アメリカ

日本の皇室と古代エジプト。

興味深い情報がきました。

 

エジプトでは頭が○で下にある十字のアンク十字架があります。

これは正に人型ですね。

じつは皇室も儀式にアンク十字架を使っています。

エジプトの唯一神は太陽神日本の神様も太陽神ですから出エジプトから引き継いでいる物が有りそうです。

 

皇室も儀式にアンク十字架となると、面白いことに、吉村作治教授は神社の原型は古代エジプトのピラミッドコンプレックスではないかとの説を展開しています。

実際、日本の神社とよく似ているのは、古代エジプトや古代イスラエルの神殿です。

ことに賽銭箱は古代イスラエルの神殿と共通の要素です。神話大系は、古代エジプトと日本はよく似ています。

日本には古代中東、取り分け、古代イスラエルと共通の遺伝子があるという事です。

 

さらに言えば、コロンビア大学がマヤ、インカ、ネイティブ・アメリカン、イヌイット、アイヌ、琉球民族のDNAを調べたら皆んな一緒と判明し学会で発表しています。

そして、頭蓋骨に特徴があるインカ骨が共通です。

 

モルモン書には船出して行方不明な人たちがあるが、沖縄の文化や風習は聖書にそっくりなうえに、祖先ははるか東のニライカナイとのことです。

でもこの方角にあるのは、近年日本との関連が注目される南太平洋の島々、さらには、アメリカ大陸です。

そう言えば最近、アメリカ大陸最古の先住民として日本人が最有力候補だそうです。


ついでに言うと、沖縄の人たちにそっくりなアイヌの生活文物も古代イスラエルそっくりなうえに、アメリカ大陸でフランスとスペインの様式の矢じりと一緒にアイヌのご親戚の骨も出ているそうです。

 

もっと言えば、沖縄やアイヌのご先祖様の縄文人は、アジアのどこにも親戚が見つかりません。

でも、アメリカ大陸にご親戚の骨。

面白すぎます。

 

シルクロードの始まりは中東、イスラエルで終わりが日本ですから。

江戸時代の来日した宣教師達が神社をみて日本は過去にキリスト教に感化されたとオランダやイギリスの本部に報告していますから。

日本書紀も古事記も三神が一週間で世界を作り上げていますね。

漢文を訳すと正に創世記の天地創造と同じです。

 

さらに言えば、日本の神々は元は太陽神の一神教であったと指摘する声もあります。

また、日章旗とアテン神の奇妙な類似も面白いですね。

天照大御神の岩戸隠れとイエスの十字架上の死と復活のエピソードの類似も、興味深いですよ。


またしても、日本と古代エジプト、繋がりが見えてきました。

皇室も儀式にアンク十字架、一体どんな儀式に使っているのか気になるところです。


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古代アメリカで日本人のご先祖様は何をしていたのでしょうね。

「紀元前のアメリカ」バリーフェル著喜多迅鷹・元子訳草思社刊

 

私はこの本にしょっぱなから強い衝撃を覚えたのです。

 

アメリカ大陸から、旧大陸のそれもヨーロッパや地中海世界の人達が石に残した碑文がいくつも見つかっているというのです。

 

 「碑文は、ヨーロッパおよび地中海沿岸のさまざまな言語で、今から二五〇〇年も前のアルファベットで記されており、そこから、古代の船の来航ばかりでなく、ケルト人、バスク人、リビア人、さらには、エジプト人までもが、永住の植民地を作っていたことがうかがえる。」

 

さらに本書の中にはこのような記述まであるのです。

「それは、ハロルド・スターリング・グラッドウィンで、その数多い著作の中で、くり返し、文化的様相や客観的資料、とくに陶器に注意を喚起し、アメリカ原住民は旧世界、とりわけ地中海やオリエントと比較的近年に接触を持っていたに違いないと主張した。彼が注目したさまざまな技術様式の特徴は、旧世界と南北アメリカ間に、約紀元前二千年前の古典時代まで、直接の航海がなされていたことを示すものであった。」

 

ハロルド・スターリング・グラッドウィンのこれらの主張は今アメリカで市民権を得つつあるようです。

 

ではなぜ私が衝撃を受けたのか。

 

ケネウイックで見つかった人骨に原因があります。

 

当初、イギリス人の骨発見で事件との関連が疑われたが、この骨はケルト人が多い地域のイギリス人の物と思われたのです。

ところがフランスとスペインの様式の矢じりが一緒に見つかり石器時代の人と判明、さらにアイヌの親戚の骨と判明したのです。

 

ケルト人の多いのはアイルランドだが、日本には家族性アイルランド熱の発症例があります。

フランスとスペインは地中海沿岸だが、これらの国は名前こそ発症例にはないものの、家族性地中海熱の発症例も日本にはあるのです。

 

フランスやスペインによく似た顔の日本人も、少なからずいます。

ある芸能人など、縄文人とフランス人それぞれにそっくりさんがいることが判明しました。

縄文人の顔を復元して書いた人も、まさかこんな展開になるとは予想していなかったことでしょうね。

 

縄文土器とよく似た土器が、南米のエクアドルにあるバルディビアで発見されたのです。

ところがこの土器にエジプトの方が似ているという、異論が出ているといいます。

バルディビアでは、日本の土偶とよく似たものまで見つかっているというのにです。

バルディビア出土の土器にエジプトと似ているという人は、日本の縄文土器を黙って見せたら同じ事言うのか、聞いてみたいものです。

 

エジプト研究者の吉村作治教授は、日本の神社の様式のルーツは古代エジプトのピラミッドコンプレックスにあると、指摘しているのです。

吉村作治教授は、熊本のトンカラリンとエジプトのピラミッドとの共通点もいくつか指摘しています。

 

バスク人についても面白いことがあります。

キップリングが送った長崎からの手紙に、不思議な内容があるのです。 

バスク人に似た青年のひく人力車に、乗ったというのです。

バスクと言えば石担ぎ競技が有名だが、日本でもかつて石を担いで力比べしたことを記念する石はあちこちの神社に見つかります。

 

本書からあげた中で、今のところ日本で見つかっていないのは、リビアくらいのものです。

 

日本人の骨は、アメリカ大陸で言えば、メキシコからも見つかっているそうです。

 

最近の展開としては、アメリカ大陸最古級の住民は日本人だったのかもしれないとなっているそうです。

 

ケルト人、バスク人、リビア人、エジプト人、これらの人々はアメリカ大陸の奥地まで進出していることがわかってきました。

 

