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2017年1月22日 - 2017年1月28日

視野を広く持たないと損しますね。

フランスにあるCERN(欧州合同原子核研究機関)の施設から発射したニュートリノビームを、730㎞先にあるイタリアのグランサッソで受けた結果、ニュートリノが光速を超えた可能性があることが観測できたと報告された事がありました。

 

20119月のことです。

 

ニュートリノの超光速移動の可能性を、3年以上にわたり1万5000回実施して見つけたとする実験結果は報告された後大きな反響を呼んだことは言うまでもありません。

 

ニュートリノは、ほんのわずかでも光速を上回るスピードで進んだとすれば到着時点でエネルギーのほとんどを失っているはずだが、ICARUSの測定では、光速で移動する素粒子とエネルギースペクトルが完全に一致したとしていることなどから、測定精度に問題があったのではないかなどの疑問が出され、検証実験で見つけられなかったとしてこの結果は多くの謎を残したまま忘れ去られていくことになります。

 

だが、3年以上にわたり1万5000回実施して見つけたという事は再現性が極めて低いことを意味します。

一方で検証実験と称する行為は、比較にならないほどの短期間でなされ、検出できなかったとしたのです。

 

この報告をがさネタとして葬り去った人たちは、検出結果がことごとくほとんど同じと言いえるだけの範囲に集中していた事実をどう説明できるのでしょうか。

 

ニュートリノが超光速で移動したとしか見えない結果が出た一方で、光速で移動する素粒子とエネルギースペクトルが完全に一致という結果も出ているのは、紛れもない事実です。

この矛盾を解決できる解を求めてこそ、科学者の醍醐味ではないでしょうか。

 

ここに、面白い情報があります。

分子分光学の分野の成果です。

近接場光によって、波動関数の可視化ができたと言うのです。

波動関数とは、もともとは波動現象一般を表す関数のことです

 

量子力学では、粒子の状態を記述する空間座標と時間の関数のことを言います。

 

波動関数は今ではもっぱら、量子力学の用語として有名になってしまいました。

波動関数が客観的実在である近接場光によって可視化できると言うことは、波動関数もまた、客観的実在でなければなりません。

 

言い換えれば、波動関数は実在の波動を描写しているという事ではないでしょうか。

となれば、超光速にみえる現象で人々を驚かせたニュートリノにも実在する波動があった可能性を考えても良いはずではないでしょうか。

 

つまり、このニュートリノの超光速騒ぎは、超光速を観測したと見たから多くの科学者をパニックに陥れたのです。

個別のニュートリノの波動関数が可視化された事象を検出したのだと解釈していたなら、相対性理論も傷がつかず、新たな科学的知見が得られたとしてハッピーエンドだったことでしょうね。

 

釣り損ねた獲物は、大きかったと言うことかもしれません。

視野を広く持たないと損しますね。

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新しい恐竜のイメージはすでに広まりつつあることをご存知でしょうか。

もふもふな鳥のようなT-REXを描くと、T-REXのイメージ壊すなと言う人も多いと思うけど、鳥と恐竜の境目はどこにあるかわからないと言うことが最新研究です。

 

つまり、もふもふな鳥のようなT-REXも解釈としてはありなのです。

実際、すでに鳥のようなもふもふな恐竜を表現した展示は、外国では始まっているそうです。

 

まだまだ、企画展の段階だとしても、いやむしろ企画展のような最新研究の成果を知らせる場だからこそ、鳥のようなもふもふな恐竜のイメージが表現されるともいえますけどね。

 

ひょっとすると、皆さんの中にはもふもふな鳥のようなT-REXの展示をすでに見たことがある方もおられるかもしれないですね。

 

恐竜の足跡は最初見つかった時、あまりにも鳥のものと似ていたので、巨大な鳥のものと想像されていたと言います。

 

全身骨格が見つかるに及び爬虫類説が登場し、恐竜と言う呼び名が生まれることになりました。

 

だが研究が進むと再び鳥と恐竜の境目があいまいになり、イメージは振り出しに戻った感があります。

 

