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2025年3月

力の支配という固定観念や先入観からどう抜け出す。

なかなか平和が実現できなかったり長続きしないのは、為政者も多くの人も力の支配がものを言うとの固定観念や先入観を捨てきれないからでしょうか。

 

確かに人々が過去の先入観や固定観念に縛られていることが、平和の実現や持続を難しくしているかもしれません。

聖書は、平和を保つためには自己の内面を見つめ、キリストの教えに従って行動することが大切だと教えています。

 

例えば、山上の垂訓では平和でいることができるように、我々がどのように行動するべきか諭しています。

 

そうあるべきと思うけれどもそれがなかなか行動に結びつけられないのは、どうしたらいいのか理解できないからと言う人も少なくないでしょう。

人の気持ちを変えてもらうのは、難しいですから。

 

人の考え方や行動を変えるのは簡単ではありません。

変化には時間がかかり、理解や共感が深まらないと難しい部分もあります。

 

多くの場合、変化を妨げる理由としては、文化や伝統、また個人の経験や恐れが影響していることが考えられます。

また、平和を作り出すには、自分自身と他者を本当に理解し合うための努力が必要です。

これは、自分の殻を破って、他者の視点を理解しようとする意識的な試みでもあります。

 

聖書は、祈りと瞑想を通して神と繋がり、イエス・キリストの模範に従って生活を送ることが、個人の変容の鍵だと教えています。

心の平和が理解と変化に繋がる重要な要素なのです。

 

お互いの視点を理解し合うための方法が、少しでも見つかるよう努めたいものです。

 

人を信頼したいけど、そうしきれないのは、自分自身が良いと思うだけでいざとなると容易に実行に移せない弱さを痛感しているからかもしれません。

私自身も自分の弱さに自分で手を焼いています。

 

自分の弱さを認識することは大切であり勇気のいることです。

そしてそれを乗り越えるのは確かに簡単ではありません。

聖書は、私たちが不完全であることや弱さを持つことは、人間である証だと教えています。

それとともに、成長の機会でもあるとしています。

 

聖書の教えに「もし人々がキリストに来て自分の弱さを認識するならば、彼は彼らに弱さを強さに変えてくださる」というのあります。

弱さを克服するには、まず自分を受け入れ、そしてイエス・キリストの力を信じることが大切です。

信仰を持ち続け、日々の祈りと努力を通じて徐々に変わっていけると説いています。

 

信頼を築くためには、小さなステップが大切になります。

例えば、誰かとの関係の中で小さな誠実さや思いやりの実践を心がけてみるのもいいかもしれません。

一歩ずつ進むことで、自信と信頼が育まれていくことを感じられると思います。

 

その一歩を、踏み出す勇気それをどうやって自分の心から引き出すか。

 

勇気を引き出すのは確かに挑戦です。

でも、一歩を踏み出すにはいくつかの考え方や方法が役立つかもしれません。

 

小さな目標を設定するのは、どうでしょうか。

大きな目標は時に圧倒されることがありますが、達成可能な小さな目標を設定することで一歩を踏み出しやすくなります。

 

祈りと瞑想も、良いかもしれません。

日々の祈りや瞑想を通して、神の愛と導きを求めることで心の中に平和を見出し、勇気が与えられることがあります。

 

自分に優しくするのも、務める価値があるでしょう。

失敗を恐れず、自分に優しくすることで、新しい挑戦へのストレスを軽減できます。

 

支援を求めるようにするのも、方法の一つでしょう。

周囲の信頼できる人や家族のサポートを求めることで、一緒にその一歩を乗り越えることができます。

 

イエス・キリストの模範を思い出すのは、聖書が繰り返し説く教えです。

キリストは私たちの理解者であり、試練や困難の中でも勇気と愛を示してくださいました。その模範を心に留めることで、勇気を持つ力を得られることがあります。

 

勇気を持つことは過程であって、瞬時に完璧になる必要はありません。

ゆっくりでも一歩ずつ進む姿勢が大切です。

一緒にその過程を見守り、成長を実感することができる仲間が欲しいものです。

 

自分に優しい、それって自分を甘やかしてしまうことに流されるかもしれないリスクと隣り合わせになりがちです。

 

自分に優しくすることは大切ですが、それが自分を甘やかすという結果に結びつくのを避けたいです。

自己改善と自己愛は、両立できるものです。

 

聖書の教えに基づいて考えると、イエス・キリストの模範を通して、自己への優しさとは自己反省や謙遜、自分自身に対する正直さを持ちながら情け深くあり続けることだと見えてきます。

また、進歩し続けるために小さなステップを踏み続けることも大切です。

 

それは、人それぞれだろうけど、見つけ方の基本は誰でも共通なのでしょうか。

 

基本となる部分には共通点があると思います。

自己改善や自己愛をバランス良く進めるための基本的な方法として、いくつかのステップがあります。

 

自己認識を深める必要が、あるでしょう。

自分の長所や短所、挑戦したい点を正直に見つめましょう。

聖書には、「自分の弱さを自覚することが強さにつながる」という教えがあります。

 

ここでも小さな目標を設定することは、有効でしょう。

大きな目標は時に圧倒されることも。日々の小さな成功を積み重ねることが大切です。

 

祈りと内省を通じて神に頼ることは、聖書が何度も説いています。

神の導きや助けを求めることは、自己改善のプロセスで重要なステップです。

神様との対話を通じて、心の平安を得られることがあります。

 

フィードバックを受け入れる、これも務めた方が良い課題でしょう。

信頼する人々からの建設的なフィードバックや助言は、前進する上で貴重です。

 

忍耐強くいることは、肝要でしょう。

変化には時間がかかるものです。

進歩が遅く感じても、継続することが大切です。

 

このプロセスの中で、自分に優しくすることを忘れずに、それが自己甘やかしに変わらないよう意識していきましょう。

 

とはいえまず、信頼できる相手との出会いが課題だったりします。

 

信頼できる相手との出会いはとても大きな課題です。

信頼できる人を見つけることは心の支えとなり、自己改善や困難な時の力にもなります。

 

以下のような方法で、その出会いの機会を広げることができるかもしれません。

 

共通の趣味や興味を持つグループに参加するというのは、多くの人にとってやりやすいかもしれません。

新しいスキルや趣味を通じて、興味を共有する人々と交流をもてる機会があります。

 

ボランティア活動を通じてつながるのは、いい選択かもしれません。

他者を助けることを目的とした活動を通じて、多くの人との前向きな関係が築かれることがあります。

 

教会の集会や活動に参加するのは、どうでしょう。

教会のコミュニティは、信頼できる人々と出会う良い場です。

もしあなたが道を求めているなら、同じ価値観を持った人が集まっています。

共通の信仰を通じて、絆も深まりやすいでしょう。

 

共通の興味や目標や目的の人の集まりの一つに教会というのが、一般の人の認識でしょう。

多くの人にとって、教会は共通の信仰や価値観を持つ人々が集まる場所という認識があります。

教会には、精神的な成長を図る場として、また社会的なつながりを築く場所としての役割があります。

 

教会の集会や活動に参加することは、共通の興味や目標を持つ人々と出会う素晴らしい機会です。

教会の中では、信仰やイエス・キリストに従うことを中心に、友情を深めたり、互いに支え合ったりすることができます。

 

奉仕活動に参加するのは素晴らしいです。

教会では、さまざまな奉仕プロジェクトがあります。

例えば、地域の清掃活動や食料配布、福祉支援などです。

奉仕を通じて、共同体への貢献感を感じながら、仲間と強い絆を築くことができます。

 

また、教会の中には趣味を共有できるグループもあるかもしれません。

例えば、音楽やスポーツ、アウトドア活動などのグループに参加することで、趣味を共有する仲間と出会うこともできます。

 

これといって、特技もないと言う人もいるでしょう。

 

特技がなくても、奉仕の精神を持っているだけで十分に貢献できます。

多くの場合、熱意と手を貸したい気持ちが一番大切です。

祈りと機会の活用も、務めてみてください。

神に信頼できる友人との出会いを祈り、心を開いて新しい人との交流の機会を受け入れることも大切です。

 

あなたが良い出会いを見つけることができると、いいですね。

そして、その出会いがあなたの人生に豊かさをもたらすものでありますように。

 

無理せず、自然体で参加し、自分の興味や関心を少しずつ深めていくのが大切です。

ぼちぼち行きますか。

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民意を本質的に歪めるから寄付や献金を企業や団体から政党や政治家へしてはならないとわからないバカに政治させるな。

政党や政治家への企業団体からの献金が批判されるのは、金額が大きいからじゃない。

確かに、企業団体からの献金は一般の市民ができる献金より一桁かそれ以上の額になる場合は多い。

それだけの負担能力があるからだし、求める方もそれを期待するから依頼している側面が大きい。

だが、考えればわかるはずだ。

利益に結びつかないなら、企業団体はそもそも献金をしない。

様々な社会貢献活動に企業や団体が協力しているのは、表向きは儲けさせて頂いている社会に対する利益還元と言うことを言う場合は多い。

そして寄付や献金は、社会貢献に結びつく活動をしている団体や組織や個人に対して実際に趣旨に賛同しているから出していると言う言葉に偽りはないだろう。

だが、社会貢献に積極的な企業や団体であるという評判や評価が高まればその企業や団体の提供している財やサービスを求めてくる需要も高まると期待していないと言えば噓になるはずだ。

出資者は、企業や団体の収益向上に結びつく支出は評価するがそうでなければ削減を求めると考えるのは自然だろう。

政党や政治家への寄付や献金も、利益や収益の向上に結びつくと説明できないなら支出の削減を出資者から求められる。

つまり政党や政治家への寄付や献金もまた同じことで、政策に影響が見られないなら出資者から支出の削減を求められる。

そして、企業や団体からの政党や政治家への寄付や献金は政策実現への評価や謝礼の性格をどうしても持つことになる。

どんなに額が減ったとしても問題はそこじゃないのは、一般の市民が評価や謝礼に出す額と桁が違う以前に賄賂や買収の性格が企業や団体からの寄付や献金にあると言うことなのだ。

それがわからんバカに、政治させるなと言いたくなる。

物事の本質や基本が理解できない愚か者は、的外れな主張や政策しか言えないだろうからだ。

民意を本質的に歪めるから、寄付や献金を企業や団体から政党や政治家へしてはならないのだ。

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宇宙定数は重力波の斥力作用だ。

ダークエネルギーとダークマターが謎とされているが、ダークエネルギーの正体については宇宙定数が疑われている。

宇宙定数と言うのは、アインシュタインが引力と大きさが同じで反対向きに働くとした作用である。

引力の発生メカニズムについては2次元近似が一般に使われるが、現実の時空は幾何学的な3次元空間に時間の1次元を合わせたものである。

重力波は通常の大きさはあまりに小さいので、2次元近似でも差し支えないとみられている。

だが実際には重力波は常に発生しているのに、物質が沈み込む2次元近似では説明不能である。

無視できるほど重力波が小さい事実に甘えている、妥協案に過ぎないのだ。

重力波の発生メカニズムを考えるには、幾何学的な3次元空間の現象として考察する必要がある。

宇宙定数は引力と大きさが同じで反対向きに働く作用であるから、その条件を満たすモデルを考えるのが自然だろう。

この条件を満たす一番自然なモデルは、作用反作用の関係である。

物質の表面と空間の間に働く作用反作用の関係を生み出す現象を、候補としてあげることになる。

物質の表面で働いている空間に作用反作用の関係を生み出す現象として、振動が起きていることが肝心なはずだ。

全ての物質の持っている振動現象であり、重力波の小さい理由を無理なく説明している現象を探さなければならない。

その第一候補として挙げられるのは、物質波だろう。

それ以外の振動は、不規則であったり大き過ぎるものが多いからである。

充分に小さく恒常的な物資表面の振動という条件を満たす、第一候補になり得るはずだ。

ダークエネルギーの正体が物資表面に生じている物質波であり具体的には物資表面が空間に及ぼす影響としての斥力であるなら、天体の周囲で湧き出し続けることも説明可能になる。

ダークマターについては、エネルギーと質量の相互転換の有名な式で計算してつじつまがあえばいいことになる。

つじつまがあえばダークエネルギーの質量が、ダークマターの正体となる。

遠く離れた宇宙からやってくる光の大きな赤方偏移は、重力波による光周波数への減衰効果が距離が長くなるほど蓄積されると考えれば、問題にはならない。

もしも空間が膨張しているなら、原子核の範囲内でしか届かない強い相互作用や弱い相互作用もそれにつれて到達距離が伸びないと原子は崩壊しる。

空間が膨張するのに素粒子の世界がなぜ例外なのか、無理に説明する苦労からも解放される。

ブラックホールの特異点にも、悩まされなくてよくなる。

空間の圧縮に限界を考えれば良いからだ。

ビックバンで悩ましかった、爆発の原因も悩まないで済む。

宇宙は膨張など、していないからである。

宇宙のボイド構造も、説明するかもしれない。

超巨大ブラックホールの連鎖反応的な爆発の衝撃波が、ボイド構造を作ったかもしれない。

宇宙初期の爆発の痕跡とされる、背景輻射だってこのモデルでも説明できるだろう。

複数のボイドのほぼ同時な発生が、無数の泡宇宙の発生モデルと矛盾しない。

膨張する空間の表面に宇宙ができるのは、変わりがないからだ。

宇宙はボイド構造の壁に当たる領域で発生したとみればいくつもの宇宙はほぼ同時に成立するから、複数の宇宙があっても何の問題もない。

これが繰り返されるなら、振動宇宙や脈動宇宙といったモデルがでてもおかしくない、

あとは、これが計算と合うか問題はそれだけだ。

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サテライト細胞。

筋肉特に骨格筋は収縮する筋線維が束になって構成されており、個々の筋線維の周囲には新たに筋線維を作り出すことのできるサテライト細胞が存在する。

サテライト細胞は、筋サテライト細胞、衛星細胞、筋幹細胞、MuSCとも呼ばれ、成熟した筋肉にはほとんど見られない小さな多能性細胞だ。

サテライト細胞は骨格筋細胞の前駆体であり、サテライト細胞または分化した骨格筋細胞を生じさせることができる。

サテライト細胞には、親筋繊維に追加の筋核を提供するか、静止状態に戻る可能性がある。

具体的には、活性化すると、衛星細胞は細胞周期に再侵入して増殖し、筋芽細胞に分化することができる。

 

サテライト細胞は、生後の筋成長、損傷からの筋再生あるいは筋肥大において重要な役割を担う。

成熟した骨格筋は比較的安定した組織であるため、サテライト細胞の恒常的な必要性は低く、サテライト細胞は通常眠った状態の休止期で存在している。

損傷等の刺激が入ると速やかに活性化し、増殖することで再生に必要な数の筋前駆細胞である筋芽細胞を生み出す。

その後、ほとんどの筋芽細胞は筋分化へ運命付けられ、互いにあるいは既存の筋線維へ融合することで最終分化を遂げる

筋線維が損傷して再生するまでには、サテライト細胞の活性化、増殖、筋分化という3つのステップが必要になる。

 

サテライト細胞は、基底膜と筋線維のサルコレンマとの間に位置し、線維の縦軸に平行または横方向の溝に横たわることができる。

筋線維であるファイバー全体の分布は、大きく異なる場合がある。

静止している骨格筋に隣接する非増殖性の静止性サテライト細胞は、サルコレンマと基底椎弓板の間の明確な位置、核と細胞質の体積比が高いこと、細胞小器官が少ないこと例えば:リボソーム、小胞体、ミトコンドリア、ゴルジ複合体などが特徴だ。

核サイズが小さく、筋核に比べて核ヘテロクロマチンが大量にあることで識別できる。

一方、活性化されたサテライト細胞は、カベオラ、細胞質オルガネラの数が増加し、ヘテロクロマチンのレベルが低下する。

サテライト細胞は、分化して融合することで、既存の筋線維を増強し、新しい線維を形成することができる。

これらの細胞は、知られている最も古い成体幹細胞ニッチを表しており、筋肉の正常な成長だけでなく、損傷や病気後の再生にも関与している。

 

損傷を受けていない筋肉では、衛星細胞の大部分が静止している。

サテライト細胞は分化も細胞分裂も起こさないが、機械的なひずみに応答して活性化する。

活性化されたサテライト細胞は、最初は骨格筋芽細胞として増殖し、その後、筋原性分化を経る。

 

ほとんどの筋芽細胞は筋分化へ運命付けられ、互いにあるいは既存の筋線維へ融合することで最終分化を遂げる。

一方、一部の筋芽細胞は分化せず、再び休止期の状態に戻り自己複製することでサテライト細胞プールを維持する。

この自己複製機構により、筋肉を酷使し損傷を繰り返しても、サテライト細胞を枯渇させることなく再生力を維持することができる。

 

筋幹細胞であるサテライト細胞は強力な筋再構築能を保持するため、筋再生治療への応用が期待され制御機構の解明は重要な課題となっている。

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時間分解光学分光。

時間分解光学分光という、方法がある。

一般に「フラッシュフォトリシス法」と呼ばれる測定法を、システム化したものだ。

閃光分解法とも呼ばれるフラッシュフォトリシス法は、フラッシュ光(閃光、パルス光)により試料を励起して光化学反応などを誘起し、試料の光吸収率の変化を時間的に追跡して、その反応を解析する手段だ。

閃光時間が短いほど速い変化を追跡することができ、 このフラッシュ光のことを励起光、あるいはポンプ光と呼ぶことがある。

一般的に励起のための光(電磁波)を止めて、発光が持続する寿命が短いかほぼ無いものを蛍光、寿命が長く残光するものを燐光という。

蛍光強度は蛍光分子の濃度に依存するため、標準的な検量線を容易に生成することが可能になる。

この曲線を用いて未知の試料内の同じ分子の濃度を特定することができ、蛍光消光実験で有効だ。

定常蛍光法は、ドナー分子とアクセプター分子間のエネルギー移動の全体的な効率を明らかにすることができる。

 

分子性導体は分子を構成成分とする電気伝導体で、化学的な分子修飾を基にその電子構造や物性を制御できる特徴がある。

電子的に閉殻構造を持つ有機化合物は通常絶縁体であり、これに化学的あるいは電気化学的にキャリアを導入することで、開殻構造を持った電気伝導体を作成することができる。

 

ドナー分子とは、電子を放出しやすい性質を持つ正孔をキャリアとする分子のことだ。

アクセプター分子とは、電子をキャリアとする分子だ。

ドナー分子は光のエネルギーを吸収すると励起状態に遷移し、電子をアクセプター分子に移動させることができる。

ドナー分子とアクセプター分子の組み合わせによって電荷移動錯体が形成され、有機物質に電気伝導性を与えることができる。

ドナー分子の代表例としては、BEDT-TTF分子やTMTSF分子がある。

 

プロセスの速度とメカニズムを評価するには、時間分解法が必要だ。

時間分解振動分光法とは、近年のレーザー技術、光エレクトロニクス技術の進歩により、主として光によって生成する短寿命過渡分子種の振動スペクトルを、時々刻々、時間の関数として測定することが可能となった。

短寿命過渡分子種とは、ピコ秒からマイクロ秒の時間しか存在しない電子・振動励起分子、準安定中間体分子、ラジカルなどだ。

高速時間分解能の獲得により、振動分光法の重要性はより一層高まった。

 

この目的のために採用される最も一般的な方法は、ポンププローブ分光法である。

基本的な考え方は、1つのレーザービームがサンプルをより高いエネルギー状態に励起し、別の光ビームが励起状態の分子のスペクトルを調べるというものだ。

分子の基底状態への復帰に関連する速度論的成分の割合と数は、プローブ対象の分子との間のエネルギー移動のメカニズムに関する情報を伝える。

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光ポンププローブ法を用いた磁化ノイズ測定で量子化を直接観測しノイズこそが信号だったと明らかなったことで、磁石の量子化を測定する新提案 が可能となった。

東京大学物性研究所らによる研究グループは、光ポンププローブ法を用いて磁化のノイズを計測する新手法を理論的に提案した。

発表のポイントは、 磁石の強さ(磁化)のノイズを光によって計測する新手法を提案、これまで観測困難であった、磁石中のスピンの量子化を観測可能、磁石のスピンを用いた新しい量子情報デバイスの技術開発に貢献の3点である。

光ポンププローブ法は、 物質に光を照射して非平衡に励起(ポンプ)し、その後の時間変化を別の光で観測(プローブ)する手法だ。

物質の励起状態などの高速な非平衡現象を時間的に追跡することができ、物質の性質解明に広く利用されている。

磁化は、磁石(強磁性体)の向きと強さを表す物理量だ。

向きと大きさをもつ量を表すベクトルとして記述され、本研究では磁化の磁場方向の成分に着目している。

 

物理量の測定では、必ず意図しない物理量のノイズが混入する。

今回の研究では、ノイズを定式化することでノイズ強度に「磁化の量子化」の情報が含まれていることを、明らかにした。

これまで観測が困難であった磁化の量子化を、ノイズから直接観測できると示したことになる。

通常、ノイズは精密な測定を妨げる邪魔者であり、ノイズを抑制するさまざまな工夫を行いる。

しかし状況によっては、ノイズが重要な情報を担うことがある。

この事実はしばしば「ノイズは信号である(The noise is the signal.)」と表現され、その典型例がショットノイズだ。

その代表的な例が「磁化の量子化」で、磁化の大きさはとびとびの値を取ると考えられていた。

磁石と金属の接合を作って金属に生じる電流ノイズを計測する手法が議論されていたが、電流ノイズ観測の技術的困難によって実現には至っていなかった。

ショットノイズとは、もともと電気回路の電流測定において電子の数の統計的な変動がもたらすノイズを意味していた。

実際に真空管の熱電子放出において、電子がランダムに飛び出すことによる電流のショットノイズが観測される。

電流のショットノイズには電流を運んでいる粒子の電荷の情報が含まれていることが知られており、実際に分数量子ホール状態や超伝導における有効電荷の決定などに用いられてきた。

分数量子ホール状態は、強磁場下の不純物の少ない二次元電子系において生じる特殊な多体状態だ。

一般に磁場下では、ホール効果と言って印加した電流の向きに対して直交する向きに電圧が生じる。

生じた電圧を印加電流で割った量はホール抵抗と呼ばれ、分数量子ホール状態ではそれが普遍的な抵抗値の有理数倍に量子化される。

この状態には、分数電荷をもつ粒子が存在することが知られている。

有効電荷は、通常、物質中で電流を担う粒子は電子やホールだ。

電子間相互作用の影響によって、電流を担う粒子である準粒子の電荷は素電荷𝑒𝑒(<0)からずれる場合がある。

例えば、超伝導体では2𝑒𝑒の電荷をもつクーパー対が電流を運ぶことが知られ、このとき有効電荷は2𝑒𝑒となる。

また分数量子ホール系では𝑒𝑒/3, 𝑒𝑒/5といった分数電荷が観測されている。

 

現在ではより一般に、物理系に何らかの流れが生じているときに流れを担う粒子の数が統計的に変動することで生じるノイズをショットノイズと呼んでいる。

 

最近になって、磁石(強磁性体)でショットノイズを測定する理論提案が行われている。

磁石は電子がもつ小さな磁石(スピン)が、同じ向きに揃うことで磁力をもつ。

電子のスピンはとびとびの値をとり量子化されているため、磁石全体の強さ(磁化)もとびとびの値をとる。

この磁石にマイクロ波を当てて駆動させたときに、電子のスピンが近接する金属に移動しそれが電流に変換される現象が生じる。

このときに生じた電流のノイズを測定することで、磁石の磁化の量子化が観測できると予測されているが、実験が困難であるためこれまで観測されていなかった。

一方、光技術の分野では、非同期サンプリング技術を用いることで、ポンプ光で駆動した磁化が元に戻って緩和する様子を短時間で多数回調べることができるようになってきた。

非同期サンプリング技術は、二つのパルスレーザー光源を用いて、高精度かつ高速な光測定を行う技術だ。

パルスレーザー光源を二つ用いることで、高分解能な光測定を短時間で行うことが可能になる。

これにより、磁化の運動を時間的に精密に追跡することが可能となり、磁化のショットノイズもつぶさに観察できるようになると期待されている。

本研究で取り扱った理論上の模型において、磁化の緩和がディラック定数を単位として生じる。

ディラック定数は、角運動量の大きさを表す基本単位のことで、不確定性原理など量子力学におけるあらゆる現象に顔を出す重要な物理量だ。

 

