イスラエル・ユダヤ

陰陽だけで説明していいですか。

七支刀も蛇行剣も祭祀に使われたのは明らかだけど、問題はどういう理由が考えられるかだ。
恐らく、陰陽思想が関係あるだろうがそれだけではない。
七支刀の七は、まず思い浮かぶのが北斗七星だ。
北斗七星は中国で「天帝の乗る車であり、四方を司る神」とされそこから発展して、北斗七星は人々の長寿や豊かさを司ると考えられた。
陰陽道でもその考えを取り入れ、「属星祭」という祭として北斗七星に対する信仰が行われるようになる。
蛇行剣は、蛇をその長さから息や声の象徴としてとらえて神の言葉を地上におろす儀式に使われたのかもしれない。
陰陽が表の顔とすれば、裏の顔がカッバーラとの関わりだ。
七支刀はその形からメノラーの変形の可能性があるし、蛇行剣も聖書の癒しの青銅の蛇と関わりを疑ってもいいかもしれない。
何しろ日本の文化は一皮むけば、聖書を連想出来るものがいろいろあるという指摘もある。
イスラエルで失われた十支族を探している組織があるが、シルクロードに沿って分布しているという。
その東の端に、日本がある。
失われた十支族の大半が、日本にきたかもしれないという声もある。
あなたはどう見るか。

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猫は侮れません。

今回は、ちょっと寄り道です。
興味のある方だけ、どうぞ。
欧米で猫をイエスのメタファーと見る文化があるのを、ご存知でしょうか。
Jesus cat で検索すると結構色々出てきます。
メタファーとは、あるものの性質を丸ごと使って例える事です。
古代エジプトで猫は、様々な形で最高神とされた太陽神ラーと結び付けられました。
聖書の神エロヒムのヘブライ語の綴りはアラーとも読めますが、コーランではアラーは唯一神とされます。
これ、偶然でしょうか。
ちなみにイスラム圏で猫は大事にされるが、ムハンマドが大のネコ好きだっだからだそうです。
それはさておき、聖書での犬に関する記述は芳しくないものが多いのにお気付きでしょうか。
イエスのメタファーが猫なら、御父は親猫って事になりませんか。
そう思って読むと、なるほどねと妙に頷きそうになります。
口語訳聖書を使っている皆さんは知らないでしょうけど、聖書協会から出ている共同訳や新共同訳には旧約聖書続編として「エレミヤの手紙」が収録されています。
その中で猫は、「猫さえ」「猫まで」と記されます。
事態の及ぶ範囲がある限界にまで達することを表すのが、「さえ」や「まで」です。
偶像崇拝の場に様々な動物が登場しますが、その最高位として猫が現れるのです。
旧約聖書続編扱いという事は、この文章の時点ではイエスはまだ明かされていないでしょうから「神の言葉としての」つまり預言者としてのイエスのメタファーとなるでしょう。
もちろん、このイエスの代理に成りすました猫は偽預言者となるでしょうが最高位の預言者の成りすましである点に注目です。
黙示録には獣とありますが、その獣はイエスに匹敵する大預言者に成りすましたとんでもない輩です。
エレミヤの手紙に出てくる獣は皆、メタファーです。
黙示録の偶像崇拝の場面は、ひょっとしたらこんな光景なんでしょうか。
お暇な方や、興味のある方は、図書館やネットで「エレミヤの手紙」読んでみてください。
短いので、すぐ読めます。

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興福寺の阿修羅像とキリスト教?

