アメリカ

お互いを知ろうとする忍耐と寛容のいる取り組みを馬鹿にして平和が作れるわけがないと気が付く方が良い。

東南アジア諸国は軍事ブロックを解消したばかりか中国も含む対話の枠組みを作りそれなりに維持しているのに対し、ヨーロッパ諸国は軍事ブロックを残しロシアも含む対話の枠組みを作りながら形骸化させてしまったのはなぜだろうか。
考えてみたい。
面白いのは東アジアでは古代に政治的にも経済的にも中華文化圏があったが、ヨーロッパではスラブ文化圏という形はあったが政治的や経済的なロシア文化圏は古代から現代まで一度もなくロシア大国主義との距離を模索する歴史ばかりだったように見える事だ。
そしてスラブ文化圏は、ほぼ東欧圏と重なる。
ロシア大国主義の厄介なところは、ロシア民族はスラブの民族の一部である事、ある意味政治的に切り取られた国土の産物という側面がある事だろう。
ロシア民族とは、輪郭線が非常に曖昧な民族と言える。
そのために周辺諸国と軋轢を生みやすいともいえるが、だから絶え間ない対話でガス抜きがいる。
ロシアとヨーロッパの平和は、絶え間ない相互理解のための対話でしか確保できない。
聞きたい事があれば間髪入れないで質問出来る関係は、絶え間ない対話の場があってこそ可能だ。
軍事的な意図が無いならば、平和的で開放的な施設や設備であると相互の交流を受け入れて示さなければならない。
ロシアから見れば、アメリカとの軍事同盟であるNATOと事実上一体に感じられるEUの拡大は、アメリカの銃が目の前に突き付けられたのと大差ないのだ。
平和を望むなら、ヨーロッパとロシアは対話の場を一切の条件抜きで作るしかない。
誤解を解くための、終わりなき対話の継続だけが平和を作る。
信頼して欲しいなら、疑いを晴らすための努力を惜しまない事しかない。
納得できると言うのは相手の判断であり、自分ではない。
説明は、あなたが信頼できるとわかった疑って悪かったと相手が言うまでやめてはならない。
平和とは、忍耐と寛容の産物なのだ。
一方戦争は、不信と不寛容の産物だ。
そもそも、人と人は過去の歴史も経験も違う以上完全に分かり合えるなんて幻想に過ぎない。
忍耐と寛容で相互の信頼を築き合った関係の中でこそ、平和的な関係は作れる。
国と国も、基本は同じだ。
背景となる歴史も文化も言語も違うから、相互の理解がより難しくなっているだけなのだ。

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猫は侮れません。

今回は、ちょっと寄り道です。
興味のある方だけ、どうぞ。
欧米で猫をイエスのメタファーと見る文化があるのを、ご存知でしょうか。
Jesus cat で検索すると結構色々出てきます。
メタファーとは、あるものの性質を丸ごと使って例える事です。
古代エジプトで猫は、様々な形で最高神とされた太陽神ラーと結び付けられました。
聖書の神エロヒムのヘブライ語の綴りはアラーとも読めますが、コーランではアラーは唯一神とされます。
これ、偶然でしょうか。
ちなみにイスラム圏で猫は大事にされるが、ムハンマドが大のネコ好きだっだからだそうです。
それはさておき、聖書での犬に関する記述は芳しくないものが多いのにお気付きでしょうか。
イエスのメタファーが猫なら、御父は親猫って事になりませんか。
そう思って読むと、なるほどねと妙に頷きそうになります。
口語訳聖書を使っている皆さんは知らないでしょうけど、聖書協会から出ている共同訳や新共同訳には旧約聖書続編として「エレミヤの手紙」が収録されています。
その中で猫は、「猫さえ」「猫まで」と記されます。
事態の及ぶ範囲がある限界にまで達することを表すのが、「さえ」や「まで」です。
偶像崇拝の場に様々な動物が登場しますが、その最高位として猫が現れるのです。
旧約聖書続編扱いという事は、この文章の時点ではイエスはまだ明かされていないでしょうから「神の言葉としての」つまり預言者としてのイエスのメタファーとなるでしょう。
もちろん、このイエスの代理に成りすました猫は偽預言者となるでしょうが最高位の預言者の成りすましである点に注目です。
黙示録には獣とありますが、その獣はイエスに匹敵する大預言者に成りすましたとんでもない輩です。
エレミヤの手紙に出てくる獣は皆、メタファーです。
黙示録の偶像崇拝の場面は、ひょっとしたらこんな光景なんでしょうか。
お暇な方や、興味のある方は、図書館やネットで「エレミヤの手紙」読んでみてください。
短いので、すぐ読めます。