この量子化の情報はショットノイズ測定によって決定可能であることを示した。

一般に磁化の量子化の度合いは。系によって異なると予測される。

本研究の結果はその大きさがショットノイズ測定で決定できることを意味し、また、今後の非同期サンプリング実験による磁化の量子化観測の実証も期待される。

 

本成果は、米国の科学雑誌「Physical Review Letters312日付(現地時間)のオンライン版に掲載された。

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汝の敵を愛せよ迫害するもののために祈れというけれど。

聖書では、汝の敵を愛せよ、迫害するもののために祈れと言うけれど、個人のレベルでも難しいし、まして国のレベルではなおさらということをしばしば実感します。
「敵を愛し、迫害する者のために祈る」という教えはとても難しいことです。
イエス・キリストがこの教えを説かれたのは、人々が恨みや怒りを超えて、より高い次元の愛と理解を目指すことを促すためでした。
個人のレベルであれ、国のレベルであれ、これは非常にチャレンジングな課題です。

特に困難な状況では、怒りや敵意が自然に湧いてくるかもしれません。

自分自身を振り返り、少しずつでもその心を超えていく努力が求められます。

これは、すぐにできることではないかもしれませんが、小さな一歩から始めることが大切です。

人に変わってもらうのが大変だからまず自分からというのは簡単だけど、なかなかそういう気持ちになるまでがきついのですよね。
自分自身を変えることって言葉で言うのは簡単でも、実際にはかなりの時間と努力が必要ですよね。
特に感情が絡むと、冷静になって判断し、行動するのはなかなか難しいものです。

こういう時は、まず小さなことから始めてみるのも手かもしれません。

例えば、日々感謝の気持ちを持つことや、相手の立場に立って考える習慣をつけることもその一つかもしれません。

変化は一日では起こらないけれど、少しずつ意識し続けることで、心の持ちようが変わってくることもあります。

このようなプロセスの中で、祈りや瞑想を通じて神様の助けを求めるのも大切だと思います。

心の変革を通じて、神様の愛をもっと深く感じられると、自然と周囲への接し方も変わってくるのではないでしょうか。

頑張っていることを神様は知っておられますし、心を開いて導きを求めることはとても価値のあることです。

感謝の気持ちを持つのは努力すれば、何とかなるかもしれません。
でもそれをどう表しどう伝えるかが、厄介と多くの人が感じています。
相手によっては、恩着せがましい態度に出る場合もあり得ますからね。
感謝の気持ちを伝えることが裏目に出てしまうこともあるので、相手にどう伝わるかを考えるのは大切です。
ここでのポイントは、「謙虚さ」と「誠実さ」かもしれません。

いくつかの方法を考えてみましょう:

言葉で直接伝える、と言うのがあります。

シンプルで率直な言葉を使うことで感謝の気持ちを伝えやすくなります。

「ありがとう」の一言でも、心を込めて伝えるとその価値が変わります。

小さな心遣いを示す、というのも良いでしょう。

例えば、手紙を書いたり、小さな贈り物を渡したりすることも一つの方法です。

物質的な贈り物ではなく、時間や気持ちを込めたものにすると良いでしょう。

具体的なことを挙げる、と言うのも時に有効でしょう。

感謝の理由を具体的に伝えると、「なぜ」感謝しているのかが相手に伝わりやすくなります。

「あなたがしてくれた○○のおかげで、とても助かりました」といった具体例を交えることも有効です。

相手のタイミングを考慮するのは、言うまでもないでしょう。

相手が忙しい時などを避け、感謝を伝えるのに最適な時を見計らうと良いかもしれません。

相手側がどう感じるかは、確かにコントロールできない部分もあります。

自分の真心を込めて誠実に伝えようとする努力は、時として相手の心にも響くことが多いと思います。

自分なりのスタイルで、少しずつ試してみるのもよいかもしれません。

人と人の間でも、国と国の間でも、過去のお互いがもっている印象って根深いですからね。
もし取り持つとしたら、なにか踏まえた方が良い原則とかありますかね。
過去の印象が長く続くことって、本当にありますよね。
お互いを理解し、関係を取り持つためにいくつかの基本原則があります。

コミュニケーションの重要性を、確認することからはじめる方が良いかもしれません。

お互いの意見や感情を理解するためには、オープンで正直なコミュニケーションが不可欠です。

誤解を避けるために、聞くことにも重点を置くと良いです。

共通点を見つける努力も、忘れたくないものです。

違いを乗り越え、関係を築くためには、共通の価値観や目標を見つけることが重要です。

許しと理解は、困難だからと言って先送りしたら余計に解決が難しくなりがちです。

過去の出来事に対して許しの気持ちを持つこと、そしてその背景や状況を理解しようと努めることが、前向きな関係の構築に繋がります。

謙虚さと柔軟性も、努力する価値があるでしょう。

自分の価値観や意見に固執せず、相手の立場や考えも尊重する柔軟性を持つことが大切です。

相互尊重は、誰に対しても忘れないようにしたいものです。

お互いの文化や歴史を尊重する態度を持つことは、信頼を築く上で基本です。

共に成長する気持ちを、分かち合う関係を目指したいものです。

目標に向かって共に進むことで、新しい関係の土台を築くことができます。

聖書の教えである「隣人を愛する」精神も役立つかもしれません。

宗教の枠を超えて、互いの良さを見つけ出す努力を続けることが、長期的な関係の改善に繋がります。

とかく、周囲の人や国は、双方に距離を置くか、どちらかに加担するかどちらかになりがちです。
協力して行動くれる人や国を探したり見つけるのも大変だけど、どうしたら良いでしょうか。

周囲の人や国の協力を得るのは確かに難しいことですが、いくつかのステップを踏むことで可能性を広げられるかもしれません。

信頼関係の構築に努めたいものです。

最初は小さな一歩から、信頼できる人や国と関係を築いていくのが良いでしょう。

信頼は急には築けないので、時間をかけてゆっくりと進めましょう。

共通の利益を見つけるように、努めたいものです。

お互いにとって有益な共通のゴールや利益を見つけることで、協力する動機を作ることができます。

それが何であるかを探すのが第一歩です。

オープンな対話であることも、大切でしょう。

解決したい問題や目標について率直に話すことで、共通理解を深め合います。

オープンな対話を促す場を設けるのも、有効です。

第三者による調停を、探ることも心がけたいものです。

中立的な第三者を交えて話し合うことで、新しい視点や解決策を見つけられるかもしれません。

協力の実績を作る、積み重ねを粘り強く続けていきたいものです。

小さなプロジェクトで成功を収めることで、他の人や国々が協力の重要性に気づき、参加するきっかけになることもあります。

共感を育む心がけも、忘れないようにしたいものです。

相手の立場や状況に対する理解を深め、感情面でも寄り添うことで、協力を促進できます。

常に祈りや霊的な指針を求めることも、良い方向へ導かれる手助けとなるでしょう。

忍耐強く、かつ柔軟なアプローチを心掛けたいものです。

少なくとも、そういう気持ちは保ちたいですね。

自戒を込めて、語らせてもらいました。

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新規圧力・応力センサーの開発に期待される手で粉砕するだけで相転移する超セラミックスが開発された。

新規圧力・応力センサーの開発に期待される、手で粉砕するだけで相転移する超セラミックスが開発された。

カルボジイミド化合物の高圧相転移を初めて観察し、乳鉢と乳棒を用いた粉砕でも相転移が進行することを実証されたという報告だ。

北海道大学大学院工学研究院らの研究グループは、カルボジイミドイオンで構成される超セラミックスについて、乳鉢と乳棒を用いた手粉砕で相転移が起きることを世界で初めて実証した。

カルボジイミドイオンは NCN2-組成の陰イオンのことで、一般的なイオンが一つの原子から構成されるのに対して、三つの原子から構成されるので直線状の形状を有する。

超セラミックスは、従来のセラミックスが酸化物イオンや窒化物イオンなどの単原子アニオンから構成されるのに対して、複数の原子によって形成される分子アニオンを含むセラミックスである。

温度や圧力の変化によって化学組成を保ちつつ、結晶構造が変化する現象を構造相転移と呼ぶ。

例えばグラファイト型の炭素は10万気圧以上の圧力でダイヤモンドに相転移して、硬度が劇的に向上することが知られている。

有機化合物では、このような相転移が試料を粉砕したり、こすったりする機械的刺激で誘起されることが報告されており、刺激応答性の発光材料などへの展開が期待されている。

一方で、金属酸化物などのセラミックスは有機化合物に比べて硬く、化学的に安定であることから、機械的刺激による構造相転移は知られていない。

酸化物イオンや塩化物イオンなどの単原子アニオンで構成される従来のセラミックスに対して、複数の原子によって形成される分子アニオンを含むセラミックスを超セラミックスと呼び、分子アニオンの寄与による特徴的な構造相転移が期待されていた。

 

本研究では、鱒渕准教授らが発見したBa0.9Sr0.1NCNカルボジイミド化合物が、0.3GPa程度の圧力で相転移することをダイヤモンドアンビルを用いた静水圧実験によって見出した。

さらに同じ相転移が乳鉢と乳棒を用いた手粉砕でも生じること、Eu2+(ユウロピウム(II)イオン)を添加した試料は相転移で赤色蛍光体に変化することを実証した。

また、VCNEB法を用いた計算科学手法によって、構造相転移によって原子が互いにすべるように変位することを明らかにした。

VCNEB法は、物質の構造変化や化学反応がどのように起こるのかを調べるための計算手法だ。

ある状態から別の状態に変化する時のエネルギーの道筋を見つける方法であるBa0.9Sr0.1NCNカルボジイミド化合物のせん断応力によって"ずれやすい"特徴が、手粉砕による構造相転移に関係することを報告した。

本成果は、せん断応力による構造変化が粉砕過程でも生じることを明らかにし、圧力や応力によって光学特性や電磁気特性が変化する新しいセンサー材料の開発が期待される。

 本研究成果は、日本時間2025324日(月)公開のJournal of the American Chemical Society誌に掲載された。

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線維芽細胞増殖因子誘導性14は骨格筋修復中の衛星細胞の自己再生と拡大を調節する。

ヒューストン大学のメイリクリス・トマス・ダ・シルバのグループは、線維芽細胞増殖因子誘導性14が骨格筋修復中の衛星細胞の自己再生と拡大を調節するとの報告を提出した。

成体の骨格筋は、主に衛星細胞として知られる筋幹細胞の存在に起因している強力な再生能力を持っている。

通常の条件下では、サテライト細胞は基底椎弓板と筋線維のサルコレンマの間に可逆的な静止状態で存在する。

サテライト細胞は、生存、自己再生、および適切な筋肉再生のオーケストレーションに不可欠なペアボックス7(Pax7)タンパク質を発現する。

サテライト細胞プールと機能の喪失は、多くの状態や病状で骨格筋の消耗につながる。

ここでは、線維芽細胞成長因子誘導性14(Fn14)のレベルが筋肉損傷後に衛星細胞で増加したことを示している。

Pax7発現サテライト細胞におけるFn14の条件付きアブレーションは、損傷後のそれらの拡張と骨格筋の再生を劇的に減少させた。

Fn14は、衛星細胞の自己複製と増殖、および早熟な分化を防ぐために必要だった。

Fn14の標的欠失はNotchシグナル伝達を阻害したが、再生中の骨格筋および培養筋前駆細胞におけるSTAT3シグナル伝達の誤った活性化をもたらした。

STAT3のサイレンシングは、Fn14欠損サテライト細胞の増殖を改善し、早期分化を阻害した。

さらに、衛星細胞におけるFn14の条件付きアブレーションは、デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)mdxマウスモデルにおけるミオパチーを悪化させた。

その過剰発現は、外因性筋前駆細胞のMDXマウスのジストロフィー筋への生着を改善した。

彼らの研究の結果と以前の報告は、筋前駆細胞におけるFn14シグナル伝達が、筋肉前駆細胞の増殖と損傷した筋線維との融合に必要であることを示していた。

注目は、Fn14のリガンドTWEAKによる慢性的な刺激が、分化誘導後の培養筋芽細胞のサテライト細胞の自己再生と筋管形成を阻害することが示されていることである。

高レベルのTWEAKタンパク質による慢性治療は、筋形成や筋萎縮の障害につながる広範な非特異的な影響を与えるかもしれないと言う。

対照的に、筋芽細胞におけるFn14の過剰発現は、TWEAKサイトカインが存在しない場合でも、筋原性分化に影響を与えることなく下流のシグナル伝達を活性化した。

これは筋芽細胞の融合を増強するのに十分であり、Fn14の過剰発現は、サテライト細胞の筋原性ポテンシャルを改善し、筋肉の修復を改善するために損傷した筋線維との融合を改善するための有効なアプローチであることを示唆している。

彼らの研究は、主に速筋線維を含むTA筋とEDL筋を用いて行われた。

今後の研究では、サテライト細胞におけるFn14を介したシグナル伝達が、遅筋線維と速筋線維の両方を含むヒラメ筋とGAの再生を同様に制御するかどうかを調査するとのことだ。

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神経疾患における腸内細菌叢の役割とその治療的意義に関する報告が出た。

神経疾患における腸内細菌叢(GM)の役割とその治療的意義に関する報告が、全インド医科学研究所(AIIMS)解剖学部門、分子再生遺伝学施設によって出された。

腸内細菌叢は、古細菌、細菌、原生生物、真菌など、消化管(GIT)に見られる微生物で構成されている。

腸内細菌叢は、アルツハイマー病(AD)、多発性硬化症(MS)、パーキンソン病(PD)、自閉症スペクトラム障害(ASD)、てんかん、脳卒中、脳損傷、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、ハンチントン病(HD)などの複数の神経疾患の病因と治療において重要な役割を果たす。

 

ヒトでは、腸内細菌叢が、消化管(GIT)に生息することにより、栄養素や薬物の代謝、免疫調節、病原体の防御に重要な役割を果たすことが知られている。

人間の成長、食事要件、生理学的変化、および遺伝的変異はすべて、年齢、性別、場所、食物、および遺伝的変異によって変化することがわかっている個々の腸内細菌叢の影響を受ける。

脳腸軸(GBA)における腸内細菌叢の役割は、さまざまな調節メカニズムと関連する経路について文書化されており、個々の細菌に対して異なる振る舞いを示す。

さらに、腸内細菌叢は中枢神経系(CNS)の神経障害の感受性因子として知られており、疾患の進行を調節し、介入に適している。

腸内細菌叢は、BacteroidetesFirmicutesProteobacteriaActinobacteria4つの主要な門と、VerrucomicrobiaFusobacteri2つのマイナー門に編成されている。

これらの細菌は共生細菌として知られ、腸の恒常性を維持し、宿主の免疫を強化するために、宿主-腸上皮内で互いに通信している。

双方向の伝達は、腸と宿主の神経系との間の双方向のコミュニケーションメカニズムの形で、腸脳軸で発生する。

この情報は、脳内ネットワーク、ホルモン、免疫系を介して伝達され、腸内細菌叢を促進する。

脳腸軸の双方向伝達は、脳の機能障害を機構的に調節し、宿主との相互関係を維持し、自然免疫系と適応免疫系を調節する。

 

脳と腸内細菌叢との間の双方向の伝達は脳腸軸で起こり、神経分泌、内分泌、および免疫介在性シグナル伝達経路において重要な役割を果たしていることを示唆している。

腸内細菌叢は、プレバイオティクス、プロバイオティクス、ポストバイオティクス、シンバイオティクス、糞便移植、および/または抗生物質でそれらを補うことにより、複数の神経障害を調節する。

バランスの取れた食事は、腸神経系ENSを変化させ、複数の神経障害を調節する可能性のある健康な腸内細菌叢を確立するために非常に重要だ。

ここでは、腸から脳、脳から腸までの脳腸軸における腸内細菌叢の機能、腸内細菌叢と相互作用する神経学に関連する経路、および腸内細菌叢に関連するさまざまな神経障害について説明した。

今後、将来の研究では、微生物叢とさまざまな神経障害との間のより明確な因果関係を確立して、安全で有益な治療オプションとしての微生物叢の使用を確立する必要がある。

相関研究とは別に、作用機序を検証でき、神経疾患の治療法を開発できる可能性のあるものを特定するには、新しい高度な技術的アプローチが必要だ。

したがって、微生物叢と脳腸軸のより深い理解は、疾患の病因の進行と、さまざまな注目の神経障害の脳機能を改善するための治療に役立つ可能性がある。

腸内細菌叢ベースの治療は、将来、神経疾患の治療に対してより有望な予後または治療アプローチを提供できると期待できるかもしれない。

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たまには、時事ネタ。トランプ大統領の斡旋するウクライナ侵攻の収束はパンドラの箱を開けかねないと懸念する。

トランプ大統領は国連憲章と国際法の時代から、大国のパワーゲームで世界が動いていた時代に戻そうとしているように思えてならない。
ビジネスパーソンだから現実主義的な駆け引きをやっているように見えるが、ビジネスの世界は常に強者がルールを作り弱者になったらその中で強かに生き抜くしかない。
トランプ大統領は、その感覚をそのまま政治の世界に持ち込もうとしているのは明らかになっている。
結局のところこれまでアメリカ合衆国は国連と国際法をこれまで自らを合理化するイチジクの葉としてきたが、ロシアはそんなアメリカ合衆国の欺瞞性を見抜いていたから与しやすいとみてウクライナ侵攻を仕掛けた側面は否定できない。
アメリカ合衆国はまんまと、プーチン大統領の仕掛けた罠にはまったわけだ。
プーチン大統領は情報戦を担う部署の出身書であり、ある意味そのプロなわけだからそれを見抜いて対処する必要がある。
だがそれは容易ではないから、国際法と国連憲章による解決を一貫して貫くべきだったのだ。
それがアメリカ合衆国でできなかったのは、いまだに西部開拓時代の力の正義の感覚が集団的無意識の世界では抜けきっていないからなのではないかという気がする。
そこから卒業するには何世代も必要だろうが、まだそれだけ時間は経っていないし世界情勢の目まぐるしい変化はそんな余裕を与えてくれることがない。
ヨーロッパはヨーロッパで力によって国境が左右される時代を何とかして法と正義によって終わらせようとする努力がまだ始まったばかりで古いパワーゲームの時代の感覚が抜けきっていないから、法と正義によって自らを律しきろうという努力を貫ききれない弱さを持っている。
イエスがヨーロッパへの使途の派遣を優先したのは、古代文明による文化の洗練の段階を十分に経ていない彼らの精神性を憂えていたからだと言う気がする。
イエスは、こう語っている。
「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。 」「私が来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」(マタイによる福音書9章12~13節より)
もちろん、キリスト教が世界に広まったのは、人類は誰も皆神から見れば治療が必要な人ばかりなわけだからなのだけどね。
私は、少なからぬ識者の懸念がこのままでは実現するという不安を禁じ得ない。
力によって勢力圏を変更する動きが、再び勢いを持つ時代が今のような状態を止められないなら再現するだろう。
だが私が最も気がかりなのは、聖書の終末預言を引き寄せる意図が果たしてトランプ大統領にないかと言うことだ。
彼の強力な支持層の中には、原理主義的な福音派がいるからだ。
イエスの再臨は、終末預言が実現してからと聖書にはある。
彼らは、だったら終末預言の実現を早めたらイエスの再臨も早まると勘違いしている可能性がないとは言い切れないのだ。
終末預言はこうある。
マタイによる福音書24章から、引用しよう。
人に惑わされないように気をつけなさい。
私の名を名乗る者が大勢現れ、『私がメシアだ』と言って、多くの人を惑わすだろう。
戦争のことや戦争の噂を聞くだろうが、慌てないように注意しなさい。それは必ず起こるが、まだ世の終わりではない。
民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり、方々に飢饉や地震が起こる。
しかし、これらはすべて産みの苦しみの始まりである。
その時、人々は、あなたがたを苦しみに遭わせ、殺すだろう。また、私の名のために、あなたがたはすべての民に憎まれる。
その時、多くの人がつまずき、互いに裏切り、憎み合うようになる。
また、偽預言者が大勢現れ、多くの人を惑わす。
不法がはびこるので、多くの人の愛が冷える。
そして、こう締めくくる。

しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。
そして、この御国の福音はすべての民族への証しとして、全世界に宣べ伝えられる。それから、終わりが来る。
だか、勘違いしているものは見落としている。
その時がいつなのかは、誰も知らないとイエスが繰り返し語っていることをだ。
そして、神はこう警告する。

誰も健全な教えを聞こうとしない時が来ます。その時、人々は耳触りのよい話を聞こうと、好き勝手に教師たちを寄せ集め、
真理から耳を背け、作り話へとそれて行くようになります。(テモテへの手紙二4章3~4節
多くの人が、国際法と国連憲章による解決こそが本当の強さを示すことに気がついて欲しいものだ。
山上の垂訓から、引用して締めくくることにしよう。

心の貧しい人々は、幸いである/天の国はその人たちのものである。
悲しむ人々は、幸いである/その人たちは慰められる。
へりくだった人々は、幸いである/その人たちは地を受け継ぐ。
義に飢え渇く人々は、幸いである/その人たちは満たされる。
憐れみ深い人々は、幸いである/その人たちは憐れみを受ける。
心の清い人々は、幸いである/その人たちは神を見る。
平和を造る人々は、幸いである/その人たちは神の子と呼ばれる。

義のために迫害された人々は、幸いである/天の国はその人たちのものである。
私のために、人々があなたがたを罵り、迫害し、ありもしないことで悪口を浴びせるとき、あなたがたは幸いである。
喜びなさい。大いに喜びなさい。天には大きな報いがある。あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。
(マタイによる福音書5章3~12節)

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糖はあなどれない。

NHKFRONTIERSで、糖を取り上げたがなかなか興味深いものだ。

パプアニューギニアには、いくらバラエティに富んでいるとはいえサツマイモばかり食べている先住民がいる。

彼らの腸内細菌の中には、筋肉の材料になるものを腸内で繰り返しリサイクルして生きているものが住んでいることが分かった。

さらに、石器時代の人達の脳は植物の地下茎や木の実を火で柔らかくして食べることでブドウ糖がしっかり摂れたので大きくなったと思われる結果が調査で明らかになっている。

また、イスラエルの大学が研究した結果は人によって血糖値を上げる食材が異なることやその理由に腸内細菌の個人差があることを示している。

 

さらに、摂取カロリーの半分近く糖質で摂ると死亡率が最も低いことを調査によって突き止めた。

 

そこで、便のサンプルからその人にあった血糖値を上げにくい食材をアドバイスするサービスが始まった。

そのサービスが提供するアプリの情報に従って食事を続けると、糖尿病で血糖値が高い人が2ヶ月で正常値に近いところまで薬も無しに下がったと言う。

 

血糖値を上げやすい食材は人によって違うので、出回っている情報に振り回されないようにした方が良い。 

毎日体重測定し、健康でいられる体重が維持できる食事を続けるのが一番だ。

体重の毎日の増減の原因は、ほとんどが水分だから一喜一憂しないで健康でいられる体重を目指すのが良いってことになるようだ。

規則正しい生活と、適度な運動、お茶碗一杯のご飯や二枚のパンや200g程度の麺で腹八分の食事を一口30回以上よく噛んで食べる。

 

何のことはない、常識的なところに落ち着いたってわけだ。

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新材料「熱電永久磁石」で世界最高電力密度の横型熱電発電に成功。

磁石を用いた革新的省エネ・創エネ技術へと前進したという。

新材料「熱電永久磁石」で。世界最高電力密度の横型熱電発電に成功したのだ。

 

国立研究開発法人物質・材料研究機構NIMSは、東京大学・名古屋大学との共同研究により、横型熱電変換性能の極めて高い新材料「熱電永久磁石」を開発し、熱電モジュールにおいて室温付近で電力密度56.7 mW/cm2の横型熱電発電を達成した。

研究グループは、サマリウム・コバルト(SmCo5)磁石とビスマス・アンチモン・テルル(Bi0.2Sb1.8Te3)化合物を交互に積層して焼結接合し、斜めに切断した人工傾斜積層体「熱電永久磁石」を開発して可能にした。

