科学

生き様の美意識といじめは相容れない。

いじめは時として、犯罪にまでエスカレードします。

 

とは言え、犯罪はすべていじめではないし、いじめが全て犯罪ではありません。

 

いじめは、何よりもまず人権や人格を無視しているという点で、倫理や道徳、モラルの問題です。

 

倫理や道徳、モラルの問題を踏み外した先に、犯罪行為があるのは確かですが。

 

いじめには、犯罪レベル、グレーゾーン、倫理や道徳やモラルの問題と段階があります。


いじめは、何よりもまず倫理や道徳やモラルの問題であるので、その人の価値観や生き様の美意識が問われると言って良いでしょう。

 

いじめ問題の構図をわかりやすく図にするなら、一番大きな丸の中に倫理や道徳やモラルの問題、次に大きな丸の中にグレーゾーンの問題、そしてグレーゾーンの丸の中に犯罪レベルの問題の丸となる、同心円モデルを考えると良いでしょう。

 

集合論に親しんだ人には、犯罪レベルの問題はグレーゾーンの問題の部分集合であり、グレーゾーンの問題は倫理や道徳やモラルの問題の部分集合である、という方がわかりやすいかもしれません。

 

そこで、一人一人の、倫理や道徳やモラルの段階を正す必要性があるとなるでしょう。

 

いじめをなくす問題は、倫理や道徳やモラルの間の闘いであり、価値観の間の闘いだとなるでしょう。

 

だから厄介であり、なかなかなくせないと言う事になるのです。

 

そこで、生き様の美意識を磨き鍛える必要性があるとなるでしょう。

 

誰だって醜いのは、嫌でしょうから。

 

美は、真善美の最後に来ます。

 

真善美の最後に来る事は、美の位置付けが一番低いと言う事ではありません。

 

むしろ逆なのです。

 

美意識を鍛えるためには、善い事・より善い事・最も善い事のうちで最も善い事を選べる心を鍛え上げる必要があります。

 

最も善い事を選べる心を持ってこそ、確かな審美眼があると言えるでしょう。

 

最も善い事を選べる心を持つには、自分はどのように生きたいか、その選択が関わってきます。

 

自分が一生かけて歩むに値する道を、選び取らなければならないのです。

 

そこにたどり着ける真の道を見出せる判断力を養う、日々の努力が求められるのです。

 

いったん美意識を磨ければ、最も善い事を選ぶのは容易になり、目的にたどり着ける道を見つけるのも容易になるでしょう。

 

もしも迷うようなら、何度でも何度でも、美意識に磨きをかければいいのです。

 

美意識は、一生をかけて磨くに値するのです。

 

生き様の美意識を磨く努力を競い合い励まし合い、共に学びあって一緒に高みを目指すなら、いじめは馬鹿らしいこと、自分の成長を妨げる事になるでしょう。

 

お互いがお互いの、師となり弟子となって教え合い学びあって美意識を磨き合って心の高みを目指す人生を歩もうではありませんか。

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零点振動と宇宙定数と宇宙論

重力は、物質が空間を歪めた結果現れてくる力です。

 

でも、考えてみてください。

 

物質はどうやって空間を、歪めたのでしょう。

 

シートの上に物を置けば、シートはへこみます。

 

物が地球の重力に、引かれたからです。

 

じゃあ、無重力状態の中で物質はどうやって、空間を歪めたのでしょう。

 

実は、全ての基本的な粒子には零点振動があるのです。

 

空間の中に、絶えず振動している物質があるので、空間は歪むのです。

 

アインシュタインは、重力が引力だけと考えると世界は一瞬で崩壊してしまうので、大きさは引力と同じで方向が反対な力として宇宙定数を導入しました。

 

宇宙は膨張しているように見えるというので、アインシュタインは原因不明な宇宙定数を捨てて宇宙膨張に乗り換えてしまいました。

 

だが今、膨張宇宙論では再び宇宙定数を評価する方向に向かっています。

 

だが、考えてみてください。

 

かつて投げ捨てたエーテルを、解釈を変えて復活させようとしたならどうでしょうか。

 

いちいち注釈をつけないと議論は混乱するから、昔の解釈のままで復活させないとならないのではないでしょうか。

 

宇宙定数を再評価するというなら、アインシュタインが使ったのとは別の意味ですと言ってもいいのでしょうか。

 

いくら仲間内で納得したつもりでも、経緯を知らない人がいきなり聞いたらアインシュタインの使った意味で宇宙定数を取り入れていると思われる可能性が大きいはずです。

 

アインシュタインは定常宇宙を前提として、引力と大きさが同じで方向が反対な宇宙定数を導入したのです。

 

つまり、宇宙定数を導入することは膨張宇宙論が定常宇宙論の前に膝を屈したに等しいと思われるリスクを冒しているのです。

 

何故なら、重力が零点振動に由来すると解釈するならば、宇宙定数こそ、実は重力を空間から引き出していた張本人と見ざるを得なくなるのです。

 

零点振動で空間が押される時には宇宙定数が作用し、空間が押し返す時には引力が発生するのです。

 

