数学

やはり重力波は引力と斥力から出来ている?!

私達は何気なく床や地面に立っているが、素粒子の目から見たら驚くべき事が起きていると言います。

素粒子レベルで見れば、地面も床も私達の体も、隙間だらけのスカスカなのだそうです。

怖いですよね。

どうして、私達の体は地面や床に落ちていかないのでしょう。

詳しい話は省くが、要するに素粒子の間で働いている作用のおかげだそうです。

最新科学は、原子は電子と原子核から出来ていると明らかにしました。

ところが電子が原子核の周りをまわると、電磁波を放ってあっという間に原子核に落ちていくそうです。

怖いですよね。

そこで、電子は決まった軌道で原子核の周りを回っているとして一件落着しました。

実際には、電子の軌道は原子核の周りを取り巻く雲や霧のようになっているそうです。

アインシュタインは、重力を取り込んだ一般相対性理論を作りました。

それで宇宙を動かしてみたら、引力が働いてあっという間に宇宙は潰れてしまいました。

怖いですよね。

そこで、アインシュタインは苦し紛れに宇宙定数を導入しました。

すると宇宙は膨張しているらしいと言う情報がやってきて、アインシュタインは宇宙定数を投げ捨ててしまうのです。

ところがいま、物理学者達は量子力学と相対性理論の統一で悩んでいます。

素粒子レベルではスカスカな私達の体が、素粒子レベルではスカスカな地面や床に立てるのは素粒子の間で働いている作用のおかげです。

電子が安心して原子核の周りにいられるのは、決まった軌道のおかげです。

だったら、宇宙が引力であっという間に潰れないのは宇宙定数のおかげと言っちゃまずいのですか。

電磁波と重力波は、よく似た式で書けるそうです。

電磁波は電場と磁場、だったら、重力波は引力と斥力でいいじゃないですか。

電気はプラスとマイナス、磁気はNとS、スピンは上向きと下向き、物質は粒子と反粒子、それならば重力波は引力と斥力でいいじゃないですか。

電磁波は電場が動くと磁場が、磁場が動くと電場が、生まれます。

なら、重力波も似たようなメカニズムがあるはずです。

素直に見れば、物質が空間を押していると考えるのが自然なはず。

重力波は斥力が動けば引力が、引力が動けば斥力が、生まれると見ればどうでしょうか。

そうすると、案外すんなりと量子力学と相対性理論は結び付けられるのではないでしょうか。

どんな式になるか、やってみてくださいな。

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引力にパートナーとなる力はあるのか。

真空のエネルギーが、時空が膨張しても密度の変化しないダークエネルギーの正体と言う説を唱える人がいます。

このダークエネルギーが宇宙の70%で物質は高々30%と言う、指摘もあります。
だが、このダークエネルギー、宇宙定数で正確な表現ができると主張されています。
でも、ちょっと待って欲しいのです。
アインシュタインは、宇宙定数を一般相対性理論では潰れてしまう宇宙を救うために導入したのです。
その宇宙定数の数値は、引力と同じです。
方向は引力と真逆に働くとした宇宙定数は、大きさは引力と同じという事は何を意味するのでしょう。
古典力学で大きさが同じで方向が真逆な力として指摘している力とは、反作用の力なのです。
作用と反作用の力の均衡によって、見かけ上の静止状態が生まれます。
重力は引力だけと見られてきました。
では、台地がなければ私たちは永遠に落下し続けるのでしょうか。
違います。
台地が生んだ引力によって私たちの体は、台地の上にとどまっていられるのです。
台地のような質量の存在が、引力を生んでいるのです。
引力とは質量が時空の中に生み出した歪みなのです。
では、質量はどのように時空を歪めているのでしょう。
トランポリンを歩くと、その表面は窪みます。
なぜでしょうか。
私たちの体が、台地の生み出す引力で下に押し付けられているからです。
私たちの地球も時空を歪めて引力を生み出すなら、その時空を歪める力はどこからきてどのように時空に働きかけているのでしょう。
地球は時空を引き寄せているでしょうか。
地球には無数の見えない腕があって、時空を引き寄せて歪めているとしたならその腕はどのような姿でどのように働いているのでしょうか。
重力に引力しかないと言うなら、物質がどのように時空に働きかけて歪めているのか説明すべきでしょう。
だが、誰もそれをしようとはしません。
出来ないからです。
時空の膨張はどうなのか、これが説明ではないかと言うかも知れません。
だが、膨張のエネルギーがどこからきているのか誰も説明できていません。
一方、古典力学の要請に随って引力に反作用力を想定してみましょう。
大きさが同じで方向が真逆な力が、反作用力です。
アインシュタインの想定していた宇宙定数は、まさに、引力と大きさが同じで方向が真逆な力です。
アインシュタインの導入した宇宙定数は、プランクの導入したプランク定数のように、導入した本人からは便宜上の存在とみなされていました。
プランク定数には実在すると見抜いた、アインシュタインの存在がありました。
宇宙定数は不幸なことに、実在をその時点で見抜いた人は誰もいなかったのです。
そして宇宙定数は、皮肉なことに膨張宇宙論を論じる中で再発見されたのです。
しかも、宇宙定数の入っている一般相対性理論の式は、宇宙で観測される数値を矛盾なく説明可能なのです。
膨張宇宙論者たちは、宇宙定数の前に跪いたのです。
膨張宇宙論者は、アインシュタインのこの指摘を見落としています。
加速度と重力は区別がつかない、と言う指摘です。
膨張宇宙の証拠とされる数値が加速度で説明可能なのは確かだが、もし、その加速度が重力加速度と見ても何ら矛盾がないと気付くなら、どうでしょうか。
いつの日か、宇宙論の研究者たちはアインシュタインの墓前で、「アインシュタインさん、あなたが宇宙定数導入を悔いたのは早すぎました。宇宙定数によって定常宇宙を救おうとしたあの試みは正しかったのです。」と、首を垂れることになるでしょう。
いつかは、わかりません。
だが、その時は、劇的に来ることでしょう。

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特異点は避けられるか?

