神道

神道とシンドウとヒンドウ?

「仏教メソポタミア起源説」「『ブッダの謎』─仏教西アジア起源論」と言った興味深い本が出ています。

仏陀と仏教に関する本なのだが、妙な気分になったのです。
日本には古代中東の遺伝子が多く残り、日本語とタミル語は同祖の言語と言う説が唱えられ、日本にはインドや中東と似た顔もよく見られるでしょ。
仏教それ自体の起源は意外と古く、釈尊は歴史の深い仏教における聖者の一人にすぎないともいえますよね。
そして、仏教の起源は西アジアに遡るとなると、気になるのはヒンドウと言う言葉です。
シンドウとも呼ばれるが、濁点を取ればシントウになるでしょう。
日本語は歴史を遡ると、発音のあいまいな二重母音の時代があるのでしたね。
二重母音、特に日本のようなワ行母音に近い二重母音の場合、濁点は落ちやすい訳ですよ。
日本の民族宗教であるシントウの読みが、シンドウの転化だったとしたら、そしてもし、シンドウの民は西アジアに遡るとしたら、どうなりますか。
古代日本の成立期、意外なほど多くのペルシャ人が参加して活躍してるが、古代中東や西アジアの文化が色濃く残る日本で、彼らは自らの理想を実現したかったのだろうかと思えてくるのです。
さらに、ペルシャ人仏教徒が古代日本に多数来ているが、彼らは仏教が少数派となった西アジアを逃れ、安住の地を求めてやってきたのだとしたら、どうなりますか。
ヒンズー教、ヒンヅー教とも呼ばれるヒンドゥー教は、インドやネパールで多数派を占める民族宗教だが、ネパールに近いチベットも日本と同様に古代中東の遺伝子が多く残り、インドもドラビダ語と日本語の近縁性が指摘されるのですよ。
神道はシントウと呼ばれているけれど、シンドウが二重母音の曖昧な発音が原因でそう呼ばれているのに過ぎないとしたら、どうなのでしょうか
考えても見てくださいね、ヒンドウはシンドウとも呼ばれるとしたら、ヒンドゥー教はシンドウ教になまっても良いはずでしょ。
そして、ヒンドゥー教と言う言葉は、他の宗教との比較や区別の必要性から出てきたわけだから、本来の名称はヒンドゥーなわけですよ。
ヒンドゥーの教えに随う民がヒンドゥーであり、神道の教えに随う民が日本人だったと言えるでしょう。
今、日本では多くの宗教が混在しているけれども、八百万の神々を受け入れてそれでいてびくともしないあたり、ある意味、ヒンドゥー教に似ていませんか。
穢れや嫌なことは水に流すと言う言葉があるが、ヒンドゥーの民はまさにいまでも聖なる川で身を清めたいと願っているわけでしょ。
こんなところにも、日本人の西アジア起源の可能性が感じられるのかと、妙な気分になったのでした。

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日本の国名に隠された意味?

日本と言う国名に、実は日本の正体が隠されているのではないでしょうか。

文字通り読めば、日出ずる處の天子云々とあった聖徳太子の国書にあった、日出ずる處に由来する国名と言うことで、はいお仕舞でしょうね。

日本は、「日ノ本の国」と解釈をされているわけです。

()、つまり太陽は昔から多くの国で神として祀られているけれども、日本でも天皇の祖先神として祀られているわけです。


では、本(もと)とは何かです。

本には、草木の根や茎、植物という意味もあるが、もっと広い内容が込められています。

物事の根源。もと。

中心となる部分。主となる。

当の。この。わが。

正式の。本当の。

もとにすべきもの。てほん。

これらの意味をひっくるめて解釈すると、日本の国名の意味は大変なことになります。

 

わが日ノ本は、天皇の祖先である太陽神を存立の根源の中心として頂く世界の手本となるべき本当の国である。

 

なんとも、凄いことになっています。

 

さらに、「本」と言う字には、「夲」と言う書き方もあるのです。

「夲」と言う字は「大」と「十」に分解できるが、「大」の字は手を広げた人の姿が元になっています。

そうなると、「夲」と言う字は「人」と「十」を組み合わせて作ったものと見る事ができます。

 

「人」と「十」を組み合わせとなると、歴史上の有名人は二人しかいません。

 

十戒のモーセと、十字架のイエスです。

 

イエスは、モーセに十戒を授けたのは私であると指摘しているから、イエス1人に集約できます。

 