私達が見ている重力とは、宇宙定数と引力が相殺しあった後の力を実際には見ている事になるのです。

 

宇宙定数は空間内に発散していくのに対して、引力は物質の重心に向かって収束していきます。

 

遠くを見るほど光が加速しているように見えるのは、宇宙定数のいたずらによるのです。

 

引力は物質の重心に収束しているのに、宇宙定数はひたすら発散しているので、遠くを見れば見るほど、宇宙定数は加速しているように見えるはずです。

 

加速しているように見える宇宙定数によって、見かけ上歪められた空間を通して光を見れば、光もまた、加速しているように見えるのではないでしょうか。

 

つまり、膨張宇宙とは、宇宙定数が空間に仕掛けたトリックに科学者達がまんまと引っかかって騙された錯覚に過ぎないのです。

 

これこそが、膨張宇宙論における宇宙定数復活の種明かしでありました。

 

おそらく、零点振動は、仮想光子や、物質波にも深く関わっているのでしょう。

 

ならば、零点振動は何が引き起こしたのでしょうか。

 

6つのクオークや、6つのレプトン荷電レプトンである電子・ミュー粒子・タウ粒子、およびニュートリノである電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノをどう解釈するかが、解明のカギを握っているのかも知れません。

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性教育の目的を見失っていないでしょうか。

性教育はそもそも、何のためにするのか、皆さんは考えた事がありますか。
 
子供たちが望まないタイミングで親になることがないようにするため、この答えが返ってくる場合が多いかもしれませんね。
 
だったら、そのような状況をどうやったら上手に避けられるか、子供たちと一緒に考えた方が良いのではないでしょうか。
 
闘わずに勝つは、兵法の極意、それに似てるかもしれません。
 
今の性教育は、兵法学習で言えば、個々の場面での戦い方を学習しているのとどう違うのでしょうか。

そうなってしまった時、上手な対処の仕方はどうしたらいいのか、考えていることの方が多いからかもしれません。

 
それは、好きになった人とセックスして何が悪いのと言う問いに、上手に応えられていないからではないでしょうか。
 

どうでしょうか。

だから、寝た子を起こすなと言われてしまうのではないでしょうか。
 
その気はないといくら否定しても、その場しのぎの対処法しか考えていないと言われて、即座に反論できるでしょうか。
 
それは結局、愛の表現としてのセックスをどう考えるのかと言う事ではないでしょうか。
 
愛の表現の中で、セックスをどう位置付けるのか、誰にとっても悩ましい問いかも知れません。
 
でも、性教育の一番の目的は、望まないタイミングで親になって欲しくないことではないでしょうか。

それなのにその場しのぎ、それは人にとって考え方が違うからではないでしょうか。
まともにやったらいつまでたっても、平行線のままではないでしょうか。

 
兵法学習からみれば、実践に即した学習とどう違うのでしょうか。
 
性教育はここが理解できてないから、効果的な反論が出来ない、違いますか。
 
性教育はそもそも、人間性教育を当初の旗印として掲げていたのではなかったでしょうか。
 

それは、何のためだったでしょうか。
子供たちが望まないタイミングで親になる事が無いようになって欲しいという願いから、始まったのではなかったでしょうか。
迷ったら、出来るだけ早く原点に帰った方が良い。
違いますか。

 
そしてその原点は、兵法で言えば、戦わずして勝つ兵法の極意を身につけて欲しいと言うのとどこ違うでしょうか。
 
戦わずして勝つとは、どういう事かでしょうか。
 
まず考えられるのは、戦意喪失を狙う事でしょうね。

でもそれじゃ、この場合どうでしょうか
魅力のない人になれということと、どう違うのでしょうか。

 

