生物

声を大にして言いたい!塩とミネラルをもっと見直した方が良い!

2020年から世界は、SARS-CoV-2(新型コロナウイルス)に感染して発症するCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)の対策で大変な事態になっています。

無症状感染者からの感染も指摘され、PCR検査の拡充も課題となりました。

薬やワクチンの開発も、求められました。

人間の世界では薬やワクチンなどがあるのですが、野生動物の世界にはもちろんありません。

でも、野生動物だって治癒力や免疫力を維持したり高めたりしないわけにはいきません。

薬草になる植物は、どこにでもあるものではありません。

それにネコ科の肉食動物は、腸を整えるために草を食べることもあるけど基本的には肉が主食です。

ネコも人と暮らしていると、パンやご飯やパスタやトウモロコシや海苔なども食べるようにはなりますけどね。

自然環境では、肉食動物は植物由来の栄養の大半を草食動物経由で摂るのが普通です。

薬草はどこにでもあるわけではないとなると、動物は草食だろうが肉食だろうが食事で薬になる成分を口にするのは至難の業です。

では、どうすればいいのでしょうか。

動物が共通して口にしているのは、空気と水と塩とミネラルなのです。

塩とミネラルは、それが豊富にある土から摂ります。

昔から家畜と共に生きる人たちは、塩の摂取が少ない家畜の腸と皮は破れやすくて使い物にならないと知っていました。

塩とミネラルの効果はてきめんで、荒れている皮や腸も少量摂るだけで短時間で整うのです。

おそらく塩とミネラルで細胞のレベルから、調子が整うのでしょう。

治癒能力を速やかに体から引き出すだけではなく、免疫力も高めるのかもしれません。

免疫力を担っているのも、細胞だからです。

塩とミネラルで気になる情報が、2018年2月10日放送の「世界ふしぎ発見!」でありました。

『チョコレート 世界をHAPPYにするあま~い魔法』がタイトルの回で、主役はチョコレートです。

私が驚いたのは、長寿で生活習慣病知らずのパナマのクナ族です。

クナ族の方たちは、ガン、高血圧、認知症の患者がほとんどなく、また脳卒中、心臓病、糖尿病などにかかる人も極めて低く、尚且つ長寿であることで注目されています。かつてそれは遺伝的なことだと考えられていましたが、近年それはカカオの影響ではないかと言われているのです。バックナンバー|TBSテレビ:日立 世界ふしぎ発見!

この番組では、カカオばかりに注目していました。

無理もありません。

何しろカカオは、腸内をきれいにし便通を改善して肥満防止や大腸がん予防に役立つ食物繊維、活性酸素を除去する抗酸化作用で知られるポリフェノールが豊富なばかりか、カカオのポリフェノールは特にコレステロールの酸化を防いで動脈硬化などの生活習慣病の予防に効果的な上に癌の予防効果やストレスへの抵抗力を高める効果まで注目されているのです。

さらにカカオには、大脳を刺激して集中力や記憶力そして思考力を高めて気力をUPさせるばかりか自律神経を調節する作用もあるテオブロミン、脳にとって最も効率の良い栄養であり脳の神経伝達物質アセチルコリン生成の手助けするブドウ糖、ビタミンEやナイアシンなどのビタミン類や、カルシウム、マグネシウム、亜鉛、リンなどのミネラルも含まれていて特にカルシウムとマグネシウムのバランスが良いのが注目なのです。