人々に十戒を授け、贖罪の子羊として十字架に架かったイエスと言う解釈が、「夲」と言う字から出てきます。

 

さらには、イエスは光の象徴であり、太陽に準えられるお方なので、「日ノ本の国」は「真のイエスの道に随う国」と読み替えることもできます。

 

日本の民俗宗教は神道だが、随神(かんながら)の道をその名の解釈としています。

神に付き随う事を求めるのが、神道なのです。

 

聖書では、神に随う人々は神の子羊と表現されるが、求められている心は「幼子のように神を慕う心」です。

 

面白いのは、日本には童児祭祀の風習が各地に伝わっているのです。

 

これは、「七歳までは神のうち」と言う考えによるものとみられるが、明治期以前の日本人の生命観では「七つまでの子供」は「神の子」とされていました。

「七つまでの子供」は、「この世」と「あの世(黄泉)」の中間のどちらかというと「あの世」の所属、つまり「神の世」の所属と見られていたことになり、神の臨在または神の依り代として、祭祀に加わっていたと言う訳ですね。

童児祭祀に参加することは、神とともに祭祀に加わることであるとともに、幼子のように神を慕うものであると神に認めて戴くことでも、あったのです。

随神は、同じ音の惟神にも通じるが、惟(ゆい)とは「思う」とか「はい(承諾の返事)」と言う意味です。

惟の実践とは、よく考えながらよく随う、となるでしょう。

イエスは、「蛇のように賢く、鳩のように素直に 」と求めています。

まさにその実践は、惟神の一言で表わせるわけです。

そうなると、神道の実践とは、「幼子のように神を慕う心」で神を思いながらも、「蛇のように賢く、鳩のように素直に 」神に付き随う事となり、キリスト教の実践の心得そのものずばりとなってしまいます。


日本には至る所で聖書を連想できる風習や文化が残り、大災害でさえパニックにならずにお互いを思いやる行動で世界を驚かせた側面があります。

そう言えば、聖書には麦と毒麦の譬えもあります。

抜いて焼かれる毒麦ではなく、豊かに実る麦のようになりなさいと言うことです。

本には、草木の根や茎、植物という意味もある事を思えば、なんとも妙な気分になります。

日本と言う国名と、神道と言う民族宗教を考えてみたら、キリスト教にまで行きついてしまいました。

なんとも、日本とは不思議な国です。

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日本にとって天皇制はどういう意味を持つか。

天皇制については、古代から続く前世紀の遺物と見る人も多いです。

 

確かに古代から続くシステムには違いないが、アジアの多くの国が古代のリフレインから抜け出せなかったのに、なぜ日本は違ったのかと言うことです。

 

多くのアジア諸国の王との決定的な差は、天皇はいわば日本版教皇ともいうべき立場であったことなのです。

 

祭政一致的な国家の最高権力と言うなら、アジア諸国の王の多くはそうでした。

 

だが日本の天皇との決定的な差は、天皇が教皇的な最高祭司に祀り上げられてしまったことなのです。

 

教皇的な最高祭司に祀り上げられた結果、天皇は執権の任命権者として君臨、時代の変化に応じた執権を自在に任命できたのでした。

 

執権のおおもとの意味は、政務を執行する者と言うことです。

 

執権は歴史的な用語として知られているが、ここでは一番基本的な意味で用います。

 

余談ですが、キリスト教世界の教皇は近代国家成立以降国家の執権に当たる人々を認証する役目から外れてしまったが、日本の天皇は今でも総理大臣や内閣の認証を形式的な儀式だけになってしまったとはいえ続けています。

 

これは、天皇が日本国成立の時から日本の中心として君臨し続けてきたのに対して、教皇はヨーロッパ諸国がキリスト教化したことによって精神世界の頂点に位置付けられたことやキリスト教世界が東方正教会やカソリックやプロテスタントに分裂したことと、おそらく無関係ではないでしょう。

 

本題に戻ります。

 

多くの国々の場合、権力の交代は国全体のリセットとなってしまい国家建設の成果の蓄積は事実上できませんでした。

 

日本は天皇制が維持できたおかげで、国家の一貫性が保たれ、国家建設の成果の蓄積が可能となったのです。

 

これは、天皇制の好き嫌いに無関係に認めざるを得ない事実なのです。

 

天皇制が日本史の展開の上で果たしてきた役割の大きさを思うとき、天皇制の廃止はすなわち、事実上の日本史の断絶となるでしょう。

 

果たしてそれが、日本にとって吉と出るか凶と出るかは誰にもわかりません。

 

ただ、天皇制の廃止をすることになれば日本史を貫いてきた大黒柱を失うことは紛れもない事実と言えるでしょう。

 

日本がもしも天皇制の廃止に踏み切った場合、代わりとなる国家の大黒柱を確固として打ち立てていく事ができるのかが、問われる事態となるかもしれません。

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古代エジプトと古代南米は日本を絡めると繋がりが見える?!

