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2018年1月

棄権する人は主権者であることをどう思っているのでしょう。

選挙のたびに棄権する人が出ます。

 

棄権を選ぶのはあなたの自由です。

でも、民主主義ではあなたを含めた国民が主権者です。

棄権を選ぶなら、あなたの選択は主権者の権利行使を放棄すること、違うのですか。

主権者であることから逃げるなら、国王だったら退位を迫られる事態ではないでしょうか。

違うのですか。

 

いいですか。

あなたが棄権していかないのはあなたの勝手です。

でも、棄権を呼びかけるなら批判票を投票箱の中から減らすのに協力しているのと、どう違うのですか。

時の政府の支持者の票に対する批判票の比率を下げるのに協力しているのと、どう違うのですか。

時の政府の別動隊に身を投じたのと、どう違うのですか。

 

棄権は誰にも協力しないってことでしょ。

棄権を選ぶあなたは、誰に協力したくないのかしら。

時の政府に批判的な人たちは、一人でも多く協力者が欲しい。

時の政府は、反対勢力を一人でも減らしたい。

棄権は、反対勢力を一人でも減らしたい時の政府に結果として協力したのと、どう違いますか。

 

棄権とは、板挟みになった場合の非常手段でしょ。

選挙で棄権するって、あなたは何と何の間で板挟みなのかしら。

選びたいが選択肢に選びたいところがないなら、あなた自身が出るか、強いて言えばここを探すか、の板挟みでもどちらかを選ぶのが主権者としての責任ある態度ではないでしょうか。。

違いますか。

棄権は、主権者であることからの退位ですよ。

 

民主主義とは、国民が主権者であると言う事ではないでしょうか。

主権者は、かつては国王などだったが、今は国民ですよね。

悪政をやった国王は主権者の座を追われた、違いますか。

もし今の政治が悪政なら、主権者である国民がその責任を負う必要がある、違いますか。

棄権は主権者である責任からの逃亡であり、主権者であることを放棄する行為である、違いますか。

それでも、あなたの選択は棄権なのでしょうか。

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日本の食文化の起源はどこ?

知り合いの人達が近くまで来たのでと言って、夕食を一緒に食べないかと誘ってきました。

 

そこで行きつけの店に行ったのです。

 

定食のセットで夕食となったのだがご飯と主菜に味噌汁と漬物の組み合わせに、話は思いがけない方向に進んだのです。

 

ブレッドとメインディッシュにスープとピクルスに差し替えれば洋食のセットになってなってしまう、と言うと外国人の方は、確かにと頷きました。

 

そこから話はさらに食文化の比較になったのです。

 

丼はご飯におかずが乗るがご飯をブレッドに変えればオープンサンドになると、彼らは面白がったのです。

 

ピザとお好み焼きも作り方に違いはあるが、やっていることは似ています。

 

トッピングは、ピザは削ったチーズだが、お好み焼きはかつお節、ところがかつお節もまた発酵食品です。

 

豆腐をスライスしてフライした油揚げは皮に食感が似ている、厚揚げはさしずめ皮つき肉と言うところでしょうか。

 

これ以外にも日本の食卓に並ぶ料理には、洋食と見た目は違ってもやっていることは案外近いものが意外とあるのです。

 

地中海沿岸には日本人好みの料理が結構あるらしいが、日本には家族性地中海熱のようにヨーロッパと共有な遺伝病は複数あり、しかもアジアでの飛び地であることは興味をそそります。

 

アメリカではアイヌの親戚の骨がフランスとスペインの様式の矢じりと一緒に出ているが、アイヌは日本の先住民である縄文人の子孫と見られています。

アイヌは沖縄の人たちとよく似ているが、沖縄の文化や風習には聖書と似たものが多くあると沖縄の人達自身も面白がっているのです。

その沖縄に、先祖は東のニライカナイから来たという言い伝えを持っています。

東には南太平洋の島々があり、その先はアメリカ大陸です。

アイヌの人々の生活文物もまた、古代イスラエルと似ていると言う指摘があるのです。

日本とアメリカ大陸の先住民は親戚と以前から言われてきたが、遺伝子でも確かめられてきました。

ところが、アメリカではアメリカの先住民は古代イスラエルの民の一部が渡った人達と主張し、何度も船出して最後に行方不明になった人たちの記録があるのです。

 

