陰陽・弁証法

重力は引力と斥力からなると考えれば問題はシンプルになる。 If we consider gravity as consisting of attraction and repulsion, the problem is simple.

興味深いのは、重力に関する式が電気や電磁場に関する式と極めて似た形式で書けることだ。

It is interesting to note that the equations for gravity can be written in a very similar format to those for electricity and electromagnetic fields.

だが、電気には正と負があり磁気にはSとNがあるのに対し、重力には引力しか見つかっていないと言う難題が立ちはだかる。

However, the conundrum lies in the fact that electricity has positive and negative powers and magnetism has S and N, while gravity only has an attractive force.

とは言え、この問題を解く手がかりはある。

However, there are clues to solving this problem.

引力は集中するのに対して斥力は発散する、引力は弱いと言えども強まっていくのでそれなりに実感しやすいのに対して斥力はただでさえ弱い上に発散によってさらに弱まるので実感困難になると考えれば良いのだ。

While the attraction is concentrated, the repulsive force diverges, and even if the attraction is weak, it is strengthened and is easy to feel, while the repulsive force is already weak and further weakened by divergence, so it is difficult to feel.

宇宙の観測で見つかった赤方偏移が宇宙膨張の証拠と見られたのも無理はない、重力が引力と斥力と考えるのは当時も今も困難だからだ。

No wonder the redshift found in observations of the universe was seen as evidence of the expansion of the universe, because it was and still is difficult to think of gravity as attraction and repulsion.

重力と加速度が区別がつかないと言う考えは斬新過ぎて十分に普及していたとは言い難い段階で、見つかってもいない斥力を加速度と区別がつかないと考えると言うのはハードルが高過ぎるのだ。

The idea that gravity and acceleration are indistinguishable is too novel to be widely used, and it is too high a hurdle to think that an undiscovered repulsion force is indistinguishable from acceleration.

ブラックホールは蒸発によって消えると言う説があるが、斥力を想定すればブラックホールは爆発によって消える。

There is a theory that black holes disappear by evaporation, but assuming repulsion, black holes disappear by explosion.

銀河の中心には巨大ブラックがあるとわかってきたが銀河は銀河団を構成するので、一つの巨大ブラックホールの爆発は衝撃波によって連鎖的にそれぞれの銀河中心にある巨大ブラックホールを崩壊させないだろうか。

It has been found that there is a supermassive black at the center of the galaxy, but since galaxies constitute a galaxy cluster, will the explosion of a single supermassive black hole cause the collapse of the supermassive black hole at the center of each galaxy in a chain reaction by a shock wave?

いくつもの銀河団の崩壊はやがていくつもの超銀河船団の崩壊に繋がり、衝撃波は圧縮された時空とボイドを生み出す。

The collapse of several galaxy clusters eventually leads to the collapse of several supergalactic fleets, and the shock waves create compressed space-time and voids.

膨張宇宙論で考えられている時空膨張の正体とは、ボイドの発生と膨張の事だったのだ。

The true nature of space-time expansion as considered in expansion cosmology was the generation and expansion of voids.

圧縮された時空からは物質が析出して私達の宇宙が生まれるが、私達の宇宙に満ちる引力は物質と時空のせめぎ合いによって生じ零点振動となって観測される作用によって斥力と共に生まれる。

From the compressed space-time, matter precipitates and our universe is born, but the gravitational attraction that fills our universe is generated by the conflict between matter and space-time, and is born with repulsive force by the action observed as a zero oscillation.

膨張宇宙論を生み出す原因となった赤方偏移は、アインシュタインによって宇宙定数として認識された斥力の悪ふざけだったのだ。

The redshift that gave rise to the expansion cosmology was a repulsive prank recognized by Einstein as a cosmological constant.

恐らく、ダークマターやダークエネルギーの問題もこの解釈で説明可能となるだろう。

Perhaps the problem of dark matter and dark energy can also be explained by this interpretation.

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宇宙定数はブラックホールを特異点から解放するだけでなく宇宙の運命まで決める。 The cosmological constant not only frees the black hole from the singularity, but also determines the fate of the universe.