古代アメリカで、日本人のご親戚たちは、ケルト人、バスク人、リビア人、エジプト人、と言った人たちと、どんなお付き合いしていたのか、滅茶苦茶気になるところです。

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天皇はスメルの王位継承者か。

シュメールは、現在のイラクやクウェートのあたりのメソポタミア南部を占めるバビロニアの南半分の地域、またはそこに興った最古の都市文明です

初期のメソポタミア文明とされ、チグリス川とユーフラテス川の間に栄えました。

 

シュメールはスメルとも読まれるというか、スメルと呼ぶ方が正しいとする説もあります。

 

ここでは、スメルの方を基本的に用いて議論を進めたいです。

 

日本とスメルの共通点を指摘している人たちがいるのです。

彼らの言い分をまとめてみることにします。

 

スメル語も日本語も膠着語と言う特徴を持つ。

膠着語は、言語の形態論上の分類のひとつ。

膠着語に分類される言語は、ある単語に接頭辞や接尾辞のような形態素を付着させることで、その単語の文の中での文法関係を示す特徴を持つ。

膠着語に分類される言語は、トルコ語、ウイグル語、ウズベク語、カザフ語等のテュルク諸語、モンゴル諸語、満州語等のツングース諸語、日本語、朝鮮語や、フィンランド語、ハンガリー語等のウラル語族、タミル語等のドラヴィダ語族、チベット・ビルマ語派、エラム語、シュメール語などがある。

ちなみにエスキモー・アリュート語族、マヤ語族なども膠着語的だが、文全体が膠着するなど膠着の長さが極端なので、抱合語、正確には複統合的言語とすることが多い。

膠着語は、当時スメル周辺住民の言語にはないと見られている。

 

スメル語も日本語も、表記法が似ている。

つまり、母音も子音も表記するばかりか漢字かな交じり文のような構造を、スメル語も日本語も共有している。

これはマヤ文字も同様なあたりが興味深いですね

 

スメルは突然高度な文明を持って、登場したのでしょうか。

先行するウバイド文明との関係を、指摘する声もあるのです。

世界最古の印章は、紀元前7000年くらいです。

ウバイド文明は、紀元前5000年くらいです。

スメルは、紀元前3500年ごろ突如として現れ紀元前2000年ごろ突然姿を消すのです。

 

ここで興味深いのは、聖書学的にはノアの洪水が紀元前4000年頃であることです。

バベルの塔で散った後、セムの人たちがスメルを建国したと見れば年代的にはつじつまは合うのです。

 

高度な文明を築き上げたスメルの民であったが、背教と高慢の罪で神から亡ぼされる前に預言者アブラハムと彼の一族がロトの一族とともにウルを出たのかもしれないです。

その時期はおそらく、紀元前2000年ごろであろうと想定してみます。

 

スメルの男子像を見る限り、大きく彫りの深い目、高い鼻、巻き毛で髭が多いなどセム系と変わりないような容貌をした像もある、これ日本で言えばまさに縄文人の特徴です。

 

だが、その一方でセム的とも言い難い容貌の像もまたあると言うが、通商などで友好関係にある地の女性を娶ることもあり得たなら、非セム的な容貌の人たちがいてもおかしくはないでしょう。

聖書にも、共に住む地の人々の娘を娶ったり、あるいは彼らに娘を嫁がせることはしばしばあったことを証言すると思われる記述があるのです。

 

スメルの時代にも、同じようなことは当然のことのように一般的にほとんどの部族や民族の間で行われていたと思われるのです。

 

だが、聖書の民イスラエルは異教徒とどんなに交易などの交流はしても婚姻関係をもって異教の風習が入り込む事態は避けるよう神から命じられていました。

 

もし、スメルの民もまた、イスラエルの民のように異教徒との婚姻を禁じられていたとしたらどうでしょうか。

 

にもかかわらず、スメルの民は異教徒と婚姻関係を持っていたとしたらどうでしょうか。

 

そのことがついに神の怒りをかって、スメルの国が滅ぼされたのだとしたらどうでしょうか。

 

スメルの文明はかなり高度であったことが知られているのです。

神の祝福によって高度文明を得られていたスメルの民が、高慢の罪や異教徒との婚姻で異教の風習に染まっていってしまい、神の怒りをかって亡ぼされ、長い間歴史から存在が消されていたとしたらどうでしょうか。

 

アブラハムの子や孫の名前を見てみると、奇妙なことに気が付くのです。

 

イシュマエル、イサク、ヤコブ、イスラエル。

 

少なくとも、イシュマエル、イサク、イスラエルの名は、スメルの転化であるように思えるのです。

 

スメルはシュメールとも読まれます。

シュメールは、容易にイシュマエルやイスラエルに転化し得るし、イサクはコーランではイスハークなので案外これもまたシュメールに転化出来そうです。

アブラハムさえもコーランではイブラーヒームだが、これさえももし当時発音のあいまいな二重母音であった可能性を考えると、イシュマエルやイスラエルに転化しえないとは言いきれない気はするのです。

ヤコブが改名させられたのも、スメルの転化音で名前を揃えて、スメルの継承者である事を明らかにするためだったのかもしれないです。

 

そうみると、天皇がかつて、「スメ」「スメラ」と何故呼ばれる必要があったかの謎も解けるかもしれません。

 

天皇を指す古語、「スメ」「スメラ」とスメル語の「スメ」「スメル」はともに「神」を指すというのです。

そして、「スメラギ」は「スメル」の複数形だというのです。

 

「ミコト」「ミカド」もまた、「天降る開拓者」を意味するスメルの「ミグド」の転化であるらしいです。

 

十六八重菊花紋とそっくりな古代スメルの王家の紋章がある謎も、解けるかもしれません。

 

故フセインは腕輪の紋章についてヨーロッパの記者から日本の皇室との関係を聞かれた時「もっと古代ンメソポタミアのことを勉強して欲しいですね。この紋章は、世界最古の文明を築いた私達の祖先、シュメール王朝時代の王族の紋章ですよ」と応えていたと言います。

 

天皇はずばり、スメルの王家の継承者なのである、そう言って良いでしょうか。

 

日本の三種の神器とスメルやバビロニアの三種の神器を比較してみようと思います。

 

草薙剣に対して武神のシンボルの剣、八咫鏡に対して日像鏡、八尺瓊勾玉に対して月像の首飾り、と見事に対応して見えるのです。

 

スメルと日本の神話にも、興味深い類似が見られるのです。

 