これは、偶然でしょうか。

 

日本に来たユダヤ人は、日本の正月の風習に興味を持つのです。

日本人も過ぎ越しの祭りをするのかと気になるわけです。

鏡餅は彼らの供える種入れぬパンを積み重ねる風習と似ていると面白がっています。

七日間という長さや、餅や七草のような食べているものの類似、ともに神を迎える行事であることです。

 

日本の神社と似ているのは、古代イスラエルや古代エジプトの神殿であるのです。

特に日本古来の山岳信仰と古代エジプトのピラミッドコンプレックスつまりピラミッド複合体を対比して、ピラミッドを御神体とする拝殿とその前に配されるスフインクスが山をご神体として拝殿や狛犬が配される神社の古い形の原型と吉村作治教授は指摘しています。

 

アメリカ大陸を船出した人々がヨーロッパやアフリカに行っていれば、彼らは記録や伝承に残しているはずだが、残っている話は聞いたことがないです。

一方、沖縄にはニライカナイと言う東方の地を祖先が旅立った場所と語る伝承があるのです。

 

そして、日本には古代中東の遺伝子があるのです。

 

日本は、中東で発生した人類が東回りと西回りで進んできて再び合流した土地としかかんがえられないです。

何しろ、シベリアにもアイヌの親戚がいるし、シベリアのバイカル湖畔に住むブリヤート人には秋田美人にそっくりな人達が多くいます。

こんな風に、日本には世界各地の人たちと似た顔があるのです。

言い換えれば、世界各地に日本人と似た顔の人が住んでいるのです。

中東が人々の発祥の地と見られているが、東回りと西回りで移動して来た人達は世界各地に人を散らばしながら、日本にやって来たと見る方が自然でしょう。

 

歴史学者とクリスチャンの違いは、それを一万年単位の昔と見るか、ノアの箱舟の後のバベルの塔の頃と見るかの差です。

アブラハムやイサクやヤコブの子孫が日本に来ている可能性がありと見るかどうかの差も、面白いです。

 

彼らは、そうだよね、確かにそうだと、頷きながら聞いてくれました。

私が一方的に話過ぎたことを詫びると、面白い話をきけて楽しかったと言って、にこやかに握手の手を差し出してくれました。

 

私も笑顔で握り返してその晩の久々の語らいは終わりました。

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本当にこれって原罪?

アダムとイブが蛇にそそのかされて、禁断の木の実を食べてしまう話は、聖書を知らない人でも一度は聞いたことがあるでしょう。

 

ここは、創世記の中でも、有名かつ、結構重要な個所です。

 

ある意味、聖書の一番の肝と言える部分でしょう。

 

なぜなら、この出来事がアダムとイブの楽園追放に繋がっていくからです。

カトリック教会のステンドグラスや壁画には、裸でエデンの園を追われる失楽園が描かれ、数々の名作も残っています。

 

多くの教会が原罪と位置づける部分であり、イエス生誕はこのアダムとイブの堕落からの救いとして説いているからです。

 

だが、本当にその解釈で良いのでしょうか。

 

アダムとイブは、皮の着物を与えられてエデンの園を出ているのですよ。

 

創世記 3 21

主なる神は人とその妻とのために皮の着物を造って、彼らに着せられた。 

 

では、問題の個所を見ていきましょう。

創世記 3 45

4 へびは女に言った、「あなたがたは決して死ぬことはないでしょう。 

5 それを食べると、あなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです」。

 

ここは新共同訳でもこう訳されています。

創世記 3 45

4 蛇は女に言った。「決して死ぬことはない。 

5 それを食べると、目が開け、神のように善悪を知るものとなることを神はご存じなのだ。」

 

ところが欽定訳(キングジェームスバージョン)ではこう訳されています。

Genesis Chapter 3 verse 4~5

4 And the serpent said unto the woman, Ye shall not surely die:

5 For God doth know that in the day ye eat thereof, then your eyes shall be opened, and ye shall be as gods, knowing good and evil.

