仏教

イランからの亡命者が日本に来た?

トルクメンの絨毯は有名だが、トルクメンにもアイヌのむっくりに似た楽器があるのです。

演奏法はもちろん、音も似ています。

トルクメンとアイヌ、何か繋がりがあるのでしょうか。

イランは不思議な国で、日本の建国時にも大勢のイラン人が関わっています。

イランは今でこそイスラムだが、かつては拝火教が盛んだったのです。

なのに、日本に来たイラン人の多くは仏教徒だったと聞きます。

そういえば、仏教にメソポタミア起源説が出ています。

イランにも結構仏教徒がいたのでしょうか。

そういえば、アフガニスタンのイラン系パシュトゥーン人はイスラム化の前は仏教徒だったといいます。

イランにも仏教遺跡が見つかり、少なからず仏教徒がいた証拠になるでしょう。

日本に来た仏教徒イラン人は、亡命者なのでしょうか。

これから建国の日本なら、出番と居場所を確保出来ると遠路はるばるやって来たのでしょうか。

日本で大和朝廷がいつ頃成立したかはっきしないが、中東でイスラムが台頭してきた時期とほぼ重なるのは興味深いです。

今ほとんど、イランに仏教徒はいません。

アフガニスタンのパシュトウーン人に起きたのと同じ事がイランでも起きたとするなら、信仰を守ろうとした人々が安住の地を求めて旅立ったのは不思議ではないでしょう。

彼らは風の便りに、極東で仏教に基づく国家が生まれた、と聞いて一縷の望みを抱いてやって来たのでしょう。

彼らにもはや祖国はなく、新興の仏教国家に骨を埋める覚悟で来たのでしょう。

正倉院にはシルクロードの文物が多いが、特に目立つのはやはり、イランです。

平家にはイラン人が多いと、指摘する人もいます。

平家が束ねたときは一丸となって行動したが、平家が滅ぶと再び地元に帰ったと思われます。

もし日本から大量なイラン人が大陸に渡ったなら痕跡があるはずだが、そんな話を聞いた事はありません。

そもそも、日本で築いてきた生活を捨ててまで危険を冒して大陸に渡るでしょうか。

どっぷりと日本の落ち着いた生活に浸かった彼らが、争いに明け暮れる大陸に帰りたいと考えるでしょうか。

日本の中のイラン、もっと注目されても良いのではないでしょうか。

どうでしょう。

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七福神と天の大時計?

Seiza面白い本を見つけました。

大修館書店から出ている「星座で読み解く日本神話」です。

別にブックレビューする気は、ありません。

オリオン座からイメージされる形は、S型やX型や*型や砂時計やリボンの形だと著者は言います。

はたと、思いました。

弁財天とも記される弁才天は、琵琶を抱えた姿の他にも八臂弁財天や人頭蛇身の女神だったりします。

弁才天の正体がオリオン座なら、説明が付くのではないでしょうか。

弁才天はまた、宗像三女伸の一人、市杵島姫神と同一視されることも多いのです。

宗像三女神とは、沖津宮に祀られる田心姫神・中津宮に祀られる湍津姫神・辺津宮に祀られる市杵島姫神の事です。

日本から大陸及び古代朝鮮半島への海上交通の平安を守護する玄海灘の神として、大和朝廷によって古くから重視された神々です。

沖ノ島には沖津宮、筑前大島には中津宮、宗像田島には辺津宮、というように海北道中の島々に祀られてきました。

なぜ、宗像三女神は横一列に一か所にまとめて祀られないのでしょう。

航海の安全祈願というだけでは、説明が付きません。

しかし宗像三女神がオリオン座の三ツ星なら、天に縦一列に上がる姿を表したと説明が付きます。

しかも弁才天も宗像三女神も水にまつわる女神だが、オリオン座の近くには天の川があるのです。

弁才天のルーツは古代インドの水の神サラスヴァーティーで、サラスは「水」を意味し、もともとは西北インドにあった大河の名前を指したというからまさに天の川の傍らに位置するオリオン座はうってつけではないでしょうか。

七福神には、弁才天の他にも恵比寿、大黒天、福禄寿、毘沙門天、布袋、寿老人がいます。

寿老人もまた、見れば寿命が伸びると伝えられるカノープスの化身とされます。

となると、他にも星や星座に繋がる神はいないのでしょうか。

大黒天は、破壊と創造の神であるシヴァの化身マハーカーラの名は、“マハー”とは(もしくは偉大なる)、“カーラ”とはあるいは(暗黒)を意味するところから訳された名前です。

シヴァの特徴としては、額の第三の目、首に巻かれた蛇、三日月の装身具、絡まる髪の毛から流れるガンジス川、武器であるトリシューラ(三又の鉾)、ダマル(太鼓)が挙げられます。

ガンジス川下流域においては勾配が少ないことと3大河川が合流することによる流量の巨大さ、さらに主にブラフマプトラ川によるチベット高原からの膨大な量の土砂の堆積によって流路が安定せず、まさに破壊と創造の神シヴァのモデルに相応しいと言えるでしょう。

となると、大黒天のルーツであるシヴァもまた、オリオン座の化身かもしれません。

毘沙門天は戦闘的な印象だが、インドにおいては財宝神とされ戦闘的イメージはほとんどなかったと言うから意外です。

中央アジアを経て中国に伝わる過程で武神としての信仰が生まれ、四天王の一尊たる武神・守護神とされるようになったのです。

帝釈天の配下として、仏の住む世界を支える須弥山の北方、水精埵の天敬城に住み、或いは古代インドの世界観で地球上にあるとされた4つの大陸のうち北倶盧洲(ほっくるしゅうを守護すると言う事ですが、水精埵と言う名前が気になります。

