柔軟さが求められるのは運用か解釈か。スポーツや交通法規や憲法を例に考える。
ルールや規範には、守る側に柔軟性が求められる場面があります。
しかし、柔軟さがどこに求められるのか、誤解されやすいのが憲法の世界です。
現実主義者の中には、「憲法の解釈も時代や情勢に応じて柔軟に変えるべきだ」と言う人がいますが、これは本質を見誤りやすい主張です。
たとえばスポーツを考えてみましょう。野球やサッカーではルールの意味を勝手に変えることは許されません。
ゴールやベースの位置を実力差に合わせて変えても良いとなれば、ゲームの際に混乱は避けられません。
これが「解釈の柔軟さ」を誤った形で持ち込むことにあたります。
一方で、同じルールの下で戦術やプレイを工夫することは「運用の柔軟さ」です。
ルールは変えずに現実対応を調整しているだけです。
交通法規でも同じです。
信号や標識の意味を変えてしまえば秩序が崩れますが、雨や雪などの状況に応じて運転方法を工夫することは許され、むしろ求められます。
雪が降ったらタイヤで対処、いちいち信号の間隔や長さを変えれば交通は混乱します。
つまり、原則や条文の意味は守ったまま、状況に応じた現実的対応に柔軟さが求められるのです。
憲法も同じ構造です。
条文の原則や意味を変えてしまう解釈の柔軟さではなく、現実の政策や行政、裁判の判断における運用の柔軟さが求められます。
状況に応じて解釈が変われば、いつの時点を基準にしたらいいのか混乱するでしょう。
憲法の本質は変わりません。
その理念を実効化するためには、運用の柔軟さに目を向け、解釈の柔軟さに惑わされないことが重要です。
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