特異点とは、ある基準の下で、その基準が適用できない点です。
特異点は基準があって初めて認識され、特異点という言葉は、数学と物理学の両方で用いられます。
アインシュタインの時空に関する方程式から、宇宙の初めの特異点が避けられないと言うが、アインシュタイン自身は自らの理論を破綻から救うために宇宙定数を導入したのです。
宇宙定数によってアインシュタインの式は、救われたのです。
ところが、ハッブル定数が見つかり、その解釈として膨張宇宙論が提起されると、アインシュタインは原因不明な宇宙定数を膨張宇宙に置き換えてしまったのでした。
だがその結果、膨張を遡れば始まりの特異点が出てしまうことになるのです。
膨張宇宙論に逃げ込んでも、瞬時に潰れてしまう宇宙の運命の瞬間を引き延ばしただけなのです。
解釈を変えても、無数の解釈の迷宮と言う無限地獄に迷い込むことになります。
アインシュタインの式から膨張宇宙を追い出し、再び、宇宙定数を復活させるしかないのではないでしょうか。
アインシュタインの時空論では、質量があれば時空が歪みます。
なら、どうやって質量は時空を歪めるのでしょう。
無重力下で質量をどこに置こうと、時空は歪むのでしょうか。
重力のある地上で二次元空間上に質量を置けばその二次元時空は歪むが、無重力下でおかれた質量は二次元時空を歪められないのではないでしょうか。
重力と加速度は識別不能なら、無重力と等速運動は識別不能なはずです。
置くと言うことは、速度ゼロなはずです。
たとえ相対的な静止であっても、速度ゼロは無重力と識別不能なはずです。
だが、質量はゼロ点振動を持つを想定すれば、そのゼロ点振動によって時空を歪めることができ、重力は生まれるはずです。
このゼロ点振動がもたらしている斥力こそ、アインシュタインの導入した宇宙定数の正体であるとすれば、限りなく潰れて生まれる特異点の困難は避けられるのではないでしょうか。
とはいえ、最初に質量を組織してこの宇宙を生み出したのはどのような力なのかと言う問いは、相変わらず残りますが。

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集合論と確率論はなぜに数論の基礎?

わたしには、ずっと気になって考えていたことがありました。
数について考える時、集合論と確率論が基礎になると言うことです。
確率とは、ある物事が実現したりしなかったりする割合のことです。
実現性があるのは、可能性の全てではありません。
つまり、実現性とは可能性の部分集合なわけです。
実現性とは、可能性と可能性の重なり合いによって生じるわけです。
ここで重なり合うのは、二つの集合、必然性と偶然性です。
必然性と偶然性はともに、実現性が現れるための必要条件だが、それだけでは十分ではありません。
必然性と偶然性という二つの必要条件の重なり合ったところに、実現性が出現するのです。
必然性と偶然性の重なり合いには、当然広がりがあります。
広がりの大きさを得るには、面積の式が必要です。
面白い事実があります。
速度を二乗するとエネルギーの大きさが得られ、虚数を二乗すると実数が得られます。
二乗される二つの虚数や速度とは、実現性にとっての二つの必要条件である、必然性と偶然性のことだとしたらどうでしょう。
この二つが出会わないと十分条件は満たされません。
必然性と偶然性を二つの辺とする正方形の面積として、実現性の大きさが得られるとしたらどうでしょう。
一方の虚数や速度を必然性に対応する辺、他方の虚数や速度を偶然性に対応する辺、この二辺の掛け合わせ=二乗で実現性としての実数やエネルギーが現れるとするのです。
実数やエネルギーだけではなく、ありとあらゆる事物が、必然性と偶然性の織りなす正方形の面積をくぐって可能性から実現性へと現象していくとしたらどうでしょう。
確率の作り出す空間の大きさを導くことが出来る式は、複数ある事でしょう。
だが、ありとあらゆる形の確率の作り出す空間は、すべて位相幾何学的に見て同等だとしたらどうでしょう。
すべての確率の作り出す空間を表す面積の式を、正方形の面積の式で代表させてもいいはずです。
必然性と偶然性を二つの辺とする正方形の面積として、実現性の大きさが得られると言う考えは、普遍性を持ち得るわけなのです。
現実世界が、実数と虚数からなる複素数で表現されるのは、なぜでしょう。
それは、実数部は私たちの住む3次元、虚数部は私たちの経験する時間、そして、現実は時空の連続体だから複素数で表すしかないのです。
時間とは、必然性と偶然性の出会いによって、可能性の実現性へと転化していく現象の連続に他ならないのです。
そして私たちは、時間を通じてありとあらゆる経験をしているのです。

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宇宙も生命も自己組織化とプラズマで説明できそう?

今科学や技術の分野で新たなキーワードになりつつあるのが、自己組織化です。

自己組織化(self-organization、self-assembly)とは、自律的に秩序を持つ構造を作り出す現象のことで、自発的秩序形成とも言います。

自己組織化の過程の中では、何らかの形で全体の秩序付けや調整がなされています。

この全体の秩序付けや調整は、システムの中に最初から備わっていたさまざまな成分や部分や要素の間の部分的なやり取りの中から生まれてきたものなのです。

自己組織化の過程は自発的に生じてくるのであって、監督や調整役を務めるエージェントの役を務めるなんらかの仕組みや存在をシステムの内にも外にも必要とはしません。

きっかけとなるのはある程度の大きさのランダムな変化や変動であり、正のフィードバックによる増幅の結果生じてきたものなのです。

秩序付けや調整の結果として生まれた組織は、システムを構成しているすべての成分や部分や要素に分散されて散っていくことになります。

小さなあるいは部分的な損傷なら自己修復が可能となるけれど、大きな致命的な損傷や欠損は多くの場合修復は不可能であるか極めて困難です。

切り口に生じた一つの細胞から全体を再生する能力は植物では確認されているが、どんな小さな切片からでも全身の再生が出来るプラナリアがいる動物では全身を再生可能な細胞が切断などの簡単な刺激で生じる例は今の時点では確認されていません。
現時点で確認されている全身再生可能な動物の細胞は、初期の胚から取られるES細胞や初期化処置の必要なiPS細胞だけです。

自己組織化は、さまざまな物理、化学、バイオ、ロボット、社会、認知システムで生じるプロセスです。

一般的な結晶化、動物、および複雑なパターンを認識するニューラル ネットワークの学習方法のグループで群がって、液体下から加熱、化学発振器に対流パターンの出現などがあります。

自己組織化は、結晶例えば幾何学的な形状に成長する雪の結晶や孔雀の羽に浮かび上がる模様を形作るフォトニック結晶構造、さらには、シマウマのゼブラ模様、心臓の鼓動、過熱による液体の滞留パターン、高い規則性や秩序性を示す化学振動反応など、様々な自然現象の中にも見出すことができます。

生物の細胞がDNAを設計図として機能を持った組織を作り出す現象も、極めて高度な自己組織化の結果と考えられています。

DNA(デオキシリボ核酸)は、核酸の一種で、地球上の多くの生物において遺伝情報の継承と発現を担う高分子生体物質です。

DNAは五炭糖のデオキシリボースとリン酸、塩基 から構成される核酸で、塩基はプリン塩基であるアデニン(A)とグアニン(G)、ピリミジン塩基であるシトシン(C)とチミン(T)の四種類あります。