まさかまた、オリオン座の化身なんて言うわけではないでしょうね。

福禄寿はもともと福星・禄星・寿星の三星をそれぞれ神格化した、三体一組の神です。

中国において明代以降広く民間で信仰され、春節には福・禄・寿を描いた「三星図」を飾る風習があります。

寿星は南極老人星(カノープス)とされ、容貌は時期によって諸説あるが近代以降は禿げた長大な頭に白ひげをたくわえた老人とされることが多く、また厳密にはもともとこの寿星(南極老人)が単独で日本に伝わったのが寿老人なので、これまた星や星座に関係ある神です。

しかし、カノープスは単独の星なはず、まさかまた、オリオン座の三ツ星と関係があるのでしょうか。

同時に見える事はあるけれど、近いような近くないような、距離なのですが。

恵比寿は七福神の中で唯一の日本の神です。

狩衣姿で、右手に釣竿を持ち、左脇に鯛を抱える姿が一般的です。

何やら、またぞろオリオン座ですか見たいな雰囲気が漂うが、何やら様子が変です。

神格化された漁業の神としてのクジラの事だとの声もあるのです。

クジラと言えば、くじら座があるけれどギリシャ神話では、生贄のアンドロメダ姫を食べようとする巨大な海の怪物ケートスとして登場し、メドゥーサを倒した後たまたま通りかかった勇者ペルセウスによってメドゥーサの首を突きつけられ石にされてしまうとされるからどう見てもつながりませんね。

だって、恵比寿は古くから漁業や商いの神として祀られているのですから。

神無月では地元にとどまる留守神ともされています。

恵比寿が釣り人姿なのは事代主神と混同されたのは、大国主神の使者が事代主に天津神からの国譲りの要請を受諾するかを尋ねるために訪れたとき、事代主が釣りをしていたとされることからきています。

また、事代主の父である大国主命が大黒天と習合したことにより、えびすと大黒は親子ともされるようになりました。

またまた、オリオン座つながりなのでしょうか。

布袋は、唐代末から五代時代にかけて明州(現在の中国浙江省寧波市)に実在したとされる伝説的な仏僧、弥勒菩薩の化身と言う伝説まで持っているとされます。

弥勒菩薩は、遠い未来に人々を救うことが約束されている釈迦を継ぐ者と言うから、星や星座とは一見無関係に見えますが、実は星や星座は天の大時計として昔から人々に用いられてきたので全く無関係とはない、のかもしれませんね。

ちなみに七福神は船に乗ります。

船の星座もあったのですよ。

あまりの大きさに、りゅうこつ座、ほ座、とも座の3つに分割されたアルゴ座です。

その名称はギリシャ神話に登場する船、アルゴーにちなんでいます。

寿老人はカノープスの化身とされるが、カノープスはりゅうこつ座のα星の事です。

七福神が乗っているのは、天空を航海しているアルゴーなのでしょうか。

どう思いますか。

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修験道と秦氏。

山岳宗教史研究叢書7に『東北霊山と修験道』が、収められています。

こう言う内容です。

総説 東北霊山と修験道
第1篇 下北・津軽の山岳信仰
第2篇 陸中の修験道と山岳信仰
第3篇 陸前の修験道と山岳信仰
第4篇 羽後の修験道と山岳信仰
第5篇 羽前の修験道と山岳信仰
第6篇 磐城・会津の修験道と山岳信仰

修験道は修験宗とも言い、山へ籠もって厳しい修行を行うことにより、悟りを得ることを目的とする日本古来の山岳信仰が仏教に取り入れられた日本独特の宗教です。

修験道の成立には仏教の行脚や道教の入山修行も影響していると言われ、森羅万象命や神霊が宿るとして神奈備(かんなび)や磐座(いわくら)を信仰の対象とした古神道に、それらを包括する山岳信仰と仏教が習合し、さらには密教などの要素も加味されて確立したとされています。

修験道は飛鳥時代に役行者とも呼ばれる役小角が創始したとされるが、役小角は謎の多い人物です。

役小角が属した役氏(えんうじ)あるいは、役君(えんのきみ)は三輪系氏族に属する地祇系氏族です。

葛城流賀茂氏から出た氏族であることから、加茂役君、賀茂役君(かものえんのきみ)とも称されます。

役民(えきみん)を管掌した一族であったために、「役」の字をもって氏としたと言います。

役民とは、都の造営などの際に徴収される労働者のことです。

また、役氏は大和国・河内国に多く分布していたとされます。

賀茂氏は、秦氏の中でも特に祭司の一族と指摘されています。

となると、役小角もまた、秦氏であった可能性が見えてきます。

修験道の行者は、山に詳しい人も多いのです。

修験道の行者となれば、誰にも怪しまれることなく山奥に分け入ることができます。

秦氏の拠点を置いた場所と、何らかの資源の分布を重ねてみると、面白い事に気が付けるかもしれません。

何故に秦氏は、仏教と神道の両方に関わりを持ったのでしょうか。

日本中の資源の情報、そして、大陸の最新情報、この二つを誰にも疑われる事なく調べるのにこの二つは実に好都合です。

殖産豪族秦氏が目をつけない方が、おかしくないですか。

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とりとめのない話でしょうか。

ふと、思ったのです。
日本では、最後の締めを「とり」といいます。
最後とは、最高や頂点と言う意味も込められています。
そして、神輿の上には鳳凰と言う鳥がまさしく「とり」を務める構図です。
これが偶然なはずがないです。
神輿は移動神社であり、神社のとりは「鳥」が務めて「取り仕切る」構図であると言ってるようなものです。
日本は神仏混交だが、飛鳥時代はまさに過渡期だったはず。
飛鳥時代の仏像の裏のメッセージは、「日本の仏教は鳥が取り仕切る」であると言わんばかりに、見事なまでに鳥です。
外見に惑わされちゃダメというわけなのです。
飛鳥時代の仏像のシルエットは、まさに鳥そのものです。
私は気が付いた時、愕然としました。
もはや、飛鳥時代の仏像が全て、鳥にしか見えなくなったからなのです。
残念ながらほとんどの人が、飛鳥時代の仏像の裏モチーフの鳥であることに気が付いていないのです。
神職の衣の裾に房があるが、そのわけはほとんどの人が説明できないでしょう。
もしかしたら、神職の衣のモチーフは「鳥」かもしれません。
そして、神職の持つのは榊だが、仮に神職の真の姿が鳥なら、携えるべきはオリーブでしょう。
神社の裏モチーフは古代エジプトの太陽の船かも知れません。
だから鳥居があるのでしょう。