なので、この番組ではカカオ大絶賛です。

一方で塩と言えば、体に必要とされながらも取り過ぎに注意しましょうとされ、最近あまり良いイメージがありません。

この番組では、完璧にカカオの引き立て役扱いです。

でも、私は言いたいのです。

結構だらけに見えるチョコレートなのに、大好きな国にも病院はありますよね。

ところがこのパナマのクナ族と来たら、医者に行くのは健康診断の時だけなのです。

健康であることを確認するだけのために医者に行く人々って、すごくありませんか。

パナマのクナ族、摂っている塩の分量は半端じゃないのです。

それでもなお健康なのは、カカオにバランス良く含まれているミネラルのおかげでしょう。

毎日チョコレートドリンクを1リットルも飲めば、どっさりの塩と釣り合うだけのミネラルが摂取出来ているのではないでしょうか。

再度言いますよ。

野生動物には、病院はありません。

その野生動物の健康維持に貢献しているのは、塩とミネラル以外にありますか。

パナマのクナ族の健康に対するカカオの貢献は、確かに大きいでしょう。

でも、陰の主役は塩とミネラルなのではないでしょうか。

新型コロナウイルスで大変な今、パナマのクナ族は要注目な人達です。

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発酵食品をもっと見直した方が良いかも。

科学的根拠を確かめたわけじゃないから憶測でしかないけど、アジア諸国で全体的に新型コロナウイルス感染者が少ない理由として生活習慣の差は大きいと思えるのです

食は体を作るが、アジア諸国の食生活で目立つのはやはり発酵食品ではないでしょうか。

欧米では、地域差はあっても酒を除けばチーズやヨーグルト位のものでしょう。

アジア、特に南アジアは気候的に腐敗との戦いだったはずなのです

腐敗菌は好気性が多いが発酵菌は嫌気性が多いので、腐敗対策をどんなにしても発酵は避けにくかったでしょう。

アジアで発酵食品が多いのは気候風土のせいも大きいだろうが、それが新型コロナウイルス感染者が少ないのと関係あるのでしょうか。

アジア諸国の新型コロナウイルス感染者が少ないのと発酵食品の相関関係は偶然か必然か、どっちにしても感染者が少ないのは確かなので発酵食品を美味しくいただくようにしましょう。

効果があろうがなかろうが、おいしいからどちらでもいいですよね

健康と発酵食品で、思い出しました。

甘酒は江戸時代、夏バテ防止の栄養ドリンクだったらしいのです。

栄養価ももちろんだが、発酵食品のよさは消化吸収が良い事ですよね

江戸っ子は、甘酒をあったかくして飲んでいたと言います。

暑いからと冷やしすぎるのは体に良くないから、これも生活の知恵でしょうか。

美味しくて奥が深い発酵食品、もっと健康との繋がりが研究されると良いですね。

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正にメイドインジャパンな怪獣がゴジラだ。

背中から伝わるメッセージについて思っていると、何故か急にゴジラを考えたくなりました。

ゴジラの背中はそこはかとなく哀愁が漂う、声は恐ろしいはずなのに何故か切なさ悲しさ虚しさやるせなさを感じる、それでいて物凄く力強いのです。

キャラクターとしても、生き物感が満載で、かっこいいのに洗練されないで、むしろ泥臭くさえあるのです。

ゴジラは、国境を越えて愛されるキャラクターでもあります。

人は皆何かしら、乗り越えたい突き破って進みたい、でもなかなか難しいので苦労している課題を抱えているのではないでしょうか。

ゴジラは力強くさまざま障害を突き破って突破していくのに、その背中には哀愁が漂い、声は物悲しいのです。

ゴジラは、怖いはず、恐ろしいはず、なのにいつの間にかその進んでいく姿に共感している人達が多いのかもしれません。

ゴジラは親しまれるあまりに、子供がいる設定にさえもなります。

もしも、ゴジラがふんぞり返り勝ち誇った雄叫びをあげる見た目も洗練されたかっこいいキャラクターだったら、ここまで愛される存在にはなっていないでしょう。

強いのに怖いのに恐ろしいのに、妙に謙虚ささえ感じてしまうゴジラ。

実るほど頭が下がる稲穂かな、ゴジラほどこの諺がピンとくる怪獣もある意味珍しく貴重でさえあります。

ゴジラは日本でなければ、決して生まれない怪獣ではないでしょうか。

やはり不思議な国、日本ですね。

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この猫どこから?