日本には、八つの首の八岐大蛇退治と草薙の剣の神話があるのです。

スメルにも、七つの首の龍の退治と剣の神話があるのです。

モチーフがあまりにも似ているのです。

 

日本はかつて、豊葦原瑞穂中国と自らをよんでいました。

スメルは自らの国を「キエンギ」と呼んでいたが、「葦の主の国」という意味があるそうです。

「葦の国」と日本もスメルも共に名乗っていたことになります。

他の類似を思えば、偶然ではすまされないだろうと思います。

 

建国神話にも、類似が見られるのです。

 

日本は、天孫降臨、すなわち天から来た神々が日本列島を作り下りたって日本を建国と語り継いでいる。

 

スメルはと言えば、ニビルと言う星から来たアナンヌキという人達が人類を作り地球に文明を興したと記している。

 

細かいところはともかく、構図は似ているのではないでしょうか。

 

日本にもペトログリフが、岩に刻まれた絵や文字の事だが、見つかっているといいます。

99%はスメルの文字であるらしいです。

写真をヨーロッパの研究者に見せると第一印象は、ヨーロッパのどこだ、だそうだが日本と言うと一様に驚きの声を上げると言うのです。

それくらい、日本で見つかるペトログリフはヨーロッパのものと似ているということなのでしょうか。

 

アメリカのケネウイックからはアイヌの親戚の骨がフランスとスペインの様式の矢じりと一緒に出ているのです。

つまり、アイヌのご先祖にヨーロッパ在住の時代があったと言う事になるでしょう。

アイヌのご先祖が縄文人とされるが、沖縄の人たちも縄文人の血を強く受け継いでいるのです。

そして、アイヌと沖縄はともに古代イスラエルの文化を引き継いでいることがわかっているのです。

 

もし、イスラエルの名がスメルの転化であるとしたら、アイヌと沖縄はスメル文化の継承者となるだろう。

 

日本で見つかるペトログリフの99%がスメルの文字と言う事実と、アイヌと沖縄はスメル文化の継承者の可能性を重ねると、縄文人もまたスメル文化の継承者と見るべきとなるかもしれません。

 

スメル人と縄文人の容貌の類似が見られ、日本で見つかるペトログリフの99%がスメルの文字となれば、天皇がスメルの王位継承者であってもおかしくはないし、むしろ自然とさえ思えてくるのです。

 

さらに情報を求める検証していきたいです。

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古代エジプトの縄文人?

秋田県鹿角市十和田大湯地区にある黒又山は、「クロマンタ」山と読むが、これはアイヌ語で「神々のオアシス」を意味する「クル・マッタ」が訛ったものだとされます。
 
この黒又山に、ピラミッドだという説があるのです。
レーダーによる地質学調査で、山体そのものは溶岩が盛りあがってできた自然の構造物であることが判明したのです。
ところが斜面には、7段から10段ほどのテラス状の遺構も確認されています。
このテラスは張り出し部分で幅約10メートル、高さは2~3メートルもあり、麓に近づくほど広く高くなる傾向があったのです。
また、テラスの表面には小さな礫がびっしり貼られていることもわかっています。
エジプトの三大ピラミッドは化粧石で覆われていたが、黒又山は礫で覆われていたことになります。
三大ピラミッドも黒又山も、かつて、陽の光を浴びて光っていたことでしょう。

縄文遺跡である伊勢堂岱遺跡と御所野遺跡、二つの縄文遺跡と黒又山を結ぶと、82キロの緯線を底辺とする巨大な二等辺三角形が出来上がります。
そして、黒又山自体にも縄文人の儀式の痕跡が見つかります。

これは、縄文人の文化にピラミッドに代表される古代エジプトと似通った要素がある可能性をほのめかしていることになりはしないでしょうか。

アイヌの生活文物に古代イスラエルのものとの類似が指摘されるが、イスラエルの民はエジプトにいたことを思えば、祖先とされる縄文人の土器にもエジプトの影響が見つからないとおかしいとなります。

そして、南米エクアドルの太平洋沿岸のバルディビアで、日本の縄文式土器に似た土器が数多く発見されるというが、これに対して古代エジプトの土器の方こそ似ていると言っている学者たちもいると言います。
土器の模様は九州の阿高貝塚や三浦半島の田戸遺跡から出土するものと似ていると指摘されるにも拘らず、むしろ古代エジプトの方が似ていると異論が出ているのです。
西日本の縄文土器に、古代エジプトの土器と似た文様が見つかると言われているに等しい展開だが、そうなると面白い遺跡が熊本にあります。
トンカラリンです。
古代エジプトの研究者吉村作治教授は、トンカラリンの内部構造に込められた思想はまさにギザの大ピラミッドとそっくりと主張します。

日本人には家族性地中海熱の発症が見られるが、本来ならば地中海沿岸の民族の遺伝病のはずです。
家族性地中海熱は地中海沿岸域の人々や、中近東のユダヤ人、トルコ人・アルメニア人に多い疾患と言われています。
日本人には地中海沿岸やトルコの人たちと似た顔が見つかるし、古代イスラエルの生活文物とアイヌの生活文物は似ています。
沖縄の文化や伝承にいたっては、聖書とあまりにも似たものがいっぱいあるのです。
ヤップ遺伝子などは、古代イスラエルと日本くらいしか見つからないとさえ言われているのです。

そして、イスラエルの民は長年にわたってエジプトで暮らしていたわけです。

日本人の足も大半はエジプトタイプだし、日本人とエジプト人は味の好みも近いそうです。
動物を含む太陽神を中心とした八百万の神々が三神構造の構図で祀られていることなども、共通しています。
二本の柱を通って拝殿から本殿にいたる神社の構造は、古代エジプトの神殿に似ているのです。
吉村作治教授などは、スフインクスこそは狛犬のルーツであり、ピラミッドコンプレックス(ピラミッド複合体)こそは神社の原型だとしているのです。

そう言えば、古い時代の神社は山の前に拝殿があったです。
問題はエジプトと日本を繋ぐルートです。

南米エクアドルからはエジプトと縄文、両方に似た土器が出ています。
日本先住民縄文人とアメリカ先住民が親戚であることは、遺伝子も証明済みです。
アメリカの最古級の先住民にさえも、日本人の可能性が指摘される展開になっているのです。
さらに、アメリカのケネウイックからはフランスとスペインの様式の矢じりと一緒にアイヌの親戚の骨が出ているのです。

フランスとスペインの様式の矢じり、家族性地中海熱、これらは日本人の祖先が中東から地中海沿岸を経てアメリカを横切って海を渡ってやってきたというルートの存在を示していないでしょうか。

南太平洋の島々もまた、近年、日本人の祖先がたどったルートとして注目されているのです。

しかも沖縄には、遥か東のニライカナイが祖先が来た方向という伝承があるのです。

さらに天皇の紋章は、古代スメルの王族の紋章そのものずばりなのです。

アフリカの人たちも、アフリカ的と思っていた名前が日本にもあると驚いたことがあるし、アフリカにも日本の小鼓と、形も演奏の仕方もそっくりなものがあるのです。
 
アフリカと日本の繋がりも、情報を集める必要がありそうです。

日本人の祖先にまつわる謎は、まだまだ多いです。

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アイヌのご先祖はヨーロッパで住んでいた?