神社の裏モチーフは古代エジプトの太陽の船だとしても、神社には神輿があります。
神輿の正体がアークと言う指摘があります。
アークは方舟もさしますが、神職の真の姿がオリーブを携えた鳥だとしたら、神社の真の姿はアークとなってしまいます。
日本にはアークがあると、神社の姿は白状しまくりの構図と言う事なのです
日本には古代イスラエルの遺伝があることがわかっています。
その日本の神社の正体が、オリーブを携えた鳥が乗ったアークだとしたら、どうなるでしょう。
後は、聖書の預言を紐解いていくしかないでしょうね。
日本人こそ、聖書を読むべきなのです。
果たして、これは単なる白昼夢のようなものなのか、それとも真実なのでしょうか。
答えは、神様がご存知なのかもしれません。
 

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神道とシンドウとヒンドウ?

「仏教メソポタミア起源説」「『ブッダの謎』─仏教西アジア起源論」と言った興味深い本が出ています。

仏陀と仏教に関する本なのだが、妙な気分になったのです。
日本には古代中東の遺伝子が多く残り、日本語とタミル語は同祖の言語と言う説が唱えられ、日本にはインドや中東と似た顔もよく見られるでしょ。
仏教それ自体の起源は意外と古く、釈尊は歴史の深い仏教における聖者の一人にすぎないともいえますよね。
そして、仏教の起源は西アジアに遡るとなると、気になるのはヒンドウと言う言葉です。
シンドウとも呼ばれるが、濁点を取ればシントウになるでしょう。
日本語は歴史を遡ると、発音のあいまいな二重母音の時代があるのでしたね。
二重母音、特に日本のようなワ行母音に近い二重母音の場合、濁点は落ちやすい訳ですよ。
日本の民族宗教であるシントウの読みが、シンドウの転化だったとしたら、そしてもし、シンドウの民は西アジアに遡るとしたら、どうなりますか。
古代日本の成立期、意外なほど多くのペルシャ人が参加して活躍してるが、古代中東や西アジアの文化が色濃く残る日本で、彼らは自らの理想を実現したかったのだろうかと思えてくるのです。
さらに、ペルシャ人仏教徒が古代日本に多数来ているが、彼らは仏教が少数派となった西アジアを逃れ、安住の地を求めてやってきたのだとしたら、どうなりますか。
ヒンズー教、ヒンヅー教とも呼ばれるヒンドゥー教は、インドやネパールで多数派を占める民族宗教だが、ネパールに近いチベットも日本と同様に古代中東の遺伝子が多く残り、インドもドラビダ語と日本語の近縁性が指摘されるのですよ。
神道はシントウと呼ばれているけれど、シンドウが二重母音の曖昧な発音が原因でそう呼ばれているのに過ぎないとしたら、どうなのでしょうか
考えても見てくださいね、ヒンドウはシンドウとも呼ばれるとしたら、ヒンドゥー教はシンドウ教になまっても良いはずでしょ。
そして、ヒンドゥー教と言う言葉は、他の宗教との比較や区別の必要性から出てきたわけだから、本来の名称はヒンドゥーなわけですよ。
ヒンドゥーの教えに随う民がヒンドゥーであり、神道の教えに随う民が日本人だったと言えるでしょう。
今、日本では多くの宗教が混在しているけれども、八百万の神々を受け入れてそれでいてびくともしないあたり、ある意味、ヒンドゥー教に似ていませんか。
穢れや嫌なことは水に流すと言う言葉があるが、ヒンドゥーの民はまさにいまでも聖なる川で身を清めたいと願っているわけでしょ。
こんなところにも、日本人の西アジア起源の可能性が感じられるのかと、妙な気分になったのでした。

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法輪を考えてみた。

法輪は、仏教の教義、特に釈迦が説いた四諦・八正道の別称です。

 

法輪は、仏教の教義を示す物として八方向に教えを広める車輪形の法具として具現化されました。

卍と共に仏教のシンボルとして信仰され、寺院の軒飾りにも使用されました。

中国では道教にも取り入れられ、教義を示す用語として使用されています。

 

法輪の「輪」とは古代インドの投擲武器であるチャクラムを指すと見られています。

 

チャクラムは、古代インドで用いられた投擲武器の一種です。

チャクラムは、日本では戦輪、飛輪や、円月輪とも呼ばれ忍者が使用したものです。

ちなみにチャクラとはサンスクリットで「輪」を意味する中性名詞の語幹です。

チャクラムは、投擲武器としては珍しく斬ることを目的としています。

チャクラムの直径は1230cm程で、真ん中に穴のあいた金属製の円盤の外側に刃が付けられています。

 

投げ方は二通りあり、円盤の中央に指をいれて回しながら投擲する方法と、円盤を指で挟み投擲する方法です。

ヒンドゥー教の神であるヴィシュヌも右腕にこの円盤をもつとされています。

 

人々の煩悩が僧侶から説かれた仏教の教義を信じることによって打ち消されるさまを、転輪聖王の7種の宝具の1つであるチャクラムに譬えた表現であるとされます。

 

そこから、仏教では教義である法輪を他人に伝えることすなわち転を転法輪と言うようになりました。

転法輪は別名、転梵輪ともいいます。

 

