生命の樹

菅原氏。

菅原氏について調べてみる気になったのは、ひょっとしたら祭司の家系ではないかと言う気になったからです。

菅原氏の祖とされる天穂日命は日本神話に登場する男神で、天之菩卑能命、天菩比神などとも書かれます。

天照大神とスサノオが誓約をしたときに、天照大神の右のみずらに巻いた勾玉から成った神とされます。

物事のタネとなるものをさす物実(ものざね)の持ち主である天照大神の第二子とされ、アメノオシホミミの弟神にあたります。

ちなみにアメノオシホミミのフルネームであるマサカツアカツカチハヤヒアメノオシホミミは、正勝吾勝勝速日天忍穂耳命、正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命、正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊、正哉吾勝々速日天押穂耳尊などの表記があります。

天穂日命は葦原中国平定のために出雲の大国主神の元に遣わされたが、大国主神を説得するうちに心服して地上に住み着き、3年間高天原に戻らなかったのです。

その後、出雲にイザナミを祭る神魂神社(島根県松江市)を建て、子の建比良鳥命は出雲国造らの祖神となったとされます。

菅原氏の直接の祖とされるのは、天穂日命の子孫で、大相撲の祖として知られる野見宿禰を先祖とする土師氏です。

 大相撲自体すでに神事として営まれているでしょ。

菅原氏は祭祀に関与した一族である可能性が高いですね。

 その上菅原氏は土師氏の流れをくむとなれば、さらに可能性が出てきます。

大相撲の祖とされる野見宿禰はまた、殉死者の代用品である埴輪を発明したことでも知られそれがきっかけで第11代天皇である垂仁天皇から「土師職(はじつかさ)」を、曾孫の身臣は仁徳天皇より改めて土師連姓を与えられたと言われているから、祭祀に関わる一族であると言えるでしょう。

