聖書・コーラン

やはり日本の神社はただものではない?!

日本の神社は古代イスラエルの神殿とは、構造、神職の衣装、参拝法があまりにも似ているとは指摘されます。

 

だが、ここに驚くべき記録があります。

 

その一部を紹介します。

 

毎日新聞 2004521

 「明治神宮の森にキリスト教の賛美歌 創建以来初」

 

明治神宮の森に21日、創建以来初めてキリスト教の賛美歌が響きわたった。

米国ブリガム・ヤング大ハワイ校の合唱団50人が奉納した。

アロハシャツ姿で神道の儀礼に従ってお祓いをし、学長夫妻らが本殿で玉串をささげた。

団員は中庭で2拝2拍手1拝して2曲を歌い、参拝客も驚いて足を止めた。

2年前、明治神宮の関係者が、同校を経営する教会の視察に訪れ、交流が深まった。

外山勝志宮司は「歌をささげることは世界平和を祈ることと同じです」と述べた。

 

産経新聞 2007430

 「書評」

 

末日聖徒イエス・キリスト教会の十二使徒定員会会員、ヘンリー・B・アイリング長老が、4月26日に明治神宮を表敬訪問した。

教会の十二使徒が公式に明治神宮を表敬訪問をしたのは、教会歴史の中で初めてのことだ。

アイリング長老は七十人定員会会長のD・トッド・クリストファーソン長老、アジア北地域会長のデビッド・F・エバンズ長老と共に、明治神宮の外山勝志宮司と会談を行った。

会談に先立ち、アジア北地域会長会夫妻、日本、韓国、ミクロネシアのすべての伝道部会長夫妻、日本宣教師訓練センター所長夫妻らが共に参詣した。

明治神宮側より歓待された一行は、明治神宮の歴史に触れ、神楽を鑑賞し、日本文化を学ぶ機会を持った。

 

そして、当の明治神宮の公式ホームページは、こう記します。

 

20.3.1更新

 

218日、アメリカ・ソルトレイクからモルモン教十二使徒・オークス氏が表敬されました。

 

お祓いを受けた後、内拝殿で玉串を捧げて正式参拝。

 

その後、巫女による神楽「倭舞(やまとまい)」を観賞し、神道文化に触れられました。」

 

末日聖徒イエス・キリスト教会は、自らをイエスキリスト時代の教会が回復されたとしています。

 

自らをイエスキリスト時代の教会が回復された組織と位置付けている末日聖徒イエス・キリスト教会の指導者達が、明治神宮でお祓いを受けた後、内拝殿で玉串を捧げて正式参拝と言う滅茶苦茶大変なことをしたのです。

 

末日聖徒イエス・キリスト教会は、現代の生ける預言者である大管長に導かれた教会であるといいます。

 

末日聖徒イエス・キリスト教会、初代大管長ジョセフスミスは御父と御子から直々に教会の組織をするように召されたといいます。

 

その教会の指導者達が、明治神宮でお祓いを受けた後、内拝殿で玉串を捧げて正式参拝したのです。

 

日本の神社は、二本の柱が立つ鳥居、一般の参拝所、拝殿、本殿からなります。

 

古代イスラエルの神殿は、二本の柱、一般の参拝所、聖所、至聖所からなります。

 

どちらも、神職は房の付いた衣装を着て木の枝を参拝に用います。

 

清めに塩を用います。

 

古代イスラエルの神殿には契約の聖櫃アークがありましたが、日本の神社にある神輿はアークにあまりにも似ています。

 

聖書の教えも神道も、神の道を説きます。

 

世界の始まりを、神道は三柱の神からといい、聖書は御父と御子と聖霊のお三方と言います。

 

現世にかかわる神を、神道は太陽神である天照大御神とし、キリスト教はイエスとするが義の太陽として太陽神的な扱いです。

 

面白いことに女神天照大御神に対して男伸天照国輝彦こそが、本来の太陽神であったという指摘があります。

女神天照大御神は、男伸天照国輝彦の巫女であったのかもしれません。

 

あまりにも似ている神道とキリスト教、あまりにも似ている神社と古代イスラエルの神殿、その日本の神社でイエスの時代の教会を復活したという教会の指導者達が玉串を捧げて正式参拝、榊を聖書の時代のヒソブの代わりとして正式参拝したというのです。

 

明治神宮で正式参拝した末日聖徒イエス・キリスト教会の指導者達は、日本の神社を古代イスラエルの神殿の代わりに使って差し支えないと宣言したに等しい行為なのです。

 

これ、ある意味、日ユ同祖論より強烈なメッセージです。

 