だが、法輪については、釈尊が説法して人々の迷いを砕く有様を戦車が進んでいって敵を破ることにたとえたものと言う見方もあります。

 

つまり、実際のところ正体が不明なので、古代インドにあった武器で印象の似ているものを、恐らくこれであろうと推論が述べられているのに過ぎないわけです。

 

ならば、新たな説を唱える余地もあると言うことです。

 

実は釈尊には、中東系の可能性があるのです。

何しろ、こんな本が出るくらいです。

「仏教メソポタミア起源説」「『ブッダの謎』─仏教西アジア起源論」。

そうなると、法輪のイメージとして釈尊の思い描いていたものは、中東由来の可能性は否定できないのです。

 

聖書の創世記に、この記述があります。

 

創世記 3 24

神は人を追い出し、エデンの園の東に、ケルビムと、回る炎のつるぎとを置いて、命の木の道を守らせられた。

 

神は、言いつけに背いて知恵の木の実を食べた結果として死を知る必要が出てきたアダムとイブが罪を得たままで命の木の実を食べて永遠の命を得ることが無いよう、ケルビムと、回る炎のつるぎとで命の木への道を守らせたわけです。

 

このケルビムも輪と関係があります。

エゼキエル書 10 6

彼が亜麻布を着ている人に、「回る車の間、ケルビムの間から火を取れ」。と命じた時、その人ははいって、輪のかたわらに立った。

 

そしてこのケルビムの正体として、グリフィンとスフィンクスが候補に挙がってきたのです。

 

スフィンクスはすでにおなじみでしょうから、グリフィンについて紹介します。

 

グリフィンはグリフォン、グライフ、グリュプスとも呼ばれる伝説上の生物です。

一般的には、鷲あるいは鷹の翼と上半身、ライオンの下半身をもつとされるが、ライオンの頭で表現される場合もあります。

 

グリフィンには車をひく役割があるとされるほか、面白いことに、ローマ時代になるとシリアやパレスチナ周辺でグリフィンと一つの車輪という図像が突然現れると言います。

 

問題は、ケルビムと炎が深い関係があることです。

 

古代から中東には王家の象徴として太陽をかたどった紋章がありました。

その形はなんと、日本の天皇の象徴である菊花紋とそっくりなのです。

 

エジプトでは宗教改革でアメン神からアテン神へと崇拝の対象が切り換えられたことがあったが、そのアテン神の姿は太陽円盤の周囲に放射線を描くものです。

 

この宗教改革はアクエンアテン一代で挫折したが、アテン神は中東で古来から崇拝の対象であった太陽神と主張されていたのです。

 

もしこの主張が正しかったなら、菊花紋そっくりの太陽神の紋章の正体はアテン神だった可能性が出てきます。

 

現在ではトルコのイスタンブールで博物館となっているアヤソフィアは、東ローマ帝国時代に正統派キリスト教の大聖堂として建設され、トルコがイスラム圏になってからはモスクに転用されたこともあった建築です。

 

アヤソフィアの四角い建物に丸いドームが載っている形は、円で象徴される天と四角で象徴される地をそれぞれ表しています。

 

円で象徴される天の中心に太陽円盤の周囲に放射線を描くアテン神を配すると、見た目は車輪のような形になります。

 

法輪は、八方向に教えを広めるさまを表現する車輪形の法具とされるが、アテン神の周囲に光を放つ太陽神のイメージを重ね合わせることはできないでしょうか。

 

密教では、最高神は太陽の光の象徴とされる大日如来とされています。

 

もし、大日如来の正体はアテン神だとしたらどうでしょう。

 

そして、ケルビムやグリフィンに関係深い輪の正体もまたアテン神だとしたら…。

 

ケルビムもグリフィンも、神の守護者とされています。

 

法輪は、アテン神であり、ケルビムやグリフィンと関係があるのでしょうか。

釈尊中東説がもしも成り立つのであれば、このような解釈もあり得るのではないか、そう思ってまだまだ、証拠集めと検証が必要であることを承知で今回の議論となりました。

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欧米のキリスト教に思うこと若干。

ネットでイスラムになびいちゃう欧米の若者が結構いると聞いて、へえって思ったことがある。

モルモンへ改宗する欧米の若者も、ネットでモルモンの会員とやり取りする中で改宗を決意する人が結構いると言う。

ネットの力、意外と馬鹿にできないって思う。

 

欧米の若者でイスラムに惹かれる人が出る背景には、欧米のキリスト教に対してコレジャナイ感が大きいことが挙げられるかも。

既存のキリスト教会からモルモンへの改宗も結構あると聞いたことある。

 

カトリックもプロテスタントも、魂の救済にとどまらず、生き方を求めて祈る信仰へと軌道修正しない限り、欧米の若者たちの教会離れも止まらないし、ISに足元を掬われてしまう若者たちも引き留めることなんて絶望的なまでに出来ないと思い知った方が良いのではないか。

 

カトリックの堕落を批判したプロテスタントもまた堕落したが、生き方を求める信仰に軌道修正することは魂の救済に胡坐をかいてきた生き方の全否定であり当然苦痛を伴う。

すでに得ている魂の救済の既得権益を脅かす輩が、気に入らないと言うわけであると言うことなのか。

そこに気付こうとしないのだとしかみえないのは、気のせいだろうか。

 

だが欧米の既存のキリスト教徒の多くは、若者たちをISにとられたこととイスラムにとられたことを短絡的に混同する傾向さえあるように思う。

彼らはイスラムを知らないばかりか知ろうともしないように思えるのは、とても悲しい。

キリスト教にいちゃもんをつけて喧嘩を売った、けしからん異教徒としか見ようとしないようだからだ。

違うだろうか。

 