闘わない方が双方の利益になる落としどころを、上手に相手に示すことではないでしょうか。

先手を打って示したら、どうでしょうか。
この場合、どういう事になるでしょうね。

 
望まないタイミングで親になるよりも、もっと良い事がある、早期が付いてもらう事ではないでしょうか。
 
先手を打って、上手に提示出来るようになることが必要な場合もあるでしょう。


相手が提示するように、巧みに誘導することが必要な場合もあるでしょう。

 
相手によって、どちらが良いかは決めた方が良いかも知れませんね。
 

素直な人なら、先手を打って示したら良いかも知れません。

プライドが高い人なら、相手が気が付いて提案したように仕向けたら良いかも知れません
 

それが基本だし、理想です。

でも、みんながみんなすぐにそうなれるわけじゃないですよね。

そこで、対処法も必要になる、そういう事ではないでしょうか。

そこがきちんとわかっていて欲しいのです。

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人間性教育としての性教育こそ必要ではないでしょうか。

娘はかわいいし、幸せ。なのに苦しい。 産後うつと強迫性障害に苦しんだ2年半の記録 https://www.huffingtonpost.jp/2018/09/13/zange-nikki1_a_23526706/
「検索」が、子育て中の親を追い詰める。不安なママはどうすればいいのか https://www.huffingtonpost.jp/2018/09/14/zange-nikki2_a_23526757/
この記事は保育園の園長のさり気ない一言、「この子、人見知りしないね」が気になってあれこれネットで調べたら「発達障害」「自閉症」という検索結果がたくさん出てきて、不安になってしまった自らの産後うつから抜け出るまでの記録を一冊にまとめた母親へのインタビュー記録です。
この子、人見知りしないね」、園長は褒め言葉のつもりだったかもしれません。
でもここは保育園、赤ちゃんを預かる施設です。
なかにはまったく人見知りをしない子もいますが、赤ちゃんにとっての人見知りは大切な発達段階のひとつとされるので、人見知りしないと成長が遅いのではと心配することもあるわけです。
人見知りしないのは、「ママやパパがいてくれる」「守ってもらえている」という安心感を人一倍感じやすいからかもしれないので、“発達が遅れている”と安易に判断しないことが必要です。
そういう子でも、ある日突然人見知りがはじまることはよくあることといいます。
でも、子育て真っ最中で、それもはじめての子供だった場合、みんながみんなそのような知識を持っているわけではないのです。
近くに相談や質問が気楽にできる親戚や親、友人知人がほとんどない状態の中で孤軍奮闘せざるを得ない母親が増えている今、ネットや本が数少ない貴重な情報元な人も多いわけです。
それだけに、保育園の園長や保育士はわが子の成長が順調に進んでいるのか常に気になる保護者の気持ちに寄り添った気配りが求められると言えるでしょう。
私は、「性教育はまず人間性教育でなくてはならない」と考えています。
それは、人が人として幸せでいられるには、愛や思いやりや細やかな気遣いが出来ることが大切と感じているからです。
性は何よりも子孫を残すためにあるのです。
子供が、なかなか出来ない人もいれば、すぐに出来て子だくさんな人もいますが、性が子孫を残すためにあることに変わりはないのです。
好きになったから、その場の雰囲気がよかったから、中には、酔った勢いで、などという人もいるでしょう。
でも、仮に子供が出来たらその子と幸せに暮らせるならともかく、そうでなければ、親子とも不幸ではないでしょうか。
愛と思いやりと細やかな気遣いの中で育ってきた人なら、言葉遣い一つにもさり気なく気配りが出来ることでしょう。
望まないタイミングでの妊娠や、不幸にして起こる性病感染も、お互いの幸せのために防ぎたいと細やかな心遣いが出来る人が増えるなら大幅に減らせることでしょう。
正しい性に関する知識や情報も必要でしょうが、何のために学ぶのか理解できていなければ適切に生かすことは難しいでしょう。
家庭や学校の学習の場で、親子や、先生と生徒、生徒間の話し合いを十分に時間をかけて愛と思いやりと細やかな気遣いとは何か、どのように考え、どのように行動した方が良いのか、大人の意見や価値観を押し付けるのではなく大人も子供も一緒になって考えてほしいのです。

自分で納得出来てこそ、身についてごく自然に言葉や行動に表せるからです。

教育の現場や家庭の中だけではなく、社会生活の中で成果が出る性教育が当たり前になって欲しいと心から願っています。

そうすれば、いじめやパワハラやセクハラ問題なども、自然と減っていくことでしょう。

日本では道徳教育というと、特定の価値観の押し付けにたいする警戒が先立ってなかなか普及してこなかったし、道徳教育の始まった今でもその懸念は消えていません。

そのような中で道徳教育を強行するくらいなら、性教育の時間や国語はもちろん、社会科や理科など様々な機会をとらえて、愛と思いやりと細やかな気遣いの大切さを子供たちと一緒に考えた方が良いのではないかと思います。

理科でというと、どうやってと思う人もいるでしょうが、子を守るための親たちの時として命がけな行動は本能だけで片付けられないものを感じられることでしょう。

また、一つ一つの命の大切さを具体的な知識として学ぶことが出来る機会でもあります。

そのような教育が当たり前になれば、不用意な言葉で人の心が傷つくようなことも減らせるのではないでしょうか。
 

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性教育は知識の前に伝えるべきことがあるはず。

性教育と言うと、何歳から何をどう教えたらいいか、悩む人は多いと思われます。 

 

軽はずみなセックスはして欲しくはないが、特定の宗派の教義や特定の思想で縛りたくないし、縛られたくない。 

そう考える人は少なくないのではないですか

 

だったら、子供たちにこう聞いたらいいのではないですか。

 

あなたたちはどんな親になりたいですか。 

それはなぜですか。 

そうなるには、どうしたらいいと思いますか。 

 

あなたたちはどんな親になりたくないですか。 

それはなぜですか。 

そうならないためには、どうしたらいいと思いますか。 

 

子供たちには、思っている通りに素直に話してもらい、大人の考えを押し付けることなく一緒に考えた方が良いでしょう。 

 

子供たちに体の性差について聞かれたらパニックにならないで、あなたのような可愛い子供に会うためにあると、言えば良いでしょう。 

あなたに会うために、お父さんに命の元をもらったのとか、お母さんに産んでもらったんだよ、とか言えば良いでしょう。 

 

