聖書・コーラン

本当にこれって原罪?

アダムとイブが蛇にそそのかされて、禁断の木の実を食べてしまう話は、聖書を知らない人でも一度は聞いたことがあるでしょう。

 

ここは、創世記の中でも、有名かつ、結構重要な個所です。

 

ある意味、聖書の一番の肝と言える部分でしょう。

 

なぜなら、この出来事がアダムとイブの楽園追放に繋がっていくからです。

カトリック教会のステンドグラスや壁画には、裸でエデンの園を追われる失楽園が描かれ、数々の名作も残っています。

 

多くの教会が原罪と位置づける部分であり、イエス生誕はこのアダムとイブの堕落からの救いとして説いているからです。

 

だが、本当にその解釈で良いのでしょうか。

 

アダムとイブは、皮の着物を与えられてエデンの園を出ているのですよ。

 

創世記 3 21

主なる神は人とその妻とのために皮の着物を造って、彼らに着せられた。 

 

では、問題の個所を見ていきましょう。

創世記 3 45

4 へびは女に言った、「あなたがたは決して死ぬことはないでしょう。 

5 それを食べると、あなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです」。

 

ここは新共同訳でもこう訳されています。

創世記 3 45

4 蛇は女に言った。「決して死ぬことはない。 

5 それを食べると、目が開け、神のように善悪を知るものとなることを神はご存じなのだ。」

 

ところが欽定訳(キングジェームスバージョン)ではこう訳されています。

Genesis Chapter 3 verse 4~5

4 And the serpent said unto the woman, Ye shall not surely die:

5 For God doth know that in the day ye eat thereof, then your eyes shall be opened, and ye shall be as gods, knowing good and evil.

5節の訳はほとんど変わりません。

 

問題は4節です。

Ye shall not surely die:

この言葉は神がアダムに告げた“thou shalt surely die” 217節)の“surely die”を受けたものです。

thou shalt surely die”は「あなたに禁ずるよ必ず死ぬからね」と言うことです。

そこでイブも、“lest ye die”33節)「死んではいけないから」と答えています。

surely”は「間違えなく」「確かに」と言う意味です。

また、“shall”は「そうする」「そうなる」「そうするつもりだ」「そうするべきだ」と言う意味です。

そこで” Ye shall not surely die”は「あなたが死ぬと決まってはいない」とも解釈可能となるでしょう。

蛇はこの言葉の裏に、「神が言ったからって、真に受けない方が良いよ。神はあなたたちを脅かしてるだけだから」という気持ちを込めているのです。

蛇は「ここでアダムとイブに死なれちゃ困るという神の本音を私は知ってるよ」とほのめかしたと言えるかもしれません。

でも、神は蛇、つまり、サタンがそこを見透かしてアダムとイブをそそのかすことまで見抜いておられたわけですね。

 

神様の方が一枚上手というか、ある意味ずる賢いというか、でもそれくらいじゃないとサタンの上にいられないですよね。

神様は、わたしたちに「ここまでおいで」と言うのでしょうけど、かなりのむちゃぶりですよね。

マタイによる福音書 5 48

それだから、あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい。 

だからこその、救いの計画なのでしょう。

神の深い読みと、深い愛に改めて感謝。

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ロシアとイエスと?

イエス様は復活されたあとにロシアを訪れたのでしょうか?

 

おそらく多くの人たちが、聞けば耳を、見れば目を、疑うであろうこの言葉は、モルモン教jpというサイトにある記事のタイトルです。

 

わたしは目の前の「それ」をじっと見つめていました。そしてようやく「ありがとう。」とつぶやくので精いっぱいでした。誇らしげにわたしの面前に立っているロシア正教祭司に対して贈り物をくれたことへの感謝の気持ちを思うように伝えることができませんでした。19925月、やや大柄なこのロシア正教の司祭はロシアでのバプテスマ1,000周年を記念するレコード盤を贈り物としてくれました。

 

文章はこういう書き出しで始まります。

 

問題はこのレコード盤の表紙にありました。

 

そのレコーダ版の表紙の絵は、ロシア正教の画家、ミハイル・ネステロフが1,900年ごろ描いた『聖なるルーシ』で、レニングラード、今のサンクトペテルブルクのロシア画廊に現在展示されているといいます。

 

 「それは何を描写しているのですか?」

 「わたしたちの救い主が古きロシア、またはルーシを訪れているところです。」…「わたしたち誰もがその話を知っていますよ。」

由来を尋ねると、古代ロシア昔話、イエスが復活後にロシア人を訪れた物語を描いていることを教えてくれたといいます。

 

 「彼の後ろにいる光輪の訪問客はどなたですか?」

  祭司は微笑んで、イゴールの通訳を介して「ネステロフは愚か者ではありませんでした。彼は当時の教会の3人の指導者であったペテロ、ヤコブ、ヨハネが立っている様子を描きました。」

 

著者はメトロポール・ピティリムと呼ばれるロシア正教会の最高権威者、及び教会管理評議会議長である人物にも、この絵について尋ねています。

 

 昼食をすませ、本部のツアーが終わったあとに、わたしは彼にキリストが古代スラブ人を訪れている様子を描いた絵画を知っているか、と尋ねました。彼は知っていると答え、それは特別なレコード盤の表紙に使われており、原画は教会所有の書庫に保管されていることを教えてくれました。私は彼に画家がどこからその場面の構想を得たのかを尋ねました。

 彼は厳かにこのように語りました。「その絵はキリストが死後スラブ人、つまりロシア人の先祖を訪れて福音を伝えたという古代昔話に影響を受けています。キリストに耳を傾けたのは農場や田舎にすむ謙遜で身分の低い人たちです。彼らはキリストの名を受けました。その名はキリル文字ではなくわたしたちの文字ではクリスチャニィと音声表記されます。ロシア語で農民のことをクリスチャニィと呼びます。キリストを信じるものは主の名をその身に受けました。」

 

他の正教会祭司たちからも同じ物語を聞いたというから、ロシアではよく知られた話なのでしょう。

 

著者はメトロポール・ピティリムにキリストが実際に現在のロシアとウクライナの地を訪れたことを信じているか尋ると、こう答えたそうです。

「その可能性は大いにあります。しかしおそらく使徒アンドレが現在のロシアを最終伝道の時に訪れたのではないでしょうか。しかし、絵画のなかに描かれたとおりかもしれませんね。」

 

ようは、昔話の通りかもしれないが、使徒アンドレの話が元になっているのかもしれない、本当のところはよくわからないというのが本音なのですね。

 

アンドレはアンデレとも呼ばれる12使徒のひとりで、小アジアとスキタイで伝道し、黒海に沿ってヴォルガ川まで行ったと伝えられています。そのため、アンデレはルーマニアとロシアの守護聖人になりました。

伝説上ではアンデレはビザンティウムの最初の司教であり、そのため正教会のコンスタンディヌーポリ総主教庁は初代総主教をアンデレとしています。

 

アンドレの布教がいつの間にか、イエスが訪れた話になったと考えるには、現地の人々には記憶が生々しくて無理がある気がします。

 

だが、12使徒のひとりとなると、気になることがあります。

 

何しろイエスは、「異邦人の道に行くな。またサマリヤ人の町にはいるな」と前置きしてこう言っています。

 

マタイによる福音 106

むしろ、イスラエルの家の失われた羊のところに行け。

 

アンデレも12使徒のひとりである以上、その布教先はイエスの指示通りでないといけないはずですよね。

 

となると、これらの地域はイスラエルの家の失われた羊が確かにそこにいると言えないといけないはずです。

 