宇宙定数は、アインシュタインによって引力と大きさが同じで反対向きに働く作用とされる。

The cosmological constant was defined by Einstein as the force of equal magnitude and opposite direction to gravity.

引力は、万有引力とも言われるように全ての物資に働く力だ。

Gravitational force, also known as universal gravitational force, is a force that acts on all matter.

宇宙定数が引力と大きさが同じで反対向きに働く作用であるのなら、引力と同じように全ての物資に働くはずだ。

If the cosmological constant is the same magnitude as the gravitational force and acts in the opposite direction, it should act on all matter in the same way as the gravitational force.

当然、ブラックホールも例外ではないはずだ。

Naturally, black holes should be no exception.

ブラックホールの内部では、引力と宇宙定数の動的な均衡状態が働くので特異点の出番などないのだ。

Inside a black hole, there is a dynamic equilibrium between gravitational pull and the cosmological constant, so there is no singularity.

なぜ、宇宙定数はなかなか見つからないのだろうか。

Why is the cosmological constant so difficult to find?

引力が中心に集中するのに、宇宙定数は中心から発散するのだ。

The cosmological constant diverges from the center while the gravitational force concentrates at the center.

物資の表面が全体的に見れば外に凸、つまり、曲率が正なので、どうしても宇宙定数は中心から発散せざるを得ない。

Since the surface of matter is outwardly convex when viewed as a whole, that is, the curvature is positive, the cosmological constant must diverge from the center.

狭い範囲であれば引力と宇宙定数は近似的に平行と見なせるので、引力と宇宙定数の動的な均衡状態が働く期間が生じる。

In a narrow range, the gravitational force and the cosmological constant can be regarded as approximately parallel, so there is a period of dynamic equilibrium between the gravitational force and the cosmological constant.

そして、動的な均衡が働く曲面の内部に物資の集積が起こる。

Then, materials accumulate inside the curved surface where the dynamic equilibrium works.

引力による物資の収集が進めば、引力によって集積された物資の間に働く宇宙定数の作用が引力による圧縮に打ち勝つ段階に達する。

As the gravitational collection of materials progresses, we reach a stage where the action of the cosmological constant acting between the gravitationally accumulated materials overcomes the gravitational compression.

引力と宇宙定数の動的な均衡が破綻する臨界点を超えると、ブラックホールは崩壊し爆発的に内部に集積された物資が拡散する。

Beyond a critical point where the dynamic balance between gravitational force and the cosmological constant breaks down, the black hole collapses and explodes, releasing the materials accumulated inside.

この過程でも、重い元素が生成する。

This process also produces heavy elements.

問題は、超巨大ブラックホールの崩壊の場合だ。

The problem is the collapse of supermassive black holes.

強力な衝撃波が周囲に拡散し、連鎖反応的にブラックホールの崩壊が起きる可能性がある。

A powerful shock wave spreads to the surroundings, and a chain reaction may occur that causes the collapse of the black hole.

充分に大きな衝撃波であれば、新たなボイドを発生させることができる。

A sufficiently large shock wave can generate new voids.

そして、一つでもボイドが発生すれば連鎖反応的に今あるボイドが崩壊し、新たなボイドが宇宙空間を満たしてボイドの間に再び銀河の生成が始まる。

If even one void is generated, the existing voids will collapse in a chain reaction, new voids will fill the outer space, and the formation of galaxies will begin again between the voids.

宇宙定数は、引力による宇宙の崩壊を防ぐだけでなくブラックホールを特異点から解放し宇宙の生成と維持と消滅の全過程を説明する極めて単純明快な作用だ。

The cosmological constant is a very simple and clear function that not only prevents the universe from collapsing due to gravitational force, but also releases black holes from singularities and explains the whole process of creation, maintenance and extinction of the universe.

追記

postscript

量子論の側からも重力を含む説明が出来る理論が展開され、ブラックホールは無限には潰れない可能性が示されそうな方向性が示されそうだと言う。

Quantum theory has also developed a theory that can explain gravity, and it seems likely that a black hole will not collapse indefinitely.