 殉死の代わりに土で作った埴輪で差し支えないと、説得力をもって説き伏せてしまう。

相当神事の奥義に通じていないとできないはずですね。

野見宿禰、かなりの神仙思想の使い手である技能に通じた人物であったと言えそうです。

神仙思想に詳しい技能者と言う事は、メーソンを連想できますね。

メーソンの関与を連想できる遺跡としては、酒船石遺跡があります。

酒船石遺跡とは、酒船石と平成12年(2000年)の発掘で発見された亀形石造物と小判形石造物および周辺の遺構を含めての総称です。

神仙思想に詳しい腕の立つ石工による工作物、という指摘がされた遺跡ですね。

神仙思想に詳しい腕の立つ石工とは、まさにメーソンの説明そのものにほかならないです。

 野見宿禰がもしメーソンだったとしたら、相撲にその証拠を見ることができますね。

土俵は四角で、そこに蛇の目を指し示す俵の円があります。

つまり、四角の中に円、定規とコンパスはメーソンのシンボルです。

さりげなく見せながら隠すのが、奥義なのです。

メーソンとくればカッバーラだけど、カッバーラとはユダヤ教神秘主義のことですよね。

あなたは土から生まれたから土にかえる、あなたは塵から生まれたから塵にかえる。

有名は聖書の一節ですよ。

野見宿禰がメーソンでありカッバーラの使い手であったなら、あり得る話ですね。

でもこれは、当時の日本のトップにいた人たちが聖書を知っている事が前提ですね。

初代神武天皇からして、実はユダヤだったとしたら、どうでしょうか。

少なくとも神武天皇のバックにいた可能性が高い徐福についてはユダヤ人であったと言う説があります。

日本人のルーツのうちで、どこまでがユダヤ人と言えるかについては、諸説あるようです。

 少なくとも天孫一族については、ユダヤ人説があるでしょ。

 縄文、弥生となると、どうでしょうね。

皇室やその周辺はユダヤ人だった可能性は、見ても良いかもしれないですね。

縄文や弥生についても、可能性は否定しない方が良いでしょうね。

土師氏のうち平安時代初期に大和国菅原邑に住んでいた一族が、以降、菅原氏を名乗ることとなります。

土師氏から分かれた一族としては、菅原氏のほかに大江氏や秋篠氏があります。

菅原古人の子清公、および孫の是善を含め、大江氏と並んで子孫は代々、紀伝道すなわち文章道を家業として朝廷に仕えていました。

そして、古代には政(まつりごと)は祭り事(まつりごと)でもあったから、菅原氏は文章道を家業としていたなら相当に祭祀に通じていた家系であると言えるでしょう。

菅原氏、少なくとも菅原道真は天神を篤く崇拝していたと言います。

天神は雷神として知られるが、菅原氏の祖は天穂日命で、どこでどうやって雷神としての天神と結びつくのかが、謎めいています。

だが、雷神と言えば雷鳴、つまり、雷です。

「かみなり」は「神鳴り」や「神成り」に通じた音と言う事は、雷鳴を神の声と言い換えても良くなるはずでしょう。

地上に神の声を下す存在として雷神を見ると、神にお伺いを立てることを菅原氏は本来生業としていたと見ても良いでしょうね。

相撲もまた、神託伺いの神事の側面があると言えるでしょう。

力士は祭司、あるいは、神の依り代の役を担う存在であったのかもしれないです。

その力士の祖を起源としている菅原氏は、やはり、祭司一族と見て差し支えなさそうです。

とは言え、菅原氏を考察していたら、まともに日ユ同祖論にぶつかってしまったのは興味深いですね。

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同祖神とタントラと中東?

日本には各地に陰陽石や同祖神があります。

 

道祖神は坂道や村の教会に、悪霊を防ぐために祀られた神です。

最初は巨大な石だったものが、時代が下るにつれ生殖器の形や、男女が寄り添った像になりました。

 

同祖神の祀り方の中には、九州に見られるようなヨーニとリンガの合体をリアルに表現したとしか思えないものもあるのです。

 

ひょっとしたら、タントラのリンガとヨーニの変形かも知れません。

 

タントラでは、女性器であるヨーニと、男性器であるリンガとから、宇宙的エネルギーとしての炎が生じるとされています。

 

日本神話のイザナミとイザナギは、女性器であるヨーニと、男性器であるリンガの、人格神化された存在とは考えてみても面白いかもしれません。

 

現にイザナミは、火の神を生んでいるのです。

 

これは単なる偶然でしょうか。

 

さらに、太陽神であるアマテラスとアマテルも、女性器であるヨーニと、男性器であるリンガの、人格神化された存在を御霊分けしたのかも知れませんね。

 

アマテラスについては、スサノオとの関係で女神とされた可能性もありえるかもしれません。

 

女性器であるヨーニに当てられたアマテラスと、男性器であるリンガに当てられたスサノオと見るのです。

 

アマテラスのヨーニは、機織り女が飛び樋に女陰を突かれたとあるのがそれでしょう。

 

日本書紀には一書にいわくとして、アマテラスの隠れを死と記す記録もあると指摘していると言います。

 

スサノオのリンガは、逆剥けの馬とあるのがそれでしょう。

 

「飛び樋」を「飛び火」と見ると、宇宙的エネルギーとしての炎の事でしょう。

 

日本語では、よく掛詞をするが早い話駄洒落ってことです。

 

ついでに言うと、アマテラス=機織り女=織姫とすれば、スサノオ=牛頭権現=牽牛となるでしょう。

 

二人の出会う7月7日は、女のメノラーと男のメノラーが重なる日なのでしょうね。

 

メノラーとは七枝の燭台のことで、ユダヤ教のシンボルです。

 

それと、聖にして、生にして、性なる炎こそが、聖火の正体ではないのでしょうか。

 

そして、モーゼが見た神の炎も、この聖火かも知れません。


タントラと陰陽道とカッバーラは、見た目は一見違っています。


でも、よくよく吟味すると実はよく似ている思想であることに気が付くのです。


インドには、古代ペルシアから分かれた人々が移動したことが知られています。


古代中東の思想が伝わっていても不思議ではありません。


そして、古代中国と古代中東もまた、今日の私たちが想像する以上に繋がっている可能性があるのです。


そして、日本はその延長線上にあるのではないでしょうか。


日本古代史と中東の繋がりは、もっと注目されて良いのではないでしょうか。

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日本ではなぜ蓮の台座で差し支えなかった?