違うでしょうか 

 

その後は、その子の理解力に応じて話せば良いでしょう。 

 

違うでしょうか 

 

あなたが子供たちと普段からどれだけ話しているか、お互いの理解を深める話し合いがどれだけ出来ているか、問われるのでないでしょうか

 

幸せな家庭、愛のある家庭、お互い思いやりのある家庭、そのためには、私は、私たちは、何を考えてどうしたらいいかを、普段から当たり前のように考えられる子供たちに育って欲しい。 

 

そう思う事に、宗派や思想は関係あるでしょうか。 

これに異論を唱える人は、どれだけいるでしょうか。 

性教育は、この想いをどうやって子供たちに伝わるかを基本に据えて創り上げていく方が良いのではないでしょうか。 

 

性教育の基本は、まず、大人たちから子供たちに、あなた方を愛している、あなた方を大切に思っている、その気持ちを伝える事からはじめるべきではないでしょうか。 

 

それには、普段から子供たちにその思いが伝えるように接していないとだめではないでしょうか。 

 

そうでなければ子供たちに、大人はずるいと思われて警戒されるだけではないでしょうか。 

 

何をどう教えたら良いか悩む前に、まず、心のボタンをかけなおした方が良いのではないでしょうか。 

 

話はそれからではないでしょうか。

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重たい電子なのか重たく見えているだけの電子なのかどちらでしょうか。

日本の研究と言うサイトに、興味深いプレスリリースが掲載されました。

膨大な内外の論文や資料の点検に追われるいるから仕方ないのかも知れませんが、次にあげる記事は、2001年3月以前にはすでに書かれています。

 

産業技術総合研究所

http://www.aist.go.jp/index_ja.html

 

磁気力を利用した重力制御法

http://www.aist.go.jp/NIMC/publication/news98/34-1.html

こちらは、ちょっと後の2002年です。

東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻

  岸尾研究室気付 超電導情報研究会http://semrl.t.u-tokyo.ac.jp/supercom/index.html

 

OMMUNICATIONS, Vol.11, No.2, April. 2002

http://semrl.t.u-tokyo.ac.jp/SUPERCOM/56/56_15.html

15. つくばマグネットラボの大型磁石開発状況

―木吉氏(物材機構)が講演

ちょっとジャンルが違う日本語文献と言うだけで、気が付かれていないとしたら勿体ない話です。

時間が立てば該当サイトから削除され、意識して論文検索をかけないと見つからないから見落とされてしまったのかも知れません。

これらの論文の言わんとしていることは、大きな磁場で重力の見かけ上の大きさを制御できるというのです。

当然ながら、無重力状態だろうがより大きな重力下の状態だろうが、作れる磁場の大きさの範囲内であれば自在に制御できるのです。

ここで言う大きな質量の電子も実は、見かけ上大きな質量が測定されたに過ぎない電子かも知れません。

今後の研究に注目したいと思います。

 

強磁場中で重い電子を発見、近藤絶縁体の磁場中電子状態を解明―理・伊賀文俊教授が純良単結晶試料作製で貢献

 

 

プレスリリース 掲載日:2018.06.21

 

 東京大学 茨城大学

 

 

 

発表者

 

松田康弘(東京大学物性研究所附属国際超強磁場科学研究施設 准教授)

 

寺島拓(研究当時:東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 博士課程学生/:株式会社リネア)

 

小濱芳允(東京大学物性研究所附属国際超強磁場科学研究施設 准教授)

 

池田暁彦(東京大学物性研究所附属国際超強磁場科学研究施設 助教)

 

近藤晃弘(研究当時:東京大学物性研究所附属国際超強磁場科学研究施設 助教/ :三井金属鉱業株式会社)

 

金道浩一(東京大学物性研究所附属国際超強磁場科学研究施設 教授)

 

伊賀文俊(茨城大学理学部理学科物理学領域 教授)

 

 

 

発表のポイント:

 

近藤絶縁体YbB12(12ホウ化イッテルビウム)の磁場誘起金属状態の比熱測定から、50テスラ以上の強磁場で重い電子が現れることがわかった。

 

近藤効果の証拠である重い電子を強磁場中で発見し、近藤絶縁体における多体電子相関効果をはじめて明らかにした。

 

近藤絶縁体はトポロジカル的性質からも特異な物質群として注目されており、今回の発見は、古くかつ新しい研究課題である絶縁体と金属の物理に新しい展開を与える。

 

発表概要:

 

東京大学物性研究所の松田康弘准教授と小濱芳允准教授は、茨城大学理学部の伊賀文俊教授らと共同で、近藤絶縁体(1)YbB12(12ホウ化イッテルビウム)の比熱測定を60テスラ(2)までの強磁場下で行い、強磁場金属相の電子が通常電子の数十倍重いことを発見しました。これは、典型的な多体電子相関効果である近藤効果が強く効いていることの直接的証拠です。近藤絶縁体は1960年代から半世紀以上研究が継続されていますが、強い電子相関効果のために 絶縁体化のメカニズムの解明は十分ではありませんでした。

