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2018年9月9日 - 2018年9月15日

性教育は知識の前に伝えるべきことがあるはず。

性教育と言うと、何歳から何をどう教えたらいいか、悩む人は多いと思われます。 

 

軽はずみなセックスはして欲しくはないが、特定の宗派の教義や特定の思想で縛りたくないし、縛られたくない。 

そう考える人は少なくないのではないですか

 

だったら、子供たちにこう聞いたらいいのではないですか。

 

あなたたちはどんな親になりたいですか。 

それはなぜですか。 

そうなるには、どうしたらいいと思いますか。 

 

あなたたちはどんな親になりたくないですか。 

それはなぜですか。 

そうならないためには、どうしたらいいと思いますか。 

 

子供たちには、思っている通りに素直に話してもらい、大人の考えを押し付けることなく一緒に考えた方が良いでしょう。 

 

子供たちに体の性差について聞かれたらパニックにならないで、あなたのような可愛い子供に会うためにあると、言えば良いでしょう。 

あなたに会うために、お父さんに命の元をもらったのとか、お母さんに産んでもらったんだよ、とか言えば良いでしょう。 

 

違うでしょうか 

 

その後は、その子の理解力に応じて話せば良いでしょう。 

 

違うでしょうか 

 

あなたが子供たちと普段からどれだけ話しているか、お互いの理解を深める話し合いがどれだけ出来ているか、問われるのでないでしょうか

 

幸せな家庭、愛のある家庭、お互い思いやりのある家庭、そのためには、私は、私たちは、何を考えてどうしたらいいかを、普段から当たり前のように考えられる子供たちに育って欲しい。 

 

そう思う事に、宗派や思想は関係あるでしょうか。 

これに異論を唱える人は、どれだけいるでしょうか。 

性教育は、この想いをどうやって子供たちに伝わるかを基本に据えて創り上げていく方が良いのではないでしょうか。 

 

性教育の基本は、まず、大人たちから子供たちに、あなた方を愛している、あなた方を大切に思っている、その気持ちを伝える事からはじめるべきではないでしょうか。 

 

それには、普段から子供たちにその思いが伝えるように接していないとだめではないでしょうか。 

 

そうでなければ子供たちに、大人はずるいと思われて警戒されるだけではないでしょうか。 

 

何をどう教えたら良いか悩む前に、まず、心のボタンをかけなおした方が良いのではないでしょうか。 

 

話はそれからではないでしょうか。

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木村鷹太郎と混一疆理歴代国都之図もし出会っていたら。

明治・大正期に活動した歴史学者哲学者言語学者思想家翻訳家で、独自の歴史学説「新史学」の提唱者として知られる木村鷹太郎の邪馬台国エジプト説による魏志倭人伝解釈は、このようになると言います。

 

帯方郡 

 ケルト人の国である。ケルト(Kelt)は「帯」を意味するギリシア語ケレト(Keletos)が語源である。ケルトは古代のドイツ、フランス一帯の称。『魏志倭人伝』の旅行者は現在のヴェネツィア付近から出発した。 

 

韓国 

 ガラ(Galla=Gallia)[ガリア]すなわちイタリア北部の総称。 

 

狗邪韓(くやかん)国 

 イタリア半島の南東部、カラブリア地方。カラブリアは「化粧」の意味で、そのギリシア語名はクジォ Xyo つまり狗邪(クジャ)である。 

 

瀚(かん)海 

 アンブラギア湾(ギリシア西岸)。瀚(ハン)は「ワニ」の意で、神功皇后が西征の時出発した和珥津[わにつ]=ワニツア Vonitsa の所在地である。

(神功皇后は第14代仲哀天皇の后で、第15代応神天皇の母。「記紀」では朝鮮半島南東部にあった新羅を「征伐」したことになっているが、事実かどうか疑わしい。『日本書紀』では卑弥呼と同一人物とされている。) 

 

壱岐(いき)国 

 アンブラギア湾の南方、リューキ(Leuci)島(レフカス島)である。 

 

末廬(まつろ)国 

 ギリシア、ペロポネソス半島の西北にあったアハヤ国のオエノエである。オエノエ(Oenoe)はラテン語でマツロ(Maturo)である。 

 

