ドイツ

三星堆を作ったのはドイツ人のご親戚?

ネット上で面白い記事を見つけました。

ネタとしても十分楽しめるけど、この仮面が三星堆遺跡から出土した品であることが、私には興味がひかれました。

なぜなら、三星堆を含めた長江一帯の古代遺跡は、近年、日本との関連が注目されているからです。

<サッカー>ドイツ代表のエジルは中国で発掘された青銅の仮面にそっくり、博物館職員の投稿が大反響―中国

Record China 6月19日(木)23時10分配信    

2014年6月17日、W杯のドイツ対ポルトガル戦が行われた。両雄が相見える前の16日午後3時59分、四川省三星堆博物館の公式ミニブログから興味深い写真が投稿された。写真の左側では、三星堆遺跡から発掘された青銅製の仮面に、ドイツの背番号8のユニフォームが組み合わされ、その右側に背番号8のエジルが並べられている。エジルの大きな目は青銅製の仮面の目にそっくりだ。写真には「今夜はがんばってくれ、うちの遺跡の恥さらしにならないように!」という言葉が付された。この投稿内容は17日午後4時までに2万5000回以上転載され、3000件以上のコメントが寄せられた。成都商報が伝えた。

【その他の写真】

投稿者は三星堆博物館でミニブログを管理している女性サッカーファンの朱さんで、特にドイツとイングランドのファンだという。

朱さんは、「三星堆の仮面は目が大きく、ラインがはっきりしていることが特徴で、中央・西アジアもしくは欧州の人に似ている。16日にドイツとポルトガルの試合を見て、エジルと青銅製の仮面、特に目・眉・鼻が似ていると感じた。そこでドイツのユニフォームを画像処理して投稿したが、これほど反響を呼ぶとは思わなかった」と語った。(提供/人民網日本語版・翻訳/YF・編集/武藤)

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江戸っ子とドイツ人とローマ帝国?

蛇蔵&海野凪子の「日本人の知らない日本語」シリーズ、結構面白いので1から4まで持ってるんだけど、その中にさりげなく面白い話があったのです。


ドイツ人は、「し」と「ち」の区別が苦手だというのです。


日本でも、東京下町の江戸っ子は、「し」と「ひ」の区別が苦手として知られています。


巻き舌でべらんめえ調な下町の人たちが、江戸っ子訛り丸出しで歌ったドイツ語の喜びの歌の発音が実に本格的な発音だと、テレビでも話題になりました。


「し」と「ち」の区別が苦手なドイツ人、「し」と「ひ」の区別が苦手な東京の江戸っ子。


その江戸っ子が訛り丸出しで歌ったドイツ語の喜びの歌が、発音が本格的というのは面白いですね。


ここで気になるのは、ドイツ人が「ち」江戸っ子が「ひ」の発音が苦手と言うことです。


ドイツ語の発音は、ほとんどローマ字読みで大丈夫なことを思えば、そして、巻き舌をドイツ語と江戸弁が共有していることを思えば、ドイツ人と江戸っ子の「し」は似た発声だろうと想像できます。

 

 でも、ドイツ人は「し」と「ひ」の区別は出来てるでしょ。


「し」と「ひ」と「ち」は、いずれもイの段の音、つまり、平唇的な発音なんです。


区別は、口の横への開き具合だけなのです。


同じような巻き舌音でも、江戸っ子とドイツ人では発音の平唇の程度が違うわけですね。


この、発音の時の平唇の程度の差が、「し」と「ち」の区別が苦手なドイツ人と「し」と「ひ」の区別が苦手な江戸っ子の差に、なっているんでしょうね。


さらに興味が惹かれるのは、イタリアの中でもローマはなぜか巻き舌が強い発音なんです。


 巻き舌が繋ぐ、江戸っ子と、ドイツ人と、ローマっ子、面白いですね。


ローマ帝国領になったヨーロッパの地域は他にもあるのに、なぜかドイツが神聖ローマ帝国を名乗るでしょ。


 そして、江戸っ子の発音の癖はドイツ人的でもあるし、ローマっ子的でもある。


ドイツ人はヨーロッパの中でも、日本人に気質が近いと言われます。


スイスも結構、ドイツ語の地域は広いが、スイス人も日本人と気質が近いので親近感を持ち、多国籍な集いでは日本人とスイス人の行動パターンが近いのでとっても気が合うからと恋に落ちるパターンも結構あるのだそうです。


スイス人と日本人はいつも時間通り集まるとか、ほかの民族はみんなさっさと帰ってしまって後片付けはたいていスイス人と日本人だとか、あげれば他にも例はあるだろうが、気が付くと傍にいることが多ければ、それはいつしか、恋に落ちることもあるでしょうね。


もちろん、例外もあるそうなので、あまり、期待しないようにしてください。


交通機関のダイヤの正確さは日本とスイスが一番、似ていると言います。


ドイツも案外遅れるが、何分遅れるかちゃんとアナウンスするあたり、他の国よりは律儀ですがね。


 ドイツって、何分遅れるかアナウンスがあると言っても、平気で遅れてしまうあたり、多少、ラテン的ですね。


ドイツ人にしてみれば、遅れるにもちゃんとわけがあるから仕方ない、何分遅れるかちゃんと言えば問題ないだろということなのでしょうね。


そのドイツが神聖ローマ帝国を名乗ったあたり、そして、周辺国からなんでだとつっこみがなかったあたり、なにかありそうですね。


マケドニア共和国がこの名前を付けるとき、周辺のマケドニア人から、マケドニアと言えばギリシャなんだからなんであなた方はその名を使うのかと、異論が出たこともありましたからね。

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薄毛を透かすとヨーロッパが見える?

ちょっと興味深い記事が、週刊ポスト2012年11月2日号で掲載されていました。

NEWSポストセブンのHPから、紹介しましょう。

イギリス 裁判官のカツラ廃止、法服簡素化で7000万円削減
2012.10.26 16:01
http://www.news-postseven.com/archives/20121026_151092.html?utm_source=twitter&utm_medium=social&utm_campaign=%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%80%80%E8%A3%81%E5%88%A4%E5%AE%98%E3%81%AE%E3%82%A%E3%83%84%E3%83%A9%E5%BB%83%E6%AD%A2%E3%80%81%E6%B3%95%E6%9C%8D%E7%B0%A1%E7%B4%A0%E5%8C%96%E3%81%A77000%E4%B8%87%E5%86%86%E5%89%8A%E6%B8%9B