さらに言えば、昔話通りキリストが訪れたとしたら、どうでしょう。

 

マタイによる福音書 15 24

するとイエスは答えて言われた、「わたしは、イスラエルの家の失われた羊以外の者には、つかわされていない」。

 

アンドレであろうとイエスであろうと、イスラエルの家の失われた羊以外の者にはいかないと聖書にはあります。

 

スラブ民族はなおのこと、イスラエルの家の失われた羊の可能性が高くなってしまうではないでしょうか。

 

これらの聖句も、同じことを場面に応じて言い換えていると見るべきでしょう。

 

ヨハネによる福音書 10 16

わたしにはまた、この囲いにいない他の羊がある。わたしは彼らをも導かねばならない。彼らも、わたしの声に聞き従うであろう。そして、ついに一つの群れ、ひとりの羊飼となるであろう。

 

ルカによる福音書 19910

イエスは彼に言われた、「きょう、救がこの家にきた。この人もアブラハムの子なのだから。 人の子がきたのは、失われたものを尋ね出して救うためである」。

 

なぜ私が、ロシア人、実際には祖先であるスラブ人のもとをイエスが訪れたという昔話にこれだけこだわるか。

 

それは、日本語はロシア語、トルコ語、朝鮮語の接触と混交から生まれたと主張している笹谷政子著「日本語の起源」に接したからです。

そして、シベリアにアイヌの親戚にあたる民族がいたり、秋田美人にそっくりな人たちが大勢いるという情報に、以前から接しているからです。

 

さらに言えば、縄文時代のヤマネコの謎を辿ったら、まるで今の中国の版図を挟み込むようにヤマネコ分布が広がっていたが、中東から日本へのルートをなぞっている印象さえ受けたからです。

北回りのルートは、ロシアを横切っています。

 

ロシアについてもっと情報が欲しいと思っていたところで、この本やこの記事に出会ったのです。

 

スラブ人の起源はどこにあるのか、なおさら気になってきました。

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真の教会はどこに?

聖書には象徴で描かれていて、よくわからない文章が多いですが、これもその一つです。

 

イザヤ書 4 

 

1 その日、七人の女がひとりの男にすがって、「わたしたちは自分のパンをたべ、自分の着物を着ます。ただ、あなたの名によって呼ばれることを許して、わたしたちの恥を取り除いてください」と言う。 

2 その日、主の枝は麗しく栄え、地の産物はイスラエルの生き残った者の誇、また光栄となる。 

3-4 そして主が審判の霊と滅亡の霊とをもって、シオンの娘らの汚れを洗い、エルサレムの血をその中から除き去られるとき、シオンに残る者、エルサレムにとどまる者、すべてエルサレムにあって、生命の書にしるされた者は聖なる者ととなえられる。 

5 その時、主はシオンの山のすべての場所と、そのもろもろの集会との上に、昼は雲をつくり、夜は煙と燃える火の輝きとをつくられる。これはすべての栄光の上にある天蓋であり、あずまやであって、 

6 昼は暑さをふせぐ陰となり、また暴風と雨を避けて隠れる所となる。

 

口語訳では3節と4節が合わせて訳されているけど、新共同訳では分けられています。

 

イザヤ書 4

 

1その日には、七人の女が/一人の男をとらえて言う。「自分のパンを食べ、自分の着物を着ますから/どうか、あなたの名を名乗ることを許し/わたしたちの恥を取り去ってください」と。

2その日には、イスラエルの生き残った者にとって主の若枝は麗しさとなり、栄光となる。この地の結んだ実は誇りとなり、輝きとなる。 

3そしてシオンの残りの者、エルサレムの残された者は、聖なる者と呼ばれる。彼らはすべて、エルサレムで命を得る者として書き記されている。 

4主は必ず、裁きの霊と焼き尽くす霊をもってシオンの娘たちの汚れを洗い、エルサレムの血をその中からすすぎ清めてくださる。 

5主は、昼のためには雲、夜のためには煙と燃えて輝く火を造って、シオンの山の全域とそこで行われる集会を覆われる。それはそのすべてを覆う栄光に満ちた天蓋となる。 

6昼の暑さを防ぐ陰、嵐と雨を避ける隠れ場として、仮庵が建てられる。

 

キングジェームスバージョン(欽定訳)でも、3節と4節は分けられています。

 

Isaiah Chapter 4

 

1 And in that day seven women shall take hold of one man, saying, We will eat our own bread, and wear our own apparel: only let us be called by thy name, to take away our reproach.

2 In that day shall the branch of the Lord be beautiful and glorious, and the fruit of the earth shall be excellent and comely for them that are escaped of Israel.

3 And it shall come to pass, that he that is left in Zion, and he that remaineth in Jerusalem, shall be called holy, even every one that is written among the living in Jerusalem:

4 When the Lord shall have washed away the filth of the daughters of Zion, and shall have purged the blood of Jerusalem from the midst thereof by the spirit of judgment, and by the spirit of burning.

5 And the Lord will create upon every dwelling place of mount Zion, and upon her assemblies, a cloud and smoke by day, and the shining of a flaming fire by night: for upon all the glory shall be a defence.

6 And there shall be a tabernacle for a shadow in the daytime from the heat, and for a place of refuge, and for a covert from storm and from rain.

 

口語訳では「滅亡の霊」と訳された個所は、共同訳では「焼き尽くす霊」、欽定訳では“burning”となっています

burning”とは、「非常に熱い」「燃えるような」と言う事です。

 

そうなると「審判の霊と滅亡の霊」による洗い清めとは「聖霊と火」によるバプテスマの事かもしれません。

 

マタイによる福音書 3 11

 

わたしは悔改めのために、水でおまえたちにバプテスマを授けている。しかし、わたしのあとから来る人はわたしよりも力のあるかたで、わたしはそのくつをぬがせてあげる値うちもない。このかたは、聖霊と火とによっておまえたちにバプテスマをお授けになるであろう。

 

主はシオンの山のすべての場所と、そのもろもろの集会との上に、昼は雲をつくり、夜は煙と燃える火の輝きを…とあります。

もっとも欽定訳では“a cloud and smoke by day, and the shining of a flaming fire by night”とあって、昼は雲と煙で夜は火があることになっていて日本語訳との違いがあるのが少し気になりますが。

 

この箇所は、出エジプトの雲の柱と火の柱を連想できます。

 

出エジプト記 13

 

21主は彼らの前に行かれ、昼は雲の柱をもって彼らを導き、夜は火の柱をもって彼らを照し、昼も夜も彼らを進み行かせられた。 

22昼は雲の柱、夜は火の柱が、民の前から離れなかった。

 

イザヤ書では、雲や火に覆われるかの印象を受けます。

口語訳、新共同訳、ともに「天蓋」と訳しています。

そして欽定訳では“defence”となって、守られている事がより強調されています。

 

こうなると神の御霊に包まれ守られない事には、ここにいることもままならないでしょうから、攻めてくる敵はまずないでしょう。

となると気になるのは、一人の男にすがる七人の女です。

 

「女」も聖書で複数の意味で用いられる言葉の一つですね。文字通りの人としての「女」、教会や町の象徴としての「女」。ここでは教会の象徴と見て解釈しました。

七を「神の象徴」と見たのは創世記で七日目に神が休まれたからです。

それに、一般的な解釈としても七は特別視されることが多い数ですよね。

 

女を教会と見ると、黙示録の七つの教会が連想できます。

七を神の象徴と見れば「七人の女」は「神の教会」ということでしょうか。

「自分のパンをたべ、自分の着物を着ます」も「私たちは自分の報いを自分で受けます」と言う事でしょうか。

 