だが相対性理論にアインシュタインによって苦し紛れに導入された宇宙定数と引力が作用と反作用の関係にあると言う古典力学の考え方を復活させても同様な結果が得られるばかりか、ボイドの発生のメカニズムだけでなく宇宙の誕生の過程まで説明出来る魅力的な理論が作れる。

However, reviving the classical mechanics idea that the cosmological constant and the gravitational force are in an action-reaction relationship, which was introduced into the theory of relativity by Einstein, would not only yield the same result, but also the void generation mechanism. Not only that, but we can create an attractive theory that can explain the process of the birth of the universe.

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蓮華座の仏像と陰陽魚太極図。

日本の仏像では、半跏思惟像など一部の例外を除けば台座に腰掛ける姿はほとんどないのです。

日本の仏像はほとんどが蓮華座の上に、表現されます。

日本では仏教は神道と習合しているので、本来は太陽神紋である菊花紋に対応して蓮華座なのかと連想していました。

ところが偶然西上ハルオ著『世界文様事典』を見かけ、さりげなく眺めていてはっとしたのです。

「蓮華は、太陽の恵みをうけて聖なる神を誕生させる」「インドでは聖なる仏陀の座となり、霊力をもつ生命を誕生させる花」とされて、「仏教の場合…蓮華は清浄心、仏尊の功徳、涅槃思想を表すとされ」るのですが、注目したのは“聖なるもの神や霊力をもつ生命を誕生させる花”とされる点です。

蓮華はヒンズー教でも「聖なる神を生む花」「産むことのできる女性の象徴」とされるのですが、ヒンズー教のタントラと神道の陰陽道は極めて似たと言うよりも本質的に同一と言えるほど似ているのです。

日本の仏教は、そう言う神道と習合しているのです。

陰陽道の基本は陰陽合一の思想で、「陰には陽」「陽には陰」を配して、合一して万物を生みだす太極となるのです。

そしてもちろん、生み出す女性に見立てられた蓮華座は陰で生み出された仏は陽に配されているのです。

蓮華座の上の仏は万物を生む陰陽合一の太極を表していた、つまり、陰陽道の象徴である陰陽魚太極図と同じ意味を表していたのです。

陰陽魚太極図を仏教に持ち込んだので日本では仏像は蓮華座が定番となったのかと、気が付いたのです。

偶然の出会いに感謝。

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意見を述べる能力と言う人間にしかない特権をどう使いましょうか。