旧態依然の欧米のキリスト教は魂の救済は説いたが、どう生きるべきかは説かなかった。

イスラムもモルモンも仏教も、どう生き、どう考えるべきかを彼らに示した。

ISに若者を取られたくないなら、既存のキリスト教も生き方を生き方を模索している若者に応えようとするべきだ。

 

現在、米国の仏教徒は約3百万人を数え、全米人口の1%に当たる。

ヨーロッパでも約100万人いる。

キリスト教徒と比べれば、仏教徒の数はまだマイナーだ。

しかし、伸び率だけに注目するなら、キリスト教徒をはるかに上回る。

なぜそうなるのか。

彼らは生き方を求めているのだ。

 

モルモンへの改宗者もまた生き方を求めて、既存のキリスト教会に別れを告げた人たちである。

既存のキリスト教は信ずれば救われると説くが、どう生きるべきか指し示す力がない。

ただ救いを求めてすがる人たちばかりと、言って良いかもしれない。

受け身ばかりと言えるだろう。

 

トリックへの反発からプロテスタントが生まれたが、今欧米では既存のキリスト教への幻滅から宗教離れが深刻と言う。

維持がままならなくなり、手放される礼拝堂もかなりあると聞く。

だが、心の支えや拠り所を求める人は実は多い。

Isの誘いに乗ってくる若者は、心の隙間で足元が掬われてしまった人が結構いると言う。

さもありなんと言うべしだろう。

 

欧米では既存のキリスト教への幻滅から宗教離れも多いと聞くが、どう生きるべきかの悩みは多くの若者が普遍的に抱えている課題。

ISの誘いに乗ってしまう欧米の若者が多いのは、旧態依然の教会の体質に問題があると私は見る。

だがどっぷり浸かり込んだ人にはそれが見えてないのではないか。

 

FW・ニーチェの「アンチクリスト」も、欧米のキリスト教の現実への幻滅からキリスト教そのものの否定に走った典型だが、欧米の若者も既存のキリスト教への幻滅から改宗希望者が多いのかも知れない。

だから、イスラムやモルモン、仏教などに惹かれる人が結構出るのかも。

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泣き相撲

普段は、氏神さまの境内で村の若者が豊作を祈願して草相撲として行われる宮相撲が毎年行われていました。

やがて職業相撲集団となり、四股名を付けることも生まれました。
かつては山や川にちなんだ四股名が多かったのは、生命力を励ます行事だからです。
もともとは男子のものであった子供の相撲としては、小中学生による草相撲もあります。
少年は、五行では滅びと生成を司り循環促す土気です。
大地の生産力を励ます意図があったものですが。
 神の嬰児イエスが下敷きにあるのでしょうかね。
草は草冠、日、十字で、草冠は元は並び立つ三叉で描かれ陰陽の生命の樹、日は太陽、十字は生命を育む太陽の光で、転じて生命力を表します。
一応相撲の起源は古く紀元前、垂仁天皇の御代に大和の国において当麻蹴速と野見宿禰が力競いをし、野見宿禰が勝ち、後の世に相撲の神と仰がれます。
また平安時代には宮廷で相撲節会が行われるようになり、五穀豊穣を祈る儀式ともなりました。
 国家安泰も併せて祈願されたようですね。
時代が下がって武家の時代になると、大名が力士を集め上覧相撲を行いました。
江戸時代には社寺の建立のため、寺社奉行の許可を受けて勧進相撲としての興行相撲が行われました。
勧進相撲は、正保2年6月(1645)京都の、下鴨神社の名で知られる賀茂御祖神社に関係のある糺森においておこなわれた、公許勧進相撲(京都勧進相撲)になりそうですね。
ちなみに、一般に蚕ノ社と呼ばれる木島坐天照御魂神社に元糺森があり、この社は三柱鳥居が有名です。
それに対して今のような泣き相撲は、宝永年間あたりまでしか、さかのぼれないようですね。
あるいは、起源はもっと古いものもあるかも知れませんけど。
と言いますのも、幼児が赤いふんどしを締めて、各々行事役の氏子総代に抱かれて土俵の上で一勝一敗になるように土俵の土をつけてもらい、子供の健康を祈願するとされる行事があります。
これが、土に付けられた子供がたいてい泣き出すところから、『泣き相撲』として親しまれている行事の元祖のようです。
赤いふんどしは火気、男子の子供は土気で、相生関係の火生土が前提にありそうですので、おそらくは男子が主に土俵に上がったかも。
 まあ、人自体も土気ですので、女子も可なんでしょうか。
実際、女子の参加する泣き相撲もありますね。
古来からかどうかは、情報の欲しいところですけど。
 ここには、人は土から出来たと言う、聖書の記述とともに、滅びと生成の太陽神の子孫とする古事記の反映もあるのでしょうね。
現在各地の神社には、古来から泣く子は育つとの意味に因んだとして、泣きすもうが行われています。
 でも、元は土に付けていたと言う伝承も古いとこには見えます。
今ではたいてい、役員氏子がまわし姿の力士に扮し、東西の土俵から幼児同志を抱きかかえ掛け声と共に、頭上高く振り上げて取組ませ、先に泣いたほうを勝とする行事になっています。
笑いが火なのに対し、泣きは水と思われます。
水は北に当たります。
でも火のついたように泣くというように、激しい泣きは火、つまり南に当たります。
北を正面、南を向う正面とし、東西の力士が対戦する、土俵の作りが反映され、少年は、五行では滅びと生成を司り循環促す土にあたりますから、大地の生産力を励ます意図が見て取れます。
農業に欠かせない水に困らないようにとの呪術でもあったので、泣き相撲には泣くと勝ちのところが多いのです。
水の多過ぎも困るので、ところによっては泣くと負けのところもあるようですけど。  
でも、どうも、この形になったのは、どうも宝永の頃みたいですね。
ここでも、泣きの水もまた禊の水、火は聖霊による禊に通じるのです。
 さて、泣き相撲で涙とくると、涙を流す慈悲の神イエスが連想されますねえ。
 涙の神の像がないと思ったら、こんな形で祭られていたのですかね。
さすが、偶像崇拝を禁じた教義もシンボルまでは。
 泣き相撲の原型が赤ふんどしの幼子を土に付けるものであったことは、義の太陽神イエスこそ、人類の親であると宣言しているのに等しいでしょ。
それは、考えすぎでは。