十一面観音は、国宝、重要文化財等の指定名称で、大光普照(だいこうふしょう)観音とも、十一面観音菩薩、十一面観世音菩薩など様々な呼び方があります。

「救わで止まんじ」の誓願を持つがゆえに、大悲闡提とも呼ばれます。

頭上の11面のうち、前後左右の10面は、菩薩修行の階位である十地を表し、最上部の仏面は仏果を表すとされます。

通例、頭頂に仏面、頭上の正面側に菩薩面(3面)、左側(向かって右)に瞋怒面(3面)、右側(向かって左)に狗牙上出面(3面)、拝観者からは見えない背面に大笑面(1面)を表します。

頭上の11面は全体では、衆生の十一品類の無明煩悩を断ち、仏果を開かしめる功徳を表すわけです。

六道それぞれの衆生を救う6体の観音を、六観音といいます。

密教では、修羅道に十一面観音を配します。

残りは、地獄道に聖(しょう)観音、餓鬼道に千手観音、畜生道に馬頭観音、人間道に准胝(じゅんでい)または不空羂索(ふくうけんじゃく)観音、天道に如意輪観音となります。

十一面観音は密教の尊格であり、密教経典(金剛乗経典)の十一面観自在菩薩心密言念誦儀軌経(不空訳)、仏説十一面観世音神咒経、十一面神咒心経(玄奘訳)に説かれています。

十一面観自在菩薩心密言念誦儀軌経によれば、10種類の現世での利益(十種勝利)と4種類の来世での果報(四種功徳)をもたらすと言われます。

十種勝利

離諸疾病(病気にかからない)

一切如來攝受(一切の如来に受け入れられる)

任運獲得金銀財寶諸穀麥等(金銀財宝や食物などに不自由しない)

一切怨敵不能沮壞(一切の怨敵から害を受けない)

國王王子在於王宮先言慰問(国王や王子が王宮で慰労してくれる)

不被毒藥蠱毒。寒熱等病皆不著身(毒薬や虫の毒に当たらず、悪寒や発熱等の病状がひどく出ない。)

一切刀杖所不能害(一切の凶器によって害を受けない)

水不能溺(溺死しない)

火不能燒(焼死しない)

不非命中夭(不慮の事故で死なない)

四種功德

臨命終時得見如來(臨終の際に如来とまみえる)

不生於惡趣(悪趣、すなわち地獄・餓鬼・畜生に生まれ変わらない)

不非命終(早死にしない)

從此世界得生極樂國土(今生のあとに極楽浄土に生まれ変わる)

また、この十一面はあまねく方位を見るためともされます。

 あまねく方位と言いながら、十一では数が合わないでしょ。

全方位に守りを固めるため、十二神将が配されるくらいですからね。

金毘羅童子、宮比羅とも呼ばれる宮毘羅(くびら、こんぴら)大将の本地仏は弥勒菩薩で、亥神に配されます。

金剛力士とも呼ばれる伐折羅(ばさら)大将の本地仏は勢至菩薩で、戌神に配されます。

迷企羅(めきら)大将の本地仏は阿弥陀如来で、酉神に配されます。

安底羅(あんちら、あんていら)大将本地仏は観音菩薩で、申神に配されます。

頞儞羅(あにら)大将の本地仏は如意輪観音で、未神に配されます。

珊底羅(さんちら、さんていら)大将の本地仏は虚空蔵菩薩で、午神に配されます。

帝釈天とも呼ばれる因達羅(いんだら)大将の本地仏は地蔵菩薩で、巳神に配されます。

波夷羅(はいら)大将の本地仏は文殊菩薩で、辰神に配されます。

摩睺羅伽(マホーラガ)とも呼ばれる摩虎羅(まこら)大将の本地仏は大威徳明王で、卯神に配されます。

緊那羅(キンナラ)とも呼ばれる真達羅(しんだら)大将の本地仏は普賢菩薩で、寅神に配されます。

招杜羅(しょうとら)大将の本地仏は大日如来で、丑神に配されます。

毘伽羅とも記される毘羯羅(びから)大将の本地仏は釈迦如来で、子神に配されます。

間際らしいのが、十二天です。

十二天とは、仏教を守護する12の天尊のことです。

四方・四維の八天、上・下の二天、日・月の二天からなります。

帝釈天(たいしゃくてん)(東)・火天(南東)・閻魔天(えんまてん)(南)・羅刹天(らせつてん)(南西)・水天(西)・風天(北西)・毘沙門天(びしゃもんてん)(北)・伊舎那天(いしゃなてん)(北東)、梵天(ぼんてん)(上)・地天(下)、日天(日)・月天(月)。

