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2022年2月

聖書が欧米人の例えの大半のネタになったわけを考えて見た。

欧米人の例えの元ネタの大半は、聖書です。

誰もが確実に知っている書は聖書なので、共通な例えは必然的にそうなるのです。

キリスト教を国教化したローマ帝国の文化圏に、周辺諸国が次々と改宗して加わり今に至っているからです。

だから聖書を知らないと、欧米人の例えはわからないのです。

ヨーロッパで印刷術が生まれた時、真っ先に大量印刷されたのが聖書です。

ヨーロッパの一般庶民にとっての書物は、聖書から始まっていると言っても言い過ぎじゃないのです。

bibleの意味はthe bookだが、当時の庶民にとっては聖書はまさにthe bookだったと言えるでしょう。

ちなみにbibleの語源は、実はギリシャ語の「biblia(ビブリア)」からきているとされています。

biblia」は、パルピスという植物の茎の内皮を意味する「biblos(ビブロス)」の複数形の言葉です。

パルピスは紙の原料であることから、「biblia」は小冊子や本の一部といった意味で使われました。

神の言葉を収めた聖書はまさに書物の中の書物として、the bookと言う思いを込めてbibleと呼ばれたのでしょう。

聖書はユダヤ教やキリスト教で聖典とされているが、決して堅苦しい書ではないのです。

読み物として楽しんでも、盛りだくさんな読み応えたっぷりな書なのです。

物語、歌、教訓、いろいろあって飽きないですしね。

庶民はありがたい聖典としてより、通俗読み物として楽しんだのではないでしょうか。

大量印刷された書物の最初が聖書で庶民にとっての読み物はこれしかないわけだから、いやおうなしに共通の話題のネタも聖書になるわけでしょ。

聖書が欧米人の例えのネタで大半になっても、実は何の不思議もないわけですね。

だったら聖書がありがたい聖典だと構えないで気楽に娯楽書として楽しんで、似たもの探しを面白がればそれでいいのではないでしょうか。

信仰の書になるかどうかは、その人が決めたらそれでいいのではないでしょうか。

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もっと主権者であり有権者である誇りと自覚を持ちましょう。

選挙権だの被選挙権だの、これらに「権」の一文字があるのはこれらが権利の一つだからです。

棄権や白紙投票は、国民に保証されている権利の一つを手放すのと同じではないでしょうか。

私達一般庶民が選挙権や被選挙権を手に入れるまで、どれだけの血と汗と涙が流されてきたのでしょうか。

手放すのは一瞬だが、再び手に入れるのは大変なのです。

辛口言いますけど。

この国がもっと、国民を大事にするようになって欲しいわけですよ。

それには、国民の一人一人がこの国の主権者であり有権者である誇りと自覚をもっと持って欲しいわけですよ。

棄権や白紙投票は、主権者であり有権者である立場からの逃亡以外の何物でもないと言ったら言い過ぎでしょうか。

「蟹は甲羅に似せて穴を掘る」 と言うことわざがあります。

カニは自分の大きさに合わせて穴を掘るところから、人はその身分や力量にふさわしい言動をしたり、望みを持ったりするということのたとえです。

国民の切実な要求や要望に応える意思や能力に乏しい政党や政治家が議会に多いなら、国民に政党や政治家を見る目がないって事ではないでしょうか。

役所には、優秀で有能な人材がたくさんいるのは皆さんも知っているでしょう。

優秀で有能な役所の人材を、国民の切実な要求や要望に応えるために使いこなす意思と能力のある政党や政治家を見抜いて選ぶのは有権者の責任だと思いませんか。

要求や要望に応えるために役所を使いこなす意思と能力のない政党や政治家が多いなら、それも有権者の責任だと思いませんか。

棄権や白紙投票が多いって事は、優秀で有能な役所の人材を、国民の切実な要求や要望に応えるために使いこなす意思と能力のある政党や政治家を見抜いて選ぶ意思や能力が私には乏しいと言っている有権者が多いって事じゃないのでしょうか

違うでしょうか。

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