伊都(いと)国 

 イツ(Ithys)は神を祭り斎く所の意。マンチネヤ(マンティネイア)と推定できる。これは末廬の東南にある。 

 

奴(ぬ)国 

 ペロポネソス半島東部、アルゴリス国のアルゴス府である。「アルゴス」は船の意、船はギリシア語で「ナウ Naus 」と言い、これが「ヌ」となった。 

 

不弥(ふみ)国 

 アルゴリス国のハーミオネ(Hermione)府である。語尾を略せば「ハーミ」で、これが「フミ」になった。 

 

投馬(とうま)国 

 クレタ島である。不弥国の南にある。クレタ島の伝説にある怒牛タウロメノス Tauromenos がタウロマ、タウマと変化した。これがクレタ島の別名となった。

(木村自身の書いた『日本太古小史』では以上のようになっているが、戸高一成氏による木村説の引用によれば、「クレタ島の首都はゴーチナで、その語源はゴルゴス Gorgos で悍馬(あばれ馬)を意味する。あばれ馬に人が乗ろうとするとすれば投げ出される、すなわち『投げる馬』である」という説になっている。) 

 

邪馬台(やまたい)国 

 エジプト、スエズ付近である。投馬国から南下して東へ陸行すればエジプトに到達する。 

 

狗奴(くぬ)国(邪馬台国の南) 

 エジプト南部のクネ Kumne(あるいはクメ Kumme)。垂仁天皇の行幸があった来目(くめ)の高宮の所在地である。

 

(望夢楼http://boumurou.world.coocan.jp/より引用。)

 

木村鷹太郎にとって、日本人とは、古代エジプト人で、古代ギリシア人で、しかも古代ローマ人であり、かつてアフリカ、ヨーロッパから東アジアに至る版図を支配していた優秀な民族であったというのです。

 

古代エジプトも古代ギリシアも古代ローマも私も日本のルーツとして、注目してきた地中海の国々です。

 

流石に木村鷹太郎の説を丸吞みするわけにはいかないが、アジアにおける日本人の移動の中でこれらのルートが反映されている可能性ならあり得るでしょう。

 

混一疆理歴代国都之図(こんいつきょうりれきだいこくとのず)」と言う1402年に李氏朝鮮で作られた地図の写本が、今日まで伝わっています。

 

地図は先人が使っていたものをとことん使い、その古い地図に新しい情報や知識で付け加えたり修正をしていた時代が長かったのです。

全てを最新情報に基づいて作図した地図は、歴史的にはつい最近現れたばかりと言って良いです。

 

この混一疆理歴代国都之図では、日本列島は朝鮮半島の南に九州を上に南北が逆さまに描かれています。

間違えと言うのはたやすいが、魏志倭人伝の記録をはじめとする様々な情報を駆使してこの地図の日本列島の描写のオリジナルは作られたはずと考えると、笑えなくなってくるのです。

 

魏志倭人伝の時代の日本は、混一疆理歴代国都之図に描かれた逆転した姿であったと考えれば、全てつじつまがあってきます。

 

この地図でなら、魏志倭人伝の通り辿れば間違いなく今の沖縄の緯度近くにある邪馬台国に辿り着くのです。

 

混一疆理歴代国都之図が証拠として認められたなら、九州説は完全に論破されるでしょう。

問題は、こんなに短期に日本列島は逆転するのだろうかと言うことです。

 

だが、地球の事は私たちの足元にもかかわらず、悲しいくらい何もわからないと言って良いのです。

地震の予兆や雨の正確な予想さえまだできていないのです。

ノーマークな想定外の場所で想定外の原因で起こる、地震だってあるのです。

地下の事や深海底の事は、未知なこと、謎の方が多いと言って良いでしょう。

 

木村鷹太郎は、『魏志倭人伝』の旅行者は現在のヴェネツィア付近から出発したと主張し自説を展開するのです。

 

逆転日本列島を前提に魏志倭人伝の行程を辿れば無理なく邪馬台国にたどり着くが、この上に木村鷹太郎説を重ね合わせると、えらいことになります。

 

古代地中海世界の地理が、極東でそっくりそのまま当てはまるということになるからです。

 

古代地中海の地理の極東への移転をやったのは誰か、木村鷹太郎がもし混一疆理歴代国都之図を知っていたなら、彼はためらうことなく日本人だというだろうと私は想像します。

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