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2017年2月5日 - 2017年2月11日

神道とシンドウとヒンドウ?

「仏教メソポタミア起源説」「『ブッダの謎』─仏教西アジア起源論」と言った興味深い本が出ています。

仏陀と仏教に関する本なのだが、妙な気分になったのです。
日本には古代中東の遺伝子が多く残り、日本語とタミル語は同祖の言語と言う説が唱えられ、日本にはインドや中東と似た顔もよく見られるでしょ。
仏教それ自体の起源は意外と古く、釈尊は歴史の深い仏教における聖者の一人にすぎないともいえますよね。
そして、仏教の起源は西アジアに遡るとなると、気になるのはヒンドウと言う言葉です。
シンドウとも呼ばれるが、濁点を取ればシントウになるでしょう。
日本語は歴史を遡ると、発音のあいまいな二重母音の時代があるのでしたね。
二重母音、特に日本のようなワ行母音に近い二重母音の場合、濁点は落ちやすい訳ですよ。
日本の民族宗教であるシントウの読みが、シンドウの転化だったとしたら、そしてもし、シンドウの民は西アジアに遡るとしたら、どうなりますか。
古代日本の成立期、意外なほど多くのペルシャ人が参加して活躍してるが、古代中東や西アジアの文化が色濃く残る日本で、彼らは自らの理想を実現したかったのだろうかと思えてくるのです。
さらに、ペルシャ人仏教徒が古代日本に多数来ているが、彼らは仏教が少数派となった西アジアを逃れ、安住の地を求めてやってきたのだとしたら、どうなりますか。
ヒンズー教、ヒンヅー教とも呼ばれるヒンドゥー教は、インドやネパールで多数派を占める民族宗教だが、ネパールに近いチベットも日本と同様に古代中東の遺伝子が多く残り、インドもドラビダ語と日本語の近縁性が指摘されるのですよ。
神道はシントウと呼ばれているけれど、シンドウが二重母音の曖昧な発音が原因でそう呼ばれているのに過ぎないとしたら、どうなのでしょうか
考えても見てくださいね、ヒンドウはシンドウとも呼ばれるとしたら、ヒンドゥー教はシンドウ教になまっても良いはずでしょ。
そして、ヒンドゥー教と言う言葉は、他の宗教との比較や区別の必要性から出てきたわけだから、本来の名称はヒンドゥーなわけですよ。
ヒンドゥーの教えに随う民がヒンドゥーであり、神道の教えに随う民が日本人だったと言えるでしょう。
今、日本では多くの宗教が混在しているけれども、八百万の神々を受け入れてそれでいてびくともしないあたり、ある意味、ヒンドゥー教に似ていませんか。
穢れや嫌なことは水に流すと言う言葉があるが、ヒンドゥーの民はまさにいまでも聖なる川で身を清めたいと願っているわけでしょ。
こんなところにも、日本人の西アジア起源の可能性が感じられるのかと、妙な気分になったのでした。

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単弓類をめぐって爬虫類はどうなっていく?

爬虫類をめぐって、興味深いことになっています。

鳥と恐竜の境目はどんどんあいまいなって来ていて、もふもふな鳥のようなT-REXの表現も許容範囲になってきたこと、さらに、鳥と哺乳類の境目も授乳能力をめぐって揺らぐかもしれないことを話していたら、こんな反応がありました。

 

側頭窓の数で分類されるので境界が揺らぐことはないと思います。恐竜は双弓類、哺乳類は単弓類です。

 

こういう指摘だけれど、単弓類は古くは哺乳類型爬虫類に分類されていたのですよ。

 

単弓類は、爬虫類と見れば哺乳類に、哺乳類と見れば爬虫類に、似ているところが気になってしまう大変悩ましい存在なのです。

 

爬虫類型哺乳類に分類されなおしたのは、研究史上極めて最近の事です。

 

つまり、単弓類をどうとらえるかで、哺乳類と爬虫類の境目は簡単に移動するのです。

 

そして爬虫類の中での恐竜の位置付けも、大変に悩ましいことになってきているのです。

 

恐竜は、魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類などのうち、どの部類に属するのですか?と言う問いかけに対し、答えは混乱したのですよ。


魚類に分類と言うのは、流石になかったようですけどね。

 

恐竜は単独で分類した方が良いとか、もはや鳥類で良いとか、まだ爬虫類で分類しておくべきだなど、答えがバラバラで、かえって質問者は頭を抱えてしまったのです。

 

恐竜は、爬虫類と鳥類の境目を引っ掻き回す存在となっているのです。

 

そして今や恐竜は鳥と区別がつかないのではないかとなっているのです。

 

一応、爬虫類と鳥類を繋ぐ中間に位置付けてはいますけど。

 

鳥と哺乳類の境目は、かつてはカモノハシが揺るがしたが、決め手となった授乳能力が当てにならない可能性があります。

 

ミルクを作る能力のある素嚢(そのう)は鳥類の特徴の一つだし、鳥類の中には素嚢以外を用いてミルクをだす種もある以上、授乳能力もまた、鳥類の一般的能力に加わるかもしれないわけです。

その素嚢は恐竜にもあるので、素嚢をめぐる議論は当然、恐竜も巻き込んでしまうことになってしまうのです。

 

鳥と恐竜の境目が揺らぎ、鳥と哺乳類の境目が揺らぎ、爬虫類と哺乳類のどちらに分類して良いか悩ましい単弓類があるわけです。

 

今後、恐竜と鳥と哺乳類の境目をめぐる混乱は、さらに深刻になるであろうと言う展望が、近年の進展なのです。

 