選挙の度に、低い投票率が問題になります。

あれこれと理屈や理由を並べ立てて、棄権や白紙投票する人が多いからです。

投票を呼び掛けるあの手この手が繰り出されるが、どれも効果は今一つです。

でも考えてください。

投票すると言う行為は、選択の自由を行使する行動です。

棄権や白紙投票もまた、選択の自由を行使した結果の行動なのです。

だったら、提示する選択肢は考え直す必要があるでしょう。

投票を呼び掛けるから、投票しないと言う選択肢も出てきてしまうのです。

だっだら、自尊心に訴えるしかないでしょう。

投票という行為に、ステータスシンボル的なイメージを与えるのです。

投票しないと言う選択肢は、自尊心を損なうと印象付けるのです。

それには科学的な裏付けが、要ります。

投票しないと言う選択肢は、科学的に馬鹿げていると印象付けるのです。

意見を述べる能力は人の特権だ、これに異論を唱えられる人は果たしているでしょうか。

意見を述べる能力を用いないと言う選択は、人の特権の行使を投げ捨てるのと同じだと言われて異論を唱える人はいるでしょうか。

棄権や白紙は、意見を述べる能力と言う特権を使わないのと同じ選択、違うでしょうか。

人として生まれた特権使わないなんて実にもったいない、そう言われて誰が反論するでしょう。

棄権や白紙は、意見を述べる能力と言う人の特権を使わない愚かな選択でしょう。

あなたは、それがわかないような愚かな人達の仲間ですか。

だったら、ちゃんと投票しましょうよ。

そう言われて、私はそれでも棄権や白紙投票すると答える人には、なんといったらよいでしょう。

どうしてでしょうかと、丁寧にたずねましょう。

入れたいところが見当たらないと、返事が来たらどうしましょう。

あなたが立候補になってはいかがでしょう、と勧めましょうか。

それをためらうなら、では、せめてあなたの気持ちや考えに少しでも近い候補をえらばれたらどうでしょうと、返しましょうか。

消去法で最後に残った候補に入れるのはいかがでしょう、と聞きましょうか。

候補者を絞りながら自分の気持ちや考えもまとまるのではないでしょうか、と聞きましょうか。

最後まで相手の自尊心を尊重して議論を進めて、納得してもらえるように話を繋げましょう。

そうなると逆に問われるのは、私達の思考力と忍耐力ではないでしょうか。

どう思いますか。

私の一票で何が出来る、と言う人が多いですよね。

だがね、あなたの一票で当選か落選か、左右されることだってあるのですよ。

あなたの一票で、政治から去って欲しい議員が落選することだってあるのですよ。

それでもあなたは、棄権や白紙投票する方を選びますか。

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力士は古代メソポタミアからのメッセンジャーなのでしょうか。

古代メソポタミアに始まる相撲は、西方へはレスリングとなって伝わるが、東方へは相撲として伝わるのです。

もっとも南アジアへは、ムエタイなどのように独特な展開をしています。

アジアへは相撲として伝わると言っても、大陸ではモンゴル相撲などのようにメソポタミアの原型から離れた様式になっております。

メソポタミアの原型を最もよく伝えるのは、日本の相撲です。

回しをつけ髷を結っている姿は、メソポタミアの時代からほとんど変わらないのです。

力士の髷は大銀杏(おおいちょう)と呼ばれるが、形が似ているからそう呼ばれるだけです。

ならば力士の髷は、古代メソポタミアでは何を表しているのでしょう。

回しが蛇の目の象徴と見れば、髷は蛇を表しているのかもしれません。

二人の力士は、一対の蛇の象徴なのでしょうか。

四角い土俵に丸が俵で表現されているのは、陰陽の地と天に対応すると解釈できます。

俵の丸は蛇の目とも、されています。

そうなりますと、二人の力士は絡まり合う蛇の象徴となります。

四角い土俵と丸い蛇の目を、それぞれ定規とコンパスと見たらどうなるでしょう。

陰陽に対応している西と東に配される二人の力士は、女媧と伏羲に対応しているのでしょうか。

面白いのは、イザナミとイザナギの「ナミ」と「ナギ」は蛇を表す「ナーガ」の転訛と見る解釈がある事です。

イザナミとイザナギを女媧と伏羲と見れば、二人の力士は女媧と伏羲になぞらえてもいいのでしょうか。

土俵とは、女媧と伏羲としてのイザナミとイザナギを祀る社(やしろ)なのでしょうか。

この解釈を逆にメソポタミアの方にもっていって良いとするなら、古代メソポタミアの力士達もまた女媧と伏羲の象徴だったのでしょうか。

女媧と伏羲のルーツもまた、中東に遡れるのですから。

相撲とは、イザナミとイザナギによって日本の国が始まったと今の私達に伝える神事なのでしょうか。

そしてまた、日本のルーツは中東にあると言いたいのでしょうか。

相撲の奥は、まだまだ深そうです。

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興福寺の阿修羅像とキリスト教?

私は時折、キリスト教の教えと仏教の類似を面白く思います。
日本に伝わった大乗仏教の成立にキリスト教の影響があるだけではなく、仏教そのもの教えにキリスト教との類似を感じるのです。
それはさておき、興福寺で阿修羅像が収められていた西金堂に込められたメッセージが気になるのです。
興福寺の仏像の配置を知る手掛かりとして、曼荼羅図が残されていると言います。
その曼陀羅図をよく見ると、御仏の真正面で婆羅門の鳴らす金鼓(こんく)は御仏の教えを説く声の象徴だが、それを聞く十大弟子や八部衆は懺悔の表情を浮かべ、向かって左奥の阿修羅に至るのです。
その阿修羅の三つの顔は、十大弟子や八部衆の表情の正に集大成と言えるでしょう。
この阿修羅の三つの表情は、十大弟子や八部衆の懺悔の表情のアルファにしてオメガなのです。
この諸仏の像を作らせた光明皇后は、施薬院や悲田院さらには薬草の湯気で人々を癒す一種のサウナを作ったお方でもあります。
阿修羅は戦いの神とされるが、その阿修羅に人々の内面的な葛藤の表現を演じさせた光明皇后。
イスラムのジハードには、現世の戦いである小ジハードと内面の戦いである大ジハードがあります。
そしてイスラムもまた、聖書による宗派なのです。
ユダヤ教徒やキリスト教徒は、あまりジハードの教えが聖書に込められていると気が付いていないのではないでしょうか。
興福寺の阿修羅の表情の謎は、ジハードを知らない人には戸惑うでしょうが、光明皇后は明らかにジハードの思想を知っていたのかもしれないのです。
光明皇后は聖武天皇の后で、二人には東方キリスト教の影響が指摘されます。
光明皇后がこれら諸仏を西金堂に納めた動機には諸説あるが、まさか聖書の教えへの信仰告白なんてことはないでしょうね。
日本史とキリスト教には意外と繋がりがあるのかもしれない、そんな気になります。