 

従来の熱電モジュールでは、ゼーベック効果と呼ばれる熱流と同じ向きに電流が発生する"縦型"熱電効果が採用されており、材料性能指数zTが高い一方、熱流と電流の経路を分けるためにモジュール構造が複雑化してしまうという課題がある。

そこで近年、モジュール構造を大幅に簡略化できるため、熱流と直交方向に電流が発生する"横型"熱電効果が注目を集めている。

しかし、これまで知られていた横型熱電材料のzTは縦型熱電材料に比べて非常に低いという問題があった。

 

今回の成果は、印加温度勾配あたりの値に換算すると、横型モジュールとして世界最高の電力密度であるだけでなく、市販の縦型モジュールにすら匹敵する性能を示した。

今回開発した熱電モジュールは小さい温度勾配からも極めて高い電力を得ることができる。

熱電永久磁石は磁力で磁性熱源に簡便に設置できるのみならず、熱源との良好な熱接触が得られる。

従来の非磁性熱電モジュールよりも、高効率に熱エネルギーを回収できる。

 

本成果は、磁石が使用されるあらゆる環境下で利用できる熱エネルギーハーベスティング・マネジメント技術に繋がることが期待される。

この研究成果は、318日にEnergy & Environmental Science誌に掲載された。

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謙虚な気持ちで法や道理や道義と向き合いたいものです。

私の他を神としてはならない、と言うのは、法や道理や道義を離れてはならない、と言い換えてもいいでしょうか。

「私の他を神としてはならない」という戒めは、出エジプト記203節にある十戒の一つで、他の神々を崇拝しないようにという神の命令です。

 法や道理、道義も重要な指針ですが、この戒めは神を唯一の崇拝対象とし、神への忠誠を強調するものです。

道理や道義に従うことも重要ですが、この戒めの核心は「神を第一とすること」です。

 

もちろん神を第一にする必要があります。

でも人は、自分の都合のいいようにそれらをつくりかえようとします。

結局は神の法や道理や道理を遠く離れられないわけですが、人はそれさえ窮屈に感じて自分の力や駆け引きに頼ろうとしてかえって困難を招いているのではないでしょうか。

 

私たちが神の法や指針を無視して自分の考えや計画に固執すると、往々にして困難に直面することがあります。

神の教えは私たちの人生を導き、祝福するために与えられているものです。

時折それを窮屈に感じることが、あるかもしれません。

長い目で見ると、それに従うことが私たちを守り、真の自由をもたらします。

 

個々の状況で何が最善かを判断するのは、簡単ではありません。

祈りや聖典の学びを通じて、助けを求めることが重要でしょう。

また、信頼できる人々との話し合いや助言も役立つかもしれません。

神の指針に寄り添うことが、最終的に私たちに平安と安心をもたらすことでしょう。

 

ところが、苦労や困難があるのが当たり前と思っているからそれに気づかないのが人の悲しいところです。

神に頼ることを忘れずに行動するなら、恐れず立ち向かい乗り越えられるでしょう。

そうじゃないので、不安や不信でさらに困難を招くのかもしれません。

うまくいけばまた繰り返し失敗すれば挽回しようともがいて、成功と失敗の無限ループから抜け出せないのではないでしょうか。

 

そのような無限ループの感覚は、多くの人にとって共感できる経験ではないでしょうか。

私たちが神に頼ることを忘れたり、自分の力だけに頼ってしまうと、確かに不安や不信感に陥りやすいかもしれません。

でも、そんな時こそ、私たちには祈りという素晴らしい手段があるということなのでしょう。

 

祈りを通じて神に心を開き、助けと導きを求めることで、私たちは見えない支えを得ることができ、困難を乗り越える力を与えられると聖霊は説きます。

また、成功と失敗を経験することも、成長の一部です。

失敗から学ぶこともたくさんあります。

神は私たちを決して見捨てないので、常に成長し続けるよう願っておられることを忘れないようと諭しています。

 

でも成長の必要は、個人でも国でも変わらないけれど、国は変わりにくいから厄介なんです。

個人の変化よりも国家や社会全体の変化を成し遂げることは、はるかに複雑で時間がかかることが多いです。

国や組織のような大きなシステムは、さまざまな利害や歴史的背景、文化が絡み合っているので変化には時間がかかります。

 

しかし、歴史を振り返ると、やはり一人ひとりの小さな行動や信念が集まって、最終的には大きな変化を生むことも多々あります。

たとえ変化がゆっくりであっても、一人ひとりが神の指導に従い、正しい価値観をもとに行動することで、影響を与え続けることができるでしょう。

 

まずは自分自身が模範となり、周囲にポジティブな影響を与えられるように努めることが大切と忘れないようにしたいものです。

また、同じ信念を持つ仲間と協力し合うことで、さらに大きな力となり得るでしょう。

 

ただ人は、困ったときだけの神頼みになりがちでそこからなかなか抜けられないのではないでしょうか。

それが当たり前になってしまうから、厄介です。

その状況は、イザヤ書にある「この民は口で私を敬うけれども、その心は私から遠く離れている」という言葉を思い出させます。

このような時にこそ、忍耐と信仰を持って日々の生活の中で神様に近づく努力をすることが大切なのではないでしょうか。

 

聖書はどんな時でも祈りと信仰をもって進み続けることで、私たちはより神様に近づくことができると語り掛け続けています。

イエスは私は道であると言うが、見失わないように失敗の中から見分け方を学ぶしかないので焦らず行きたいものです。

 

イエス・キリストが「道」であるとおっしゃったように、私たちは彼の教えに従うことで、正しい道を見つけることができると聖書は説いています。

失敗は学びのチャンスととらえ、焦らずに、少しずつ進むことで成長することでしょう。

腰を据えて、じっくり行きますか。

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ROCK1研究に新展開?

イタリア、ミラノにある欧州腫瘍学研究所の血液病理学部門の研究に、こういうのがある。

ROCK1は、ヘム制御タンパク質であるBACH2およびHRIを介して、ストレス下でのB細胞の分化とタンパク質の静止を促進するというのだ。

B細胞は、感染症から体を守るために欠かせない細胞のひとつだ。

免疫細胞の一種であるB細胞は、身体のなかではウイルスや細菌などの異物と戦って排除する「抗体」を産生したり、一度体内に入ったウイルスや細菌を記憶して次に同じ異物が侵入したときに追い出せるように備える働きがある。

B細胞の分化が、マラリアに伴う大量溶血のような重篤な感染症の際に生じる非常に有害な条件に耐えるために利用されるメカニズムは、ほとんど理解されていない。

BACH2とヘム制御eIF2αキナーゼ(HRI)という2つの主要なヘム制御分子を制御することにより、ROCK1が病原体関連分子パターン(PAMP)と高レベルのヘムで満たされた敵対的な環境でB細胞の分化を制御することを実証されたという。

ヘムというのは、鉄を含む小さな分子のことを指す。

ヘムは体の中で酸素を運ぶための「運び屋」の役割を果たしており、血液中の赤血球に多く含まれていて、ヘモグロビンの一部でもある。

BACH2は、クローン病、セリアック病、I型糖尿病などに関連する転写因であり、T細胞の活性化されやすさを決め、炎症性T細胞への分化を抑制する。

ROCK1BACH2をリン酸化し、ヘムによる分解から保護する。

さらに、B細胞が分化すると、ROCK1B細胞の炎症誘発性の可能性を抑制し、統合されたストレス応答と細胞質タンパク質毒性の主要な調節因子であるHRIを制御することにより、PAMPとヘムの存在によって与えられる高ストレスに対処するのを助ける。

ROCK1は、HRIHSP90の相互作用を制御し、HRIHSP90の動員を、mTOR複合体1TBK1などの重要なキナーゼ、およびTDP-43のようなRNA代謝、酸化的損傷、およびタンパク質静止に関与するタンパク質を含む独自のp62/SQSTM1複合体に制限する。

このように、ROCK1は、B細胞の分化とストレス応答の主要なコントローラーの活性を調整することにより、B細胞が病原体による激しい破壊に対処するのを助ける。

これらのROCK1依存性メカニズムは、深刻な環境ストレスに対処するために細胞によって広く利用されている可能性があり、これらの知見は免疫介在性および加齢に伴う神経変性疾患に関連している可能性がある。

今回の発見は、ニューロンのように、生体エネルギーの要求が高く、環境破壊に対してより脆弱になる他の細胞にも関連している可能性があるという。

この考えは、ROCK1の非存在下で形成されたp62複合体にALS関連機構が著しく集中していることからも裏付けられており、これらの複合体がDNA損傷、RNAハンドリング、タンパク質品質管理、酸化ストレスに関与する基本的な経路の収束点を表していることを示唆と指摘している。

これらの「特殊な」p62コンパートメントへの重要なキナーゼの再局在化がそれらの相互関係にどのように影響するかを理解することは、阻害剤に対する感受性も、広範囲の疾患に対する治療介入を成功させるために重要である可能性がある。

彼らの研究は、ROCK1活性の急速な変化が、突然の潜在的に致命的な病原性および有害な課題に直面したときに組織的で効率的な意思決定を確保するための重要な細胞プログラムの調整に役立つ基本的なメカニズムフレームワークを特定可能にする。

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セミクラスレートハイドレートに非古典的分解過程の発見。

潜熱蓄熱材の設計に新指針となるとみられるセミクラスレートハイドレートに、非古典的分解過程の発見があった。

北海道大学低温科学研究所の木村勇気教授、パナソニック株式会社の町田博宣博士、大阪大学大学院基礎工学研究科の菅原 武助教らを中心とした研究グループは、透過電子顕微鏡内で液体試料を観察できる手法を用いて、セミクラスレートハイドレートの微結晶が分解する過程をその場観察する実験に成功した。

これまで、セミクラスレートハイドレートが複数集まったクラスターを成長ユニットとした結晶化の存在は示唆されていた。

直接的な証拠や、具体的な結晶化過程については分かっていなかった。

ハイドレートの相変化プロセスの理解は、純粋に科学的に重要であるだけでなく、⾼効率の潜熱蓄熱材料の開発やメタンハイドレートなどの資源利⽤にも⼤きな波及効果をもたらすことが期待される。

さらに、⾮古典的な「クラスター単位」の溶解プロセスの理解は、医薬品、化学製品、⾷品、ナノ材料や⽣体材料など先端材料、電⼦デバイスなど、様々な化学⼯学分野における相変化を利⽤する技術の発展に直結する。

結晶化の説明は古典的には積み⽊を積む模型、すなわち原⼦や分⼦が⼀つのブロック(成⻑単位)として次々と結晶に取り込まれるモデルでなさてきた。

⼀⽅、近年は多数の原⼦や分⼦が集まったクラスターが結晶表⾯に到達して取り込まれる、クラスターを成⻑単位とした⾮古典的な結
晶化過程が様々な系で報告されている。

これに対して、クラスレートハイドレートの結晶化や溶解において、⾮古典的なプロセスの寄与についての理解は限定的だった。

クラスレートハイドレートの相変化では、⼀般的な結晶とは異なり、結晶表⾯でかご状構造が⽣成・分解する。

さらに、メモリー効果と呼ばれるクラスレートハイドレートが分解した後の再結晶化は容易であることが知られいる。

このメモリー効果は、結晶がクラスターを単位として分解することで⽣じる可能性がある。

クラスターが成長単位として機能する非古典的相転移モデルは、原子または分子が個別に結合または分離する古典的な相転移モデルとは対照的に、受け入れられている。

しかし、このクラスターベースの相転移モデルは、カゴ構造が結晶表面で形成・解離する潜熱貯蔵材料であるセミクラスレートハイドレートの相転移では確立されていない。

研究グループは液体細胞透過型電子顕微鏡を用いて、電子線照射により誘起されたフッ化テトラ-n-ブチルアンモニウム半クラスレート水和物の単結晶の解離挙動を直接観察した。

初期の解離段階はモアレパターンを示し、結晶表面の1030 nmの領域が準安定相に移行したとみられる。

その後、解離後の再結晶を促進するメモリー効果を担う可能性のある球状クラスターが、結晶に起因する回折コントラストなしに現れた。

彼らはこれらの観察結果が提供しているのは、潜熱貯蔵材料の相転移を理解するためのハイドレートの非古典的解離過程に関する洞察だとしている。

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DNAのコピーを邪魔する特殊なねじれ?

DNAの複製メカニズムとがん治療への新たな可能があるDNAのコピーを邪魔する特殊なねじれが発見されたという、プレスリリースが宮崎大学からでた。

岡崎フラグメントは、1960年代に日本の分子生物学者岡崎令治と妻岡崎恒子によって発見された。

DNA複製時に、ラギング鎖がDNA-RNAハイブリッドからの小さな断片(フラグメント)の形で不連続に複製され、「岡崎フラグメント」と名付けられた。

この発見は、DNA複製のメカニズム解明に大きく貢献し分子生物学の重要なマイルストーンとなっている。

1962年、ジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックはDNAの二重らせん構造を解明した。

彼らが示した「右巻き」のBDNAには、もう一つのDNAらせんである、通常のBDNAとは真逆の「左巻き二重らせん」がある。

そしてこの最新の研究により、このZDNARNAと結びつき、「ZDNA-RNAハイブリッド」として機能することが発見された。

岡崎フラグメントの研究は、日本の分子生物学の金字塔であると言われている。

しかし、DNA-RNAハイブリッド構造が岡崎フラグメントの形成にどのように影響するかについての理解は、まだ限られている。

宮崎大学医学部機能制御学講座 生命分子科学分野の徐岩教授の研究グループは、メチル化CpGリピートによって安定化されたZDNA-RNAハイブリッドが、岡崎フラグメントの開始および伸長に影響を与え、DNA複製を阻害することを初めて明らかにした。

また、NMR分光法および動的計算を用いて、世界で初めてZDNA-RNAハイブリッドの立体構造を決定し、その分子メカニズムを解明した。

ZDNAおよびZRNAは、遺伝子発現の調節、ヌクレオソームの配置、損傷修復を含む多くの生理学的プロセスに関与していることが知られている。

さらに、がんや炎症などの疾患との関連も徐岩教授の研究グループによって報告されている。

これは、がんや遺伝子疾患の研究にもつながる重要な発見である。

本研究は、Z型核酸が生体機能に与える影響について分子レベルでの新たな知見を提供し、DNA複製の基本メカニズムの理解を深めるだけでなくがんや遺伝病の新たな治療標的の開発にも貢献することが期待される。

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日本と古代イスラエル。

聖書の教えと日本の神道は、どちらも神に従う道の教えと言う共通点がある気がします。

 

キリスト教において、イエス・キリストは「道」であり、神への唯一の帰り道としての存在です。

「アルファでありオメガ」というのも、イエスがすべての始まりであり終わりであることを示し、彼を通して神との深い関係が築かれるという教えです。

 

一方、日本の神道では、神々が自然の中に宿っており、人々はその神々に敬意を払って調和を求めるという教えがあります。

神道は、人々の日常生活の中で神々と調和し、敬意を持って関わることが重要視されます。

 

どちらの信仰も神や神聖なる存在との関係を大切にし、それに従う道を示しているという点では共通していると言えます。

それぞれの文化と伝統に深く根ざした形で、神とのつながりを表現しているのはとても興味深いです。

 

それと日本の神道では、特定の偉人や非業の最期を遂げた方を神として祀ることがあります。

これは、その人々の霊を慰めたり、その力を借りて地域や人々を守ろうとしたりする文化の一部です。

死者を神格化することで、彼らの功績や存在を今に伝える方法でもあるのです。

こういうことは、ほかの文化ではあまり見られないのではないでしょうか。

 

一方で、聖書ではコリントの信徒への手紙第一にある「あなたがたは神の宮である」(1コリント3章16~17節)という教えが説かれます。

これは私たち自身が神の霊を宿す聖なる存在であり、体を清く保つことを強調しています。

この教えは、神が私たち一人ひとりの中に住んでおられることを意識し、自分自身を大切にすることを説いています。

 

文化や宗教的背景が異なるため、それぞれの教えや習慣に見られる神聖観が異なるのは興味深いですね。

 

ここで疑問なのは、どうして日本では人が神となると言う発想があるのかです。

ほかの国では、尊敬されることはあっても神格化まではされないのではないでしょうか。

 

日本の文化では、特に神道において、自然や人々の精神に神聖さが宿るとされています。

神々は自然現象や祖先を含む多くのものに宿ると、考えられています。

これが、「人が神になる」という発想に繋がっているのかもしれません。

 

他の文化では、神聖さや神格は多くの場合、超自然的存在や特定の神々にのみ付与されることが一般的です。

しかし、日本では祖先を敬い、彼らの精神が守護者として存在すると考えることが自然な流れとして受け入れられています。

 

日本の昔からある神社の場合、しばしば祀られる神は氏神祀る人は氏子とされます。

言ってみれば神と崇拝者が親子のような関係になるのです。

こういう発想は、他にあるでしょうか。

 

日本の神社で見られる氏神と氏子の関係は、非常に特別で親しみ深いものです。

氏神という概念は、地域や家族の守護神として特定の神を祀り、その神が地域や家族を守護するというものです。

このように神と崇拝者の間に親密な関係が築かれるのは、日本の文化特有のものだといえます。

 

他の文化と比較すると、特定のグループや家族のためだけに神を祀るという形態はあまり一般的ではありません。

ただし、家族ごとに守護聖人を擁するという形で似た概念が見られることもあります。

例えば、カトリックの伝統では、特定の職業や地域に関連づけられた聖人が守護聖人として認識されることがあります。

 

全体として、日本の氏神と氏子の関係は、地域社会や家族との深い結びつきを表すものであり、世界的には独特な要素を持った信仰形態といえるでしょう。

 

日本の宗教的伝統は非常に複雑で、多層的なものです。

神道は多神教として知られています。

その一方で、古代の信仰には一神教的な側面があったという意見もあります。

これは、特定の神が代表的な存在となり、他の神々よりも重要視されていたという考えに基づいているかもしれません。

 

例えば、特定の地域や氏族において、特定の神が中心的に祀られています。

その神が非常に重要な役割を果たしていた場合、その神がほぼ「一神」のような地位にあったと見ることができるかもしれません。

 

歴史を通じて、外部からの影響や文化の交流により、他の神々や信仰が取り入れられて広がっていった可能性があります。

このため、多神教の信仰体系が形成されたのかもしれません。

 

様々な歴史的な要素や神職の方々の言葉から、もっと深く掘り下げてみると面白い発見があるかもしれません。

 

日本の神社で、三柱の神が祀られることが多いです。

これを、キリスト教の教えである父と子と聖霊と比較すると興味深いことになります。

 

神道では、三柱の神々がそれぞれ異なる役割や特性を持って調和を保つという考え方があり、これが多くの神社での信仰に反映されているのかもしれません。

このような神々の概念が、三位一体のようなキリスト教の教えとどのように似ているかを考えることも、異なる宗教や文化の理解を深める上で役立ちます。

 

日本の古い神社では、自然そのものを神聖視して山を御神体として祀ることがよくありました。

これには自然を通して神聖な力や神々が現れるという神道の考え方が反映されています。

聖書の神も、山の神とされます。

 

自然と神聖な存在を結びつける思考は、文化や宗教を超えて共通するところがあるかもしれません。

自然を通じて感じる神秘や力は、多くの人々にとって霊的な体験となることがあります。

 

それに古代イスラエルの神殿には、神が特別に宿る神聖な領域がありました。

同様に、日本でも神社や霊的な場所を区別するために結界が設けられることが一般的です。

この結界は、神聖な領域と世俗の世界を分ける役割を果たしています。

 

これらの神聖な領域は、人々が敬意を払い、特別な儀式や祈りを捧げる場として重要視されてきたのです。

文化や宗教が異なっても、神聖さを重んじる心がこうした慣習として現れるのは、とても興味深いことです。

 

さらに今でこそ神社は固定されているが、昔は祭りのたびに神の依り代が作られたようです。

これも、移動神殿であるアークに近いと言えます。

昔の日本では、祭りなどの特別な行事の際に、神々の依り代(よりしろ)が作られたことがありました。

これは、一時的な神聖な空間を利用して神々を迎えるという考え方に基づいています。

この動的な神聖さの表現は、古代イスラエルの移動神殿である契約の箱とされるアークと似た点があります。

 

アークもまた、神の臨在を伴って移動し、特定の場所に神聖な空間を作り出す役割を果たしていました。

どちらの文化も、神聖な時空を創造するための方法を持っているのは非常に興味深いです。

祭りや儀式を通じて、神々や神聖な力を呼び込むという共通のテーマが見られます。

アークと神輿は、どちらも移動式の神殿としての役割を果たしています。

その点での類似は、とても興味深いです。

しかも神輿は、アークに大きさも見た目も似ている場合が多いのです。

 

契約の箱であるアークは、古代イスラエルにおいて神の臨在を示す重要なものでした。

一方、神輿は日本の祭りや神社の行事でお神様を迎えるための道具として使われます。

どちらも、神聖な存在を身近に感じるための手段として機能しています。

 

これらの似た性質を持った文化が、それぞれ異なる歴史や背景を持ちながらも、神聖なものを運ぶための方法として形作られてきたのは、非常に興味深いです。

神聖な空間や物を敬う心は、どの文化にも共通して見られる素晴らしいものだと感じます。

しかも、神職の裾に房がある衣装で枝を振るところも、似ているのです、

古代イスラエルの大祭司の衣装には、房が付いた要素があり、それが敬虔さや神聖さを示しています。

同様に、日本の神職や巫女の衣装も神聖を表現し、神との繋がりを象徴するものとして着用されます。

これもまた、古代イスラエルの祭司の装束と似た要素があると感じるところです。

 

これらの共通点は、異なる文化圏の中で、どのようにして同様の象徴性が生まれたのかを考える良い機会になります。

神聖な儀式やシンボルが、どのように人々の心に深く根ざしているのかについて考えると、とても興味深いです。

 

さらに、水による清めの思想も似ているのです。

 

例えば、ユダヤ教やキリスト教では、洗礼やミクヴェ(ユダヤ教の儀式的浄化のための水槽)など、水を使って清めや再生を象徴します。

日本でも、神社での手水舎や禊(みそぎ)など、水を使って心身を清める伝統があります。

 

水は、浄化や再生、新たな始まりを象徴する普遍的な要素で、これが多様な文化において聖なる儀式として取り入れられているのはとても興味深いです。

水が持つ癒しや洗い流す力は、物理的な清めだけでなく、精神的な浄化ももたらすという考えが共通点です。

 

清めの塩や、賽銭箱も似ているのです。

旧約聖書の中にも、塩は契約や清めに関する記述がありますし、日本でも塩をまいて邪気を払うという習慣があります。

 

賽銭箱というのは、日本の神社で参拝者が供え物としてお金を入れるための箱です。

これは、信者の信仰心を捧げる方法の一環として、また神社の維持に貢献する手段でもあります。

キリスト教などでも、献金という形で教会運営を支えたり、慈善活動に使ったりしています。

 

これらの行為は、物質的な側面を通じて精神性を表す方法の一部であり、異なる文化や宗教においても共通の目的を果たすという点で似ています。

 

さらに二本の柱をくぐると、一般の礼拝所があるが一般の人が入れない神域には神像がないという共通点もあります。

 

多くの神社では、一般の人が入れない神域の奥には直接神像が置かれていないことがあります。

これは、神道において神様は特定の形を持たず、自然やその場所に存在するとされるからです。

 

このような考え方は、神の存在が目に見えないところで感じることが大事だという教えにつながっている気がします。

 

これ位似ていると、古代日本にイスラエルの失われた支族が来ていると言われても仕方ない気がします。

古代の人々は移動し、交易や文化交流を行っていたので、様々な影響が広がった可能性もあります。

ただ、学術的には具体的な証拠はまだ見つかっていないため、この話は興味深い歴史の謎として扱われています。

 

日本には、家族性地中海熱のような遺伝病の人もいてその人たちのなかには日本には大勢西方から来ていると感じる人は結構いるようです。

それに天皇の菊花紋は。古代中東の王家の紋章にそっくりなのです。

 

ただ、これらの類似点が確実に歴史的なつながりを証明するわけではないものの、古代人々の交流の可能性を探るヒントにはなります。

歴史的な謎を探ることは、信仰や文化の理解を深める良いきっかけになります。

これらの謎の、解明が待たれます。

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本当の強さとは?