十一面観音は、十一の数が生命の樹のダートを含めたセフィロトの数と同じなので、生命の樹を表すという解釈も出来ます。

だが、それでは、あまねく方位という説明の裏付けにはなりません。

陰陽では北は天に配されるので、十二方位の残りの十一方位とすれば、あまねく方位の説明となるのではないでしょうか。

 十一面観音の、方位のことだけ言いたかったのですか。

日本の仏教では、仏は蓮に乗った姿が定番でしょ。

 初期のころは、椅子のような四角の台座があったと思いますが。

なぜ、四角の台座が日本では廃れたと思いますか。

半跏思惟のような姿は、蓮の台座よりは椅子のような台座の方が、表現しやすいはずでしょ。

さらに言えば、交脚姿勢の仏像は日本では半跏思惟像以外ないでしょ。

 交脚姿勢の表現を諦めてまで、蓮の台座にこだわった…。

神仏混交本地垂迹では、大日を本地とすれば天照が垂迹でしょう。

 天照は、皇祖神ですね。

天皇には、三五の桐紋もあるが、有名なのは菊花紋でしょ。

そして、天照は太陽神だから、菊花紋は太陽神の象徴でもあるわけですよね。

 一方、仏の象徴は蓮ですね。

神道では全ての神は天照の化身、仏教では全ての仏は大日の化身ですね。

 主仏は皆、大日に帰することを一目で見てわかるようにする必要があった。

さらにいえば、幕末から明治にかけて日本に来た欧米人は、皇族の顔を見て中東起源と感じたそうですよ。

日本には、古代中東のYAP遺伝子が濃く残るが、これは最も古いD系統に属するとされています。

 皇族の率いた天孫一族は大陸から来たが、皇族の顔は彫の深い中東系…。

今は亡き、イラクのフセイン大統領はヨーロッパの記者からの背後の紋章は皇室と関係あるかとの問いに、中東古来の王家の紋章だと一笑しましたね。

 日本では菊花紋と呼ばれるが、中東では太陽の象徴ですよね。

大陸渡来の皇族は、当然、菊花紋が太陽の象徴であることを承知で、太陽神天照の末裔と称する自らの紋章にしたと見る方が、自然でしょ。

 本地垂迹は、象徴の花にまで、徹底した…。

だが、なぜ、交脚の仏像は作られたのでしょう。

 逆に言えば、交わる、つまり、クロスを表現できさえすれば、足の位置にこだわることはない…。

さらにいえば、立像では交脚は不可能ではないが、不自然でしょ。

 交差さえ表現できれば、足にさえこだわらなくて良い…。

仏の坐像、良く見てください。

 両足の裏が見えている場合が、多い…。

足を交差させないと、そうはならないでしょう。

さらに、衣に注目してください。

背面も、含めて…。

 さりげない交差が、表現される様式ですね。

交差、つまり、クロスですよね。

もろもろの仏は、大日の化身です。

 ザビエルたちは、大日をイエスの訳としようとしたが、断念してますよね。

太陽神信仰をイエス信仰に摩り替えて、現地の宗教を乗っ取ろうとしてきた布教作戦は、日本では採用できなかったのは、神仏混交本地垂迹だったからですよ。

 そうでなければ、大日をイエスの訳として日本仏教を乗っ取る作戦は、成功したかもしれない。

大乗仏教成立の背後には、キリスト教がありました。

 大日をイエスの本地として割り込んでしまえば、乗っ取りは容易だった…。

それが断念されたのは、日本では天皇が地上における大日の代理であり、天照の末裔だったからです。

 天皇がイエスの末裔であることは否定できても、イエス直系のキリスト教団の末裔である可能性までは否定できない…。

バチカンと言えども、エルサレム教団の全てが帰ってきているとは言ってないでしょ。