「ただ、あなたの名によって呼ばれることを許して、わたしたちの恥を取り除いてください」もまたこうなるでしょうか。

 

「主なるイエスの名によって呼ばれることを許して、わたしたちの罪を清めてください」

シオンの娘もまた、教会の聖徒の事かもしれません。

 

そうなると、このイエスの名による神の教会とは何かとなります。

 

神がイエス・キリストによって作られた教会と間違えなくいえるのは、イエスの時代の教会です。

教会の聖徒であると安心するだけではなく、神に守られるにふさわしくあれと言う事でしょうか。

 

自分はそうなれているか、祈りによって導きを求めていくことが求められていると言う事でしょうか。

 

自分の集っている教会はイエス・キリストの教会と名乗るにふさわしい状態か、自分はキリスト者、クリスチャンを名乗るにふさわしい心でいるのか、神に常に問いかけ自らを律している事の大切さを説いている聖文なんでしょうね。

 

マタイによる福音書 7 21

わたしにむかって『主よ、主よ』と言う者が、みな天国にはいるのではなく、ただ、天にいますわが父の御旨を行う者だけが、はいるのである。

 

キリスト・イエスもこうおっしゃっておられますから。


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休息と聖書?

毎朝、町を行く人々の顔を見てふと思うのです。

朝だと言うのに、生き生きした表情の人があまりにも少ない国だなあ、日本、と言う事です。

朝から疲れた顔の勤め人が多いのは、慢性化していている残業などの長時間労働に加えて、職場の人間関係を円滑にすると称してのいわゆる飲みにケーションと呼ばれる上司や同僚との付き合いも、疲労蓄積に拍車をかけているのではないでしょうか。

日本もアフター5は個々人の自由な時間であってしかるべきではないでしょうか。

日本も経営者や上司が、残業など長時間労働や社内の付き合い酒などを抜本的に見直した方が良いのではないですか。

個々の社員に早く帰れと啓蒙するより、経営者や上司の意識改革に国や地方自治体が腰を据えて取り組みを進めるべしでしょうね。

過労死問題に取り組んでこそ、医療費抑制や生産性向上につなげることになるのではないでしょうか。

有給消化率最低の日本の労働生産性が17位、ゆるく働いているイメージの強いイタリアの労働生産性が20位だが、実際には差はほとんどないと言えるくらい僅差です。
それってつまり、慢性的に疲れている日本の労働者の生産性が人生エンジョイしてるイタリアの労働者の生産性と大差ないってことです。
 
馬鹿らしいですよね。

人生エンジョイ型のイタリアの労働生産性と日本の労働生産性が大差ないって、どう思いますか。

根が真面目な日本人がイタリア人と同じくらい元気に働いたならもっともっと生産性があがるんじゃないですか。

誰もそんなこと考えられないくらい疲労が蓄積してるんですか、日本人。

だとしたら、悲し過ぎますよ。

本気で過労死問題に取り組んで欲しい、そう思いませんか。

過労死レベルの長時間労働にきちんとメス入れないと、更に労働生産性が落ちてイタリアに抜かれるかもしれないですよ。

イタリアの労働生産性が上がるからじゃないです。

日本の労働生産性はさらに労働者が疲労をため込んだ結果、さらに落ち込んで抜かれる可能性があるってことですよ。

多くの大企業で不正が発覚しました。

まともに考えられるなら、不正は結果として割に合わない、と言う正常な判断ができるはずですよね。

自覚症状がないくらい疲労は慢性化してるんですか、経営者までもが。

忙しいとは、心亡くす、心亡ぶ、って意味がある事さえ経営者も気が付けない位なら、もはや重症じゃないですか。

働くのは、誰のためなの、何のためなの、会社は、誰のためにあるの、何のためにあるのでしょうね。

日本は、そんなこと考えないままに突っ走ってきたのかもしれないですね。

西洋キリスト教文化圏では、人生とは、働くとは、どういう事か真剣に問うた時代があります。

今の人たちは、そんなこと忘れてるかもしれないですけどね。

少なくとも西洋キリスト教圏では、労働は神に課せられた罰であって信仰のために人生の時間の多くを割くべきと言う発想が根底にあるのです。

だからかもしれないが、労働時間の短縮は案外すんなりと合意が成立したようですね。

もちろん労働運動や政治運動の力も、大きかったようですけどね。

東洋、少なくとも日本では、勤勉が美徳とされ休息が取りにくい文化があるとは指摘されています。

休息は勤勉へのご褒美と言った感覚があるとも、指摘されてきました。

しかし、休息は人間らしく働くために必要であり権利である、と言う考えが世界の当たり前になりつつある今、ついていけないとだめになるでしょうね。

つまり、日本で働き方改革をすると言う事は、休息は基本的人権の一つであると言う発想の転換を社会の隅々にまで根付かせると言う事なのではないでしょうか。

意識改革の取り組みを国と地方自治体が本腰を入れて取り組みことに他ならないのではないでしょうか。

休息と怠けは別だと言う、意識改革こそ必要なのではないでしょうか。

ここがきちんとすわらないと、だめなのですよね。

怠けることがいけないのは、世界共通です。

むしろ怠け心が起きるような疲れがたまって抜けない働き方をしてる方が、問題なのです。

ちゃんと休息をとって十分に疲れを取るなら、気力が充実して怠け心など起きないはずです。

逆に言えば日本の働き方は、適当に怠けないと体が悲鳴を上げる働き方と言う事なのです。

キリスト教的倫理では怠け心は悪魔のたぶらかしに負ける事だから、それに勝てる気力と体力をつけて備える必要があるとなるのです。

だから、十分に休息を取らないといけないのですね。

休息を基本的権利として受け入れる文化的素地が、こう言うところにもあるのかもしれないですよ。

日本の労働時間がとかく長くなりやすいのは、休息は勤勉のご褒美だから、より長くよりきつく働いて多くの仕事をこなしたものが多く休めると言う不文律があるからかも知れません。

結果として、適当に怠けないと体が壊れるから長時間で低生産性の労働に必然的になっていくのかもしれないですね。

ここの発想を変えないとだめなのです。

欧米の発想の根底には、聖書とキリスト教がある、ここを踏まえておく必要があるでしょうね。

それは長い歴史の中で、彼らの精神に深く根ざしたものとなりもはや無意識のレベルにまで達していると言って良いです。

彼らに受け入れやすいように、変えられてしまったところもあるようですけどね。

世界の大半は彼らによって植民地化され、程度の差こそあれ、根付かさせられていると見た方が良いでしょうね。

日本人も少しは聖書やキリスト教について知っておかないと、彼らの発想の基本が理解できないってことなのです。

信じろとは言わないけど、知識として知っておいて損はないでしょうね。

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菅原氏。

菅原氏について調べてみる気になったのは、ひょっとしたら祭司の家系ではないかと言う気になったからです。

菅原氏の祖とされる天穂日命は日本神話に登場する男神で、天之菩卑能命、天菩比神などとも書かれます。

天照大神とスサノオが誓約をしたときに、天照大神の右のみずらに巻いた勾玉から成った神とされます。

物事のタネとなるものをさす物実(ものざね)の持ち主である天照大神の第二子とされ、アメノオシホミミの弟神にあたります。

ちなみにアメノオシホミミのフルネームであるマサカツアカツカチハヤヒアメノオシホミミは、正勝吾勝勝速日天忍穂耳命、正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命、正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊、正哉吾勝々速日天押穂耳尊などの表記があります。