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投票権行使しないのは権利喪失の危険を招く愚かな選択。

歴史から教訓を学ぶも学ばないも、その人の勝手だがその結果はその人の責任です。

権利行使をめぐる争いの原体験は、子どもの頃のおもちゃの奪い合いにあります。

奪い合いに参加しなかった子には、いつまでたっても使う順番は回ってこないのです。

そのおもちゃで遊びたかったなら、奪い合いに参加することです。

後で遊ぼうと思っても、時間が来て片付けられたら後の祭りです。

「憲法」とは、「constitution」の訳語です。

「constitution」には、構成、組織、構造、体質、体格、気質、性質、憲法、政体、国体などの意味はあるが、自民党が言う理想と言う意味はないのです。

「憲法」とは、その国のあり方についての国民が交し合った契約と言うのが近代法による理解です。

従って、「憲法」の制定や改定の発議の権限は国民にあり権力の側にはないのです。

「憲法」とは、その国のあり方を定めた契約なので権力はその契約に従って行使されるものでなければならないからです。

投票とは、その契約の行使を誰に委ねるかの意思表示であり棄権や白紙投票は私は多数派の決定に従うと言う意思表示と見なされます。

つまり発言権の行使の放棄とみなされる、という事です。

アメリカ合衆国では有権者登録が選挙の度にあるが、投票権行使の意思表示でもあります。

日本のように一定年齢に達した国民に投票券が送られる国家では、投票権行使を国が保障していると見なせるのです。

棄権や白紙投票は、権利行使の放棄なのです。

投票権行使するもしないもその人の自由だが、もったいないのです。

権利行使をしないと言う選択は、権利放棄の選択と紙一重なのです。

使われない権利はやがて空文化し、廃止の対象にされる可能性が出てくるのです。

そうなってから文句を言っても、手遅れな場合さえあるのです。

大政翼賛会はある意味選択の自由と権利のはく奪であったが、文句を言う人達への弾圧容認の帰結と言えます。

自由と権利の獲得と拡充は、諸国民の命懸けの戦いの成果だからです。

日本国民は弾圧を恐れ、自由と権利の獲得と拡充のための命懸けの戦いを放棄したのです。

戦前戦中の自由と権利の喪失は、国民の選択の当然の帰結と言えるでしょう。

それが嫌なら、投票権行使しましょう。

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声を大にして言いたい!塩とミネラルをもっと見直した方が良い!

2020年から世界は、SARS-CoV-2(新型コロナウイルス)に感染して発症するCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)の対策で大変な事態になっています。

