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2019年5月

カムヤマトイワレビコの名前について思うこと。

神武天皇はいたとすれば弥生時代となるとされます。

神武天皇と言うのは後の世の贈り名なので、当時の記録をいくら探してもあるわけがありません。

でも、カムヤマトイワレビコと言う名前はどうでしょう。

これもまた贈り名とされます。

とは言え当然ながら呼び名はあったはずです。

恐らく、イワレビコと呼ばれていたのではないでしょうか。

ちなみにカムヤマトイワレビコを、ヘブル語で読めると唱える人たちもいます。

カム=立ち上がる
ヤマト=神の民
イワレ=ユダヤ
ビコ=初子

しかし、これを日本語として読んでもいいのではないかと思います。

カム=天と結ばれた
ヤマト=神の民←日本では山岳信仰があるので、山の神に従う民と見てもこの訳でいいと思います。
イワレ=(神の)霊とともにある
ビコ=人

五十音図自体は、今の形に整うのはもっと時代が下ります。

それは、日本語の発音の変化がある程度落ち着いてきた頃になるでしょう。

とは言え、一音一音に意味がある日本語の特徴そのものは日本語の成立した正にその時から、あったはずです。

日本人に古代中東の遺伝子があるので、ひょっとするとヤマとは「神であるヤーがおられる場所」あるいは、「神であるヤーが臨まれる場所」が語源の可能性があるかもしれません。

神武東征とは、卑弥呼亡き後乱れた倭国を九州の秦王国から出発したイワレビコが卑弥呼の後継者として台与を立てたことかもしれません。

ついでに言うと、邪馬台国は中国人が当時の日本人の二重母音の発音のために、ヤマトをヤマタイと勘違いして聞き取った結果かもしれません。

もっとも当時の日本人は中国人にヤマタイと発音されたとしても、それ程違和感を感じなかった事でしょう。

中国には、秦から日本に渡った徐福が神武となったとみる人々がいるそうです。

丁度時期が近いからでしょう。

しかしながら徐福は、中国から渡った陰陽道に通じる方士であったとされるので、卑弥呼や台与の鬼道に関わったとみる方が自然でしょう。

秦氏にはユダヤ人説がついて回ります。

少なくとも中東由来の民である可能性はあり得ます。

となると、自らを神の民=ヤマトとする思想の持ち主であってもおかしくないでしょう。

九州のヤマトである秦王国からでたイワレビコが、畿内でヤマトの国の王に収まるとしても邪馬台国連合が再び結束を取り戻せばよしとされたのでしょう。

更に邪馬台国連合が結束を強めるために、王の権限を強めることへの異論は出しにくかった事でしょう。

そして、神武は「天下を初めて治めた天皇」という意味で始馭天下之天皇(ハツクニシラススメラミコト)への一歩を歩みだしたのかもしれません。

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