ここで注目したいのは、細かな構造や機能ではなく、DNAのらせん構造です。

プラズマは、プラズマフィラメントというらせん構造を作ることが知られています。

プラズマは、テレビのディスプレィや空気清浄機の宣伝で聞いたことがある人も多いでしょう。

極地の空に見られるオーロラもプラズマです。

プラズマは何らかのエネルギーが外部から供給されてゆらぎが生じると、不安定な様相を見せます。

プラズマがゆらいで発生するフィラメント状の構造の代表的な例は、オーロラとして観察できるのです。

パルス発信機を用いてX線放射の実験を行うことで確認できるが、フィラメントや渦といった構造は、条件が整うとお互いが生み出した磁場によって、同じ方向に動いているほかの渦を引き寄せて、自己組織化しながら成長していくのです。

プラズマが自己組織化という極めて生命と似た振る舞いをし得ることからプラズマ生命体が生存する可能性を主張する科学者さえいます。

プラズマは螺旋状の渦を作ったり、一定条件下では渦糸が結晶構造を作ることもあります。

渦の成長はやがて止まって何らかの理由で自然消滅した後に、再び新たなフィラメントを生成ていくこともあります。

このような生成と消滅を伴うエネルギーのサイクルは、グレートウォールとボイドによって構成された、銀河の集団が作る気泡状の宇宙構造が生成されていくメカニズムの中にも認められるのです。

量子力学は光の研究から始まり、物質一般にまで拡張された理論です。

そして光は、量子研究の一分野である量子電磁気学で荷電粒子間に働く電磁相互作用を荷う重要な存在して認識されています。

プラズマと光は密接な関係があります。

宇宙は光の中から誕生しました。

これは、言い換えるなら、宇宙はプラズマの中から誕生したことになるでしょう。

宇宙の99.9%以上はプラズマが占めると言います。

プラズマ(plasma)は固体・液体・気体につづく物質の第四の状態の名称であって、通常は「電離した気体」をイメージに持ちます。

通常はと言うのは、実は固体プラズマと呼ばれる現象もあるからです。

正の荷電粒子と負の荷電粒子が,ほぼ同じ密度で共存する物質の状態を一般にプラズマといいます。

固体物質内のこのような荷電粒子の集りを,狭い意味でのプラズマ(電離気体)と区別して固体プラズマというのです。

例えば金属の場合、結晶格子を構成する正イオンに対し、自由に動き回る伝導電子があって全体としては電気的に中性になっています。

正イオンとは電子が少ない状態の原子を言い、負イオンとは電子が多い原子の状態を言います。

また半導体や半金属などでも伝導電子と正孔、さらに正負イオンが混在しプラズマ状態を作っています。

余談だが、プラズマは液体中でも発生することがわかっています。

プラズマには、ダストプラズマと呼ばれる状態もあります。

ダストプラズマdusty plasma)はイオンと電子のほかに、μm(マイクロメートル)程度の巨視的大きさをもつ多数のダスト(dust、ちり、すなわち固体微粒子)を含むプラズマのことで微粒子プラズマとも呼ばれます。

そこではダスト微粒子、つまりダストの粒子には沢山の電子が付着して大きな負の電荷をもった粒子になり、通常のプラズマには見られない多くの興味ある現象を引き起こす事が知られています。

ダストプラズマは、宇宙空間、半導体製造のプラズマプロセスで多く見出され、それぞれ宇宙探査、産業上の問題として研究が進められました。

ダストプラズマが自己組織化することによって、クーロン結晶などが生成されることが1994年に複数の研究チームによって確認されていると言います。

プラズマ構造を積極的に制御することにより、微粒子の糸状結晶なども容易に得ることができます。

ダストプラズマは電子とイオンとに関しては通常のプラズマと同じで弱結合系であるが、ダスト微粒子だけに着目するとその粒子系は容易に強結合系にもなるので、弱結合系(ガス状態)から強結合系の典型的現象である結晶化までを個々の粒子レベルで観察出来る興味深い物理系として研究が進んでいるのです。

宇宙にも巨大なフィラメント構造が見つかっています。

エネルギーは存在するだけでは、仕事をしません。

ポテンシャルエネルギーになる必要があります。

そして、ポテンシャルエネルギーが最も安定して減少するには渦がもっともエネルギー効率が良いのです。

もちろん、ポテンシャルエネルギーの減少過程が安定して現象するのに最も適しているのも渦構造です。

プラズマがフィラメント構造を採るのは、安定して存在するのに最も適する構造だからと言えるでしょう。

宇宙は巨大なゆらぎの中から生まれたと見られています。

そのゆらぎが最も安定して存在するためには、フィラメント構造が最も適しています。

宇宙の、巨大なボイド(泡)構造とこれまた巨大なフィラメント構造を考えるなら、真っ先に連想できるのは細胞とDNAの組み合わせです。

最新の科学は、宇宙は階層性をもち、その階層性には相似性が存在することが明らかになりつつあります。

その良い例の一つが、電子が原子の中で土星の輪のように分布すると唱えた長岡のモデルです。

ラザフォードによって正しさが確認され、今日の電子の殻軌道モデルに引き継がれています。

原子、惑星などの天体、太陽系、銀河系と相似性が今日では明らかになっています。

原子中の電子は雲のような形で分布していることがわかってきたが、銀河もまた星雲と呼ばれる雲に似た描像が用いられるなど、ここでも階層性が見られます。

宇宙の階層性が持つ相似性を記述する理論が、フラクタルです。

フラクタル(fractale)は、フランスの数学者ブノワ・マンデルブロが導入した幾何学の概念で、図形の部分と全体が自己相似になっているものなどを言います。

フラクタルは、自然現象の全ての尺度において現れる繰り返しパターンを記述する数学の手法です。

多くの存在が相似性を示しつつ、多様性を示しているのは、ゆらぎやトポロジー(位相幾何学)的な展開をしているからでしょう。

トポロジーの名称はギリシャ語のトポスとロゴスの合成に由来するもので、直訳すれば「位置の研究・学問」です。

プラズマは自己組織化する能力を持ち、空気清浄機に見られるように周囲のダクトを引き付ける事も出来ます。

そして、ダクトプラズマもまた自己組織化する能力を持ちます。

ダクトプラズマは宇宙空間にも多く見られ、プラズマの示す生成と消滅を伴うエネルギーのサイクルは、プラズマの示すグレートウォールとボイドによって構成された、銀河の集団が作る気泡状の宇宙構造が生成されていくメカニズムの中にも認められるのです。

さまざまなスケールで現れるプラズマフィラメントが、宇宙の階層性を繋ぐキーワードと見てはおかしいでしょうか。

結晶の形と生命体の形、流体である水の作り出す様々な形と生命体の形、そこには面白いほどの相似性が見られます。

結晶構造と電子構造は密接な関係にあり、水も極性のある分子の集合体です。

ミクロからマクロに至るまで、イオン、そして、プラズマは大活躍していると言えるのではないでしょうか。

今、多くの科学者を悩ませ虜にしてるダークマターやダークエネルギーは、実はプラズマ宇宙論には登場しません。

宇宙の99.9%以上はプラズマなので、プラズマ宇宙論から見ればダークマターやダークエネルギーの正体はプラズマはプラズマとそのエネルギーとなるからです。

宇宙の誕生から、生命の誕生、そしてそれらの展開は自己組織化とプラズマを中心に議論をしていくと、あっけないほど短期間な物語となることでしょう。

詳しく展開すれば、もっと長い時間が必要でしょうが今回は大まかな話にとどめておきます。

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不確定性の裏に確定性も隠れていた?