無症状感染者からの感染も指摘され、PCR検査の拡充も課題となりました。

薬やワクチンの開発も、求められました。

人間の世界では薬やワクチンなどがあるのですが、野生動物の世界にはもちろんありません。

でも、野生動物だって治癒力や免疫力を維持したり高めたりしないわけにはいきません。

薬草になる植物は、どこにでもあるものではありません。

それにネコ科の肉食動物は、腸を整えるために草を食べることもあるけど基本的には肉が主食です。

ネコも人と暮らしていると、パンやご飯やパスタやトウモロコシや海苔なども食べるようにはなりますけどね。

自然環境では、肉食動物は植物由来の栄養の大半を草食動物経由で摂るのが普通です。

薬草はどこにでもあるわけではないとなると、動物は草食だろうが肉食だろうが食事で薬になる成分を口にするのは至難の業です。

では、どうすればいいのでしょうか。

動物が共通して口にしているのは、空気と水と塩とミネラルなのです。

塩とミネラルは、それが豊富にある土から摂ります。

昔から家畜と共に生きる人たちは、塩の摂取が少ない家畜の腸と皮は破れやすくて使い物にならないと知っていました。

塩とミネラルの効果はてきめんで、荒れている皮や腸も少量摂るだけで短時間で整うのです。

おそらく塩とミネラルで細胞のレベルから、調子が整うのでしょう。

治癒能力を速やかに体から引き出すだけではなく、免疫力も高めるのかもしれません。

免疫力を担っているのも、細胞だからです。

塩とミネラルで気になる情報が、2018年2月10日放送の「世界ふしぎ発見!」でありました。

『チョコレート 世界をHAPPYにするあま~い魔法』がタイトルの回で、主役はチョコレートです。

私が驚いたのは、長寿で生活習慣病知らずのパナマのクナ族です。

クナ族の方たちは、ガン、高血圧、認知症の患者がほとんどなく、また脳卒中、心臓病、糖尿病などにかかる人も極めて低く、尚且つ長寿であることで注目されています。かつてそれは遺伝的なことだと考えられていましたが、近年それはカカオの影響ではないかと言われているのです。バックナンバー|TBSテレビ:日立 世界ふしぎ発見!

この番組では、カカオばかりに注目していました。

無理もありません。

何しろカカオは、腸内をきれいにし便通を改善して肥満防止や大腸がん予防に役立つ食物繊維、活性酸素を除去する抗酸化作用で知られるポリフェノールが豊富なばかりか、カカオのポリフェノールは特にコレステロールの酸化を防いで動脈硬化などの生活習慣病の予防に効果的な上に癌の予防効果やストレスへの抵抗力を高める効果まで注目されているのです。

さらにカカオには、大脳を刺激して集中力や記憶力そして思考力を高めて気力をUPさせるばかりか自律神経を調節する作用もあるテオブロミン、脳にとって最も効率の良い栄養であり脳の神経伝達物質アセチルコリン生成の手助けするブドウ糖、ビタミンEやナイアシンなどのビタミン類や、カルシウム、マグネシウム、亜鉛、リンなどのミネラルも含まれていて特にカルシウムとマグネシウムのバランスが良いのが注目なのです。

なので、この番組ではカカオ大絶賛です。

一方で塩と言えば、体に必要とされながらも取り過ぎに注意しましょうとされ、最近あまり良いイメージがありません。

この番組では、完璧にカカオの引き立て役扱いです。

でも、私は言いたいのです。

結構だらけに見えるチョコレートなのに、大好きな国にも病院はありますよね。

ところがこのパナマのクナ族と来たら、医者に行くのは健康診断の時だけなのです。

健康であることを確認するだけのために医者に行く人々って、すごくありませんか。

パナマのクナ族、摂っている塩の分量は半端じゃないのです。

それでもなお健康なのは、カカオにバランス良く含まれているミネラルのおかげでしょう。

毎日チョコレートドリンクを1リットルも飲めば、どっさりの塩と釣り合うだけのミネラルが摂取出来ているのではないでしょうか。

再度言いますよ。

野生動物には、病院はありません。

その野生動物の健康維持に貢献しているのは、塩とミネラル以外にありますか。

パナマのクナ族の健康に対するカカオの貢献は、確かに大きいでしょう。

でも、陰の主役は塩とミネラルなのではないでしょうか。

新型コロナウイルスで大変な今、パナマのクナ族は要注目な人達です。

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アメリカ合衆国と社会政策と社会主義と聖書と…。

申命記 15章
7 あなたの神、主が賜わる地で、もしあなたの兄弟で貧しい者がひとりでも、町の内におるならば、その貧しい兄弟にむかって、心をかたくなにしてはならない。また手を閉じてはならない。
8 必ず彼に手を開いて、その必要とする物を貸し与え、乏しいのを補わなければならない。
アメリカは合衆国大統領が就任の宣誓の際に、聖書の上に手を置いて誓うはずですよね。
ならば、あれこれと屁理屈をこねて自分達の地域や合衆国にいる貧しい人々に無条件で手を広げようとしない人はいても少数派じゃないと、おかしくないでしょうか。
ところが実際には、あれこれと理由を並べ立ててそれを拒む人、アメリカ合衆国に多くないでしょうか。
聖書の神は、「もしあなたの兄弟で貧しい者がひとりでも、町の内におるならば、その貧しい兄弟にむかって、心をかたくなにしてはならない。また手を閉じてはならない。」と人々に諭しています。

