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私達一人一人が国民主権獲得のために先人のどれだけの努力があったか知った方が良い。

首相だのそれぞれの省庁の長は、主権者の雇われ代行人に過ぎないのです。

そして民主主義では主権者は私達国民なので、首相以下各省庁の長に対しての指揮と監督の最終的な権限は私達国民にあるのです。

棄権や無関心は主権者たる者としての、責任逃れであると自覚した方が良いのです。

民主主義では主権者は私達国民なのだと、私達一人一人が自覚しているべきなのです。

もし、一握りの政党や政治家が憲法や法を踏みにじってしまう暴挙に出たなら彼らに断固として毅然とした態度で臨むのは主権者の責任なのです。

主権者たる国民は政治の現状に対する声を上げたらどうなるかを恐れるより、今声を上げないとどうなるかを恐れるべきなのです。

国民が主権者たる地位を得るまでに長い時間がかかったが、それを失うのは一瞬だと知るべきなのです。

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