天穂日命は葦原中国平定のために出雲の大国主神の元に遣わされたが、大国主神を説得するうちに心服して地上に住み着き、3年間高天原に戻らなかったのです。

その後、出雲にイザナミを祭る神魂神社(島根県松江市)を建て、子の建比良鳥命は出雲国造らの祖神となったとされます。

菅原氏の直接の祖とされるのは、天穂日命の子孫で、大相撲の祖として知られる野見宿禰を先祖とする土師氏です。

 大相撲自体すでに神事として営まれているでしょ。

菅原氏は祭祀に関与した一族である可能性が高いですね。

 その上菅原氏は土師氏の流れをくむとなれば、さらに可能性が出てきます。

大相撲の祖とされる野見宿禰はまた、殉死者の代用品である埴輪を発明したことでも知られそれがきっかけで第11代天皇である垂仁天皇から「土師職(はじつかさ)」を、曾孫の身臣は仁徳天皇より改めて土師連姓を与えられたと言われているから、祭祀に関わる一族であると言えるでしょう。

 殉死の代わりに土で作った埴輪で差し支えないと、説得力をもって説き伏せてしまう。

相当神事の奥義に通じていないとできないはずですね。

野見宿禰、かなりの神仙思想の使い手である技能に通じた人物であったと言えそうです。

神仙思想に詳しい技能者と言う事は、メーソンを連想できますね。

メーソンの関与を連想できる遺跡としては、酒船石遺跡があります。

酒船石遺跡とは、酒船石と平成12年(2000年)の発掘で発見された亀形石造物と小判形石造物および周辺の遺構を含めての総称です。

神仙思想に詳しい腕の立つ石工による工作物、という指摘がされた遺跡ですね。

神仙思想に詳しい腕の立つ石工とは、まさにメーソンの説明そのものにほかならないです。

 野見宿禰がもしメーソンだったとしたら、相撲にその証拠を見ることができますね。

土俵は四角で、そこに蛇の目を指し示す俵の円があります。

つまり、四角の中に円、定規とコンパスはメーソンのシンボルです。

さりげなく見せながら隠すのが、奥義なのです。

メーソンとくればカッバーラだけど、カッバーラとはユダヤ教神秘主義のことですよね。

あなたは土から生まれたから土にかえる、あなたは塵から生まれたから塵にかえる。

有名は聖書の一節ですよ。

野見宿禰がメーソンでありカッバーラの使い手であったなら、あり得る話ですね。

でもこれは、当時の日本のトップにいた人たちが聖書を知っている事が前提ですね。

初代神武天皇からして、実はユダヤだったとしたら、どうでしょうか。

少なくとも神武天皇のバックにいた可能性が高い徐福についてはユダヤ人であったと言う説があります。

日本人のルーツのうちで、どこまでがユダヤ人と言えるかについては、諸説あるようです。

 少なくとも天孫一族については、ユダヤ人説があるでしょ。

 縄文、弥生となると、どうでしょうね。

皇室やその周辺はユダヤ人だった可能性は、見ても良いかもしれないですね。

縄文や弥生についても、可能性は否定しない方が良いでしょうね。

土師氏のうち平安時代初期に大和国菅原邑に住んでいた一族が、以降、菅原氏を名乗ることとなります。

土師氏から分かれた一族としては、菅原氏のほかに大江氏や秋篠氏があります。

菅原古人の子清公、および孫の是善を含め、大江氏と並んで子孫は代々、紀伝道すなわち文章道を家業として朝廷に仕えていました。

そして、古代には政(まつりごと)は祭り事(まつりごと)でもあったから、菅原氏は文章道を家業としていたなら相当に祭祀に通じていた家系であると言えるでしょう。

菅原氏、少なくとも菅原道真は天神を篤く崇拝していたと言います。

天神は雷神として知られるが、菅原氏の祖は天穂日命で、どこでどうやって雷神としての天神と結びつくのかが、謎めいています。

だが、雷神と言えば雷鳴、つまり、雷です。

「かみなり」は「神鳴り」や「神成り」に通じた音と言う事は、雷鳴を神の声と言い換えても良くなるはずでしょう。

地上に神の声を下す存在として雷神を見ると、神にお伺いを立てることを菅原氏は本来生業としていたと見ても良いでしょうね。

相撲もまた、神託伺いの神事の側面があると言えるでしょう。

力士は祭司、あるいは、神の依り代の役を担う存在であったのかもしれないです。

その力士の祖を起源としている菅原氏は、やはり、祭司一族と見て差し支えなさそうです。

とは言え、菅原氏を考察していたら、まともに日ユ同祖論にぶつかってしまったのは興味深いですね。

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平和な解決に共謀罪はかえって邪魔。

人々の本心からの声、心の奥底からの声は、誰も止めることはできないのです。

それを萎縮させ、人々を物言わぬ奴隷の地位に叩き落す懸念さえあるのが自公政権の共謀罪だから、国連も流石に待ったをかけざるを得ないのです。

それでも賛成する人は、言論の自由を失っても良いのだろうか、そう疑問を持たないわけにはいかないのです。

ルカによる福音書 19 3940

ところが、群衆の中にいたあるパリサイ人たちがイエスに言った、「先生、あなたの弟子たちをおしかり下さい」。

答えて言われた、「あなたがたに言うが、もしこの人たちが黙れば、石が叫ぶであろう」。

イエスが、「もしこの人たちが黙れば、石が叫ぶであろう」と言うのは、弟子達の声が彼ら自身からではなく彼らを導く神から出ているからだれも止めることはできないということです。

 

神に不可能はないと言うことだが、本当に石が叫んだら、もはやホラー映画まがいの光景なのですが

共謀罪の愚かさは、これが憎しみと報復の連鎖を生む戦争やテロと本質が何ら変わらないところにあるのです。

だから、共謀罪のある国でもテロが防げないと言うよりも、戦争やテロと同根の共謀罪で対処しようとしているからテロがなくならないのではないか。

違うでしょうか。

テロも戦争も、原因を平和的手段で取り除くしか手はない。

違うでしょうか。

共謀罪でもテロが防げないのではないのです。

逆です。

共謀罪があるから、かえって個人単位のテロが誘発される。

違いますか。

誰かに話しかけて共謀罪の疑いで捕まるくらいなら、個人的にテロに走った方が手っ取り早い。

違うでしょうか。

問題を生んだ原因を調べて解決しようとしないで弾圧で対処しようとする国家の対応が怒りをよび、次のテロの温床を生むことになる、これが実際に起きていることではないでしょうか。

つまり、共謀罪とは、国家VS民間の戦争であり国家による民間の思想統制思想弾圧の形をとっているに過ぎないと言えないでしょうか。

共謀罪の本質は、国家による民間の思想や言論の自由に対するテロ行為と言って良い、どうでしょうか。

 

テロの定義が難しくなる理由は、戦争を除外しようとするから。

それ以外の説明ができますか。

戦争もテロも、動機では区別不能、なのに無理して戦争やテロとを区別しようとするから、話が難しくなるのではないでしょうか。

 

国家Vs国家のテロが戦争、民間VS民間の戦争がテロ、国家VS民間が国内に向かえば武力弾圧や内戦、国家VS民間が国外に向かえば武力介入、単純でしょ。 ·

 

日本を戦争できる国家に変えると言うことは、日本を国家VS国家のテロである戦争をする国に変えると言うこと、違うでしょうか。

 

実際、戦争をしている国家はテロによる報復に悩まされているのではないでしょうか。

 

テロは民間VS国家の戦争に他ならないからです。

テロの民間VS民間の戦争の構図は、表面的なものに過ぎないのです。

 

テロや戦争の根絶は問題の平和的解決を目指す以外あり得ないのだ。

違いますか。

 