5節の訳はほとんど変わりません。

 

問題は4節です。

Ye shall not surely die:

この言葉は神がアダムに告げた“thou shalt surely die” 217節)の“surely die”を受けたものです。

thou shalt surely die”は「あなたに禁ずるよ必ず死ぬからね」と言うことです。

そこでイブも、“lest ye die”33節)「死んではいけないから」と答えています。

surely”は「間違えなく」「確かに」と言う意味です。

また、“shall”は「そうする」「そうなる」「そうするつもりだ」「そうするべきだ」と言う意味です。

そこで” Ye shall not surely die”は「あなたが死ぬと決まってはいない」とも解釈可能となるでしょう。

蛇はこの言葉の裏に、「神が言ったからって、真に受けない方が良いよ。神はあなたたちを脅かしてるだけだから」という気持ちを込めているのです。

蛇は「ここでアダムとイブに死なれちゃ困るという神の本音を私は知ってるよ」とほのめかしたと言えるかもしれません。

でも、神は蛇、つまり、サタンがそこを見透かしてアダムとイブをそそのかすことまで見抜いておられたわけですね。

 

神様の方が一枚上手というか、ある意味ずる賢いというか、でもそれくらいじゃないとサタンの上にいられないですよね。

神様は、わたしたちに「ここまでおいで」と言うのでしょうけど、かなりのむちゃぶりですよね。

マタイによる福音書 5 48

それだから、あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい。 

だからこその、救いの計画なのでしょう。

神の深い読みと、深い愛に改めて感謝。

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ロシアとイエスと?

イエス様は復活されたあとにロシアを訪れたのでしょうか?

 

おそらく多くの人たちが、聞けば耳を、見れば目を、疑うであろうこの言葉は、モルモン教jpというサイトにある記事のタイトルです。

 

わたしは目の前の「それ」をじっと見つめていました。そしてようやく「ありがとう。」とつぶやくので精いっぱいでした。誇らしげにわたしの面前に立っているロシア正教祭司に対して贈り物をくれたことへの感謝の気持ちを思うように伝えることができませんでした。19925月、やや大柄なこのロシア正教の司祭はロシアでのバプテスマ1,000周年を記念するレコード盤を贈り物としてくれました。

 

文章はこういう書き出しで始まります。

 

問題はこのレコード盤の表紙にありました。

 

そのレコーダ版の表紙の絵は、ロシア正教の画家、ミハイル・ネステロフが1,900年ごろ描いた『聖なるルーシ』で、レニングラード、今のサンクトペテルブルクのロシア画廊に現在展示されているといいます。

 

 「それは何を描写しているのですか?」

 「わたしたちの救い主が古きロシア、またはルーシを訪れているところです。」…「わたしたち誰もがその話を知っていますよ。」

由来を尋ねると、古代ロシア昔話、イエスが復活後にロシア人を訪れた物語を描いていることを教えてくれたといいます。

 

 「彼の後ろにいる光輪の訪問客はどなたですか?」

  祭司は微笑んで、イゴールの通訳を介して「ネステロフは愚か者ではありませんでした。彼は当時の教会の3人の指導者であったペテロ、ヤコブ、ヨハネが立っている様子を描きました。」

 

著者はメトロポール・ピティリムと呼ばれるロシア正教会の最高権威者、及び教会管理評議会議長である人物にも、この絵について尋ねています。

 