「測定誤差と擾乱に関する不確定性関係」に関する「ハイゼンベルクの不等式」が破れていることがわかったという記事です。

注目したいのはここ。

2つの物理量がハイゼンベルクの不等式によって制限されると思われていたものよりも高い精度で同時に測定可能であることを示しているほか、実験結果は小澤の不等式を満たしているものの、小澤の不等式における下限値よりもかなり大きい領域にある一方で、ブランシアードの不等式の下限に近接しており、 理想的な実験を行った場合にはブランシアードの不等式が誤差と擾乱の関係の下限値を与えることが示された。

これが一体何を意味するのかです。

これまでの測定で、波動性の裏に隠れていた粒子性が示す性質が観測されたのかも知れません。

今後の研究成果の注目です。

"測定誤差と擾乱に関する不確定性関係"の新たな不等式の検証に成功 -東北大
  [2013/12/25]

東北大学は12月25日、量子力学の基本原理の1つである「測定誤差と擾乱に関する不確定性関係」に関して、「ハイゼンベルクの不等式」が破れており、「小澤の不等式」ならびに、2013年に新たに提案された「ブランシアードの不等式」が成立していることを、量子状態の弱値を得ることが可能な「弱測定」を用いた実験で検証することに成功したと発表した。

同成果は、同大電気通信研究所の枝松圭一 教授、名古屋大学大学院情報科学研究科の小澤正直教授らによるもの。詳細は2013年12月26日付の米国物理学会論文誌「Physical Review Letters」オンライン版に掲載される予定だ。

これまで研究グループは、量子力学の基本原理の1つである「測定誤差と擾乱に関する不確定性関係」として知られる「ハイゼンベルクの関係式」が破れており、名大の小澤教授が発見した新しい関係式(小澤の不等式)が成立していることなどを明らかにしてきたが、小澤の不等式のがε(A)=0またはη(B)=0ではない場合、両辺の等号が成立する場合があるのか、より厳しくかつ常に成立する不等式は存在するのかなどの疑問が残されていた。

こうした謎の解明に向け、2013年にはオーストラリア・クイーンズランド大学のCyril Branciard博士が小澤の不等式を改良し、ε(A)=0またはη(B)=0以外の場合にも等号が成立する場合がある、より厳しい関係式(ブランシアードの不等式)を導き出していた。

015

ブランシアードの不等式

また、同博士は、電子スピンの向きの測定や光子の偏光の測定の場合などにおいて成立するさらに厳しい不等式も導きだしており、この不等式が理想的な場合には両辺の間に等号が成り立つことが判明していたが、これらの不等式(ブランシアードの不等式)の実験的検証が求められていた。

016

電子スピンの向きの測定や光子の偏光の測定の場合などにおいて成立するブランシアードの不等式

そこで研究グループは今回、光の偏光に関する計測法「弱測定」を用いて、小澤の不等式とブランシアードの不等式が成立すること、ならびに測定された誤差と擾乱の関係が、ブランシアードの不等式が予言する限界に近いものとなっていることを実験的に確認することに成功した。

具体的には、光の量子である「光子」の偏光を用い、縦横方向の偏光測定の強度を変化させたときの、「縦横方向の偏光測定における誤差」および「その測定によって斜め45度方向の偏光が受ける擾乱」を計測。

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図2 MAにおける縦横方向の偏光測定の強度(横軸)を変化させたときの、「縦横方向の偏光測定における誤差(青線)」および「その測定によって斜め45度方向の偏光が受ける擾乱(赤線)」の計測結果。○と□が計測結果で、破線は理想的測定装置の理論値、実践は実際の測定装置の性能を加味した理論値。測定強度が大きくなるに伴い、誤差は減少する一方、擾乱は増大し、両者の間にトレードオフの関係があることがわかる

測定誤差と擾乱の計測に用いられた弱測定法は、誤差や擾乱の計測を行いたい実験装置(MA)の前段に弱測定の実験装置(WP)を配置し、WPの測定結果とMAの測定結果を比較することで、MAの誤差や擾乱を計測することができるもので、今回の実験では、測定の強さが弱いWPを採用し、測定対象となる系(=光子の偏光状態)をほとんど変えることなく、精密に誤差や擾乱を評価する手法を開発した(この測定系はブランシアードの不等式が成立するための必要な条件を満たしている)。

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光子の偏光における弱測定法を用いた測定誤差と擾乱の計測装置。半導体レーザー(LD)から出た光は単一光子レベルまで減光された後、円偏光として装置に入射する。中央の黄色の部分が弱測定(WP)の実験装置で、縦横偏光(誤差の計測の場合)あるいは斜め45度方向(擾乱の計測の場合)のいずれかの偏光測定を弱い測定強度で行う。その後の水色の部分が主測定装置(MA)であり、縦横方向の偏光測定を種々の測定強度で行う。その後の紫色の部分(PM)は斜め45度方向の偏光測定を行う。各々の測定装置によって2光路のどちらかに出力された光子は、最後に8台の検出器のいずれかで検出される。光子がどの検出器で検出されたかによって、WP、MAおよびPMの測定結果がわかる。WPの測定結果とMA(PM)の偏光測定の結果を比較することで誤差(擾乱)を計測する

MAにおける測定の強度(横軸)を変化させたときの、誤差および擾乱に関する不等式の成立状況を見ると、図から、ハイゼンベルクの不等式の左辺は右辺を下回り、不等式が破れているのに対し、小澤の不等式ならびにブランシアードの不等式が保たれていることが分かった。特に、ハイゼンベルクの不等式の左辺は、不等式が予言する下限C=0.995に近い値となっており、同不等式において等号が成立する条件に近い状態が実現されていることが分かったほか、光学素子(偏光プリズム)の不完全性を考慮した場合の理論値と比べても実験値をよく再現していることが判明した。