国家VS国家のテロが戦争、実際、局地化すれば紛争や武力衝突、更に局地化すれば暗殺やテロに限りなく近づく、実際そうなっていませんか。

民間VS民間の戦争がテロであるが、民間VS民間は表面的な形であり、動機は民間VS国家と言う点では本質はゲリラと変わらないと言えるでしょう。

テロとの差はゲリラが直接に軍を狙うこと、これくらいではないでしょうか。

 

共謀罪のターゲットが民間なのは、テロを国家の独占的行為にする目的があるから。違うでしょうか。

国家権力にとって都合の悪い行為は、たとえ平和的であっても国家によるテロ行使の妨げとなるから、権力はテロのレッテルを貼ってでも力づくで退けようと企むことになる。

違うでしょうか。

 

権力への敵対行為をすべてテロとみなすのが、共謀罪ではないでしょうか。

それは、共謀罪自体が、国によって差があるとしても、その本質が民衆の心の自由へのテロ攻撃にほかならないからではないでしょうか。

平和が欲しいなら、まず自らが平和を欲するものであることを態度で示すべき。

違うでしょうか。

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現在のコーランの解釈に誤解はないのか?

聖句の背景についての誤解が、実に悲しいことにコーランに関する後の世の解釈で深刻な事態を招いているのではないでしょうか。

 

勿論、これらの議論はどこまでも推論ですのでそのつもりでお付き合い願います。

 

まず、神の子についてです。

 

現在のイスラムでは、この言葉は神の子について否定していると受け止められています。

 

ユーヌス章

 

マッカ啓示109

 

68.かれらは、「アッラーは一人の子をもうけられた。」と言う。かれに讃えあれ。かれは自足なされる御方。天地の凡てのものは、かれの有である。あなたがたはこれに対して、権威はないのである。アッラーに就いて、自分の知らないことを語るのか。

 

この聖句についての背景が伝わっていないので即断はできないが、アッラーの子を名乗る偽預言者が現れて人々を惑わせようとしていたのかも知れません。

 

だが聖書はこう記しています。

 

ヨハネの第一の手紙 4 9

 

神はそのひとり子を世につかわし、彼によってわたしたちを生きるようにして下さった。それによって、わたしたちに対する神の愛が明らかにされたのである。

 

アッラーはマルヤムつまりマリアに御霊によって受胎させ、イエスをこの世につかわしたとコーランは伝えます。

 

イムラーン家章

 

マディーナ啓示 200

 

35.イムラーンの妻がこう(祈って)言った時を思え、「主よ、わたしは、この胎内に宿ったものを、あなたに奉仕のために捧げます。どうかわたしからそれを御受け入れ下さい。本当にあなたは全聴にして全知であられます。」

 

36.それから出産の時になって、かの女は(祈って)言った。「主よ、わたしは女児を生みました。」アッラーは、かの女が生んだ者を御存知であられる。男児は女児と同じではない。「わたしはかの女をマルヤムと名付けました。あなたに御願いします、どうかかの女とその子孫の者を、呪うべき悪霊から御守り下さい。」

 

37.それで主は、恵み深くかの女を嘉納され、かの女を純潔に美しく成長させ、ザカリーヤーにかの女の養育をさせられた。ザカリーヤ一が、かの女を見舞って聖所に入る度に、かの女の前に、食物があるのを見た。かれは言った。「マルヤムよ、どうしてあなたにこれが(来たのか)。」かの女は(答えて)言った。「これはアッラーの御許から(与えられました)。」本当にアッラーは御自分の御心に適う者に限りなく与えられる。

 

38.そこでザカリーヤーは、主に祈って言った。「主よ、あなたの御許から、無垢の後継ぎをわたしに御授け下さい。本当にあなたは祈りを御聞き届け下さいます。」

 

39.それからかれがなお聖所で礼拝に立っていた時、天使がかれに呼びかけた。「アッラーからヤヒヤーの吉報をあなたに授ける。その子はアッラーの御言葉の実証者となり、尊貴、純潔で正しい人々の中の預言者となろう。」

 

40.かれは言った。「主よ、どうしてわたしに男の子があり得ましょう。わたしはもう老齢になってしまい、妻は不妊でありますのに。」かれ(天使)は言った。「このように、アッラーは御望みのことを行われる。」

 

41.そこでかれ(ザカリーヤー)は言った。「主よ、わたしに印を御示し下さい。」かれ(天使)は言った。「あなたは3日の間人間と話すことが出来ず、身振だけで意志を通じさせることになろう。これがあなたに与えられる印である。だから多くあなたの主を念じ、朝にタべに讃えなさい。」

 

42.天使たちがこう言った時を思い起せ。「マルヤムよ、誠にアッラーはあなたを選んであなたを清め、万有の女人を越えて御選びになられた。」

 

43.「マルヤムよ、あなたの主に崇敬の誠を捧げてサジダしなさい。ルクーウ(立礼)するものと一緒にルクーウしなさい。」

 

44.これは幽玄界の消息の一部であり、われはこれをあなたに啓示する。かれらが籤矢を投げて誰がマルヤムを養育すべきかを決めた時、あなたはかれらの中にいなかった。またかれらが相争った時も、あなたはかれらと一緒ではなかった。

 

45.また天使たちがこう言った時を思え。「マルヤムよ、本当にアッラーは直接ご自身の御言葉で、あなたに吉報を伝えられる。マルヤムの子、その名はマスィーフ・イーサー、かれは現世でも来世でも高い栄誉を得、また(アッラーの)側近の一人であろう。

 

46.かれは揺り籠の中でも、また成人してからも人びとに語り、正しい者の一人である。」

 

47.かの女は言った。「主よ、誰もわたしに触れたことはありません。どうしてわたしに子が出来ましょうか。」かれ(天使)は言った。「このように、アッラーは御望みのものを御創りになられる。かれが一事を決められ、『有れ。』と仰せになれば即ち有るのである。」

 

マルヤムすなわちマリアの受胎告知の瞬間が生々しく語られています。

 

イーサーはすなわちイエスはアッラーがもうけられた子ではないが、アッラーの命令によってマルヤムが授かった子であることが告げられているのです。

 

アッラーによって選ばれた乙女はマルヤムただ一人であり、アッラーがイーサー以外にこの世に送られた子は存在しない、よってイーサー以外でアッラーのもうけた子と名乗る者がいればそれは偽物だと告げていると解釈することも可能ではないでしょうか。

 

イエスの時代にもイエスの名をかたって悪霊を払うと称する人々がいたと、聖書に記されています。

 

またイエスは、偽預言者が出てきて人々を惑わすとも警告しています。

 

コーランでは、続く聖句にはこう記されています。

 

69.言ってやるがいい。「アッラーに就いて嘘を捏造する者は、決して栄えないであろう。」

 

アッラーの子を名乗る偽預言者が、ムハンマドの時代にいたとしてもおかしくありません。

 

どこまでも推論なので、断定することはできません。

 

だが、あり得ない話ではないのです。

 

ムハンマドには、イーサーつまりイエスがアッラーのアッラーの独り子であったと言いにくい事情があった可能性は十分にあり得るのです。

 

結果的に父と子と聖霊による神会の存在を、ムハンマドは言い出しづらかったのかも知れません。

 

婦人章(アン・ニサー)

 

マディーナ啓示 176

 