彼らにとってアメリカ合衆国とは、「あなたの神、主が賜わる地」じゃなくて私や私の先祖が選んだ土地だからでしょうか。
自分達の今生きているのは自分達の努力の結果であってそれ以外の何物でもない、だから神は関係ないというのでしょうか。
考えたくはないけれどもしそうならば、アメリカ合衆国の人々の多くはこの聖句を思い出した方が良いでしょう。
イザヤ書 29章
13 主は言われた、「この民は口をもってわたしに近づき、くちびるをもってわたしを敬うけれども、その心はわたしから遠く離れ、彼らのわたしをかしこみ恐れるのは、そらで覚えた人の戒めによるのである。
14 それゆえ、見よ、わたしはこの民に、再び驚くべきわざを行う、それは不思議な驚くべきわざである。彼らのうちの賢い人の知恵は滅び、さとい人の知識は隠される」。
アメリカ合衆国でクリスチャンと名乗る人の多くは、日曜日に教会で聞く聖職者の説教で聖書を学んだ気になっているのでしょう。
様々な出自の人々が共有している数少ない共通点の一つがクリスチャンであることだとすれば、自分達の通っている教会で聞く聖職者の話に少しでも疑問を持つならば、たちまち拠り所となるコミュニティを失いかねないからなのでしょうか。
ここで疑問がわきます。
この教義は聖書の教えの中でも、極めて基本的で大切なものではないでしょうか。
それなのに彼らが拒否反応を示すなら、何かわけがあるはずです。
この教えの実践は、まさに社会政策そのものです。
そして彼らの故郷の地で社会政策は、特権階級の保身としておこなれた性格が強いのです。
彼らは特権階級無き社会を求めて新天地に渡った人達の子孫だとすれば、社会政策の必要性を認める事はすなわち特権階級の存在を前提とした社会に自分達はいると認める事になりはしないかという感情があるのかもしれません。
そして近代民主主義社会で社会政策の充実を誰よりも求めて行動する人々は、社会主義者だったのです。
彼らは特権階級のアメリカ合衆国での存在を否定したいあまり、特権階級の存在を思い起こさせる社会政策に生理的に拒否反応を示すのでしょうか。
若い世代はそのような過去のトラウマより今の自分たちの置かれた状況を解決する方が先なので、社会政策の実行が社会主義なら社会主義は素晴らしいではないかと思うようになったのでしょう。
今後の展開に要注目ですね。

