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2021年1月

自己責任とお陰様の関係を考え直してみた。

「自己責任論」とは、全力で責任逃れと責任転嫁をする人達御用達の思想や論理や議論のことを指すのではないでしょうか。

この議論が大好きな人達は自分に危機が及ぶと手のひらを返すように「公助」を求めて絶叫するので、彼らの「自己責任論」は無視と黙殺が効果的な対応ではないでしょうか。

違うでしょうか。

各自は自己の言動に責任を持つべきなのは、言うまでもないでしょう。

人は自分の手に負えない事態になったから助けを求めるのだから、自分も同じような事態で助けてもらいたいと思うなら可能な範囲で助けて恩を売るのが保険をかけることになるのではないでしょうか。

違うでしょうか。

「お陰様で」と言う言葉があります。

私はあなたを助けた覚えはないと、言われた誰もが思うはずではないでしょうか。

ならなぜ、これをあえて言う習慣が出来たのでしょうか。

人の世は持ちつ持たれつであり、直接的に助けた覚えはなくとも巡り巡ってその人に届いている可能性は否定できないからではないでしょうか。

だから、「お陰様」なのではないでしょうか。

私が「自己責任論」を批判するのは、誰もが誰かの「お陰様」で助けられて生きているからなのです。

「公助」とは、「お陰様」の見える化にほかならない、違うでしょうか。

正確には、「公助」とは「お陰様」の中でたまたま見える化しやすい場面の担い手が公的機関やそこに協力している諸団体の活動となるでしょう。

図示するなら、全体集合が「お陰様」であり、「お陰様」の部分集合に「公助」があり、「公助」の部分集合に「共助」があり、「共助」の部分集合に「自助」がある、と言う形で表現出来るのかもしれません。

言い換えれば、「自助」は「共助」に支えられ、「共助」は「公助」に支えられ、さらに「公助」は「お陰様」に支えられるとなるでしょう。

税金とは、「公助」を支える「お陰様」を見える化する手段の一つなのかもしれません。

だとすれば私達主権者は、税金が「お陰様」を見える化するようにきちんと使われているかどうかもっとしっかり監視した方が良いのかもしれません。

違うでしょうか。

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失敗から学べないなら危機管理を充実させられない。

日本人はしばしば、悪い予想に対して「縁起が悪い」と言います。

これは「言霊」や「噂をすれば影が差す」と言う、昔から言い伝えられてきた考えと関係があるかも知れません。

だからできるだけ良い結果を呼び寄せたいと、悪い予想より良い予想をするのでしょう。

危機管理と言う立場からすれば、まずいのですがね。

しかしそうは言っても、それを改めるのは容易ではありません。

日本人が「縁起」や「ゲン担ぎ」にこだわるのは失敗を恐れるからで、もし失敗したら容易に次の機会を得られなくなるのが日本の常だからです

かつて日本人にとって仕事は自然に対するものが多く、失敗が危険と隣り合わせに成りやすいからかもしれません

一度の失敗で全てが無になるのだから、失敗は恐怖の対象なのです。

ゲン担ぎ(験担ぎ)は、ある物事に対して以前に良い結果が出た行為を繰り返し行うことで吉兆を推し量ることで、縁起担ぎの一種です。

良い結果を招くためのまじないのようなもので、良い結果をどうしても欲しい場合、不安による失敗を防ぐ心理的な効果もあるので一概に迷信と片付けられないのです。

「縁起」とは、一種の因果関係についての考えです。

因果関係を、ありとあらゆる事柄の間に見ようとするのです。

そこで、良い言霊や考えや物や出来事は良い結果を、悪い言霊や考えや物や出来事は悪い結果を、を呼び寄せたり予め告げると考えいわゆる「縁起物」を集めようとすることになるのです。

日本人の世界で本気で危機管理を根付かせるには、失敗してもやり直しが何度でも出来る環境つくりをするしかないでしょう。

より良い危機管理とは、過去から学びながら作り上げるものだからです。
もちろん、「縁起担ぎ」や「ゲン担ぎ」を全く無くすの不可能でしょう。
どんなに綿密な段取りを整えても、不安で失敗をしたら何のために備えてきたかわからなくなりますからね。
落ち着いて冷静に対処してこそ、良い結果を得やすくなるわけですから。
そのための「縁起担ぎ」や「ゲン担ぎ」は、これからも無くならないでしょう。

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この猫どこから?

北部から南西部にかけて九州山地や霧島の山々に囲まれて宮崎県の南西部に位置する小林市は知っていたが、字小林で検索をかけてみて驚いたのです。

字小林は、東北で結構見つかるのです。

山形県や岩手県や青森県など、東北の北三県だけでも驚く程あるのです。

地名辞典で探せばさらにあるかも知れないが、検索をかけて見つかるだけでもこれだけありました。

青森県では、十和田市大字相坂字小林、十和田市大字米田字小林、八戸市大字是川字小林、これはまだ序の口です。

岩手県では、一関市大東町大字渋川字小林、一関市千厩町大字小梨字小林、一関市大字滝沢字小林、奥州市前澤古城字小林、奥州市江刺米里字小林、奥州市丹沢郡衣川村字小林、盛岡市本宮字小林、大船渡市立根町字小林、宮古市田老字小林、興味深いのは奥州市の字小林です。

小林と言う苗字は藤原氏から出たと見られているからで、藤原氏の一族がいかにこれらの地に根付いていたかがわかります。

でも、山形県で思わず吹き出しました。

山形県では、山形市大字神尾字小林、東根市字小林、酒田市最上郡真室川町大字新町字小林、そして、なんと猫沢周辺に字小林がやたらと多いのです。

猫沢、気になる地名です。

小林は藤原氏の出とされるが、その藤原氏は秦氏の出と言われるのです。

秦氏と言えば、養蚕との繋がりはあまりにも有名です。

それに、これら小林の地名があるのは各県とも養蚕関連の信仰としておしらさまが祀られている地域なのです。

そうしてみると元をたどれば秦氏に繋がる可能性が強い小林の地名が、やたらと猫沢周辺にあるのは偶然でしょうか。

養蚕家が猫を飼っていたのは繭などをネズミから守る必要があるからで、猫沢と言われるくらいだから相当いたのでしょうか。

どうにも気になります。

猫絵の殿様などという話が出るくらい、猫を手に入れるのは大変だった時代です。

そんな地名にまでなるほどの猫、どこからどうやって手に入れたのでしょうね。

背後には、かなりの勢力がいたのでしょうか。

そう言えば、これらの市にはたいてい八幡様を祀る神社があったり、中には八幡が町の名前になっている地域があるのです。

八幡と言えば秦氏ゆかりの神社、しかも地域の名前になっている場合さえあるのは秦氏の一族がそれなりの勢力を持っていたわけです。

そして、養蚕関連のおしらさま信仰とくれば、これらの地域もまた秦氏の知られざる拠点の一つだったのでしょうか。

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