 昼食をすませ、本部のツアーが終わったあとに、わたしは彼にキリストが古代スラブ人を訪れている様子を描いた絵画を知っているか、と尋ねました。彼は知っていると答え、それは特別なレコード盤の表紙に使われており、原画は教会所有の書庫に保管されていることを教えてくれました。私は彼に画家がどこからその場面の構想を得たのかを尋ねました。

 彼は厳かにこのように語りました。「その絵はキリストが死後スラブ人、つまりロシア人の先祖を訪れて福音を伝えたという古代昔話に影響を受けています。キリストに耳を傾けたのは農場や田舎にすむ謙遜で身分の低い人たちです。彼らはキリストの名を受けました。その名はキリル文字ではなくわたしたちの文字ではクリスチャニィと音声表記されます。ロシア語で農民のことをクリスチャニィと呼びます。キリストを信じるものは主の名をその身に受けました。」

 

他の正教会祭司たちからも同じ物語を聞いたというから、ロシアではよく知られた話なのでしょう。

 

著者はメトロポール・ピティリムにキリストが実際に現在のロシアとウクライナの地を訪れたことを信じているか尋ると、こう答えたそうです。

「その可能性は大いにあります。しかしおそらく使徒アンドレが現在のロシアを最終伝道の時に訪れたのではないでしょうか。しかし、絵画のなかに描かれたとおりかもしれませんね。」

 

ようは、昔話の通りかもしれないが、使徒アンドレの話が元になっているのかもしれない、本当のところはよくわからないというのが本音なのですね。

 

アンドレはアンデレとも呼ばれる12使徒のひとりで、小アジアとスキタイで伝道し、黒海に沿ってヴォルガ川まで行ったと伝えられています。そのため、アンデレはルーマニアとロシアの守護聖人になりました。

伝説上ではアンデレはビザンティウムの最初の司教であり、そのため正教会のコンスタンディヌーポリ総主教庁は初代総主教をアンデレとしています。

 

アンドレの布教がいつの間にか、イエスが訪れた話になったと考えるには、現地の人々には記憶が生々しくて無理がある気がします。

 

だが、12使徒のひとりとなると、気になることがあります。

 

何しろイエスは、「異邦人の道に行くな。またサマリヤ人の町にはいるな」と前置きしてこう言っています。

 

マタイによる福音 106

むしろ、イスラエルの家の失われた羊のところに行け。

 

アンデレも12使徒のひとりである以上、その布教先はイエスの指示通りでないといけないはずですよね。

 

となると、これらの地域はイスラエルの家の失われた羊が確かにそこにいると言えないといけないはずです。

 

さらに言えば、昔話通りキリストが訪れたとしたら、どうでしょう。

 

マタイによる福音書 15 24

するとイエスは答えて言われた、「わたしは、イスラエルの家の失われた羊以外の者には、つかわされていない」。

 

アンドレであろうとイエスであろうと、イスラエルの家の失われた羊以外の者にはいかないと聖書にはあります。

 

スラブ民族はなおのこと、イスラエルの家の失われた羊の可能性が高くなってしまうではないでしょうか。

 

これらの聖句も、同じことを場面に応じて言い換えていると見るべきでしょう。

 

ヨハネによる福音書 10 16

わたしにはまた、この囲いにいない他の羊がある。わたしは彼らをも導かねばならない。彼らも、わたしの声に聞き従うであろう。そして、ついに一つの群れ、ひとりの羊飼となるであろう。

 

ルカによる福音書 19910

イエスは彼に言われた、「きょう、救がこの家にきた。この人もアブラハムの子なのだから。 人の子がきたのは、失われたものを尋ね出して救うためである」。

 

なぜ私が、ロシア人、実際には祖先であるスラブ人のもとをイエスが訪れたという昔話にこれだけこだわるか。

 

それは、日本語はロシア語、トルコ語、朝鮮語の接触と混交から生まれたと主張している笹谷政子著「日本語の起源」に接したからです。

そして、シベリアにアイヌの親戚にあたる民族がいたり、秋田美人にそっくりな人たちが大勢いるという情報に、以前から接しているからです。

 

さらに言えば、縄文時代のヤマネコの謎を辿ったら、まるで今の中国の版図を挟み込むようにヤマネコ分布が広がっていたが、中東から日本へのルートをなぞっている印象さえ受けたからです。

北回りのルートは、ロシアを横切っています。

 

ロシアについてもっと情報が欲しいと思っていたところで、この本やこの記事に出会ったのです。

 

スラブ人の起源はどこにあるのか、なおさら気になってきました。

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真の教会はどこに?