 日本の成人男性の薄毛人口は約1000万人。

そのうち、ざっと10人に1人がカツラ愛用者といわれる。

ここでは、そんなカツラーだけでなく、誰もが知っておいて損のないカツラ・トリビアを3つ紹介しよう。

■イギリスの裁判はカツラが義務
 イギリスでは17世紀以来、裁判官らに法廷での白いカツラ着用を義務づけている。

法廷の威厳を保つための伝統だが、「時代遅れ」という声が挙がり、2008年から一部地方で民事裁判に限って廃止された。

同時に法服も簡素化され、当時のレートで年間7000万円の経費削減効果があった。

 しかし、刑事裁判については、被告人から裁判官の人物特定が容易になってしまうという理由で、現在もカツラが着用されている。

■欧米と日本で異なるカツラ意識
 アメリカやヨーロッパにもカツラはあるが、日本のものほど精巧ではなく、着けっぱなしにして数か月で使い捨てるのが一般的。

また使っていることを隠したりせず、オープンだという。

これには、それぞれの国の薄毛率が関係あるようだ。

 主な国の成人男性の薄毛率調査によると、ドイツ41%、フランス、アメリカ39%、イギリス36%と半分近くが薄毛。

 一方日本は、アジアトップではあるものの26%。

薄毛は4人に1人と少数派であるため、日本ではこっそり使う精巧なカツラが発達したのかもしれない。

■元は同じ会社の同僚!
 日本のカツラ市場で過半数のシェアを握るアデランスとアートネイチャー。

実は創業者は同じ会社の同僚で、いまはなき名古屋の女性用カツラメーカー、ボア・シャポーの社員だった。

昭和40年代にそれぞれ独立し、当初は個人商店としてスタートした。

私が注目したいのは、ここです。

主な国の成人男性の薄毛率調査によると、ドイツ41%、フランス、アメリカ39%、イギリス36%と半分近くが薄毛。

一方日本は、アジアトップではあるものの26%。

薄毛は4人に1人と少数派であるため、日本ではこっそり使う精巧なカツラが発達したのかもしれない。

日本と欧米の間に見られる、さまざまの類似点を挙げてきた私としては、見逃せません。

 そういえば、薄毛は26%で4人に1人と少数派とはいっても、アジアトップとありますね。

家族性地中海熱、家族性アイルランド熱、高IgD症候群HIDSなど、主に欧州人種で発症している遺伝病は、日本にも見つかっています。

秋田美人の美白の謎を探っていくと、白人の血が入っていないとここまで白くならないという、指摘もありました。

秋田犬、さらには、北海道犬にまで、ヨーロッパとの接点が見えてきました。

秋田美人の顔も、典型を探るとミロのビーナスに近くなると言います。

 体格も、良いですよね。

縄文時代の遺跡から見つかるオオヤマネコを追跡すると、ヨーロッパからアメリカ経由の可能性が見えてきました。

 アメリカからは、イギリス人とアイヌの双方に似ているフランスとスペインの鏃を伴った古代人骨が、でてますよね。

日本の神話は、太陽神を中心とした三神構造で、動物神を含む八百万の神々という、古代エジプトとの共通点があります。

けれど、散りばめられている神話はギリシャとの類似が言われることの方が多いです。

日本人の足も面白いことに、エジプトタイプが多数を占めるが、二位がギリシャタイプ。

 三位は、スクエアタイプですね。

エジプトに似た構造の神々の世界であるのに、神話はギリシャ。

エジプトタイプが足の多数を占めるのに、二位がギリシャ。

 そう見ると、面白いですね。

 日本とヨーロッパ、それも、旧ローマ帝国領の地域と、妙に似てる気がしませんか。

北欧からも、日本に親近感を持っている民族が見つかるので、旧ローマ帝国領に絞らないほうが、良いように思いますがね。

 一つの記事だけ見てると、単なる話のネタで終わるけど、情報を集めると、ここまで話題って広がるのですね。

アデランスとアートネイチャーの創業者が、同僚だったとは驚きました。

 驚くのは、そっちですか。

おかしいですか。

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灰かぶり猫について改めて考えてみた。

ペローやグリムの残した『シンデレラ』よりも以前の17世紀の南イタリアで書かれた『Cenerentola(灰かぶり猫)』という作品もありましたね。

なおシンデレラは、ゼゾッラの名で登場します。

シンデレラは、ドイツ語のAschenputtelのほか、英語でCinderella、フランス語でCendrillon、イタリア語でCenerentola、などの名前で呼ばれています。

英語のcinder、フランス語のcendre、ドイツ語のAsche、イタリア語のcenere などはいずれも「燃え殻」「灰」を意味します。

なぜ灰かぶりと呼ばれるかについては、マタイによる福音書11章に、気になる記述があることに気づいたことも話しました。

灰をかぶることに関する、イエスの言葉が出てくるのです。

繰り返しになるけれど、少々長いが20節から24節を引用します。

20それからイエスは、数多くの奇跡の行われた町々が悔い改めなかったので、叱り始められた。

21「コラジン、お前は不幸だ。ベトサイダ、お前は不幸だ。お前たちのところで行われた奇跡が、ティルスやシドン行われていれば、これらの町はとうの昔に粗布をまとい、灰をかぶって悔い改めたにちがいない。

22しかし、言っておく。裁きの日にはティルスやシドンのほうが、お前たちよりまだ軽い罰で済む。

23また、カフェルナウム、お前は天にまで上げられると思っているのか。陰府(よみ)にまで落とされるのだ。お前のところでなされた奇跡が、ソドムで行われていれば、あの町は今日まで無事だったにちがいない。

24しかし、言っておく。裁きの日にはソドムの地の方が、お前たちよりまだ軽い罰で済むのである。」

私たちの知っているシンデレラの物語では、継母に虐げられてもじっと堪えているところから話は始まります。

 ところが、灰かぶり猫のゼゾッラは裁縫の先生は共謀して、ゼゾッラと不仲であった最初の継母を殺害する。

 十戒には、あなたは殺してはならない、とありますね。

 モーセは、事故で死なせたら罪に問われん無いが、恨みで殺したら死ななければならないと、戒めていたことを思い出しました。

 逃れの町について、民数記35章、申命記19章、ヨシュア記20章などにあるけれど、わざとではないのに死なせた場合だけ、逃れてよいはずですよ。

 本当に、マタイによる福音書による解釈で、良いんですかねえ。  

 不安になってきました。

カインとアベルの話を、覚えていますか。

 カインはアベルを殺しましたね。

神はアベルの供物に目を留めカインの供物は無視したので、カインは嫉妬してアベルを殺したのでしたね。

 ゼゾッラは、不仲であった継母を恨んで、裁縫の先生は共謀して殺してますね。

 細かいところに違いはあるけれど、動機は似ている。

創世記4章から、振り返ってみましょう。

9主はカインに言われた、「弟アベルは、どこにいますか」。カインは答えた、「知りません。わたしが弟の番人でしょうか」。

10主は言われた、「あなたは何をしたのです。あなたの弟の血の声が土の中からわたしに叫んでいます。

11今あなたはのろわれてこの土地を離れなければなりません。この土地が口をあけて、あなたの手から弟の血を受けたからです。

12あなたが土地を耕しても、土地は、もはやあなたのために実を結びません。あなたは地上の放浪者となるでしょう」。

13カインは主に言った、「わたしの罰は重くて負いきれません。

14あなたは、きょう、わたしを地のおもてから追放されました。わたしはあなたを離れて、地上の放浪者とならねばなりません。わたしを見付ける人はだれでもわたしを殺すでしょう」。

15主はカインに言われた、「いや、そうではない。だれでもカインを殺す者は七倍の復讐を受けるでしょう」。そして主はカインを見付ける者が、だれも彼を打ち殺すことのないように、彼に一つのしるしをつけられた。

主は、カインの言葉に神の怒りに対する恐れを感じ取られたのでしょう。

「知りません。わたしが弟の番人でしょうか」。

神の罰を恐れていなかったら、カインはとぼけたでしょうか。

 自分の行為を当然と思えば、開き直ったでしょうね。

 そして、神の怒りによって殺された。

けれど、カインは神に殺されると思って、必死に逃れようとした。

「わたしを見付ける人はだれでもわたしを殺すでしょう」。

死を覚悟したカインを憐れんだ神は、こう告げましたね。

「いや、そうではない。だれでもカインを殺す者は七倍の復讐を受けるでしょう」。

一方ゼゾッラは、不仲であった継母は殺したが、共謀しながら裏切った裁縫の教師の仕打ちには堪えました。

 復讐の機会を狙っていた、それとも、自業自得とあきらめた。

それは、わかりません。

言えることは、ゼゾッラが堪えるものとなったさまを灰かぶり猫と呼んだと、読める事だけです。

「これらの町はとうの昔に粗布をまとい、灰をかぶって悔い改めたにちがいない。」

この記述に、裏切り者となった裁縫教師の仕打ちに堪えたゼゾッラが重ねられたと見なければ、彼女にもたらされた救いは理解できないでしょうね。

妖精の鳩に貰ったナツメの木は実は魔法の木で、彼女は木の魔法によってきれいに着飾ってお祭りに参加して国王に注目される。

国王の従者に追いかけられたゼゾッラは、履いていたピァネッレを落としてしまう。

ピァネッレとは、17世紀のイタリアで履かれていた木靴のことです。

ゼゾッラは、魔法が祭りに参加するための一時的なものであり、時が来れば解けることを知っていたので焦ったわけです。

 魔法がばれたら、全てを告白しないといけない。

そのとき、自分たちに訪れる破局を、恐れたのでしょうね。

嘘に嘘を重ねて、その場を取り繕っても、発覚すれば更なる悲劇が待っていると知っていたのでしょう。

 神は、ゼゾッラはとことん神を恐れるものとなったと、理解していた。

おそらく、そうでしょう。

そうでなければ、ゼゾッラにとってのハッピーエンドはこの物語にないでしょうから。

 ゼゾッラは、何事もなかったかのように、元の日常に戻ったのでしょうね。

おそらく、そうでしょう。

そして、もと、裁縫教師であたった二人目の継母の仕打ちに堪えたのでしょう。

悔い改めたゼゾッラは、大公の娘としての気品とへりくだった者の持つやさしさを兼ね備えた美しい娘となって、国王の目に留まったのでしょう。

 悔い改めとへりくだりのたいせつさこそ、灰かぶり猫という題に込められたメッセージであった。

主人公の罪を犯した場面を除かれてしまったシンデレラの話は、へりくだりの大切さと堪えることの美徳を説く物語に変質してしまったといえるでしょうね。

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シンデレラはなぜ灰をかぶる?