北部から南西部にかけて九州山地や霧島の山々に囲まれて宮崎県の南西部に位置する小林市は知っていたが、字小林で検索をかけてみて驚いたのです。

字小林は、東北で結構見つかるのです。

山形県や岩手県や青森県など、東北の北三県だけでも驚く程あるのです。

地名辞典で探せばさらにあるかも知れないが、検索をかけて見つかるだけでもこれだけありました。

青森県では、十和田市大字相坂字小林、十和田市大字米田字小林、八戸市大字是川字小林、これはまだ序の口です。

岩手県では、一関市大東町大字渋川字小林、一関市千厩町大字小梨字小林、一関市大字滝沢字小林、奥州市前澤古城字小林、奥州市江刺米里字小林、奥州市丹沢郡衣川村字小林、盛岡市本宮字小林、大船渡市立根町字小林、宮古市田老字小林、興味深いのは奥州市の字小林です。

小林と言う苗字は藤原氏から出たと見られているからで、藤原氏の一族がいかにこれらの地に根付いていたかがわかります。

でも、山形県で思わず吹き出しました。

山形県では、山形市大字神尾字小林、東根市字小林、酒田市最上郡真室川町大字新町字小林、そして、なんと猫沢周辺に字小林がやたらと多いのです。

猫沢、気になる地名です。

小林は藤原氏の出とされるが、その藤原氏は秦氏の出と言われるのです。

秦氏と言えば、養蚕との繋がりはあまりにも有名です。

それに、これら小林の地名があるのは各県とも養蚕関連の信仰としておしらさまが祀られている地域なのです。

そうしてみると元をたどれば秦氏に繋がる可能性が強い小林の地名が、やたらと猫沢周辺にあるのは偶然でしょうか。

養蚕家が猫を飼っていたのは繭などをネズミから守る必要があるからで、猫沢と言われるくらいだから相当いたのでしょうか。

どうにも気になります。

猫絵の殿様などという話が出るくらい、猫を手に入れるのは大変だった時代です。

そんな地名にまでなるほどの猫、どこからどうやって手に入れたのでしょうね。

背後には、かなりの勢力がいたのでしょうか。

そう言えば、これらの市にはたいてい八幡様を祀る神社があったり、中には八幡が町の名前になっている地域があるのです。

八幡と言えば秦氏ゆかりの神社、しかも地域の名前になっている場合さえあるのは秦氏の一族がそれなりの勢力を持っていたわけです。

そして、養蚕関連のおしらさま信仰とくれば、これらの地域もまた秦氏の知られざる拠点の一つだったのでしょうか。

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犬も権力も権勢症候群にならないように注意しましょう。

「権力の犬」とは、よく聞く言葉です。

権力に忠実に従う人達をからかう場合に、よく使われます。

ところで、犬は群れで生きる生き物だと皆さんはご存知でしょう。

いう事を聞く手下が犬なら、当然そのトップが犬でもおかしくないのではないでしょうか。

権勢症候群と言う言葉、聞いた事があるでしょうか。

甘やかされた犬が自分がリーダーと勘違いして、主導権を取ろうとする一連の行動を言います。

対処法の一番の基本は、誰がリーダーか犬に自覚させる事です。

もしも指示に従おうとしないなら、リードをしっかり握って勝手を許さない毅然とした態度で望むのです。

諦めないで何度でも繰り返して、誰がリーダーか知らせなければなりません。

その代わり、従ってくれたらたっぷりと褒めて上げるのです。

次第に犬の行動は改まり、飼い主をリーダーとして受け入れるようになります。

権力も、同じではないでしょうか。

権力は主権者である国民から託されている限りにおいて、行使できる権限が認められるのです。

それが、国民主権であり、民主主義なのです。

けれども権力は、国民から託されていることを忘れると、思い上がるのです。

国民が自らがこの国の主人であるとの自覚が薄れると、権力は自分がリードを握らなければと思うようになります。

この事態を放置していると、権力は国民の上に君臨しなければならないと勘違いするようになるのです。

犬の権勢症候群と、どう違うのでしょうか。

国民は常に、権力に向かって主人として振舞うべきなのです。

権力は公僕として、国民に代わって公務を遂行する権限しか持っていないのです。

私達国民は、「権力の犬」と思うだけでなく「権力も犬」と思って接するべきなのです。

犬も権力も、主人が主導権を握らなければならない存在だからです。

違いがあるとしたら、権力の主人は私達国民だと言う事くらいです。

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自然塩とココアと蜂蜜と免疫力?