そもそも、恐竜の足の付き方は爬虫類よりも鳥類や哺乳類に近いので、爬虫類に分類する方がむしろ無理が大きかったと言えます。

 

だが、授乳能力をめぐって鳥類と哺乳類の境目も揺らぐ可能性は否定できないのです。

まだまだ、恐竜自体のイメージは変わるかも知れないわけです。

 

多くの恐竜に、鳥と同じような素嚢(そのう)が見つかっているが、何種類かの鳥はこの器官をミルクのためにも使っている事がわかっているのです。

 

素嚢とは消化管の一部分で、膨らんだ形状をしているうえに管壁が厚くなっており、消化に先立って食べたものを一時的に貯蔵しておくための器官です。

 

素嚢で作られるミルクは、素嚢乳と呼ばれています。

 

素嚢乳は主に鳩類で見つかっていたので英語ではピジョン・ミルク(pigeon milk、鳩乳の意)とも呼ばれます。

 

素嚢乳は、いまではフラミンゴ・インコ・オウムでも確認されています。

 

鳥が素嚢でミルクを作るとなると、恐竜もまた素嚢でミルクを作って与えて子育てしていた可能性は否定できないのです。

 

ペンギンのような別のメカニズムでミルクを与えている場合も含め、ミルク状の栄養を与えている種はまだまだ、鳥類の中に見つかるかもしれません。

 

仮に授乳能力がほとんどの鳥類で確認できる事態になれば、鳥類と哺乳類をひとまとめにする新しい分類が提案される場合だって無いとは言い切れないのです。

 

その素嚢が恐竜にもあるわけだから、まるで鳥のようなモフモフT-REXをイメージが違うなどと思わない方が良いでしょう。

 

もっとも、日本でまるで鳥のようなモフモフT-REXをイメージが定着するころには、恐竜の最先端のイメージはさらに変化しているかも知れませんけどね。

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日本どれだけ中東の飛び地なんですか。

日本の食卓を覗くと地中海が見える、なんてネタでお話をしたことがありました。

そしたら、こんなコメントが寄せられました。
これまで私が話してきた内容が、この中にかなり入ってるのには、思わずビックリです。
以下、全文紹介します。

エジプトの米は日本の農林1号なんです。
しかもエジプトは古代から米食で、品種改良もしていません。
味噌汁は中東のレンズ豆スープと瓜二つ。
ギリシャ料理には「アジの開き」そっくりにいろんな魚を開きにして、タレに付け込んで焼く、というのがあります。

米はアジアではなく、人類発祥の地であるアフリカが起源です。
雨が少ないナイル川流域で発展したのが灌漑農業。
それなりに雨が降る東アジアではそのころはまだ雨水農業が盛んでした。
そのアジアに米と灌漑農業を持ち込んだのが日本に移住した古代日本人である中東人、と思います。
今でも中国人にとっては米は日本人ほどの重要炭水化物ではありません。
これだけ米が好きなのは世界中探しても日本人だけでしょう。
日本では幼児に「ごはん」と言う時、「マンマ」と言いますよね。
エジプトでも幼児に「ごはん」と言う時、「マン」と言います。
両国とも大人には使わない言葉です。
これは私の推測の域を出ませんが、米が「マナ」なのでは?などと思ってしまいます。

伊勢神宮の話を中東人にした時、「いせシュライン」と言ったら「イーセー?」と驚いていました。
アラビア語で「イーセー」はイエスキリストのことですから。
彼らにとっては預言者ですが。

埴輪、を見た外人はその全員が「ユダヤ人だ!」と驚きます。

日本には「連歌」という文化がありますね。
中東も「連歌」が盛んでした。
彼らは夜キャラバンを率いて砂漠を旅する時、お互いが「連歌」を作りながら楽しく旅をしていたそうです。