一人一人で会うといい人たちと思えるのに、国と国だと自国が大国だと思うと小国に対して支配欲を剝き出しにする例はよく見ますね。

悲しいことです。

歴史や現代のニュースを見ていると、国同士の力関係から生じる対立や抑圧の話はよくあります。

イエス・キリストは、平和をもたらす者は幸いだと教えておられます。

個人、地域、そして国レベルでも、平和を築くための努力が必要です。

国際関係においても、相互の理解と尊重が欠かせません。

聖書の教えでは、祈りとともに良い影響を与える方法を探すことが勧められています。

私たちが直接そのような状況に関わることは、少ないかもしれません。

それでも平和の祈りを忘れず、個々ができる小さな努力を重ねていくことが大切です。

でも国同士の力関係から生じる対立や抑圧のような困難は、結局のところ人の心の弱さの裏返しでしょう。
自分の弱さを国に強さや大きさで補おうと、無意識のうちにそうなってしまうのでしょうか

人の心の弱さや恐れが、時に大きな誤解や対立を生むことがあるかもしれません。

「強さ」とは必ずしも物理的な力や規模ではなく、内面的な力や精神的な強さも含まれます。

聖書の教えによると、私たちは内なる強さを築くために日々努力し、祈りと聖典の学びを通じて心を強く保とうとすることが求められます。

真の強さとは、愛と理解、許しに基づくものであり、他者を支配することではないことを常に思い返したいですね。

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エボラウイルス粒⼦の「中核」構造を解明したという。

VP24タンパク質の異なる結合様式がウイルス増殖制御のカギに、エボラウイルス粒⼦の「中核」構造を解明したという。

エボラウイルス病は、バイオテロや輸⼊感染症の観点から⽇本でも早急に対策を要するウイルス感染症のひとつである。

⻑崎⼤学の研究グループは、京都⼤学らと共同で、ウイルスの内部構造を⾼精度で観察できる最新の電⼦顕微鏡技術を使⽤して、エボラウイルスの「中核」をなす⽣体分⼦複合体(ヌクレオカプシド)の構造を明らかにした。

さらに、ヌクレオカプシド構成タンパク質であるVP24がウイルス増殖を制御する仕組みの⼀端を明らかにした。

現在、エボラウイルス病に対して承認されている唯⼀の治療薬は、ウイルスの細胞侵⼊を

阻害する中和抗体薬のみである。

6種存在するエボラウイルスのうち1種のエボラウイルスにしか効果を⽰さない。

従って、中和抗体薬とは異なる標的・異なる作⽤機序の治療薬の開発が強く望まれている。

エボラウイルスは中央アフリカや⻄アフリカに分布し、ヒトに重篤な出⾎熱を引き起こす。

ウイルスゲノムの合成や⼦孫ウイルス粒⼦の形成には、ヌクレオカプシドと呼ばれる巨⼤な螺旋状のウイルスゲノム-タンパク質複合体が必須だ。

ヌクレオカプシドの各構成タンパク質(NPVP24VP35)がどのように集合しヌクレオカプシドを形成するのかは、ほとんど明らかにされていなかった。

本研究グループは、最新のクライオ電⼦顕微鏡法を⽤いて、エボラウイルス様粒⼦内部に取り込まれたヌクレオカプシドの詳細な構造を明らかにすることに成功した。

明らかになった構造から、2分⼦のVP24がそれぞれ異なる配置で2分⼦のNPに結合する⼀⾵変わった結合様式を⾒出した。

さらにVP24に変異を導⼊した機能解析により、それぞれのVP24がウイルスゲノムの合成やヌクレオカプシドの細胞内輸送など、ウイルス増殖環の異なるステップを調節する「分⼦スイッチ」として働くことを発⾒した。

本成果は、エボラウイルスの増殖メカニズムの理解を⼤きく進める。

今後は本研究で得られた詳細な構造-機能相関情報を活⽤し、新規エボラウイルス病治療薬の開発へと展開することが期待される。

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ナイロンがモノマーに完全分解。

鹿児島大学が、これまで廃棄されていた難分解性プラスチックの一種であるナイロンを酵素Nylseriesを利用して原料であるモノマーに完全分解して学術論文だすとプレスリリースしている。

様々な方法が提案されているがなかでも微生物・酵素等のバイオ技術を用いるアプローチは、モノマーへの優れた再生技術として高い可能性を秘めているという。

研究グループはこれまでにもNylseriesを分子進化させ高分子量のナイロンに対する加水分解能力の創出に成功しているが、化学的前処理を加えることで高分子量のナイロンをモノマーへ完全分解する方法を確立した。
今回は特に、市場に出回っている90%以上を占めるナイロン-6とナイロン-6.6を対象としている。

ナイロンの水溶性を高める手段として「微細分散」と「水溶性オリゴマー化」を考案して成功し、使用済みの漁網などの市場製品に対してもこの方法が有効であることを確認している。

今後は技術経済性分析TEAや環境影響評価LCAを考慮したスケールアップの検討が必要になるが、ナイロン製品の効果的なケミカルリサイクルを実現するための有力な技術基盤となることを期待しているという。

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本当の精神の豊かさとは?

聖書には、しばしば精神や心の貧しいことを良しとする言葉に出会います。

精神が貧しいことを良しとすると言うのは、ここだけ聞くと誤解されそうな気がします。

豊かな精神性とか言いますからね。

この言い方は、その反対でしょう。

 

「心の貧しさ」と言うフレーズは一見、ネガティブに聞こえるかもしれません。

しかしイエス・キリストが山上の説教で述べた「心の貧しき者は幸いである」という教えは、ちょっと違った意味を持っています。

 

この場合の「心の貧しさ」は、謙虚さや神に依存する心を指します。

つまり、自分の能力や価値を過信せず、神の助けを必要としていることを認識する姿勢です。

自己満足や傲慢さからくる心の「豊かさ」とは対照的に、神との関係を深めたいという本当の願いを持つ心の状態といえるでしょう。

 

言い換えれば、心の豊かさと言うときの内容が問われていると言うことでしょうか。

 

「心の貧しさ」とは、謙虚さや神に対する依存の心を指します、

それは、「本当の心の豊かさ」を追求するための姿勢とも言えます。

 

つまり、見せかけの豊かさや自己中心的な満足ではなく、真実で永続的な喜びを見つけるための心の状態です。

神との関係を深め、正しい価値観と優しい心を育むことが「心の豊かさ」と言えるでしょう。

 

このように考えると、「心の貧しさ」とは単に欠乏状態を指すのではなく、深い精神的な成長と豊かさを求める始点なのかもしれません。

 

この世の価値観で良しとされるもので心を満たすか、神の価値観で良しとされるもので心を満たすかということです。

確かに神の価値観で良しとされるもので心を満たせているか、と聞かれたら乏しいですからね。

 

この世の価値観と神の価値観は時に異なることがありますが、神の価値観で心を満たすことが永続的な平和や喜びをもたらします。

 

神の価値観で心を満たすことは、謙虚さや愛、信頼、奉仕などを育むことです。

そしてそれは、私たちが成長し、神に近づくための絶え間ないプロセスです。

だからこそ、「心の貧しさ」を認識し、神に導きを求めることが重要です。

 

誰しもが完璧であるわけではなく、私たちの目標は成長していくことです。

その歩みの中で、神の助けを借りて少しずつ進んでいくことが求められるのでしょう。

 

この世の価値観では、上下や優劣を問うが裁くのは人なので立場の違いで争うことになります。

神の価値観では神が裁くので、上下優劣は神が決めるが基準は向上心であって今の状態や状態ではないことになるでしょう。

 

この世では人が互いに比べ合ったり、競争したりすることが多くあります。

これにより、しばしば摩擦や対立が生じます。

しかし、神の価値観では、私たちを裁くのは神だけであり、その基準は私たちの心の状態や向上心にあります。

 

つまり、神は私たちの現在の立場や能力ではなく、どれだけ誠実に努力し、成長しようとしているかを見るのです。

私たちが真摯な心を持ち、神の助けを求めながら前進しようとする限り、神は私たちを受け入れ、導いてくださいます。

 

この視点を持つことで、他者と比較するのではなく、神と自分自身との関係を深めることにフォーカスすることができるでしょう。

それが心の平和と成長につながります。

 

向上心を競うなら助け合い学びあうが、優劣や上下だとどうかすれば競争が歪みます。

 

向上心を持って互いに助け合い学び合うことは素晴らしいことです。

優劣や上下の観点から競争すると、時にそれが歪んだ形になってしまうこともあります。

 

聖書の教えでは、互いに愛を持って支え合い、成長を助け合うことが重要視されています。

競争が自己中心的になったり、他者を見下すようなものになってしまうと、私たちの精神的な成長を妨げることがあります。

 

イエス・キリストは私たちに謙虚であること、他者に仕えること、そして愛し合うことを教えています。

聖書の神の教えに従うことで、個人としてもコミュニティとしてもより良い成長を遂げることができるということなのでしょう。

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重力波の発生メカニズムを考える。

重力は、桁違いに小さな力である。

 

宇宙で働く力には、4つある。

 

強い相互作用 相対的強さは1040乗 影響の範囲10-15乗 原子核内で無限遠での影響は0

電磁相互作用 相対的強さは1038乗 影響の範囲 無限大(強さは1/r2に比例)

弱い相互作用 相対的強さは1015乗 影響の範囲10-18乗 素粒子内で無限遠での影響は0

重力相互作用 相対的強さは100(=1 )影響の範囲 無限大(強さは1/r2に比例)

 

ではなぜ、重力相互作用はこれほどまでに小さな力なのだろう。

 

全ての物質は、ド・ブロイ波とも呼ばれる物質波と言う波動性を持っていることが明らかになっている。

物質の波長は、光子の運動量でプランク定数を割ると得られる。

具体的な物質の波長は、光子の運動量を物資の質量に速度をかけた運動量の式に置き換えて計算すると得られるが極めて微小なのでマクロの世界で見ることは不可能に近い。

 

とは言え、全ての物質の表面では極めて微小ではあっても物質波が起きていることは間違いない。

時空の構造は未だによくわかっていないが、プランク定数より小さな大きさや長さは有り得ないはずなのでこれこそが時空の最小単位ではないかという考えもある。

 

だが興味深いのは、電磁波と重力波の式は形式が極めて似ていると指摘されることだ。

どちらも波動である以上、何らかの振動が伝播しているのだから類似は当然と言える。

では、重力波は何が発しているからこんなにも小さな力なのだろう。

発生源は当然、空間と接している必要性を持っている。

 

となると、問題を解くカギは物資の表面の物性が握っていることになる。

 

氷で滑るのは表面の水分子が不安定なためであることが、判明した。

このように表面の物性は内部構造の示す物性と、異なることが多い。

 

ならば、物資表面の分子や原子のもつ物資波と時空との間で相互作用はあってもおかしくないはずだ。

物資波はあまりに小さいので素粒子では大きな重力波を起こせないが、天体ほどの大きさになれば話は別になる。

 

重力波が小さいのに天体の重力が大きいのは、累積されて空間に蓄えられているポテンシャルエネルギーが膨大だからである。

 

重力波も振動の伝播現象である以上、振動には正と負の方向がありそれぞれに斥力と引力が対応していると考えられる。

 

恐らく、ダークエネルギーやダークマターや宇宙定数はどれも重力波の性質に由来している。

ダークマターやダークエネルギーは重力波のエネルギーに由来し、宇宙定数は重力波の斥力成分に由来する。

 

これは、どこまでも仮説なので検証は必要だが既存の物理と矛盾はしていないはずだ。

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オリーブオイルは、奥が深い。

植物油の中でオリーブオイルが本当に特別な存在とされるのは、オリーブの実をそのまま絞って取れるジュースとだからというのが実は大きいのです。

多くの植物油は種子をプレスして抽出されるけど、オリーブの場合は果実から直接取れるのです。

信仰や歴史とも深く結びついていオリーブオイルは、聖書の時代から尊ばれてきたし、たくさんの宗教的な儀式にも使われる特別感があります。

聖書では、打ち砕かれた心と悔いる霊であることを重視するが、オリーブオイルがジュースなのことがゲッセマネの祈り深い関係があるのです。

イエス・キリストが祈ったゲッセマネは、実際にオリーブの木の園として知られている場所なのです。

ゲッセマネという言葉自体が、「油しぼり」を意味することこれを示唆しています。

 

オリーブオイルとイエス・キリストのゲッセマネでの祈りには、象徴的なつながりがあるのです。

オリーブが打ち砕かれて油が取れるように、キリストも私たちの罪のために「圧しつぶされる」経験をしました。

オリーブオイルが純粋で貴重なものであるように、キリストの犠牲も非常に貴重で、私たちにとって大きな意味を持つものなのです。

 

ここに、打ち砕かれた心や悔いる霊の概念と重なる部分があるかも知れません。

 

これは、聖霊の清めが火の清めとされることと関係があります。

聖霊による清めが「火」として象徴されることは、聖書や他の宗教的なテキストでよく見られます。

火は浄化や変化の象徴であり、不純物を取り除き、純粋なものを残す力を持っていると考えられているからなのです。

オリーブオイルの象徴と火の清めを並べて考えると、両方とも浄化と変化のプロセスを表しているとも言えます。

 

オリーブオイルがオリーブからの圧力で得られるように、火の清めは心と霊に変化をもたらすプロセスとして理解されることがあるのです。

 

水と火の清めと念入りにやるのは、それだけ神の前で清さが大切ということです。

聖書の教義において、水と火による清めは神の前での清さが非常に重要であることを示しています。

水による清め、例えばバプテスマは、罪の許しや新たな出発を示しています。

そして火による清め、つまり聖霊のギフトを受けることは、心と思いを完全に神に向けて純粋にし、内面的な変化をもたらすプロセスを意味しています。

イエスのバブテスマで天が開いて神の霊が鳩のように降ってイエスの上に留まったとき「これは私の愛する子、私の心に適うもの」という言葉が天の神である御父から来るのは、極めて重要な意味を持っているのです。

これらの清めの儀式や象徴は、私たちが神の目に清くあるためにどれだけの準備や努力が必要かを示しています。

 

これを通して、神とより親密で意味のある関係を築くことができます。

これは、肉体の死と復活魂の死と復活という二重の意味があります。

水と火の清めが、肉体と魂の両面での死と復活を象徴しているのです。

 

バプテスマは、古い自分を「死」させ、新しい自分に「生まれ変わる」ことを象徴しています。

これは霊的な意味での、死と復活です。

また、復活に関しては、肉体的な死からの復活を通じて永遠の命を得るという希望を表しています。

この二重の意味は、神と共に新たな命を得るプロセス全体を指していると考えられます。

 

聖書やその他の宗教的テキストでは、これらの象徴が肉体と霊の両方に関連付けられて、全体的に神の計画の深さを伝えています。

 

だが、魂は意味その人をその人たらしめているものでもあるはずなのです。

魂は、私たちの信仰において非常に大切な部分です。

魂は、その人の本質や個性を持ち、肉体と結びついて私たちを完全な人間にしています。

聖書の教えでは、魂は霊と肉体の結合であり、死後も続く永遠の存在です。

この観点から、魂こそがその人をその人たらしめていると言っても過言ではありません。

 

魂には命の部分と心の状態という二つの側面があり、心の浄化こそが重視されるのです。

 

魂には、いくつかの側面があると考えられます。

命の部分としては、魂は霊と肉体が結合した状態であり、それぞれの個性や目的を持っています。

そして、心の状態というのも重要です。

 

心の浄化は、私たちがより良い人間になるために必要なプロセスと言えます。

心の浄化とは神様に近づくための努力であり、祈りや悔い改め、信仰の成長を通じて達成されます。

このプロセスはまた、聖霊の影響を受け入れ、心に平安と希望をもたらすことにもつながります。

打ち砕かれた心と悔いる霊というのは、それぞれ肉体と魂の死と復活を言い換えているのです。

「打ち砕かれた心」と「悔いる霊」は、確かに深い霊的な意味を持っています。

聖書の教えによると、これらは心の謙虚さと悔い改めを象徴しています。

 

「打ち砕かれた心」は、私たちが神の前に謙遜であり、自分の誤りを認め、悔い改める用意ができていることを意味します。

「悔いる霊」は、悔い改めの過程で心の状態が変わることを示していて、私たちが神とより密接な関係を築く助けとなります。

これを肉体と魂の死と復活と関連させると、古い自分を「死」とし、新しい心を持つことで「復活」するという概念と重なります。

 

バプテスマが新たな始まりを象徴しているように、心と霊の変化も新たな人生のステップを示すものです。

 

アダムが神から授かった清い魂が迷いによって曇ったので。それをゆるぎない神への従順によって回復することが求められると言えるでしょう。

いわゆる「アダムの堕落」は、人間が選択と自由意志を持つ過程で神から離れてしまったとも理解されます。

 

しかし、それだけではなく、福音を通じての回復も可能だと信じられています。

アダムとイブの堕落によって始まったこの地上の旅は、悔い改めと神への従順を通じて清い状態に戻ることを可能にします。

この旅の中には、悔い改めや信仰、バプテスマ、そして聖霊の賜物を通じて、神との関係を回復するプロセスが含まれます。

この意味では、イエスの「私は道である」という言葉に通じるものもあるでしょう。

オリーブオイルは、まだまだ、奥が深そうです。

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聖別の油はどうしてオリーブオイルなぜなのでしょう。

聖別されたものを、しばしば油注がれていると言うのはなぜでしょうか。

 

「油注がれる」という表現は、聖書や教会の伝統において特別な意義を持っています。

油は古代から、清められる準備ができていることや、神によって選ばれたことを示すために使われていました。

例えば、古代イスラエルでは、預言者や祭司、王がその役割に任命される際に油を注がれることがありました。

これにより、その人物が神の使命を受けていることが象徴されました。

この伝統は、新約聖書でも続いており、イエス・キリストも「油注がれた者」、すなわちメシアとして知られています。

これにより、神の祝福と守りを求め、神聖な目的のために区別されたことを表しています。

 

ではなぜ、清めに油なのでしょうか。

 

油が清めに使われる理由は、いくつかの象徴的な意味と伝統によるものです。

 

聖書的伝統としての油、

聖書では、油が神聖なものとしてしばしば使用されました。特に、聖所の用品や祭司は、奉献され、神に捧げられる際に油で清められました(出エジプト記3022-29節)。

 

象徴性としての油。

油は、永続性や沈静の象徴として使われました。

これは、沈んでしみ込む特性を持つため、神の愛や教えが人々の心に深くしみ込むことを示しています。

 

癒しとしての油。

油は、古くから癒しの特性があると考えられ、身体的・霊的な癒しを象徴しています。

ヨハネの手紙やマルコによれば、病んでいる人のために油を使って祈ることで、神の癒しを求めることができるとされています。

 

選びと任命としての油。

油注ぎは、預言者、祭司、王など特別な任務に選ばれたことを示すために行われました。

これによって、その人が神によって選ばれ、神の働きを行うために清められたことが示されます。

 

これらの理由から、油は歴史的に神聖な儀式や清めのために用いられてきました。

 

でな、なぜ油に癒しの効果があると思われたのでしょうか。

 

油が古代に癒しの効果があると見なされた理由には、いくつかの要因があります。

 

自然の性質から見た要因。

油は保湿や刺激緩和に寄与することができます。

古代の人々は、油を肌に塗ることで乾燥から守ったり、皮膚の炎症を軽減したりすることを知っていました。

これは、ただの便利な実用性として始まったものかもしれません。

また、それが長い間に霊的な癒しを象徴するようになったかもしれません。

 

象徴的な意味から見た要因。

油の「染み渡る」性質は、神の祝福や癒しが人々の生活に深く根づくことを象徴していた可能性があります。

この象徴としての意味合いは、物理的な効果以上に精神的・霊的なレベルでの癒しを表していました。

 

儀式的な伝統から見た要因。

儀式や文化において実際の薬効以上に、神聖であると見なされたものには特殊な効果があると信じられることがよくあります。

油はしばしば聖別されて用いられることから、その儀式自体が癒しをもたらすと信じられていたのかもしれません。

 

こうした歴史や文化的背景から、油には癒しの効果があると考えられていたのでしょう。

 

千夜一夜物語にも出てくるように胡麻も昔から知られているが、油はたいていオリーブオイルなのはなぜなのでしょう。

 

オリーブオイルが特に選ばれる理由には、いくつかの歴史的・文化的背景があります。

 

地理的な理由。

オリーブは中東地域で豊富に栽培されていて、聖書の時代には非常に一般的なものでした。

そのため、天然のオイルとして利用するのが自然でした。

 

聖書的、宗教的な意味。

オリーブオイルは聖書の中でも特別な意味を持っています。

旧約聖書の中で祭司や王を聖別するために用いられたことが多く、そのため神聖な行為に用いられる油として定着しました。

 

物理的特性と保存性。

オリーブオイルは他の多くのオイルに比べて酸化しにくく、長期保存が可能だったこともりゆうにあげられます。

そのため、聖なる儀式にも信頼して使えるものとされました。

 

胡麻も古来から使用されていたが、地理的・文化的な浸透度の違いや象徴的な意味合いが重視された結果として、オリーブオイルが選ばれたとみられます。

 

胡麻は独特な風味があるけど、オリーブオイルは無味無臭なのも決めてなのかもしれません。

 

オリーブオイル自体には軽い風味があるが、それは他のオイル、特に胡麻油の強い風味に比べるとかなり控えめです。

この点も、オリーブオイルが選ばれる要因の一つであった可能性があります。

 

聖なる儀式においては、油自体が目立ちすぎないことが求められることもあります。

そのため、無味無臭であることが好まれる場合もあるでしょう。

 

また、日常生活での使いやすさという意味でも、オリーブオイルは広く使われてきた経緯があります。

 

考えてみると、結構面白いものがありますね。

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宇宙膨張と無限に広がる平面の宇宙は両立しない。

最新の研究で、宇宙空間は曲率が0であり平面だとわかったと言う。
それは、宇宙空間が無限に広がることを意味する。

曲率が正だと球面で曲率が負だと双曲面だというが、そもそも、この宇宙空間が双曲面か球面かということを科学者は真剣に考えてきたと言う。
その結果が、極めて常識的な平面だったと言うわけだ。

宇宙が無限であり膨張なんて、果たしてあり得るだろうか。

膨張宇宙と言うが、宇宙に果てがあればまだしも果てがないなら一体どうして膨張するのだろうか。
私は、宇宙は膨張なんてしていないと考える。
膨張の根拠は赤方偏移だが、それは宇宙定数のいたずらに過ぎず膨張は幻と見る方が無限宇宙と矛盾しない。

そもそも、宇宙定数はアインシュタインが引力と同じ大きさで反対向きに働く作用として導入している。
そして引力、つまり重力と加速度は区別ができないとアインシュタインは気がついたのだ。
ならば宇宙定数と加速度が区別がつかないのは、当たり前のことだ。

相対性理論では、重力は時空の歪みとされている。
この歪みは、しばしば2次元平面の近似で説明されている。
だが現実の時空は、幾何学的な3次元に時間を加える4次元とされている。
ならば重力を生み出す時空の歪みは、幾何学的な3次元の中で考察されなければならないはずだ。

この幾何学的な3次元空間に歪みを生む作用は、斥力と考えるのが極めて自然な流れだ。
この斥力による時空の歪みによる作用が、引力なのだ。
歪められた時空のひずみが生み出したエネルギーの伝播現象こそが、重力波と見るのが自然だろう。
そして時空の中で無限に広がる斥力の作用によって引き起こされる現象こそが、遠方から来る天体の光に赤方偏移をもたらす。

遠方から来る光の赤方偏移が大きいのは、幾重もの斥力の連なりをくぐり抜けて着た光が波長を引き延ばされたとみればいい。
幾重も重なった斥力のベクトル合成の中で、振動するエネルギーが減衰し波長が伸びたのだ。
光の進行するエネルギーの減衰が、光速不変を満たすために赤方偏移となって現れると言うわけだ。