マタイによる福音書 5章
13 あなたがたは、地の塩である。もし塩のききめがなくなったら、何によってその味が取りもどされようか。もはや、なんの役にも立たず、ただ外に捨てられて、人々にふみつけられるだけである。

皆さんは、この聖句をどう思うでしょう。

動物達は、時々土を食べます。

何故かと言うとミネラルが欲しいからなのだけれど、欲しいのはミネラルだけではなく塩分もなのです。

イザヤ書 30章
24 地を耕す牛と、ろばは、シャベルと、くまででより分けて塩を加えた飼料を食べる。
牛とろばが食べている飼料に混ぜられているのは、塩は塩でもミネラル豊富な自然塩なのです。
塩を摂らないと皮や腸は破れやすくなるので塩を与えるが、その塩は自然塩でなければなりません。
食塩と称する精製されている純粋な塩化ナトリウムでは、ダメなのです。
精製されている純粋な塩化ナトリウムこそ、マタイによる福音書5章で言うききめのなくなった塩なのです。
ミネラル豊富な自然塩は、肌荒れ防止にも、腸や血管の破れ防止にも、役に立つのです。
自然塩には、体の中を細胞レベルから改善する力があるのです。
メカニズムの解明は、まだまだこれからでしょう。
マルコによる福音書9章50節には、「塩はよいものである。しかし、もしその塩の味がぬけたら、何によってその味が取りもどされようか。あなたがた自身の内に塩を持ちなさい。」とあります。
ここでイエスが持つように求めた塩はもちろん神の御言葉の例えだけれど、例えられている塩は言うまでもなく自然塩です。
自然塩は体内を細胞レベルから整える力を持っているとしたら、免疫力もまた、改善しているのかもしれません。
免疫力を担当する細胞も、あるわけですから。
自然に生きる動物達には免疫力を上げるしか、怪我や病気から身を守るすべはありません。
もしも自然塩が彼らの免疫力に役に立っているとしたら私達も使わないと言う手はない、そう思いませんか。
塩は使い方次第で、素材の持っている甘味を引き出しもすれば、食欲を促進する心地良い刺激にもなります。
その毎日摂っている塩を自然塩に変えるだけで免疫力向上が期待できるかもしれないなら、安いものです。
塩分って血圧大丈夫ですかと不安になるかもしれないが、自然塩ならその心配はあまりいらないでしょう。
チーズの保管には塩が必要なのだが、食塩と言う名の精製された塩分ナトリウムではチーズはボロボロになると言うのです。
でも自然塩ならチーズを損なう事なく、保管出来るのです。
それでもなお血圧が心配な方には、チョコレートやココアをお勧めします。
チョコレートやココアは血圧を正常値に整えてくれるポリフェノールたっぷりなので、塩分を安心して堪能してください。
チョコレートは苦さに色々あるし、ココアには砂糖抜きのパウダーもあるので、お好みの甘さでお楽しみください。
ちなみにチョコレートやココアは食物繊維も豊富です。
食物繊維とオリゴ糖は腸内フローラを整える役割があるが、蜂蜜にはなんと15種もオリゴ糖があると言います。
蜂蜜は少量でも結構甘いので、カロリー控えめでココアが楽しめて腸内フローラにも良い飲み物になります。
蛇足ながら、私は蜂蜜で飲むココアにはまっています。
自然塩とチョコレートやココアの合わせ技、ついでにオリゴ糖が手軽に摂れる蜂蜜、試してみてください。
毎日美味しく楽しめて、免疫力も上がるかもしれません。

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進化論者と創造論者の違いとは何か。

進化論者とは、答えに詰まると時間にすがる人達の事ではないでしょうか。

進化論者は創造論者に向かって、何かというと神を持ち出すと揶揄したがるが、そういう自分は何かというと時間を持ち出すのではないでしょうか。

つまり進化論者とは、時間神の信者の事を言うのではないでしょうか。

違うでしょうか。

聖書には「疲れた人は私のところに来なさい、あなた方を休ませてあげよう。私のくびきを負うて私にならいなさい」とあるが、進化論者にそのありがたいお言葉をくださる神様が時間神なのではないでしょうか。