 大陸のどこを探してもない以上、そして、神が作りたもうたエルサレム教団が滅びるわけがない以上、どこかにないといけない…。

さらに、東にプレスタージョン率いる強大なキリスト教国あると言い伝えられているのに、大陸のどこにもないでしょ。

大日をイエスと置けば、天皇はエルサレム教団のトップとしてキリスト教国日本を率いる構図になるとは、言えませんか。

 日本が、プレスタージョン率いる強大なキリスト教国と認めざるを得ない展開さえ、予想されますね。

それはさておき、クロスを象徴とする太陽神となると、思い出しませんか。

 古代アメリカの太陽神も、クロスを象徴としていましたね。

そして、アメリカ先住民は日本先住民の親戚であることは、遺伝子、土器、寄生虫によっても裏付けられました。

 日本には、古来からクロスを太陽神の象徴とする文化があった。

だから、クロスさえ表現できさえすれば、交脚にこだわらなかったと言えないでしょうか。

 ザビエルは、日本の精神文化のキリスト教徒の類似に驚いて先客を探したが、見つからなかった…。

先住民の末裔であるアイヌや琉球の民には、古代イスラエルの生活文物や、聖書に似た伝承や風習が残っているのは、偶然でしょうか。

アメリカ先住民は、愛と悔い改めを説いた白い神が再臨を約して去って行った伝承もありますよ。

 アメリカでの先住民への布教は、十字を象徴とする太陽神をイエスと置くと再臨を約した白い神の扱いに困り、逆では太陽神の扱いに困る…。

だから結局、イエスはイエスのまま、布教したはずです。

 クロスを象徴とする神は、イエスと見て良いか…。

クロスを象徴とする太陽とされる神、どう見てもイエスでしょ。

 モルモン書は、アメリカ先住民はイスラエル人の一派であると記していますね。

アメリカ先住民は、古代中東の遺伝子を持つアイヌや琉球の民と親戚である以上、古代中東の民の末裔でないとおかしいでしょ。

 日本の仏像の造形には、古代中東から連綿と伝わるクロスを象徴とする太陽とされる神の思想が反映していた…。

そう見ては、おかしいでしょうか。

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神社の構造について考えてみました。

街中で見かける神社と寺の見分け方として、よく言われるのは次の点です。

 そう言えば、見た目が似通っていて、どう区別するかわからないことはありますね。

外見としては、瓦葺きでないなら神社で、瓦葺きなら寺と、思えば大抵区別はつきます。

 天平の甍と言いますね。

 甍は、瓦の事で、仏教とともに伝来したのでした。

一方、神社は茅葺が普通です。

 神社は、瓦の伝来以前の建築ですからね。

もっとも、中にはどちらも屋根に銅版が葺いてあったりして区別しにくい場合もあります。

そういう時は、多少近寄らないとならないが、鈴なら神社で、銅鑼なら寺です。

だが、古い歴史を持つ神社は、たいてい、一目で区別がつきます。

神社建築、特に本殿の特徴として以下の点が指摘されています。

屋根に妻を持つこと

床を高く張ること

瓦を用いないこと

土壁を用いないこと

装飾の質素なこと

もっとも日光東照宮のように、装飾だらけの神社も、なかにはあるが、これは例外中の例外です。

古来からの神社には、いくつかの様式があります。

大社造

住吉造

春日造

神明造

流造

八幡造

どうして、これだけの様式が分かれたか、それはわかりません。

だが、神社でなぜ、屋根に妻が付くかと言うと、それには理由があります。