縄文人の親戚をアジアで探すことは困難を極めているのです。

アジアのどこにもいない人たちを見つけてしまった、これが縄文人の遺伝子を調べた人たちの率直な感想だと言います。

 

様々なルートで日本に来た人たちが日本でミックスされて生まれたのが縄文人、そうとしか言いようがないと言います。

 

そうであるなら、もっと広く視野を広げる必要があります。

 

日本人のルーツをたどってみると、実はヨーロッパからアメリカ経由というとんでもないルートが浮かび上がってきました。

アメリカのケネウイックからフランスとスペインの様式の矢じりと一緒にアイヌのご親戚の骨が出ているのです。

なんとアイヌのご先祖は地中海世界で暮らしていた可能性があるのです。

 

日本人のルーツをたどるとアジアとヨーロッパに人種や民族の別れる以前にまでさかのぼる可能性が見えてきます。

日本人、特に縄文人の遺伝子はとてもヨーロッパに近いのです。

遺伝病も日本人にはヨーロッパと共通なものが複数ありますよ。

家族性地中海熱、家族性アイルランド熱、高IgD症候群、クローン病などヨーロッパの遺伝性疾患が確認される日本はアジアにおけるヨーロッパの飛び地的存在と言えます。

 

中でも、家族性地中海熱のアジアにおける発症例の飛び地である日本の遺伝子の特殊性はもっと注目されて良いはずです。

公益財団法人 難病医学研究財団/難病情報センター

「家族性地中海熱」

この病気はどのような人に多いのですか

この病気は地中海沿岸域の人々や、中近東(ユダヤ人、トルコ人・アルメニア人)に多い疾患ですが、日本でも患者さんがいることがわかっています。

http://www.nanbyou.or.jp/entry/4447

 

この中でも、どうしても注目が集まってしまうのがユダヤとの関係です。

例を上げましょう。

 

日本語とヘブライ語の共通点 http://sekainoura.net/nihon-kyoutu.html

 

神言語ヘブライ語と日本語の共通点多すぎ!!日本人のルーツは“失われたイスラエル10支族”ユダヤ人なのか!?籠目文、鳥居、君が代、共通点他にも多数… | http://xanadu.xyz/post-623/

 

縄文人とのつながりの強さが指摘されるアイヌや沖縄の人々の文化と、古代イスラエルのつながりの強さがしばしば挙げられることと重ねれば、日本語とヘブル語の繋がりを言う人たちを笑う事は控えることが適切な対応でしょう。

 

さらに、アメリカには気になる遺跡があるのです。

アメリカ先住民に失われたイスラエルの十支族末裔説が出ていたことと合わせて見ると、笑ってばかりもいられない気持ちになるのです。

Cahokia as “a North American Jerusalem,”カホキアは「北米のエルサレム」https://www.jw.org/en/publications/magazines/g20030308/The-Mystery-of-Cahokia/

この譬えとアメリカ先住民十支族末裔説を重ね、アメリカ先住民と日本先住民が親戚と言う事実と突き合わせると日本先住民は十支族のご親戚となってしまうのです。

日ユ同祖論なんてもんじゃないです。

縄文人の正体は、古代イスラエルの十支族なのかと言う可能性があることになります。

 

日本語とヘブル語の類似、日本にある古代中東の遺伝子、特にヤップ遺伝子と古代イスラエルの繋がりを見れば、無視できない可能性なのです。

 

さらに衝撃的としか言いようのないのが、古代イスラエルのヤコブの子孫がアメリカ先住民となったと主張するモルモン書です。

何度も船出して行方不明になった人たちがいると記しているのです。

 

聖書とあまりにそっくりな伝承や文化を持っている沖縄の人たちは、遥か東のニライカナイが故郷の地だと言います。

 

沖縄の遥か東、そこにある大陸は、日本先住民縄文人のご親戚の土地であるアメリカなのです。

 

時代が違いすぎると言う声が出るのは承知です。

 

だがもっともっと衝撃的なのは4000年前とされるノアの洪水を前提として議論を組み立てれば全てつじつまがあってしまう事なのです。

 

そしてアイヌのご先祖がヨーロッパの人たちのご先祖でもあるクロマニョン人と、ご近所さんだったかもしれないのです。

 

日本がヨーロッパの遺伝病のアジアの飛び地、この背景には何があるのかもっと調べた方がよさそうです。

なにしろ、日本人の先祖が古代イスラエルの支族の血をヨーロッパでばら撒いた原因の一つかもしれないと言う疑いが、かかっていますからね。

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古代アメリカのイスラエル人は日本人のご親戚?

アメリカ先住民に十支族末裔説が出ていたことを、どれだけの人が知っているでしょうか。

南北アメリカの歴史に、よほどの興味を持って調べた人でなければ、まず知らない人の方が多いだろうと思います。

 

アメリカ先住民と日本先住民は親戚にあたると長年言われてきたが、近年、遺伝子によってもそれが裏付けられているのです。

それどころじゃないですよ。

アメリカの最古級の先住民に、日本人説が急浮上してきていると言うのです。

 

そのアメリカ先住民に、トンデモ扱いされているとはいえ、十支族末裔説が出されたことがあったのだから穏やかじゃないですね

 

アイヌの生活文物に古代イスラエルとの類似が指摘され、沖縄の文化や伝承に聖書との類似が指摘され、彼らと日本先住民である縄文人との近縁が指摘されています。

 

その縄文人のご親戚に十支族末裔説が出ていたのですよ。

 

なにしろ、遺伝病までもが、日本人とユダヤ人は無縁じゃないと証言しているわけです。

日本人とユダヤ人の関係はたんなる親戚なんて生易しいものじゃないことは、明らかでしょう。

公益財団法人 難病医学研究財団/難病情報センター

「家族性地中海熱」

この病気はどのような人に多いのですか

この病気は地中海沿岸域の人々や、中近東(ユダヤ人、トルコ人・アルメニア人)に多い疾患ですが、日本でも患者さんがいることがわかっています。

 