私には、そうとしか見えないのですけどね。

進化論者とは詰まるところ、時間神がすべてを創造したもうた絶対神なのだと主張する創造論者の別派に過ぎないのではないでしょうか。

要所要所に時間を持ち出すと進化論者、要所要所に神を持ち出すと創造論者、と言う事は時間が進化論者にとっての唯一絶対神なのではないでしょうか。

進化論者は面倒くさいと全然時間のせいにして安堵するが、創造論者は面倒くさいと神に救いを求めて安堵する、私にはそう見えます。

進化論者にとって時間とは停止した思考のゴミ箱みたいなもの、創造論者にとって神とは人生の先導者みたいなもの、私はそう感じます。

時間は、進化論者にとって面倒くさい問題を引き受けて肩の荷を軽くしてくれる救い主、創造論者にとって主の再臨に備えるために無駄にできない存在。

「凄いな」と思うと、「誰がこんなもん作ったのか」と首を傾げる人は多いのではないでしょうか。

その疑問を、全ての存在に感じて答えを探そうとすると創造論者になるが、明らかに自然物と思える存在は除外して答えを探そうとすると進化論者になる。

「凄いな」と思うと「誰がこんなもん作ったのか」と首をかしげる、その疑問の首尾一貫しているのが創造論者、その反対が進化論者。

そう見たら、違うでしょうか。

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いつの世も猫と市場は持ちつ持たれつだったはずですが。

築地市場移転で居場所を失うネズミ、相当大量らしいです。
言い換えれば豊洲市場も、やがては大量のネズミやゴキブリに悩むことになると見た方が良いとなるでしょう。
清掃で追い出されたネズミやゴキブリ、豊洲市場の周辺で猫やカラスの待ち構える場所どれだけあるのかでしょうか。
豊洲市場は洗浄のたびに、ネズミやゴキブリ大量脱出の迷惑施設になる可能性はどれだけあるかですよ。
洗浄は市場を清浄に保つために、毎日念入りになされている行為です。
 
考えてもみて欲しい、築地市場に大量のネズミがいたのに、洗浄のたびに追いだされたネズミは何処に行くのですか。
一斉にやらないと、中で移動するだけですよ。
築地市場は大量にネズミやゴキブリがいたのに、一度も問題にならないのは、市場の人達が毎日懸命になって丁寧に洗浄していたからです。
丁寧に洗浄すればするほど、ネズミやゴキブリを市場の外に追い出すことになり、場外市場にとっては大いに迷惑なはずでないでしょうか。
約30匹の猫がいなかったら、場外市場はお手上げ状態だったはずです。
猫が築地市場と場外市場を救っていたのです。
 
築地市場解体は、何千匹のネズミやゴキブリを周辺にまき散らしてしまうことになるか懸念されています。
 
東京都は、築地市場から散ったネズミやゴキブリを猫やカラスが退治してくれるから心配いらないと弁明に躍起になっています。
 
私の豊洲市場が洗浄のたびにネズミやゴキブリが施設の外にたくさん逃げ出す懸念を抱く根拠は、築地場外市場にいた約30匹の野良猫です。
いいですか。
この猫たちは築地場外市場に居ついたのであって、誰が飼っていたわけでもないです。
豊富な食糧なしに30匹もの猫が集まるでしょうか。
 
そもそも、古代エジプトで猫が人里に住み着いた目的は、人間を悩ませていたネズミがお目当てです。
猫が乗らない船が出せなかったのも、ネズミ対策の無いままに出港させてもらえなかったからです。
 
世界中に市場があるが、清掃のたびごとにネズミやゴキブリが大量脱走する迷惑施設にならないで済んでいるのは、ひとえに猫たちのおかげです。
だから、猫たちはどこの市場でも可愛がってもらえるのです。
可愛いからだけじゃないのです。
 
築地市場に限らず、世界の古くからある市場は大抵、場内か周辺に猫がいます。
市場は内外にネズミが必ずと言って良いほど、いるわけでしょう。
市場は猫たちと共存共栄、持ちつ持たれつの関係に昔からあるのです。
 
豊洲市場は、周辺に猫やカラスがたむろして場外に出てくるネズミやゴキブリを待ち構えられる場所が果たして見つかるのでしょうか。
 
これが懸念で終わることを願っています。

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古代エジプトの縄文人?