神社建築では、長さは何間あろうが、妻の方は基本は必ず柱が三本なのです。

 八幡造では、屋根を伸ばすためにわざわざ妻をもう一つ造りますね。

 神の三柱と、関係があるのでしょうか。

おそらく、そうでしょう。

歴史のある神社では、本殿までの鳥居はたいてい三つです。

これも、神を三柱とする思想が背景にあるようです。

ついでに言うと、妻の方に階段があるかないかと言う区別もあります。

妻の方に階段があるのは、大社造、住吉造、春日造です。

神明造、流造、八幡造は、階段は妻の方にありません。

神社の基本構造は、出雲大社の有名な設計図である金輪の造営にみられるように、九本柱と思われます。

 出雲大社だけでなく、伊勢の神宮も、九本柱ではないですか。

周囲に廻らされた回廊でわかりにくいが、そのような印象は受けますね。

 九本柱が基本としたら、金輪の造営について、生命の樹を連想したが、神社は生命の樹を表すことになりますね。

興味深いのは、八幡造で、建物を支える柱は十三本に見えるのです。

 母屋の真ん中の一本は大黒柱として、勘定から外して良ければ十二本。

 八幡(はちまん)は通称で、正式には八幡(やはた)ですよね。

八幡(やはた)に対しては、ユダヤを表すイエフダーの転化と言う説がありますね。

 八幡(やはた)がユダヤであるなら、十二はイスラエルの支族の数となりますね。

 大黒柱は、天の神である御父を表すのではないでしょうか。

なお、本殿の大きさは、正面から見たときの柱間の数で表されます。

例えば、正面に柱が四本立っていて柱と柱の間が三つであれば、三間社と呼びます。

その場合の間は、柱間が一尺であろうと十尺であろうとすべて一間と数えるのです。 

実際の神社では、圧倒的に多く全体の九割以上を占めるのは、一間社だそうです。

残りは、ほとんど三間社で、偶数の間数は社寺ともに嫌われるので、二間社や四間社の例は、希にしかないようですね。

五間社以上の大型本殿の例も少なく、長大な例では、京都府の石清水八幡宮、山梨県の窪八幡神社の十一間社があります。

 軒下が大半、一間と言うことは、大社造や春日造と、関係はあるのでしょうか。

そうかも知れません。

二間社や四間社の例は希にしかないが、偶数は陰の数であり、陰は鬼の語源ともされることも理由としてあるのかも知れません。

 十一間社の十一は、十一面観音でもしばしば言われるけれど、生命の樹の節の数ですよね。

面白いのは、本殿ではないが、諏訪大社の十間廊と言う建物は、大きさだけでなく形と方角や使い方が全部、古代イスラエルの幕屋と同じであるという指摘があります。

なお、十間廊は古くは神原廊(ごうばらろう)とも呼ばれたようですね。

 こうしてみると、神社は、拝殿と本殿を分け、前方に二本柱を持つ構造は古代エジプトや古代イスラエルの神殿と類似ですよね。

 賽銭箱があり、神域を持ち、裾に房のある衣装の神職が清めの塩を用いるばかりか祓いをすることまで、古代イスラエルの神殿と類似。

こうしてみると、神社と古代中東は、やはり何か、ありそうですね。

 でも、神社の構造については、専門家から、指摘が来るのでは。

その時は、素直に教えを乞いますよ。

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三種の神器はどこからきた?

古代出雲には、玉藻鎮石(たまもしづし)、真種之甘美鏡(またねのうましかがみ)、押羽振(おしはふり)と言う三種の神器があったが、八尺瓊勾玉、八咫鏡、草薙の剣の事ではないかと言う声もあるのですよ。