私は時折、キリスト教の教えと仏教の類似を面白く思います。
日本に伝わった大乗仏教の成立にキリスト教の影響があるだけではなく、仏教そのもの教えにキリスト教との類似を感じるのです。
それはさておき、興福寺で阿修羅像が収められていた西金堂に込められたメッセージが気になるのです。
興福寺の仏像の配置を知る手掛かりとして、曼荼羅図が残されていると言います。
その曼陀羅図をよく見ると、御仏の真正面で婆羅門の鳴らす金鼓(こんく)は御仏の教えを説く声の象徴だが、それを聞く十大弟子や八部衆は懺悔の表情を浮かべ、向かって左奥の阿修羅に至るのです。
その阿修羅の三つの顔は、十大弟子や八部衆の表情の正に集大成と言えるでしょう。
この阿修羅の三つの表情は、十大弟子や八部衆の懺悔の表情のアルファにしてオメガなのです。
この諸仏の像を作らせた光明皇后は、施薬院や悲田院さらには薬草の湯気で人々を癒す一種のサウナを作ったお方でもあります。
阿修羅は戦いの神とされるが、その阿修羅に人々の内面的な葛藤の表現を演じさせた光明皇后。
イスラムのジハードには、現世の戦いである小ジハードと内面の戦いである大ジハードがあります。
そしてイスラムもまた、聖書による宗派なのです。
ユダヤ教徒やキリスト教徒は、あまりジハードの教えが聖書に込められていると気が付いていないのではないでしょうか。
興福寺の阿修羅の表情の謎は、ジハードを知らない人には戸惑うでしょうが、光明皇后は明らかにジハードの思想を知っていたのかもしれないのです。
光明皇后は聖武天皇の后で、二人には東方キリスト教の影響が指摘されます。
光明皇后がこれら諸仏を西金堂に納めた動機には諸説あるが、まさか聖書の教えへの信仰告白なんてことはないでしょうね。
日本史とキリスト教には意外と繋がりがあるのかもしれない、そんな気になります。

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徐福は一体何しに日本へ来たのか。

卑弥呼の国である邪馬台国は”yamatai”と一般に呼ばれるが、当時の日本語は二重母音であり発音は曖昧だったのです。

旧仮名遣いを読むと感じるのは、ワ行母音の方が発音しやすいと言う事実です。

卑弥呼の時代には、日本語の発音はワ行母音であったと考えられるのです。

邪馬台国は”yamatou"と発音されていたはずで、中国人は自分の言いやすいように”yamatai"と言い換えた可能性があるのです。

”yamatou"、すなわち”ヤマトウ”はヘブル語で「ヤハウェの民」を意味している言葉です。

ここで興味深いのは日本には古代中東の遺伝子があるばかりか、アイヌの生活文物が古代イスラエルの物に似ていて、沖縄の文化も聖書似ていて、更には、古事記や日本書紀の神代七代についても聖書の天地創造の七日を連想できると指摘される事です。

