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一切の侵略行為を国連憲章や国際法の名において重大な犯罪行為として断罪することだ。

侵略行為を受けた側が、効果的な反撃能力を手に入れて侵略行為を仕掛けた国民の戦意喪失を狙う行為は果たして効果的なのだろうか。

もし自国が同じ立場であれば、このような対応を受けて速やかに停戦交渉に応ずる気に政権がなるか考えたことがあるかを問いたい。

侵略行為をした為政者は、成果なしの停戦合意は自らの行為の合理化が破綻したと認めることになるから容易にはのめないのではないだろうか。

むしろ、次はもっとうまくやってやると言う逆効果さえ生み出しかねないのではないだろうか。

軍事に対する軍事による圧力で屈服させようというのは、条件の受け入れを余儀なくされた側に屈辱感をもたらすだけではないか。

もっとも効果的な牽制策は、侵略行為を国家による重大な犯罪行為として国際社会が法と正義の名によって断罪することではないのだろうか。

侵略行為と言う重大な犯罪を犯した前科者国家と言う刻印を押されることは、国家の威信を深刻に傷つける避けるべき選択肢になるだろう。

いかなる理由を掲げようとも、侵略行為は犯罪でありたとえ情状酌量の余地があるとしても再発防止義務を負うことになる。

それには、これまで戦争を行ってきた全ての国家がーもちろんすでに滅びて存在していない国家を除いてだがー真剣な反省と再発防止のためにこれまで以上に国連憲章や国際法を守るとともに外交による一切の国家間の懸案事項の解決を行う仕組みや枠組みを構築することだ。

すでにあるにもかかわらず事実上の開店休業にあるものがある場合は、なぜそうなったかを明らかにすることだ。

そして、二度と再び無力化させない決意を内外に向けて発信することだ。

あらゆる兵器の解体と、二度と兵器の開発や製造や軍事目的の研究開発をしないさせない国際社会の取り組みを構築することだ。

不信があるから交渉も対話も先送りするのではなく、どうすれば相互不信の解消に繋がるかを模索するためにこそ交渉や対話を重ねる選択肢こそが恒久平和への唯一の道ではないだろうか。

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