 

最近で はトポロジカル性や中性フェルミ粒子などの新概念が提案されたため再び多大な関心が寄せられていましたが、今回、この物質の有する隠れた金属状態が強い近藤効果(3)を持つことを初めて立証しました。

 

今回の発見は、絶縁体と金属の違いは何かという古くかつ新しい固体物理学の問題(4)における近藤効果の役割に新たな理解を与えるものです。近藤効果は典型的な多体電子相関効果であり、非従来型超伝導やメゾスコピック系の量子ゆらぎの理解にも重要です。本研究の成果はこれらを含む広範囲な物質系の理解にも大きく貢献します。

 

本成果はアメリカ物理学会の速報誌 Physical Review Letters に掲載予定です(622日オンライン版掲載)

 

背景

 

固体中では、本来、極めて多数の電子による複雑な多体の相互作用を量子力学に基づいて考慮すべきですが、多くの半導体や金属において近似的に1体の問題に書き換えて理解できることがわかっています。今日のエレクトロニクスは、量子力学を礎とする固体中の電子状態の理解によって形成、発展してきましたが、その背景において1体近似の有効性が重要な役割を果たしてきました。しかしながら、この近似による予想と大きくかけ離れた性質を示す物も 存在し、これらの物質群は強相関電子系と呼ばれています。 強相関電子系の研究は、銅酸化物高温超伝導体の発見(1986)を契機に爆発的に進展しました。特に、1体近似では金属と予想されるが実際には絶縁体となる物質群が、高い超伝導転移温度を示す物質と深く関係があったため、絶縁体金属の境界での性質に興味が集中しました。

 

 

 

一方、近藤効果は典型的な多体電子相関効果であり、希土類金属間化合物における非従来型超伝導の発現において重要な役割を果たします。強い近藤効果を示す物質群の殆どは金属ですが、いくつかの限られた物質では絶縁体となり、近藤絶縁体と呼ばれています。その絶縁体化のメカニズムと近藤効果の関係の解明は極めて重要な問題ですが、これまで十分な理解は得られていませんでした。近藤絶縁体の電子状態については、最近、トポロジカル的性質や中性フェルミ粒子の存在の可能性など新しい概念での捉え方も提案されています。近藤絶縁体の電子状態の理解は現在の固体物理学において最も重要な研究課題の1つと言えます。

 

 

 

典型的近藤絶縁体の1つであるYbB12(12ホウ化イッテルビウム)は約50テスラの磁場中で金属化することは発見されていました(1988)が、その金属状態の性質については殆ど明らかになっていませんでした。特に、磁場で金属化した状態が、近藤効果が失われた通常の金属であるか、または近藤効果が強く残った強相関金属であるかは、近藤絶縁体の絶縁体化のメカニズムと関連した基本的かつ重要な問題ですが未解明でした。

 

 

 

研究内容

 

今回の研究では、YbB12について60テスラまでの強磁場中でその電子状態を調べました。強磁場中で比熱を精密に測定することにより、強磁場金属相では比熱が急激に大きくなることを発見(1 )し、そのことから強磁場金属相が近藤効果の強く効いた強相関金属であることを 初めて直接的に証明しました。比熱測定では金属中の電子の重さを測ることが可能であり、電子の重さは通常金属の数十倍であることが分かりました(2)

 

 

 

また今回明らかになった磁場による比熱の増大現象は、磁気的性質の変化との整合性が極めて高いことに特徴があります。YbB12は、金属化と同時に磁化の急激な増加が見られますが、比熱の増大率はその磁化の増大率と非常に良い一致を示しました。このことは、近藤共鳴機構によってフェルミエネルギー近傍での電子状態密度が急激に増大したためと理解でき、強磁場で現れた金属相が強相関金属であるとの説明と極めて良く整合します。これまでに、近藤絶縁体の強磁場中の金属相が強相関金属の性質を有するという報告は、別の近藤絶縁体Ce3Bi4Pt3において過去に1件だけ存在しますが、このような磁気的性質と熱的性質の整合性は報告されておらず、近藤共鳴現象の観点から近藤効果が実験的に確認されたのは今回が初めてのことです。

 

 

 

成果の意義、今後の展望

 

本発見は、絶縁体と金属の違いは何かという古くかつ新しい固体物理学の問題の理解に大きく貢献し、特に、その近藤効果の役割に新たな理解を与えるものです。

 

 

 

今後は、今回の研究よりも1桁程度強い磁場までの研究展開を行い、磁場による近藤効果の完全な抑制と、その際の強相関金属の性質の変化を明らかにしていく予定です。これにより、強い相関を磁場で制御する技術が確立されると期待できます。近藤効果は典型的な多体電子相関効果であり、非従来型超伝導やメゾスコピック系の量子ゆらぎの理解にも重要です。本研究の成果と今後期待される進展は、これらも 含む広範囲な物質系の理解とその応用に大きく貢献します。

 

 

 

発表雑誌:

 

雑誌名:

 