その日本に、ヘブル語で「ヤハウェの民」を意味する「ヤマトウ国」があるのです。

しかも卑弥呼は鬼道の使い手とされるが、卑弥呼の時代とは中国では神武天皇になったという説の出ている徐福が日本に来た頃と重なります。

徐福は方士、今日でいうところの陰陽の使い手なのです。

卑弥呼の鬼道とは隠れた力を呪術によって使いこなす術とみていいので、実質的に陰陽と言っても差し支えないのです。

徐福は卑弥呼の背後で、鬼道を指導している可能性があるのです。

ところが陰陽とは、ユダヤ教神秘主義のカッバーラとそっくりなのです。

となると、徐福は大勢の人を引き連れてヤハウェの民の国であるヤマトウに亡命したカッバーラの使い手となるでしょう。

民俗学者吉野裕子は日本の民俗は陰陽で読み解けると、指摘しています。

徐福はヤハウェの民の国ヤマトウに、カッバーラを持ち込んだのでしょうか。

それとも、ヤハウェの民の国ヤマトウにはすでにカッバーラがあると知ったうえで、徐福は亡命したのでしょうか。

日本の神社の原型は山を御神体とするもので古代エジプトのピラミッドコンプレックスとそっくりだと、エジプト学者吉村作治は言います。

狛犬の正体はスフィンクスだとも、吉村作治は断言しているのです。

日本の神話の構造も、太陽神を頂点とし動物を含む神々が三神をなす点が古代エジプトと共通なのです。

徐福は一体日本で何をしようとしたのか、興味がそそられますね。

追記

徐福と卑弥呼についてはこんな記事も書いていました。

卑弥呼の鬼道を考える。 

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神社とアテン神とイエスと…。

日本の神社の原型は、山をご神体とした拝殿とされています。

この構図は確かに吉村作治教授指摘の通り、ピラミッドコンプレックスとよく似ています。

古代エジプトでは、ピラミッドが時代を下って本殿となり偶像崇拝が入り込みました。

日本の神社は、古代エジプトが陥った偶像崇拝を排して原点回帰をしたと言えます。

ピラミッドは、天への階であるとともに天から降り注ぐ光の象徴でもあるのです。

日本の神社にある鏡は、その天から降り注ぐ光の代替品なのです。

神社でなぜ拝殿と本殿の間に階があるか、それは、神社の原型がピラミッドコンプレックスであることを忘れないためです。

 だからこそ階で拝殿と本殿を繋ぎ、本殿に鏡を置いたわけですね。

本殿の正体は、ピラミッドコンプレックスのピラミッドにあると言って良いでしょう。

その証拠に、日本の神話大系は古代エジプトとうり二つの、太陽神を中心とした動物を含む八百万の神々を祀っているのです。

 しかも、古代エジプトと同様に三神構造で祀っている事も似ていますね。

太陽神が女神なのは、女帝合理化のためのすり替えの結果と指摘されています。

しかし、鏡は天から降り注ぐ光の代替品にとどまりません。

なぜ丸でないとならないのか、と言う疑問が残ります。

実は太陽神は、太陽円盤をその象徴としています。

 鏡は太陽円盤をも、表しているのですね。

階は太陽が放つ光の象徴でもあると、指摘しました。

太陽円盤と太陽が放つ光の象徴を、一つに描いた神が存在します。

アテン神です。

神社は、アテンの神殿であることを見せながら隠し、隠しながら見せています。

その証拠に、天皇家の象徴である十六弁菊花紋をあげましょう。

十六弁菊花紋は、古代中東の太陽神紋がその正体なのです。

そしてその太陽神紋は、放射線に囲まれた太陽円盤として描かれています。

アテン神の放つ光は、しばしば神の伸ばした手の姿で描かれています。

それに対して、太陽神紋は放射線です。

だが、注意してください。

アテン神が伸ばしているその手が表しているのは、太陽円盤から降り注ぐ光でもあるのです。

 古代中東の太陽神紋の正体は、アテン神だったということですね。

そのアテン神を、天皇家は象徴としています。

そして天皇家は、日本の神道の最高祭司です。

神社の鏡と階は、当然、アテン神に対応するとみる方が自然なのです。

ピラミッドは、日本の神道では山で代替されたが、山の神は女性とされています。

 なぜでしょうか。

山、そして、ピラミッドは母体の象徴だからです。

神社の姿は母体を表していて、鳥居は足に当たります。

 だから、古い神社の鳥居は二本の柱だけが立っていた。

参道は産道でもあるのです。

茅の輪くぐりは、生まれなおしの儀式なのです。

 でも、新しい神社の鳥居は違いますね。

 古代イスラエルの門に、似ていると言う指摘もあります。

鳥居と言うのは、アラム語で門を意味するとも、言われていますね。

でも、他にも似ているのがあります。

ヘブル文字には、一文字で神を表すものがあります。

一つは勾玉に似ている「ヨッド」、そして、もう一つが「へー」です。

ヘブル文字の「へー」には、鳥居そっくりな書き方があるのです。

「へー」はヤハウェを表す「ヨッド・へー・ヴェブ・へー」の一文字です。

そして、ヤハウェとは、旧約聖書時代のイエスなのです。

 そうなると神社の鳥居は、イエスを表す事になるのですね。

イエスは、私によらないでは神の国へ入れないと語っています。

鳥居は、赤いものが多いですよね。

 白や、まれに黒もあるけど、大抵の場合そうです。

白や黒も、陰陽では霊界の象徴とされる色なので問題ないですけどね。

 赤は、陰陽では地でもあるが、火でもある。

イエスは、火と聖霊で人を清めると言われています。

アテン神と、イエスは、どういう関係なのでしょう。

 アテン神信仰と聖書の教えは、似ていると聞きましたけど。

さらに、調べて見た方が良さそうですね。

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マツアを買ってみました。

新型コロナウイルスの感染防止で自宅にこもることが奨励され、日曜日も時間を持て余しぎみになります。

そう言えばイエスと弟子たちの最後の晩餐は過ぎ越しの祭りの日で、種入れぬパンであるマツアが用いられたはずと思ってどこかで手に入らないかと見れば、教文館に久しぶりの入荷。

自粛要請のために店舗は休業だが、感染防止に注意しながらネット通販はしているというので注文してみたのです。

Matzos

マツアは過ぎ越しの祭りでは重ねてささげられるので鏡餅を見たユダヤ人が日本人も過ぎ越しの祭りをやるのかと早とちりしたこともあると、聞いた覚えがあります。

過ぎ越しの祭りも大晦日もマツアや鏡餅を飾って徹夜で朝を迎える点は、確かに似ています。

過ぎ越しの祭りでは苦菜を食べる風習があるが、日本でも1月7日に七草粥の習慣があるのも面白いですね。

マツアを見ながら、ふと、日ユ同祖論を思い出して愉快な気分になりました。

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琴の起源は?