聖書には象徴で描かれていて、よくわからない文章が多いですが、これもその一つです。

 

イザヤ書 4 

 

1 その日、七人の女がひとりの男にすがって、「わたしたちは自分のパンをたべ、自分の着物を着ます。ただ、あなたの名によって呼ばれることを許して、わたしたちの恥を取り除いてください」と言う。 

2 その日、主の枝は麗しく栄え、地の産物はイスラエルの生き残った者の誇、また光栄となる。 

3-4 そして主が審判の霊と滅亡の霊とをもって、シオンの娘らの汚れを洗い、エルサレムの血をその中から除き去られるとき、シオンに残る者、エルサレムにとどまる者、すべてエルサレムにあって、生命の書にしるされた者は聖なる者ととなえられる。 

5 その時、主はシオンの山のすべての場所と、そのもろもろの集会との上に、昼は雲をつくり、夜は煙と燃える火の輝きとをつくられる。これはすべての栄光の上にある天蓋であり、あずまやであって、 

6 昼は暑さをふせぐ陰となり、また暴風と雨を避けて隠れる所となる。

 

口語訳では3節と4節が合わせて訳されているけど、新共同訳では分けられています。

 

イザヤ書 4

 

1その日には、七人の女が/一人の男をとらえて言う。「自分のパンを食べ、自分の着物を着ますから/どうか、あなたの名を名乗ることを許し/わたしたちの恥を取り去ってください」と。

2その日には、イスラエルの生き残った者にとって主の若枝は麗しさとなり、栄光となる。この地の結んだ実は誇りとなり、輝きとなる。 

3そしてシオンの残りの者、エルサレムの残された者は、聖なる者と呼ばれる。彼らはすべて、エルサレムで命を得る者として書き記されている。 

4主は必ず、裁きの霊と焼き尽くす霊をもってシオンの娘たちの汚れを洗い、エルサレムの血をその中からすすぎ清めてくださる。 

5主は、昼のためには雲、夜のためには煙と燃えて輝く火を造って、シオンの山の全域とそこで行われる集会を覆われる。それはそのすべてを覆う栄光に満ちた天蓋となる。 

6昼の暑さを防ぐ陰、嵐と雨を避ける隠れ場として、仮庵が建てられる。

 

キングジェームスバージョン(欽定訳)でも、3節と4節は分けられています。

 

Isaiah Chapter 4

 

1 And in that day seven women shall take hold of one man, saying, We will eat our own bread, and wear our own apparel: only let us be called by thy name, to take away our reproach.

2 In that day shall the branch of the Lord be beautiful and glorious, and the fruit of the earth shall be excellent and comely for them that are escaped of Israel.

3 And it shall come to pass, that he that is left in Zion, and he that remaineth in Jerusalem, shall be called holy, even every one that is written among the living in Jerusalem:

4 When the Lord shall have washed away the filth of the daughters of Zion, and shall have purged the blood of Jerusalem from the midst thereof by the spirit of judgment, and by the spirit of burning.

5 And the Lord will create upon every dwelling place of mount Zion, and upon her assemblies, a cloud and smoke by day, and the shining of a flaming fire by night: for upon all the glory shall be a defence.

6 And there shall be a tabernacle for a shadow in the daytime from the heat, and for a place of refuge, and for a covert from storm and from rain.

