はもっとややこしくなるけど、原理は基本的には今見てきたとおりです。

限りなく無重力に近い宇宙空間に浮かぶガス球体は、物凄い低温の空間に浮かんでいる以上冷却され、液状化していると見る方が自然だし、水は宇宙で意外とありふれた存在であることが明らかになってきたので、天体は基本的にはみな、泥水の球体と考えたら無理なく説明できます。

つまり、核融合で光り続けてるガス天体などといった存在は、壮大な空想科学だったと言えるでしょう。

宇宙空間に浮かぶ天体は皆、泥水のお団子なのです。

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福音こそが永遠の栄をもたらす道。

家電量販店の売り場で、プリンターのインクカートリッジを、純正品にするか、にするか、悩み、純正品の方を選びました。

良いよなあ、財布に余裕がある人は悩むことができる。
私ならためらわずに、価格で安い方を選ぶ。
あるいは、こういうかも知れません。
私なら、環境を考えたら、ためらわずにリサイクルインクカートリッジを選ぶ。
値段は、リサイクルインクカートリッジの方が計算するまでもなく、安かったのです。
でも、私は純正品の方を選びました。
かつての経験を思い出したからです。
掃除機には、紙パックを使うタイプと使わないタイプがあるのは、ご存知の通りです。
じゃあ、紙パックのほとんどが純正品だった時代があったことを、今、どれだけの人が知っているでしょうか。
今はどんな大手メーカー品と言えども、純正品紙パックを店頭で探すことが難しくなっています。
今は、リサイクルや、エコノミーやエコロジーが無条件に正義として錦の御旗として誇らしげに掲げられている時代となりました。
それが安いとなれば、多くの消費者はリサイクルになびくとこでしょう。
売り場としては、他に先駆けて取り組みを進め、広げないことには、生き残っていけないこともわかっています。
私もかつて、皆さんに買っていただく立場にいたから、この店が生き残りのための取り組みとして、扱いを拡げていくことも、当然のことと受け止めています。
それでも、私はあえて、純正品を選びました。
メーカーの寡占化と、二極分化が進んでいくことを恐れたからです。
もちろん、純正品を買わなかったために機会がトラブルを起こした苦い経験から、純正品を選び続ける人もいるでしょう。
だが、圧倒的多数派が安いリサイクルインクカートリッジに流れ、多くの純正品インクカートリッジはやがて淘汰されるでしょう。
でも、そこには、多くの人の働きがあり暮らしがある、純正品インクカートリッジの淘汰は、彼らの生活を変えることになります。
皆さんのなかにも、自分の職場や仕事も同じ目にあっているとか、今まさにそうだと言う声は当然あるでしょう。
これから先、このような動きは、加速することあっても、衰えることはないでしょう。
それがどうした!当たり前のことをわざわざ言いたいだけか。
そう言う声も聞こえてきます。
だが、その行き着く先は、自らの能力や可能性、そして、即戦力を謳える企業や個人が、ますます、勝ち組になる社会ではないでしょうか。
今勝ち組の人でも、現状に安住すれば、明日は負け組になる、そういう社会にますますなっていくでしょう。
しかも、情報量の差が決め手となる時代にこれからますますなっていくはずです。
これは、親の世代の持っている情報量とその情報の活用力の差が、子供の将来を左右しかねないことを意味するでしょう。
だが、情報の読み違えが明暗を分ける、ギャンブル性もまた、増すはずです。
そして、少数の勝ち組と多数の負け組に、更に分かれていくでしょう。
まさに、マルクスの指摘した、一方の極に富みが一方の極に貧困が蓄積する、社会になると思います。
しかし、これをさらに昔、予見した書があります。
狭い門からはいれ。滅びにいたる門は大きく、その道は広い。そして、そこからはいっていくものが多い。
命にいたる門は狭く、その道は細い。そして、それを見出す者が少ない。
聖書の、マタイによる福音書、7章13節から14節の有名なくだりです。
両者は一見似た預言に見えます。
だが、聖書はさらにこう続きます。
マタイによる福音書、7章14節から20節。