自らをイエスキリスト時代の教会が回復された組織と位置付けている末日聖徒イエス・キリスト教会の指導者達が、日本の神社はイエス・キリストの神殿と事実上認定したに等しいのです。

 

神輿は契約の聖櫃アークのレプリカと見ても差し支えないと、宣言したに等しいのです。

 

神社の神職は古代イスラエルの神殿で仕えていた神職と見ても差し支えないと、宣言したに等しいのです。

 

そして末日聖徒イエス・キリスト教会の指導者達は、やがて日本に大いなる時がくると預言しているのです。

 

えらいことになりました。

 

全国に何万とある神社が、キリスト教の神殿扱いですよ。

 

しかも、古い時代神仏習合であったことを思えば、思いがけない寺社がある日突然ってことも考えておいたほうがいいかもしれません。

 

古い寺にはしばしば神仏習合時代の名残りがあります。

 

これから先、何が起こるかわかりませんよ。

 

キリスト教には日本布教の初期、イエスを大日になぞらえようとして、大日が皇祖神天照大御神と習合しているので慌てて撤回した過去がありますから。

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「死にたい」と聞いたならあなたならどうする?

「死にたい」とメッセージを発信しているうちは、まだ、誰かを信じているのです。

信じたいと思っているのかもしれないのです。

言わなくなったらかえって危ないという人がいるのです。

それは、「誰もわかってくれない」と言う絶望と諦めの結果の可能性があるからでしょう。

思いを気のすむまで聞くしかないのでしょう。

 

「死にたい」とは、「最後まで生きたい」と同じです。

それはある意味「疲れた」と言うのと似ているのです。

目的地に着くまで、課題を解決できるまで、頑張りたいけどしんどいと弱音を言う事で楽になりたいのです。

するべきは励ましではなく、寄り添いでしょう。

 

「死にたい」とは「死んだ方が楽だと思えるくらい心が疲れた」と言う事なのです。

だから、その心に寄り添い、心の疲れを共有しあって乗り越えられるまで共にあなたと歩いてあげるよと言葉と態度で伝えることが大事なのです。

するべきは心を休ませてあげることなのです。

肩を抱き寄り添って気のすむまで泣かせてあげることなのです。

 

このイエスの言葉が、参考になると思うのです。

 

マタイによる福音書 11

29わたしは柔和で心のへりくだった者であるから、わたしのくびきを負うて、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。 

30わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである」。

 

乗り越えた人はかえって心が強くなるかもしれないのです。

 

コリント人への第二の手紙 12 09

9ところが、主が言われた、「わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる」。それだから、キリストの力がわたしに宿るように、むしろ、喜んで自分の弱さを誇ろう。 

10だから、わたしはキリストのためならば、弱さと、侮辱と、危機と、迫害と、行き詰まりとに甘んじよう。なぜなら、わたしが弱い時にこそ、わたしは強いからである。

 

少しでも、この境地に近づけるようになりたいものだと思うのです。

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モーセとイエス。

モーセとイエス、よく見ると実によく似た人生を歩んでいます。

 

申命記 34

10 イスラエルには、こののちモーセのような預言者は起らなかった。モーセは主が顔を合わせて知られた者であった。 

11 主はエジプトの地で彼をパロとそのすべての家来およびその全地につかわして、もろもろのしるしと不思議を行わせられた。 

12 モーセはイスラエルのすべての人の前で大いなる力をあらわし、大いなる恐るべき事をおこなった。 


イスラエルには、こののちモーセのような預言者は起らなかったとあります。

 

果たして、そうだったのでしょうか。

 

モーセの時もイエスの時も、同世代の多くの子供たちが犠牲になるがモーセもイエスも避難して難を逃れる。

モーセは籠で川に浮かび、イエスは飼い葉おけ、後にメシアとなる身でありながら、世の常の幼子とは違う場に置かれた。

メシアとしての再登場までの記録が聖書では空白。

どちらも神によって地から取り去られ地上に最終的な墓が無い。

 

モーセは水から上がって王子の立場を得ます。

ファラオの娘に拾われ、息子として育てられたからです。

 

イエスはバブテスマで水から上がって「これは私の愛する子、私の心にかなうもの」と天から声があり聖霊が下りました。

イエスは聖霊によってマリアの胎内に宿ったかもしれないが、神が我が子として天下に宣言したのはバブテスマの後なのです。

 

モーセもイエスも、王の子の立場を名実共に得るのは、水から上がった後と言う共通点があるのですね。

 

水から上がって神の祝福を得る、ノアの箱舟もそう言えるでしょう。

 

ノアの洪水ではノアの同時代の人たちが犠牲。

モーセとイエスは同世代の子が犠牲。

出エジプトでは、エジプト人の長子も犠牲。

 

