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沖縄の精神的な文化の元は聖書なのか。

ディアスポラボランティアと言う言葉が、近年使われだしています。

ディアスポラは、ユダヤ人が世界中に散らされた事を指して使われる言葉として知っている人はいるでしょうね。

ディアスポラは、ヘブル語で「散らされた」を意味する言葉なのです。

ディアスポラボランティアでは、ヘブル語の「散らされた」と言う意味に注目して使われているのです。

具体的には「移民の子孫が先祖の国でするボランティア」の意味で、使われているわけです。

でも、日本は彼らの居場所がちゃんと作れる国なんだろうかと、私は不安になります。

曲がりなりにも出来るのは、過去に多くの移民を世界中に送り出してきた沖縄くらいなものかもと感じるのです。

ウチナンチュウネットワークとも言うべきものが移民の子孫を中心に世界中に広がっているが、そこで生きている精神が”ゆいまーる”です。

ウチナンチュウは、沖縄の人って意味で地元の人たちが好んで使う言葉です。

元々は循環的だった”ゆいまーる”は、今や見返りを求めない助け合いネットワークになりつつあると言います。

”ゆいまーる”の”ゆい”はつながることで”まーる”は循環するって事だから、元々の意味は仲間うちの助け合いと言うことです。

その”ゆいまーる”が、これまでのつながりの枠を超えた助け合いのネットワークに展開していると言うのです。

沖縄の文化には不思議な位聖書に近いものがあるが、これもかって感じですね。

見返りを求めない助け合いの世界的なネットワークになりつつある”ゆいまーる”、私はなぜか聖書を思い出します。

聖書には、あなたの隣人を愛し惜しみなく助けて互いに一つになりなさい、と言う教えがあるからです。

まさに”ゆいまーる”の展開は、この聖書の教えと重なって見えるのです。

どこまで聖書的なんでしょう、沖縄って。

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