Physical Review Letters622(米国東部時間)オンライン版掲載

 

論文タイトル:

 

Magnetic-field-induced Kondo metal realized in YbB12

 

著者:

 

Taku T. Terashima, Yasuhiro H. Matsuda*, Yoshimitsu Kohama, Akihiko Ikeda, Akihiro Kondo,Koichi Kindo, Fumitoshi Iga

 

 

 

用語解説:

 

(1)近藤絶縁体

 

希土類元素を含む金属間化合物で、高温では金属であるがある温度よりも低温で絶縁体となる。SmB6YbB12Ce3Bi4Pt3などが典型物質であり、その種類は極めて限られている。伝導電子と希土類元素の4f電子の強い混成効果によって低温で近藤効果が顕著となる。磁気的には局在磁気モーメントが消失した非磁性状態が基底状態となる。

 

(2)テスラ

 

磁場の強さを表す単位。1テスラは10000ガウス。(地磁気は約0.4ガウス。)100テスラの磁場を発生させると内部に約4万気圧の磁気圧力が生じ、コイル破壊を伴う場合が多い。60テスラ程度の磁場では数十ミリ秒の比較的長い時間でのパルス磁場発生が安定に行える。

 

(3)近藤効果

 

希薄な磁性不純物を含む金属における電気抵抗の温度依存性が示す極小を説明する効果として1964年に近藤淳によって示された。その後の研究の発展によって、高濃度に磁気モーメントが存在する金属間化合物場合においても近藤効果は起こり、伝導電子と局在した電子(f電子など)の反強磁性結合を介した多体効果として理解されることが分かった。近藤効果の強さは近藤温度(TK)で示されることが多く、数ケルビンから数百ケルビン程度となる物質が多い。電子の重さはフェルミ温度をTFとして概ねTF/TKでスケールされ、通常金属の1000倍程度になる場合もある。

 

(4)古くかつ新しい固体物理学の問題

 

古くからある未解決の問題であるが、新しい概念の導入と測定技術の進歩により、理解の深化と実測可能な物理量の拡張がなされ、新しい研究展開が行われている問題。

 

 

 

添付資料:

 

Photo

 

図1.磁場温度平面における比熱/温度のカラープロット。強相関金属状態が強磁場で現れることがわかる。

 

 

 

Photo_2

 

図2.電子比熱係数γの磁場依存性。これより、磁場中金属相では、比熱係数が急激に増大しており、電子の重さが通常金属の数十倍大きいことが分かる。



追記


ここで紹介した磁場に関する論文はここにも納めましたので、興味のある方はそれぞれの組織に問い合わせてみてください。

無重力で作る単結晶は地上で可能になる。重力と電磁力?その6



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引力にパートナーとなる力はあるのか。

真空のエネルギーが、時空が膨張しても密度の変化しないダークエネルギーの正体と言う説を唱える人がいます。

このダークエネルギーが宇宙の70%で物質は高々30%と言う、指摘もあります。
だが、このダークエネルギー、宇宙定数で正確な表現ができると主張されています。
でも、ちょっと待って欲しいのです。
アインシュタインは、宇宙定数を一般相対性理論では潰れてしまう宇宙を救うために導入したのです。
その宇宙定数の数値は、引力と同じです。
方向は引力と真逆に働くとした宇宙定数は、大きさは引力と同じという事は何を意味するのでしょう。
古典力学で大きさが同じで方向が真逆な力として指摘している力とは、反作用の力なのです。
作用と反作用の力の均衡によって、見かけ上の静止状態が生まれます。
重力は引力だけと見られてきました。
では、台地がなければ私たちは永遠に落下し続けるのでしょうか。
違います。
台地が生んだ引力によって私たちの体は、台地の上にとどまっていられるのです。
台地のような質量の存在が、引力を生んでいるのです。
引力とは質量が時空の中に生み出した歪みなのです。
では、質量はどのように時空を歪めているのでしょう。
トランポリンを歩くと、その表面は窪みます。
なぜでしょうか。
私たちの体が、台地の生み出す引力で下に押し付けられているからです。
私たちの地球も時空を歪めて引力を生み出すなら、その時空を歪める力はどこからきてどのように時空に働きかけているのでしょう。
地球は時空を引き寄せているでしょうか。
地球には無数の見えない腕があって、時空を引き寄せて歪めているとしたならその腕はどのような姿でどのように働いているのでしょうか。
重力に引力しかないと言うなら、物質がどのように時空に働きかけて歪めているのか説明すべきでしょう。
だが、誰もそれをしようとはしません。
出来ないからです。
時空の膨張はどうなのか、これが説明ではないかと言うかも知れません。
だが、膨張のエネルギーがどこからきているのか誰も説明できていません。
一方、古典力学の要請に随って引力に反作用力を想定してみましょう。
大きさが同じで方向が真逆な力が、反作用力です。
アインシュタインの想定していた宇宙定数は、まさに、引力と大きさが同じで方向が真逆な力です。
アインシュタインの導入した宇宙定数は、プランクの導入したプランク定数のように、導入した本人からは便宜上の存在とみなされていました。
プランク定数には実在すると見抜いた、アインシュタインの存在がありました。
宇宙定数は不幸なことに、実在をその時点で見抜いた人は誰もいなかったのです。
そして宇宙定数は、皮肉なことに膨張宇宙論を論じる中で再発見されたのです。
しかも、宇宙定数の入っている一般相対性理論の式は、宇宙で観測される数値を矛盾なく説明可能なのです。
膨張宇宙論者たちは、宇宙定数の前に跪いたのです。
膨張宇宙論者は、アインシュタインのこの指摘を見落としています。
加速度と重力は区別がつかない、と言う指摘です。
膨張宇宙の証拠とされる数値が加速度で説明可能なのは確かだが、もし、その加速度が重力加速度と見ても何ら矛盾がないと気付くなら、どうでしょうか。
いつの日か、宇宙論の研究者たちはアインシュタインの墓前で、「アインシュタインさん、あなたが宇宙定数導入を悔いたのは早すぎました。宇宙定数によって定常宇宙を救おうとしたあの試みは正しかったのです。」と、首を垂れることになるでしょう。
いつかは、わかりません。
だが、その時は、劇的に来ることでしょう。