古代エジプトと古代南米には、ピラミッドとミイラという文化の共通点が知られています。

 

奇妙なことに、カフェインがこの共通点に加えられそうになっているというのです。

 

だが、カフェインと言う共通点が見つかったにもかかわらず古代エジプトと古代南米には、これまで一切、文化や文物の交流の痕跡は見つかっていないというのです。

 

カフェインは、ミイラ、それも、専門家が本物と認定したミイラの皮膚や髪の毛から検出された以上、生前の摂取以外原因を見いだすことは不可能なのです。

 

ミイラが発掘された当時のずさんな管理や、横行した偽物に原因を求める試みはことごとく否定されたというのです。

 

多くの研究者は、納得できる理由をいつになったら見出せるのか、今の時点では見通しを立てられないでいると言います。

 

ところが、アメリカで奇妙な文献が見つかっています。

 

神の導きによって奇跡的に見出された書であると主張されている、モルモン書がそれです。

 

ここには、出エジプト記に記された民であるイスラエルの民の一部が、アメリカ大陸に渡ったと記され、この書は彼らのたどった歴史をほぼリアルタイムで記されていると、主張されています。

 

実はアメリカには、現在のイリノイ州セントルイス近郊にあたるミシシッピ川の氾濫原カホキアに興味ひかれる遺跡があるのです。

 

カホキアをある考古学者は,宗教が社会のあらゆる面に浸透していたように思われるところから「北アメリカのエルサレム」と称したそうです。

 

別の文献は,「最盛期(西暦10001150)に,カホキアは高度に中央集権化した神権政治の本拠地であった」と述べているといいます。

 

カホキア人にとって宗教と社会が不可分のものであったことを示す、人工遺物も発見されたそうです。

 

このカホキアは洪水で滅んだとみられているが、このカホキアの最期を生々しく描いたと思いたくなるような記述があるのです。

 

それを記している書が、モルモン書です。

 

このモルモン書には、何度かの船出のあと消息を絶った人々の記録もあるが、ヨーロッパやアフリカに彼らの足跡を見いだすことはできていません。

 

一方、日本先住民とアメリカ先住民には以前から繋がりが指摘されています。

そして、遺伝子でも繋がりの強さが裏付けられたのです。

 

さらに、北米やメキシコで古代日本人とみられる人骨も見つかり、南米からは縄文土器や古代エジプト土器との強い類似性が指摘される土器も発見されています。

 

そして、日本は古代中東の遺伝が多く残る地域の一つであり、先住民とみられる縄文人の段階にもその原因は求められているが、縄文人は環太平洋文化圏を営んでいた可能性があるのです。

 

しかも、縄文人の血を引くとみられるアイヌの生活文物に古代イスラエルとの類似が指摘されるのです。

 

そして、日本人の足の多くにエジプトタイプが見られ、味の好みもエジプトに似ているうえに、神道は太陽神を中心に三神構造の神々の世界が動物を含んで展開している点で古代エジプトにそっくりなのです。

 

傍証でしかないと言えば、その通りです。

 

だが、ここまで、古代南米と古代エジプトの繋がりを示すとしか思えない事実が日本を交えると見えてくるというのが、なんとも面白いですね。

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日本にもシヴァ崇拝が息づいている?