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日本の預言者はどこに。

日本神話では、国生みに携わる二柱の神の名は「イザナギ」「イザナミ」とされます。

この「ナギ」「ナミ」とは、サンスクリット語の蛇を指す「ナーガ」に由来するのではないかとの説を聞いた覚えがあります。

ナーガは神聖視されたコブラを意味し、蛇の下半身に人間の上半身を持った神として崇拝されたそうです。

イザナギとイザナミがもしも人の上半身に蛇の下半身の神だったとすると、面白い連想が出来ます。

コンパスを持つ女媧(ジョカ)と定規を持つ伏羲(フクギ)です。

そしてコンパスと定規こそは、石工のシンボルです。

石工とは単なる工人ではなく、治山治水の担い手でもあります。

イザナギとイザナミとは、治山治水によって国造りの礎を築いた工人集団の長だったのでしょうか。

神仙思想に詳しい腕の立つ石工とは、メーソンを指します。

陰陽では蛇や風など長いものは、声の象徴です。

イザナギとイザナミは、神の声を地上に降ろす役を持つメーソンの長だったのかもしれません。

そうなると気になるのは、随神(カンナガラ)と言う言葉です。

この随(ナガラ)の「ナガ」は、神の御言葉の象徴としての蛇を指すのかもしれません。

随神(カンナガラ)とは神に随うと言う意味ですが、それには神に導かれる必要があるはずです。

そう言えば神社には、しばしば白蛇が神の使いとされています。

この蛇は、神の御言葉の象徴です。

神道は折に触れて、神託を乞います。

この神からの導きのメッセージを常に受け、人々に伝わるのは預言者です。

となれば、日本には預言者が存在するはずです。

だったら、もっと日本は良くなっていてもおかしくないでしょう。

その疑問に応えてくれるイエスの言葉が、聖書に収められています。

マタイによる福音書 23章 37節
ああ、エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、おまえにつかわされた人たちを石で打ち殺す者よ。ちょうど、めんどりが翼の下にそのひなを集めるように、わたしはおまえの子らを幾たび集めようとしたことであろう。それだのに、おまえたちは応じようとしなかった。
エルサレムを日本と言い換えれば、身につまされるのではないでしょうか。
預言者を殺さないまでも、彼らの言葉にどれだけ耳を傾けてきたでしょう。
そもそも預言者を預言者として、認めて受け入れようとしてきたでしょうか。
では、その預言者はどこにいるのでしょう。
わからない時はどうしたらいいのかの答えも、聖書にはあります。
ヤコブの手紙 1章 5節
あなたがたのうち、知恵に不足している者があれば、その人は、とがめもせずに惜しみなくすべての人に与える神に、願い求めるがよい。そうすれば、与えられるであろう。
あなたはどう思いますか。