にせ預言者を警戒せよ。彼らは、羊の衣を着てあなたがたのところに来るが、その内側は強欲なおおかみである。

あなたがたは、その実によって彼らを見わけるであろう。茨からぶどうを、あざみからいちじくを集める者があろうか。

そのように、すべて良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ。

良い木が悪い実をならせることはないし、悪い木が良い実をならせることはできない。

良い実を結ばない木はことごとく切られて、火の中に投げ込まれる。

このように、あなたがたはその実によって彼らを見わけるのである。

一見すると勝ち組に見える人たちも、人生の選択を間違えれば、袋小路に入り破滅にいたるかもしれないのです。

石炭産業は一時わが世の春を謳歌したが今は見る影もないですし、多くの夢を振りまいた原子力発電もまた多くの負の遺産で人々は苦しんでいます。

モータリゼーションもまたこのまま進んでいいのか、岐路に立っています。

本当の長期的な視点や視野に立った展望は、立てることは容易ではありません。

だが、不可能なことでも、ないのです。

それは、歴史を長い目、大局に立った目で、見つめることで可能になります。

だが、その展望を誰の立場に立って切り開くべきでしょう。

圧倒的多数派である弱者の側に立って切り拓いてこそ、真の持続可能な発展の道が開けます。

お前は、左翼か。

そう見えるかもしれないが、私はクリスチャンです。

太古から連綿と続く聖典の、真実の教えに忠実でありたいと願う以上、そう名乗ることが一番わかりやすいでしょうから。

聖書は、太古の昔から、持てる者は貪ったり高慢になったりせず、常に謙虚で仕える者となり、自らの必要を超えた分は惜しみなく困っている人に分け与え、彼らを心から愛し助けなさい、と説き続けています。

そして、それこそが神の御心にかない、永遠に続く繁栄と幸せの道と説き続けています。

実際、世の全ての不幸や争いは、この神の道から外れた時起こっているではないでしょうか。

神の道を説いて、左翼と呼ばれるなら、喜んで左翼と呼ばれましょう。

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ラスコー壁画と鳥人。

フランスの世界遺産の一つに、クロマニョン人が残した壁画で有名なラスコー洞窟があります。

この壁画自体も何が目的なのかという謎があるのですが、描かれている物にも謎があります。
何を意味するのか分からない記号などもそうだが、壁画唯一の人物が鳥頭の男性と言うのも、謎の一つです。
鳥人と思える鳥頭の男性が、何のために描かれているのか不明なのです。
ラスコー洞窟壁画の鳥人が、何のために描かれているか謎になってしまったのは、研究者たちがラスコー付近の住民の文化の範囲内で解釈を探しているからでしょう。
古代社会は、もっともっとグローバルな世界だったはずなんですけどね。
そこで、視野を広げると答えが見えてくるはずです。
鳥人の傍らには、傷ついて腸がはみ出ているように見えるバイソンがいます。
これは何らかの祭祀を行っているシャーマンではないかと見ることも、できるようです。
すぐそばに描かれている二本の投槍器のうち一つは、頭に鳥の形が付いています。
この絵で連想できるのは、鳥がしばしば天と地を繋ぐ存在として宗教では位置付けられていることです。
この鳥頭の男性は、裸体に見えます。
そして、男性器は勃起した状態で描かれています。
裸体表現は、その人は地上ではなく霊や神々の世界の住民であることを示すことがよくあります。
ギリシャ神話の神々もたいてい裸体で表現されるし、ブラジルのカーニバルも本来は人が神や霊の世界の存在との交流のために共に踊る儀式として裸体で行う行事だったようです。
ブラジルのカーニバルは観光資源化してしまったために衣装を着ることになったが、上級者になればなるほど肌の露出が増えるのも、かつて裸体でおこなれていた時代の名残なようです。
つまり、裸形で鳥頭の男性は、天と地を繋ぐ霊会の使者としてバイソンを屠っているのかもしれません。
牛は聖獣として扱われることが多い動物です。
牛は、聖獣であるがゆえに、神への捧げものとして屠られることも多く、その証拠に犠牲と言う字には牛偏が付いています。
ラスコー壁画唯一の人物である鳥人は、神に日頃の恵みへの感謝とこれからもよろしくお願いしますという気持ちを届ける犠牲として聖獣であるバイソンを屠る儀式をしている可能性はあり得ます。
鳥人に扮した裸形の男性が男性器を勃起させて描かれているのも、自然の豊かな恵みへの感謝と子孫繁栄祈願として、牛屠りの儀式を行っていると見れば、納得できるのではないでしょうか。
ラスコー洞窟は、神聖な儀式の場として用いられていた聖なる空間だったのかも知れません。
そう言えば、古代中東のミトラス神はフリジア帽とも呼ばれるフリギア帽がトレードマークの牛屠りの神だが、ひょっとしたらあの帽子は鳥の変形なのかしらと、ふと思ってしまいました。
もちろん、恵みへの感謝と子孫繁栄を祈願してバイソンを屠っている鳥頭のシャーマンと、太陽神で世界創造の業のために聖なる牛を屠っているフリギア帽のミトラス神と、設定は違います。
けれど、ミトラス神は起源はわからないくらい古い時代からの神ですからね。
牛屠りの鳥人祭祀の意味が忘れられて、フリギア帽と着衣のミトラス神に代わってしまった可能性はないのでしょうか。
一つ疑問が解けたと思ったら、新たな疑問が、浮かんでしまいました。

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