「諏訪神社七つの謎 古代史の扉を開く」皆神山すさ著。

今読んでいる本の一部だけれど、気になった箇所がいくつかあります。

 

たとえば、ここです。

 

国史大系本では「大神社」を「オホムハノ」と訓み、『神名帳考証』では「ヲホムハノ」、九条家本、武田本では「オホノ」と訓をつけている。

 

「ノ」は後に続く「ヤシロ」との接続詞とみれば、「大神」の訓は「オホムハ」「ヲホムハ」「オホ」ということになります。

 

さらに「ハ」は「オホ」についてないところから、丸唇で発音したために聞こえてしまったおまけの音が名前の一部と勘違いされて定着したとみて良いでしょう。

 

そうなると、「大神」の訓は「オホム」「ヲホム」「オホ」ということになります。

 

「オホ」で「ム」が欠落しているのは閉口音であるために聞き取りにくいためとみれば、もとは「オホム」であったものがどこかで、あるいは過去の段階で、転化したとみなせるでしょう。

 

つまり「大神」の訓は「大神」の訓は「オホム」「ヲホム」ということになります。

 

「オホム」「ヲホム」「オホ」とは何でしょう。

 

よく似た音に、ヨガで唱えるマントラ『オーム(OM)』があります。

オームという言葉は、インドでは聖なる音として崇拝されています。

言霊には霊的な力が宿るといわれるように、ヨガでは最も神聖なマントラ(呪文)が、このオームとされています。

オームとは、宇宙の始まりの音とされているのです。

 

オームはもともと、仏教の「唵」、キリスト教の「アーメン」という言葉と同じものを指しているという説もあるようです。

「阿吽(あ・うん)の呼吸」もオームからきていると言う説もあります。

 

オームという音はアルファベットにすると、「a」・「u」・「m」に分けられ、ヨガでは維持・破壊・創造を象徴していると考えられています。

維持・破壊・創造を象徴している神と言えばシヴァです。

ヒンズーでは創造神ブラフマー、維持神ヴィシュヌに対してシヴァ神は破壊神ではないかと思う方もいると思うが、バラモン教では神々の上に立つ最高神とされ、「自らを創造したもの(スヴァヤンブー)」「生類の王(プラジャーパティ)」と呼ばれます。

創造神ブラフマー、維持神ヴィシュヌ、破壊神シヴァの三位一体崇拝とよく言われるが、実際は三神による一神界をシヴァが代表する形と見た方が実態に合っているように見えます。

 

シヴァは大黒天に転じ、大黒天は大国主命と神仏習合して出来た神道の神ともなりました。

大国主といえば、大神神社の祭神で大己貴神や大物主とも習合されている神です。

 

三輪山の神のエピソードの中に蛇が登場するが、シヴァにも蛇は欠かせない存在となっていて、ここでも重なり合います。

 

日本にシヴァ信仰をもたらした一団が来たのでしょうか。

 

そういえば、日本語とインドの一方言であるドラビダ語との繋がりが指摘されたこともあるし、インドはペルシャとの繋がりがあるが、日本には中東やインドを連想できる顔の人も結構いるし、日本建国には多くのイラン人が参加しています。

 

インドの神々も元を辿れば、その多くは中東の神であり、日本に多くの古代中東の遺伝子が残る事を思えば、日本は古代中東の神々を今でも崇拝していることと合わせ、非常に面白い国ということになりそうです。

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高御座をどうみる?

京都御所には、天皇が即位に使う玉座である高御座があります。

金で飾られた造形で、八角形が特色です。

八は四方八方の八で、世界を表現すると思われがちだが、それだけではないのです。

八は一桁では最大の偶数だが、偶数は陰陽では陰に配されて霊の世界の象徴でもあります。

つまり、八は霊の最高位としての神の象徴でもあるわけです。

高御座は移動可能であり、言ってみれば移動可能な神殿である神輿なのです。

高御座の移動は、神の移動に他ならないといえましょう。

天皇の座す場所は赤く縁どられるが、赤は陰陽では地に配されます。

柱は貝の象嵌で飾られ内側の真珠質の輝きで彩られるが、貝は海に通じ水は陰陽では天に配されます。

高御座の屋根には、徳の高い支配が行われると現れるとされる鳳凰が飾られています。

高御座は、地上における神の声として、天皇が即位することを内外に宣明する場所であるとその形で示しているといえましょう。

地上における神の声とは、天皇が預言者であることを示しているということでしょう。

だが、日ユ同祖論だの、カッバーラだの、振りかざす人たちの手にかかれば、高御座の解釈はこうなってしまうのです。

のっけから、八はヤーを表し、ヤーとはヤハウエのことだとなるわけです。

さらに、鳳凰はケルビムに準えられ、移動可能な高御座は移動神殿であるがケルビムの載るアークもまた移動可能な神殿であります。

高御座の周囲は、アークほどではないにしても、金で覆われているのです。

ケルビムに準えられる鳳凰の載る高御座は、まさしく、アークなのでしょうか。

アークは神の声である十戒石を収めるが、石は神の国の礎の象徴でもあります。

高御座に座す天皇は、地上における神の国の礎の象徴でもあるとなるでしょう。

聖書には、「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。」(ヨハネによる福音書1章1節2節)とあります。