共通点は、死の危機から逃れると言う事。

 

つまり、イスラエルを物理的なくびきから解き放ったのがモーセとするなら、神の民としてのイスラエルを死の運命から解き放ったのがイエスだったということでしょうね。

 

さらに、モーセもイエスも経緯に差はあるが、神の前に罪人の立ち位置となる。

後を託した人がいる。


モーセはイエスの予型としての人生を歩んできた人だったのだなと、改めて実感しました。

 

そう言えば、モーセはファラオになれる可能性を捨てて奴隷の身で苦しむイスラエルを救い、イエスは神のひとり子の立場にありながら人々が死の縄目から解き放たれるために人の子として生まれ十字架にかかります。


地上と天上の差こそあれ、モーセもイエスも王の子の立場なのですね。

 

もちろん、モーセには洗礼者ヨハネのような人が見当たらないなど細かな点を上げればいくつもあるでしょうが。

 

こうして見ると、聖書はイエスの予型があちこちにありますね。

 

イエスは旧約聖書の預言者は皆、自分の事を預言していると言います。

 

皆さんも探してみてください。

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山岳信仰から見えてくる日本と古代イスラエルの繋がり。

山岳信仰で思うのです。
まず滝は、天と地を繋ぐ光の道にも準えられたのかもしれないのです。
陰陽では水は天を白は霊会をそれぞれ象徴します。
更に白は清さや光の象徴です。
滝に打たれるとは、水と清めの白と霊的な光による世俗の罪状払拭祈願なのでしょう。
神に合うには、絶対的な清さが求められるからです。

山の典型的な形の三角は、陰陽では人を表します。
緑に覆われた山が多いが、緑は常若の象徴なので緑の山は常若の神を表します。
稜線は天からの光の象徴です。
霊的な光に包まれた神に合うには、霊的な光で清められた人でなければならない。
だからこそ、霊峰とされた山は軽々しく登ってはならなかったのです。

光に守られて光に包まれた神に会いに行くのです。
これは、神に認められたモーセが光に守られて神に会いに行く聖書の記述に似ています。
更に、地上に現れた常若の光の神は、地上に来臨した永遠の神の幼子イエスに通じます。
やはり神道は、聖書の教えに似ています。
似ているのは神社と古代イスラエルの神殿もです。

山岳信仰の山伏は装束も鳴らす笛も、ユダヤ人と似ています。
神社は建物ばかりか、神職の衣装も祈りに使うものもユダヤ教とそっくりです。
その日本に、古代中東の遺伝子があり、ユダヤと共通の文化や単語が数多く残るのです。
家族性地中海熱も、日本とユダヤに共通な遺伝病です。
ユダヤ人渡来なんてもんじゃないようです。

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日本の皇室と古代エジプト。

興味深い情報がきました。

 

エジプトでは頭が○で下にある十字のアンク十字架があります。

これは正に人型ですね。

じつは皇室も儀式にアンク十字架を使っています。

エジプトの唯一神は太陽神日本の神様も太陽神ですから出エジプトから引き継いでいる物が有りそうです。

 

皇室も儀式にアンク十字架となると、面白いことに、吉村作治教授は神社の原型は古代エジプトのピラミッドコンプレックスではないかとの説を展開しています。

実際、日本の神社とよく似ているのは、古代エジプトや古代イスラエルの神殿です。

ことに賽銭箱は古代イスラエルの神殿と共通の要素です。神話大系は、古代エジプトと日本はよく似ています。

日本には古代中東、取り分け、古代イスラエルと共通の遺伝子があるという事です。

 

さらに言えば、コロンビア大学がマヤ、インカ、ネイティブ・アメリカン、イヌイット、アイヌ、琉球民族のDNAを調べたら皆んな一緒と判明し学会で発表しています。

そして、頭蓋骨に特徴があるインカ骨が共通です。

 

モルモン書には船出して行方不明な人たちがあるが、沖縄の文化や風習は聖書にそっくりなうえに、祖先ははるか東のニライカナイとのことです。

でもこの方角にあるのは、近年日本との関連が注目される南太平洋の島々、さらには、アメリカ大陸です。

そう言えば最近、アメリカ大陸最古の先住民として日本人が最有力候補だそうです。


ついでに言うと、沖縄の人たちにそっくりなアイヌの生活文物も古代イスラエルそっくりなうえに、アメリカ大陸でフランスとスペインの様式の矢じりと一緒にアイヌのご親戚の骨も出ているそうです。

 

もっと言えば、沖縄やアイヌのご先祖様の縄文人は、アジアのどこにも親戚が見つかりません。

でも、アメリカ大陸にご親戚の骨。

面白すぎます。

 