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一筋縄ではいかぬアメリカの共和党と民主党。

日本人はアメリカの共和党や民主党を日本やヨーロッパの政党と似たようなもんだと思っているが、それではこれらの党の本質を見失うのです。

アメリカの二大政党である共和党にも民主党にも、党首はいないのです。

党首がいないという事は、党の路線について激論を交わす党大会も党首選挙も無いという事でもあるのです。

極端な話、アメリカの共和党も民主党も、大統領選挙などの選挙を戦うための互助会的な寄り合い所帯と見たらまず間違えないです。

共和党は主に保守派で民主党は主にリベラル派になっているが、それぞれの党が辿ってきたいきさつの結果に過ぎないのです。

共和党は北部で民主党は南部で強いが、背景にアメリカを二分した南北戦争があるです。

アメリカの統一を守るために大統領の周りに結集した共和党、南部の独自性を守るために結集した民主党。

共和党と民主党に党首がいないのは、この成立の過程とその後の歴史に原因があるのです。

アメリカの南北戦争は奴隷制が争点のように見えるが、実際はアメリカを資本主義一色で染めるか否かの戦いです。

南部は奴隷制があったために、奴隷解放の旗印で切り崩されて敗北したとも言えるのです。

戦況では南部が優先だったが、北部は奴隷解放の旗印を掲げて劣勢を挽回し勝利したのです。

共和党と民主党の戦いは、資本主義とそれに対する批判勢力の戦いと言う側面が強いように見えます。

しかし一方で、それぞれ進歩的工場ブルジョアジーと保守的農村地主層の戦いの中で生まれた党と言う歴史的ルーツもあるのです。

一筋縄ではいかないのが、アメリカの二大政党なのです。

追記

この記事は、アメリカの共和党と民主党になぜ党首選挙が無いのだろう。 の続編でもあります。

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アメリカの共和党と民主党になぜ党首選挙が無いのだろう。

ところで皆さんは、アメリカの共和党と民主党には党首がいないのをご存知でしょうか。

大統領候補を選ぶ長い予備選挙はやるが、党首を選ぶ党首選挙はどちらの党にもないのです。

もし党首選挙をやれば、共和党も民主党も路線を巡って紛糾し、分裂必至かも知れません。

党首選挙が無い共和党や民主党に、当面の路線を決める党大会があるわけでもないのです。

それは両党の成立が、国を二分した南北戦争と深くかかわるからなのです。

北部と南部の戦いは、統一を維持しようとする共和党と南部の独自性を守ろうとする民主党の戦いでもあったのです。

南北戦争が終息後、地主層の没落と南部への工場進出と北部への南部からの労働者の流入がありました。

ブルジョア政党へと変貌する共和党と、労働組合に軸足を移す民主党、そして今の姿へと近づいたのです。

どちらも当初一点共闘的暫定的政党の性格が強かったので、党首選挙の無い不思議な党になったのです。

実はアメリカにも、共和党や民主党以外の政党が無いわけではないです。

国を二分する戦いを背景として成立した二大政党の壁は分厚く、第三極となる党の支持基盤を広げるのが容易ではないのです。

二大政党は成立過程を反映して、寄り合い所帯的性格が強いのです。

独立した第三極を目指す政党の入る余地は狭いのです。

二大政党は成立過程を反映して寄り合い所帯的性格が強いから、共和党のティーパーティや民主党のバーニーサンダースのグループは単なる派閥ではないのです。

両党を構成する、党内党的な存在なのです。

だから両党とも、路線選択を伴う党首選挙は不可能に近いと言うわけです。

追記

共和党と民主党の性格の違いについては、この記事で考えました。

一筋縄ではいかぬアメリカの共和党と民主党。

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日本の皇室と古代エジプト。

興味深い情報がきました。

 

エジプトでは頭が○で下にある十字のアンク十字架があります。

これは正に人型ですね。

じつは皇室も儀式にアンク十字架を使っています。

エジプトの唯一神は太陽神日本の神様も太陽神ですから出エジプトから引き継いでいる物が有りそうです。

 

皇室も儀式にアンク十字架となると、面白いことに、吉村作治教授は神社の原型は古代エジプトのピラミッドコンプレックスではないかとの説を展開しています。

実際、日本の神社とよく似ているのは、古代エジプトや古代イスラエルの神殿です。

ことに賽銭箱は古代イスラエルの神殿と共通の要素です。神話大系は、古代エジプトと日本はよく似ています。

日本には古代中東、取り分け、古代イスラエルと共通の遺伝子があるという事です。

 

さらに言えば、コロンビア大学がマヤ、インカ、ネイティブ・アメリカン、イヌイット、アイヌ、琉球民族のDNAを調べたら皆んな一緒と判明し学会で発表しています。

そして、頭蓋骨に特徴があるインカ骨が共通です。

 

モルモン書には船出して行方不明な人たちがあるが、沖縄の文化や風習は聖書にそっくりなうえに、祖先ははるか東のニライカナイとのことです。

でもこの方角にあるのは、近年日本との関連が注目される南太平洋の島々、さらには、アメリカ大陸です。

そう言えば最近、アメリカ大陸最古の先住民として日本人が最有力候補だそうです。


ついでに言うと、沖縄の人たちにそっくりなアイヌの生活文物も古代イスラエルそっくりなうえに、アメリカ大陸でフランスとスペインの様式の矢じりと一緒にアイヌのご親戚の骨も出ているそうです。

 

もっと言えば、沖縄やアイヌのご先祖様の縄文人は、アジアのどこにも親戚が見つかりません。

でも、アメリカ大陸にご親戚の骨。

面白すぎます。

 

シルクロードの始まりは中東、イスラエルで終わりが日本ですから。

江戸時代の来日した宣教師達が神社をみて日本は過去にキリスト教に感化されたとオランダやイギリスの本部に報告していますから。

日本書紀も古事記も三神が一週間で世界を作り上げていますね。

漢文を訳すと正に創世記の天地創造と同じです。

 

さらに言えば、日本の神々は元は太陽神の一神教であったと指摘する声もあります。

また、日章旗とアテン神の奇妙な類似も面白いですね。

天照大御神の岩戸隠れとイエスの十字架上の死と復活のエピソードの類似も、興味深いですよ。


またしても、日本と古代エジプト、繋がりが見えてきました。

皇室も儀式にアンク十字架、一体どんな儀式に使っているのか気になるところです。


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古代アメリカで日本人のご先祖様は何をしていたのでしょうね。