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聖書には現代への警鐘と皮肉が込められている。

聖書の宗教、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教は人の才能の違いなどがどうしても貧富の差を生じてしまうことを前提としています。

富める者は頑張っているけれども貧しい者を惜しみなく助ける事を、聖書の宗教では神の愛の実践として求めています。

聖書には、神に従うなら貧富はなくなるとあるにもかかわらず、富める者は貧しい者を惜しみなく助ける事を求めています。

神は、御心の実践者を惜しみなく救う方であると、心から信じ実践する者を惜しみなく救うと、聖書にはあります。

ただし救いにも様々な形があるので、自分は本当に救われ、祝福を受けているか不安になることがあるかもしれません。

神を見失っていないなら、やがては、困難は試しであり祝福であったと気づく時が来るとも、聖書にはあります。

聖書の神に従うなら貧富はなくなるとは、富める者も必要以上貪らず、頑張っているけれども貧しい者たちの必要に応じて惜しみなく助ける事によって、貧富の差によって困る者は一人もいなくなる、と言うことなのです。

ここで注意しないといけないのは、努力をしたのに貧しい者は救いに値するが努力をしないならば持っているものまで取り上げられ富める者に与えられてしまうとあることです。

救いを求めていると行為で表す者が、救われるのです。

イエスは、あなたの信仰があなたを救った、と言う言葉を何度も繰り返します。

しかし、主よ主よとこれみよがしに叫ぶのではなく、御心を信じ実践する者に対して、この言葉は語られているのです。

残念なことに、多くの人は自分たちの給与が上がらないのに、公務員の給与は上がると、怒るようです。

公務員の給与が上がることを怒るより、自分たちの給与が上がらないことの方を怒るべきと思うのです。

一般の国民同士が対立して、政府が仲介者として振る舞う構図、どこかで見たことありませんか。

まさに教科書に書いていた、植民地支配の構図そっくりでしょ。

欧米などは、最低賃金を引き上げるときには中小企業にもちゃんと配慮してるのを知っていますか。

日本政府がそれをしないのは、国民がなめられている証拠だと気付いていますか。

もっと怒らんと、さらに馬鹿にされてもっとむしり取られますよ。

現に、消費税増税分と大企業への減税分はこれまでの額を見ればわかるようにほぼ等しく、一方で社会保障や社会福祉は削られ続けたではないですか。

今や、社会保障や社会福祉の充実は、広範な国民と国内に基盤を置く経営者や企業が手を組んで、充実と前進を戦いとる時が来たと思いませんか。

柔軟性を持った新しい世代の育成は企業の未来を切り開くために必要だし、福祉は国内市場の確保の観点から重要であると思いませんか。

新しい社会への視野を持った社会保障や社会福祉の必要が言われるようになった背景には、社会の変化が急速になったために尻拭い的なものとして社会保障や社会福祉をとらえる立場が時代遅れになったことがあるのです。

尻拭い、つまり、努力してきたのに報いられていない人たちを後追い的に助けるのではなく、まっとうに努力しているなら、彼らの努力が報いられるように常に彼らが求める助けに応じていくことが、変化のドンドン早くなる今、必要なのです。

いいですか、社会保障や社会福祉は、犯罪の予防や、政府批判をするものから国民を切り離す目的でもともとは始まったのですよ。

社会保障や社会福祉の充実がおざなりにされているなら、国民は犯罪の犠牲になっても構わん、どうせ逆らわないと舐められているってことですよ。

犯罪の取り締まりは、国民の不満のガス抜きに過ぎないってことですよ。

だから、生活保護に対するヤッカミが放置され、そのとばっちりを生活保護を本当に切実に必要とする人が受けにくい社会になっていくのです。

子育て支援が、本当に切実に必要とする人が受けにくい社会になっていくのです。

聖書には、与えられたタラントが一番少なかったものが使わずにいたと主人に報告したら取り上げられて一番増やした者に与えられた話が出てきます。

そして、持っているものを使わないなら持っているものまで取り上げられて、もっとも持っているものに与えられると説きます。

自らの主権者としての力を信ぜずに、自分の力は小さいと諦めている国民は、持っているものまで取り上げられてもっとも富んでいるものに分け与えられると考えたらどうですか。