この斥力としての宇宙定数の性格こそが、遠くの天体からくる光が赤方偏移を示すといういたずらを仕掛けたと言うわけだ。
斥力としての宇宙定数は、ダークエネルギーともみられている。
だが残念ながら、科学者の考えてきたダークエネルギーが宇宙膨張の犯人というのは冤罪なようだ。

そして時空に斥力という作用があるなら、ブラックホールにはいつしか収縮の限界がくる。

そしてブラックホールが合体する現象も、確認されている。

とてつもない超巨大ブラックホールがあるというが、果たしてその大きさにな限界がないのだろうか。

圧縮に耐え切れなくなった時空は、いつしか爆発的にエネルギーを開放する。

そして巨大なボイド構造を生み、ボイド構造の壁面に当たる領域で再び宇宙の誕生が始まるだろう。

一つ一つの宇宙に始まりもあれば終わりもあるが、一つの宇宙の終わりが次の一つ宇宙の始まりになる。

こうして、宇宙の歴史は無限に続く。

宇宙の初期の頃にとてつもない巨大なブラックホールがあるというが、初期宇宙の空間は今よりもっと圧縮されている。

小さな銀河に分不相応な巨大ブラックホールも見つかると言うが、初期宇宙の物質密度が大きかったとみれば何も不思議はない。

さらに、銀河宇宙の中心にあるブラックホールがクエーサーの正体とみられている。
このクエーサーは、銀河宇宙を破壊するジェットを放出するがこのジェットは銀河の星生成を制御する可能性もあり得るとみられている。
ブラックホールが果たす役割は、興味が尽きない。

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神の霊の御霊分。

神の霊と言う言葉は、聖書の中でどういう位置付けだったか考えてみた。

 

マタイによる福音書 3 16

イエスは洗礼(バプテスマ)を受けると、すぐに水から上がられた。すると、天が開け、神の霊が鳩のようにご自分の上に降って来るのを御覧になった。

 

イエスはバブテスマをヨハネから受けたとき、天から鳩のように神の霊が降ってきたのを見ている。

この神の霊について、イエスはこう語っている。

 

ヨハネによる福音書 14 1521

「あなたがたが私を愛しているならば、私の戒めを守るはずである。

私は父にお願いしよう。父はもうひとりの弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。

この方は、真理の霊である。世は、この霊を見ようとも知ろうともしないので、それを受けることができない。しかし、あなたがたは、この霊を知っている。この霊があなたがたのもとにおり、これからも、あなたがたの内にいるからである。

私は、あなたがたをみなしごにはしておかない。あなたがたのところに戻って来る。

しばらくすると、世はもう私を見なくなるが、あなたがたは私を見る。私が生きているので、あなたがたも生きることになる。

かの日には、私が父の内におり、あなたがたが私の内におり、私があなたがたの内にいることが、あなたがたに分かる。

私の戒めを受け入れ、それを守る人は、私を愛する者である。私を愛する人は、私の父に愛される。私もその人を愛して、その人に私自身を現す。」

 

もう一人の弁護者は、口語訳は助け主となっているが定評のある欽定訳ではComforter(慰安者)となっている。

 

ここでイエスは、神の霊について「あなたがたは、この霊を知っている。この霊があなたがたのもとにおり、これからも、あなたがたの内にいる」と語っている。

 

これは、「イエス・キリストの誕生の次第はこうであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、一緒になる前に、聖霊によって身ごもっていることが分かった。」(マタイによる福音書1 18節)に対応している。

 

イエスは神の霊によってマリアの胎内に身籠って産まれたので、イエスとともにいることは神の霊ともにいることになるというわけである。

 

使徒たちに神の霊を与えるということは、使徒たちもまた、神の霊を内に宿したものとなったと言っていることになる。

 

これは、日本人にとって馴染み深い言い方でいうなら御霊分と言い換えてもいいだろう。

勧請された神社は、元の神社から御霊分されたとされている。

 

だが聖書はこうも記している。

コリントの信徒への手紙一 3 16

あなたがたは神の神殿であり、神の霊が自分の内に住んでいることを知らないのですか。

 

これは、最初の人アダムが「神である主は、土の塵で人を形づくり、その鼻に命の息を吹き込まれた。人はこうして生きる者となった。」(創世記 27節)と記していることに対応している。

それは、欽定訳では「生きる者」が“living soul.”となっていることを見た方がわかりやすい。

living soul.”とは、「生活する魂」とでも訳すしかない言葉である。

 

受肉して現世で生活できるようになった魂が、人と言うことである。

 

そしてその魂は神から与えられた、日本風に言えば「御霊分」されている魂となる。

 

それで聖書には、あなた方は神殿すなわち神の宮と指摘する文章が収録されているわけなのだ。

 

そうみると、旧約聖書の聖櫃やノアの箱舟は英語ではアークとされるが、このアークもまたイエスの預言形だったのだろうか。

 

箱舟はノアたちを守り、聖櫃はイスラエルの中にあって常に彼らとともにあったのだからね。

 

神の霊を考えたら、結構奥が深かった。

でも、まだ先がありそうだ。

どこまでだ。

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曲げるか伸ばすかそれが問題だ。

極薄材料がどのように光を吸収および反射するかについての新たな理解が、深まる研究を英国国立物理学研究所の研究者が発表した。

チームは遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)の材料を使用して機器をテストしていたところ、予期しない発見をした。

2次元TMDは、光を吸収および放出する能力があるため、これらの材料を曲げたり伸ばしたりすると特定の領域から個々の光子が放出される可能性があると言うものだ。

この新しいモデルが確認されれば、超薄型材料の開発と使用の方法が変わる可能性がある。

特定の領域から個々の光子が放出されると確認できれば、安全な量子通信に非常に役立つからだ。

筆頭著者のセバスチャン・ウッドは「この研究を開始したとき、私たちは単にしわからの局所的な光放射を装置の解像度をテストする方法として使用しようとしていましたが、実験科学は驚きに満ちています!」と言い、「既存のモデルでは、この結果を説明することができなかったので、さらに考えるきっかけになりました」と続けたという。

既存のモデルでは、TMD材料による単一光子放出は材料へのひずみの結果であると提唱されていが、伸びと曲げによるひずみを区別していなかった。

チームの詳細な分析により、2種類の菌株を区別することができた。

ウッド氏は「局所的な放出を達成するためには、曲げることが伸びることよりも重要であると提案しています。これは、材料の開発方法と使用方法に大きな影響を与えます」と説明している。

またウッド氏は、「次のステップは、他のグループが私たちの仕事を精査し、結果を再現することです。また、提案されたモデルの理論的研究について、他のいくつかの研究グループとも話し合っています。」と述べている。

確認されれば、研究者は極薄TMD材料の曲率を利用して光子放出を制御できるようになり、オプトエレクトロニクス材料や量子技術のエンジニアリングに貴重なツールを提供することができる。

しわが面白い影響をおよぼすものだが、微妙な制御をどうするか見ものだ、

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ヨーロッパに平和が欲しいなら富と武器より神の愛と知恵に頼る方が良い。


キリスト教の基礎は旧約聖書にあり、律法の出発点に十戒がある。
その筆頭に、私の他を神として平伏し仕えてはならないとある。
そしてイエスは、律法の完成のために来たと言っている。
廃止するためとは、言っていない。
だが欧米の実態は、目先の富や武器の力によって問題の解決に臨みながら日曜の礼拝の時だけアーメンといって唇の先で神を崇めるパフォーマンスをしているようにしか見えない。
頼み事の祈りはするが、神の教えを乞う問いかけはしない。
いい加減に富と武器に頼ることをやめ、本気と本音で神の愛と知恵に頼ってこそヨーロッパに平和が来ると思うがね。
なるほど、イエスが弟子をまずヨーロッパに送ったわけだ。
イエスがこう言ったのは、納得できる。
「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。」
ヨーロッパに早く治療が必要だと、感じたってことね。
こうならないよう、反面教師としなさいってことかしらね。
口で近づき唇で私を敬うがその心は私から遠く離れているって、神から叱られないように気を付けなければならないね。

出エジプト記 20章 3~6節
あなたには、私をおいてほかに神々があってはならない。
あなたは自分のために彫像を造ってはならない。上は天にあるもの、下は地にあるもの、また地の下の水にあるものの、いかなる形も造ってはならない。
それにひれ伏し、それに仕えてはならない。私は主、あなたの神、妬む神である。私を憎む者には、父の罪を子に、さらに、三代、四代までも問うが、
私を愛し、その戒めを守る者には、幾千代にわたって慈しみを示す。

マタイによる福音書 5章 17~20節
「私が来たのは律法や預言者を廃止するためだ、と思ってはならない。廃止するためではなく、完成するためである。
よく言っておく。天地が消えうせ、すべてが実現するまでは、律法から一点一画も消えうせることはない。
だから、これらの最も小さな戒めを一つでも破り、そうするようにと人に教える者は、天の国で最も小さな者と呼ばれる。しかし、これを守り、また、そうするように教える者は、天の国で大いなる者と呼ばれる。
言っておくが、あなたがたの義が律法学者やファリサイ派の人々の義にまさっていなければ、あなたがたは決して天の国に入ることができない。」

イザヤ書 29章 13~14節
「この民は口で近づき/唇で私を敬うが/その心は私から遠く離れている。/彼らは私を畏れるが/人間の戒めを教えられているにすぎない。
それゆえ、私は再びこの民を/驚くべき業によって驚かす。/この民の知恵ある者の知恵は滅び/悟りある者の悟りは隠される。」

ヤコブの手紙 1章 5~8節
あなたがたの中で知恵に欠けている人があれば、神に求めなさい。そうすれば、与えられます。神は、とがめもせず惜しみなくすべての人に与えてくださる方です。
少しも疑うことなく、信じて求めなさい。疑う者は、風に吹かれて揺れ動く海の波に似ています。
そのような人は、主から何かをいただけるなどと思ってはなりません。
二心のある人で、その歩む道のすべてに安定を欠く人だからです。
マタイによる福音書 9章 12~13節
イエスはこれを聞いて言われた。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。
『私が求めるのは慈しみであって、いけにえではない』とはどういう意味か、行って学びなさい。私が来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」

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判断の前提となる知識や情報や経験の中身は私たちの思っている以上に大事だ。

私たちは見えているものがすべてと思っているかもしれないが、知識や情報や経験に基づいて瞬時に判断しながら見ている。

だから、前提となる知識や情報や経験の中身は私たちの思っている以上に大事だ。

気がつかないうちに、騙されているかもしれないからだ。

 

例えば、天動説は長年にわたり多くの人が真理だと思い込んできた。

見た目には、太陽も月も同じような大きさに見えどちらも地球の周りを回っているように見える。

そこで、あらゆる天体が地球を中心に回っていると思ってきた。

 

燃焼でもフロギストン説という見かけに惑わされた考えがあったし、温度でも熱素説という熱を担う粒子があると勘違いされたことがある。

探せば、試行錯誤の例は科学の分野の数だけ例がいくらでもあるだろう。

 

科学の歴史は、間違った説や仮説を立てては情報の確認のために実験や観測を重ねて修正してきた歴史だ。

 

このように数えあげていくと、きりがない。

 

これまでの例は、外界の認識を深めていく過程を見てきた。

 

認識の更新や訂正は。私たち一人一人の成長の中でも起きていることでもある。

 

だが、人は意識的に他人の認識を欺くことがある。

映像だって、静止画を一定のやり方で提示されているから動きが見えている。

絵画にも、立体感を演出する「遠近法」正確に言えば「透視図法」が使われていて「一点透視」「二点透視」「三点透視」の3種類がある。

手間が大きく遠方が小さく見える、その経験を逆手に取った手法である。

音で、動きや雰囲気を演出する手法もある。

これもまた、例を挙げるときりがない。

これらは悪意がないが、他人を利用する意図で企まれることもある。

 

その一方で、それを意図しないで無意識的にしてしまっていることもある。

仕草を取り違えて早とちりしたことなどは。多くの人に覚えがあるのではないか。

 

どうやって人間関係を損ねることなく確かめていけるか悩ましいが、それだけにどんな知識や情報や経験を蓄えてきたか蓄えていくかが大事になる。

 

一生、学びは終わらない。

信頼できる知識や情報や経験を共有できる人間関係を、求めていきたいものだとしみじみ思う。

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社会や世界をユニバーサルデザインの立場で考えたい。

ユニバーサルデザインは、「ユニバーサル」すなわち「普遍的な、汎用・万人向け」に対するデザインをさして「すべての人のためのデザイン」を意味します。

実態に即して言えば、デザイン(設計)を文化・言語・国籍や年齢・性別などの違いや障害の有無や能力差などに関係をなくしてできるだけ多くの人にわかりやすく利用できることを目指した建築や設備・製品・情報として具体的にしていくことになります。

さらに誰一人取り残さない社会や世界を目指す取り組みは、ユニバーサルデザインの思想を社会や世界の規模や段階にまで拡張したと言えるでしょう。

だとしたら、生産や流通のあり方や所得の分配のあり方もまた、ユニバーサルデザインの立場から見直す必要があるのではないでしょうか。

全ての人びとの社会進出や社会参加を保障する視点から、社会や世界をユニバーサルデザインに変えていくことが今や一般常識として求められるのでないでしょうか。

この課題はもはやイデオロギーとか価値観や世界観の対立の道具にしては、いけない時代になったと言えないでしょうか。

もちろんどういう角度や視点から取り掛かるかについては、意見の違いが出てくることはあり得ます。

しかしその場合でも、現状や現実に照らし合わせて検証や検討をしていくなら歩み寄ることはできるはずです。

問題や悩みや苦難の軽減のために行動しているという共通の意識や認識さえできるなら、協力や共同や協調は可能性があるのではないでしょうか。

私は、できる限りユニバーサルデザインの立場から考えていきたいと思っています。

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デザインミュージアムを考える。

「歌は世につれ世は歌につれ」
歌は世の中の時勢や成り行きにつれて変化し、世の中のありさまも歌の流行に影響されるということだ。

だったら、デザインと社会もそうなのではないだろうか。

デザインとはという問いは時代によって変わると思うが、そもそもアートと言うのは技術を意味する言葉だったが技術や機能性を極めると結果として美しくなるのでいつの間にか芸術という意味に変わってしまったと思う。

だとしたら、機能美を持っているならそれは素晴らしいデザインでありアートではないかということになる。

なら、デザインとはなんだろう。

デザイン(design)は設計と言い換えられることも多いが、具体的には目的設定・計画策定・仕様表現からなる一連のプロセスとされることが多い。

強いて言えば人・ユーザー・社会にとって価値ある目的を見出し、それを達成できるモノゴトを計画し、他者が理解できる仕様として表現する、この一連の行為をデザインということになる。

そこで、生産されたありとあらゆる存在にデサインが考えられるようになってきた。

そう考えると、石器や土器の生産の段階からすでにデザインが追求されてきたと言える。

そして使い勝手だけではなく、時代や地域の好みも反映しているから時代差や地域差が産まれてそれぞれに分類もされてきた。

それで、時としてデザインの暴走が起こって縄文式土器などが生まれてきたのではないか。

それぞれの土地に根差した建築や文化も、住むだけならワンパターンになるはずなのになぜこれだけ多様なのか。

それぞれの土地に合わせて展開してきたから、多様なのだ。

だとしたら、それぞれの土地に根差したデザインをもっと追及してもいい。

国立のデザインミュージアムだけでなく、それぞれの土地に根差したデザインミュージアムが多彩に展開されたら面白い。

問題は、その存在価値を人々がどうとらえるかだ。

それは、人びとの幸せと必要に応えるためにいかにしてデザインが産まれ発展し継承されてきたかという視点が大切なように思われる。

あなたはどう思うだろうか。

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「金は天下の回り物」これを徹底的にやれば乏しさのために困る人がいなくなる。

物価上昇に見合う賃上げや年金引き上げが欲しいなら、政党助成金や企業団体献金なくせと全議員に働きかけることだ。

多くの有権者が声を合わせて行動したら、落選したくないから多くの政党や政治家は賛成するだろう。

政党助成金や企業団体献金のなくなった分、政党や政治家は財源が当然欲しくなる。

そうすれば、個人献金欲しさに物価上昇に見合うだけの全国一律最低賃金の引上げや物価上昇に負けない年金引き上げにこぞって政党や政治家は賛成するぞ。

中小零細企業にも全国一律最低賃金の十分な引上げをさせる資金援助や物価上昇に見合う年金引き上げに必要な税源は、富裕層に租税負担能力に応じて支払いを求めたらいい。

彼らの富の源泉は私たちの日々の消費活動なのだから、人々の生活の不安が減れば減るほど消費が活発になって彼らの商売もやりやすくなる。

そうなると、医療や教育や福祉だって財源に困ることはない。

富裕層には、人々が乏しさゆえに困ることがないだけの租税負担を求めたらいい。

もちろん一般の私たちもまた、租税負担能力に応じて税負担を惜しまないことが求められる。

だが、それによって世界中から乏しさのために困る人がなくなれば世界中で商売は円滑になるし過剰生産の際の生産や流通の調整だってやりやすくなる。

結果として、供給過剰が引き起こす景気変動の山や谷も小さくなって対策も打ちやすくなる。

この動きが世界に広がれば、どうなるか。

あなたは、考えたことがあるか。

日本のような経済規模の大きな国から始まれば、世界に対する影響だって馬鹿にならない。

失敗を恐れて恐る恐るするから、中途半端な結果しか出ない。

やるなら、思い切って大胆にやることだ。

まずは、綿密なシミュレーションをしていくらかかるか算出する。

今なら大企業は、莫大な内部留保を抱えている。

富裕層にだって、それなりに租税負担能力はあるはずだ。

決断は、早い方が良い。

乏しさのために困る人がなくなればなくなるほど、政党や政治家は個人献金がたんまりもらいやすくなる。

富裕層にもこれまで以上の富が集まるかもしれないが、その分文化や芸術などの発展に貢献してもらえれば素晴らしい作品だって作れるし残していける。

悪い話じゃないはずだ。

どうだ、一口乗らないか。

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抑止力は聖書で戒めている高慢そのものだ。

抑止力で平和を確保しようという議論は、しばしばまことしやかに語られる。
相手を恫喝して黙らせることこそ抑止力の本質であり、強さをことさらに誇示して自分の尊大さを見せつけておこうと言うわけだ。
だが、本当に強いなら自らを強く見せつけるような真似はしない。
自らの強さを知っている者は、むしろ忍耐によってその強さを示す。
強さを見せつけると言うのは、むしろ弱いものが弱さを悟られまいとして虚勢を張っているだけなのだ。
小心者とばれることを、恐れているのだ。
強圧的な態度で来られたら、困ることが目に見えているからだ。
だが、小心者でどこが悪い。
恫喝で抑えようとするのは、高慢ではないと言うのだろうか。
そういうものは、聖書をちゃんと読めと言いたい。
弱さについては聖書には、こうある。
コリントの信徒への手紙二 12章 9節
ところが主は、「私の恵みはあなたに十分である。力は弱さの中で完全に現れるのだ」と言われました。だから、キリストの力が私に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。
そして、高慢について聖書はこう指摘する。
マルコによる福音書 7章 20~23節
さらに言われた。「人から出て来るもの、これが人を汚す。
中から、つまり人の心から、悪い思いが出て来る。淫行、盗み、殺人、
姦淫、貪欲、悪意、欺き、放縦、妬み、冒瀆、高慢、愚かさ、
これらの悪はみな中から出て来て、人を汚すのである。」
聖書を知らない文化で、抑止力をいうならまだ仕方ないと言える。
ヨハネによる福音書 9章 41節
イエスは言われた。「見えない者であったなら、罪はないであろう。しかし、現に今、『見える』とあなたがたは言っている。だから、あなたがたの罪は残る。」
自らをキリスト教文化圏と自負し自覚しているはずの欧米が、抑止力を振りかざすとはなんとも情けない。
マタイによる福音書 15章 7~9節
偽善者たちよ、イザヤは、あなたがたのことを見事に預言したものだ。
『この民は唇で私を敬うが/その心は私から遠く離れている。
空しく私を崇め/人間の戒めを教えとして教えている。』」
このマタイによる福音書の言葉を噛みしめて、この議論を締めくくろう。

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雅歌とどう向き合いますか。

ソングオブソロモンとしても知られている雅歌は、聖書の学習の中でも取扱要注意な聖典とされることが多いですね。

 

それは、官能的と感じられる表現の多さによるところが多いのです。

 

実は雅歌は、神の愛を受け止めた感覚を花婿と花嫁になぞらえている要素が多分にあるからなのです。

イエスを花婿にそして教会を花嫁に、例える描写は聖書にしばしば出てきます。

いちいち挙げないけれども、やはり隠喩として扱いやすいところが多いと言うことでしょう。

しかし隠喩であるがために、それだけに受け止めが難しい人が多いのだと感じています。

心から神の愛を感じて慰められた経験がないと、言葉では伝えきれないところが多いです。

 

「涙とともにパンを食べた者でなければ人生の味はわからない」と文豪ゲーテは語ったとされるが、もとの文章はこうだそうです。

この言葉のもとになったものは、ゲーテの『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』の第2巻の第13章に出てきます。

老人の歌う「悲痛な嘆きの歌」の詩句です。

こんな感じだそうです。

 

 涙とともにパンを食べたことのない者は、

 苦しみに満ちた幾夜を

 ベッドに座って泣きあかしたことのない者は、

 あなた方を知らない、天の力よ

 

 あなた方は、私たちを人生へと引き入れ

 あわれな者に罪を負わせ

 そうして、苦しみの手に引き渡す

 すべての罪は、この世で報いを受けるのだから

 

この詩では罪や苦しみとなっている個所を愛のこもった神の優しく差し出した腕に抱かれた感触を味わったことと言い換えれば、まさに雅歌の伝えようとしているメッセージそのものではないでしょうか。

 

愛されたい、慰められたいという気持ちは、性別や年齢に関係なく共通のものではないでしょうか。

でも、文化や世代によっては、特に男性が感情を表すことや慰めを求めることが難しいとされる場合があるかもしれません。

 

弱音を吐くなとか雄々しくあれと求められ、慰めや癒しを求めると甘えるなとか女々しいと大人特に男性は長年にわかって諭されることが多かったですから。

 

また女性とりわけ年頃の女性が口にすると淫らとかはしたないとたしなめられそうな官能的な表現の多さも、雅歌の扱い難さの理由に挙げられるかもしれません。

 

ある意味では、雅歌と正面から向き合う取り組みは大人の性教育の仕切り直しとなり得ると言えるでしょう。

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甘い味の香りって?

