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自己責任とお陰様の関係を考え直してみた。

「自己責任論」とは、全力で責任逃れと責任転嫁をする人達御用達の思想や論理や議論のことを指すのではないでしょうか。

この議論が大好きな人達は自分に危機が及ぶと手のひらを返すように「公助」を求めて絶叫するので、彼らの「自己責任論」は無視と黙殺が効果的な対応ではないでしょうか。

違うでしょうか。

各自は自己の言動に責任を持つべきなのは、言うまでもないでしょう。

人は自分の手に負えない事態になったから助けを求めるのだから、自分も同じような事態で助けてもらいたいと思うなら可能な範囲で助けて恩を売るのが保険をかけることになるのではないでしょうか。

違うでしょうか。

「お陰様で」と言う言葉があります。

私はあなたを助けた覚えはないと、言われた誰もが思うはずではないでしょうか。

ならなぜ、これをあえて言う習慣が出来たのでしょうか。

人の世は持ちつ持たれつであり、直接的に助けた覚えはなくとも巡り巡ってその人に届いている可能性は否定できないからではないでしょうか。

だから、「お陰様」なのではないでしょうか。

私が「自己責任論」を批判するのは、誰もが誰かの「お陰様」で助けられて生きているからなのです。

「公助」とは、「お陰様」の見える化にほかならない、違うでしょうか。

正確には、「公助」とは「お陰様」の中でたまたま見える化しやすい場面の担い手が公的機関やそこに協力している諸団体の活動となるでしょう。

図示するなら、全体集合が「お陰様」であり、「お陰様」の部分集合に「公助」があり、「公助」の部分集合に「共助」があり、「共助」の部分集合に「自助」がある、と言う形で表現出来るのかもしれません。

言い換えれば、「自助」は「共助」に支えられ、「共助」は「公助」に支えられ、さらに「公助」は「お陰様」に支えられるとなるでしょう。

税金とは、「公助」を支える「お陰様」を見える化する手段の一つなのかもしれません。

だとすれば私達主権者は、税金が「お陰様」を見える化するようにきちんと使われているかどうかもっとしっかり監視した方が良いのかもしれません。

違うでしょうか。

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