爬虫類は哺乳類との単弓類をめぐる混乱だけでなく、恐竜と鳥類の分類の混乱にも巻き込まれていくことになって行きそうなのですよ。

 

面白いことになってきました。

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法輪を考えてみた。

法輪は、仏教の教義、特に釈迦が説いた四諦・八正道の別称です。

 

法輪は、仏教の教義を示す物として八方向に教えを広める車輪形の法具として具現化されました。

卍と共に仏教のシンボルとして信仰され、寺院の軒飾りにも使用されました。

中国では道教にも取り入れられ、教義を示す用語として使用されています。

 

法輪の「輪」とは古代インドの投擲武器であるチャクラムを指すと見られています。

 

チャクラムは、古代インドで用いられた投擲武器の一種です。

チャクラムは、日本では戦輪、飛輪や、円月輪とも呼ばれ忍者が使用したものです。

ちなみにチャクラとはサンスクリットで「輪」を意味する中性名詞の語幹です。

チャクラムは、投擲武器としては珍しく斬ることを目的としています。

チャクラムの直径は1230cm程で、真ん中に穴のあいた金属製の円盤の外側に刃が付けられています。

 

投げ方は二通りあり、円盤の中央に指をいれて回しながら投擲する方法と、円盤を指で挟み投擲する方法です。

ヒンドゥー教の神であるヴィシュヌも右腕にこの円盤をもつとされています。

 

人々の煩悩が僧侶から説かれた仏教の教義を信じることによって打ち消されるさまを、転輪聖王の7種の宝具の1つであるチャクラムに譬えた表現であるとされます。

 

そこから、仏教では教義である法輪を他人に伝えることすなわち転を転法輪と言うようになりました。

転法輪は別名、転梵輪ともいいます。

 

だが、法輪については、釈尊が説法して人々の迷いを砕く有様を戦車が進んでいって敵を破ることにたとえたものと言う見方もあります。

 

つまり、実際のところ正体が不明なので、古代インドにあった武器で印象の似ているものを、恐らくこれであろうと推論が述べられているのに過ぎないわけです。

 

ならば、新たな説を唱える余地もあると言うことです。

 

実は釈尊には、中東系の可能性があるのです。

何しろ、こんな本が出るくらいです。

「仏教メソポタミア起源説」「『ブッダの謎』─仏教西アジア起源論」。

そうなると、法輪のイメージとして釈尊の思い描いていたものは、中東由来の可能性は否定できないのです。

 

聖書の創世記に、この記述があります。

 

創世記 3 24

神は人を追い出し、エデンの園の東に、ケルビムと、回る炎のつるぎとを置いて、命の木の道を守らせられた。

 

神は、言いつけに背いて知恵の木の実を食べた結果として死を知る必要が出てきたアダムとイブが罪を得たままで命の木の実を食べて永遠の命を得ることが無いよう、ケルビムと、回る炎のつるぎとで命の木への道を守らせたわけです。

 

このケルビムも輪と関係があります。

エゼキエル書 10 6

彼が亜麻布を着ている人に、「回る車の間、ケルビムの間から火を取れ」。と命じた時、その人ははいって、輪のかたわらに立った。

 

そしてこのケルビムの正体として、グリフィンとスフィンクスが候補に挙がってきたのです。

 

スフィンクスはすでにおなじみでしょうから、グリフィンについて紹介します。

 

グリフィンはグリフォン、グライフ、グリュプスとも呼ばれる伝説上の生物です。

一般的には、鷲あるいは鷹の翼と上半身、ライオンの下半身をもつとされるが、ライオンの頭で表現される場合もあります。

 

グリフィンには車をひく役割があるとされるほか、面白いことに、ローマ時代になるとシリアやパレスチナ周辺でグリフィンと一つの車輪という図像が突然現れると言います。

 

問題は、ケルビムと炎が深い関係があることです。

 

古代から中東には王家の象徴として太陽をかたどった紋章がありました。

その形はなんと、日本の天皇の象徴である菊花紋とそっくりなのです。

 

エジプトでは宗教改革でアメン神からアテン神へと崇拝の対象が切り換えられたことがあったが、そのアテン神の姿は太陽円盤の周囲に放射線を描くものです。

 

この宗教改革はアクエンアテン一代で挫折したが、アテン神は中東で古来から崇拝の対象であった太陽神と主張されていたのです。

 

もしこの主張が正しかったなら、菊花紋そっくりの太陽神の紋章の正体はアテン神だった可能性が出てきます。

 

現在ではトルコのイスタンブールで博物館となっているアヤソフィアは、東ローマ帝国時代に正統派キリスト教の大聖堂として建設され、トルコがイスラム圏になってからはモスクに転用されたこともあった建築です。

 

アヤソフィアの四角い建物に丸いドームが載っている形は、円で象徴される天と四角で象徴される地をそれぞれ表しています。

 

円で象徴される天の中心に太陽円盤の周囲に放射線を描くアテン神を配すると、見た目は車輪のような形になります。

 

法輪は、八方向に教えを広めるさまを表現する車輪形の法具とされるが、アテン神の周囲に光を放つ太陽神のイメージを重ね合わせることはできないでしょうか。

 

密教では、最高神は太陽の光の象徴とされる大日如来とされています。

 

もし、大日如来の正体はアテン神だとしたらどうでしょう。

 

そして、ケルビムやグリフィンに関係深い輪の正体もまたアテン神だとしたら…。

 

ケルビムもグリフィンも、神の守護者とされています。

 

法輪は、アテン神であり、ケルビムやグリフィンと関係があるのでしょうか。

釈尊中東説がもしも成り立つのであれば、このような解釈もあり得るのではないか、そう思ってまだまだ、証拠集めと検証が必要であることを承知で今回の議論となりました。

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