マタイによる福音書11章に、灰かぶり姫という意味のシンデレラという名前に関連のありそうな、気になる記述があることに気づきました。

 

灰をかぶることに関する、イエスの言葉が出てくるのです。

 

意図をくみ取るために、少々長いが20節から24節を引用します。

 

20それからイエスは、数多くの奇跡の行われた町々が悔い改めなかったので、叱り始められた。

 

21「コラジン、お前は不幸だ。ベトサイダ、お前は不幸だ。お前たちのところで行われた奇跡が、ティルスやシドン行われていれば、これらの町はとうの昔に粗布をまとい、灰をかぶって悔い改めたにちがいない。

 

22しかし、言っておく。裁きの日にはティルスやシドンのほうが、お前たちよりまだ軽い罰で済む。

 

23また、カフェルナウム、お前は天にまで上げられると思っているのか。陰府(よみ)にまで落とされるのだ。お前のところでなされた奇跡が、ソドムで行われていれば、あの町は今日まで無事だったにちがいない。

 

24しかし、言っておく。裁きの日にはソドムの地の方が、お前たちよりまだ軽い罰で済むのである。」

 

粗布をまとい、灰をかぶってというのは、怠けることなく、高慢になることなく、現世の欲にとらわれることなく質素ないでたちで、日々の労働に励むということでしょう。

 

 粗布は謙虚さを、表すと言うのはその通りでしょう。

 

 灰をかぶるとは、日々の焼き尽くす献げ物の灰が神の声によってかかると言う意味もあるのでは。

 

確かに、和解や贖罪や賠償のための焼き尽くす献げ物から出た灰はある程度人々にかかるでしょうね。

 

風は神の声の象徴としても、使われますからね。

 

 『シンデレラ』は、「灰かぶり姫(はいかぶりひめ)」とか、「灰かぶり(はいかぶり)」という意味でしたね。

 

 この灰かぶりが、聖書で解けると言うのですか。

 

可能性は、ありますよ。

 

 『シンデレラ』の話は、グリム兄弟(Brüder Grimm) によってグリム童話に「No.21 Aschenputtel」として納められたものや、シャルル・ペロー(Charles Perrault) によるものが知られているでしょ。

 

 古くから広い地域に伝わる民間伝承で、中国にも楊貴妃がモデルと言われる「掃灰娘」という類話がある。

 

シンデレラは、ドイツ語のAschenputtelのほか、英語でCinderella、フランス語でCendrillon、イタリア語でCenerentola、などの名前で呼ばれています。

 

英語のcinder、フランス語のcendre、ドイツ語のAsche、イタリア語のcenere などはいずれも「燃え殻」「灰」を意味します。

 

さらに興味深いことに、ペローやグリムよりも以前の17世紀の南イタリアで書かれた『Cenerentola(灰かぶり猫)』という作品もありましたね。

 

なおシンデレラは、ゼゾッラの名で登場します。

 

 五日物語という意味のPentamerone(ペンタメローネあるいはペンタメロン)という、ナポリ方言で書かれた民話集に収められている話ですよね。

 

17世紀初めにナポリ王国の軍人・詩人であったGiambattista Basile(ジャンバティスタ・バジーレ)が、Gian Alessio Abbattutis(ジャン・アレッシオ・アッパトゥーティス)という筆名を用いて執筆した作品ですね。

 

 この民話集は、死後の1634年から36年に刊行されたのですよね。

 

1日目第6話として収録されたこの話は、ペローやグリムよりも古い形と考えられ、両者と異なる部分があるそうですね。

 

まず、シンデレラの一般的に知られている筋はこうですよね。

 

シンデレラは、継母とその連れ子である姉たちに日々いじめられていた。

 

あるとき、城で舞踏会が開かれ、姉たちは着飾って出ていくが、シンデレラにはドレスがなかった。

 

舞踏会に行きたがるシンデレラを、不可思議な力が助け、準備を整えるが、12時には魔法が解けるので帰ってくるようにと警告される。

 

その不思議な力は、話によって異なり、魔法使い、仙女、ネズミ、母親の形見の木、白鳩などが登場する。

 

シンデレラは、城で王子に見初められる。

 

12時の鐘の音に焦ったシンデレラは、階段に靴を落としてしまう。

 

王子は、靴を手がかりにシンデレラを捜す。

 

姉2人も含め、シンデレラの落とした靴は、シンデレラ以外の誰にも合わなかった。

 

シンデレラは王子に見出され、妃として迎えられる。

 

一方、灰かぶり猫は、こういう筋です。

 

主人公のゼゾッラと裁縫の先生は共謀して、ゼゾッラと不仲であった最初の継母を殺害する。

 

主人公は、裁縫の先生と父の大公を再婚させる。

 

継母となった裁縫の先生は、6人の実娘を迎えるとゼゾッラを裏切って冷遇する。

 

その後、父の大公が旅行中に継母の娘には豪華なお土産の約束をするが、ゼゾッラはただ妖精の鳩がくれる物が欲しいとだけ答える。

 

その後、大公が妖精から授かったナツメの木の苗を土産として与えられたゼゾッラはその木を大切に育てる。

 

ナツメの木は実は魔法の木で、彼女は木の魔法によってきれいに着飾ってお祭りに参加して国王に注目される。

 

国王の従者に追いかけられたゼゾッラは、履いていたピァネッレを落としてしまう。

 

ピァネッレとは、17世紀のイタリアで履かれていた木靴のこと。

 

斎日に国王が国中すべての娘を召し出して靴を履かせた結果、ゼゾッラだけが靴に合致して王妃に迎えられる。

 

継母の6人の娘たちがそのときの屈辱を母親に伝えたところで、物語の幕を閉じる。

 

灰かぶり猫と、題名にありながら、猫は登場しません。

 

 灰かぶりの名は、台所のかまどで灰をかぶりながら仕事をしているところからきたと、思われてきたのでしょうね。

 

 そして、灰かぶり猫というのも、温かさを求めて火を落としたかまどにはいって灰まみれになった猫のように灰まみれという、風に解釈できる。

 

でも、俗語ではしばしば、若い娘は猫に例えられますね。

 

 つまり、灰かぶり猫は灰かぶり娘の俗語表現と見ても良い。

 

そういう風に思われてきたから、誰も聖書と比べなかったのでしょうね。

 

 聖書の物語の壁画やステンドグラスが発展したのは、文盲が多かったから絵で説明するためだったとも、言われますね。

 

 それで、一般人の中で、聖書の灰かぶりに注目する人はいなかったのかしら。

 

聖書研究者で、一般の物語を研究している人は少ないし、一般の物語研究者で、聖書と比べようとする人も少ないでしょうからね。

 

わたしも、どうして灰かぶり姫なのかという疑問を持った目で聖書を開いたから、この記述に気が付いたのです。

 

一般に知られた物語では、灰をかぶって悔い改めるという言は、あまりしっくりきません。

 

ところが、より古い形と見られる灰かぶり猫では、ゼゾッラは殺人に加担してしまいます。

 

つまり、罪人に堕落したわけです。

 

 悔い改めが、必要になってしまったわけですね。

 

ゼゾッラは冷遇されるが、じっと堪えるわけです。

 

ようするにへりくだる者となったわけです。

 

聖書では、へりくだる事の徳を繰り返し説きます。

 

ゼゾッラは、おそらく粗布のように粗末な衣類だったでしょう。

 

さらに、灰をかぶったようになっても、こらえて働いたとみればどうでしょう。

 

 まさに、粗布をまとい、灰をかぶって悔い改めた、という聖書の記述に似てきますね。

 

そうみると、妖精の鳩がくれる物が欲しいというのも、仕返しの道具が欲しいのではなく、祝福と守りが欲しいということでしょ。

 

 妖精から授かってきたナツメの木は、魔法の木でしたね。

 

ナツメとは、ナツメヤシのことです。

 

ナツメヤシはギルガメシュ叙事詩やクルアーンに頻繁に登場し、聖書 の「生命の樹」のモデルはナツメヤシであるといわれます。

 

鳩、とりわけ白鳩は、聖霊の象徴として描かれます。

 

生命の樹は、アダムカドモンとも呼ばれ、人の後ろ姿とされるが、イエスの象徴として扱う議論もあります。

 

 鳩とナツメで、聖霊とイエスが暗示されている。

 

罪を犯したゼゾッラであるが、へりくだり悔い改めて、イエスの祝福を求める心の持ち主になっていたことが、妖精の鳩がくれる物が欲しいという言葉に表れたと見ても良いのかも知れません。

 

 そうなると、灰かぶり猫の、猫の解釈についても、考えないといけないですね。

 

イエスに従うものは、イエスのようになることが求められると、聖書は説きます。

 

 そして、猫はイエスのメタファー。

 