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徐福は一体何しに日本へ来たのか。

卑弥呼の国である邪馬台国は”yamatai”と一般に呼ばれるが、当時の日本語は二重母音であり発音は曖昧だったのです。

旧仮名遣いを読むと感じるのは、ワ行母音の方が発音しやすいと言う事実です。

卑弥呼の時代には、日本語の発音はワ行母音であったと考えられるのです。

邪馬台国は”yamatou"と発音されていたはずで、中国人は自分の言いやすいように”yamatai"と言い換えた可能性があるのです。

”yamatou"、すなわち”ヤマトウ”はヘブル語で「ヤハウェの民」を意味している言葉です。

ここで興味深いのは日本には古代中東の遺伝子があるばかりか、アイヌの生活文物が古代イスラエルの物に似ていて、沖縄の文化も聖書似ていて、更には、古事記や日本書紀の神代七代についても聖書の天地創造の七日を連想できると指摘される事です。

その日本に、ヘブル語で「ヤハウェの民」を意味する「ヤマトウ国」があるのです。

しかも卑弥呼は鬼道の使い手とされるが、卑弥呼の時代とは中国では神武天皇になったという説の出ている徐福が日本に来た頃と重なります。

徐福は方士、今日でいうところの陰陽の使い手なのです。

卑弥呼の鬼道とは隠れた力を呪術によって使いこなす術とみていいので、実質的に陰陽と言っても差し支えないのです。

徐福は卑弥呼の背後で、鬼道を指導している可能性があるのです。

ところが陰陽とは、ユダヤ教神秘主義のカッバーラとそっくりなのです。

となると、徐福は大勢の人を引き連れてヤハウェの民の国であるヤマトウに亡命したカッバーラの使い手となるでしょう。

民俗学者吉野裕子は日本の民俗は陰陽で読み解けると、指摘しています。

徐福はヤハウェの民の国ヤマトウに、カッバーラを持ち込んだのでしょうか。

それとも、ヤハウェの民の国ヤマトウにはすでにカッバーラがあると知ったうえで、徐福は亡命したのでしょうか。

日本の神社の原型は山を御神体とするもので古代エジプトのピラミッドコンプレックスとそっくりだと、エジプト学者吉村作治は言います。

狛犬の正体はスフィンクスだとも、吉村作治は断言しているのです。

日本の神話の構造も、太陽神を頂点とし動物を含む神々が三神をなす点が古代エジプトと共通なのです。

徐福は一体日本で何をしようとしたのか、興味がそそられますね。

追記

徐福と卑弥呼についてはこんな記事も書いていました。

卑弥呼の鬼道を考える。 

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神社とアテン神とイエスと…。

日本の神社の原型は、山をご神体とした拝殿とされています。

この構図は確かに吉村作治教授指摘の通り、ピラミッドコンプレックスとよく似ています。

古代エジプトでは、ピラミッドが時代を下って本殿となり偶像崇拝が入り込みました。

日本の神社は、古代エジプトが陥った偶像崇拝を排して原点回帰をしたと言えます。

ピラミッドは、天への階であるとともに天から降り注ぐ光の象徴でもあるのです。

日本の神社にある鏡は、その天から降り注ぐ光の代替品なのです。

神社でなぜ拝殿と本殿の間に階があるか、それは、神社の原型がピラミッドコンプレックスであることを忘れないためです。

 だからこそ階で拝殿と本殿を繋ぎ、本殿に鏡を置いたわけですね。

本殿の正体は、ピラミッドコンプレックスのピラミッドにあると言って良いでしょう。

その証拠に、日本の神話大系は古代エジプトとうり二つの、太陽神を中心とした動物を含む八百万の神々を祀っているのです。

 しかも、古代エジプトと同様に三神構造で祀っている事も似ていますね。

太陽神が女神なのは、女帝合理化のためのすり替えの結果と指摘されています。

しかし、鏡は天から降り注ぐ光の代替品にとどまりません。

なぜ丸でないとならないのか、と言う疑問が残ります。

実は太陽神は、太陽円盤をその象徴としています。

 鏡は太陽円盤をも、表しているのですね。

階は太陽が放つ光の象徴でもあると、指摘しました。

太陽円盤と太陽が放つ光の象徴を、一つに描いた神が存在します。

アテン神です。

神社は、アテンの神殿であることを見せながら隠し、隠しながら見せています。