シルクロードの始まりは中東、イスラエルで終わりが日本ですから。

江戸時代の来日した宣教師達が神社をみて日本は過去にキリスト教に感化されたとオランダやイギリスの本部に報告していますから。

日本書紀も古事記も三神が一週間で世界を作り上げていますね。

漢文を訳すと正に創世記の天地創造と同じです。

 

さらに言えば、日本の神々は元は太陽神の一神教であったと指摘する声もあります。

また、日章旗とアテン神の奇妙な類似も面白いですね。

天照大御神の岩戸隠れとイエスの十字架上の死と復活のエピソードの類似も、興味深いですよ。


またしても、日本と古代エジプト、繋がりが見えてきました。

皇室も儀式にアンク十字架、一体どんな儀式に使っているのか気になるところです。


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言わなくて済むものなら人を馬鹿と言わない方が良いかも。

マタイによる福音書 7章 1~2節
人をさばくな。自分がさばかれないためである。
あなたがたがさばくそのさばきで、自分もさばかれ、あなたがたの量るそのはかりで、自分にも量り与えられるであろう。
 
この聖句見るたびに、「馬鹿と言う方が馬鹿」と言う俗語を思い出すのです。
「こいつ馬鹿だな」と思ったら、「馬鹿」とは言わないでしょ。
だって、馬鹿を相手に言い合いしたってしょうがないでしょ。
しょうがないのに、「馬鹿」と口に出してしまうのが馬鹿だと思えるのです。
 
馬鹿な人たちとは、まともに論議はできないのですから。
馬鹿だと思ったら、もう相手にしない事が賢いってことなのかもしれません。
 
なるほどその通りですね。
 
つまり、人を見下し上から目線で馬鹿呼ばわりしながら絡んでくる人に対しては、無視して相手にしない方が賢い対応ってことかもしれません。
 
相手にするだけ、時間と労力の無駄でしょうね。
 
何言っても、自分の考えに凝り固まって見下して罵詈雑言返してくるだけなのは目に見えてますからね。
 
この手の人たちのようにならないために、聖書にはこれらの聖句があるのでしょうか。
 
ヤコブの手紙 4章 11節
兄弟たちよ。互に悪口を言い合ってはならない。兄弟の悪口を言ったり、自分の兄弟をさばいたりする者は、律法をそしり、律法をさばくやからである。もしあなたが律法をさばくなら、律法の実行者ではなくて、その審判者なのである。
 
ルカによる福音書 6章 37節
人をさばくな。そうすれば、自分もさばかれることがないであろう。また人を罪に定めるな。そうすれば、自分も罪に定められることがないであろう。ゆるしてやれ。そうすれば、自分もゆるされるであろう。
 
ルカによる福音書 6章 41~42節
なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか。
自分の目にある梁は見ないでいて、どうして兄弟にむかって、兄弟よ、あなたの目にあるちりを取らせてください、と言えようか。偽善者よ、まず自分の目から梁を取りのけるがよい、そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目にあるちりを取りのけることができるだろう。

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とりとめのない話でしょうか。

ふと、思ったのです。
日本では、最後の締めを「とり」といいます。
最後とは、最高や頂点と言う意味も込められています。
そして、神輿の上には鳳凰と言う鳥がまさしく「とり」を務める構図です。
これが偶然なはずがないです。
神輿は移動神社であり、神社のとりは「鳥」が務めて「取り仕切る」構図であると言ってるようなものです。
日本は神仏混交だが、飛鳥時代はまさに過渡期だったはず。
飛鳥時代の仏像の裏のメッセージは、「日本の仏教は鳥が取り仕切る」であると言わんばかりに、見事なまでに鳥です。
外見に惑わされちゃダメというわけなのです。
飛鳥時代の仏像のシルエットは、まさに鳥そのものです。
私は気が付いた時、愕然としました。
もはや、飛鳥時代の仏像が全て、鳥にしか見えなくなったからなのです。
残念ながらほとんどの人が、飛鳥時代の仏像の裏モチーフの鳥であることに気が付いていないのです。
神職の衣の裾に房があるが、そのわけはほとんどの人が説明できないでしょう。
もしかしたら、神職の衣のモチーフは「鳥」かもしれません。
そして、神職の持つのは榊だが、仮に神職の真の姿が鳥なら、携えるべきはオリーブでしょう。
神社の裏モチーフは古代エジプトの太陽の船かも知れません。
だから鳥居があるのでしょう。