メタファーとは、全ての性質を用いて例えることです。

 

 そうなると、悔い改めたゼゾッラは、あたかもイエスのような境地にまでたどり着いたということが、猫という言葉でほのめかされている。

 

可能性はありますね。

 

 そうなると、シンデレラの物語の元を作った人はかなり聖書に詳しい。

 

どういう人だったのでしょうね。

 

中国にも楊貴妃がモデルと言われる「掃灰娘」という類話があるなど、古くから広い地域に伝わる民間伝承だそうです。

 

 楊貴妃と言えば、蜀の出身ですね。

 

蜀については、日本との繋がりを考えましたね。

 

なお、中国には他にも、民話に基づいていると思われる唐代の小説「葉限」などの類話があるそうです。

 

 楊貴妃は唐代の人、「葉限」という小説も唐代、民話の伝わった地域が気になりますね。

 

情報が欲しいところですね。

 

日本にもシンデレラとよく似た、作者不明の『落窪物語(おちくぼものがたり)』があります。

 

主人公は、中納言源忠頼の娘である落窪姫君です。

 

針子として家族の着物を縫わされ続けていたためか、裁縫が非常に得意です。

 

皇女である母と死別した落窪姫君は、継母のもとで暮らすことになりました。

 

出自は継母や義姉妹たちより遥かに高いが継母からは冷遇を受けて落窪の間に住まわされ、不幸な境遇にありました。

 

しかし、そこに現われた貴公子、右近の少将道頼に見出されて、姫君に懸想した道頼は彼女のもとに通うようになりました。

 

姫君は、継母に幽閉されます。

 

そこを道頼に救出され、二人は結ばれます。

 

道頼は姫君をいじめた継母に復讐を果たし、一家は道頼の庇護を得て幸福な生活を送るようになります。

 

シンデレラの物語は、ヨーロッパばかりか、中国、日本と広がっているわけです。

 

 原作は、中東で生まれたとか、想像できませんか。

 

 民族の伝承だったので、中東では民族の移動とともに廃れたとか。

 

どうなのでしょ。

 

シンデレラの話、結構謎が多いようですね。

 

追記

 

今回の話はこの記事の続きに当たります。

シンデレラと火車?

 

 

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カーニバルと盆踊り?

謝肉祭と訳されることの多いカーニバルは、もともとカトリックなど西方教会の文化圏で見られる、四旬節の前に行われる通俗的な節期です。

謝肉祭は、各国で次のように呼ばれます。

英語ではカーニヴァル(Carnival)

ドイツ語ではカーネヴァル(Karneval)、ファシング(Fasching)、ファストナハト(Fastnacht)

スペイン語ではカルナバル(carnaval)

イタリア語ではカルネヴァーレ(carnevale)

フランス語ではカルナヴァル(carnaval)

ポルトガル語ではカルナヴァウ(carnaval)

ハンガリー語ではファルシャング(farsang)

ポーランド語ではカルナヴァウ(Karnawał)

アイスランド語ではキョトクエズユハウティド(kjötkveðjuhátíð)

四旬とはもともとは40日のことだが、日曜日を除いて40日を数えるので、日曜日をくわえると実際は46日となります。

日曜日はイエスの復活を記念する喜びの日なので、四旬節の40日にはカウントされないのです。

四旬節は、カトリック教会などの西方教会において、復活祭の46日前の水曜日(灰の水曜日)から復活祭の前日(聖土曜日)までの期間のことです。

なお、聖公会では「大斎節」と呼び、プロテスタントの教派によっては「受難節」と呼ぶこともあります。

四旬節では伝統的に食事の節制と祝宴の自粛が行われ、償いの業が奨励されてきました。

伝統的に、四旬節の節制は、祈り、断食、慈善の3点を通じた悔い改めの表明と解されます。

現在の多くの西方教会の教派では、神に対しての祈り、自分自身に対しての節制、さらに他人に対する慈善の3つが四旬節の精神であるとして教えられています。

もちろん、伝統的な考え方を否定するわけではないといいます。

現在でも一部の信徒たちが娯楽の自粛や慈善活動への積極的な参加を行っているそうです。

一方、東方教会の諸教派では、現在も、慈善の奨励や四旬節に固有な悔い改めを促す種々の祈りとともに厳格な食事の節制が行われます。

四旬節の日は、年によって一定ではありません。

復活祭は3月22日から4月25日のいずれかの日曜日なので、四旬節は2月4日から3月10日のいずれかの日に始まるのです。

四旬節は、正教会の「大斎(おおものいみ)」に相当します。

もっとも、正教会における大斎の始まりは、日曜日日没であることや、東方教会の復活祭の日付は西方教会と必ずしも一致しません。

ちなみに、教会暦は日没を一日の境目と捉えます。

そこで、日曜日日没から月曜日と数えるのです。

大斎と四旬節は、年によって1週から5週ほどのずれを生じていることなどにより、期間には相違がでてしまうのです。

 40は聖書では、ノアの洪水や、出エジプト、イエスの断食などで出てくる数字ですね。

四旬節の語源は、ラテン語の40を意味するクアドラゲシマで、元は初代教会で復活祭前に行っていた40時間の断食の事だったと言います。

四旬節は本来、復活祭に洗礼を受ける求道者のために設けられた期間だったのです。

復活徹夜祭には成人の洗礼を行うのが初代教会以来の慣習であり、受洗者たちも初聖体に備えて40時間断食を行っていました。

後に、聖金曜日から復活祭までとされたこの40時間は、6日間に延ばされ、さらに延びて6週間の洗礼準備が行われるようになったようです。

4世紀の終り頃のエルサレムでは復活祭前の7週間、毎週3時間の受洗準備が行われていたという記録があるそうです。

4世紀に入ってキリスト教が公認されると、受洗者の数が激増したため、従来、求道者のみに課していた復活祭前の節制の期間を全信徒に対して求めるようになったわけです。

これが四旬節の起源とされます。

四旬節中には厳格な断食をなすという習慣は、古代末期から中世にかけて確立したそうです。

肉はもちろん卵、乳製品の摂取が禁じられており、一日一度しか十分な食事を摂ることができないとされました。

 その四旬節の前の行事だから、カーニバルは謝肉祭と訳される。

そうなるでしょうね。

今日では、社会の変化により、西方教会においてはそのような厳格な実施は求められていないようです。

現代のカトリック教会における四旬節中の節制は、以下のようなものといいます。

まず、教会法1251条によって対象となるのは、18歳から60歳までの健康な信徒である。

教会法1253条は大斎の実施については各国の司教団の決定に従うよう書かれている。

基本的には大斎の日には一日一度十分な食事をとり、あとの2回は僅かに抑える。

大斎の日には肉を摂らないという小斎も同時に行われる。

現行のカトリック教会法では、毎週金曜日と灰の水曜日や聖金曜日に小斎を行うというのが基本的な形式だそうです。

カーニバルの語源は、一説によるとに13世紀のイタリア語などラテン系言語の「肉よ、お別れじゃ」という意味のカルネ・ウァレ(carne vale)に由来するといわれます。

ドイツ語のファストナハトなどは「断食の前夜」の意で、大斎である四旬節の断食の前に行われる祭りであることを意味します。

別の説には、謝肉祭は古いゲルマン人の春の到来を喜ぶ祭りがキリスト教の中に入ってきたと見るものもあります。

ゲルマンの農耕祭に登場する船を仮装した山車carrus navalis(車・船の意)が、カーニバルの語源と見るわけです。

もちろん、断食の前という意味の方が古いという研究者もいます。

ゲルマンの祭りが入ってきた当初は、一週間教会の内外で羽目を外した祝祭を繰り返し、その最後に自分たちの狼藉ぶりの責任を大きな藁人形に転嫁して、それを火あぶりにして祭りは閉幕するというのがその原初的なかたちであったそうです。

 今でも、大きな人形を燃やす祭りはヨーロッパにありますね。

 日本人にもゲルマンの血が入っていると言う人はいるけど、中に明かりを灯す、ねぶたやねぷたの人を描いた大きな山車は、時期は違うけど燃やす人形と起源は似ていますかね。

 ヨーロッパには、なまはげに似た風習もあるし、日本にもハロウィンを連想できる行事があるでしょ。

確かに、行列型盆踊りとカーニバルは、奇妙なほど雰囲気は似ているのですよ。

 目的が違うから、あまり比較されてこなかったけど。

祭りは本来、霊的な世界との交流や交信としてなされてきたことを想えば、時期や表面的な目的の差にとらわれると本質的な類似が見えなくなる点を見落としてしまうでしょうね。