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ペンギンと恐竜は同時代?

興味深い記事が、AFPで配信されています。

記事には、これは、両者の最後の共通の祖先がずっと昔、恐竜時代に生息していたことを示しているとあるが、両者とはペンギンと恐竜です。

古代の巨大ペンギン、恐竜と共存 NZで発見の化石で判明

2017年02月24日 06:10 

発信地:パリ/フランス
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恐竜時代に生息していた巨大ペンギンを描いた想像図。オタゴ大学地質博物館提供(2017223日提供)。(c)AFP/Geology Museum-University of Otago/Chris GASKIN

 足の化石は、ニュージーランドのワイパラ(Waipara)川近くでアマチュア化石収集家により発掘された。ただ、この化石だけではペンギンと恐竜が共存していたことの証明にはならない。この8センチの骨の年代は、ティラノサウルス・レックス(T・レックス、Tyrannosaurus rex)などが姿を消してからずっと後の約6100万年前のものだった。

 しかしこの周辺では過去に別の巨大ペンギンの化石が見つかっており、これが決定的な証拠となり、2羽の共通の祖先がその何百万年も前に生きていたことが示された。

 論文の主執筆者で、ドイツ・フランクフルト(Frankfurt)のゼンケンベルク研究所(Senckenberg Research Institute)の鳥類学者、ゲラルト・マイヤー(Gerald Mayr)氏はAFPに対し、「この2羽のペンギンは全く同じ場所から発掘されたが、形態学的にはかなり異なる。これは、両者の最後の共通の祖先がずっと昔、恐竜時代に生息していたことを示している」と説明した。

 このあらゆるペンギンの祖先は子孫である2羽よりも500万~1000万年前に生息していたとみられ、恐竜の繁栄が続いていた白亜紀後期にはすでに存在していたことになるという。この研究結果をまとめた論文は科学誌サイエンス・オブ・ネイチャー(Science of Nature)に掲載された。

 原始ペンギンは、餌が陸でなく海にあったため、壊滅的被害をもたらした小惑星衝突による衝撃波やその後の気候変動を生き延びたとみられる。これとは対照的に陸生だった恐竜は、その後何十年も続いた冬の間に餓死してしまったのだろうと、研究チームは推測している。

 ワイパラ川周辺で化石が見つかった巨大ペンギンは、体高が最低でも150センチあった。これは成人女性の平均身長を若干下回る程度で、南極大陸を主とする南半球のみに生息する現生ペンギン17種のうちの最大種であるコウテイペンギンよりも頭1つ分高い。

 絶滅種の中では唯一、3300万~4500万年前の南極大陸に生息していたアンスロポルニス・ノルデンスクジョルディ(別名ノルデンショルトジャイアントペンギン)が、ワイパラのペンギンよりも大きかった。(c)AFP/Marlowe HOOD

ペンギンの祖先は、恐竜の繁栄が続いていた白亜紀後期にはすでに存在していたことになる、と言うことは恐竜を爬虫類と鳥類を繋ぐ存在として位置付ける展開になりつつある恐竜研究に見直しを迫ることになるのでしょうか。

今後どういう議論になっていくか、気になるところです。

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原始爬虫類の腹に胎児?