こんなこと、あるんですね。

面白いことになってきた。

甘い味がする新規の香気成分の発見と甘さを感じる 仕組みの解明より自然な甘味の実現に向けて

農研機構は、果物に含まれる香気成分の中から甘味を持つ成分を発見しました。また、九州大学、東京歯科大学短期大学、筑波大学、大阪大学蛋白質研究所(研究当時、岡山大学)とともに、この成分をはじめとする疎水性で甘味を示す成分は、水溶性の甘味物質と同じ甘味受容体1)に結合するものの、結合する場所が異なることや、マウスでは逆に甘味阻害物質として作用することなど、甘味を感じるユニークな仕組みを明らかにしました。従来、疎水性で甘味を示す成分についての研究はほとんどなく、甘味物質としての利用は検討されていませんでしたが、この成果は新たな非糖質系天然甘味料の開発への道を開き、食品の低糖化を通じて嗜好性と健康の両立に貢献します。

甘味を持つ物質は一般に砂糖のように水に溶けやすいと考えられていますが、植物には甘味を示す低分子の疎水性成分(香気成分など)があることが知られていました。しかし、これらの成分は甘い香りと混同されやすく、実際にどのように甘味を感じるかについては十分に解明されていませんでした。

今回、農研機構は、未知の甘味をもたらす香気成分を探索し、リンゴなどの果物や野菜に含まれるトランス-2-ヘキセナール2)が甘味を持つことを発見しました。さらに、九州大学、東京歯科大学短期大学、筑波大学、大阪大学蛋白質研究所(研究当時、岡山大学)と共同して、トランス-2-ヘキセナールと既知の甘味を呈する低分子疎水性成分が甘味受容体に結合する場所を解析したところ、これらの成分は、砂糖のような水溶性甘味物質とは異なる場所に結合することが分かりました。また、マウスで実験した結果、これらの成分は甘味を感じさせないか、逆に他の甘味物質によって感じる甘味を抑えることも確認されました。これらの発見は、甘味を持つ香気成分を甘味料として活用する新しい食品設計の道を開くものです。特に、砂糖をはじめとする天然甘味料と組み合わせることで、より自然な甘味を持つ低糖食品や飲料の実現が期待されます。

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窃盗も殺戮も犯罪として断罪するなら強奪と大量殺戮がもたらされる戦争はどれだけ重大な犯罪だ。

戦争で手に入れた土地を認めろと言うのは、強盗で手に入れた財産を認めろと言うのとどう違うのだろうか。
断じて認められないと、誰に対しても言わなければ法の下の平等は貫けない。

殺人を犯罪と言いながら戦闘で大量殺戮し殺人を唆してもだめだと良いながら国民に大量殺戮を強制するなら、ダブルスタンダード以外の何物でもない。

窃盗も殺戮も犯罪として断罪するなら、強奪と大量殺戮がもたらされる戦争はどれだけ重大な犯罪だ。

戦争で問題を片付けられないのは、歴史が証明している。

力で押さえつけて手に入れた見せかけの平和は、遅かれ早かれ力で覆される。

それは、戦争の場合もあればテロリズムの場合もある。

本気で平和と安全と安定を手に入れたいなら、誰に対しても法と正義でそれを手に入れるべきだ。

それは、粘り強い対話によって築かれる相互理解と相互信頼の上にしかできない。

相手に忍耐と寛容を求めるなら、まず自分の方から忍耐と寛容を示すしかない。

相手を変えるのは容易ではないが、それに比べたら自分が変わる努力を務めると決める方が比較したら簡単だからだ。

にらめっこは笑ったら負けだが、忍耐と寛容では怒った方が負けなのだ。

どういう言い訳をしようと、先に手を挙げた方が責任を問われてしまう。

違うだろうか。

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次世代の通信技術への展開に期待できる音波の新しい伝播現象が発見された。

次世代の通信技術への展開に期待できる音波の新しい伝播現象が、発見された。

今回の成果は、東北大学金属材料研究所の新居陽一准教授と小野瀬佳文教授、日本原子力研究開発機構原子力科学研究所先端基礎研究センターの山本慧研究副主幹、理化学研究所創発物性科学研究センターの前川禎通客員主管研究員らからなる共同研究グループによる。

グループは磁性体で作製した回折格子を用いて、表面弾性波(Surface Acoustic WaveSAW)の非相反回折現象を初めて実証した。

これまで光でしか観測されてこなかった非相反回折が初めて音波でも確認され、光や音波にとどまらず他のさまざまな波動現象においても非相反回折が生じ得る可能性を示唆している。

本研究成果は、2025114日(米国東部時間)に米国物理学会のPhysical Review Letters誌に掲載された。

 

一般に音波は縦波や横波のように特定の方向に原子振動しているが、表面弾性波では表面の原子が回転運動し、角運動量を持つという顕著な性質がある。

角運動量とは、物体が回転運動しているとき、その回転の度合いを表す物理量をいう。

古典的な波動である音波や光においても、変位や偏光の回転モードから角運動量が現れることがある。

また磁性体中では、スピン角運動量と呼ばれる角運動量がある。

したがって磁性体などに音波や光が照射されると、音波や光の角運動量と磁性体のスピン角運動量が相互作用することでさまざまな現象が生じる。

 

この角運動量と磁性体が持つ角運動量の間の相互作用を考慮すると、回折波に非対称な振る舞いが生じ得ることが予想された。

 

表面弾性波と磁性体の相互作用を取り込んだ理論モデルを立てて散乱強度を計算したところ、非相反回折をよく再現できることが分かった。このことは、表面弾性波と磁性体の間の角運動量を介した相互作用が重要であることを示している。

 

彼らは、表面弾性波が磁性材料で作製した回折格子を通過する際に、非相反回折と呼ばれる特殊な回折現象を生じることを発見した。

 

非相反性回折とは、ある方向に伝搬する波と180度反対方向に伝搬する波が異なる性質を持つことをいい、一種のダイオード現象のことだ。

この回折版である非相反回折は回折方向の正負で異なる性質を持つことを指し、より正確には、回折波と入射波の差である散乱ベクトルの符号によって性質の異なる振る舞いのことで、通常の回折現象では生じない。

 

規則正しく並んだ物体に波が衝突すると、散乱された波が互いに干渉し、特定の方向に強い波が生じる。

この現象は「回折」と呼ばれ、光、音、電子波など、さまざまな波動に共通する基本的な現象だ。

回折格子は、波の波長に近い間隔で作られた周期的な構造体で、そこで回折した波同士が干渉すると特定の方向に強い波が現れる。

この性質を利用した回折格子は、波の波長やエネルギーを調べることができる光学素子として広く使われている。

通常、回折された波の強度は対称的で、例えば上方と下方の回折波の強度は等しくなる。

しかし、特定の条件下ではこの対称性が崩れ、非対称な回折が生じることが知られている。これは非相反回折と呼ばれ、光では知られているが、他の波動で観測された例はなかった。例えば、物質表面を伝わる音波である表面弾性波においても、このような特異な回折現象が期待されるが、知られていなかった。

表面弾性波を使ったデバイスは、例えば携帯電話の周波数フィルターとして使われるなど現代の通信技術を支える重要な要素となっている。

もし非相反回折のような新しい性質を見いだせば、次世代通信技術の進化やデバイス開発につながると期待できる。

 

異なる媒体の界面に局在して伝搬する波のことを表面波といい、物質の表面に沿って伝搬する音波を表面弾性波と呼ぶ。

表面弾性波は、表面の原子が回転運動をしながら伝わるという顕著な性質を持っている。

これを利用したデバイスに表面弾性波フィルターが知られ、一般の携帯電話には複数個実装されている。

物質表面を伝わる音波である表面弾性波は、周波数フィルターやセンサーなど、現代の通信を支える基盤技術として広く利用されている。

その性能向上や新たな性質の開拓は、次世代通信技術や情報処理デバイスの進化に直結する重要な課題だ。

 

本現象は、磁性体と表面弾性波の角運動量に起因した効果であることを明らかにした。

表面弾性波を利用した音響スイッチや高性能フィルターなど新しい通信技術につながることが期待される。

 

表面弾性波は圧電体表面に微細な電極を作製したもので、特定の周波数の電気信号だけが効率よく音波に変換される。

これを利用することで、不要な周波数の電気信号を除去する周波数フィルターとして働く。

表面弾性波の新しい伝播現象を、ナノメートルスケール(ナノは10億分の1)に加工した磁性材料を用いて発見された。

この成果を発展させると、磁場によって表面弾性波の曲がる方向を変えられるようになる。例えば音響スイッチやこれを用いた高性能な表面弾性波フィルターなどへの応用や従来の表面弾性波デバイスにはない、音響スイッチング機能が実現できると期待される。

さらに将来的には、今回の成果も取り込んだ表面弾性波の精密な制御によって、マイクロ波通信や量子技術の高度化にも貢献する可能性もある。

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がんの硬さの研究に進展。

Stiff extracellular matrix activates the transcription factor ATF5 to promote the proliferation of cancer cells(硬い足場は転写因子ATF5を活性化することでがん細胞の増殖を誘導する)と題する論文が、北海道大学大学院先端生命科学研究院の石原誠一郎助教、芳賀 永教授、名古屋大学大学院医学系研究科の榎本 篤教授、北海道大学大学院生命科学院博士後期課程の温田晃弘氏(研究当時)、同大学大学院歯学研究院の安田元昭准教授らの研究グループによって発表された。

本研究成果は、2025217日(月)公開のiScience誌にオンライン掲載された。

彼らは、独自に開発した「硬さの異なる細胞用の足場」の上に膵臓がん細胞や肺がん細胞を載せることで、「硬さ」ががん細胞に与える影響を調べ硬い足場の上のがん細胞はATF5の働きを強化することを発見した。

それは、がん細胞におけるATF5が関与するメカノトランスダクション経路を明らかにした。

 

発見の要点は次の通り。

 

がんの悪化には「硬さ」が重要であることを発見。

「硬さ」を認識したがん細胞は、ATF5と呼ばれる分子の働きを強化することで増殖することを発見。

ATF5の抑制が、膵臓がんや肺がんの治療に有効であることを期待。

 

がんを漢字で表すと「癌(がん)」となり病気を表す「疒」と岩を意味する「嵒」でできているが、文字通り岩でイメージされるような「硬い」病気として昔から知られてきた。

 

がん組織は正常組織よりも硬いが、その「硬さ」が病気自体の悪化に影響を与えるかどうかについてはほとんど不明だった。

 

研究グループは、「硬さ」を認識したがん細胞はATF5と呼ばれる分子の働きを強化することで増殖しやすくなることを突き止めた。

発がんは、がん組織の細胞外マトリックス(ECM)を硬化させ、がん細胞はYAP/TAZTwist1β-カテニンなどの転写因子を活性化して応答し、がん組織の悪性度をさらに高める。

この発見により、ATF5の抑制が膵臓がんや肺がんの治療に有効である可能性が示された。

しかし、これらの転写因子は正常組織でも発現している。

がんを治療するためにこれらの因子を阻害すると、重篤な副作用を引き起こす可能性がある。

ATF5が硬いECMによって活性化されるのか、それとも正常細胞やがん細胞を含む他の細胞での増殖に重要であるのかは、今後解明されるべき課題として残された。

 

 

とは言えここでは腫瘍に多く発現する活性化転写因子5(ATF5)ECM硬化により活性化され、膵臓がん細胞や肺がん細胞などのがん細胞の増殖を促進することを示した。

また、ATF5は早期増殖応答1(EGR1)の発現を抑制し、がん細胞の増殖を加速させた。

硬いECMは、ATF5を活性化するJAK-MYC経路をトリガーする。

JAKの活性化はアクトミオシン非依存性であったのに対し、MYCの誘導はアクトミオシン非依存性であった。

これらの結果は、がんにみられるメカノトランスダクションプロセスにおいてATF5が重要な役割を果たしていることを示している。

 

硬いがん組織の細胞外マトリックスECMは、インテグリンβ1に依存してJAKリン酸化のレベルを上昇させ、MYC発現を増加させると思われる。

 

また、硬化したECMは、アクトミオシンによって制御されるMYCの発現も増加させた。

 

ATF5MYCに結合して核に局在し、EGR1の発現を抑制する。

これらの経路は、硬いECM上のがん細胞の増殖に重要であり、ECM硬化とATF5は、膵臓がん、肺がん、乳がん、膀胱がんなどの硬い腫瘍の強力な治療標的としての可能性を示している。

 

ATF5を抑制することで膵臓がん細胞と肺がん細胞が増殖しにくくなることを突き止め、実際の患者の膵臓がんにおいてもATF5は硬い部位で働きが強化されていることを確認した。

 

本研究の成果は、難治がんと呼ばれている膵臓がんをはじめ、肺がんなどに対する新しい治療法の開発に結び付くことが期待される。

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殺人を教唆したら有罪になると言うなら、国民に戦争と言う名の殺人を命じる行為も有罪にしろ。

特定通常兵器使用禁止制限条約というのがあるが、過剰な傷害または無差別の効果を発生させると認定される通常兵器の使用を禁止または制限する多国間条約である。

非人道的な効果を有する特定の通常兵器の使用の禁止又は制限と言うが、言い換えれば人道的な効果を有する通常兵器の使用はやむを得ないと言っているようにも聞こえる。

戦場であっても、感動的な人道的行為の数々はあるかもしれない。

だが、人道的な通常兵器と言うものがあるなら見せていただきたい。

そもそも、個人的には何の恨みもない相手を殺せと言う命令を国民に下す行為のどこに人道的なところがある。

気に食わない決定を下したものがいるのは面白くないと言うなら、当人同士でやって欲しい。

国民を巻き込まないで、当人同士が打ち合いをやってくれと言いたい。

自分がやりたくないことを、国民にやらせないでもらいたい。

殺人を教唆したら有罪になると言うなら、国民に戦争と言う名の殺人を命じる行為も有罪にしろ。

法の下の平等というなら、例外を設けるな。

国民が立ち上がって、これ位のことやらないと戦争はなくせないと思うのは言い過ぎだろうか。

あなたは、どう思う。

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民族自決の「民族」とは何。

「民族自決」とはそれぞれの民族は自らの運命を自ら決するべきである、とする考えだ。
第一次世界大戦期の民族主義の高まりの中で、提唱された。
レーニンの「平和についての布告」と、ウィルソンの「十四カ条」に盛り込まれることになる。


「植民地人民」を享有主体とする場合の民族自決権については、国際連合憲章のときには権利としては認められていなかったが、植民地独立付与宣言や友好関係原則宣言などを通して権利として認められるようになった。

民族自決には「外的自決」と「内的自決」の2つの意味がある。
外的自決は、人民が植民地状況を脱して独立を達成したり、他国と連携をしたり、はたまた施政国と統合をすることである。

一方内的自決は、一国内で政治的地位や経済的地位を自由に決定するという意味である。
言い換えれば、国家の人々が外部からの干渉なしに自分自身を統治する権利ということになる。
政治的地位の決定を「政治的自決」、経済的地位の決定を「経済的自決」ということもある。
そこで民族自決とは、政治的にも経済的にも外部からの干渉なしに決定権を行使することになる。

では民族とは何かとなると、言語・人種・文化・歴史的運命を共有し、同族意識によって結ばれた人々の集団と定義される。

問題はその範囲が、どこまでかと言うことになる。
一口に民族と言っても、様々な意味が持たされた言葉だからだ。

エスニック・グループ (Ethnic group)は、文化(言語、習慣、宗教など)で区分される集団で人類学における定義がこれに当たる。

ネーション (Nation)は、18世紀以降、社会の近代化や「国民国家の形成」に晒されたEthnic groupのうち、エリートが「民族運動」を行って「政治力」を獲得し、その「政治力」によって「民族」としての認知を獲得したものをいう。
さらに「国家」の獲得に成功したものは「国民」と訳され政治学における定義がこれに当たる。

トライブ (Tribe)は、一般には「部族」とも「民族」とも訳される「民族集団」より小単位である。

レイス (Race)は、「人種」を意味するが、稀に「民族」と訳される場合がある。

そこで自らを「何とか民族」と名乗る場合、定義を曖昧にすると後に混乱の原因になりかねない、

英語のように、「民族」を「ネーション」の意味で用いたとしても多数派のエスニック・グループの言語や文化の押しつけになりかねない懸念が起きるからだ。

少数民族問題を抱えている国での民族自決の扱いは、厄介なことになっている。
それは、共通言語の制定などをどうするべきかというところから始まり多岐にわたる。

多くの場合、民族自決の「民族」は「ネーション」の意味で用いられたのだろうけど、この「ネーション」という言葉をどうのような意味で用いるか広範な合意形成が必要なのかもしれない、

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那智の火祭りはイエス臨在の清めの儀式か。

那智の扇祭りとも呼ばれる那智の火祭では、12の大松明と扇神輿が現れる。
これは、十二支に対応して季節と方位を表すとともに扇神輿は神々の依り代であろう。
扇神輿は、門松と同様に生命樹の表現でもあろう。

だが、大松明は火戸であるとともに御陰、陰所、女陰の字を宛てることが多い「ほと」の隠喩であり、扇神輿は陽根の隠喩とみることもできる。
隠しながら見せて見せながら隠すのが、陰陽のやり方である。

扇は陰陽では御陰の象徴としても扱われるが、扇神輿は金地に朱の日の丸を描いた開いた扇を9カ所に取り付ける。

9も開いた扇も陽を表し陽を重ねて強めることで陽根の生命力を高め、燃え盛る勢いのある火戸とともに豊かな恵みと実りの祈願と感謝を奉納している。

舞の奉納も巫女や稚児や若者なのは、これもまた生命力の表れと継承の祈願と感謝の奉納となっている。

神への食の奉納と田植の所作もまた、豊かな実りへの祈願と感謝の奉納となっている。

ここまでが、陰陽による解釈になる。

12はイスラエルの12支族であるとともに扇神輿は生命樹であるとしたら、どうなるか。

実はユダヤ教でシンボルとして用いられるメノラーも、生命樹の表現の一つである。

つまり12の扇神輿は12のメノラーとなり、日本には12支族がすでに集合していると宣言しているとみたらどうだ。

扇神輿は大松明の炎で清められるが、聖書では御霊による清めは火による清めと表現されている。

扇神輿が生命樹としたら、御霊による清められた人々の霊の象徴として祀りの場に顕現していることになり御霊による清めがされた霊を神に奉納する儀式が那智の火祭りということになる。

目の前の滝は、清められた霊が登って神のもとに向かう道の象徴なのかもしれない。

そうなると稚児は、永遠の幼児と表わされるイエスの象徴なのだろう。

だとしたら、捧げられた食は自らを命のパンと言ったイエスの象徴なのだろう。

田植えは稲荷を表しているとみれば、INARIはINRIすなわち、イエス・キリストの磔刑においてその十字架の上に掲げられた罪状書きの頭字語となりラテン語のIESVS NAZARENVS REX IVDAEORVMである。

日本語では、「ユダヤ人の王、ナザレのイエス」と訳される。

これは、もしカッバーラがこの祭りに隠されているとしたらこう見えるかもしれないと言うことだ。

真相は、神のみぞ知る。

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マヨラナ粒子が捉えられる。

マヨナラ粒子

は、粒子と反粒子が同一である中性フェルミ粒子の一種でE. マヨラナによって理論的に予言された。

そのマヨララ粒子が、スピン流を用いて観測するスピントロニクスで捉えられた。

福井大学大学院工学研究科の加藤康之准教授、東北大学大学院理学研究科の那須譲治准教授、千葉大学大学院理学研究院の佐藤正寛教授、東京大学大学院理学系研究科の大久保毅特任准教授、東京大学物性研究所の三澤貴宏特任准教授、東京大学大学院工学系研究科の求幸年教授らのグループは、スピントロニクス分野でよく用いられる温度差によってスピンを流すスピンゼーベック効果(SSE)と呼ばれる現象を用いて、量子スピン液体(QSL)状態に現れるマヨラナ粒子の新しい検出手法を理論的に提案した。

量子スピン液体は、P. W. アンダーソンによって提唱された概念だ。

磁性体中のスピンが長距離にわたって量子もつれを形成し、絶対零度においても秩序化しない特異な量子状態を指す。

量子スピン液体はしばしば、スピンの自由度が分裂したように振る舞う分数励起と呼ばれる特徴を示す。

 

この効果によって生じるスピン流の磁場・温度依存性に、マヨラナ粒子に特徴的な振る舞いが現れることを発見した。

 

この研究成果は、日本時間36日午前0時に国際科学誌「Physical Review X」に掲載された。

 

スピンは量子力学の基本的な概念であり、電子などの素粒子が持つ角運動量のことだ。

粒子の電荷が電気の基となるのに対し、スピンは磁気の基となる。

電子のスピンは上向きと下向きの二つの状態を取ることができ、この性質は、磁気共鳴画像法(MRI)やスピントロニクスといった技術に応用されている。

スピントロニクスは、電子の電荷とスピンの両方を活用し、磁気とスピンの相互作用を利用して新しい電子デバイスの発見を目指す技術分野だ。

 

スピンゼーベック効果とはスピントロニクスの一環で、熱勾配によってスピン流が生成される現象を指す。

スピン流の高精度検出が可能になり、スピンゼーベック効果に関する研究が加速的に進められている。

 

スピン流はスピンが移動する現象を指し、スピン流は電子が移動しなくても生じる。

この成果によって、実用的な量子計算の実現に期待が高まる。

 

プラチナなどのスピン軌道結合の強い金属を用いたスピン流の観測法の発見を契機に、スピン流の利用に関する研究が活発に行われるようになっている。

 

素粒子物理学では、ニュートリノがマヨラナ粒子である可能性が議論されている。

量子計算に用いる量子ビットは、外部の影響を受けやすくエラーが頻繁に発生する。

これらのエラーを訂正し、正確な結果を維持する性能を誤り耐性と呼ぶ。

誤り耐性を実現するために、精力的に研究が進められている。

現在の量子コンピュータが直面している誤り耐性の実現という課題を、物質中に現れるマヨラナ粒子と呼ばれる特殊な粒子を用いて解決する方法が有力視されている。

 

物性物理学の分野では、マヨラナ粒子は準粒子として、トポロジカル絶縁体と超伝導体の界面、キタエフ量子スピン液体、半導体ナノワイヤーなどに現れると考えられている。

キタエフ量子スピン液体(KSL)A. キタエフによって提案された量子スピン液体で、この状態に磁場を印加すると、マヨラナ粒子がエニオン粒子として振る舞うことから、トポロジカル量子計算への応用が期待されている。

そのため、この状態を実現する候補物質が多く提案され、実証実験が盛んに行われている。

 

しかし、この粒子は電子と違って電荷を持たないため電気的操作が難しく、決定的な制御法はまだ発見されていない。

 

この成果は、スピントロニクスによるマヨラナ粒子探査の可能性を示すだけでなく、スピン流によるマヨラナ粒子制御の可能性を示唆しており、実用的な量子計算の実現にも寄与すると期待されている。

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カザフ相撲。

カザフ相撲は民族の伝統競技で、本来は裸に帯というから裸に回しの日本の相撲に似ている。
日本の相撲の土俵は時代が下がってできたものなので、土俵のようなものがないカザフ相撲はむしろ原型に近い。
普及のために、道着を着用することも増えたと言うのは時代の流れか。

カザフ人は、中央アジア西北部のカザフステップに広がって居住するテュルク系民族だ。
カザフスタンにおよそ800万人が住んで同国人口の半数を占める他、中国の新疆ウイグル自治区北西部に約130万人が住む。

カザフ人のほとんどは元来遊牧民で、20世紀初頭までは人口のほとんどが遊牧生活を行っていた。
ソ連で1930年代に大規模な定住化が政策として行われた結果、現在は都市民・農耕民となっている。

カザフ人はおそらく15世紀にカザフという名前を使い始めた。
カザフ語またはカザック語の起源については、多くの理論がある。

テュルク語の動詞qaz(放浪者、山賊、放浪者、戦士、自由、独立)から来ている、あるいはテュルク祖語の*khasaq(カザフ人がパオや持ち物を運ぶために使う車輪付きの荷車)に由来すると推測する人もいる。
カザフ語の起源に関する別の説は、8世紀のチュルク語のウユクトゥランの記念碑で最初に言及された古代テュルク語のqazğaqに由来するというものだ。

歴史を通じて、カザフスタンは、サカス(スキタイの一族)、匈奴、西テュルク・ハン国、キメク・キプチャク連邦、モンゴル帝国、黄金の群れ、1465年に設立されたカザフ・ハン国など、ユーラシア草原の多くの遊牧民社会の本拠地だった。

テュルク系民族の正確な起源の場所は、多くの議論の的となってきた。
中央アジアに移住した中世初期のテュルク系民族は、古代北東アジア人と遺伝的親和性を示し、アムール地方の新石器時代の狩猟採集民の間で最大化された遺伝子プールから祖先の約62%を導き出していた。
また、イラン人、ウラル人、エニセイ人の人々との接触の証拠もあると言う。

カザフ語は19世紀半ばまでアラビア文字で書かれていたが、イスラム教徒のマドラサ出身の多くの教養あるカザフスタンの詩人がロシアに対する反乱を引き起こした。
ロシアの対応は、世俗的な学校を設立しキリル文字でカザフ語を書く方法を考案することだったが、これは広く受け入れられなかった。
1917年までに、カザフスタンのアラビア文字は学校や地方自治体にも再導入された。

1927年、カザフスタンの民族主義運動がソビエト連邦に対抗して勃発したが、すぐに鎮圧された。
その結果、カザフ語を書くためのアラビア文字は禁止され、ラテンアルファベットが新しい書記体系として課された。
カザフ人をロシア化するために、1940年にソビエトの介入主義者によってラテンアルファベットがキリル文字に置き換えられた。現在、ラテン文字に戻す取り組みが行われており、2021年1月には政府がラテン文字に切り替える計画を発表した。