言語でも、日本語とヘブライ語には多くの共通語彙があると言う指摘もあるのです。

その一部を紹介します。

神言語ヘブライ語と日本語の共通点多すぎ!!日本人のルーツは“失われたイスラエル10支族”ユダヤ人なのか!?籠目文、鳥居、君が代、共通点他にも多数… |

ヘブライ語対照表 | 日本とユダヤのハーモニー

日本語とヘブライ語の共通点

 

古代イスラエル人がどのようにして日本に来たかの一考察も紹介します。

全てに同意できるわけではないが、よく調べられていることには敬意を表したいです。

古代イスラエル系民族の日本列島への移動について

アイヌと縄文人、琉球人と縄文人、程度の差こそあれ極めて近い位置にある人々であることはよく知られています。

そのアイヌにこういう考察があることは、縄文人が何者であったかを考えるうえで興味深いです。

淡路島に残るイスラエルの足跡 
アイヌ人は言語的にいってイスラエル人に通ずると言う指摘は、縄文人はイスラエルに言語的に通じていると言っているのとどこが違うのでしょう。

 

アイヌはコーカソイドによく似ていることを思えば、エジプトから来たハガルの血を引くアラブの系統ではないと考える方が自然と思うのですが。

アイヌ民族はユダヤ人?それともアラブ人?日本人に存在する地中海沿岸の DNA

 

アイヌの生活文物は古代イスラエルのものに似ているが、沖縄の文化や伝承も聖書にあまりにも似すぎているのです。

彼らと日本先住民縄文人との近縁なことは有名です。

その縄文人のご親戚アメリカ先住民に十支族末裔説があり、古代アメリカのカホキア遺跡が北米のエルサレムと例えられているのです。

調べてみればわかる事だから、自分で調べて見てください。

 

アメリカ先住民の十支族末裔説はトンデモ説と一笑に付されるが、ならばこの譬えはどうなのだと言う気になるのです。

単なる偶然でしょうか。

 

The Mystery of Cahokia

Cahokia as “a North American Jerusalem,”カホキアは「北米のエルサレム」

この譬えとアメリカ先住民十支族末裔説を重ね、アメリカ先住民と日本先住民が親戚と言う事実と突き合わせると日本先住民は十支族のご親戚となってしまうではないでしょうか。

日ユ同祖論なんてもんじゃないでしょう。

 

モルモン書は、古代イスラエルの民がアメリカ先住民となったと言っているのです。

翻訳したとされるジョセフスミスには、古代アメリカや古代イスラエルの知識はほとんどないです。

古代イスラエルについて知ってるのは聖書に書いてある範囲なはずです。

ところが彼の翻訳の原書となった金版には複数の証言者がいるし、翻訳についても当時の学者の証言があると言うのです。

文学上の学識があること広く知れているチャールズ・アンソン教授は、この翻訳正確あり、エジプト語から翻訳されたものこれほど正確な見たことない述べたと言います。

 まだ翻訳されていないもの​についてもそれらエジプト語、カルデア語、アッシリア語、およびアラビア語で、それらほんとう文字ある指摘。そして、それら本当文字であることと、それから翻訳されたもの翻訳正確であることを証明したとのことです。

ちなみにミッチェル教授もアンソン教授の指摘に同意したと言うのです。

(末日聖徒イエス・キリスト教会の歴史書からの抜粋による。)

 

モルモン書を訳したとされるジョセフスミスはもちろん、アメリカ先住民に対して失われた十支族の末裔説があることなど知ってはいないでしょう。

アメリカ先住民十支族末裔説を出した人物も、当然ながらモルモン書のことなど知らないはずです。

カホキアは「北米のエルサレム」と言った人物はおそらく、とんでも扱いされているアメリカ先住民十支族末裔説のことなど聞いたこともないでしょう。

 

つまり、お互いが知る由もない人達が、古代アメリカにイスラエルを見たことになるでしょう。

これを偶然と笑って良いのでしょうか。

どっちに転んでも、遺伝子でも確かめられているように、アメリカ先住民は日本先住民のご親戚なのです。

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改めて日本人のルーツがたどった道を考えてみた。

ハプログループDは、日本列島・南西諸島やアンダマン諸島、チベット高原で高頻度に観察されるほかはアジアの極めて限られた地域でしか見つかっていません。

ハプログループとは、単一の一塩基多型 (SNP) 変異をもつ共通祖先をもつような、よく似たハプロタイプの集団のことで、単倍群とも訳されます。

ハプロタイプ(haplotype)とは、"haploid genotype"(半数体の遺伝子型)の略で、単倍型とも訳されます。

地球上でハプログループDが人口比に対して高頻度で見つかるのは日本・チベット・ヤオ族・アンダマン諸島などです。

 

YAP変異をもつ系統はハプログループEとハプログループDに限られます。

限られると言うより、ハプログループDEYAPという変異で定義されると言う方がより正確です。

YAP (ヤップ)とはY-chromosome Alu Polymorphismの略で、Y染色体の長腕部「DYS287 Yq11」上にある約300塩基からなるAlu配列(Alu sequence)の挿入多型のことを言います。

Alu配列とはたんぱく質をコードする配列を全く含まず、制限酵素Aluで認識されるためこの名がつけられました。

YAP変異と言うこの古代に起きた「M1」と定義される変異の痕跡(SNP)をY染色体上に持つのは、本来ならばtRNArRNAなどの核内低分子RNAに転写されるべきものが、何らかの要因によってY染色体上のDNA配列に挿入されてしまったもので、生体内での働きについては未解明です。

 

現生人類の共通祖先発祥の地、東アフリカのトゥルカナ湖の東北附近に約6.5万年前に住んでいた一人の男性にこの変異が起こりこれが、父系で遺伝するY染色体の特定のSNPを持つ集団(Y染色体ハプログループ)のうち「YAPM1)」と呼ばれるSNPを持つハプログループDE系統を生み出しました。

その後6万年程前にこれが更に2つ集団(ハプログループ)DEに分岐しました。

なお、ハプログループDEは系統樹からも分かるように、全ユーラシア人の最近共通祖先であるハプログループCTから早期に分岐したため、他のユーラシア系統とは分岐から7万年以上もの年月を経ています。