神社の裏モチーフは古代エジプトの太陽の船だとしても、神社には神輿があります。
神輿の正体がアークと言う指摘があります。
アークは方舟もさしますが、神職の真の姿がオリーブを携えた鳥だとしたら、神社の真の姿はアークとなってしまいます。
日本にはアークがあると、神社の姿は白状しまくりの構図と言う事なのです
日本には古代イスラエルの遺伝があることがわかっています。
その日本の神社の正体が、オリーブを携えた鳥が乗ったアークだとしたら、どうなるでしょう。
後は、聖書の預言を紐解いていくしかないでしょうね。
日本人こそ、聖書を読むべきなのです。
果たして、これは単なる白昼夢のようなものなのか、それとも真実なのでしょうか。
答えは、神様がご存知なのかもしれません。
 

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自己責任の言葉に怯む前に。

自己責任と思っていたものが実は、そうじゃなかったなんてこともあり得るのです。

障害の内容によっては、あなたのせいよりも環境に原因があることもあり得るのです。

どうしてそうなのか、一度冷静に振り返ってみることをお勧めしたいです。

少しでも、環境に原因がありそうなら、声を上げた方が良いでしょうね。

案外そのことで、心苦しく思っている人も周囲にいるかもしれないからです。

率直に悩みを打ち明けた方が良い場合もあるということです。

自己責任と言われても、怯まないことです。

「何でもかんでもひとのせいにするな、自分で解決できるものだってあるだろ」そう言われたと謙虚に反省するチャンスを与えてもらえたと思うことです。

何でもかんでも敵対するのではなく、相談にのってもらって味方してもらえるところはしてもらう方が良いかもしれません。

「自己責任」の言葉で怯んでいる人に、聞いて欲しいのです。

本当に全部が自己責任なのでしょうか。

少しでも環境に原因があるとわかった場合は、周囲に声をかけてみた方が良いかもしれません。

あるいは、見つけ方がわからないなんて場合も、周囲に相談してみると道が開ける場合もありではないでしょうか。

自分でなんとか解決できるものならと、悩んでないで、一人で抱え込んでいないでいる方が良いかもしれません。

国でも地方でも、あるいは様々な団体でも、「自己責任」とか言う前に自分たちに何かできることはないか考えて欲しいのです。

行政など環境に大きな影響を与える事ができるところは、その持っている力で何とか出来る障害を一つでも多く現場の声をきめ細かく聞いて取り除く対策何とかして欲しいものです。

問題解決したくても諸事情によりできないと思っている人たち一人一人も、一人で悩んでいないで自分の抱えている障害のうちで、これは自分だけでは解決は無理と思えることは積極的に声を上げた方が良いですよ。

変わらないとあきらめないで、声を上げ続ければいつかは変わるはずです。

これは、しょっちゅう、くじけそうになったり、怠けそうになったりする私自身も反省しなければならない事でもあるのです。

マタイによる福音書 24章 13節
しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。

ルカによる福音書 22章 28節
あなたがたは、わたしの試錬のあいだ、わたしと一緒に最後まで忍んでくれた人たちである。

コリント人への第一の手紙 1章 8節
主もまた、あなたがたを最後まで堅くささえて、わたしたちの主イエス・キリストの日に、責められるところのない者にして下さるであろう。

ヘブル人への手紙 6章 11~12節
わたしたちは、あなたがたがひとり残らず、最後まで望みを持ちつづけるためにも、同じ熱意を示し、
怠ることがなく、信仰と忍耐とをもって約束のものを受け継ぐ人々に見習う者となるように、と願ってやまない。
追記
この記事は自己責任を別の側面から見た以前のものです。
改めてこの問題の奥深さを感じます。
弱さを強さに変えるには自己責任論はかえって邪魔になる。 http://bit.ly/21pCj2y
自助努力ってなに? http://bit.ly/2iKrMON

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預言者について考えてみた。

神は常に、人の力ではなし得ない業を世に表し続けられました。

 

 

モーセ、アブラハム、イサク、ヤコブ、イエス。

 

ここまではほとんどのキリスト教の教会が認めるでしょう。

 

 

私は、敢えてここに、ムハンマド、更には、ジャンヌダルクも付け加えて考えたいのです。

 

 

それだけではないと言う声も、あるいはあるでしょうが。

 

 

ジャンヌダルクがあれだけの力を出し得たのは、神の後ろ盾以外あるでしょうか。

 

 

神は、ありとあらゆる場面を用いて自らの力を示されます。

 

 

ジャンヌダルクをイングランドは異端として退けたが、ジャンヌダルクを認めてしまうなら、イングランドは神の力を見ながら神の御前にへりくだり、全てを神の采配に委ねないとならなくなるでしょう。

 

ジャンヌダルクはフランス王を戴冠させることで神の力を示すため、神に召された女性だったのでしょうか。

 

 

もしジャンヌダルクが神に召されていたならば、人々を裁くために地上で神の采配が振るわれるときに、その場で采配を振るうために神の代理に召されるのはいったい誰か。

 