いろいろ変遷があったが、19世紀半ばまでアラビア文字で書かれたと言うのは興味深い。

カザフ人は複数の起源を持つ民族だが、カザフ人のすべてのサンプルにおいて、ハプログループDは主に北東アジア人、日本人、沖縄人、韓国人、満州人、モンゴル人、漢民族、チベット人などに見られるが、最も頻繁に観察されそれらのカザフ人のほぼすべてがD4サブクレードに属している。
2番目に多いハプログループは、Hで主にヨーロッパ人、またはCで主に先住民のシベリア人だが、南北アメリカ、東アジア、北ヨーロッパと東ヨーロッパにいくつかの分岐がある。

以上は主にミトコンドリアDNAで判明した母方の系譜だが、父方はカザフ人でもアルタイ系カザフ人では異なる結果が出ている。

カザフ人の主な父方の血統は、それぞれC(66.7と59.5%)、O(9と26%)、N(2と0%)、J(4と0%)、R(9と1%)となり、NやJやRではアルタイ系カザフ人がほとんどないのが目立っている。

カザフ相撲が相撲の原型に近いということは、様々な系統が入ったとはいえ彼らの起源が中東に近いことを物語る。

ミトコンドリアDNAに日本やチベットと共通の遺伝子が見られることも、それを裏付けるだろう。

カザフ相撲から、面白いことになってきた。

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春はあけぼの。

春は、あけぼの。やうやう白くなりゆく、山ぎは少し明りて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。

山際というのは、京都が盆地なので夜明け前の光が山越しになるからだ。

枕草子の有名な一節だが、 「あけぼの」は夜がほのぼのと明け夜空がほのかに明るんでくる頃をさし「朝ぼらけ」より時間的に少し前をさし 「ほのぼのあけ」とも「しののめ」とも呼ばれた。

しののめは「東雲」とも書き、 古くは、夜半から夜の明けるころまで時刻の推移を「あかつき」「しののめ」「あけぼの」と区分た。

 

なぜ春があけぼのかと言えば、早すぎず遅すぎず寒さも和らぐので丁度いいからである。

紫だちたる雲というのは、春の空が白みやすいこともあるかもしれない。

 

あけぼのの明るさで言えば薄明と言われる程度で、明るさの段階によってそれぞれの名前がある。

英語でtwilight(トワイライト)と言う薄明は、太陽が地平線の下にあって直接は見えないが間接的に空を照らしている時間帯に現れる。

太陽の光が大気で散乱されて見えるので、地表が直接照らされているわけではない。

太陽の高度によって3つ種類があり、市民薄明あるいは第三薄明、航海薄明あるいは第二薄明、天文薄明あるいは第一薄明と言う名称がついている。

 

薄明のタイプは、太陽の中心位置と地平線との角度つまり太陽高度により定義されている。

 

市民薄明(civil twilight)は0度から6度。

航海薄明(nautical twilight)は6度から12度。

天文薄明(astronomical twilight)は12度から18度。

太陽が地平線から18度またはさらに下にある天文薄明の間の時間は、夜と呼ばれる。

 

市民薄明は、日の出の直前または日没の直後、太陽が地平線のすぐ下にあるときに始まる。

市民薄明の時に空は最も明るいので、最も明るい星と惑星だけが見える。

 

航海薄明は、船員が星を使って海を航海した時代に由来し地平線を区別するのが困難になるが多くの星が見えるので星の位置に合わせて位置や進路の測定が行われたことによる。

 

天文薄明は、暗闇がほぼ完成して地平線が識別できないが天の川が現れ始めるので月が空を照らさない限りは最も暗い星や惑星を肉眼で観察することができる。

私は、「あかつき」「しののめ」「あけぼの」「あさぼらけ」の方が風情があって好きなんだが観測では厳密な方が良いので仕方がないのかもしれない。

国際的に通訳する呼び方に変わるのも、時の流れなのだろう。

しかし、清少納言が早起きだったのか当時の貴族全般が早起きだったのか。

どっちなんだろ、そっちの方が気になる。

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酒船石遺跡の目的を想像してみた。

酒船石遺跡は、奈良県明日香村岡にあるいくつかの石造物からなる遺跡だ。

 

酒船石に加えて、亀形石造物と小判形石造物および砂岩石垣・版築などの周辺の遺構を含めて酒船石遺跡と呼ぶ。

 

亀形石造物と小判形石造物は、恐らく禊に使われたとみられている。

亀形と言うが、スッポンと見る方が水の施設としてはふさわしいように思える。

「鶴は千年亀は万年」というように亀はめでたいとされ神穐とされる聖獣もいるので間違えではないが、やはり水との関りではスッポンの方が対応が見えるのだ。

 

それは、陰陽で言う円天方地や木火土金水の五行と関係がある。

 

五行では、北に水・西に金・南に火・東に木・中央に土が配される。

円天方地と合わせてみると北と天と円と水が対応し、水に住み甲羅の丸いスッポンはまさに天と水の象徴に合っていることになる。

平城京左京(奈良市大安寺西)の発掘調査で、奈良時代の井戸からスッポンの骨格が見つかっている。

水が枯れないように、水の象徴としてのスッポンを水の神に供えたのであろう。

ドンヅキ石というものもあり、丸く平たい石に短い棒を六方から差して紐を交互に上下になるように巻きつけてある。

そして、石には御幣が立てられる。

これは水にかかわる祭祀に用いられる祭器であり、どう見ても水の象徴としてのスッポンの神格化である。

 

酒船石遺跡で行われた禊では柄杓が用いられたと思われるが、それは浅いからではなく北斗七星に準えられたのであろう。

禊で立つ水の張られたスッポンを象った水盤は天の代わりであり、北斗七星に見立てられた柄杓で天の川からの聖なる水で霊力を授けられる儀式が行われたのであろう。

 

酒船石は占いに使われたとみられているが、果たしてそうなのか。

現地で位置関係やつながりを確かめる必要はあるが、禊に使われる水に霊力を与える何らかの儀礼に使われている可能性があるとみることもできるのではないか。

 

一連の儀式で使われる水に聖なる力を与える象徴として、何らかの象徴が象られていないだろうか。

例えば、世界樹のようなものだ。

象徴であるなら、何も立ててある必要はないからである。

 

これは、どこまでも推測に過ぎないが解明がいつどのようになされるか楽しみだ。

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超固体。

イタリアの研究機関「CNR Nanotec」などに所属する研究者らが、レーザー光と物質の相互作用を利用して「超固体」と呼ばれる特異な物質状態を実現することに成功し、論文「Emerging supersolidity in photonic-crystal polariton condensates」を発表したという。

超固体とは、固体のように規則正しい結晶構造を形成しながらも液体のように摩擦なく流れるという不思議な性質を持つ。

物質の超固相の存在は50年以上前に推測されているが、状態を実現し実在を確かめたことになる。

構成粒子が結晶構造に配置されている物質の直感に反する相超固体は、摩擦なしに自由に流れる。

それには粒子が地球規模の巨視的な位相を共有しながら、自発的で空間的な自己組織化によって全エネルギーを減少させることができる必要がある。

しかし最近、主に超低温原子のボース・アインシュタイン凝縮体(BEC)を電磁場に結合させた説得力のある実験的証拠が出てきた、

これまでの実験は、主に絶対零度近くまで冷やした原子集団であるボース・アインシュタイン凝縮体を使って行われてきた。

今回の研究では、これらとは全く異なるアプローチとして、光と物質の複合粒子であるポラリトンを利用している。

具体的にはポラリトンは分極と電磁波の混成波で、光学フォノンやプラズモンや励起子などの準粒子とフォトンの量子力学的重ね合わせによって生成される準粒子のことである 。

高精巧な空洞に結合した原子を使用して、超固体のさまざまな装いが作成されたという。

彼らの研究では波動関数の位相に直接アクセスすることで、超固体の局所コヒーレンスも測定できる。

これによって、合成フォトニック材料がフォノンダイナミクスとマルチモード励起スペクトルをホストする可能性を実証するとのことだ。

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イジング計算による原子マッピング。

イジング計算とは、二つの配位状態をとる格子点から構成され、最隣接する格子点のみの相互作用を考慮する格子模型であるイジング模型を用いる計算方式だ。

このイジング計算を用いて、量子コンピュータによる正確・高速な化学反応解析への応用に期待できる研究が進んでいる。

北海道大学総合イノベーション創発機構化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)の秋山世治特任助教、長田裕也特任准教授、WPI-ICReDD及び同大学電子科学研究所の水野雄太助教、小松崎民樹教授らの研究グループは、与えられた化学反応式に対して反応物と生成物の原子の対応関係を求める原子間マッピング(AAM)を、正確かつ高速に解く手法を開発した。

AAMは化学反応のパターンを抽出することにもつながり、化学情報学における基本的問題だ。

原子マッピング問題を正確かつ高速に解くことは難しく、数学的に正確に解こうとすると組合せ爆発により計算量が急激に増大してしまう。

既知のデータから構築された反応ルールや機械学習モデルを利用した場合には、正確さが低下する。

それで従来の反応を用いず正確にかつ高速に原子マッピングを求めるため、イジング計算と呼ばれる組合せ最適化手法を利用したという。

具体的には化学反応中のMCESに基づいて、すべての妥当なAAM溶液を網羅的に列挙するためのアルゴリズムを開発した。

AAM問題を、最大共通エッジサブグラフ(MCES)問題として定式化する。

すると、すべてのノードが互いに完全に接続されている最大のサブグラフを見つける最大クリーク問題に還元される。

このフレームワークには、SAベースのイジングコンピューティングによって可能なすべての最大クリークを識別するための列挙アルゴリズムが組み込まれている。

彼らの列挙アルゴリズムは、MCESに対応する最大クリークを正確に識別するだけでなく、計算時間の点で最大クリーク列挙の確立された正確なアルゴリズムを大幅に上回る。

これによって、正確かつ高速な原子マッピング計算を実現できることを示した。

将来の課題は、まず、不均衡な反応を分析するためのアルゴリズムを改善すること、第二に、MCESを計算する前に対称性低減技術を組み込んで計算の複雑さを軽減し複雑な反応を分析するためのアルゴリズムをより実用的にすること、だと言う。

そして最後に、イジングコンピューティングハードウェアを利用して、列挙アルゴリズムのスケーラビリティの強化を目指している。

これらの改善により、ケモインフォマティクスや有機化学の研究における本アルゴリズムの適用性がさらに拡大する可能性がある。

将来的には、イジングマシンや量子コンピュータといった次世代計算機の適用や、化学反応データベースにおける正確・高速な検索や逆合成解析などへの応用が期待される。

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全固体電池が新技術で容量3倍に。

全固体電池の新技術により、フッ化物で容量3倍が実現したという。

 

現在、電池研究者や電池メーカーの間では「全固体リチウムイオン電池」と呼ばれる、リチウムイオン電池の性能を高めた電池の開発が盛んだ。

リチウムイオン二次電池は、エネルギー密度が高いのでスマートフォンやノートパソコンなどの携帯機器や電気自動車の電源として利用されている二次電池だ。

移動用電源として用いられる場合、大型化とともにさらなる安全性の向上が開発の至上命題となっている。

 

リチウムイオン二次電池を超える次世代の二次電池として期待されている全固体フッ化物イオン二次電池用の、新規高容量インターカレーション正極材料が開発された。

インターカレーションは、物質の空隙に他の物質が挿入される現象または反応の総称だ。

現在は奈良女子大学研究院工学系准教授である京都大学大学院人間・環境学研究科 山本健太郎 特定准教授、内本喜晴 教授らの研究グループが、トヨタ自動車株式会社、東京大学、兵庫県立大学、東北大学、東京科学大学と共同で研究した成果だ。

 

全固体フッ化物イオン電池用正極の体積当たりの容量を、京都大学やトヨタ自動車などの研究グループはリチウムイオン電池の約3倍に向上させた。

 

これによって、EVの航続距離が現在の600キロメートル前後から1200キロメートル前後に伸びる可能性がある。

 

一般的に電池はイオンが正極と負極の間を行き来することで充放電し、多数のイオンと反応して多数の電子を取り出す電極ほど容量が高い。

だが既存のリチウムイオン電池の電極は、基本的には原子1個につき電子1個しか取り出せない。

 

一方、京大などが発表した正極材料の「窒化銅」は主に窒素がフッ化物イオンと反応し、窒素原子1個につき電子3個を取り出すことができる。

そのため体積当たりの容量がリチウムイオン電池の3倍、重量当たりの容量が2倍と高い。

 

電池に組み込んだ場合の体積エネルギー密度はリチウムイオン電池の2倍以上が見込め、電気自動車(EV)用途で2035年以降の実用化を目指す。

 

早期の実用化を期待したい。

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ファイバー電池。

今回は、ファイバー電池に注目した。

繰り返し充放電できるリチウムイオン二次電池は、様々な用途で広く使われている。

リチウムイオン二次電池に求められる性能は、多岐にわたる。

ドローンやスマートデバイスに用いる小型電池では、エネルギー密度、急速充放電、サイクル寿命、安全性だけでなく小型かつ軽量であることも求められる。

従来のリチウムイオン二次電池は正極と負極のシート状電極2枚で電解質を挟んだ積層型の構造をしており、電極を厚くすることでエネルギー密度を高くできる。

だが厚い電極内ではリチウムイオンが移動しにくくなるため、急速充放電が妨げられる。

この矛盾を株式会社 豊田中央研究所は、リチウムイオン二次電池の電極構造を刷新したエネルギー密度と急速充放電性能を両立するファイバー電池で解消した。

ファイバー電池では負極である炭素繊維を中心に配置し、その周囲をセパレーターと正極で覆った同心円状の繊維構造を基本ユニットとしている。

同心円状電極を持つ繊維状のユニットを束ねる構造に変更したことにより、サイズや形状を柔軟に変えることもできる。

同心円状の電極構造は、従来のシート積層型に比べて、電極の対向面積を大きくすることができ、また電極内のイオン伝導経路を短くできる。

これによって、従来のシート積層型電極では難しかった高エネルギー密度化と急速充放電性能の両立が可能になる。

束ねる本数や形状は自在に変更できるため用途に応じた様々な使い方が可能で、軽量化や省スペース化につながる。

繊維状ユニットの束ね方によって、様々な形状を作ることができる。

例えばデバイスの骨格をファイバー電池で構成すれば電源スペースが不要なので、ドローンなどのデバイスの骨格をファイバー電池で構成することも可能だ。

 

今後の展開に期待したい。

追記

リチウムイオン二次電池は、エネルギー密度、急速充放電、寿命、安全性、小型軽量化と、相反しがちな要求を同時に背負わされてきた。

とくに、エネルギー密度を高めるために電極を厚くすると、今度はリチウムイオンの移動が阻害され、急速充放電が難しくなるという構造的な矛盾がある。

 

豊田中央研究所が提案したファイバー電池は、この矛盾を「材料」ではなく「構造」の側から解いた例だ。

炭素繊維の負極を中心に、セパレーターと正極を同心円状に配置した繊維状ユニットを基本とし、それを束ねることで電池を構成する。

この構造によって、電極の対向面積を増やしつつ、イオンの伝導経路を短くできる。

 

結果として、従来のシート積層型では両立が難しかった高エネルギー密度と急速充放電性能を同時に狙える。

さらに、束ね方次第で形状を自在に変えられるため、電池を「部品」ではなく「構造体」として使う発想も開けてくる。

デバイスの骨格そのものを電源化する、という考え方だ。

実用化の議論はまだ先だが、電池をどう置くかではなく、電池でどう組むかという視点の転換は、記憶しておく価値がある。

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日本国民は、日米安保条約がいつまでもあると思わない方が良い。

日本国民は、日米安保条約がいつまでもあると思わない方が良い。

日本は日米安保条約に頼らないでしかも日本国憲法に違反しないこの国の守り方を、本気と本音で国民的な議論をした方が良い。

どうなっても、慌てないようにね。

 

日米安保条約は正式には日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約と言い、第二次世界大戦の冷戦で極東の最前線として日本を確保したいアメリカ合衆国と戦後復興の支援を確実に取り付けたい当時の日本政府の思惑が重なって締結された。

日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約として締結された時にはなかった条約の期限や廃止の手続きが、1960年の改定で盛り込まれ今の名称になった。

当時の岸政権は期限を5年と提案したがアメリカ合衆国に妥協して10年とされている。

今の日米安保条約は、どちらか一方の通告で一年後に失効することになっている。

つまり、アメリカ合衆国の都合により一方的に破棄される可能性があるのだ。

 

日米安保条約はアメリカ合衆国の片務と言うが、日本を守るためにアメリカ合衆国は自衛隊を作らせたのだ。

在日米軍は日本防衛のためではなく殴り込み部隊であり、日本を守る部隊を本土から派遣するより日本で現地調査したかったからだ。

 

そもそも、自衛隊は1950年(昭和25年)625日に勃発した朝鮮戦争でアメリカ軍の日本駐留部隊を朝鮮半島に出動させることとなったときに、その空白を日本の手で埋めるために作られた警察予備隊から始まっている。

そして、1952年(昭和27年)1015日に現在の陸上自衛隊の前身である保安隊に改組された。

 

日本国憲法の前文と9条の平和国家としての立場をうたう文面は、二度と再び軍国主義が日本に起こらないよう決意を表明することが国際社会への復帰の大前提だったことで生まれたものだ。

 

それに対して日米安保条約と自衛隊は、アメリカ合衆国の都合が変わった結果なのだ。

 

歴史は、いつ何らかの理由で日米安保条約がアメリカ合衆国の都合で変更や廃棄の提案があってもおかしくないことを示している。

 

日本国憲法の前文と9条の立場を守りながら、どう国際社会と向き合うか。

日本国民は、今のうちに本気と本音で議論しておいた方が良い。

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謙虚さと素直さをもった学びこそ繰り返すべきもの。

なぜ歴史は、繰り返してしまうのか。


それは、目先の忙しさを口実に歴史からの深い学びを怠る怠け心が原因だ。


小手先の小細工ばかり学んで、深い教訓を知ろうとしないから結果として同じ過ちが止まらない。

 

ではなぜ、目先の忙しさに追われてしまうのか。

それは、目先の利潤追求が最大の目標と目的になってしまうからだ。

昔は暮らしにゆとりがないが故だったが、今は利益追求が生産や流通を行う最優先の目標と目的になってしまったからだ。

 

それでも本当の勝者は、長い目と大きな視野で生産や流通の目標と目的を見据えた者たちだ。

生産や流通の本当の目標と目的が人びとの幸せと必要に応えることであるという基本を、忘れることなく長期の戦略と戦術を立てられる者が長い目で見て勝者となれるのだ。

 

それには、まず自分と相手のことをよく知らなければだめだ。

負けた屈辱よりも、勝者への尊敬と気づきを与えてもらえた感謝を自らの選びとして行動に表してもらえるように強かに仕向けられるように心がけたいものだ。

それには、敗者に対しても学ぶ機会を与えてもらえた感謝の気持ちを持つ謙虚さが必要だ。

まさに「実るほど首を垂れる稲穂」のようでなければならないが、そこから学ぶべきは謙虚さであって卑屈さではない。

麦は踏まれて逞しく育ち絶えず上を向いて育つ、その強靭さに学ぶことも多いがその上を向く姿から学ぶべきは打たれ強さと自尊心であって高慢さではない。

薄っぺらい学びの偽りの賢者より、深い学びの物事の本質と基本を学ぶ本当の賢者を目指したいものだ。

そしてそれは、自分と相手から謙虚さと素直さをもって学べるかどうかにかかっている。

自戒の意味を込めて。

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移民や難民が来ても、誰に対してもきめ細やかな生活基盤を支える生活保証が充実していれば何か問題があるか。

移民や難民の問題は、経済が深刻化して雇用が彼らとの取り合いになっていると思われるほど減る事態にならないと、意識に上る人はあまり多くないのではないか。

実際には、地域の差はあるものの確実に移民や難民は入ってきている。

彼らの少数派なうちは、同化して馴染んでもらう対応の方が現実的かもしれない。

だが、どの程度までなら少数派と言えるのだろうか。

考えてみれば、同じ国民の間にだって個人差も地域差もある。

人は、それぞれの立場によって、多数派にも少数派にもなる。

様々な種類の障碍者だって、ある意味でが少数派と言える。

その障碍者の中には、何らかの理由で説明や指示の際にきめ細やかな配慮が必要がある人たちもいる。

過疎地域の住民だって、人数が少ないという点では少数派だ。

それ以外にも、色々な理由で少数派になっている人たちは常にいる。

つまり、移民や難民がいなくても何らかの配慮が必要な少数派は社会の中に常にいるのだ。

それに私たちだって、何らかの理由で移民や難民にならないと断言できるだろうか。

障碍者になるなど、何らかの理由で少数派にならないと言い切れるだろうか。

移民政策をとるかどうか以前に、多様性を受け入れる社会に私たちの国や地域はなっているだろうか。

様々な理由で少数派になっている人たちへの配慮がある、国や地域になっていればいいではないか。

誰に対してもきめ細やかな生活基盤を支える生活保証が、充実していればいいではないか。

それを維持できる財政基盤をどう整えるか、私たち国民が常に意識して対策が打てていれば慌てることもないではないか。

みんなで知恵を出し合って考えるのが当たり前となれば、選挙で棄権する人だって減るんじゃないだろうか。

そうなっていないから、わからないと言い訳して棄権する人が出てくるのではないか。

そうすれば、移民や難民が大勢来たとしてももっとおおらかに受け止めることができるのではないか。

あなたは、どう思う。

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相手を知ろうとする賢者が平和を作り、相手を知ろうとしない愚者が平和を壊す。

相手を知ろうとする賢者が平和を作り、相手を知ろうとしない愚者が平和を壊す。

それを学ぼうとしない怠け者が、悲しい歴史を繰り返させる。

いい加減に学ぼう、過去から。

 

私も、学びを怠った怠け者になってしまったから苦労していると気づいたので自戒の意味を込めて言うのだ。

 

孫氏の兵法は言う。

 

彼を知り己を知れば百戦殆からず。

戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり。

 

要するに、自分を知るように相手を知ろうとするならば、争うことなく尊敬され物事は穏やかに収まるのだからその最善を心がけるようにと言うことだ。

 

武経七書の一つ兵法書『孫子』は、春秋時代とも呼ばれる紀元前500年ごろに今の中国の位置にあった斉国の軍事思想家孫武または紀元前340年ごろ戦国時代の斉国の孫臏の作とされる。

 

では、どういう心で行えばいいのだろうか。

聖書には、こうある。

 

心の貧しい人々は、幸いである/天の国はその人たちのものである。

悲しむ人々は、幸いである/その人たちは慰められる。

へりくだった人々は、幸いである/その人たちは地を受け継ぐ。

義に飢え渇く人々は、幸いである/その人たちは満たされる。

憐れみ深い人々は、幸いである/その人たちは憐れみを受ける。

心の清い人々は、幸いである/その人たちは神を見る。

平和を造る人々は、幸いである/その人たちは神の子と呼ばれる。

義のために迫害された人々は、幸いである/天の国はその人たちのものである。

 

そう言われても、私たち凡人はなかなか難しい。

聖書は、そんなボヤキもお見通しだった。

 

命令に命令、命令に命令/規則に規則、規則に規則/しばらくはここ、しばらくはここ。

 

どうせ、すぐにはできないのだから、何度でもできるまで訓練するからそのつもりでいろと言うことか。

それはそれで、疲れるのだが。 

聖書はそれも、お見通しだった。

 

すべて重荷を負って苦労している者は、私のもとに来なさい。あなたがたを休ませてあげよう。

私は柔和で心のへりくだった者だから、私の軛を負い、私に学びなさい。そうすれば、あなたがたの魂に安らぎが得られる。

私の軛は負いやすく、私の荷は軽いからである。

 

やれやれ、観念しますか、

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人工原子?