アフリカに留まり(又は出戻り)アフリカ大陸全土や一部は地中海地域やヨーロッパなどに父系を通じて広がった集団がハプログループEです。

分岐後出アフリカを経て東方に向かい、チベット・アンダマン諸島・ヤオ族・フィリピンのマクタン島・グアム島・日本列島などに父系を通じて広がったのがハプログループDです。

 

そして、このハプログループをもたらしたのが縄文人であり、日本人のDNAを全体としてヨーロッパ寄りしてしまった原因を作った人達です。

だが、縄文人の来たルートには謎が多いのです。

少なくともアジアには、ここから来たと特定できるような場所が見当たらないのです。

恐らくは複数のルートをたどってきた集団が、日本で混ざり合って縄文人の集団が形作られたと見られています。

 

アジアで来たルートが特定できないなら、ヨーロッパやアメリカ経由のルートを考えても良いはずです。

日本には家族性地中海熱など地中海沿岸の遺伝病のほかにも、ヨーロッパと共通の遺伝病が見つかっています。

家族性アイルランド熱、高IgD症候群、クローン病など日本とヨーロッパの意外な繋がりの深さを示す遺伝性疾患が日本でも確認されることはもっと注目されても良いでしょう。

これらはほとんどが、アジアでは日本に集中しているのです。

アメリカではフランスとスペインの様式の矢じりと一緒に、アイヌの骨が出ているのです。

近年、最古級のアメリカ先住民として日本人がクローズアップされつつあると言う。

今後の研究の展開が楽しみです。

 

このハプログループDは、今より約6万年前にアフリカ-イラン-中央アジアのいずれかにおいてハプログループDEから分岐し、内陸ルートを通って東アジアへ向かったと考えられています。

ハプログループDは、現在の日本や中国、朝鮮、東南アジアにおいて多数派的なハプログループO系統や、その他E系統以外のユーラシア系統(C,I,J,N,Rなど)とは分岐から7万年以上の隔たりがあり、非常に孤立的な系統となっています。

 

D系統は東アジアにおける最古層のタイプと想定できるが、一つの説として東アジア及び東南アジアにO系統が広く流入した為、島国日本や山岳チベットにのみD系統が残ったと考えられています。

そのため形質人類学的には古モンゴロイド(アイノイド)の分布と相関しているようです。

 

古モンゴロイドは、アジアのモンゴロイドを形質的特長から新・古に分けた概念です。

寒冷地適応を経ているか否かの違いを表した分類で、進化の新旧とは関係ないので注意が必要でしょう。

氷河期時代の北アジアで寒冷適応した結果、凹凸の少ない顔立ち、一重まぶたにみられる蒙古ひだなどの体質的特徴を有する新モンゴロイドに比べると、一般には彫りが深く、比較的小柄で、二重のまぶたや、厚い唇、湿った耳垢、多毛などの特徴を持っているとされました。

 

日本においては、縄文時代の住民(縄文人)は主に古モンゴロイド系であったと言われるが、その後に中国および北東アジアから渡来した新モンゴロイドと混血をした結果、現在の日本人の新モンゴロイドと古モンゴロイドの特徴が混在する形質が形成されたと考えられました。

遺伝子解析の結果、日本人(琉球人、本土人、アイヌ人)は皆縄文人の血を受け継いでいるため、現在の東アジア大陸部の主要な集団とは異なる遺伝的構成であるという結果が出ています。

 

この現在の東アジア大陸部の主要な集団とは異なる遺伝的構成によって、日本人の遺伝子は全体としてヨーロッパ寄りになっているわけです。

 

古モンゴロイドは、新モンゴロイドと比較して低めの身長、彫の深い顔、二重瞼、体毛が多いこと、湿った耳垢、波状の頭髪などの形質を持つと考えられています。

古モンゴロイドに属すアイヌは、彫が深い、毛深いなど和人とは異質の特徴から、かつてはコーカソイドと考えられたこともあったが、これはコーカソイド特有の形質ではなく、新モンゴロイド以外の多くの人種に共通する形質だといいます。

 

遺伝的には古モンゴロイドは新モンゴロイドに近く、他の人種とは隔たりが大きいとされているが、このように古モンゴロイドの形質が他人種と共通する部分が少なくないのは、コーカソイドやオーストラロイドと分岐した直後の状態を長く保持している、つまり、新モンゴロイドの固有派生形質を獲得していないためです。

すなわち多くの人種と古モンゴロイドの共通点は共有原始形質です。

 

ちなみにオーストラロイドも分類上厄介な存在で、遺伝的には広い意味でのモンゴロイドに入れるべきと言う意見や外見上はコーカソイドに近いとする見解もあります。

私は古モンゴロイドに近いグループに入れた方がすっきりすると思うのです。

アイヌなど古モンゴロイドに分類されているが、見た目は思いっきりコーカソイドに近いからです。

 

ここに、日本人に世界各地の人種や民族と似た顔が見つかる事実を重ねると興味深いことになります。

実は蒙古斑は、モンゴロイド、コーカソイド、ネグロイドのいづれにも見つかることがわかっています。

コーカソイドは色が薄いため、ネグロイドは地肌の色が濃いため、長い間気付かなかっただけなのです。

日本人に世界各地の人種や民族と似た顔が見つかるという事は、世界各地に日本人と似た顔が見つかると言う事でもあります。

 

もしも、中東を出発し、西に東に旅を続けて、日本で再度出会った石器時代人が古モンゴロイドであったとしたら、クロマニョン人とは時代が重なるのではないでしょうか。

しかもアイヌの親戚の骨がフランスとスペインの様式の矢じりと一緒に、アメリカで見つかっているのです。

クロマニョンの名はフランスの地名にちなんでいるが、アイヌの親戚はご先祖がフランスやスペインで石器時代を過ごしている可能性があります。

彼らがクロマニョン人と出会っていないと見る方が、不自然ではないでしょうか。

 

さらに情報を集めてみたいです。

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日本の食文化の起源はどこ?