そして、日本の三種の神器は古代イスラエルの三種の神器と、対応させる議論がありますよ。

 これですね。

 マナの壺→八尺瓊勾玉

 十戒石版→八咫鏡

 アロンの杖→草薙の剣

生命の樹では、御子は、慈悲の柱に対応するのでしたよね。

 そして、御父は均衡の柱、聖霊は峻厳の柱でしょ。

 それで、こういう構図が見えてくる。

 マナの壺→御子→慈悲

 十戒石版→御父→均衡

 アロンの杖→聖霊→峻厳

まとめてみましょうか。

マナの壺→玉藻鎮石→八尺瓊勾玉→御子→慈悲

十戒石版→真種之甘美鏡→八咫鏡→御父→均衡

アロンの杖→押羽振→草薙の剣→聖霊→峻厳

こういう関係が、指摘で来てしまうわけですね。

 日本には、古代イスラエルの三種の神器が来ているということでしょ。

それだけじゃないですよ。

天孫一族である神武が来る以前の、縄文時代に古代イスラエルの三種の神器が来ていることになるでしょ。

 神武が来たとしたら、弥生時代と言われていますね。

神武以前としたら、徐福か、環太平洋縄文文化圏を通じてアメリカ経由で日本に来たと言ってることになるでしょ。

北米のインディアン、中米のマヤ・アステカや、南米のインカを築いた人々はすべて古モンゴロイドという事になります。

そして、縄文人の子孫と見られるアイヌや琉球人は、古モンゴロイドの血を引く人々と見られています。

ここであらためて注目したいのは、ミトコンドリアのDNAの比較から古代アメリカと日本の関係が、遺伝子の上からも確認できてきたことです。

ミトコンドリアDNAのタイプのことを、ハプログループといいます。

人のミトコンドリアDNAのタイプであるハプログループには、80パターンがあります。

日本の主なミトコンドリアのDNAは、そのうちの16タイプ。

A、B4、B5、C、D4、D5、F、G、M7a、M7b、M7c、M8a、M10、N9a、N9b、Z

日本人のルーツ探しに大きくかかわるのは、この16のハプログループとみられています。

主なということなので、少数派も含めれば、もっとあるのでしょうが。

日本と古代アメリカでつながるのは、ハプログループのなかのAグループとDグループ。

古代アメリカでは、先にAグループが多かったのが、次第にDグループが増えたというのです。

ちなみにインカは、Dグループといいます。

ついでにいうとDグループは、Fグループとともに東南アジアとのつながりも大きいのです。

 縄文土器の、太平洋をまたいで出土している事実から、縄文人の海をまたいだ交流の可能性に注目が集まる傾向にあるようですね。

つまり、古代にアメリカと日本の文化交流は、あったことになりますね。

 日本には、アイヌや琉球人にも、古代中東の遺伝子とされるYAP遺伝子があるのでしたね。

そうなると、古代アメリカ人にも、古代中東の遺伝子があるか、ですよ。

ただ、古代中東の遺伝子が仮にあったとしても、思想としての三種の神器の繋がりは言えるが、物としての三種の神器が、古代アメリカと関係が立証できるかとなるわけですよ。

 さらに、古代アメリカと古代日本で三種の神器の物的交流があったとしても、古代イスラエルの三種の神器である、証明が難しい。

日本の神社は、三種の神器を隠していますから。

レプリカとされるものは、表に出てきても、それは、霊的なレプリカであって、実物の形のレプリカではないわけです。

古代アメリカ人と地中海世界の結びつきまでは、フランスとスペインの様式の鏃を伴っていたケネウィック人が、証明してくれています。

 人類拡散ルートとしてなら、中東から地中海を経て、アメリカ、さらに日本と言う繋がりも、否定はできないでしょうが。

 古代アメリカに古代中東人が居て、しかも、三種の神器を持ってて、なおかつ、彼らの中から日本までそれを運んだ人たちがいると、証明するのは、至難の業でしょう。

飛鳥昭雄と三神たけるあたりが、これが証拠だなんて、言い出したりして。

 日本から、三種の神器が明るみに出ない限り、無理でしょ。

そういうことですね。

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てるてる坊主と日の丸?