言(ことば)はイエスを表し、天皇は地上における最高位の預言者、すなわち、イエスに準ずる位置付けの預言者となるわけです。

かつてザビエルは、大日をイエスの訳として用いようとして慌てて撤回しました。

それは、大日は皇祖神アマテラスと同位の神であり、地上におけるイエスの代理の最高位としての天皇を認めることになってバチカンにいる教皇の立場がなくなってしまうからです。

だが皮肉にも、高御座は、まさしく、地上におけるイエスの代理の最高位としての天皇の象徴でもあると言ってるように解釈できてしまいます。

これをどう受け止めるかは、あなた次第ですけどね。

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日本の太鼓はどこまで響く?

日本の太鼓は、神との交流や臨在と深くかかわっています。

それは、ネイティブアメリカンも共通だと言います。

以前から、日本先住民とアメリカ先住民はともに古モンゴロイドであると言われてきたから、驚くには値しないと言う人も多いかもしれないです。

近年、遺伝子レベルでもアメリカ先住民であるインカやマヤと日本との繋がりが証明されるようになってきたです。

さらに、バルビディアからは縄文土器そっくりと指摘される土器も出土しています。

バルビディアの土器については、エジプトの影響を指摘する声もあるが、日本には古代中東の遺伝子もあれば、国民の7割の足はエジプトタイプと言われています。

食の好みも日本とエジプトは近いし、太陽神を中心とした三神構造の動物神を含む八百万の神々が古代エジプトの神殿と似た構造の神社に祭られています。

前方に二本柱の立つ拝殿と本殿の分かれる構造を共有する神祀りの社殿は、日本と古代のエジプトとイスラエルで共通です。

増田義郎吉村作治共著『インカとエジプト』では、インカとエジプトにはもちろん相違点もあるとしながらも多くの共通点を指摘しています。

ちなみに同書では、マヤとメソポタミアとの共通点にも注目しています。

そういえば、ギザのスフィンクスにまつわる神殿跡地にも大ピラミッドの大回廊にも、そして古代アメリカの神域にも階段状のアーチ構造が見られることも共通です。

それはさておき、アメリカからは、ケネウィックやメキシコから日本人の骨が出てきてるのです。

例えばケネウィックはアイヌに似た骨にフランスとスペインの様式の鏃が刺さっていたのです。

 日本先住民とアメリカ先住民の繋がりは、骨・遺伝子・土器の他に宗教にも見られると言うわけですね。

日本とアメリカ先住民と言えば、興味深いのは色と方位を結びつける思想もまた、共有しています。

日本で色と方位と言えば陰陽道を思い浮かべるが、古代アメリカに陰陽道は伝わっていないはずです。

にもかかわらず、共通なのは興味惹かれるが、面白いことにケネウィックの古代人骨は当初イギリス人と勘違いされていたわけです。

似ていた人物は、イギリスの中でもケルトが多い地域の出身者です。

ケルトにも、方位と色を結びつける思想など陰陽とよく似た発想があると指摘されることがあるのです。

ケルトと言えば、武士道との類似を指摘されることもあるのです。

 日本とイギリス、緑茶と紅茶、武士道と騎士道、妖怪と妖精など、似ている点を面白がる人も多いが、背後にはケルトが関係してる可能性もあり得るってことです。

日本とアメリカ先住民は、ケルトで繋がるのか、さらに情報収集の必要はありそうです。

日本先住民であるアイヌと琉球については、アイヌには生活文物に古代イスラエルとの類似が、琉球には文化と聖書の類似が、指摘されるのです。

 アメリカでも、カホキア遺跡で聖書との類似が、指摘され始めているでしょ。

聖書では、特に旧約聖書で、神の臨在と雷鳴に関する記述は多いです。

面白いのは、神の雲の移動に従って幕屋が移動したことです。

日本の神社の注連縄には下がりと紙垂が下がり、それぞれ、雲と雨と雷光と見られていて、参拝者は鈴を鳴らすのです。

つまり、雲と雨と雷光と雷鳴が日本の神社には揃うことになるのです。

 太鼓は、神との交流であるとともに、神の臨在でもあるのよね。

太鼓は雷神とも結びつくように、雷鳴の象徴でもあるのです。

そして、日本には日ユ同祖論があり、秦氏とクリスチャンを結びつける議論を展開する人も少なくないです。

 その日本と、アメリカ先住民は神との交流や神の臨在の象徴としての、太鼓を共有…。