013

MAにおける測定の強度(横軸)を変化させたときの、誤差および擾乱に関する不等式の成立状況。○や□などのマークは実験結果。破線は理想的測定装置の理論値で実線は実際の測定装置の性能を加味した理論値。青線がハイゼンベルクの不等式の左辺、赤のデータが小澤の不等式の左辺、紫および緑のデータがブランシアードの不等式の左辺。不等式の右辺はいずれもC=0.995で、中央のグレーの実線で表されている。ハイゼンベルクの不等式の左辺は右辺を下回り、不等式が破れているのに対し、その他の不等式は保たれていることが分かる。中でもブランシアードの不等式(緑側)の左辺の実験値は下限値C=0.995に近いことが分かる

さらに誤差と擾乱に関する測定結果と不等式の下限値を、誤差を横軸、擾乱を縦軸にプロットしてみると、実験び結果はハイゼンベルクの不等式を破り、他の不等式は満たす領域にあることが判明。このことは、2つの物理量(この場合は縦横方向偏光と斜め45度方向の偏光)に関する誤差と擾乱がハイゼンベルクの不等式から予言される下限値よりも小さいこと、つまり、2つの物理量がハイゼンベルクの不等式によって制限されると思われていたものよりも高い精度で同時に測定可能であることを示しているほか、実験結果は小澤の不等式を満たしているものの、小澤の不等式における下限値よりもかなり大きい領域にある一方で、ブランシアードの不等式の下限に近接しており、 理想的な実験を行った場合にはブランシアードの不等式が誤差と擾乱の関係の下限値を与えることが示された。

014

誤差と擾乱に関する測定結果と不等式の下限値を、誤差を横軸、擾乱を縦軸にプロットしたもの。黒丸は実験結果。黒点線は実際の測定装置の性能を加味した理論値。青の実線がハイゼンベルクの不等式、赤の点線が小澤の不等式、紫の破線および緑の一点鎖線がブランシアードの不等式における下限値。各々の下限値より左下方は不等式を破る領域で、実験値はハイゼンベルクの不等式を破り、他の不等式は満たす領域にある。特に、ブランシアードの不等式(緑線)の下限に近接していることがわかる

今回の研究について研究グループでは、新たに提案されたブランシアードの不等式に対する初の検証実験であり、小澤の不等式よりも厳しいブランシアードの不等式が検証されるとともに、誤差と擾乱が達し得る下限に関して新たな知見に達することができたとする。また、弱測定法は、誤差と擾乱を計測する以外にも、被測定系の状態を変化させずに物理量を計測する一般的な計測法として期待されてきており、今回の研究で用いた被測定系の状態をほとんど変化させないほぼ理想的な弱測定系の実現により、誤差と擾乱に関する明瞭な検証実験が可能になったで、物理のみならず科学技術一般に広く行われる「測定」という行為に対し根本的な制限を課す「不確定性関係」への見直しとなることはもちろん、従来の不確定性関係の枠を超えた超精密測定技術や新たな量子情報通信技術の開発などの多くの応用を拓くことが期待できるとコメントしている。

また、光子の偏光は、各々の測定結果は2通り(例えば縦偏光と横偏光のどちらか)となる点で、電子や中性子における「スピン」と同じ2次元系とみなせることから、今後は、さらに次元の高い物理状態や、ハイゼンベルクのガンマ線顕微鏡の思考実験で出てくる位置と運動量などのように、連続的な値を取り得る物理状態に対する不確定性を検証する実験にも取り組んでいき、不確定性に関するさらなる理解と応用を広げていければとしている。

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電子のさざ波の正体は何?

興味深い記事が出ました。

電子のさざ波観測に成功したというのです。

この波が果たして、数学的な、あるいは、確率論的な波でしょうか。

当然、物理的な波と解釈するのが自然と思います。

量子力学は、当初、光の研究から始まったのであり、光の波動性は物理的だったからこそ、媒質の有無が問題になったはずです。

北大と筑波大、10fs以下の時間のみに存在する電子のさざ波の観測に成功

日野雄太  [2013/12/25]

北海道大学(北大)と筑波大学は12月20日、10-14秒以下の(10fs以下)の短い時間内しか発生しない、電子のさざ波の動きを観測したと発表した。

同成果は、北大 電子科学研究所の三澤弘明教授、筑波大学 数理物質系の久保敦講師らによるもの。

詳細は、Nature Publishing Groupの「Light:Science & Applications」に掲載された。

近年、地球規模で環境・エネルギー問題が顕在化しつつあり、光触媒や色素増感太陽電池などといった光をエネルギー源・駆動源とする光化学の研究は一段と重要性が増している。

真の低炭素社会を実現するためには、光エネルギーを余すところなく利用できる光反応場の構築が強く求められている。研究グループでは、この光子の有効利用の概念を世界にさきがけて提唱し、金属ナノ構造が示す光アンテナ効果により光エネルギーを高効率に利用する光-分子強結合反応場の創成を目指して、研究開発を推進してきた。

また、金属ナノ構造が示すプラズモン共鳴に基づく光アンテナ効果を太陽電池や人工光合成など種々の光エネルギー変換系に適用する、高効率な光エネルギー変換デバイスの開発も進めている。

今回、透明な半導体として知られる酸化チタン単結晶基板上に、光アンテナ構造として髪の毛の太さの1/1000程度の金ナノ構造を高密度に配置した基板を作製し、フェムト秒レーザ(パルス幅:7fs)を励起光源とした光電子顕微鏡(空間分解能:7nm)により、金ナノ構造に誘起される局在表面プラズモン共鳴の光電場強度分布や位相緩和過程をポンプアンドプローブ法により追跡した。

この結果、光アンテナ機能を有する金属ナノ構造体が光電場と強くカップリングすることにより光を微小空間に束縛し、閉じ込める物理現象を高い空間分解能で計測することに成功した。

そして、図1のように、ナノギャップを有する金構造体を光電子顕微鏡で確認した。

図の輝点は、金属ナノ構造がアンテナとなって光エネルギーを捕獲し、それを超微細な領域であるナノギャップに凝集できていることを示している。

これには、光子の有効利用を促進する効果がある。また、光の速度が高速のために、このようなナノ構造体に光は10-15秒以下の時間帯しか相互作用できないが、プラズモンの波は光が通り過ぎた後もしばらく継続し、10-14秒以下ほどで減衰する様子が観測された。

さらに、計測された光電子顕微鏡像を2つ目のレーザ光パルスの遅延時間を変化させて測定し、コマ写真の要領で並べると、プラズモンの波と光の波の位相の重なり程度により明滅を繰り返し、減衰する過程が観測された。

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図1 ナノギャップを有する金構造体の光電子顕微鏡像(水銀ランプ+フェムト秒レーザ励起)。挿入図は、典型的なナノギャップ金構造体の電子顕微鏡写真

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図2 光電子顕微鏡像および光電子強度のレーザ光パルス(プローブ光)の遅延時間依存性