 目的の違いも、無視してはいけないけれど。

仮装したパレードが行なわれたり、菓子を投げる行事などが行なわれてきたことから、現代では宗教的な背景のない単なる祝祭をもカーニバルと称することが少なくないようですからね。

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ドイツと日本の企業観の類似を考える。ドイツと日本 その2。

興味深い記事を見つけました。

コダックの経営破綻の背景には、日本やドイツとアメリカの企業観の差に原因があると言う考察です。

でも、私にはこんなところでも日本とドイツの精神文化の類似性が見られることの方に面白さを感じました。

なぜコダックは破綻したのか 日独とは違う企業観
2012.6.3 10:00
http://www.sankeibiz.jp/business/news/120603/bsg1206031001000-n1.htm

 写真フィルムの巨人、米コダックが倒れた。
一方、日本の富士フイルム、コニカは事業の多角化によって生き残りを図っている。
この明暗をわけた背景には日米における企業観の違いがあると筆者は説く。

 お国柄が反映された4社の縮退への対応

 この1月にコダックが日本の会社更生法に当たる法律の適用を申請したというニュースが伝えられた。

 このニュースは日本のビジネスマンを驚かせるものだった。
同社は、世界の写真フィルム産業のリーダー企業であった。しばらく前まで高収益の超優良企業だった。
このような会社が倒産するというのは日本ではありえない話だ。
ニュースを聞いて間違いではないかと思った人も多かったに違いない。

 写真フィルムはかつて世界で4社しか製造できなかった商品である。
アメリカのコダック、ドイツのアグファ、日本の富士フイルム、コニカの4社の寡占市場であった。
そのために、上位企業はかなりの利益を得ていた。
ところが、デジタル写真技術の進歩で、銀塩式の写真フィルムの需要は縮退してしまった。

 4つの企業の縮退への対応の仕方は、お国柄を反映してずいぶん異なっている。

 ドイツのアグファは、X線写真とその解析技術を深掘りし、プロ用の市場、医療用の市場というニッチを深く耕すことによって生き残りを図ろうとしている。
このような専門市場は大きくないが、技術が生み出す価値に対する対価を払ってくれる市場である。
規模を求めないドイツ的な対応だ。
日本のコニカは、写真機メーカーのミノルタと合併し、デジタルカメラや複写機など技術の幅を拡大し生き残ろうとしている。
同じく富士フイルムは、もともと事業の多角化をしてきた企業であるが、複写機、デジタルカメラ、電子部品・電子材料など、蓄積された技術の周辺で応用分野を広げる形での事業・商品の広範な多角化によって生き残りを図ろうとしている。

 それと比べると、コダックは、企業買収という形で事業の多角化を図ったが、社内技術の深耕や幅の拡大にはそれほど熱心ではなかった。
その背景には、企業の多角化に関するアメリカの投資家の否定的な態度がある。
アメリカの投資家は、企業が事業を多角化しても投資効率が改善されることは少ないと考える。
多角化するぐらいならそのお金を投資家に還元すべきだと考える。
投資家は、自らのポートフォリオを組み替えることによって、もっと効率的に多角化ができると考える。
企業は余剰なキャッシュを持つべきではないし、事業は集中化すべきだと考える。
こうした投資家の意向を大切にしたコダックは、事業の多角化に慎重にならざるをえなかった。

 米国に見られる企業観「企業用具説」とは

 こうした投資家の意向を考えると、コダックの経営は単純な失敗だったと結論できない。
儲かっているときは、それを投資家に配分し、儲けられなくなれば、速やかに市場から退場すべきだと考えるアメリカの投資家の期待通りの経営だ。
日本の経営者にとって、企業倒産は深刻な失敗だが、アメリカでは、倒産は日本ほど深刻な問題とはとらえられていない。
その背後には、ドイツや日本とは違う企業観がある。
日本やドイツでは、企業は人々の共同体であり、それを存続させることが経営者の責任であると考えられているが、アメリカでは、企業は投資家が利益を得るための用具にすぎず、その価値がなくなれば、市場から退場したほうがよいと考えられている。
存在意義を失いかけた企業を存続させようとするのは無駄な努力であり、その努力は、ゼロから企業をつくることやよい企業をさらによくすることに使うべきだと考えられる。
そちらのほうが努力の効果は大きいからだ。
企業の内部にある技術も同様である。
衰退しつつある企業が、その関連分野で技術の応用を考えるよりは、それを社会に還元することによってもっと高収益の機会を見つけるべきだと考える。

 日本やドイツに見られる企業観を、経営学では「企業制度説」という。
それに対するアメリカの企業観を「企業用具説」という。
投資家だけを考えれば、企業用具説が正しいと考えられるべきだが、なぜドイツや日本で企業制度説のような企業観が生み出されたのか。
ドイツの場合には、ワイマール共和国時代に台頭した産業民主主義のイデオロギーが、その背後にあるといわれている。
日本の場合はどうだろうか。2つの背景がある。1つは、従業員や取引先などの利害関係集団との長期取引の約束である。
もう1つは、明治の半ばごろの資本主義の成立以来、日本に存在した反営利主義のイデオロギーである。

 企業制度説に従っている日本の経営者は存続を重視する。そのために経営の安定化を図るような戦略が採用される。
事業を集中化すれば、もっと高い利益率を得ることができるのに、経営の安定化のために事業の多角化を図る企業もある。
将来への種まきである。

 写真フィルムと同じような縮退に直面した他の産業でも、日本企業は生き残りを志向してきた。
かつては天然繊維の紡績産業やレーヨン産業も、技術進歩に伴う需要の縮退を経験している。
造船業は、国際競争力の低下によって、市場の縮退に直面した。テレビ市場が縮小してしまった家庭電器産業もこのような縮退に直面している。
 企業制度説に従っている日本の経営者は存続を重視する。
そのために経営の安定化を図るような戦略が採用される。
事業を集中化すれば、もっと高い利益率を得ることができるのに、経営の安定化のために事業の多角化を図る企業もある。

 これらの産業でも、日本の企業は存続を重視してきた。
イギリスでは、紡績企業は消滅してしまったのに対し、日本の紡績業やレーヨン産業の企業は生き残っている。
われわれは、このことをよいことだと考えているが、米国流に考えれば、ほかの用途に使えばもっと大きな価値を生み出していた経営資源を、将来の成長機会の乏しい企業の存続のために使ってしまっているという意味で問題だと考えることができる。
企業が倒産するのは、経営資源を外に吐き出すという意味で社会の生産性を高めるという機能を果たしている。

 アメリカにはこのような議論をさらに進めて、つぶれてもよいという特性こそ、株式会社のメリットの一つだという極端な主張をする人々もいる。
株式会社という制度があるからこそ、企業はリスクテーキングができるというのである。
企業用具説だから出てくる考え方だ。

 興味深い見方ではあるが、このようなやり方は、リスクテーキングのつけを他のステークホルダーに持っていくという意味で株主のモラルハザードを誘発するという問題がある。
しかし、そのような企業観を持つ投資家がいるということをよく知っておかねばならない。(PRESIDENT Online)

日本やドイツでは、企業は人々の共同体であり、それを存続させることが経営者の責任であると考えられているという類似点が指摘されています。

 企業制度説ですね。

 その一方で、ニッチを深く耕すことによって生き残りを図ろうとする規模を求めないドイツ的な対応と、経営の安定化のために事業の多角化を図り将来への種まきをしようとする日本的対応という、文化の差も注目していますね。

歴史が生み出した民族性の差は、仕方がないですよ。

むしろ、ドイツの場合のワイマール共和国時代に台頭した産業民主主義のイデオロギーと、日本に存在した反営利主義のイデオロギーを、比べて見たいですね、

 企業は営利だけのために存在するのではないという発想を共有している点が、日本とドイツの面白いところですね。

聖書のマタイによる福音書第4章4節には、イエスのこの有名な言葉があります。

人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる。

モーセにも類似の預言があり、申命記第29章5節に載っています。

あなたたちはパンを食べず、ぶどう酒も濃い酒も飲まなかった。それは、わたしがあなたたちの神、主であることを、悟らせるためであった。

どちらも、食べる事より神の言葉に従う事の方がより重要であると言う意味であり、人は少しくらい食べないでも死なないが神の言葉に背けば必ず死に至るという意味でもあります。