その証拠に、天皇家の象徴である十六弁菊花紋をあげましょう。

十六弁菊花紋は、古代中東の太陽神紋がその正体なのです。

そしてその太陽神紋は、放射線に囲まれた太陽円盤として描かれています。

アテン神の放つ光は、しばしば神の伸ばした手の姿で描かれています。

それに対して、太陽神紋は放射線です。

だが、注意してください。

アテン神が伸ばしているその手が表しているのは、太陽円盤から降り注ぐ光でもあるのです。

 古代中東の太陽神紋の正体は、アテン神だったということですね。

そのアテン神を、天皇家は象徴としています。

そして天皇家は、日本の神道の最高祭司です。

神社の鏡と階は、当然、アテン神に対応するとみる方が自然なのです。

ピラミッドは、日本の神道では山で代替されたが、山の神は女性とされています。

 なぜでしょうか。

山、そして、ピラミッドは母体の象徴だからです。

神社の姿は母体を表していて、鳥居は足に当たります。

 だから、古い神社の鳥居は二本の柱だけが立っていた。

参道は産道でもあるのです。

茅の輪くぐりは、生まれなおしの儀式なのです。

 でも、新しい神社の鳥居は違いますね。

 古代イスラエルの門に、似ていると言う指摘もあります。

鳥居と言うのは、アラム語で門を意味するとも、言われていますね。

でも、他にも似ているのがあります。

ヘブル文字には、一文字で神を表すものがあります。

一つは勾玉に似ている「ヨッド」、そして、もう一つが「へー」です。

ヘブル文字の「へー」には、鳥居そっくりな書き方があるのです。

「へー」はヤハウェを表す「ヨッド・へー・ヴェブ・へー」の一文字です。

そして、ヤハウェとは、旧約聖書時代のイエスなのです。

 そうなると神社の鳥居は、イエスを表す事になるのですね。

イエスは、私によらないでは神の国へ入れないと語っています。

鳥居は、赤いものが多いですよね。

 白や、まれに黒もあるけど、大抵の場合そうです。

白や黒も、陰陽では霊界の象徴とされる色なので問題ないですけどね。

 赤は、陰陽では地でもあるが、火でもある。

イエスは、火と聖霊で人を清めると言われています。

アテン神と、イエスは、どういう関係なのでしょう。

 アテン神信仰と聖書の教えは、似ていると聞きましたけど。

さらに、調べて見た方が良さそうですね。

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日本の古墳はマナの壺か。

大王一族の葬られた古墳は大小合わせて複数作られるが、最大なものは三段で堀に囲まれています。

埋葬者が葬られた石室は、後円部にあります。

この形は陰陽で解けるのです。

三段は天人地で、方は地で円は天、水も天、つまり天の頂点に葬られたのです。

前方後円墳には左右に張り出しがあります。

埋葬者の石棺は、張り出しに船で運ばれたのです。

石棺の形は、船を伏せた形式と見えるのです。

周囲にでっぱりはあるが、運搬用に付けられたとみれば納得できるものです。

埋葬者の石棺は、船で古墳に移動したのです。

だが、前方後円墳には張り出しが二つあります。

古墳に着くためのものと古墳からさらに天へ向かうためのものと解釈できるが、壺の取っ手を意識したのだという解釈もあるのです。

古墳は様々な形で作られた、それはなぜかと言うことです。

もし壺としたなら、前方後円墳だけが壺なわけがないニャ。

古墳はすべて壺を模ったのかもしれないのです。

祭祀用の壺の形は多彩です。

もしすべての古墳が壺を意識して模られたとするなら、どうなるでしょう。

歴史上最も有名な壺があります。

聖書のマナの壺です。

日本の古墳、特に前方後円墳はマナの壺を模ったという説があるのです。

確かに偶然にしては似過ぎています。

そこで日ユ同祖論の証拠の一つに、良く挙げられるのです。

実際、日本はユダヤと似ているのです。

ヘブル語と日本語、音と意味が似ている言葉が多いって聞きます。

ヘブル文字とカタカナも、似ていると指摘されます。

神社なんか、古代イスラエルの幕屋や神殿と構造はそっくりです。

ほかにもあるけど、主なものだけでもそれだけあります。

その日本の前方後円墳が、マナの壺に似ているのです。

不思議でしょう。

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