「紀元前のアメリカ」バリーフェル著喜多迅鷹・元子訳草思社刊

 

私はこの本にしょっぱなから強い衝撃を覚えたのです。

 

アメリカ大陸から、旧大陸のそれもヨーロッパや地中海世界の人達が石に残した碑文がいくつも見つかっているというのです。

 

 「碑文は、ヨーロッパおよび地中海沿岸のさまざまな言語で、今から二五〇〇年も前のアルファベットで記されており、そこから、古代の船の来航ばかりでなく、ケルト人、バスク人、リビア人、さらには、エジプト人までもが、永住の植民地を作っていたことがうかがえる。」

 

さらに本書の中にはこのような記述まであるのです。

「それは、ハロルド・スターリング・グラッドウィンで、その数多い著作の中で、くり返し、文化的様相や客観的資料、とくに陶器に注意を喚起し、アメリカ原住民は旧世界、とりわけ地中海やオリエントと比較的近年に接触を持っていたに違いないと主張した。彼が注目したさまざまな技術様式の特徴は、旧世界と南北アメリカ間に、約紀元前二千年前の古典時代まで、直接の航海がなされていたことを示すものであった。」

 

ハロルド・スターリング・グラッドウィンのこれらの主張は今アメリカで市民権を得つつあるようです。

 

ではなぜ私が衝撃を受けたのか。

 

ケネウイックで見つかった人骨に原因があります。

 

当初、イギリス人の骨発見で事件との関連が疑われたが、この骨はケルト人が多い地域のイギリス人の物と思われたのです。

ところがフランスとスペインの様式の矢じりが一緒に見つかり石器時代の人と判明、さらにアイヌの親戚の骨と判明したのです。

 

ケルト人の多いのはアイルランドだが、日本には家族性アイルランド熱の発症例があります。

フランスとスペインは地中海沿岸だが、これらの国は名前こそ発症例にはないものの、家族性地中海熱の発症例も日本にはあるのです。

 

フランスやスペインによく似た顔の日本人も、少なからずいます。

ある芸能人など、縄文人とフランス人それぞれにそっくりさんがいることが判明しました。

縄文人の顔を復元して書いた人も、まさかこんな展開になるとは予想していなかったことでしょうね。

 

縄文土器とよく似た土器が、南米のエクアドルにあるバルディビアで発見されたのです。

ところがこの土器にエジプトの方が似ているという、異論が出ているといいます。

バルディビアでは、日本の土偶とよく似たものまで見つかっているというのにです。

バルディビア出土の土器にエジプトと似ているという人は、日本の縄文土器を黙って見せたら同じ事言うのか、聞いてみたいものです。

 

エジプト研究者の吉村作治教授は、日本の神社の様式のルーツは古代エジプトのピラミッドコンプレックスにあると、指摘しているのです。

吉村作治教授は、熊本のトンカラリンとエジプトのピラミッドとの共通点もいくつか指摘しています。

 

バスク人についても面白いことがあります。

キップリングが送った長崎からの手紙に、不思議な内容があるのです。 

バスク人に似た青年のひく人力車に、乗ったというのです。

バスクと言えば石担ぎ競技が有名だが、日本でもかつて石を担いで力比べしたことを記念する石はあちこちの神社に見つかります。

 

本書からあげた中で、今のところ日本で見つかっていないのは、リビアくらいのものです。

 

日本人の骨は、アメリカ大陸で言えば、メキシコからも見つかっているそうです。

 

最近の展開としては、アメリカ大陸最古級の住民は日本人だったのかもしれないとなっているそうです。

 

ケルト人、バスク人、リビア人、エジプト人、これらの人々はアメリカ大陸の奥地まで進出していることがわかってきました。

 

古代アメリカで、日本人のご親戚たちは、ケルト人、バスク人、リビア人、エジプト人、と言った人たちと、どんなお付き合いしていたのか、滅茶苦茶気になるところです。

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天皇はスメルの王位継承者か。

シュメールは、現在のイラクやクウェートのあたりのメソポタミア南部を占めるバビロニアの南半分の地域、またはそこに興った最古の都市文明です

初期のメソポタミア文明とされ、チグリス川とユーフラテス川の間に栄えました。

 