日本やドイツの企業観の背景には、企業は利益のためではなく、人々の役に立つためにあるという価値観があるように思えます。

そして、それは極めて聖書の価値観に近いように感じられるのです。

 アメリカの企業用具説には、同じアメリカ生まれの思想であるプラグマティズムと、共通するところがありそうですね。

プラグマティズム自体は、pragmatisch というドイツ語に由来する実用主義、道具主義、実際主義、行為主義とも訳されることのある言葉です。

ところが、プラグマティズムという思想はイギリス経験論を引き継いで生まれました。

プラグマティズムは、経験不可能な事柄の真理を考えることはできないという点を、イギリス経験論と共有しています。

物事の真理を実際の経験の結果により判断し、効果のあるものは真理であるとするもので、神学や哲学上の諸問題を非哲学的な手法で探求する思想なのです。

企業用具説は、企業は実用的である限りにおいて存続できるが、その実用性とは利益を上げることであるというわけです。

そして、利益は出資者のものであり、出資者に利益を生まなくなった企業は潰し、その経営資源は新たな実用性、すなわち利益を生む企業に投入すべきというわけです。

ここには、生産活動より祈りが大事であり、祈りのための時間を生産活動で失うのは馬鹿らしいとするピューリタン的発想があると言えます。

 思考は結論を得るための道具に過ぎないから、思考の価値は有用性で決めればよい。

 有用性のある思考が良い思考であり、真理即ち有用性とみて、有用性さえ確認できれば思考の探求なんてものは打ち切り、その時間を祈りに使おうと言うわけですね。

しかし、何のために祈るのでしょう。

救いを得るためだけでしょうか。

 祈りとは、救いだけではなく、神の教えの真意を得るためであるということですか。

思考の効率性だけを求めるなら、神の言葉の真意に思いをはせる時間を割くより、祈りが大事なのでしょうか。

 本末転倒ですね。

本末転倒に陥りやすい議論だからこそ、リスクテーキングのつけを他のステークホルダーに持っていくという意味で株主のモラルハザードを誘発する危険性もあるわけですよ。

 リスク分散という名のもとでリスクを拡散させることになった手法を編み出した金融商品も、結局はリスクテーキングのつけを他のステークホルダーに持っていくという発想から生まれた。

失敗しそうになったら、さっさと切り上げて次を考える。

アメリカはやり直しが容易な社会と言われるが、その裏には、発想の切り替えの早さもあるが、モラルハザードのリスクもあるわけです。

 日本をやり直しのしやすい社会にするのも良いが、アメリカ社会の持つモラルハザードしやすさは、持ち込まない工夫がいる。

そういう事でしょうね、

 日本やドイツには、労働と祈りを対立させない価値観がある。

そうかも知れません。

カソリックにも祈りと一体となった労働を重視した修道院を多く作ってきた歴史があるし、日本の仏教にも作業と一体となった修業を重視した寺は多くあります。

ドイツはプロティスタントを生んだ国でもあるが、祈りと一体となった労働を重視した伝統は失わなかったと言う事かも知れません。

 ドイツの日本への親近感は、異質な文化圏に囲まれた歴史の中で、世界の中で仲間を探したいという彼らの切実な思いの反映かの知れない。

その日本に対し、ゲルマンの血が流れていると見る人たちがいるのは、面白いですね。

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高IgD症候群HIDSは日本とヨーロッパの繋がりを裏付けるか。

周期熱症候群には、日本人の起源を考えるうえで興味深い病気がいくつかあります。

 家族性地中海熱やTNF受容体関連周期性症候群の多い地域は、日本人の起源と関わりが深そうな国が多かったですね。

そこで今回は、高IgD症候群HIDSを取り上げます。

高IgD症候群もまた、遺伝による病気なので、伝染はしません。

発症例はまれで、世界中で約200人の患者が報告されているだけです。

大部分の患者は症状の軽いタイプといいます。

 重くなる場合もあるでしょ。

もちろんあります。

後で触れますけど。

IgDは、IgEの次に少ない免疫グロブリンです。

IgD産生細胞は、骨髄,リンパ節,脾,唾液腺,乳腺,扁桃,腸管粘膜などに分布しています。

高IgD症候群の詳しいことや最新情報は、自分で調べてくださいね。

 医学情報の発信が、目的で話しているわけではないからですね。

一般向けとしては、ここなど良くまとまっていると思います。

遺伝子の異常に起因する周期性発熱
http://www.printo.it/pediatric-rheumatology/information/Japan/13.htm

この病気の別の略称はMAPS,メバロチンカイネース関連周期熱症候群(Mevalonate kinese Associated Periodic fever Syndrome)の略です。