そして、古代イスラエル人の一派がアメリカに渡ったと主張するモルモン書がでたと主張する宗派まで、アメリカから出てきたのです。

思いつくままに語ってきたら、アメリカと日本が古代イスラエルで繋がると言う、落ちになってしまったのです。

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泣き相撲

普段は、氏神さまの境内で村の若者が豊作を祈願して草相撲として行われる宮相撲が毎年行われていました。

やがて職業相撲集団となり、四股名を付けることも生まれました。
かつては山や川にちなんだ四股名が多かったのは、生命力を励ます行事だからです。
もともとは男子のものであった子供の相撲としては、小中学生による草相撲もあります。
少年は、五行では滅びと生成を司り循環促す土気です。
大地の生産力を励ます意図があったものですが。
 神の嬰児イエスが下敷きにあるのでしょうかね。
草は草冠、日、十字で、草冠は元は並び立つ三叉で描かれ陰陽の生命の樹、日は太陽、十字は生命を育む太陽の光で、転じて生命力を表します。
一応相撲の起源は古く紀元前、垂仁天皇の御代に大和の国において当麻蹴速と野見宿禰が力競いをし、野見宿禰が勝ち、後の世に相撲の神と仰がれます。
また平安時代には宮廷で相撲節会が行われるようになり、五穀豊穣を祈る儀式ともなりました。
 国家安泰も併せて祈願されたようですね。
時代が下がって武家の時代になると、大名が力士を集め上覧相撲を行いました。
江戸時代には社寺の建立のため、寺社奉行の許可を受けて勧進相撲としての興行相撲が行われました。
勧進相撲は、正保2年6月(1645)京都の、下鴨神社の名で知られる賀茂御祖神社に関係のある糺森においておこなわれた、公許勧進相撲(京都勧進相撲)になりそうですね。
ちなみに、一般に蚕ノ社と呼ばれる木島坐天照御魂神社に元糺森があり、この社は三柱鳥居が有名です。
それに対して今のような泣き相撲は、宝永年間あたりまでしか、さかのぼれないようですね。
あるいは、起源はもっと古いものもあるかも知れませんけど。
と言いますのも、幼児が赤いふんどしを締めて、各々行事役の氏子総代に抱かれて土俵の上で一勝一敗になるように土俵の土をつけてもらい、子供の健康を祈願するとされる行事があります。
これが、土に付けられた子供がたいてい泣き出すところから、『泣き相撲』として親しまれている行事の元祖のようです。
赤いふんどしは火気、男子の子供は土気で、相生関係の火生土が前提にありそうですので、おそらくは男子が主に土俵に上がったかも。
 まあ、人自体も土気ですので、女子も可なんでしょうか。
実際、女子の参加する泣き相撲もありますね。
古来からかどうかは、情報の欲しいところですけど。
 ここには、人は土から出来たと言う、聖書の記述とともに、滅びと生成の太陽神の子孫とする古事記の反映もあるのでしょうね。
現在各地の神社には、古来から泣く子は育つとの意味に因んだとして、泣きすもうが行われています。
 でも、元は土に付けていたと言う伝承も古いとこには見えます。
今ではたいてい、役員氏子がまわし姿の力士に扮し、東西の土俵から幼児同志を抱きかかえ掛け声と共に、頭上高く振り上げて取組ませ、先に泣いたほうを勝とする行事になっています。
笑いが火なのに対し、泣きは水と思われます。
水は北に当たります。
でも火のついたように泣くというように、激しい泣きは火、つまり南に当たります。
北を正面、南を向う正面とし、東西の力士が対戦する、土俵の作りが反映され、少年は、五行では滅びと生成を司り循環促す土にあたりますから、大地の生産力を励ます意図が見て取れます。
農業に欠かせない水に困らないようにとの呪術でもあったので、泣き相撲には泣くと勝ちのところが多いのです。
水の多過ぎも困るので、ところによっては泣くと負けのところもあるようですけど。  
でも、どうも、この形になったのは、どうも宝永の頃みたいですね。
ここでも、泣きの水もまた禊の水、火は聖霊による禊に通じるのです。
 さて、泣き相撲で涙とくると、涙を流す慈悲の神イエスが連想されますねえ。
 涙の神の像がないと思ったら、こんな形で祭られていたのですかね。
さすが、偶像崇拝を禁じた教義もシンボルまでは。
 泣き相撲の原型が赤ふんどしの幼子を土に付けるものであったことは、義の太陽神イエスこそ、人類の親であると宣言しているのに等しいでしょ。
それは、考えすぎでは。