興味深い記事がAFPで配信されていました。

原始爬虫類の腹に胎児 「進化史書き換える」化石、中国で発見

2017年02月15日 06:04 発信地:パリ/フランス科学・技術

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魚を捕食する妊娠中の原始爬虫類ディノケファロサウルスの想像図。ネイチャー誌提供(2017年2月9日提供)。(c)AFP/NATURE/DINGHUA YANG/JUN LIU/HEFEI UNIVERSITY OF TECHNOLOGY

【2月15日 AFP】2億4500万年前に生息していた非常に首の長い海生爬虫(はちゅう)類が、卵生ではなく胎生だったことを示す化石を発見したとする論文が14日、英科学誌ネイチャー・コミュニケーションズ(Nature Communications)に発表された。恐竜や鳥類、ワニを含む主竜形類の仲間で胎生が確認された唯一の種だという。

 中国南西部の雲南(Yunnan)省で見つかった雌のディノケファロサウルスの化石を調査した研究チームは、腹部に胎児の化石を発見した。論文の共同執筆者、中国・合肥工業大学(Hefei University of Technology)の劉俊(Jun Liu)氏は、「生殖器系の進化についてのわれわれの理解を書き換える発見だ」と述べている。

 ディノケファロサウルスと同じ主竜形類に属する恐竜や鳥類、ワニ、そして近縁のカメはいずれも卵生だが、トカゲやヘビを含む爬虫類の仲間である鱗竜類の中には、ウミヘビやボア、スキンク、ヒメアシナシトカゲなどの胎生動物も存在する。胎生は主に哺乳類の特徴とされ、卵生はより原始的な動物が行うと考えられている。

 ディノケファロサウルスは首の長さが胴体の2倍近くもある奇妙な姿をした海洋生物で、体長は3~4メートルに達する。化石で見つかった胎児の大きさは、母親の10分の1ほどだったという。

 AFPの取材に対し、電子メールで回答した劉氏は、当初「この胎児化石が母親の最後の食事だったのか、あるいは生まれる前の胎児なのか分からなかった」と語った。

 しかし劉氏によると、通常頭からのみ込まれる獲物とは異なり、腹腔内の胎児は前方を向いていた。さらに、卵の殻が時間の経過と共に消失した可能性も排除されたという。

 劉氏は、胎児が「脊椎動物の胎児に典型的な、身を丸める姿勢」をとっていたと同時に、石灰化した卵殻の破片も見つかっていないと説明している。(c)AFP/Mariëtte Le Roux

もし本当に胎児とすれば、胎生は主に哺乳類の特徴とされると言う解釈によって、またしても爬虫類と哺乳類の境目が危うくなることにならないでしょうか。

すでに、単弓類と言う、哺乳類型爬虫類から爬虫類型哺乳類に分類されなおした前例があることを思えば、今後の展開は要注目といえましょう。

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単弓類をめぐって爬虫類はどうなっていく?

爬虫類をめぐって、興味深いことになっています。

鳥と恐竜の境目はどんどんあいまいなって来ていて、もふもふな鳥のようなT-REXの表現も許容範囲になってきたこと、さらに、鳥と哺乳類の境目も授乳能力をめぐって揺らぐかもしれないことを話していたら、こんな反応がありました。

 

側頭窓の数で分類されるので境界が揺らぐことはないと思います。恐竜は双弓類、哺乳類は単弓類です。

 

こういう指摘だけれど、単弓類は古くは哺乳類型爬虫類に分類されていたのですよ。

 

単弓類は、爬虫類と見れば哺乳類に、哺乳類と見れば爬虫類に、似ているところが気になってしまう大変悩ましい存在なのです。

 

爬虫類型哺乳類に分類されなおしたのは、研究史上極めて最近の事です。

 

つまり、単弓類をどうとらえるかで、哺乳類と爬虫類の境目は簡単に移動するのです。

 

そして爬虫類の中での恐竜の位置付けも、大変に悩ましいことになってきているのです。

 

恐竜は、魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類などのうち、どの部類に属するのですか?と言う問いかけに対し、答えは混乱したのですよ。


魚類に分類と言うのは、流石になかったようですけどね。

 

恐竜は単独で分類した方が良いとか、もはや鳥類で良いとか、まだ爬虫類で分類しておくべきだなど、答えがバラバラで、かえって質問者は頭を抱えてしまったのです。

 

恐竜は、爬虫類と鳥類の境目を引っ掻き回す存在となっているのです。

 

そして今や恐竜は鳥と区別がつかないのではないかとなっているのです。

 

一応、爬虫類と鳥類を繋ぐ中間に位置付けてはいますけど。

 

鳥と哺乳類の境目は、かつてはカモノハシが揺るがしたが、決め手となった授乳能力が当てにならない可能性があります。

 

ミルクを作る能力のある素嚢(そのう)は鳥類の特徴の一つだし、鳥類の中には素嚢以外を用いてミルクをだす種もある以上、授乳能力もまた、鳥類の一般的能力に加わるかもしれないわけです。

その素嚢は恐竜にもあるので、素嚢をめぐる議論は当然、恐竜も巻き込んでしまうことになってしまうのです。

 

鳥と恐竜の境目が揺らぎ、鳥と哺乳類の境目が揺らぎ、爬虫類と哺乳類のどちらに分類して良いか悩ましい単弓類があるわけです。

 

今後、恐竜と鳥と哺乳類の境目をめぐる混乱は、さらに深刻になるであろうと言う展望が、近年の進展なのです。

 

爬虫類は哺乳類との単弓類をめぐる混乱だけでなく、恐竜と鳥類の分類の混乱にも巻き込まれていくことになって行きそうなのですよ。

 

面白いことになってきました。

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