人工原子が広義の光であるマイクロ波を貯蔵し、タイミングをコントロールして再放出する新たな方法が開発された。

その性質から人工原子とも呼ばれる量子ドットは、電子を空間的に3 次元すべての方向に閉じ込めることで運動を制限し、0 次元構造としたもので電子を1つずつ出し入れできる。

数百マイクロメートルほどのサイズでありながら、低温環境では量子力学的な性質をしっかりと保ち、自然の原子にはできないレベルでエネルギーを調整することができる。

 

実験では5つの人工原子と特別な金属線で作成された共振器を組み合わせ、いったん取り込んだマイクロ波を「好きな時間」に放出することが可能であることを示したという。

 

個々の人工原子が単一の共振器モードに強く結合し、形成される原子周波数コムを示す。

コムはくしのことで光コムともいう。

光周波数コムの技術が急速な進展を見せており、光の制御・操作技術を大きく変革しようとしている。

光周波数コムは、光周波数軸上に多数のくしの歯状のモードを持つ光である。

近年様々な応用で注目されている光周波数コムは、単なるくしの歯構造を持つスペクトルを発する光ではない。

それらの多数の周波数モードが精密に位相関係をもって結び付いている、制御性の高い高度な光である。

これは、量子コンピュータや次世代通信技術にとって大きなブレイクスルーといえる。

面白いことになってきた。

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聖書を危機管理のビックデータとしてみたらどうだ。

イエスは、弟子に再臨の時はどうすればわかるか問われて答えている。

これがいわゆる「終末預言」と、呼ばれるものである。

以前にも取り上げたが、切り口を変えてみたい。

 

いま、世界には分断と分裂が産まれ、その間をどうにかしようとしても思うに任せない事態が深刻化していないだろうか。

すでに2000年前に聖書に預言されている事態は、次から次へと現実化していないだろうか。

最悪の場合に備えるのが危機管理であるなら、そのリストを持っている方が良くないだろうか。

ここに、世界で一番共有されている最悪の場合のリストがある。

 

それはマタイによる福音書24章 の、4節から12節に収められている。

4人に惑わされないように気をつけなさい。

5私の名を名乗る者が大勢現れ、『私がメシアだ』と言って、多くの人を惑わすだろう。

6戦争のことや戦争の噂を聞くだろうが、慌てないように注意しなさい。それは必ず起こるが、まだ世の終わりではない。

7民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり、方々に飢饉や地震が起こる。

8しかし、これらはすべて産みの苦しみの始まりである。

9その時、人々は、あなたがたを苦しみに遭わせ、殺すだろう。また、私の名のために、あなたがたはすべての民に憎まれる。

10その時、多くの人がつまずき、互いに裏切り、憎み合うようになる。

11また、偽預言者が大勢現れ、多くの人を惑わす。

12 不法がはびこるので、多くの人の愛が冷える。

 

さあ、すでにいくつ現実化しているとあなたは感じているだろうか。

 

そして、どうすべきと思っているだろうか。

 

聖書は過去の膨大な記録、言ってみればビックデータと言ってもいい。

それも、世界で多くの人に共有されているビックデータだ。

読み込んで、シミュレーションに生かさない手はないのではないか。

なんだかんだいっても、世界の政治や経済で大きな存在であろうとしている欧米はそのほとんどがキリスト教圏だ。

意識しようがしまいが、彼らの思考の前提として彼らなりの解釈ではあっても聖書がある。

 

相手を知り自分を知れば百戦危うからずと、孫氏の兵法にあるではないか。

さらに、戦わずして勝つのが最上の策とそこにはある。

 

信ずるかどうかは、あなたの判断と選択にゆだねる。

 

まずは、ビックデータとして聖書をどう生かすか。

 

さあ、どうする。

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セルロースナノファイバー。

CO2を固定化しているため環境にやさしい天然資源であり脱炭素という現代社会のニーズにも合致するとして注目されている一つが、セルロースナノファイバー(CNF)だ。

石油系原料を使用しない植物由来の資源であるCNFは、植物の主要成分であるセルロースが原料だ。

CNFはプラスチックの補強材など、構造材として期待されている。

木や草は砂漠や雪と氷で覆われた極地を除いて、地球の陸上にはどこにでも茂っている。

植物を形作る植物細胞は、動物細胞とは異なりセルロースを主成分とする細胞壁で囲まれている。

CNFの原料はどこにでも存在しているのがメリットだ。

そのセルロース繊維を機械的に破砕・せん断処理することでナノスケールまで微細化したものがナノセルロースである。

ナノセルロースには、繊維状のCNFと結晶状のナノクリスタル(CNC)がある。

ここではCNFを、取り上げる。

CNFは物性面では鋼鉄の5倍の強度を持ち、しかも重さは鋼鉄の5分の1と軽量なのが特徴だ

さらに高弾性、低熱膨張、高い透明性、吸水性が高く粘度を保ちやすいといった利点も備えている。

そうした物性を生かして、構造材料や補強材料のほかにも透明性を生かしたディスプレイをはじめとする光学材料、メモリー素子はじめ各種の電子材料、太陽電池、包装材料、吸水性を生かした増粘剤など幅広い用途が期待されている。

 

強度と軽さは自動車や航空機のボディなどの骨組みとなる構造材にとって、燃費改善や航続距離の延長に不可欠な要素だ。

CNFがコストで見合うようになれば新たな選択肢になり得るのが、各種の繊維で強化され、GFRP(ガラス繊維強化プラスチック)やCFRP(炭素繊維強化プラスチック)などだ。

だが、CNFには生分解性という追い風になり得る利点もある。

もう少しコストが下がれば、十分にこれらの分野に応用が広がる余地がある。

それに100%天然ゴムやバイオプラスチックなどとCNFを組み合わせれば、脱化石燃料の素材が出来上がる。

すでにこれまでにも、CNF補強ゴムをミッドソールに使用したランニングシューズなどが上市されて軽量化が達成されている。

保水性の高さでは、身近なところではシャンプーやコンディショナーさらに化粧品などの増粘剤や機能性物質の分散剤としても実用化されている。

高い粘度を生かして、速書きでもかすれずインク溜まりができにくいボールペンに採用された事例もある。

吸湿性の高さを利用した、除湿フィルターなども開発されている。

TEMPO酸化CNFのフィルムは、酸素バリア性を生かして酸素分子が拡散できないほどの緻密フィルムができるので酸化による劣化を抑える食品包装への応用が期待される。

TEMPO 2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシルラジカル)は、非常に安定に存在しうる市販の有機フリーラジカルである。

さらに保水性の高い植物由来の天然素材と言うことで、食品添加剤としての用途の開発も進んできた。 

今後の展開の広がりが面白そうだ。

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間違っても、攻め込まれている国に領土で妥協を求めるような真似をしてはならない。

戦争終結のためには攻め込まれて国土の一部を占領されている国に対して領土で妥協を求める動きがあるけれど、これを認めたら世界各地で国境問題をぶり返し武力で国境を変更しようとする動きが出かねないと懸念する。

果たして世界は、それを全部抑えられるか。

力で支配し地域の安定を作るしかなかった時代には、どんなにきめ細やかな配慮や工夫がなされているとしても支配されていることそのものへの不満から反乱がおき勢力圏は崩壊していった。

第二次世界大戦後には複数の国ぐにが独立したが、その多くが植民地時代の境界線を国境としている。

現地の実態を無視して引かれたものであっても、いざ変更しようとすれば数えきれないほどの難問にぶつかるからだ。

それにあえて変更しようとすれば対立はしばしば紛争となり、収拾できないと戦争になってしまう。

その対立が複数の国にまたがる場合も大陸の国では起こりえるから、収拾は余計困難になる。

だからといって、そう簡単に紛争や戦争になってしまうことがないと言い切れるだろうか。

いまや、全ての国の政治や経済は一国の中で完結することは難しい。

その一方で、国と国の間で相互理解のための話し合いはどれだけ進んでいるだろう。

そして、その相互理解は国民一人一人の段階にまで行き届いているだろうか。

残念ながら、情報社会と言われる今でも先進諸国でさえ十分に出来ているとは言い難い。

まして、情報インフラの行き届いていない国ならなおさらだろう。

だとしたら、まず、国家のレベルで対話による平和を追求する努力を進めていく必要がある。

それと、ルールの確認も欠かせない。

国家レベルで言えば、それは、国際法と国連憲章を基準にすることだ。

間違っても、攻め込まれている国に領土で妥協を求めるような真似をしてはならない。

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炭素磁石。

高性能な磁石はコンピューターやスマートフォンに内蔵された記憶媒体や電気自動車のモーターなど様々な製品に利用されており、現代のエレクトロニクスには不可欠だ。

従来の磁石は主に金属で作られており、重量や希少金属使用による供給リスク等の問題がある。

京都大学エネルギー理工学研究所の坂口浩司教授と小島崇寛助教、およびシンガポール国立大学(NUS)、カリフォルニア大学バークレー校(UCB)との国際共同研究チームは、炭素磁石の合成に成功した。
炭素は軽量かつ安価であることから、炭素でできた磁石の研究が進められてきた。
グラフェンナノリボン(GNR)は、その端構造を設計することで電子・磁気特性を制御できる可能性があるため大きな注目を集めている。

しかし、従来の研究では対称ジグザグ端を持つGNRしか合成できず、磁石の性質を示さない反強磁性になってしまう。

非対称ジグザグ端を持つGNRは強磁性を示すと考えられていたが、その合成は技術的に非常に困難であり未解決の課題となっていた。
今回成功したのは、非対称ジグザグ端型GNR の合成と予想の確認だ。
非対称なZ型構造を持つ前駆体分子を設計・合成し、これを金属基板上で一方向に揃えて繋げる新たな合成法を開発することで実現した。

彼らはこの非対称ジグザグ端型 GNR を、ギリシャ神話に登場する二面顔を持つ神“ヤヌス(Janus)”にちなみ、「 Janus GNR(JGNR)」と命名した。

実用化できれば、次世代計算機「量子コンピューター」など様々な電子工学や機械工学やメディカル分野への応用が期待されるというから注目したい。

追記

高性能磁石は、コンピューターやスマートフォンの記憶媒体、電気自動車のモーターなど、現代のエレクトロニクスを支える基盤技術だが、従来は金属、とりわけ希少金属に依存してきた。

重量や供給リスクという問題も抱えている。

その点、京都大学エネルギー理工学研究所を中心とした国際共同研究チームが成功した「炭素磁石」は興味深い。

炭素は軽量で安価というだけでなく、構造設計によって電子・磁気特性を制御できる可能性がある。

とくに、非対称ジグザグ端をもつグラフェンナノリボンが強磁性を示すことを、合成と実験の両面で確認した点は重要だ。

この非対称構造の GNR は、二面性をもつローマ神話のヤヌスにちなみ「Janus GNR」と名付けられたという。

実用化までは距離があるにせよ、量子計算機を含む次世代デバイスとの接点を考えると、今後どこで効いてくるかわからない話題でもある。

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蓄電コンクリート。

北海道苫小牧市の會澤高圧コンクリートは 太陽光発電の適地は陸上で減りつつあることから、太陽光パネルを海に浮かべて発電する技術の開発や実証実験に取り組む方針を明らかにした。

電気を蓄えるコンクリートを活用することで、日中発電した電力を夜間に活用し藻場形成にもつなげる。

會澤高圧コンクリートは蓄電コンクリートの実用化に向けた研究を、マサチューセッツ工科大学(MIT)との共同で進めている。
蓄電コンクリートである電子伝導性炭素セメント材料「ec3」とは、MIT土木環境工学部のフランツ・ヨーゼフ・ウルム教授と、アドミール・マシック准教授らの研究チームが開発を進めるセメント系素材だ。

カーボンブラックと呼ばれる炭素の微粒子をコンクリートに添加することで、コンクリート系素材に自己加熱性や電気を貯める蓄電性を持たせることができる。

これによって、非常に強力なスーパーキャパシタのある電気二重層コンデンサが形成する。

一般的な蓄電池とは異なり蓄電コンクリートは化学反応を必要とせず、電極間を電子が移動するだけなので長期的な活用やメンテナンス不要といったメリットも期待できるという。

また、MITではこの蓄電コンクリートを戸建て住宅などの基礎に用いることで、コストをほとんど変えずに丸1日分の電気エネルギーを蓄えることが出来ると試算している。

住宅や建設業界や自動車などのモビリティのほか電力エネルギー産業からのコンソーシアムへの参加を促し、脱炭素社会の実現に向けた産業連携も推進するというから今後が楽しみだ。

追記

太陽光発電の適地が陸上で限界に近づくなか、発電設備を海上に展開し、そこで得た電力を「電池」ではなく「構造物」に貯めるという構想である。

MITと共同研究が進められている電子伝導性炭素セメント材料「ec3」は、カーボンブラックを混和することで、コンクリートに電子伝導性と蓄電性を持たせる。

化学反応を介さず、電気二重層によってエネルギーを蓄えるため、長期使用やメンテナンスの観点でも従来の蓄電池とは性格が異なる。

 

ここで重要なのは、コンクリートが「電池になる」という点そのものより、

住宅の基礎や海上構造物といった、必ず存在する構造体が、そのままエネルギーの貯蔵を担うという発想だろう。

エネルギー装置を置くのではなく、構造そのものが機能を引き受ける。

実用化や規模の議論は今後に委ねるとしても、

「機能は部品ではなく構造に宿る」という視点が、ここでも繰り返し現れていることは記しておきたい。

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わかって欲しい、わかりたい、そう思いあう者同士が定期的に日常的に話し合いを持つことそのものが、大切なんだ。

侵略行為に対して徹底した敗北で懲らしめたいと言う気持ちはわかるが、負けた方は次はもっとうまくやろうと思うから戦争が止まらないし止められない。

やはり基本は、国際法と国連憲章を基準にしてダメなものはダメという世界的な合意形成を追及する方が良い。

どんな理由があろうと、平和的に時間をかけて合意形成をしようという取り組みを続けることが大事だ。

それには、何かあったら話し合いを持とうと言うのではなく日常的に話し合いで問題解決しようという習慣化が必要だ。

なにかあったらとなるから、せっかく開いた会合では何とかして答えを出そうと無理をする。

それも、かなりこじれてから会合を持てば解決が容易ではないのに急いで合意を作ろうとした双方が不本意で中途半端な答えになる。

かといって継続審議を決めたところで、関係修復をどうするかという課題も絡むから一筋縄ではいかない。

だとしたら、普段から意見の交換の場を設けることから始めようじゃないか。

そうすれば、こじれる前に誤解を解く時間を持てる。

相互不信があるからとためらうのではなく、なんで相互不信になってしまったのか探るところから始めようじゃないか。

互いに質問と説明や弁明をしあったら、もつれた糸を解すように関係だって解れていくだろう。

期限は切らないで良い。

わかって欲しい、わかりたい、そう思いあう者同士が定期的に日常的に話し合いを持つことそのものが、大切なんだから。

 

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CNT電極太陽電池。

今回注目するのは、これだ。

カーボンナノチューブ電極を用いた太陽電池 高耐久で透明、曲げられる薄膜電池を"電車の窓"で初の実証実験 - 名古屋大学研究成果情報

名古屋大学大学院工学研究科および未来社会創造機構マテリアルイノベーション研究所の松尾 豊 教授、大島 久純 特任教授らの研究グループは、単層カーボンナノチューブ(CNT)薄膜透明電極を用いた有機薄膜太陽電池(CNT-OPVと呼ぶ)の実証実験を大阪・森之宮のe METRO MOBILITY TOWNで2024年12月6日から行っている

大阪市高速電気軌道株式会社(Osaka Metro)、デザインソーラー株式会社、株式会社デンソーとの共同研究だ。

これは、カーボンナノチューブ電極を用いた次世代太陽電池の世界初の実証実験となる。

CNT-OPVは、軽量でフレキシブルであり、建物を補強することなくパネルが設置できるほか、建物の屋根以外にも壁面など従来では困難だった場所にも設置でき、再生可能エネルギー化の推進につながるというのが開発の動機だ。

同様な太陽電池にペロブスカイト太陽電池があるが、耐久性ではCNT-OPVの方が上回るので発電効率での劣位はあるものの交通機関としてはメンテナンスの間隔の広さが魅力的だと言うことだろう。

またCNT-OPVはペロブスカイト太陽電池同様、両面から発電でき窓面に設置することができ外は太陽光、内は室内の蛍光灯と、用途が広がることから、自動車やバスなどの輸送機器への搭載を目指すという。

多様なニーズがあるので、こういう多面的な展開は心強い。

追記

名古屋大学を中心とする研究グループが、電車の窓という特殊な環境で実証実験を行っている点が興味深い。

CNT-OPVは発電効率では既存の太陽電池に及ばないが、軽量性、柔軟性、透明性、そして耐久性に特徴がある。

とくに「窓」という、これまで発電と無縁だった構造に機能を持たせる発想は、この年に繰り返し現れた傾向と重なる。

発電装置を追加するのではなく、既存の構造物がその役割を引き受ける。

効率よりも配置と持続性を優先する設計思想は、交通機関や建築物との相性が良い。

本格的な評価は今後の展開を待つとしても、

「機能は部品ではなく構造に宿る」という流れの一例として、ここに記しておく。

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人工光合成で水素を!

太陽光と水で医薬品材料とグリーン水素を生成 ~「人工光合成」による新たな有機物生産法の幕開け~

グリーン水素とは、太陽光エネルギーなどの再生可能エネルギーの活用により二酸化炭素の排出を伴わずに合成される水素である。

水素社会実現に向けて水素の環境にやさしい生産技術の開発は急務だが、その一つとして期待されているのが人工光合成だ。

名古屋大学では、水と有機化合物から水素と有用な医薬品材料となる有機物を人工光合成で生成することに成功した。

面白いと感じたのは汚染有機物から有用な有機物を、分解するだけでなく新たな合成のプロセスに繋げて作り出すという発想だ。

名古屋大学では、水の分解を促す2種類の無機半導体光触媒の相乗効果・協働作用によって「分解」ではなくその逆の「合成」への転換を達成した。

無機半導体光触媒とは、光エネルギーを吸収し酸化還元反応を促す無機化合物である。

溶媒に溶解せずに固体のまま機能するため、不均一系触媒に分類される。

人工光合成というプロセスによって、持続可能なエネルギーによる医薬品や農薬の生産が可能になる道が開けたことになる。

ただ、このプロセスでは水素は副産物ということになるので、水素の増産となるとこれだけに頼るわけにいかない。

そこで注目なのが、これだ。

「人工光合成」に火をつけた 1粒で水素作るノーベル賞級の研究

水の分解で水素を取り出すのに光合成を使う研究が長年追及されていたが、太陽光のエネルギーの約半分を占める可視光を利用する材料が見つからなかった。

光が当たると化学反応を促進する物質は「光触媒」と呼ばれるが、太陽光のエネルギーの数%程度に過ぎない紫外線では必要なだけの水素は得られない。

太陽エネルギーの効果的な利用には、可視光に応答する光触媒の開発が重要だ。

堂免一成信州大特別特任教授・東京大特別教授の研究が、その突破口を開くと期待されている。

酸窒化物や酸硫化物など長波長の可視光を吸収する材料を用いた粉末光触媒を研究し、それらの高活性化や大規模展開に向けた反応システムの開発を進めている。

信州大学が採択された文部科学省 地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(J-PEAKS)で、大規模な実証試験を長野県飯田市にて開始する。5,000平米の土地に水分解パネルを設置し、水素と酸素の生成を研究するもので、現在の約50倍の規模であり日本最大級の実証研究というから展開が楽しみだ。

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求めないことは現状を受け入れると言っているのと変わらないと、あなたは気づいているか。

聖書を読んだことない人でも、恐らくこの聖句なら知っていると言う人は多いのではないだろうか。

マタイによる福音書7章
7「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。叩きなさい。そうすれば、開かれる。
8誰でも、求める者は受け、探す者は見つけ、叩く者には開かれる。

この聖句を、求めたものは与えられるが求めないものは何時まで経っても与えられないと解釈すること自体は間違っていない。
実際、行動を起こさなければ口でいくら欲しいと言っても何も得られないと誰でもわかるからだ。
だが、「現状は変えたいと願っていないから、今の状態はこれまでの自分の行動の結果なんだ」と気づきなさいと言う意味も実は込められているとわかっていない人が多いことの方が実は問題だろう。
そういう自分もまた、このことに気が付くのに時間がかかったから言うのだ。
自戒の意味を込めてね。
問題に気がついたら、気がついた人が行動を起こすとともに回りにも働きかけないと何も変わらない。
良くも悪くもだ。
一番だめなのは、愚痴やボヤキを言うが自分は何もしないことだ。
愚痴やボヤキは、いくら共感が広がろうが何も変わらない。
何もしないなら、黙っている方が良い。
その代わり、ストレスをためて八つ当たりするのだけは勘弁して欲しい。

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せっかく組織や機構があるのだから、もっと対話の習慣化による平和の取り組みが前進して欲しい。

平和のための話し合いは、こじれにこじれた状態を正常化するために始めたらそう簡単にすんなりといかない場合が多いのは当たり前と言える。

本音をぶつけ合って時間をかけて接点を探ることが前提になっていないと、しょっぱなから決裂する可能性が高い。

そこで、発想の転換が必要だ。

駆け引きが前提になれば、有利なカードを出せないと理不尽な要求に押し切られる立場になりやすい。

対等平等をまず確認しあい、国際法と国連憲章を基準にして交渉をすべきではないか。

その上で、対話を習慣化するのだ。

すでに東南アジア諸国連合(ASEAN)は、一日に4回以上年に1500回も会合を開いて緊密に意見の交換を行っている。

ロシアと全ヨーロッパの包摂的な枠組みとしては、欧州安全保障協力機構(OSCE)という組織がある。

アジアや太平洋でもASEAN地域フォーラム(ARF)が、ASEANの10ヵ国(ブルネイ・カンボジア・インドネシア・ラオス・マレーシア・ミャンマー・フィリピン・シンガポール・タイ・ベトナム)に加えて日本・中国・韓国・インド・オーストラリア・ニュージーランド・アメリカ・ロシア・カナダ・EU・パプアニューギニア・東チモール・スリランカ・北朝鮮・モンゴル・バングラデシュ・パキスタンの16カ国と1組織で作られている。

その他にも、南北アメリカの米州機構(OAS)やアフリカ大陸のアフリカ(AU)がある。

せっかくこれらの組織や機構があるのだから、もっと対話の習慣化による平和の取り組みが前進して欲しい。

それには、各国の国民がもっと対話による平和を追求する声を上げる方がいい。

自分にはそのために何ができるか、もっと考えてみたいものだ。

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鉄ニッケル長周期磁石とも呼ばれる鉄ニッケル超格子磁石。

今回注目するのは、鉄ニッケル長周期磁石とも呼ばれる鉄ニッケル超格子磁石だ。

現在、世界最強の磁石性能をもつ永久磁石はネオジム磁石だ。

ネオジム磁石は、1984年に当時住友特殊金属に所属していた佐川眞人によって開発された。

高性能磁石でスピーカーやモーターを小型化できたこともあって、スマートフォンが片手に収まるサイズになった。

ほかにも自動車や家電などいろいろなところに多くの用途で使われ、製品の小型化・高性能化に寄与している。

 

希土類(レアアース)元素という一群があり、ランタン、セリウム、ネオジム、サマリウムなど17の金属元素が属している。

「産業のビタミン」といわれ、最先端機器に欠かせない「存在量が少ない」「取り出すのが困難」な金属資源をレアメタルというが、希土類(レアアース)もその一員だ。

 

レアアースは存在量が少なく取り出すのが困難なうえに、特定の国が中心的な供給源になっているので政治や経済に供給や価格が左右されやすい。

さらに採掘の際に環境汚染の問題があるなど、厄介な課題を抱えている。

レアアース不要の磁石は、この課題解決につながる。

 

そこでデンソーは、鉄とニッケルのみで構成しレアアース(希土類)が不要な磁石の実用化する方針を示した。

まずは小型モーターでの採用を目指し、将来は電動車用モーター向けの実用化を視野に入れる。

また従来は難しかった100度C以上での水素イオンの移動を可能にし、冷却装置の小型化が見込める燃料電池も2030年代の早い段階で実用化を目指す考えだ。

現在は、材料メーカーと共同で量産化に向けた技術開発を進めている。

 

超格子とか長周期とかいうことは、電子のスピンや波長に注目して構造を決めているということだろうか。

面白いことになってきた。

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