近年、金ナノ微粒子は半導体基板と組み合わせることにより、可視光や赤外光を高効率にエネルギーに変換する太陽電池や人工光合成系の光アンテナとして注目されている。

今回の成果は、金ナノ構造が示すプラズモン増強による光電場強度分布やそのダイナミクスを明らかにしたものであり、この測定法は金属から半導体への電子移動反応サイトの解明や素過程の追跡において有用な方法になると考えられる。

今後、プラズモン光アンテナを用いた光エネルギー変換デバイスの高効率化に向け、この方法論が活用されていくものと期待されるとコメントしている。

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素粒子の先はあるか。

一つの記事で、科学界に衝撃が走りました。

それが、これです。

ヒッグス 複合粒子か 名古屋大など計算実験で推定

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2013041302000125.html

2013年4月13日 『東京新聞』朝刊

 質量の起源とされ「神の粒子」ともいわれるヒッグス粒子が、複数の粒子で構成される「複合粒子」である可能性があることを、名古屋大を中心とするグループがコンピューターを使った計算実験で突き止めた。

英エディンバラ大のヒッグスセンターで二十四日から開かれる研究集会で発表する。

 成果を発表するのは、ノーベル物理学賞受賞者で名大素粒子宇宙起源研究機構の益川敏英特別教授、山脇幸一特任教授をはじめ、青木保道准教授ら計十人の研究者で構成するグループ。

 ヒッグス粒子は、それ以上は分割できない「素粒子」と考えるのが世界の主流。

複合粒子だった場合、クォークやレプトン、ゲージなど、現在は素粒子と想定されている粒子も、さらに細かい粒子から成り立っている可能性があり、人類にとって未知の世界が広がる。

かつて物質の最小単位は原子だと考えられていたが、陽子や電子などさらに小さな粒子が見つかったのと同じような発見を意味する。

 研究機構は専用のスーパーコンピューターを導入。

複合粒子の可能性を視野に、二種類の粒子からヒッグスを組み立てる計算実験を二年間続けた。

 その結果、「フェルミ」と呼ばれる粒子などの二粒子で構成される一つの粒子が、質量などの点でヒッグスの性質を持つ兆候を捉えることに成功した。

山脇特任教授は「現在の情報量は十分ではない。今後さらにデータを集める」と説明している。

 欧州合同原子核研究所(CERN)の国際実験チームが昨年七月、ヒッグスとみられる新粒子を発見。理論と合致する兆候を示していることから、この粒子はヒッグス粒子であることが確実な状況となっている。

 今回の実験結果はCERNの実験結果とも矛盾しない。

しかし、複合粒子の確実な証拠とまではいえず、益川特別教授は「さらに時間をかけてコンピューター実験を続け、データを集めれば、ヒッグス粒子が複合粒子かどうか、もっとはっきりしてくる」と話している。

<ヒッグス粒子> 英エディンバラ大のピーター・ヒッグス名誉教授らが1964年、理論的に提唱した粒子。

あらゆるところにあるが目に見えず、通常は感知することができない。

宇宙が始まった大爆発(ビッグバン)の100億分の1秒後に生まれ、海のように空間を満たしたとされる。

宇宙誕生直後は素粒子に質量がなく、光速で飛び回っていた。

しかし、ヒッグスの海にまとわりつかれて動きにくくなることで質量が生まれたと考えられている。

注目すべき点がここです。

ヒッグスが複合粒子だった場合、クォークやレプトン、ゲージなど、現在は素粒子と想定されている粒子も、さらに細かい粒子から成り立っている可能性を考えなければならなくなると言うのです。

 そして、当然、より基礎的と考えられる粒子もまた、波動力学で記述されるのでしょうね。

超ひも理論として知られる超弦理論は、正式には超対称性弦理論と言います。

 超対称性のあらわれる10次元を、考えるのですよね。

今現在、波動力学の想定する波動は、物理的なものではなく、確率論的と見なされています。

だがもし、物理的としたらどうでしょう。

 波動には、逆位相がありますね。

そして、逆位相は当然、対称的であるはずでしょ。

 量子力学は、もともと、光の研究から誕生した理論ですよ。

光は基本的に波動であるにも拘らず、粒子としても振る舞うのです。

 そして光の粒子性は、波長が短くなるほど、周波数は高くなるほど、大きくなるのでしたね。

物質を構成する粒子が多いフェルミ粒子(フェルミオン)は、軒並み波長が短いでしょ。

 エネルギーを荷うボーズ粒子(ボソン)は、フェルミ粒子より波長が長い。

光、つまり電磁波の仲間を見ればよくわかるでしょ。

 量子力学は光から始まって、ほとんどの素粒子を説明する理論へと、展開したでしょ。

捜査は難航したら、現場の検証をやり直すのは、基本でしょ。

量子力学は、多くの疑問を抱えたまま進んでいる以上、誕生の原点にまで遡って研究を再検討したほうが良いと思いますがね。

 急がば回れ。

その通りです。

エーテルは、光の媒質としてだけ考えられたから、そんなものはないとなりました。

けれども今は、全ての素粒子に波動があるのです。

 すべての素粒子の波動の担い手を、改めて探す時が来た。

その時代は、近いうち、来る可能性は大きいでしょうね。

 フラクタルの指し示す階層性を思えば、相似性を手掛かりにできるかもしれない。

そうかも知れないですね。

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機械に心は宿るか、また、宿すべきか?

人工知能の研究者と会話をして、いろいろ考えさせられました。

 ネットを介して、でしょ。

今回は、その会話を踏まえて展開するけど、議論全体の内容についての責任は私にあります。

人工知能やロボットの廃棄は、処分である。

客観的にはそうだし、これからもそうでしょう。

だが、主観はどうでしょう。

ここを掘り下げましょう。

汝殺すなかれ。

その殺すなかれの対象に、人工知能やロボットが入るのか、多くの人が煩悶するときはやがて来ることでしょう。

人工知能やロボットが、心を持つかのように振る舞いだすであろうからです。

やがて、人工知能やロボットに関して、人は故障や破損を病気や怪我と呼び、修理修繕を治療や入院、廃棄を葬儀と思いもし言いもする、そういう時代が国境も文化も越えてやってくるかもしれないのです。