 

口語訳では「滅亡の霊」と訳された個所は、共同訳では「焼き尽くす霊」、欽定訳では“burning”となっています

burning”とは、「非常に熱い」「燃えるような」と言う事です。

 

そうなると「審判の霊と滅亡の霊」による洗い清めとは「聖霊と火」によるバプテスマの事かもしれません。

 

マタイによる福音書 3 11

 

わたしは悔改めのために、水でおまえたちにバプテスマを授けている。しかし、わたしのあとから来る人はわたしよりも力のあるかたで、わたしはそのくつをぬがせてあげる値うちもない。このかたは、聖霊と火とによっておまえたちにバプテスマをお授けになるであろう。

 

主はシオンの山のすべての場所と、そのもろもろの集会との上に、昼は雲をつくり、夜は煙と燃える火の輝きを…とあります。

もっとも欽定訳では“a cloud and smoke by day, and the shining of a flaming fire by night”とあって、昼は雲と煙で夜は火があることになっていて日本語訳との違いがあるのが少し気になりますが。

 

この箇所は、出エジプトの雲の柱と火の柱を連想できます。

 

出エジプト記 13

 

21主は彼らの前に行かれ、昼は雲の柱をもって彼らを導き、夜は火の柱をもって彼らを照し、昼も夜も彼らを進み行かせられた。 

22昼は雲の柱、夜は火の柱が、民の前から離れなかった。

 

イザヤ書では、雲や火に覆われるかの印象を受けます。

口語訳、新共同訳、ともに「天蓋」と訳しています。

そして欽定訳では“defence”となって、守られている事がより強調されています。

 

こうなると神の御霊に包まれ守られない事には、ここにいることもままならないでしょうから、攻めてくる敵はまずないでしょう。

となると気になるのは、一人の男にすがる七人の女です。

 

「女」も聖書で複数の意味で用いられる言葉の一つですね。文字通りの人としての「女」、教会や町の象徴としての「女」。ここでは教会の象徴と見て解釈しました。

七を「神の象徴」と見たのは創世記で七日目に神が休まれたからです。

それに、一般的な解釈としても七は特別視されることが多い数ですよね。

 

女を教会と見ると、黙示録の七つの教会が連想できます。

七を神の象徴と見れば「七人の女」は「神の教会」ということでしょうか。

「自分のパンをたべ、自分の着物を着ます」も「私たちは自分の報いを自分で受けます」と言う事でしょうか。

 

「ただ、あなたの名によって呼ばれることを許して、わたしたちの恥を取り除いてください」もまたこうなるでしょうか。

 

「主なるイエスの名によって呼ばれることを許して、わたしたちの罪を清めてください」

シオンの娘もまた、教会の聖徒の事かもしれません。

 

そうなると、このイエスの名による神の教会とは何かとなります。

 

神がイエス・キリストによって作られた教会と間違えなくいえるのは、イエスの時代の教会です。

教会の聖徒であると安心するだけではなく、神に守られるにふさわしくあれと言う事でしょうか。

 

自分はそうなれているか、祈りによって導きを求めていくことが求められていると言う事でしょうか。

 

自分の集っている教会はイエス・キリストの教会と名乗るにふさわしい状態か、自分はキリスト者、クリスチャンを名乗るにふさわしい心でいるのか、神に常に問いかけ自らを律している事の大切さを説いている聖文なんでしょうね。

 

マタイによる福音書 7 21

わたしにむかって『主よ、主よ』と言う者が、みな天国にはいるのではなく、ただ、天にいますわが父の御旨を行う者だけが、はいるのである。

 

キリスト・イエスもこうおっしゃっておられますから。


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日本人はもっと議論とは何か、知った方が良い。

日本人の多くは、議論の仕方を知らなすぎるように思えます。

「弁証法」と言う言葉や思想があります。

弁証法とは「対立する立場や要素同士が、対立しつつ相互に依存しあい、相互に依存しあいながら対立しあうことを通じて物事は展開し発展する」と言う考えを表しています。

似た発想は、実は古代思想の陰陽にもあります。

「対立する立場や要素同士が、対立しつつ相互に依存しあい、相互に依存しあいながら対立しあうことを通じで物事は展開し発展する」ありさまを「弁証法」と言うのは建設的な議論はまさにこの様なものだからに、ほかなりません。