神の采配のために召されるのがたとえ誰であっても、神の采配を振るうために神に召された彼らは果たして周囲の人々に受け入れられたか。

 

ジャンヌダルクを処刑した人々は、現世の秩序維持を最優先させるため、処刑を実行したのではないか。

 

その意味では、ジャンヌダルクの死は、イエスの死のリフレィンだった。

 

 

私は、そんな気がしてなりません。

 

 

ジャンヌダルクは、あの段階で死んだが、あるいはそれは神の慈悲だったかも知れません。

当時の情勢から見て、ジャンヌダルクは、政争に巻き込まれ、遅かれ早かれ、命を落とすことになったでしょうから。

 

そして、死後も彼女の評価は、政争の具にされてしまったことでしょう。

 

あの段階で死ぬことで、彼女は純粋なままでいられたのかも知れません。

 

 国王の戴冠の時点でジャンヌダルクの役割は終わっていたにもかかわらず、勝利の女神として期待されてパリの奪還にまで駆り出されたが、神はジャンヌダルクがこれ以上政争に巻き込まれてしまわないために、身元に召してしまった。

 

そう思いたくなるような、タイミングですね。

 

世の多くのキリスト教の教会は、ムハンマドが神の力を借りられたからこそ、大きな力を発揮出来たことを認めたくないでしょう。

 

ムハンマドは、ユダヤ教やキリスト教に原点回帰を求める神のメッセージを伝え、神の力を借りて多くの困難な戦いに勝利しました。

 

 ムハンマドは戦いに勝利しただけでなく、人々を治める上でも神の導きによって多くのことを成し遂げていますね。

ここでは、それにいちいち触れることはしないけど、神の助けがないとまず無理と言えることを、数々行っているようです。

 

ユダヤ教やキリスト教にとって、ムハンマドの原点回帰の呼びかけを認めることは、自分たちの堕落を認めてしまうだけでなく、聖書の時代を超えて神がこの世に預言者を召されることを認めることになるでしょう。

 

 ムハンマドの原点回帰の呼びかけが正当性を満たすためには、それが神の召しに基づく言葉である必要がありますからね。

しかも、イサク、ヤコブの系譜以外からさえも、預言者は召されるかも知れないこともムハンマドを認めるなら受け入れることになるでしょう。

 

 ムハンマドはアブラハムの子孫ではあっても、イサク・ヤコブの系譜ではないですからね。

 

ムハンマドを預言者として評価することは、預言者にはどういう人達が召されるかという問題を、突き付けてくるでしょう。

 

 どういう系譜の人達であっても、神はふさわしいと思われる人達を、預言者に召されるかもしれないということですね。

 

残念ながら、聖人までは受け入れられるが、聖人とされた彼らは預言者として評価されることはないでしょう。

 

だが、聖人として評価された多くの人たちが、もしも人の力だけでなし得ないことをなし得たなら、そこには神の力を認めないわけにいかないでしょう。

 

そして、その延長線上に預言者はいます。

 

だが今、この世の多くの教会には預言者がいません。

 

とは言え預言者は、なりたいからと言ってなれません。

 

 仮に、自らを預言者と名乗ったり、私たちの組織には預言者がいると言ってみても、常に正しい判断に基づく行動や発言をしなければいけないと言う重責がのしかかっていますからね。

 

預言者と名乗ったり呼ばれたりしている人達は、その重責に常に耐えられる人でないと務まりません。

 

 軽々しく、名乗ったりできない立場が、預言者なのですね。

祈ることによって、神から支えられることになるでしょう。

しかし、一年中、しかも、24時間、祈りを忘れない人でない限り、精神的に耐えられることは無理でしょう。

 だから、預言者を名乗ったり預言者と呼ばれたりしている人がいる組織は、非常に少ないわけですね。

神からの御霊によって支え続けられないと、まず、耐えられないでしょう。

 

預言者は、基本的には、神に認められ、神に召されないとなれないのです。

 

しかも、それは神から一方的になされるのです。

当然、そのような預言者が召されている教会はそう多くないはずです。

 

大半の教会は、人の力で作られ、人の力で運営されています。

 

祈りによって導きを求めてはいるでしょう。

 

だが、それをどう生かすかは最終的には人の選択と判断によるのです。

 果たして、今の時代にも預言者はいるのか。

 

 いるとするならば、それは何処なのか。

 

 逆にいないなら、どうしたら神は預言者をあたえてくださるのか。

 

 

その問いに答えてくれている聖句があります。

 

ヤコブの手紙 1 5

 