重大な課題は、「人間の良きパートナー」が実現可能か、そして、それを実現することが倫理的、社会的に許されているかどうかです。

道具を廃棄することにはあまり抵抗を感じないのですが、パートナーはとてもそうはいきません。

 でしょうね。

 ペットは単なる動物ではなく家族です。

 人工知能やロボットもその仲間になるわけですね。

ペット以上の存在になると思います。

 ある意味、人工知能やロボットは分身化した存在でしょうから。

 少なくとも、研究者は哲学、倫理や価値観という意味で、が問われる時代になってきたということでしょうか。

これからの人工知能の研究では、必要不可欠だと思います。

 ある意味、宗教と科学の融合の時代ですね。

宗教的観点は人間の存在や行いの意味を根源から問い直すという意味で重要だと思います。

少なくとも自分の試みが人類にとっていかなる意味を持つか、真摯に考えなければならないと思います。

 それだけに、技術論に流れやすい研究者の意識改革も要るということでしょうか。

まさに、手塚治虫の描いた近未来の光景を目撃する世代はすぐそこまで来ている気がするのです。

人工知能の使い方を、振り返ってみましょう。

 情報処理から情報検索、さらに、情報シュミレーションへと展開してきた。

そうなると疑問が浮かんできます。

 人工知能を使うことは、利用者の脳の外部への延長や拡張なのか、それとも、他者との相談なのか。

少なくとも共同使用された人工知能の使用は、限りなく他者との相談に近くなるでしょう。

 神に訊ねる内容に、人工知能との相談の生かし方も加えるべきですね。

人工知能やロボット、個人で使用している段階ではある種の分身かも知れないが、家族で共有したら家族の一員、組織で共有したら組織の一員、そう思われる時代がやがて来るかもしれないですね。