まるで、どこかの国にいる、しらけて立ち上がろうとしない人々が嘆いている現実そのものではないですか。

自らを卑下することと、へりくだる事は違います。

自らの非力を自覚したうえで、どうしたらそれを乗り越えられるかと自らに真剣に問いかけようとする事が必要なのです。

どうしたら救いに辿り着けるか、素直な心で現実を見つめ、答えを求めるものが道を見出すのです。

そして、助けが必要なら、素直に助けを乞い、助言を受け入れる謙虚さが大切です。

本気で助けを求めてないと思える人を、本気で助けたいと思えますか。

へりくだり仕える者となることをいとわない心が、求められているのです。

イスラム教にはジハードの思想があるが、これは、神に従うことへの内なる妨げとの戦いをさします。

神の妨げをするものが、聖書でいうサタン、コーランでいうシャィターンです。

聖書とは、内なる妨げであるサタンあるいはシャィターンとの戦いに神の愛の実践によって勝利するための導きの書と言えます。

だから、たとえばマタイによる福音書の16章23節にこうあるのです。

 イエスは振り向いてペトロに言われた。「サタン、引き下がれ。あなたはわたしの邪魔をする者。神のことを思わず、人間のことを思っている。」

これはペトロをサタンと同一視しているのではなく、神の計画を妨げるような言動をするなと戒めているのです。

聖書やコーランには、外なる敵との戦いも記されるが、これらの戦いは実は内なる妨げとの戦いの延長線上にあります。

だが、現世的利害での敵に過ぎないなら神の愛の実践によって、対立を乗り越えて平和を築くことを、聖書の神は求めています。

ムスリムの寛容はここに由来します。

寛容な社会は、イスラム社会の特質などではなく、本来、キリスト教社会にもあってしかるべきなのです。

さらに、キリストの教えと仏教に類似を言う人もいます。

もしそうなら、神道の国であるだけでなく、仏教の国でもある日本も、また、寛容な社会であって良いはずではないですか。

今の日本、ちょっとせちがらくなってきてませんか。

宗教を、神なんていない、そんなもんは人が考え出したに過ぎないと鼻先で笑う前に、先人の知恵の宝庫として、見直してみた方が良いのではないですか。

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日本ではなぜ蓮の台座で差し支えなかった?

十一面観音は、国宝、重要文化財等の指定名称で、大光普照(だいこうふしょう)観音とも、十一面観音菩薩、十一面観世音菩薩など様々な呼び方があります。

「救わで止まんじ」の誓願を持つがゆえに、大悲闡提とも呼ばれます。

頭上の11面のうち、前後左右の10面は、菩薩修行の階位である十地を表し、最上部の仏面は仏果を表すとされます。

通例、頭頂に仏面、頭上の正面側に菩薩面(3面)、左側(向かって右)に瞋怒面(3面)、右側(向かって左)に狗牙上出面(3面)、拝観者からは見えない背面に大笑面(1面)を表します。

頭上の11面は全体では、衆生の十一品類の無明煩悩を断ち、仏果を開かしめる功徳を表すわけです。

六道それぞれの衆生を救う6体の観音を、六観音といいます。

密教では、修羅道に十一面観音を配します。

残りは、地獄道に聖(しょう)観音、餓鬼道に千手観音、畜生道に馬頭観音、人間道に准胝(じゅんでい)または不空羂索(ふくうけんじゃく)観音、天道に如意輪観音となります。

十一面観音は密教の尊格であり、密教経典(金剛乗経典)の十一面観自在菩薩心密言念誦儀軌経(不空訳)、仏説十一面観世音神咒経、十一面神咒心経(玄奘訳)に説かれています。

十一面観自在菩薩心密言念誦儀軌経によれば、10種類の現世での利益(十種勝利)と4種類の来世での果報(四種功徳)をもたらすと言われます。

十種勝利

離諸疾病(病気にかからない)

一切如來攝受(一切の如来に受け入れられる)

任運獲得金銀財寶諸穀麥等(金銀財宝や食物などに不自由しない)

一切怨敵不能沮壞(一切の怨敵から害を受けない)

國王王子在於王宮先言慰問(国王や王子が王宮で慰労してくれる)

不被毒藥蠱毒。寒熱等病皆不著身(毒薬や虫の毒に当たらず、悪寒や発熱等の病状がひどく出ない。)

一切刀杖所不能害(一切の凶器によって害を受けない)

水不能溺(溺死しない)

火不能燒(焼死しない)

不非命中夭(不慮の事故で死なない)

四種功德

臨命終時得見如來(臨終の際に如来とまみえる)

不生於惡趣(悪趣、すなわち地獄・餓鬼・畜生に生まれ変わらない)

不非命終(早死にしない)

從此世界得生極樂國土(今生のあとに極楽浄土に生まれ変わる)

また、この十一面はあまねく方位を見るためともされます。

 あまねく方位と言いながら、十一では数が合わないでしょ。

全方位に守りを固めるため、十二神将が配されるくらいですからね。

金毘羅童子、宮比羅とも呼ばれる宮毘羅(くびら、こんぴら)大将の本地仏は弥勒菩薩で、亥神に配されます。

金剛力士とも呼ばれる伐折羅(ばさら)大将の本地仏は勢至菩薩で、戌神に配されます。

迷企羅(めきら)大将の本地仏は阿弥陀如来で、酉神に配されます。

安底羅(あんちら、あんていら)大将本地仏は観音菩薩で、申神に配されます。

頞儞羅(あにら)大将の本地仏は如意輪観音で、未神に配されます。

珊底羅(さんちら、さんていら)大将の本地仏は虚空蔵菩薩で、午神に配されます。

帝釈天とも呼ばれる因達羅(いんだら)大将の本地仏は地蔵菩薩で、巳神に配されます。

波夷羅(はいら)大将の本地仏は文殊菩薩で、辰神に配されます。

摩睺羅伽(マホーラガ)とも呼ばれる摩虎羅(まこら)大将の本地仏は大威徳明王で、卯神に配されます。

緊那羅(キンナラ)とも呼ばれる真達羅(しんだら)大将の本地仏は普賢菩薩で、寅神に配されます。

招杜羅(しょうとら)大将の本地仏は大日如来で、丑神に配されます。

毘伽羅とも記される毘羯羅(びから)大将の本地仏は釈迦如来で、子神に配されます。

間際らしいのが、十二天です。

十二天とは、仏教を守護する12の天尊のことです。

四方・四維の八天、上・下の二天、日・月の二天からなります。

帝釈天(たいしゃくてん)(東)・火天(南東)・閻魔天(えんまてん)(南)・羅刹天(らせつてん)(南西)・水天(西)・風天(北西)・毘沙門天(びしゃもんてん)(北)・伊舎那天(いしゃなてん)(北東)、梵天(ぼんてん)(上)・地天(下)、日天(日)・月天(月)。