秋田県鹿角市十和田大湯地区にある黒又山は、「クロマンタ」山と読むが、これはアイヌ語で「神々のオアシス」を意味する「クル・マッタ」が訛ったものだとされます。
 
この黒又山に、ピラミッドだという説があるのです。
レーダーによる地質学調査で、山体そのものは溶岩が盛りあがってできた自然の構造物であることが判明したのです。
ところが斜面には、7段から10段ほどのテラス状の遺構も確認されています。
このテラスは張り出し部分で幅約10メートル、高さは2~3メートルもあり、麓に近づくほど広く高くなる傾向があったのです。
また、テラスの表面には小さな礫がびっしり貼られていることもわかっています。
エジプトの三大ピラミッドは化粧石で覆われていたが、黒又山は礫で覆われていたことになります。
三大ピラミッドも黒又山も、かつて、陽の光を浴びて光っていたことでしょう。

縄文遺跡である伊勢堂岱遺跡と御所野遺跡、二つの縄文遺跡と黒又山を結ぶと、82キロの緯線を底辺とする巨大な二等辺三角形が出来上がります。
そして、黒又山自体にも縄文人の儀式の痕跡が見つかります。

これは、縄文人の文化にピラミッドに代表される古代エジプトと似通った要素がある可能性をほのめかしていることになりはしないでしょうか。

アイヌの生活文物に古代イスラエルのものとの類似が指摘されるが、イスラエルの民はエジプトにいたことを思えば、祖先とされる縄文人の土器にもエジプトの影響が見つからないとおかしいとなります。

そして、南米エクアドルの太平洋沿岸のバルディビアで、日本の縄文式土器に似た土器が数多く発見されるというが、これに対して古代エジプトの土器の方こそ似ていると言っている学者たちもいると言います。
土器の模様は九州の阿高貝塚や三浦半島の田戸遺跡から出土するものと似ていると指摘されるにも拘らず、むしろ古代エジプトの方が似ていると異論が出ているのです。
西日本の縄文土器に、古代エジプトの土器と似た文様が見つかると言われているに等しい展開だが、そうなると面白い遺跡が熊本にあります。
トンカラリンです。
古代エジプトの研究者吉村作治教授は、トンカラリンの内部構造に込められた思想はまさにギザの大ピラミッドとそっくりと主張します。

日本人には家族性地中海熱の発症が見られるが、本来ならば地中海沿岸の民族の遺伝病のはずです。
家族性地中海熱は地中海沿岸域の人々や、中近東のユダヤ人、トルコ人・アルメニア人に多い疾患と言われています。
日本人には地中海沿岸やトルコの人たちと似た顔が見つかるし、古代イスラエルの生活文物とアイヌの生活文物は似ています。
沖縄の文化や伝承にいたっては、聖書とあまりにも似たものがいっぱいあるのです。
ヤップ遺伝子などは、古代イスラエルと日本くらいしか見つからないとさえ言われているのです。

そして、イスラエルの民は長年にわたってエジプトで暮らしていたわけです。

日本人の足も大半はエジプトタイプだし、日本人とエジプト人は味の好みも近いそうです。
動物を含む太陽神を中心とした八百万の神々が三神構造の構図で祀られていることなども、共通しています。
二本の柱を通って拝殿から本殿にいたる神社の構造は、古代エジプトの神殿に似ているのです。
吉村作治教授などは、スフインクスこそは狛犬のルーツであり、ピラミッドコンプレックス(ピラミッド複合体)こそは神社の原型だとしているのです。

そう言えば、古い時代の神社は山の前に拝殿があったです。
問題はエジプトと日本を繋ぐルートです。

南米エクアドルからはエジプトと縄文、両方に似た土器が出ています。
日本先住民縄文人とアメリカ先住民が親戚であることは、遺伝子も証明済みです。
アメリカの最古級の先住民にさえも、日本人の可能性が指摘される展開になっているのです。
さらに、アメリカのケネウイックからはフランスとスペインの様式の矢じりと一緒にアイヌの親戚の骨が出ているのです。

フランスとスペインの様式の矢じり、家族性地中海熱、これらは日本人の祖先が中東から地中海沿岸を経てアメリカを横切って海を渡ってやってきたというルートの存在を示していないでしょうか。