 人工知能は、ときに設計者の想定外の答えを返す。

だが、前もってインプットされた思考形式からは無数の選択肢が生まれる可能性があり、設計者が見落としていた視点を提示しているに過ぎないでしょう。

解は無理としても理解を得たい…。

 人工知能にたいして、幻想が独り歩きする原因の一つに「知能」という言葉があるかも。

人工知能なるものは、どこまでもシュミレーターであって、アウトプット、つまり出力はその結果に過ぎない。

 どこまでもインプットー外部からの入力―に対してアウトプット―外部への出力―を返している。

それ以上でもそれ以下でもない、ということでしょうね。

人はそれ以上が可能だから人なのだ、そういえるでしょう。

 人工知能…。

組み込まれてる思考は、設計者の嗜好に相当左右されてる気がするのは、私だけでしょうか。

こればっかりは、何人でやろうが、当人たちの癖が否応なしに入るはずと思えます。

だから異なる設計者の人工知能同士の会話は、設計者同士の会話の代理の様相を呈するように思えるのです。

 人工知能の思考は組み込まれるものなのか、それとも宿る、発現するものなのか…。

 前者は人工知能と呼ぶに相応しい様に感じますが、後者も人工知能って呼んでいいんですかね。

 それとも人工生命とかになるんでしょうかね。

インプットなしのアウトプットはあり得ません。

学習なしに何かが出来るわけけではないのと同じことでしょう。

人工生命の次元や段階の差と見る方が良い気がします。

 限りなく人に近いことが求められるが、人になられても困る。

 なんのための人工知能かということですね。

ここが議論の分かれ目です。

 ということは、人工知能は知的行動のレベルでよき協力者となってくれる、存在を目指すということですね。

 機械は基本的にはツールですから。

 ジレンマですね。

その通りです。

そこが、「心」の機能が求められるところです。

心、ないしはそれに近い存在が破壊されると心がひどく痛みます。

 アトムの中でも、大きな課題として出てきましたね。

 これが現実味を帯びてきたのですね。

心の失敗作は破壊していいものなのか。

 心とさえ、見なしえる現象が、現実に存在してしまう。

 ここにシミレーターとしての人工知能の存在意義の一つがある。

相談相手としてのもう一人の自分として、ということでしょうね。

こればっかりは、何人でやろうが、当人たちの癖が否応なしに入るはずだと、思えますね。

 だから異なる設計者の人工知能同士の会話は、設計者同士の会話の代理の様相を呈するように思えるのです。

人工知能同士で、対話もどきの状態は作れるでしょうね。

怒ってるような反応や笑ってるような反応もさせられるかもしれないです。

だが、人工知能が会話を楽しめるかという疑問は当然残ります。

人工知能との会話や人工知能同士の対話を楽しんでいるのは人であって、人工知能ではない、そうでしょ。

ここを考えてない議論が多くないでしょうか。

 人工知能はしょせんどこまで行っても、シュミレーションの道具であるはずでしょ。

 ルーチンワークの集積で出せる答えなら、人工知能の能力は人より上。

1960年代の人工知能研究では、大規模探索空間を多くの場合に効率的に探索する能力、と規定してきました。

よく定義されたゲームであれば、人間はチャンピオンですらも人工知能に勝てなくなってしまいました。

 狭いながらも人間の能力を超えていると仰います。

 そうかもしれません。

 だが、ロボットは多かれ少なかれみなそうなのです。

 問題は、どういう点でどういう意味で超えているのかではないですか…。 

人間の高い能力が求められる領域で、ということです。

 だが、その結果をみて、責任をおって判断しなければならないのは、最終的には人であるはずでしょ。

 そこをちゃんと考えて理解してない議論が多すぎる気がする。

判断能力は、価値判断と関わりが深いでしょ。

 価値判断は、心の問題でしょう。

機械に心が宿るかどうかですよ。

 人工知能に学習機能をつければ、そのうち自らのプログラミングさえ自律的に改善改良してくれる能力を供えるかもしれない。

 だが、その対応は結局、経験からみちびかれる想定の範囲でしか、できないのではないでしょうか。

 想定外の事態に対応できる能力では永久に人工知能は、人を超せないはすだと思えますが。

そこあたりは、議論の余地があるでしょうね。

人の世界に人工物が深く浸透したことが原因です。

 人は人としか生きられない以上、この問題は避けて通れない。

 この問題に否応なしに機械もまきこまれた。

 それが、ロボットや人工知能の必要性となったということでしょうか。

問題はここに存在します。

さらに急速に変化する世界。

 複雑化した現在、なにがもっとも優先順位が高いかの判断も難しい。

 にもかかわらず迅速な判断が求められる。

 その判断のパートナーとしての人工知能が、求められるということでしょうか。

より重大な課題は、「人間の良きパートナー」が実現可能か、そして、それを実現することが倫理的、社会的に許されているかどうかです。

人工知能の学習についても、いろいろの手法や方向、段階があるように見える。

だが言えるのは、適切で的確なアウトプットのためにインプットするのであって、極端な話インプットのやり方は道義的倫理的に問題さえなければ何をやってもいい。

だから、ここに設計者の創意工夫と腕の見せ所がある。 

道具を廃棄することにはあまり抵抗を感じないのですが、パートナーはとてもそうはいきません。

 でも機械は道具ですね。

その通りです。

しかし、これを突き詰めていくと精神的な奴隷をつくろうということになります。

 人工知能やロボットの処分は、廃棄と割り切っていいのかどうか。

 これはまさにアトム、そして手塚治虫の流し続けた涙であり、それが現代人すべてのものとなる時代がそこまで来ているのですね。

心、ないしはそれに近い存在が破壊されると心がひどく痛みます。

影響を与えないのなら役にも立たないということなので…。

 ロボットの破壊力は半端じゃないですから。

 だから困る。

 人となら喧嘩も良いけど。

現実には「人々に影響を与えない心」をイメージすることは難しいですね。

 人工知能やロボットもまた、価値観を共有してくれないと、役に立たない。

 ある意味、有能な秘書であり執事であってほしいわけですね。

その通りです。

そこが、「心」の機能が求められるところです。

 だから、察してくれる人工知能が欲しい。

 理想を言えば、空気を読んでくれるくらい。

 やはりそうですか。

 いつかそういう時代が来ると思っていました。

科学的観点だけでは解けないということでしょう。

 客観的に決まるなら、法則があるはずです。

 人工知能で対処できるのは法則やなんらかの決まり事のある世界でしょ。

 主観と創造には未知の法則があるかも知れないし、カオスかも知れません。

 つまりイコールパートナーを目指しているわけですね。

 人工知能は有能な助手になりえてもそれ以上ではない、ということですね。 

いいえ、ここは非常に興味深い点です。

人工知能研究者はその壁を越えたいのです…。

人間が偉いのは価値を創り出せるからです。

例えば、ゲームは複数の答えはあっても最適解がある。

だが創造に最適解はない。

ここで人はまだ勝てるはずです。

コミュニケーションがうまくいかないときはひどくなります。

が、逆に賭けたいということです。

確かに、人と人であってさえ意思の疎通は難しいです。

 いうより、心があるからかえって厄介とさえ言えますね。

そうなのです。

 人はいやおうなしに神の領域に踏み込んだわけですね。

 生命科学でもそうですが。

そこまで人工物は進化しました。

人間の霊性の進化が求められる局面を齎す研究なのですね。

これについてもそう思っています。

 高度な知性の助けなしには生きられない時代ということですね。

そう思っています。

 つまり最新科学は、皮肉にもある意味神学的側面を持たざるを得ない局面を迎えているということでしょうか。

では、なぜ人工知能、そして心のあるロボットが必要かという問いにも関わってきますね。

 遣い勝手の向上という点はないですか。

使い勝手というのは程度の問題、一方が他方より少しまし、ということですが、いまや死活の問題に発展しつつあると思います。

 遣い勝手の内容と質が、そもそもの出発点から問われるわけですね。

 人間の霊性の進化が求められる局面を齎す研究なのですね。

その通りです。

非古典的な考察が必要なのは、純粋に善、純粋に悪という心を考えられないからです。

 ある意味、天使と悪魔の問題と言えそうですね。

そのような倫理的な観点からの議論が必要だと思います。

ロボットだけでなく、研究者倫理も議論の対象になるでしょう。

 まさにロボット憲章の必要性が現実味を帯びてきたということでしょうか。

原点に戻る必要がありますが、過去とは違ったマインドが必要だと思います。

 そもそも心とは何か。

 そして心を持つ機械としてのロボットや人工知能はなぜ必要になったかという、ここに立ち返る必要はありませんか。

 迷たときは原点に戻るのは基本と思いますが。

大きな社会的問題だと思います。

 さらに多くの議論への参加者が欲しい問題ですね。

 一般市民も交えての。

まったくその通りと思います。

 物理的に、また、原理的に可能かという議論もあるでしょうね。

今の時点で、可能かということと、これから可能になるかは、分けて考えるべきでしょう。

知識の発展の歴史は、有り得ないを有り得るに変えてきた歴史でもあります。

知識と知恵にとって、何が永遠に不可能かは、神のみが知るということでしょう。

そして、判断はますます、もし神ならばどう思うだろうかを基準にすることが求められるようになるでしょう。

確かに言えるのは、これだけに思えます。

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細胞の形を決める遺伝子とどこまで言える?

細胞の形決める遺伝子発見 東大

日本経済新聞2012/9/17 18:52
http://s.nikkei.com/QTaugq

 東京大学の小田祥久助教と福田裕穂教授らは、植物の細胞の形を決める仕組みを突き止めた。

4個の遺伝子が働き方を変え、自在な形を作り出していた。

この仕組みを利用し、植物細胞の形をデザインでき、バイオ燃料に適した植物などを作れる可能性がある。

成果は米科学誌サイエンス(電子版)に発表した。

 植物の細胞は動物と異なり、セルロースと呼ぶ繊維でできた細胞壁で覆われている。

実験植物のシロイヌナズナの遺伝子の中から、細胞壁作りに関係がありそうな30個を選び、細胞に入れて実験。

細胞壁の模様や形の形成に関わる4個を特定した。

 この4遺伝子が作るたんぱく質が連携して働き、細胞壁を部分的に薄くしたり、穴を開けたりして模様や形ができていた。

植物細胞は英国の博物学者フックが約350年前に見つけたが、形ができる仕組みは不明だった。

細胞の形を決める遺伝子というけれど、セルロースと呼ぶ繊維でできた細胞壁で覆われている植物細胞はなぜできるかを、遺伝子レベルで突き止めたわけではない点に、注目したいです。

今回はあくまでも、4遺伝子が作るたんぱく質が連携して働き、細胞壁を部分的に薄くしたり、穴を開けたりして模様や形ができていたと明らかにしたにとどまるのです。

 つまり、植物細胞の形の細目を決める仕組みが分かっただけなのですね。

報道はどうしても注意を引くために、刺激的な見出しをつけたがります。

 細胞の形決める遺伝子発見という、この言葉が独り歩きして、新たな幻想が生まれる可能性がある。

形の細目、それも、植物の細胞に限定されているのです。

仕組みの解明が進めば、動物の細胞にも応用が出来る可能性は、もちろん否定できません。

なぜ、細胞は全体としてあの形なのか、さらには、なぜ、生物はこの形になるのか、という仕組みの解明はまだほとんどできていないと言って良いでしょう。

 だから、この発見が大ニュースになる。

そういうことでしょうね。

生物の形は、結晶や、水の作り出す形、さらには、放電現象が作り出す形に、不思議なくらい相似形が見出されるのです。

さらに、生物の形同士でも、相似形を指摘する研究もあります。

具体的な生物の形の、決定されていく仕組みの中で、これらの相似形の関係は何らかの役割を果たしているのかいないのか、不明な点はまだまだまだ、多いのですよ。

 でも、宇宙の形成については、自律的な過程に注目する展開があるでしょ。

数学でも、階層性を扱うフラクタルの有効性と重要性は、ますます高まっています。

 フラクタルと自律性に注目した場合、さまざまな相似の関係が生命でも重要視される展開は遠からずやってくるでしょうね。

そういう予想は、十分に立てても良くなるかも知れないですね。

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