十一面観音は、十一の数が生命の樹のダートを含めたセフィロトの数と同じなので、生命の樹を表すという解釈も出来ます。

だが、それでは、あまねく方位という説明の裏付けにはなりません。

陰陽では北は天に配されるので、十二方位の残りの十一方位とすれば、あまねく方位の説明となるのではないでしょうか。

 十一面観音の、方位のことだけ言いたかったのですか。

日本の仏教では、仏は蓮に乗った姿が定番でしょ。

 初期のころは、椅子のような四角の台座があったと思いますが。

なぜ、四角の台座が日本では廃れたと思いますか。

半跏思惟のような姿は、蓮の台座よりは椅子のような台座の方が、表現しやすいはずでしょ。

さらに言えば、交脚姿勢の仏像は日本では半跏思惟像以外ないでしょ。

 交脚姿勢の表現を諦めてまで、蓮の台座にこだわった…。

神仏混交本地垂迹では、大日を本地とすれば天照が垂迹でしょう。

 天照は、皇祖神ですね。

天皇には、三五の桐紋もあるが、有名なのは菊花紋でしょ。

そして、天照は太陽神だから、菊花紋は太陽神の象徴でもあるわけですよね。

 一方、仏の象徴は蓮ですね。

神道では全ての神は天照の化身、仏教では全ての仏は大日の化身ですね。

 主仏は皆、大日に帰することを一目で見てわかるようにする必要があった。

さらにいえば、幕末から明治にかけて日本に来た欧米人は、皇族の顔を見て中東起源と感じたそうですよ。

日本には、古代中東のYAP遺伝子が濃く残るが、これは最も古いD系統に属するとされています。

 皇族の率いた天孫一族は大陸から来たが、皇族の顔は彫の深い中東系…。

今は亡き、イラクのフセイン大統領はヨーロッパの記者からの腕輪の紋章は皇室と関係あるかとの問いに、中東古来の王家の紋章だと一笑しましたね。

 日本では菊花紋と呼ばれるが、中東では太陽の象徴ですよね。

大陸渡来の皇族は、当然、菊花紋が太陽の象徴であることを承知で、太陽神天照の末裔と称する自らの紋章にしたと見る方が、自然でしょ。

 本地垂迹は、象徴の花にまで、徹底した…。

だが、なぜ、交脚の仏像は作られたのでしょう。

 逆に言えば、交わる、つまり、クロスを表現できさえすれば、足の位置にこだわることはない…。

さらにいえば、立像では交脚は不可能ではないが、不自然でしょ。

 交差さえ表現できれば、足にさえこだわらなくて良い…。

仏の坐像、良く見てください。

 両足の裏が見えている場合が、多い…。

足を交差させないと、そうはならないでしょう。

さらに、衣に注目してください。

背面も、含めて…。

 さりげない交差が、表現される様式ですね。

交差、つまり、クロスですよね。

もろもろの仏は、大日の化身です。

 ザビエルたちは、大日をイエスの訳としようとしたが、断念してますよね。

太陽神信仰をイエス信仰に摩り替えて、現地の宗教を乗っ取ろうとしてきた布教作戦は、日本では採用できなかったのは、神仏混交本地垂迹だったからですよ。

 そうでなければ、大日をイエスの訳として日本仏教を乗っ取る作戦は、成功したかもしれない。

大乗仏教成立の背後には、キリスト教がありました。

 大日をイエスの本地として割り込んでしまえば、乗っ取りは容易だった…。

それが断念されたのは、日本では天皇が地上における大日の代理であり、天照の末裔だったからです。

 天皇がイエスの末裔であることは否定できても、イエス直系のキリスト教団の末裔である可能性までは否定できない…。

バチカンと言えども、エルサレム教団の全てが帰ってきているとは言ってないでしょ。

 大陸のどこを探してもない以上、そして、神が作りたもうたエルサレム教団が滅びるわけがない以上、どこかにないといけない…。

さらに、東にプレスタージョン率いる強大なキリスト教国あると言い伝えられているのに、大陸のどこにもないでしょ。

大日をイエスと置けば、天皇はエルサレム教団のトップとしてキリスト教国日本を率いる構図になるとは、言えませんか。

 日本が、プレスタージョン率いる強大なキリスト教国と認めざるを得ない展開さえ、予想されますね。

それはさておき、クロスを象徴とする太陽神となると、思い出しませんか。

 古代アメリカの太陽神も、クロスを象徴としていましたね。

そして、アメリカ先住民は日本先住民の親戚であることは、遺伝子、土器、寄生虫によっても裏付けられました。

 日本には、古来からクロスを太陽神の象徴とする文化があった。

だから、クロスさえ表現できさえすれば、交脚にこだわらなかったと言えないでしょうか。

 ザビエルは、日本の精神文化のキリスト教徒の類似に驚いて先客を探したが、見つからなかった…。

先住民の末裔であるアイヌや琉球の民には、古代イスラエルの生活文物や、聖書に似た伝承や風習が残っているのは、偶然でしょうか。

アメリカ先住民は、愛と悔い改めを説いた白い神が再臨を約して去って行った伝承もありますよ。

 アメリカでの先住民への布教は、十字を象徴とする太陽神をイエスと置くと再臨を約した白い神の扱いに困り、逆では太陽神の扱いに困る…。

だから結局、イエスはイエスのまま、布教したはずです。

 クロスを象徴とする神は、イエスと見て良いか…。

クロスを象徴とする太陽とされる神、どう見てもイエスでしょ。

 モルモン書は、アメリカ先住民はイスラエル人の一派であると記していますね。

アメリカ先住民は、古代中東の遺伝子を持つアイヌや琉球の民と親戚である以上、古代中東の民の末裔でないとおかしいでしょ。

 日本の仏像の造形には、古代中東から連綿と伝わるクロスを象徴とする太陽とされる神の思想が反映していた…。

そう見ては、おかしいでしょうか。

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