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改めて神道の名前を考えてみた。

神道には、太陽神天照を頂点とする八百万の神は祀られています。

けれど、一見すると、教義らしきものはないのです。

しかし、それは、外見上のことです。

神道とは、随神(かんながら)の道と言うことです。

随神とは、随(したが)うべきは神である、と言うことです。

 随神の道とは、神に随う事こそ道である、と言うことですね。

神道には、随うことを求め、救いを請われれば気前良く助ける神はいるのです。

 その代わり、助けを求めなければ、当たり前だが救いはない。

神道の神は助けを求めてくれる人を、助けるわけです。

 神は、助けを求められれば、誰であれ助けてくれる。

信者以外助けないという、小さなことは言わないわけです。

だが、得られる救いの量と質は、神に対する信頼と感謝の大きさに応じて、決まるでしょうね。

 祈りながら、考え、行動すればするほど、救いは大きくなる。

全て神に丸投げで、自分で考えようとも行動しようとも、しない人はもちろん論外ですよ。

 それって、自分の正しいと思うようにして良いが、後て採点するのは神であることを忘れるなと言うこと。

 教義の有無を除けば、聖書の教えと神道はそっくりですね。

聖書の神も、無条件に随うことを求めています。

しるしを見たから信ずるというのか、見ずに信ずる者は幸いである、神の国はその人のものだと、聖書にはあります。

神道に、自分の正しいと思うようにして良いが、後て採点するのは神であることを忘れるな、なんて教えがあるか疑う人に訊ねたいですね。

神道は、神仏混交で、仏教を借りて教義を体系化してきたのですよ。

 閻魔帳と言うのが、ありますね。

人々の、何を考え、どう行動してきたかの記録は、一切合財、閻魔帳に記され死後に裁かれるわけでしょ。

 そして仏教には、縁無き衆生は度し難しと言う考えがある。

これは、イエスが繰り返し述べている、あなたの信仰があなたを救ったと同じ意味ですよ。

 旧約にも、神の教えに従わず逆らった時のイスラエルが困難に陥って悔い改めるたびごとに、救われる話が載ってますね。

新約でイエスや12使徒は殉教してるではないか、と疑問を言う人は居るでしょうね。

 イエスや12使徒の殉教は、贖罪の仔羊として自らを奉げる行為であった。

そういうことでしょう。

同時に神に逆らう人は、罪に定められる道を自ら選んでしまったことになるでしょうね。

 信仰をしている人でも、困難に苦労してる人は居ますよ。

創世記に、我々に似せて人を作ろう、とあるでしょ。

だが、人はアダムとイブの背きによって堕落し、姿だけが似たものになってしまったわけです。

 神は、アダムとイブに、自らの似姿になって欲しいと願ったわけですよね。

姿だけ似れば良いと思って、神は人を作られたわけではなく、考えや行動まで似て欲しかったわけでしょうね。

地上を自分たちに代わって治めるものとして、神は人を作りエデンの園に配したわけです。

 人がしている苦労とは、足りないところに気が付いて、より完全に近づいて欲しいと神が出した宿題みたいなもの…。

聖書には、あなたの弱さが強さに変わると、説かれています。

 それには、神の出された宿題である困難を、神に答えを祈り求める必要がある。

自分の思いより、神の考えを優先すればするほど、困難を乗り換えた時、強く賢くなっていると言うことでしょうね。

 困難にあって、自分は神を信じてきたはずなのに、神は助けてくれないのかと思ってはいけない…。

むしろ逆に、神に付き随ってきたからこそ、どれだけ学べ何が学べてないかを、自覚する機会として宿題を与えてくださったのだと感謝して欲しいと、神は思っているのでしょうね。