171.啓典の民よ、宗教のことに就いて法を越えてはならない。またアッラーに就いて真実以外を語ってはならない。マルヤムの子マスィーフ・イーサーは、只アッラーの使徒である。マルヤムに授けられたかれの御言葉であり、かれからの霊である。だからアッラーとその使徒たちを信じなさい。「三(位)」などと言ってはならない。止めなさい。それがあなたがたのためになる。誠にアッラーは唯―の神であられる。かれに讃えあれ。かれに、何で子があろう。天にあり、地にある凡てのものは、アッラーの有である。管理者としてアッラーは万全であられる。

 

なぜ私がこのような推論をするのか、それには理由があります。

 

イーサーの十字架での死を否定したと、受け取られている次の聖句の存在です。

 

コーランはこう記します。

 

婦人章(アン・ニサー)

 

マディーナ啓示 176

 

157.「わたしたちはアッラーの使徒、マルヤムの子マスィーフ(メシア)、イーサーを殺したぞ」という言葉のために(心を封じられた)。だがかれらがかれ(イーサー)を殺したのでもなく、またかれを十字架にかけたのでもない。只かれらにそう見えたまでである。本当にこのことに就いて議論する者は、それに疑問を抱いている。かれらはそれに就いて(確かな)知識はなく、只臆測するだけである。確実にかれを殺したというわけではなく。

 

コーランのこの記述の背景には、聖書の伝えるこのような事情があったのかも知れません。

 

マタイによる福音書 27 62節~65

 

あくる日は準備の日の翌日であったが、その日に、祭司長、パリサイ人たちは、ピラトのもとに集まって言った、

 

「長官、あの偽り者がまだ生きていたとき、『三日の後に自分はよみがえる』と言ったのを、思い出しました。

 

ですから、三日目まで墓の番をするように、さしずをして下さい。そうしないと、弟子たちがきて彼を盗み出し、『イエスは死人の中から、よみがえった』と、民衆に言いふらすかも知れません。そうなると、みんなが前よりも、もっとひどくだまされることになりましょう」。

 

ピラトは彼らに言った、「番人がいるから、行ってできる限り、番をさせるがよい」。

 

しかしイエスはよみがえり、弟子達に十字架で受けた傷を確かめさせて十字架で死んだのは身代わりなどではなく自分自身であること、確かに肉体を持ってよみがえっていることを、あかしたことは聖書に記されている通りです。

 

だがかたくなとなったユダヤ人たちがどうしたか、聖書は次のように伝えています。

 

マタイによる福音書 28 11節~15

 

女たちが行っている間に、番人のうちのある人々が都に帰って、いっさいの出来事を祭司長たちに話した。

 

祭司長たちは長老たちと集まって協議をこらし、兵卒たちにたくさんの金を与えて言った、

 

「『弟子たちが夜中にきて、われわれの寝ている間に彼を盗んだ』と言え。

 

万一このことが総督の耳にはいっても、われわれが総督に説いて、あなたがたに迷惑が掛からないようにしよう」。

 

そこで、彼らは金を受け取って、教えられたとおりにした。そしてこの話は、今日に至るまでユダヤ人の間にひろまっている。

 

ユダヤ人たちはムハンマドに対しても、イエスの生涯はゴルゴダで終わっていると言い募ったのでしょう。

 

そこでムハンマドは、イエスの生涯はゴルゴダで終わってはいないことや今でもイエスは生きていることを、断定的に言い切る必要があったので、コーランに記された言葉となったのかも知れません。

 

コーランは預言者として召されたムハンマドの言葉を中心に編纂されていて、当時の状況まで記録されていないので、時代背景を調べたうえで推論を展開するしか手がありません。

 

だがコーランが聖典でもある以上、推論を展開するのに許される数少ない手がかりは聖書と言うことになるでしょう。

 

「アッラーは一人の子をもうけられた。」と言う一部の人々の言葉をムハンマドが否定せざるを得なかった裏に、アッラーの子と名乗る偽預言者がいた可能性を推測する理由がここにあります。

 

勿論、あっけなく偽預言者の化けの皮が剝がれ一件落着となって記録に残るまでもなかったのでしょうが、この手の偽物にムハンマドが手を焼いていたことは想像に難くないのです。

 

そうでなければこのような聖句が、コーランに残るでしょうか。

 

だが、こういう疑問を投げかける人もいることでしょう。

 

イエスには、子孫がいたのではないかと。

 

確かに、子と言う言葉には子孫と言う意味もあります。

 

そして、イエスとマグダラのマリアとの間に子があったのではないかと疑う人もいることは、最近でもダビンチコードでネタの一つにされたことで記憶にある方もおられる事でしょう。

 

コーランには、イエスには父はいないという文言もあります。

 

これは、イエスにはしばしば、大工のヨセフの子ではないか、と言う言葉が投げかけていたことに対してアッラーが業を煮やしておっしゃった言葉とも解釈出来るのです。

 

実際マルヤムは、地上の男性をだれ一人知ることもなくイエスを身ごもっているのです。

 

地上の男性にイエスと血のつながった父はいるはずがないので、この言葉には嘘はありません。

 

一方でイエスは常に天の神を父と呼んでいます。

 

だがコーランには、アッラーは子をなしていないとあるではないかと、反論があるかもしれません。

 

地上に今もアッラーの子孫がいると言いふらす人達に対して、アッラーはきっぱりと否定する必要あったと解釈できます。

 

余計な議論に深入りしない方法は、誤解を恐れずに端的に言い切るしかないのです。

 

地上にアッラーの子孫などはいないのだと、きっぱり言い切るしかないのです。

 

コーランには、当時の状況を書き記す説明書きは一切ありません。

 

ムハンマドにアッラーからもたらされた言葉が、記されているだけなのです。

 

コーランは何よりもまず、ムハンマドが聖典に対する正しい理解を守るためにいかに戦ったかの記録の書であったからなのでしょう。

 

記憶が生々しいうちはそれでも良かったが、時代が下り記憶は薄れていくとそうはいきません。

 

ムハンマドは繰り返し聖書を読むことを指示していたと言います。

 

コーランの記録に対する解釈に誤解が出ることを、恐れたからかもしれません。

 

コーランは実践的な指導書であると同時に、論争の記録書でもある以上正しい理解に聖書の学びは欠かせません。

 

だが、コーランの一般的解釈としてイスラム社会に一度広まってしまったものは、軌道修正は容易ではないでしょう。

 

とは言え、解釈に誤解が生まれない為には、絶えず検証していくことが必要ではないでしょうか。

 

そして、それで正しいかどうかは、神に祈って答えを求めるしかないでしょう。

 

聖書にはこうあります。

 

ヤコブの手紙 1 5

あなたがたのうち、知恵に不足している者があれば、その人は、とがめもせずに惜しみなくすべての人に与える神に、願い求めるがよい。そうすれば、与えられるであろう。

今回の議論の内容に、もし間違えがあるとすれば、神の声を聞き違えてしまった私に責任があるので、気がついた方は教えて頂ければ幸いです。
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    法輪を考えてみた。

    法輪は、仏教の教義、特に釈迦が説いた四諦・八正道の別称です。

     

    法輪は、仏教の教義を示す物として八方向に教えを広める車輪形の法具として具現化されました。

    卍と共に仏教のシンボルとして信仰され、寺院の軒飾りにも使用されました。

    中国では道教にも取り入れられ、教義を示す用語として使用されています。

     

    法輪の「輪」とは古代インドの投擲武器であるチャクラムを指すと見られています。

     

    チャクラムは、古代インドで用いられた投擲武器の一種です。

    チャクラムは、日本では戦輪、飛輪や、円月輪とも呼ばれ忍者が使用したものです。

    ちなみにチャクラとはサンスクリットで「輪」を意味する中性名詞の語幹です。

    チャクラムは、投擲武器としては珍しく斬ることを目的としています。

    チャクラムの直径は1230cm程で、真ん中に穴のあいた金属製の円盤の外側に刃が付けられています。

     