高IgD症候群という疾患名は、海外では血清IgD高値を取ることが多く80%以上の症例において報告される事によります。

それでHyper IgD Syndrome、略してHIDS。

ところが、2010年度の時点で、日本で判明している症例では、そのほとんどがIgD値は正常であるといいます。

幼児では、IgD値は正常傾向が強いといいます。

そのため正確な診断を受けずに不明熱として治療されていた報告例があり、欧米の報告は日本でもあてはまるか明らかではないようです。

 じゃあ、日本ではMAPSと呼んだ方が、実態に合っている。

先ほど紹介したサイトでは、MAPSの方を採っていますね。

高IgD症候群はドイツ、フランス、およびその他の北ヨーロッパ諸国に先祖をもつ小児に集中しており、オランダにも報告例があるようですね。

ただ、先に述べたようにまれな病気ではあるようです。

 ドイツ、フランス、北ヨーロッパですか。

 いずれも、日本人の起源を考えるうえでいままで注目してきた国ですね。

オランダも、情報集めた方が良さそうですね。

 日本で判明している症例では、そのほとんどがIgD値は正常というところは少々気になりますけどね。

HIDSは、コレステロール合成に重要な酵素であるメバロン酸キナーゼに関する遺伝子の変異によって生じる周期性発熱症候群です。

酵素とは、生体内の化学反応を触媒するタンパク質です。

すべての遺伝子は、特異的な蛋白に対する構造を持っています。

mvkという遺伝子は、メバロン酸キナーゼという蛋白に特異性を持っています。

メバロン酸キナーゼの欠乏によって引き起こされるのが、周期熱症候群のひとつであるHIDSです。

欠損がひどくなり重症型になった病型が、メバロン酸尿症です。

ちなみに、キナーゼ(Kinase)は英語読みでカイネースとなる、リン酸化酵素のことです。

そこで、メバロン酸キナーゼはメバロチンカイネースとも呼ばれます。

 それで、メバロチンカイネース関連周期熱症候群と呼ばれる。

この酵素が関与する化学反応は、メバロン酸塩をリン酸メバロン酸塩に変える反応です。

この反応は、体細胞では重要な初期の反応で、良く知られた生成物の1つとしてコレステロールがあります。

遺伝学的には、酵素の障害により、人間の代謝に影響を与え、従ってHIDSのような疾患は先天性の代謝異常として知られています。

遺伝子mvkの関与は2004年に判明し、より正確な診断が可能となったが、この遺伝子異常がどのように症状を引き起こしていくのかは、まだ解明されていません。

さらに日本人では、血清IgD値が正常でも発症するなどの事情が重なるのでしょう。

日本においてはまだ、酵素活性測定などの診断基盤が確立されていません。

mvkは、すべての体細胞にコピーが2個をもっています。

人間のほとんど遺伝子と同様に、1つは父親から、もう1つは母親由来です。

周期熱は、両方のMVK遺伝子が同時に障害を受けたときに発症します。

これは常染色体劣性遺伝として知られ、父親と母親がそれぞれ原因遺伝子を持っていることになります。

1つだけの遺伝子が異常でも発症しないので、健康な保因者の夫婦は子供達に障害のある遺伝子を伝えてしまいます。

この夫婦から生まれる子供達には、50%の確率で健常保因者になるか、25%の確率でMAPSを発症する確率があります。

夫婦のどちらかだけが、保因者の場合は発症の可能性はなく子供達は保因者になるだけです。

発症に男女差はなく、最初の症状は、通常幼児期に大部分は1歳未満に発症します。

症状は、生後1年以内に悪寒と発熱の反復性発作が始まり、通常4〜6日間続きます。

2週間からから12週間隔で繰り返される、3日から7日の発熱発作で、発熱発作は突然はじまります。

悪寒以外の症状には、腹痛、嘔吐または下痢、頭痛、関節痛などがあります。

発熱以外の徴候には、頸部リンパ節腫脹、肝脾腫大、関節炎、斑点状丘疹や点状出血または紫斑などの皮膚病変、口腔粘膜のアフタ性潰瘍などがあります。

ワクチン接種や軽度の外傷などの、生理的ストレスによって誘発されることがあるそうです。

 生理っていえば、発症した女性は、生理が発症の引き金になることがあると紹介されていますね。

合併症は、腹膜炎に続発する腹腔内癒着が10%程度、関節拘縮、アミロイドーシスも数%に見られます。

重症例では精神発達遅滞や痙攣を合併する症例もあります。

また、乳児期からの発熱発作による学習の遅れが約半数の患者で見られ、20%程度が高等学校の卒業が出来ていません。

また、26.4%の患者が成人後も職に就くことができず、社会的機能に障害を来たしているとの報告が欧州でなされています。

治療法は、プレドニンのようなステロイド剤を中心に治療されている症例が多いが、その適応に関しては再評価が必要といいます。

NSAIDsのような、非ステロイド系の有効な時もあるそうです。

また、メバロン酸を合成するHMG-CoA還元酵素阻害薬であるstatinが有効とされる症例もあります。

近年TNFαやIL-1βに対する 生物学的製剤の有効例も報告されているが、明確に有効であるとは言い難いそうです。

重症例に対して、造血幹細胞移植の報告もあります。

確立した治療法はまだ、ありません。

非特異的な異常には発熱時の白血球増加および急性期反応物質の高値があり、感度は低いが特異的な所見としては、尿中ネオプテリンおよびメバロン酸高値が挙げられます。

発作予防のための治療法はまだ確立していません。

発作の頻度は青年期以降減少する傾向にあるものの、患者には生涯にわたり発熱発作再発の可能性がつきまとうといいます。

病気に対する情報発信が目的ではない、と言いながら詳しく扱ってしまいましたね。

でも、少し前の情報だから、最新ではないのは確かです。

 秋田美人が色が白いのは、ドイツやフランス、北欧の人々と、共通の血が流れているからという事でしょうか。

発症例が少ないという事なので、日本国内での分布に関する情報を得るのは難しいです。

日本人では、血清IgD値が正常でも発症するという事情がある以上、どちらにどのような変化が起きているのかは気になるところですけどね。

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プレッツェル

プレッツェルは、ドイツ語でBrezel、英語でPretzelと呼ばれる、結び目の形が独特の焼き菓子です。

ドイツやスイス、オーストリアで、とても人気があると言います。

イタリアでは、特別州のトレンティーノ=アルト・アディジェ州でも人気だと言います。

トレンティーノ=アルト・アディジェ州は第一次世界大戦まではオーストリアに帰属していたため、現在もイタリア語よりドイツ語を主に使用する住民が多数派を占めるといいます。

トレンティーノ=アルト・アディジェ州は公式サイトも、ドイツ語版とイタリア語版が用意されているそうです。

 ようは、ドイツ語圏で人気があるというわけですか。

どうも、そのようですね。

チェコでも、人気があるようですよ。

タオルの柄にまで、するくらいですから。

かつて、チェコと統一していたスロバキアや、帝国時代のオーストリア領だったハンガリーでも、よく食べられているようですね。

神聖ローマ帝国は、ドイツ語でHeiliges Römisches Reich、 ラテン語でSacrum Romanum Imperium、イタリア語でSacro Romano Imperoとよばれます。

紀元800年から1806年にかけて、現在のドイツ、オーストリア、チェコ、イタリア北部を中心に存在していた国家です。

 ほぼ、神聖ローマ帝国領だった地域と、重なるようですね。

そこが、面白いですね。

 腕組をしたような形を示していると、言われますね。

語源はラテン語ブラーキテッルム brachitellum に由来し、その語根は bracchium 「腕」です。

古高ドイツ語の名称であるbrezitella を経て、現代の諸方言につながっています。

小麦粉とイーストを原料とし、焼く前に数秒間3%から5%の水酸化ナトリウム水溶液につけます。

焼ける間に、水酸化ナトリウムは二酸化炭素と反応して炭酸ナトリウムと水に変化し、表面が特徴的な茶色になります。

稀に、炭酸水素ナトリウム水溶液にくぐらせることもあります。

焼き上げる前に、岩塩の粒をまぶします。

柔らかく焼き上げた大きいものと、固く焼いた小さいものの2種類があります。

パンのように柔らかく焼き上げたプレッツェルは、焼きたてを食べ、長期の保存には向いていません。

スナック菓子のように固く焼きしめた小さいプレッツェルは、保存性があります。

柔らかく焼きあげたプレッツェルは、ドイツの伝統的なプレッツェルです。

ドイツではプレッツェル売りが、パブなどビールを飲む場所を回ってビールを飲んでいる客に販売する伝統があります。

北米ではスナック菓子タイプのプレッツェルとパン・タイプのプレッツェルの両方が普及しており、どちらも同じPretzelの名称が使われています。

スナック菓子タイプのものは、アメリカで作られた食べ物で、北米を中心に販売されています。

アメリカにおけるプレッツェル市場は、1億8000万ドルを越える巨大な産業だといいます。

 スーパーマーケットで、袋入りで市販されているのでしょ。

北米の固いプレッツェルは、ビールを飲むときのおつまみとして食べるのですって。

スポーツ観戦時のスナックとして、定番だそうです。

 ドイツでも、ビールのおつまみによく食べられるそうですよ。

プレッツェルの起源は、はっきりわからないそうです。

一般的な説では、プレッツェルはブレーツェル Brezel、あるいはブレーツェ Brezeと呼ばれている南ドイツのバーデン地方で食べられていた焼き菓子が広まったものとしています。

ドイツとの国境に近いフランス・アルザスの料理であるとする説も、あります。

最初に作られたのは中世ヨーロッパ時代とする説もあれば、ローマ帝国時代だとする説、他にも古代ケルト人の菓子であったとする説もあります。

ローマ帝国説でいえば、紀元610年頃、イタリアの修道士がお祈りの勉強をしていた子どもたちのために、余った生地で焼いたのが始まりという説もあります。

 紀元610年頃のイタリアと言えば、のちに西ローマ帝国と呼ばれるローマ帝国西方領だった時代ですね。

プレッツェルの独特の形についても、いろいろな説があります。

窃盗の罪を犯したパン職人が、一つのパンから太陽を一つの角度から3度見ることができれば牢獄に入らなくても良いと領主に言われ、生地をプレッツェルの形にねじり上げて焼き上げたという伝承があります。