知り合いの人達が近くまで来たのでと言って、夕食を一緒に食べないかと誘ってきました。

 

そこで行きつけの店に行ったのです。

 

定食のセットで夕食となったのだがご飯と主菜に味噌汁と漬物の組み合わせに、話は思いがけない方向に進んだのです。

 

ブレッドとメインディッシュにスープとピクルスに差し替えれば洋食のセットになってなってしまう、と言うと外国人の方は、確かにと頷きました。

 

そこから話はさらに食文化の比較になったのです。

 

丼はご飯におかずが乗るがご飯をブレッドに変えればオープンサンドになると、彼らは面白がったのです。

 

ピザとお好み焼きも作り方に違いはあるが、やっていることは似ています。

 

トッピングは、ピザは削ったチーズだが、お好み焼きはかつお節、ところがかつお節もまた発酵食品です。

 

豆腐をスライスしてフライした油揚げは皮に食感が似ている、厚揚げはさしずめ皮つき肉と言うところでしょうか。

 

これ以外にも日本の食卓に並ぶ料理には、洋食と見た目は違ってもやっていることは案外近いものが意外とあるのです。

 

地中海沿岸には日本人好みの料理が結構あるらしいが、日本には家族性地中海熱のようにヨーロッパと共有な遺伝病は複数あり、しかもアジアでの飛び地であることは興味をそそります。

 

アメリカではアイヌの親戚の骨がフランスとスペインの様式の矢じりと一緒に出ているが、アイヌは日本の先住民である縄文人の子孫と見られています。

アイヌは沖縄の人たちとよく似ているが、沖縄の文化や風習には聖書と似たものが多くあると沖縄の人達自身も面白がっているのです。

その沖縄に、先祖は東のニライカナイから来たという言い伝えを持っています。

東には南太平洋の島々があり、その先はアメリカ大陸です。

アイヌの人々の生活文物もまた、古代イスラエルと似ていると言う指摘があるのです。

日本とアメリカ大陸の先住民は親戚と以前から言われてきたが、遺伝子でも確かめられてきました。

ところが、アメリカではアメリカの先住民は古代イスラエルの民の一部が渡った人達と主張し、何度も船出して最後に行方不明になった人たちの記録があるのです。

 

これは、偶然でしょうか。

 

日本に来たユダヤ人は、日本の正月の風習に興味を持つのです。

日本人も過ぎ越しの祭りをするのかと気になるわけです。

鏡餅は彼らの供える種入れぬパンを積み重ねる風習と似ていると面白がっています。

七日間という長さや、餅や七草のような食べているものの類似、ともに神を迎える行事であることです。

 

日本の神社と似ているのは、古代イスラエルや古代エジプトの神殿であるのです。

特に日本古来の山岳信仰と古代エジプトのピラミッドコンプレックスつまりピラミッド複合体を対比して、ピラミッドを御神体とする拝殿とその前に配されるスフインクスが山をご神体として拝殿や狛犬が配される神社の古い形の原型と吉村作治教授は指摘しています。

 

アメリカ大陸を船出した人々がヨーロッパやアフリカに行っていれば、彼らは記録や伝承に残しているはずだが、残っている話は聞いたことがないです。

一方、沖縄にはニライカナイと言う東方の地を祖先が旅立った場所と語る伝承があるのです。

 

そして、日本には古代中東の遺伝子があるのです。

 

日本は、中東で発生した人類が東回りと西回りで進んできて再び合流した土地としかかんがえられないです。

何しろ、シベリアにもアイヌの親戚がいるし、シベリアのバイカル湖畔に住むブリヤート人には秋田美人にそっくりな人達が多くいます。

こんな風に、日本には世界各地の人たちと似た顔があるのです。

言い換えれば、世界各地に日本人と似た顔の人が住んでいるのです。

中東が人々の発祥の地と見られているが、東回りと西回りで移動して来た人達は世界各地に人を散らばしながら、日本にやって来たと見る方が自然でしょう。

 

歴史学者とクリスチャンの違いは、それを一万年単位の昔と見るか、ノアの箱舟の後のバベルの塔の頃と見るかの差です。

アブラハムやイサクやヤコブの子孫が日本に来ている可能性がありと見るかどうかの差も、面白いです。

 

彼らは、そうだよね、確かにそうだと、頷きながら聞いてくれました。

私が一方的に話過ぎたことを詫びると、面白い話をきけて楽しかったと言って、にこやかに握手の手を差し出してくれました。

 

私も笑顔で握り返してその晩の久々の語らいは終わりました。

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日本語とロシア語?!

面白い本を手に入れました。

 

笹谷政子著「日本語の起源」と言うのだが、日本語はロシア語、トルコ語、朝鮮語の接触と混交から生まれたと主張しているのです。

 

朝鮮語と日本語はよく比較されるが、ロシア語とトルコ語とは、意外な顔ぶれと思うかも知れないですね。

 

だが、トルコ語も日本語と似た単語を持つ言語として注目する声があるのです。

 

ここではロシア語に注目したいです。

 

著者は日本語のベースはロシア語にあると、見ているからです。

 

ロシアも、日本先住民の子孫と見られているアイヌが多く住む地域であり、バイカル湖畔が近年日本人の起源で注文されてきているし、シベリアのバイカル湖の方まで行くと日本人そっくりなブリヤート人に出会うそうです。

もちろん秋田美人のそっくりさんも多いです。

 

ロシア語と日本語も比べてみると面白い事がわかりそうだから、スラブ古語と日本語の古語は比べてみる価値があると以前から思っていました。

 

私も日本語とロシア語の関係が因縁浅からぬものである可能性は、否定しないです。

 

だが、スラブ民族の起源については、どうも引っかかることがあります。

 

ミーシャのスラブ叙事詩のなかに、スラブ民族の起源に触れたものもあるのだが、旧約聖書のアダムとイブの伝承を何度見ても連想してしょうがないのです。

 

スラブ民族の起源を知ると、旧約聖書のアダムとイブの伝承を連想したその印象は、無理からぬものである気がしてきます。

 

スラヴ人の多くは、コーカソイド人種の特徴を持っていることは事実です。

今でこそモンゴロイドに分類されるアイヌだが、その外見からコーカソイドと見られていた時期もあります。

言い換えれば、アイヌとコーカソイドはそれくらい見た目が似ていると言う事です。

スラブ民族の原住地は、カルパチア山脈周辺と推定されるというのです。

スキタイ人やサルマタイ人を吸収同化して、同一の言語集団として成立して行ったと見られています。

スキタイと言えば、ユダヤ人の歴史、取り分け日ユ同祖論を語る人たちにはユダヤ人と深く関わった人たちとして論じられる人達なのです。

サルマタイ人もまた、紀元前4世紀から紀元後4世紀にかけて、ウラル南部から黒海北岸にかけて活動したイラン系遊牧民集団です。

イランもまた、ユダヤ人の歴史を語る上で注目される国なのです。

サルマタイはギリシア語であり、ラテン語ではサルマタエとなる。また、彼らのいた黒海北岸地域をその名にちなんでサルマティアと呼ぶため、サルマティア人とも呼ばれます。

サルマタイ人は、紀元前7世紀末からウラル南部にいたサウロマタイに紀元前4世紀頃東方から移動してきた遊牧民が加わって形成されたとされます。

そしてユダヤ人もまた遊牧の民であった以上、係わりを否定する方が難しいでしょう。

スラブ民族は、その後ヨーロッパ各地へと移住する過程で、67世紀頃まで言語としてある程度の一体性を持っていたものが、次第に東スラヴ人、西スラヴ人そして南スラヴ人といった緩やかなまとまりから、さらに各地のスラヴ民族を多数派とする集団へと分化していった歴史を持ちます。