 神頼みって本当に効くと、助けてもらえたことに、素直に驚き喜び感謝することは、大事だが最低限だと…。

神のささやくような、けれども、はっきりとした導きの声にどれだけ気付けるようになるかが、問われているのかも知れませんよ。

 神に随う道って、見失わないように進むのは、意外と難しい…。

だから、神を見失うなと聖書にはあるし、仏教も縁無き衆生は度し難しと、あるのでしょうね。

 神道は、たんなる仏教側の打算で混淆されたわけではなく、神道側も隠されている教義を表に出すために仏教をしたたかに利用していた…。

その結果が、聖書と似てしまったというのは、面白いですね。

 こんなところが、日ユ同祖論が言われる理由になってる…。

そうなのでしょうね。

追記

この記事の続編に当たります。

神道と聖書を比べてみると。

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現人神。

天皇は日本の神々の末裔というのは、神道にとっては単なる神話や伝説ではありません。

今でも歴史なのです。

つまり、神道から見れば、今でも天皇は現人神なのです。

日本の宮殿には、バルコニーに当たる構造がありません。

天皇が、民衆に直に語りかけてこなかったからです。

今でこそ、天皇は民衆の傍に寄り添って声をかけることも、メディアから語りかけることもあるが、国民あっての天皇という位置付けだからです。

天皇は、王ではありません。

 天皇は、祭祀を掌る神官の長という点では、むしろ教皇に近い。

だが、教皇なら、民衆の前に出ることもあります。

天皇は、単なる教皇ではありません。

天皇は、現人神なのです。

天皇が皇祖神の子孫という位置付けは、人間宣言の後も変わらないのです。

変わる必要がありません。

現人神、つまり、人として現れた神であって、人であることは事実だからです。

天皇制の構造は、神社の構造に相似しています。

神社は、神祀りの本殿と礼拝の拝殿から成っています。

天皇の姿を直に拝することができるのは、限られた人々だけ。

戦後、皇室は国民に開かれたことにはなっているが、基本的なところは、実は変わっていません。

これはまさに、神社の本殿にあたります。

天皇の本質は最高祭司だが、その行事が公開されることはありません。

現在の天皇は、昭和天皇の人間宣言を踏襲しています。

だが、人間宣言は現人神と実は矛盾していません。

現人神とは、人として現れた神、つまり人間なのです。

 少なくとも、神の依り代であり、人間神輿と言って良い。

天皇は歩く神社であり、天皇のいるところはことごとく境内となります。

 聖書は人々に、あなた方は神の宮であるとも神殿であるとも、語りかけるが天皇はまさにその典型と言って良い。

天皇の本質である神は、人間宣言によって微塵も損なわれません。

いわゆる人間宣言と言われるのは、新日本建設に関する詔書の一部です。

朕ト爾等国民トノ間ノ紐帯ハ、終始相互ノ信頼ト敬愛トニ依リテ結バレ、単ナル神話ト伝説トニ依リテ生ゼルモノニ非ズ。

天皇ヲ以テ現御神トシ、且日本国民ヲ以テ他ノ民族ニ優越セル民族ニシテ、延テ世界ヲ支配スベキ運命ヲ有ストノ架空ナル観念ニ基クモノニモ非ズ…。

人間宣言といわれるなかに、朕ト爾等国民トノ間ノ紐帯単ナル神話ト伝説トニ依らないとあります。

また、天皇ヲ以テ現御神トすることに架空ナル観念ニ基クモノニモ非ズとあります。

神話ト伝説ト架空ナル観念に依らないと言っているので、事実ではないと、一言も触れてはいません。

つまり、天皇は今も現人神なのです。

イエスも神の子と呼ばれることを否定し人の子を名乗り続けたが、現人神に変わりありません。

面白いことに、きわめて似た構図です。

現人神の思想は、古くはエジプトのファラオ、さらにはスメルにまで遡ります。

日本に、古代中東の遺伝子があります。

スメラミコトと呼ばれるので、スメル渡来説があります。

中東の古代遺跡には、菊花紋そっくりの紋章があります。

この紋章はいまでも、古代からの王家の紋章だと言って誇らしげに掲げる人がいます。

神話の構造が、太陽神を中心にした三神構造で、動物神を含む八百万の神なのは古代エジプトに似ています。

女神とされる天照には、男神である天照国照彦天火明奇櫛甕玉饒速日命がもともとの祭神だったという議論があるのです。

 これらのことを重ね合わせると、天皇が現人神とされることは非常に興味深い。

日本は、古代中東の文化が、数千年の時間を超えて引き継がれている国なのです。

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