あなたがたのうち、知恵に不足している者があれば、その人は、とがめもせずに惜しみなくすべての人に与える神に、願い求めるがよい。そうすれば、与えられるであろう。

 

この聖句が、私たちの答えを得る手掛かりを与えてくれるのかも知れません。

 

私たちにだって、歴史上の人物たちほどではないにしても、自分の力を超えることを神は可能にして下さるかもしれないですからね。

 

 

聖書にはこうあります。

 

マタイによる福音書 778

 

求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば、見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。 

 

すべて求める者は得、捜す者は見いだし、門をたたく者はあけてもらえるからである。

答えを、諦めないで求めてみましょう。

 

どんな答えが来るか、それは一人一人の求め方次第でしょうけど。

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天皇はスメルの王位継承者か。

シュメールは、現在のイラクやクウェートのあたりのメソポタミア南部を占めるバビロニアの南半分の地域、またはそこに興った最古の都市文明です

初期のメソポタミア文明とされ、チグリス川とユーフラテス川の間に栄えました。

 

シュメールはスメルとも読まれるというか、スメルと呼ぶ方が正しいとする説もあります。

 

ここでは、スメルの方を基本的に用いて議論を進めたいです。

 

日本とスメルの共通点を指摘している人たちがいるのです。

彼らの言い分をまとめてみることにします。

 

スメル語も日本語も膠着語と言う特徴を持つ。

膠着語は、言語の形態論上の分類のひとつ。

膠着語に分類される言語は、ある単語に接頭辞や接尾辞のような形態素を付着させることで、その単語の文の中での文法関係を示す特徴を持つ。

膠着語に分類される言語は、トルコ語、ウイグル語、ウズベク語、カザフ語等のテュルク諸語、モンゴル諸語、満州語等のツングース諸語、日本語、朝鮮語や、フィンランド語、ハンガリー語等のウラル語族、タミル語等のドラヴィダ語族、チベット・ビルマ語派、エラム語、シュメール語などがある。

ちなみにエスキモー・アリュート語族、マヤ語族なども膠着語的だが、文全体が膠着するなど膠着の長さが極端なので、抱合語、正確には複統合的言語とすることが多い。

膠着語は、当時スメル周辺住民の言語にはないと見られている。

 

スメル語も日本語も、表記法が似ている。

つまり、母音も子音も表記するばかりか漢字かな交じり文のような構造を、スメル語も日本語も共有している。

これはマヤ文字も同様なあたりが興味深いですね

 

スメルは突然高度な文明を持って、登場したのでしょうか。

先行するウバイド文明との関係を、指摘する声もあるのです。

世界最古の印章は、紀元前7000年くらいです。

ウバイド文明は、紀元前5000年くらいです。

スメルは、紀元前3500年ごろ突如として現れ紀元前2000年ごろ突然姿を消すのです。

 

ここで興味深いのは、聖書学的にはノアの洪水が紀元前4000年頃であることです。

バベルの塔で散った後、セムの人たちがスメルを建国したと見れば年代的にはつじつまは合うのです。

 

高度な文明を築き上げたスメルの民であったが、背教と高慢の罪で神から亡ぼされる前に預言者アブラハムと彼の一族がロトの一族とともにウルを出たのかもしれないです。

その時期はおそらく、紀元前2000年ごろであろうと想定してみます。

 

スメルの男子像を見る限り、大きく彫りの深い目、高い鼻、巻き毛で髭が多いなどセム系と変わりないような容貌をした像もある、これ日本で言えばまさに縄文人の特徴です。

 

だが、その一方でセム的とも言い難い容貌の像もまたあると言うが、通商などで友好関係にある地の女性を娶ることもあり得たなら、非セム的な容貌の人たちがいてもおかしくはないでしょう。

聖書にも、共に住む地の人々の娘を娶ったり、あるいは彼らに娘を嫁がせることはしばしばあったことを証言すると思われる記述があるのです。

 

スメルの時代にも、同じようなことは当然のことのように一般的にほとんどの部族や民族の間で行われていたと思われるのです。

 

だが、聖書の民イスラエルは異教徒とどんなに交易などの交流はしても婚姻関係をもって異教の風習が入り込む事態は避けるよう神から命じられていました。

 

もし、スメルの民もまた、イスラエルの民のように異教徒との婚姻を禁じられていたとしたらどうでしょうか。

 

にもかかわらず、スメルの民は異教徒と婚姻関係を持っていたとしたらどうでしょうか。

 

そのことがついに神の怒りをかって、スメルの国が滅ぼされたのだとしたらどうでしょうか。

 

スメルの文明はかなり高度であったことが知られているのです。

神の祝福によって高度文明を得られていたスメルの民が、高慢の罪や異教徒との婚姻で異教の風習に染まっていってしまい、神の怒りをかって亡ぼされ、長い間歴史から存在が消されていたとしたらどうでしょうか。