サルタリーやサルテリー、プサルテリー、プサルタリー、プサルタとも呼ばれるプサルテリウムとは、木箱に24本のピアノ線を張った楽器を指します。

ギリシャ語ではプサルテリオンと呼ばれるこの楽器は、共鳴箱に弦を張った単純な構造しています。

中世ヨーロッパ12~15世紀に各地に普及していたようです。

形は台形や長方形などいろいろあります。

古い絵画を見ると、胸に抱えて指ではじいていたり、膝の上で弾いていたり、弓を使ったりで奏法も様々だったようです。

より大きな音を求められるようになったプサルテリウムはやがて、鍵盤を用いるハープシコード、ハープシコードはさらに打弦楽器のピアノへと姿を変えていくことになります。

プサルテリウムはまた、ハンマーで叩く打弦楽器のダルシマーの仲間達を生み出していきます。

日本語聖書では琴、英語聖書では欽定訳として知られる King James Bibleはプサルタリー(psalteryあるいは複数形psalteries)近年の訳ではハープ(harp)となって、主に詩編でよく登場します。

プサルタリーは一度はすたれた古楽器で、20世紀になって古い音楽演奏のために復活し、今では様々な大きさがあるようです。

プサルタリーは、近代の英訳聖書にあるようにハープと訳されることがあります。

ハープシコードの起源となったことからもわかるように、携帯できる弦楽器としての展開もあります。

竪琴や巨大化した据え置きのハープ、ギターやバンジョーやウクレレの仲間達、琵琶や三線や三味線、バイオリンやチェロ、あるいは馬頭琴や二胡や一弦琴の仲間達など、プサルテリウムの子孫は多様な展開を見せます。

とは言えプサルテリウムの子孫で、おそらくはご先祖様の姿に一番近いのは今日も日本に残る琴の仲間達でしょう。

ではなぜ、プサルテリウムは形は変わったとはいえ日本で今日まで残ったのでしょう。

もちろん琴は分類上はチターとも呼ばれるツィターの仲間なので、外国にも仲間達はいます。

中国の古琴(グーチン)や古筝(グーチェン)、朝鮮の伽耶琴(カヤグム)や玄琴(コムンゴ)や牙筝(アジェン)、ヨーロッパではアルプス特にオーストリアのツィター、フィンランドのカンテレなどです。

朝鮮は日本への伝達ルートとして、残っていても自然でしょうね。

歴史が非情にも消し去る場合もありますけども。

ヨーロッパで面白いのは、山岳地帯に主に残っている事です。

こういう地域は、古い文化が残りやすいからです。

中世文化の置き土産でしょうね。

もっと遡れば、ローマ帝国までいけることでしょう。

となると、プサルテリウムの子孫たちが生き残ってる地域とは、古代中東文化の影響が残っている地域という事でしょうか。

中国や朝鮮や日本の琴の仲間達はツィターの仲間達の中でも、プサルテリウムの原形に近いと言えます。

特に古代中東やギリシャやローマに近い生活様式が残っているのは、日本でしょう。

何しろ明治まで椅子の生活は、不思議な位普及しなかったのです。

朝鮮にまで来ていたにも、関わらずです。

古代ギリシアやローマには、椅子の生活文化は何故かありません。

上層階級に至るまで、ないのです。

もちろん古代のイスラエルやユダにも、ありません。

日本も基本的にはなかったと言えるでしょう。

高御座のような例外はあったとしてもです。

古代イスラエルは遊牧民が作った国家でした。

では、古代ギリシアやローマは、そして、日本は、どうだったのでしょう。

気になるところです。

追記

関連記事です。

チェンバロの起源を考える。

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イスラム法の背景を考えてみた。

イスラム社会はイスラム法を持つが、それは拠点を持った共同体を守る必要があったからなのです。

ユダヤ教に宗教的規範はあっても法がないのは、離散したのでユダヤ人としての連帯はあっても拠点を持った共同体がなかったからです。

キリスト教法学がないのは、救いの教えに徹し教団はあるが共同体がなかったからです。

キリスト教徒の共同体が営まれた時期や地域はあるが、それはむしろ例外なのです。

教団は政治的には中立を保つか、一部地域のように教会が世俗権力と癒着するか、いずれにしてもキリスト教徒自身による共同体は一般化しなかったので、キリスト教法学はできなかったのです。