南太平洋の島々もまた、近年、日本人の祖先がたどったルートとして注目されているのです。

しかも沖縄には、遥か東のニライカナイが祖先が来た方向という伝承があるのです。

さらに天皇の紋章は、古代スメルの王族の紋章そのものずばりなのです。

アフリカの人たちも、アフリカ的と思っていた名前が日本にもあると驚いたことがあるし、アフリカにも日本の小鼓と、形も演奏の仕方もそっくりなものがあるのです。
 
アフリカと日本の繋がりも、情報を集める必要がありそうです。

日本人の祖先にまつわる謎は、まだまだ多いです。

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経済活動と生命活動を対比してみても良いのではないだろうか。

経済行動や経済活動は、生体の営みとある意味似ています。

 

資金の流れは、血液の流れと似ています。

 

血液を全身に送り出すのは心臓、資金の大本である通貨を市場に送り出すのは中央銀行ですよね。

 

だが、血液は送り出されただけじゃ意味を持たないです。

 

通貨も市場に出るだけでは資金ではないです。

 

血液は臓器の中で消費されてこそ、血液の役目を果たすのです。

 

通貨はさまざまな経済主体の中で消費されてこそ、資金としての役割を果たすのです。

 

とは言え、資金の流れは血液だけでは例えきれないでしょうね。

 

血液は栄養を全身に運ぶ、資金の流れは単なる通過の流れではないのです。

 

通貨は、流通し、貯蔵されるのです。

 

これは、体内を循環する栄養は時として貯蔵されることに似ているのです。

 

つまり、資金の流れで言う通貨に体内で言えば栄養と見た方が良いのです。

 

そう考えると、内部留保の経済での働きは蓄積された脂肪に相当すると見て良いかもしれません。

 

適正量の脂肪、適正量の内部留保は、体内や企業の健全な営みを支えるために必要だが、行き過ぎた蓄積は健康を害するようになります。

 

蓄積された脂肪の消費は、体内で循環している栄養素で足りない時に起きるはずです。

 

同じように内部留保は必要な資金調達が市場からだけでは間に合わない時、換金性の高いものから消費されるはずです。

 

近年の内部留保の蓄積は急激と言う事は、一時避難的に換金性の高い資産に変換されている可能性が高いです。

 

つまり、経済活動が大いに活性化すれば速やかに換金されて企業の活動に回されることが期待できるでしょう。

 

経済活動の6割は個人消費と言われます。

 

これは、第二の心臓の異名を持つ足腰に相当すると見て良いでしょう。

 

足腰が活発に動けば動くほど、血管内に目まぐるしく栄養は駆け巡るようになります。

 

個人消費が活発になればなるほど、市場で通貨、つまり資金は目まぐるしく流通することになるのではないでしょうか。

 

個人消費と、個々人の生活は切っても切り離せないです。

 

日々の生活で新たな消費が旺盛になれば、市場の中で資金も活発に巡るのです。

 

動物は動くから動物、生活は生きて活動するから生活、違うでしょうか。

 

個人消費が思うように動いていないというなら、個々人の生活の質はどうなっているか調べた方が良いでしょう。

 

かつてのような大量消費が望めないなら、単価をどうすれば上げられるか見れば良いのです。

 

簡単です。

 

収入が増え、その状態が維持できると期待できる状況が実感できればいいのです。

 

量が期待できないなら質を上げその質に見合った価格を設定すればよく、その代金を気前よく払えるだけの生活の維持が期待できる状況が実感できるようにする政治が求められる。でしょう。

 

今の時代、社会には十分な富があるはずです。

 

それが、個々人の生活を力強く支えるために使われるべきと不退転な決意で実行する意思と能力のある政党や政治家を、市民が育てる意思と能力を発揮できるかどうかにかかっているのではないでしょうか。

 

動物は必然となれば、生存に適した場所を命がけで求めて、行動するのです。

 

人間だって、よりよい社会やよりよい政治を本気で必要と思うなら、大胆に行動を起こすことをいとわない方が良いのではないでしょうか。

 

闇雲に動くことはないが、よりよい社会やよりよい政治のために、もっともっと、思考もし、激論も交わす方が良いでしょう。

 

少しでもいいポジションを求めて生物は行動するはずです。

 

人間は、全体でよりよいポジションに進めるように協力協同した方が良いでしょう。

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