プレッツェルの形には、ほかにも、祈りをささげている修道士を模ったものだとする伝承があります。

また別の伝承によると、この3つの穴はキリスト教の三位一体を象徴しているとします。

 修道士が作った、修道士を模った、3つの穴はキリスト教の三位一体を象徴、ここまでくると、修道士説は有力に見えますね。

古代ケルト説、ローマ帝国時代説もあるから、発祥はイタリアというのがもっともらしいですね。

 でも、ドイツの伝統的な菓子というのは、不思議ですね。

 神聖ローマ帝国と、ドイツの関係の深さを物語る菓子なのでしょうかね。

そうかも知れないですね。

ちなみに、いわゆる西ローマ帝国は1453年に滅んでいるから、神聖ローマ帝国は西ローマ帝国を実質的に引き継いだといえるでしょうね。

いずれの伝承も後付けされたものであるようで、答えはわからないようですが。

 面白いことに、プレッツェルはパン屋のシンボルとして、よく店の看板やマークに使用されることがあるといいますね。

かつてドイツでは、3つの輪をつなげた看板がパン屋の看板として使われていたそうです。

しかし、プレッツェルの形が看板として使われたのか、プレッツェルが看板の形に作られたのかはっきりしないようですね。

 キリスト教の三位一体説、修道士が作ったのが始めとも、修道士を模ったともいわれるのでしょ。

イエスは、最後の晩餐で弟子たちの前に、パンと葡萄酒を示し、それぞれ、自分の肉と血になぞらえて与えましたよね。

そういえば、柔らかく焼き上げたプレッツェルは、もちもちした食感だそうです。

 じゃあ、やはり、プレッツェルは、イエスの肉を象徴するパンなのでしょうかね。

そうかも知れないですね。

一緒に好んでの飲まれるのは、ワインではなく、ビールですけどね。

追記

プレッツェルが最後の晩餐でしばしば描かれるという情報を得ました。

このサイトで、実例とプレッツェルの形の変遷が見られます。

プレッツェルについて調べてみました。

おいしい手帖

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北海道犬や琉球犬もヨーロッパから来たか。

北海道犬は、北海道原産の日本犬種です。

性格としては、飼い主に忠実、勇敢、大胆、怖いもの知らず、野性味が強い、我慢強い、粗食に耐える、寒さに強いなどが言われます。

1902年(明治35年)の八甲田雪中行軍遭難事件では、陸軍歩兵第5連隊の遭難者の捜索に活躍します。

正式名称の「北海道犬」は、1937年(昭和12年)定められました。

あわせて、戦前の文部省によって天然記念物に指定されます。

翌年、管理者として北海道庁が指定され、戦後は北海道教育委員会に管理が委ねられました。

北海道犬は、アイヌ犬とも呼ばれるです。

アイヌ犬の呼び名は、1869年(明治2年)、イギリスの動物学者トーマス・W・ブラキストンにより命名されることに由来します。

アイヌはこの犬をセタあるいはシタと呼び、ヒグマやエゾシカの狩猟、これに付帯・関連する諸作業に用いられました。

縄文時代初期、縄文人が東北地方から北海道へ渡る際に同伴した山岳狩猟犬であるマタギ犬が、北海道犬のルーツだと考えられています。

 そして、縄文人をたどるとアメリカやヨーロッパを経由してきたと見る方が自然でしたね。

縄文遺跡から骨が出るオオヤマネコも、その見方を裏付けるようにヨーロッパやアメリカにいるけどアジアでは聞きません。

弥生時代に入ると、日本に移住した渡来人によってもたらされた犬といわゆる縄文犬である日本在来犬との間で混血が始まります。

しかし、地理上の理由から、北海道では渡来系の犬の遺伝的影響は最小限にとどまり、縄文犬の血統が維持されました。

中型犬である北海道犬の特徴は、次の通りです。

三角形の小さな「立ち耳」。

目尻が吊り上がった、三角形の小さな目。

背中の上に巻いた「巻き尾」、あるいは半円状の「差し尾」。

硬く長い毛と、柔らかく短い毛の二重構造の被毛(ダブルコート)で、色は赤、白、黒、虎、胡麻、狼灰のいずれか。

舌斑を持つ個体が多い。

体高は、オス48.5~51.5cm、メス45.5~48.5cm。

体重は、20.5~29.5kg。

寿命は、15年前後。

最近の研究で、北海道の北海道犬と琉球犬は遺伝子的に非常に近い関係にあることが証明されています。

「琉球犬保存会」は、1990年(平成2年)設立されました。

さらに琉球犬は、1995年(平成7年)、沖縄県の天然記念物に指定されています。

北海道犬同様中型犬である琉球犬の特徴としては、これらがあげられています。

体高は、オス49~55cm、メス46~52cm。

体重は、15~20kg。

耳は、逆八の字状の小さな立ち耳で左右の間隔が広い。

目は、瞳の色は茶色もしくは青色。

尾は、半円形の差し尾。

被毛は、硬く短い毛の二重構造(ダブルコート)で、密生しておらず耐暑性に優れ、色は赤、白、黒、虎、焦げ茶等。

性格は、人なつっこい、縄張り意識が強い、暑さに強いなどがあげられるです。

たんに琉球とも呼ばれる琉球犬は、沖縄県原産の日本犬の犬種のひとつです。

沖縄県では琉球犬をトゥラー(虎毛の琉球犬)あるいはアカイン(赤毛の琉球犬)と呼び、イノシシ猟や鳥猟の猟犬として使役されたです。

トゥラーの場合その毛の色に応じて赤トゥラー(赤虎毛)、黒トゥラー(黒虎毛)、白トゥラー(白虎毛)と呼ばれるです。

琉球犬のルーツは縄文時代初期に、九州地方から沖縄方面へ渡った人々に同伴した、マタギ犬(山岳狩猟犬)と同系統の犬とされます。

弥生時代に入ると、北海道と南西諸島を除く地域には、渡来人とともに北方系の犬が流入しました。

本州の日本犬には、それらの犬の血が多く混じっています。

その一方で、北海道と沖縄県では大陸系の犬の影響はわずかで縄文犬の血統が維持されました。

その琉球犬に、ヨーロッパ犬に近い生物学的調査結果が出ています。

当然、北海道犬にもヨーロッパ犬に近い生物学的調査結果が出ています。

「生きた文化遺産“琉球犬”ブログ」http://okinawa-dog.seesaa.net/に、興味深い記事があります。

長いので、ちょっとはしょって紹介します。

イヌ血球ヘモグロビンには、「A型」「B型」「AB型」の3型があります。

ヘモグロビンの型は、ヘモグロビン(Hb)座上の共優性遺伝子HbAとHbBによって支配されています。

このうち、HbB遺伝子は、「アジアの犬種にのみ見出される」といいます。

HbA遺伝子は朝鮮半島の犬(珍島犬、済州島犬)に濃厚に検出されています。

日本犬には朝鮮半島から入ったと見られるHbA遺伝子は、日本の南端の“琉球犬”、北端の“北海道(アイヌ)犬”には、ほとんど浸透しませんでした。

HbA遺伝子の濃厚なランキング
1.エスキモー犬(100%)
2.珍島犬(約90%)
3.済州島犬(約70%)
4.三河犬(約50%)
5.山陰柴犬(約20%)
6.対馬犬群(約20%)
7.壱岐犬群(約10%)

HbB遺伝子の濃厚なランキング
1.ヨーロッパ犬種(100%)
2.ロシア犬種(100%)
3.バングラディシュ在来犬群(100%)
4.中国原産犬種(100%)
5.台湾在来犬群(100%)
6.西表島犬群(100%)
7.琉球犬・八重山系(100%)
8.屋久島犬群(100%)
9.四国犬(100%)
10.琉球犬・山原系(約98%)
11.沖縄本島犬群(約98%)
12.奄美大島犬群(約98%)
13.秋田柴犬(約98%)
14.美濃柴犬(約97%)
15.種子島犬群(約96%)
16.三重・南島実猟犬(約96%)
17.甲斐犬(約96%)
18.信州柴犬(約96%)
19.北海道犬(約95%)
20.紀州犬(約95%)
21.秋田犬(約93%)
22.三重・志摩実猟犬(約92%)

イヌ血球ガングリオシドモノオキシゲナーゼg型遺伝子(Gmog)についても、「生きた文化遺産“琉球犬”ブログ」に、データが載っていました。

Gmog遺伝子は、アジアの犬種だけに見出されます。

おそらく、北または北西アジア起源の遺伝子であり、朝鮮半島から入ったイヌによって日本列島に導入されたのではないかと思われます。

 日本人に見られるバイカル湖畔からの遺伝子と合わせると、面白いね。

Gmog遺伝子は、イヌ血球ヘモグロビンA型遺伝子(HbA)と同様に、北海道(アイヌ)犬には全く浸透せず、琉球犬にはほとんど浸透していません。

Gmog遺伝子の少ない犬種順ランキング
1.ヨーロッパ犬種(0%)
2.ロシア犬種(0%)
3.北海道犬(0%)
4.琉球犬・山原系(約1%)
5.琉球犬・八重山系(約1%)
6.エスキモー犬(約1%)
7.秋田柴犬(約2%)
8.台湾在来犬群(約3%)
9.三重・南島実猟犬(約4%)
10.バングラディシュ在来犬群(約4%)
11.対馬犬群(約4%)
12.種子島犬群(約5%)
13.秋田犬(約5%)
14.沖縄本島犬群(約6%)
15.壱岐犬群(約6%)
16.屋久島犬群(約10%)
17.三河犬(約10%)
18.中国原産犬群(約12%)
19.山陰柴犬(約12%)
20.奄美大島犬群(約15%)
21.信州柴犬(約15%)
22.美濃柴犬(約20%)
23.西表島犬群(約22%)
24.紀州犬(約25%)
25.甲斐犬(約30%)
26.済州島犬(約33%)
27.三重・志摩実猟犬(約45%)
28.四国犬(約55%)
29.珍島犬(約60%)

いかが。

 北海道犬、琉球犬、そして秋田犬も、ヨーロッパに遡ると見ないと説明できない結果ね。

そして他の地域も、アジア由来の血が混ざっているものの、基本はヨーロッパ由来と見ないと説明が難しいでしょ。

 やはり、秋田美人の美白は、ヨーロッパ由来と見た方が良い訳ねえ。

そうなるでしょうね。

さらに、日本の犬は基本的にスピッツタイプとされます。

日本では、スピッツ系の品種の1つである日本スピッツを特に指してスピッツと呼ぶことが多いです。

スピッツは、犬の系統の1つで、複数の品種を含みます。

米国UKC(United Kennel Club)の分類法では北方犬種(Northern Breeds)とされています。

シュピッツとも発音されるスピッツ(Spitz)とはドイツ語で「鋭利な、尖った」という意味で、口のあたりや耳の尖った形からこのように呼ばれました。

口のあたりや耳の尖った犬の系統であるスピッツは、古い犬の特質を色濃く残す犬種なのですよ。

 そして、日本の在来犬種はすべてスピッツ系でしょ。

日本人に、古い時代の中東の遺伝子が残ることと合わせると、犬までが古代の生き残りってことなのでしょうか。

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