 

論破は議論の一つの側面だが、議論のすべてではないのです。

日本人はこれを知らなすぎませんか。

これは日本人の集団の原点が、親子や兄弟に代表される上下関係だからではないでしょうか。

このような関係では、相手を従わせることは相手の意見を論破し封じ込め黙らせるしかない、どうでしょうか。

 

集団の方針を徹底させることが最優先な場では、自由な意見交換は結束を乱すとして排除されてきたのではないでしょうか。

自由に意見を述べさせていると言う人もいるでしょう。

それでは、彼らが出した意見は、どれだけ決定に反映されていますか。

言いたいことは一応言わせたし、聞いてやった、文句あるかという口実にしてるのではないですか。

 

論破か服従が全て、これでは議論するという文化が生まれる余地は少ない、そう思いませんか。

 

欧州世界で弁証法と言う発想が芽生えたのは、社会は独立した個人の集合だったからでしょう。

独立した個人の集合である社会の場合、論破と服従ではかえって新たな対立と混乱の火種を抱える結果となるでしょう。

みんなの納得するより良い意見に議論を収束させ丸く収める必要があったからだ、そう思えます。

そのために弁論術が発展してきたのでしょう。

 

より説得力をつけ主導権を得る事が、議論では大切になってきます。

議論に説得力をつけるには、何よりもまず論理的でなければならないのです。

感情的議論は水掛け論に終わります。

 

哲学は、議論を戦わせる人達に論理と言う便利な道具を与えました。

弁証法と言う発想もこういう世界だから生まれてきたのでしょう。

議論も万物を貫く哲学に従う方が好ましいからです。

議論に普遍性があるかないかで、説得力に大きな差が出てきます。

 

「私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」

18世紀のフランスに生きた哲学者ヴォルテールの言葉です。

言論の自由は、これくらいの覚悟があってはじめて守り通すことができる、違うでしょうか。

多くの人たちがこの気持ちを共有できてこそ、言論の自由は本物になる、違うでしょうか。

 

このような考えが当たり前になれば、意見を言う事も命がけではなくなりますよね。

「私はあなたの意見には反対だ、だからあなたには黙っていていただきたい」

たとえ言葉で言わなくとも、無言の圧力が周囲からかかるようでは、ちょっとした感想でさえ言うのは命がけに近くなる、違うでしょうか。

今、漫才師の村本大輔氏の発言が多くの人たちによって取り上げられて、賛否両論が出ています。

だが、村本大輔氏の意見を批判してる人の多くは、お前の意見を私に押し付けるなと言う立場に見えるのは気のせいですか。

だが、村本大輔氏は自分の思いを言っているだけで誰にも押し付けてはいないのではないでしょうか。

むしろ批判している人たちの方が、自分の意見に村本大輔氏は従えと押し付けているようにさえ思えてくる。

どうでしょうか。

 

あるいは、芸人は芸だけしてればいい、余計なことは言うなと言わんばかりの声もあるようです。

多分その人も、何々の分際でそのような口をきくか、黙って従っていればいいという環境に飼いならされてしまっているのではないか、そんな気がしてなりません。

 

例えば、村本大輔氏の「殺すくらいなら殺される方を選ぶ」と言う発言に賛否があるのです。

私はそれは嫌だという人は、その考えを押し付けるなと言う意見が多いように見えます。

内容の是非以前に、私は従うのまっぴら御免と門前払いして、彼の議論に勝とうとしているとさえ思えるのです。

村本大輔氏は自分はこうしたいと言っただけで、あなたもそうしてくれとは言っていない、違うでしょうか。

 

意見を言うこと=押し付け、ならだれもモノが言えなくなるじゃないですか。

日本人ももっと、議論をするとはどういうことか、一から学びなおす方が良いように思います。

違うでしょうか。

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