    投げ方は二通りあり、円盤の中央に指をいれて回しながら投擲する方法と、円盤を指で挟み投擲する方法です。

    ヒンドゥー教の神であるヴィシュヌも右腕にこの円盤をもつとされています。

     

    人々の煩悩が僧侶から説かれた仏教の教義を信じることによって打ち消されるさまを、転輪聖王の7種の宝具の1つであるチャクラムに譬えた表現であるとされます。

     

    そこから、仏教では教義である法輪を他人に伝えることすなわち転を転法輪と言うようになりました。

    転法輪は別名、転梵輪ともいいます。

     

    だが、法輪については、釈尊が説法して人々の迷いを砕く有様を戦車が進んでいって敵を破ることにたとえたものと言う見方もあります。

     

    つまり、実際のところ正体が不明なので、古代インドにあった武器で印象の似ているものを、恐らくこれであろうと推論が述べられているのに過ぎないわけです。

     

    ならば、新たな説を唱える余地もあると言うことです。

     

    実は釈尊には、中東系の可能性があるのです。

    何しろ、こんな本が出るくらいです。

    「仏教メソポタミア起源説」「『ブッダの謎』─仏教西アジア起源論」。

    そうなると、法輪のイメージとして釈尊の思い描いていたものは、中東由来の可能性は否定できないのです。

     

    聖書の創世記に、この記述があります。

     

    創世記 3 24

    神は人を追い出し、エデンの園の東に、ケルビムと、回る炎のつるぎとを置いて、命の木の道を守らせられた。

     

    神は、言いつけに背いて知恵の木の実を食べた結果として死を知る必要が出てきたアダムとイブが罪を得たままで命の木の実を食べて永遠の命を得ることが無いよう、ケルビムと、回る炎のつるぎとで命の木への道を守らせたわけです。

     

    このケルビムも輪と関係があります。

    エゼキエル書 10 6

    彼が亜麻布を着ている人に、「回る車の間、ケルビムの間から火を取れ」。と命じた時、その人ははいって、輪のかたわらに立った。

     

    そしてこのケルビムの正体として、グリフィンとスフィンクスが候補に挙がってきたのです。

     

    スフィンクスはすでにおなじみでしょうから、グリフィンについて紹介します。

     

    グリフィンはグリフォン、グライフ、グリュプスとも呼ばれる伝説上の生物です。

    一般的には、鷲あるいは鷹の翼と上半身、ライオンの下半身をもつとされるが、ライオンの頭で表現される場合もあります。

     

    グリフィンには車をひく役割があるとされるほか、面白いことに、ローマ時代になるとシリアやパレスチナ周辺でグリフィンと一つの車輪という図像が突然現れると言います。

     

    問題は、ケルビムと炎が深い関係があることです。

     

    古代から中東には王家の象徴として太陽をかたどった紋章がありました。

    その形はなんと、日本の天皇の象徴である菊花紋とそっくりなのです。

     

    エジプトでは宗教改革でアメン神からアテン神へと崇拝の対象が切り換えられたことがあったが、そのアテン神の姿は太陽円盤の周囲に放射線を描くものです。

     

    この宗教改革はアクエンアテン一代で挫折したが、アテン神は中東で古来から崇拝の対象であった太陽神と主張されていたのです。

     

    もしこの主張が正しかったなら、菊花紋そっくりの太陽神の紋章の正体はアテン神だった可能性が出てきます。

     

    現在ではトルコのイスタンブールで博物館となっているアヤソフィアは、東ローマ帝国時代に正統派キリスト教の大聖堂として建設され、トルコがイスラム圏になってからはモスクに転用されたこともあった建築です。

     

    アヤソフィアの四角い建物に丸いドームが載っている形は、円で象徴される天と四角で象徴される地をそれぞれ表しています。

     

    円で象徴される天の中心に太陽円盤の周囲に放射線を描くアテン神を配すると、見た目は車輪のような形になります。

     

    法輪は、八方向に教えを広めるさまを表現する車輪形の法具とされるが、アテン神の周囲に光を放つ太陽神のイメージを重ね合わせることはできないでしょうか。

     

    密教では、最高神は太陽の光の象徴とされる大日如来とされています。

     

    もし、大日如来の正体はアテン神だとしたらどうでしょう。

     

    そして、ケルビムやグリフィンに関係深い輪の正体もまたアテン神だとしたら…。

     

    ケルビムもグリフィンも、神の守護者とされています。

     

    法輪は、アテン神であり、ケルビムやグリフィンと関係があるのでしょうか。

    釈尊中東説がもしも成り立つのであれば、このような解釈もあり得るのではないか、そう思ってまだまだ、証拠集めと検証が必要であることを承知で今回の議論となりました。

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    ケルビムとグリフィンとスフィンクスの正体は?

    グリフィンの飛翔~聖獣からみた文化交流~と言う本を、タイトルに惹かれて手にすることにしました。

     

    グリフィンの周辺には、どうもユダヤとかイスラエルの匂いを感じていたからです。

    本書にはその手掛かりが期待できそうに、感じ取れたのです。

    予感は的中しました。

     

    グリフィンと聖書のケルブとの関係が考察されていたのです。

     

    ケルブとはケルビムの単数形です。

    ケルビムって何と言う人には、神輿に乗っている鳳凰みたいなものと言えば、あたらずといえども遠からずというところでしょう。

     

    実際、神輿を見て聖書に出てくるアークを連想するユダヤ人は多いそうです。

    二本の棒で担がれる金色の箱に羽根の付いた金色の造形物が載っていると言えば、ユダヤ人にとってはアーク以外にあり得ないと思ってたものの、イメージ通りのものが日本にあるわけですから、驚くのも無理はありません。

     

    ケルブは、聖書ではたいてい複数のケルビムとして登場します。

    筆者がケルビムとグリフィンの関係を疑ったのは、ケルブ、ケルビムをスフィンクスと同一視する説が一般的となりつつあるからだと、指摘します。

    実は、聖樹との結びつきはグリフィンもまたスフィンクスに負けず劣らず深いものがあると言うのです。

     

    ケルビムは、大事なものを一対で守ると言う役割があります。

    そしてケルビムには、大きな翼があります。

    聖書に出てくる神殿の記述では、ケルビムとナツメヤシと開いた花が一つの組となって現れます。

    78世紀のフェニキアの象牙細工には、グリフィンとナツメヤシと開いた花と一つの組となってしばしばみられるが、スフィンクスとナツメヤシと開いた花と一つの組もよくあるそうです。

    つまり、グリフィンとスフィンクスは同じ役割や機能を持ち、交代可能な存在だったと言うのです。

    そう言えば、グリフィンとスフィンクスの境目は、獅子頭のグリフィンによって結構あいまいになっています。

     

    グリフィンには、基本的には鷲頭と獅子頭の二つのパターンがあります。

    実際には蛇頭も入れて三つと言うべきでしょうが、蛇頭はなぜか廃れ、鷲頭と獅子頭の二つが残ったのです。

     

    ここで注目したいことは、グリフィンに魔人的な描像があり、スフィンクスにも人頭のパターンがあることです。

    グリフィンの描像に出てくるキャラクターは、鷲と獅子と人と蛇の四つ、ここに注目してくださいね。

    一方でケルビムの描像に出てくるキャラクターも四つ、鷲と獅子と人と牛です。

    蛇と牛が入れ替わっているほかは、ほとんど同じです。

     