目が大きく鼻が高く掘りの深い中東人にとっての「美人」はずばり「平安美人」です。
現代はそこに「金髪碧眼信仰」も加わりますが。
昔から中東人が好きなのは「色白、ふっくら、目も鼻も口も小さく、ストレートの長い髪」です。
平安時代にそういう顔が美人とされたのは、日本人自体が堀が深い中東顔だったからではないですか?
朝鮮人や中国人が大挙して押し寄せる前の明治維新頃までの日本人には濃い顔が多かったですよね。
実際明治維新頃日本を訪れたヨーロッパ人は本国へのレポートで「日本人は中東顔である」と書いています。
もし千年後に今の日本の漫画が発見されたら、未来人は日本人を「目の大きい人種」と認識するかもしれません。
つまり日本人の民族性は昔も今も、「自分の理想像を描写する」なのかもしれませんね。

古代中東での戦争は、両者が相対しにらみ合いになった時、両者から一人ずつが前に出て、「〇族の〇家の何某!」とお互いが名乗りをあげ、1対1でどちらかが倒れた時に両軍の戦闘が始まる、という、日本の平安時代以前と同じやり方をしていました。

私は中東の歴史ドラマを何度か見たのですが、戦闘のシーンの兵士の持っていた「楯」が日本の「八咫の鏡」と瓜二つだったのには驚きました。
日本ではあれを後生大事にしていますが、映画では兵士全員が持っている消耗品の扱いでした。まー当然ですが。
古代シリア地方を舞台にしたドラマでは戦争中、両者が赤と白のハチマキをして戦っているシーンがありました。サイズも日本のと同じです。

日本語も、古代エジプト語やラテン語、古代ヘブライ語、アラビア語などが混じってますね。こういった事実は、日本を下に組み敷いておきたい中国にとっては抹殺対象なのでしょう。
ひらがな、カタカナのような表音文字が表意文字からつくられるはずがないのです。
漢字から始まったなら簡略化するだけです。
実際、ひらがなとカタカナは古代ヘブライ文字とアラビア文字、しいては古代エジプト文字にそっくりです。
日本という他国の歴史まで「焚書」しようとする中国の傲慢さには反吐がでます。

日本人特有の顔(鼻が高く毛深く甘いマスク)は他の東アジア諸国の特徴的な顔とは全然違います。(当然例外はどこにでもいます。)
顔が違うだけではなく、性格も、他のアジア諸国とは一線を画しています。

長文、失礼しました。

埴輪を見た外人はその全員が「ユダヤ人だ!」と驚きますの下り、やはりそうでしたかと思わずうなりました。

確かに、滅茶苦茶長く伸ばした前髪や、どう見てもユダヤ人のものと言いたくなる帽子の埴輪を見れば、そりゃ、率直にユダヤかって突っ込みたくもなるでしょう。

わざわざ帽子を埴輪にする時点で、どれだけ大事にしてたんですかって誰だって驚きますよね。

昔から中東人が好きなのは「色白、ふっくら、目も鼻も口も小さく、ストレートの長い髪」の平安美人顔と言う、指摘にはあらためて驚きました。

そう言えば、天孫一族には古代イスラエル北朝12支族説も出てます。

天皇家の傍系の方々の顔にも、中東顔の指摘があります。

大挙して渡来した秦氏にも原始ユダヤ人キリスト教徒説があるし、平氏の正体にもペルシャ人であると言う声もあるくらい中東の匂いがプンプンしてると言います。

合戦の前に名乗りを上げるところは、このコメントにもあるようにまさに中東のやり方そのものだそうです。

さらに、縄文人自体もアジアとヨーロッパの民族や人種が分かれる以前の人々の子孫とのDNAの解析結果もあります。

言葉についても、ラテン語や古代ヘブル語と共通のルーツと言う説が出るのも、縄文人のせいなんでしょうね。

で、さらに、古代エジプト語やアラビア語ですか。

連歌の文化まで中東と同じですか。

どんだけ、日本って一皮むけば中東が出て来るんですか。

こうなればもう、笑うしかありませんね。

面白い情報満載のコメントにあらためて感謝申し上げます。

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