シュメールはスメルとも読まれるというか、スメルと呼ぶ方が正しいとする説もあります。

 

ここでは、スメルの方を基本的に用いて議論を進めたいです。

 

日本とスメルの共通点を指摘している人たちがいるのです。

彼らの言い分をまとめてみることにします。

 

スメル語も日本語も膠着語と言う特徴を持つ。

膠着語は、言語の形態論上の分類のひとつ。

膠着語に分類される言語は、ある単語に接頭辞や接尾辞のような形態素を付着させることで、その単語の文の中での文法関係を示す特徴を持つ。

膠着語に分類される言語は、トルコ語、ウイグル語、ウズベク語、カザフ語等のテュルク諸語、モンゴル諸語、満州語等のツングース諸語、日本語、朝鮮語や、フィンランド語、ハンガリー語等のウラル語族、タミル語等のドラヴィダ語族、チベット・ビルマ語派、エラム語、シュメール語などがある。

ちなみにエスキモー・アリュート語族、マヤ語族なども膠着語的だが、文全体が膠着するなど膠着の長さが極端なので、抱合語、正確には複統合的言語とすることが多い。

膠着語は、当時スメル周辺住民の言語にはないと見られている。

 

スメル語も日本語も、表記法が似ている。

つまり、母音も子音も表記するばかりか漢字かな交じり文のような構造を、スメル語も日本語も共有している。

これはマヤ文字も同様なあたりが興味深いですね

 

スメルは突然高度な文明を持って、登場したのでしょうか。

先行するウバイド文明との関係を、指摘する声もあるのです。

世界最古の印章は、紀元前7000年くらいです。

ウバイド文明は、紀元前5000年くらいです。

スメルは、紀元前3500年ごろ突如として現れ紀元前2000年ごろ突然姿を消すのです。

 

ここで興味深いのは、聖書学的にはノアの洪水が紀元前4000年頃であることです。

バベルの塔で散った後、セムの人たちがスメルを建国したと見れば年代的にはつじつまは合うのです。

 

高度な文明を築き上げたスメルの民であったが、背教と高慢の罪で神から亡ぼされる前に預言者アブラハムと彼の一族がロトの一族とともにウルを出たのかもしれないです。

その時期はおそらく、紀元前2000年ごろであろうと想定してみます。

 

スメルの男子像を見る限り、大きく彫りの深い目、高い鼻、巻き毛で髭が多いなどセム系と変わりないような容貌をした像もある、これ日本で言えばまさに縄文人の特徴です。

 

だが、その一方でセム的とも言い難い容貌の像もまたあると言うが、通商などで友好関係にある地の女性を娶ることもあり得たなら、非セム的な容貌の人たちがいてもおかしくはないでしょう。

聖書にも、共に住む地の人々の娘を娶ったり、あるいは彼らに娘を嫁がせることはしばしばあったことを証言すると思われる記述があるのです。

 

スメルの時代にも、同じようなことは当然のことのように一般的にほとんどの部族や民族の間で行われていたと思われるのです。

 

だが、聖書の民イスラエルは異教徒とどんなに交易などの交流はしても婚姻関係をもって異教の風習が入り込む事態は避けるよう神から命じられていました。

 

もし、スメルの民もまた、イスラエルの民のように異教徒との婚姻を禁じられていたとしたらどうでしょうか。

 

にもかかわらず、スメルの民は異教徒と婚姻関係を持っていたとしたらどうでしょうか。

 

そのことがついに神の怒りをかって、スメルの国が滅ぼされたのだとしたらどうでしょうか。

 

スメルの文明はかなり高度であったことが知られているのです。

神の祝福によって高度文明を得られていたスメルの民が、高慢の罪や異教徒との婚姻で異教の風習に染まっていってしまい、神の怒りをかって亡ぼされ、長い間歴史から存在が消されていたとしたらどうでしょうか。

 

アブラハムの子や孫の名前を見てみると、奇妙なことに気が付くのです。

 

イシュマエル、イサク、ヤコブ、イスラエル。

 

少なくとも、イシュマエル、イサク、イスラエルの名は、スメルの転化であるように思えるのです。

 