 

アブラハムの子や孫の名前を見てみると、奇妙なことに気が付くのです。

 

イシュマエル、イサク、ヤコブ、イスラエル。

 

少なくとも、イシュマエル、イサク、イスラエルの名は、スメルの転化であるように思えるのです。

 

スメルはシュメールとも読まれます。

シュメールは、容易にイシュマエルやイスラエルに転化し得るし、イサクはコーランではイスハークなので案外これもまたシュメールに転化出来そうです。

アブラハムさえもコーランではイブラーヒームだが、これさえももし当時発音のあいまいな二重母音であった可能性を考えると、イシュマエルやイスラエルに転化しえないとは言いきれない気はするのです。

ヤコブが改名させられたのも、スメルの転化音で名前を揃えて、スメルの継承者である事を明らかにするためだったのかもしれないです。

 

そうみると、天皇がかつて、「スメ」「スメラ」と何故呼ばれる必要があったかの謎も解けるかもしれません。

 

天皇を指す古語、「スメ」「スメラ」とスメル語の「スメ」「スメル」はともに「神」を指すというのです。

そして、「スメラギ」は「スメル」の複数形だというのです。

 

「ミコト」「ミカド」もまた、「天降る開拓者」を意味するスメルの「ミグド」の転化であるらしいです。

 

十六八重菊花紋とそっくりな古代スメルの王家の紋章がある謎も、解けるかもしれません。

 

故フセインは腕輪の紋章についてヨーロッパの記者から日本の皇室との関係を聞かれた時「もっと古代ンメソポタミアのことを勉強して欲しいですね。この紋章は、世界最古の文明を築いた私達の祖先、シュメール王朝時代の王族の紋章ですよ」と応えていたと言います。

 

天皇はずばり、スメルの王家の継承者なのである、そう言って良いでしょうか。

 

日本の三種の神器とスメルやバビロニアの三種の神器を比較してみようと思います。

 

草薙剣に対して武神のシンボルの剣、八咫鏡に対して日像鏡、八尺瓊勾玉に対して月像の首飾り、と見事に対応して見えるのです。

 

スメルと日本の神話にも、興味深い類似が見られるのです。

 

日本には、八つの首の八岐大蛇退治と草薙の剣の神話があるのです。

スメルにも、七つの首の龍の退治と剣の神話があるのです。

モチーフがあまりにも似ているのです。

 

日本はかつて、豊葦原瑞穂中国と自らをよんでいました。

スメルは自らの国を「キエンギ」と呼んでいたが、「葦の主の国」という意味があるそうです。

「葦の国」と日本もスメルも共に名乗っていたことになります。

他の類似を思えば、偶然ではすまされないだろうと思います。

 

建国神話にも、類似が見られるのです。

 

日本は、天孫降臨、すなわち天から来た神々が日本列島を作り下りたって日本を建国と語り継いでいる。

 

スメルはと言えば、ニビルと言う星から来たアナンヌキという人達が人類を作り地球に文明を興したと記している。

 

細かいところはともかく、構図は似ているのではないでしょうか。

 

日本にもペトログリフが、岩に刻まれた絵や文字の事だが、見つかっているといいます。

99%はスメルの文字であるらしいです。

写真をヨーロッパの研究者に見せると第一印象は、ヨーロッパのどこだ、だそうだが日本と言うと一様に驚きの声を上げると言うのです。

それくらい、日本で見つかるペトログリフはヨーロッパのものと似ているということなのでしょうか。

 

アメリカのケネウイックからはアイヌの親戚の骨がフランスとスペインの様式の矢じりと一緒に出ているのです。

つまり、アイヌのご先祖にヨーロッパ在住の時代があったと言う事になるでしょう。

アイヌのご先祖が縄文人とされるが、沖縄の人たちも縄文人の血を強く受け継いでいるのです。

そして、アイヌと沖縄はともに古代イスラエルの文化を引き継いでいることがわかっているのです。

 

もし、イスラエルの名がスメルの転化であるとしたら、アイヌと沖縄はスメル文化の継承者となるだろう。

 

日本で見つかるペトログリフの99%がスメルの文字と言う事実と、アイヌと沖縄はスメル文化の継承者の可能性を重ねると、縄文人もまたスメル文化の継承者と見るべきとなるかもしれません。

 

スメル人と縄文人の容貌の類似が見られ、日本で見つかるペトログリフの99%がスメルの文字となれば、天皇がスメルの王位継承者であってもおかしくはないし、むしろ自然とさえ思えてくるのです。

 

さらに情報を求める検証していきたいです。

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