スラヴ民族は、ユーラシア大陸のイラン系遊牧騎馬民族のサルマタイ、トルコ・モンゴル系のフン族、ゲルマン系の一部族ゴート族などの多民族から成り立っています。

東欧やシベリアは後にモンゴル・イラン・トルコ系アヴァール(ハーン)やモンゴロイドのブルガール人が定住、ハーンの侵攻からゲルマン民族が撤退後の土地に定住したのです。

 

スラブ民族成立過程にユダヤ人は直接には登場しないが、ユダヤ人の血が途中で入って来ている可能性はないとは言い切れません。。

 

少なくとも中東文化の影響は受けているはずで、その過程でアダムとイブの伝承が伝わったのかもしれないです。

 

それはさておき、バイカル湖畔起源説を考えるとスラブ古語が日本語のベースの少なくとも一部になっているのは十分にあり得る話です。

 

なぜ一部と見るかと言えば、アメリカ大陸からも縄文の子孫と見られているアイヌの親戚とおぼしき人骨が出ているのです。

その中にフランスとスペインの様式の矢じりとともに見つかったケネウイック人も、います。

 

日本に家族性地中海熱の発症例があることを、著者の議論で説明するのはいささか無理があるように思われます。

 

だが、日本人起源としてロシアとトルコに注目した点は、大いに評価したいのです。

 

もっと言及されても良い地域だからです。

追記

日本とロシアについては、以前にも記事を書いています。

特に音楽のテンポの類似は今回言及してないので、見ていただけると幸いです。

 

ロシアと日本?

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どういう立場に立って各国の位置関係を見ると良いのか考えてみた方が良い。

北朝鮮がアメリカに対して挑発的行動を取り続けているのです。

北朝鮮に圧力をかけて態度を変えさせようとして、いくつかの国々が動いています。

 

北朝鮮が態度を変えないなら、石油の全面的な禁輸も辞さないと言う強硬論も出ています。

 

だがロシアは、それに異を唱えているのです。

 

対話の道を模索し、進めていくべきだとしているのです。

それに対して、様々な推測や憶測が当然のように出てきています。

しかし、ロシアにどのような思惑があろうと、その背景にはどういう事情があるか考えた方が良いでしょう。

その結果、ロシアに対してどのような働きかけを選択するにしてもです。

 

まず考えられるのは、ロシアは北朝鮮と陸続きだから、もし北朝鮮の民衆に何かあれば、難民問題など厄介な事態を抱える可能性が大いにあると言う事です。

だが、影響はそんな段階で留まるはずはないと考えるのは自然なはずです。

ロシアは北朝鮮が陸続きの隣国である以上、どんなに可能性が小さかろうと最悪の事態回避に動くのは当たり前ではないでしょうか。

そこを理解すべきなのです。

 

仮に北朝鮮へ石油輸出を全面的に止めたとします。

ロシアは最も近い産油国なのです。

輸出再開を力づくでも迫ってくることは、当然想定の範囲でしょう。

もし、どちらから業を煮やして戦端が開かれた場合、核で威嚇しあう事態になり、北朝鮮がロシアに核を使いかねないと最悪の事態を想定し全力で回避行動をとるのは当たり前ではないでしょうか。

北朝鮮への石油禁輸を実施したらABCD包囲網で石油禁輸された日本が真珠湾奇襲をしたような行動を北朝鮮は取るかと言う問いに、ロシアはないとは言い切れないと懸念している可能性は否定しない方が良いと思うのです。

そして実際に、最悪の事態の事態はあり得るとの判断を示し、各国の理解を得たいと願っているではないですか。

北朝鮮がアメリカ・ロシア・中国の三国を翻弄出来るのは、緩衝地帯としての地政学的な位置にあるからです。

北朝鮮は自覚しているか否かに関係なく、やらざるを得ないし出来るからやっているのでしょう。

 

アメリカ・ロシア・中国の三国の緩衝地帯としての地政学的位置にあるにもかかわらず、韓国や日本がそれをやっていないからですよ。

だが韓国や日本は恐らく、自らの地政学的立場を理解していないし、利用してもいないようにみえるのです。

従来の大国のパワーバランス理論の束縛から、出られないからでしょう。

近視眼的なリアリズムが、邪魔しているのです。

日本を中心とした世界地図を見て欲しいのです。

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日本が、アメリカ・ロシア・中国の緩衝地帯としてこの三国を翻弄出来る地政学的位置を理解して欲しいのです。

 

仮に半島が中国とロシアのどちらにつこうとも、日本のアメリカ・ロシア・中国の緩衝地帯としての地位は揺るがないはずです。

しかも経済力もあるではないですか。

かつてより順位は落ちたかもしれないが、それでも十分な高さと大きさがあります。

 

北朝鮮がロシアと中国を翻弄出来るのは、北朝鮮の緩衝地帯としての地政学的位置をロシアも中国もわかっているからだ。

中国もロシアも、北朝鮮を相手に取られたくないが追いやりたくもないのです。

そして、北朝鮮は中国やロシアとアメリカとの緩衝地帯でもあるのです。

それは、アメリカも十分意識しているはずです。

これらの事情を一番理解できていないのは、悲しいかな、日本ではないですか。

真っ只中にいて翻弄される立場にあるから、多くの国民がそのことに十分理解できていないのかもしれません。

もう一度言います。

日本を中心とした世界地図を眺めてください。

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思い描いてください。

日本が、中国やロシアとアメリカの緩衝地帯であり、これらの国々に対してイニシアティブを握れる地政学的位置にあることを、理解してください。

一番良いのは、半島と日本の中立化だと私は思うのです。

 

そして、中国やロシアとアメリカの緩衝地帯としての地政学的位置にある利点を最大限に利用し活用する政治のリアリズムを徹底的に理解し生かして欲しいのです。

 

世界が平和と安定の中で、持続可能な対等平等・相互互恵な社会をつくり上げていくイニシアティブを大いに発揮して欲しいのです。

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