スメルはシュメールとも読まれます。

シュメールは、容易にイシュマエルやイスラエルに転化し得るし、イサクはコーランではイスハークなので案外これもまたシュメールに転化出来そうです。

アブラハムさえもコーランではイブラーヒームだが、これさえももし当時発音のあいまいな二重母音であった可能性を考えると、イシュマエルやイスラエルに転化しえないとは言いきれない気はするのです。

ヤコブが改名させられたのも、スメルの転化音で名前を揃えて、スメルの継承者である事を明らかにするためだったのかもしれないです。

 

そうみると、天皇がかつて、「スメ」「スメラ」と何故呼ばれる必要があったかの謎も解けるかもしれません。

 

天皇を指す古語、「スメ」「スメラ」とスメル語の「スメ」「スメル」はともに「神」を指すというのです。

そして、「スメラギ」は「スメル」の複数形だというのです。

 

「ミコト」「ミカド」もまた、「天降る開拓者」を意味するスメルの「ミグド」の転化であるらしいです。

 

十六八重菊花紋とそっくりな古代スメルの王家の紋章がある謎も、解けるかもしれません。

 

故フセインは腕輪の紋章についてヨーロッパの記者から日本の皇室との関係を聞かれた時「もっと古代ンメソポタミアのことを勉強して欲しいですね。この紋章は、世界最古の文明を築いた私達の祖先、シュメール王朝時代の王族の紋章ですよ」と応えていたと言います。

 

天皇はずばり、スメルの王家の継承者なのである、そう言って良いでしょうか。

 

日本の三種の神器とスメルやバビロニアの三種の神器を比較してみようと思います。

 

草薙剣に対して武神のシンボルの剣、八咫鏡に対して日像鏡、八尺瓊勾玉に対して月像の首飾り、と見事に対応して見えるのです。

 

スメルと日本の神話にも、興味深い類似が見られるのです。

 

日本には、八つの首の八岐大蛇退治と草薙の剣の神話があるのです。

スメルにも、七つの首の龍の退治と剣の神話があるのです。

モチーフがあまりにも似ているのです。

 

日本はかつて、豊葦原瑞穂中国と自らをよんでいました。

スメルは自らの国を「キエンギ」と呼んでいたが、「葦の主の国」という意味があるそうです。

「葦の国」と日本もスメルも共に名乗っていたことになります。

他の類似を思えば、偶然ではすまされないだろうと思います。

 

建国神話にも、類似が見られるのです。

 

日本は、天孫降臨、すなわち天から来た神々が日本列島を作り下りたって日本を建国と語り継いでいる。

 

スメルはと言えば、ニビルと言う星から来たアナンヌキという人達が人類を作り地球に文明を興したと記している。

 

細かいところはともかく、構図は似ているのではないでしょうか。

 

日本にもペトログリフが、岩に刻まれた絵や文字の事だが、見つかっているといいます。

99%はスメルの文字であるらしいです。

写真をヨーロッパの研究者に見せると第一印象は、ヨーロッパのどこだ、だそうだが日本と言うと一様に驚きの声を上げると言うのです。

それくらい、日本で見つかるペトログリフはヨーロッパのものと似ているということなのでしょうか。

 

アメリカのケネウイックからはアイヌの親戚の骨がフランスとスペインの様式の矢じりと一緒に出ているのです。

つまり、アイヌのご先祖にヨーロッパ在住の時代があったと言う事になるでしょう。

アイヌのご先祖が縄文人とされるが、沖縄の人たちも縄文人の血を強く受け継いでいるのです。

そして、アイヌと沖縄はともに古代イスラエルの文化を引き継いでいることがわかっているのです。

 

もし、イスラエルの名がスメルの転化であるとしたら、アイヌと沖縄はスメル文化の継承者となるだろう。

 

日本で見つかるペトログリフの99%がスメルの文字と言う事実と、アイヌと沖縄はスメル文化の継承者の可能性を重ねると、縄文人もまたスメル文化の継承者と見るべきとなるかもしれません。

 

スメル人と縄文人の容貌の類似が見られ、日本で見つかるペトログリフの99%がスメルの文字となれば、天皇がスメルの王位継承者であってもおかしくはないし、むしろ自然とさえ思えてくるのです。

 

さらに情報を求める検証していきたいです。

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