« 戦火から国土と国民を守ってこそ真の国防。 | トップページ | 電磁波と重力波を比べてみた。 »

日本語と日本人は何処に遡れるのか。

五十音図を見て、何かを連想できませんか。


元素の周期表です。


日本語の面白いところは、一音だけで一語になっている単語がたくさんあることです。


つまり、五十音図は音素の周期表でもあるという事を意味します。


元素があわさって分子になるように、日本語は一語でも文章になっているのです。


五十音図は行を縦糸とすれば段は横糸、段を縦糸とすれば行は横糸となる、一幅の織物のようなのです。


言葉を紡ぐ、言葉の綾、日本語は一幅の織物のように出来上がっているのです。


日本語は言葉という一幅の布を纏って現れる言語なのです。

まるでエデンの園で神からもらった衣を纏ったアダムとイブ。

縄文人は古代中東で人種が分かれる以前の古代遺伝子を日本にもたらした人々であることを思えば、日本語の根底に聖書を連想できる発想が見られるのは興味深いと言えるでしょう。

更に日本には言霊と言う思想があります。

言葉は現象や存在を写し取るものだが、なぜそれが可能になるのか。

存在や現象には、それぞれに振動がありその振動がもたらす音があります。

言葉は、その音を写し取る事で成立するのです。

日本語はその一音一音に、意味を対応させる稀有な言語です。

存在や現象から写し取った音と意味が呼応している言語が、日本語なのです。

だから、万物に物霊とも言い得るものを見出す日本人は、万物を供養する民族でもあります。

となると、言霊は実は事霊でもあるとなるのです。

言霊は事霊であり物霊でもある、この重層性こそが言霊の言霊たらしめているものなのです。

正に、「はじめに言葉があった、言葉は神とともにあった、言葉は神であった」と言う聖書の言葉そのままではないでしょうか。

アイヌの生活文物が古代イスラエルと、琉球の文化が聖書と、似通っている事と合わせて見ると日本語と日本人、面白すぎますね。

|

« 戦火から国土と国民を守ってこそ真の国防。 | トップページ | 電磁波と重力波を比べてみた。 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

民俗」カテゴリの記事

歴史」カテゴリの記事

聖書・コーラン」カテゴリの記事

イスラエル・ユダヤ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 戦火から国土と国民を守ってこそ真の国防。 | トップページ | 電磁波と重力波を比べてみた。 »