イスラム法は彼らの社会の置かれた状況を反映して成立したが、聖書やコーランの教えに基づいて作られたのです。

だからイスラム法に基づいて運営されるイスラム社会は、聖書とコーランに比較的忠実な社会なのです。

運用の現実はアラブ社会の慣習によって歪められた部分もあるのは、残念な現実ではあります。

イスラム社会にしばしばみられる問題があるからと、イスラムの教えを誤解しないで欲しいのです。

コーランや聖書の教えと、アラブ社会の旧弊が入り混じったのが現実のイスラム社会なのですからね。

キリスト教社会だって、それぞれの社会の旧弊を少なからず引きずって歪められた側面があります。

キリスト教社会にもその歪められた側面だけ見て、キリスト教を邪教と勘違いしている人達が少なからずいる残念な現実があるのです。

聖典を正しく理解するのは大事だけど、容易ではないのです。

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イスラム法の背景を考えてみた。

イスラム社会はイスラム法を持つが、それは拠点を持った共同体を守る必要があったからなのです。

ユダヤ教に宗教的規範はあっても法がないのは、離散したのでユダヤ人としての連帯はあっても拠点を持った共同体がなかったからです。

キリスト教法学がないのは、救いの教えに徹し教団はあるが共同体がなかったからです。

キリスト教徒の共同体が営まれた時期や地域はあるが、それはむしろ例外なのです。

教団は政治的には中立を保つか、一部地域のように教会が世俗権力と癒着するか、いずれにしてもキリスト教徒自身による共同体は一般化しなかったので、キリスト教法学はできなかったのです。

イスラム法は彼らの社会の置かれた状況を反映して成立したが、聖書やコーランの教えに基づいて作られたのです。

だからイスラム法に基づいて運営されるイスラム社会は、聖書とコーランに比較的忠実な社会なのです。

運用の現実はアラブ社会の慣習によって歪められた部分もあるのは、残念な現実ではあります。

イスラム社会にしばしばみられる問題があるからと、イスラムの教えを誤解しないで欲しいのです。

コーランや聖書の教えと、アラブ社会の旧弊が入り混じったのが現実のイスラム社会なのですからね。

キリスト教社会だって、それぞれの社会の旧弊を少なからず引きずって歪められた側面があります。

キリスト教社会にもその歪められた側面だけ見て、キリスト教を邪教と勘違いしている人達が少なからずいる残念な現実があるのです。

聖典を正しく理解するのは大事だけど、容易ではないのです。

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日本の古墳はマナの壺か。

大王一族の葬られた古墳は大小合わせて複数作られるが、最大なものは三段で堀に囲まれています。

埋葬者が葬られた石室は、後円部にあります。

この形は陰陽で解けるのです。

三段は天人地で、方は地で円は天、水も天、つまり天の頂点に葬られたのです。

前方後円墳には左右に張り出しがあります。

埋葬者の石棺は、張り出しに船で運ばれたのです。

石棺の形は、船を伏せた形式と見えるのです。

周囲にでっぱりはあるが、運搬用に付けられたとみれば納得できるものです。

埋葬者の石棺は、船で古墳に移動したのです。

だが、前方後円墳には張り出しが二つあります。

古墳に着くためのものと古墳からさらに天へ向かうためのものと解釈できるが、壺の取っ手を意識したのだという解釈もあるのです。

古墳は様々な形で作られた、それはなぜかと言うことです。

もし壺としたなら、前方後円墳だけが壺なわけがないニャ。

古墳はすべて壺を模ったのかもしれないのです。

祭祀用の壺の形は多彩です。

もしすべての古墳が壺を意識して模られたとするなら、どうなるでしょう。

歴史上最も有名な壺があります。

聖書のマナの壺です。

日本の古墳、特に前方後円墳はマナの壺を模ったという説があるのです。

確かに偶然にしては似過ぎています。

そこで日ユ同祖論の証拠の一つに、良く挙げられるのです。

実際、日本はユダヤと似ているのです。

ヘブル語と日本語、音と意味が似ている言葉が多いって聞きます。

ヘブル文字とカタカナも、似ていると指摘されます。

神社なんか、古代イスラエルの幕屋や神殿と構造はそっくりです。

ほかにもあるけど、主なものだけでもそれだけあります。

その日本の前方後円墳が、マナの壺に似ているのです。

不思議でしょう。

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