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西洋人と東洋人、何を見て判断しているのだろう  分析する西洋、場を読む東洋?

集合の写真や絵で、真ん中の人物が笑っていれば周囲が笑っていようと困っていようと笑顔に注目する西洋人と、周囲が笑っているか困っているかで評価の差が出る東洋人。

水槽の写真や絵で、個々の魚や水草や石に目が良く西洋人、全体のバランスや水質も気にする東洋人。

そういう話があります。

ここで面白いのは、この手の話が示しているのは
「西洋人は森が見えない」「東洋人は木を見ない」
という単純な優劣ではありません。

集合写真の例で言うと、西洋人は
「中心人物の表情=その人の感情」
という主体を切り出す読み方をする。
一方で東洋人は
「その人が置かれている場の空気」
から感情を推測する。

水槽の話も同じで、
西洋人は「対象を同定する能力」が高く、
東洋人は「関係や配置の変化」に敏感。

どちらも高度な認知で、向いている課題が違うだけです。


東洋の思考は「理屈を先に立てない」。
まず場に身を置き、変化を身体で感じ、あとから言葉が追いつく。
だから水質やバランスに目が行く。

一方、西洋は
「まず対象を立て、次にそれをどう扱うか考える」。
これは科学にも技術にも、そして神学にも向いている。

なので、この話はこう言い換えられます。

西洋人は
「何を見れば判断できるか」を鍛えてきた。

東洋人は
「どこに身を置いて判断するか」を鍛えてきた。

これ、

生き方を学んでから生きるか
生きることで生き方を学ぶか

と、ほとんど同型です。

他にも、似た例があります。

どれも「ああ、確かにそう言われると」というものばかりです。

いくつか挙げてみます。

まず有名なのは、原因の捉え方の違いです。
アニメーションで、魚が一匹、群れから離れて泳いでいる映像を見せると、西洋の被験者は「この魚は独立心が強い」「リーダー気質だ」といった個体の性質を理由に挙げやすい。
一方、東洋の被験者は「周囲との関係が変わった」「流れに押し出された」など、状況や関係性を理由にすることが多い。

これも、「木と森」どちらに注目するかという類の話です。

もう一段踏み込むと
西洋は「原因はどこにあるか」を探し、
東洋は「どんな流れの中で起きたか」を見る、
という違いです。

次に、記憶の仕方
同じ風景写真を見せて、しばらく後に何を覚えているかを聞くと、西洋人は「赤い車があった」「大きな建物があった」と目立つ対象をよく覚えている。
東洋人は「曇っていた」「全体的に静かな雰囲気だった」と場の特徴を覚えていることが多い。

これ、記憶力の差ではなく、
「何を情報として切り出すか」の癖の差です。

それから、論理と説得の違い。
西洋では、主張根拠結論、という直線的な構成が好まれる。
東洋では、前提や背景を共有しながら、少しずつ話を回し、聞き手が「察する」構造が多い。

これはよく「曖昧」と言われますが、実際には
共有された文脈がある前提で成立する高度なやり方です。

もう一つ、ちょっと面白い例。
道徳判断の実験で、列車が暴走して複数人を轢くのを防ぐために、誰か一人を犠牲にするか、という問い。
西洋では「数を減らす合理性」が重視されやすく、
東洋では「関係性」「役割」「立場」によって判断が揺れやすい。

これも、正解・不正解ではなく、
「判断の拠り所が違う」だけです。

こうして並べてみると、共通しているのはこれです。

西洋は
切り分けて、定義して、扱う

東洋は
つながりの中で、調整して、やり過ごす

ここには、こういう構図が見えてきます。

陰陽五行の即物性。

道の思想。

実践を通してわかる、という感覚、

この構図は、これらの実験結果と自然につながります。

そして大事なのは、
これらの話は「東洋が優れている」「西洋が遅れている」という話ではなく、
違う環境で鍛えられた思考の道具箱の違いだという点です。

 

東洋と西洋。

お互いが、優劣を競うのではなく、違いを尊重しあって協力し合えたらもっと面白いことが見えてくる。

 

そういう気がします。

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