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神代文字はどう見たらいいのでしょう。

日本には漢字伝来以前には文字がなかったと言う人たちの論拠は、魏志倭人伝に「文字なし木を刻み縄を綯うのみ」とされています。

 

だがこの記述は、本当に漢字伝来の前に日本には文字がなかった証拠と言えるのでしょうか。

 

こういう解釈も、成り立つはずではないでしょうか。

記録や伝達の手段として、我々中国では墨と筆を用いるが、倭人は木を刻み縄を綯うことを用いていると言う情報を伝えようとしているとしたらどうでしょうか。

 

いちいち墨と筆と言う代わりに文字と記していた可能性だって、あり得るのではないでしょうか

 

神社には、奉納された文章や境内の石にいわゆる神代文字が記されていると言われています。

神代文字が、木に刻まれているとしたらどうでしょうか。

神代文字が墨と筆を用いていないので文字と当時の中国では見なされていなかっただけとしたら、どうでしょうか。

 

墨と筆がそろって、はじめて刻むことなく文字が記せるのです。

縄を綯うのも、使っていた文化が見つかっています。

 

紐や縄などの結び目を用いた記憶補助手段は、結縄と呼ばれています。

南米のインカ帝国下に行われたキープが最もよく知られているが、同様の方法が世界各地に伝わっています。

もちろん、日本でも各地で行われていました。

 

つまり、魏志倭人伝の記述は、倭人は墨と筆を用いて文字を書くのではなく木を刻み縄を綯うことで記録や伝達を行っていると報告していると解釈する方がむしろ自然ではないでしょうか。

 

だから、対をなす形で記述されているのです。

 

神代文字は五十音図が伝わっているが、当時の日本語の母音はもっと多かったはずと言うのも神代文字が疑われる原因の一つになっています。

 

それと、もし神代文字が縄文時代から使われていたとしたらどうでしょうか。

縄文時代も、高度な技術が使われ、広範囲な交易も行われていたのです。

縄文時代の五十音図が、現代と同じ発音でなくても構わないはずです。

縄文時代は温暖だったが、寒冷化によって成立の土台が崩れて収束していったとみられています。

 

つまり仮に神代文字が五十音図を用いていたとしても、母音が今とは違っていたかもしれません。

 

寒冷化によって言葉が変化しても、縄文時代に成立した神代文字が使われていたとしたらどうでしょうか。

縄文時代の終焉をもたらした寒冷化のあと、再び温暖化したと指摘されています。

気候の変動に伴い発言の癖も変化し、それに伴って母音体系も揺れ動いた可能性はないでしょうか。

インドヨーロッパ語族に分類されるヨーロッパの諸言語も、唇の開き加減には微妙な差があるのです。

そのために英語訛りのフランス語は発言が固く、フランス語訛りの英語は発言が柔らかくなるのです。

英語の発音を習得するためにやっと手に入れた発音も、フランス語の習得のためには叩き直す必要があります。

その過程で気がついたのは、英語とフランス語の口角の使い方の差です。

口角を上げ気味な英語と口角の力を抜いた方が良いフランス語の差に気がつき、発音を何とか修正できました。

恐らくバイリンガルやマルチリンガルの人は、この差を体で覚えて無意識に使い分けているのでしょう。

その方が発音が、楽になるからです。

この発言の癖の差は、平均気温の差がもたらしているかもしれません。

口角に力を入れがちな言語は平均気温の低めな地域に、反対に口角の力を抜きがちな言語は平均気温の高めな地域に、それぞれ多いように見えるのです。

それで英語よりフランス語の方が、発音が丸く聞こえるのでしょう。

イタリア語は口角の力を抜き過ぎないように、無意識のうちに気を付けているのでしょう。

それでもイタリア語の方が英語よりも、発音はまろやかに聞こえます。

それはさておき、神代文字は神聖なものとして見なされていたために特定の立場の人たちにのみ伝来していたとしたなら、言葉の変化と神代文字がずれているとしても不思議ではないのです。

旧仮名遣いも、話し言葉の発言とずれているにもかかわらず長年使用されているのです。

新仮名遣いへの変更は、戦後教育によって強力に推進された結果定着したのです。

 

神代文字は神前奉納の文字という点でヒエログリフと似たような使い方をしていたとしたら、一般に知られることも実務に使われることなく今日に至ったとしても不思議ではないのです。

日常的な記録や伝達の手段は結縄から墨と筆で書く漢字や仮名に変化しているが、神代文字はヒエログリフのような神聖文字として後世まで残ったとしたらどうでしょう。

神代文字は神聖文字として使われたので、祈祷や奉納として神社や神域に残っているのでしょう。

 

神代文字とヒエログリフの差は、ヒエログリフは人々の目に触れる場所にあるので大勢に知られたが神代文字は人目に触れる機会がほとんどない奉納として神域に置かれたことです。

 

神代文字は全国各地どころか、世界の各地でも見つかっていると指摘されているのです。

今後の展開が、注目されます。

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