    グリフィンもまた、大事なものを守る大きな翼をもった存在です。

    確かによく似ています。

    さらにグリフィンは車をひく役割があったりします。

    ケルビムも車輪と深い係わりが聖書に記されています。

    筆者はケルブの役割は、神の下僕であると同時に神を乗せる乗り物であったと推察しています。

    面白いことに、ローマ時代になるとシリアやパレスチナ周辺でグリフィンと一つの車輪という図像が突然現れると言います。

    これらのことから、ケルビムの正体とはグリフィンであったのではないかとして、考察を締めくくっていきます。

     

    詳しい説明は本書を読んでいただくとして、私の気になった箇所は実は別の所です。

     

    グリフィンもケルビムも、神を乗せる役の神の下僕である、どちらも四つのキャラクターで表現されうる、ここでピンとくる方もおられるかもしれないですね。

    そう、神の玉座にして戦車であるメルカバーです。

    筆者がカッバーラを知っているわけがないので、この点を指摘してくるとは最初から期待はしてませんでした。

    だが、この重大な類似に気付き、指摘してくださっていることには大いに感謝します。

    ケルビムとグリフィンとスフィンクスは、メルカバーであったのではないかと示唆してくれたわけですからね。

     

    本書の言及している地域に詳しい方、これらの地域のユダヤ人の足跡を探ってみませんか。

    興味深いことがわかってくるかもしれません。

     

    なお、本書にはまだまだ興味ひかれる記述があるけど、気になる方は御自身で手に取ることをお勧めします。

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    日本どれだけ中東の飛び地なんですか。

    日本の食卓を覗くと地中海が見える、なんてネタでお話をしたことがありました。

    そしたら、こんなコメントが寄せられました。
    これまで私が話してきた内容が、この中にかなり入ってるのには、思わずビックリです。
    以下、全文紹介します。

    エジプトの米は日本の農林1号なんです。
    しかもエジプトは古代から米食で、品種改良もしていません。
    味噌汁は中東のレンズ豆スープと瓜二つ。
    ギリシャ料理には「アジの開き」そっくりにいろんな魚を開きにして、タレに付け込んで焼く、というのがあります。

    米はアジアではなく、人類発祥の地であるアフリカが起源です。
    雨が少ないナイル川流域で発展したのが灌漑農業。
    それなりに雨が降る東アジアではそのころはまだ雨水農業が盛んでした。
    そのアジアに米と灌漑農業を持ち込んだのが日本に移住した古代日本人である中東人、と思います。
    今でも中国人にとっては米は日本人ほどの重要炭水化物ではありません。
    これだけ米が好きなのは世界中探しても日本人だけでしょう。
    日本では幼児に「ごはん」と言う時、「マンマ」と言いますよね。
    エジプトでも幼児に「ごはん」と言う時、「マン」と言います。
    両国とも大人には使わない言葉です。
    これは私の推測の域を出ませんが、米が「マナ」なのでは?などと思ってしまいます。

    伊勢神宮の話を中東人にした時、「いせシュライン」と言ったら「イーセー?」と驚いていました。
    アラビア語で「イーセー」はイエスキリストのことですから。
    彼らにとっては預言者ですが。

    埴輪、を見た外人はその全員が「ユダヤ人だ!」と驚きます。

    日本には「連歌」という文化がありますね。
    中東も「連歌」が盛んでした。
    彼らは夜キャラバンを率いて砂漠を旅する時、お互いが「連歌」を作りながら楽しく旅をしていたそうです。

    目が大きく鼻が高く掘りの深い中東人にとっての「美人」はずばり「平安美人」です。
    現代はそこに「金髪碧眼信仰」も加わりますが。
    昔から中東人が好きなのは「色白、ふっくら、目も鼻も口も小さく、ストレートの長い髪」です。
    平安時代にそういう顔が美人とされたのは、日本人自体が堀が深い中東顔だったからではないですか?
    朝鮮人や中国人が大挙して押し寄せる前の明治維新頃までの日本人には濃い顔が多かったですよね。
    実際明治維新頃日本を訪れたヨーロッパ人は本国へのレポートで「日本人は中東顔である」と書いています。
    もし千年後に今の日本の漫画が発見されたら、未来人は日本人を「目の大きい人種」と認識するかもしれません。
    つまり日本人の民族性は昔も今も、「自分の理想像を描写する」なのかもしれませんね。

    古代中東での戦争は、両者が相対しにらみ合いになった時、両者から一人ずつが前に出て、「〇族の〇家の何某!」とお互いが名乗りをあげ、1対1でどちらかが倒れた時に両軍の戦闘が始まる、という、日本の平安時代以前と同じやり方をしていました。

    私は中東の歴史ドラマを何度か見たのですが、戦闘のシーンの兵士の持っていた「楯」が日本の「八咫の鏡」と瓜二つだったのには驚きました。
    日本ではあれを後生大事にしていますが、映画では兵士全員が持っている消耗品の扱いでした。まー当然ですが。
    古代シリア地方を舞台にしたドラマでは戦争中、両者が赤と白のハチマキをして戦っているシーンがありました。サイズも日本のと同じです。

    日本語も、古代エジプト語やラテン語、古代ヘブライ語、アラビア語などが混じってますね。こういった事実は、日本を下に組み敷いておきたい中国にとっては抹殺対象なのでしょう。
    ひらがな、カタカナのような表音文字が表意文字からつくられるはずがないのです。
    漢字から始まったなら簡略化するだけです。
    実際、ひらがなとカタカナは古代ヘブライ文字とアラビア文字、しいては古代エジプト文字にそっくりです。
    日本という他国の歴史まで「焚書」しようとする中国の傲慢さには反吐がでます。

    日本人特有の顔(鼻が高く毛深く甘いマスク)は他の東アジア諸国の特徴的な顔とは全然違います。(当然例外はどこにでもいます。)
    顔が違うだけではなく、性格も、他のアジア諸国とは一線を画しています。

    長文、失礼しました。

    埴輪を見た外人はその全員が「ユダヤ人だ!」と驚きますの下り、やはりそうでしたかと思わずうなりました。

    確かに、滅茶苦茶長く伸ばした前髪や、どう見てもユダヤ人のものと言いたくなる帽子の埴輪を見れば、そりゃ、率直にユダヤかって突っ込みたくもなるでしょう。

    わざわざ帽子を埴輪にする時点で、どれだけ大事にしてたんですかって誰だって驚きますよね。

    昔から中東人が好きなのは「色白、ふっくら、目も鼻も口も小さく、ストレートの長い髪」の平安美人顔と言う、指摘にはあらためて驚きました。

    そう言えば、天孫一族には古代イスラエル北朝12支族説も出てます。

    天皇家の傍系の方々の顔にも、中東顔の指摘があります。

    大挙して渡来した秦氏にも原始ユダヤ人キリスト教徒説があるし、平氏の正体にもペルシャ人であると言う声もあるくらい中東の匂いがプンプンしてると言います。

    合戦の前に名乗りを上げるところは、このコメントにもあるようにまさに中東のやり方そのものだそうです。

    さらに、縄文人自体もアジアとヨーロッパの民族や人種が分かれる以前の人々の子孫とのDNAの解析結果もあります。

    言葉についても、ラテン語や古代ヘブル語と共通のルーツと言う説が出るのも、縄文人のせいなんでしょうね。

    で、さらに、古代エジプト語やアラビア語ですか。

    連歌の文化まで中東と同じですか。

    どんだけ、日本って一皮むけば中東が出て来るんですか。

    こうなればもう、笑うしかありませんね。

    面白い情報満載のコメントにあらためて感謝申し上げます。

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