西日本に行くと、てるてる坊主が三つ、中には、二つの場合もあるようですが、注連縄に下がってるところがあるそうです。

 三つのてるてる坊主なら絶対三神、二つの場合は御父と御子かといったら、飛鳥昭雄と三神たけるもそう思ってるようですね。

てるてる坊主は、神の怒り除けでしょうか。

まさか、ハレルヤだったりして。

二つなら陰陽、三つなら生旺墓かもしれないですよ。

これに対しても、てるてる坊主は1つでも生命の樹だと言ってますね。

 絶対三神は、生命の樹の三本柱であるとともに、御父と御子と聖霊も、それぞれ独立した生命の樹でしょ。

それはそうです。

でも、私はそこまで触れなかったが、飛鳥昭雄と三神たけるの発言は及んでますからね。

 さらに、てるてる坊主は雛人形のルーツである天児(あまがつ)や這子(ほうこ)、特に案山子に似た天児と同様な呪術用の形代として人形と言ってますね。

案山子という字を見て、何か連想しませんか。

 案には、いろいろな意味がありますね。

 原案や計画などのような、物事を決定するための案。

 台または机、特に神道において使われる台または机で、しばしば神具が置かれる。

 案文など、前近代における公文書の草案のこと。

 この案に山と子…。

 山上の訓戒で知られる天の神である御父の声として生まれた御子。

 イエスを連想できますね。

しかも、天児やてるてる坊主を、ラテン十字の上部がループ状の楕円となった形状をしているアンク十字だと言ってますよ。

 それって、案山子は田畑にアンク十字が立ってるのと同じだと言ってることになりませんか。

なるでしょうねえ。

そもそも、 Ankh という古代エジプト語自体が生命を意味しており、生命的宗教的象徴とされます。

 十字が地の四方を指すとともに、北は天で南は地に配されるのが陰陽でしょ。

 これって、古代エジプトに陰陽思想があったと言ってるに等しい。

ナイル川の東西で、生者の町と死者の町を分けてるでしょ。

 まさに、陰陽…。

でしょ。

 円は天の象徴で、その円を四方を指す十字の天に配している…。

さらに、飛鳥昭雄と三神たけるは、てるてる坊主を前方後円と言ってます。

 そして、案山子に似た天児をてるてる坊主と同じ呪術の形代であるとともに、生命の樹と言ってます。

そして、天から恵みを求める呪術だと言っているのです。

 そうなると、案山子もまた、天から恵みを求める呪術…。

しかも、前方後円ということは、円天方地でしょ。

それも、方形は円に刺さる三角の下半分に似た台形です。

 そうなると、円天方地角人…。

こうなると、てるてる坊主、天児、案山子は、実はどれも円天方地角人となりませんか。

 飛鳥昭雄と三神たけるが次に言いそうなことは…。

日の丸はもともとは、正方形と内接円でした。

てるてる坊主を上から見てください。

 丸の周囲にちょっといびつだけど四角が囲む。

 ほぼ、正方形と内接円…。

 日の丸!

日の丸は、てるてる坊主だと、そのうち言い出しそうな気がしますよ。

 そ、そんな…。

 今まで気楽に歌ってた…。

 てるてる坊主、てる坊主。

 明日天気にしておくれ。

 しなけりゃ頭をちょんぎるぞ。

神に求め、祈るには本気で心から捧げないと、神も本気で応えてくれないでしょうね。

 そういえば、晴れると、日頃の行いが良かったって、よく言いますね。

 というと…。

 日本人、日頃の行い良くしないとまずいじゃないですか。

そうしないと、神の怒りが来ますよ。

皆さん、備えた方が良いよと、飛鳥昭雄と三神たけるは言い続けてますからね。

 二人が言わなくても、聖書は昔から言ってるでしょ。

ほとんどの日本人が読んでないから、自分たちが言わなきゃって思ってるのでしょうね。

 本当は怖い、てるてる坊主…。

そういえば、カッバーラは、大きな事は小さい事に、小さい事は大きい事に、隠すそうですよ。

 無限入れ子…。

そうやって、一見するとわかり難いようにわざとしてるとか…。

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鳥居の色について改めて考えてみた。

鳥居について、こんな疑問が寄せられたのです。

前から疑問だったのですが、神宮の鳥居は何も塗料を使ってない木材そのものの色ですよね。

これは赤の鳥居とどういう意味の違いがあるのでしょうか?

あと、鳥居の素材も、赤坂見附の山王神社は石材だったリ、青銅か何かの金属のもありますよね。

こういった違いはなにか意味するところがあるのでしょうか?

ここでいう神宮とは、お伊勢様でしょうね。

 確かに伊勢の神宮の鳥居には、色はないですね。

白木であるのは、白は霊界を木は気に通じるとともに、神の声を表すのかも知れないです。

 木はまた、生命の樹をも示唆するのでしょうね。

神社という場所からして、そう解釈されても仕方ない面はあるでしょうね。

日本の神社と、古代イスラエルの幕屋や神殿は、構造が似てるとよく指摘されますから。

鳥居自体、ヨッドヘーヴェブヘーיהוהを縦に書いた形に似ているのは事実ですし。

ヨッドヘーヴェブヘーיהוהは、エホバと呼ぼうが、ヤハウエと呼ぼうが、イエスの事ですから。

 へブル文字の"ヘーה"には、鳥居そっくりの描き方があるでしょ。

"ヘーה"だけでも、ヤハウエのことですからね。

白木の鳥居は、赤の鳥居と、どういう意味の違いがあるのかということですね。

白は霊界、赤は現世に対応していると、いうことかもしれません。

 イエスは今、お隠れのヤハウエ状態であることに、対応しているしているということですか。

イエスは、天の神である御父のもとに、時が来るまで待機していると見られていますね。

天を霊界とみれば、そして隠れを死の同意語とみれば、お隠れのヤハウエ状態というのは、そうでしょうね。

 鳥居の素材も、石材だったリ、青銅することは、ありますねえ。

こういった違いは、なにか意味するところがあるのかということですね。

 イエスは自らも、石に準える発言をたびたびしておられたと思います。

石というより、岩でしょ。

マタイによる福音書には、こうあります。

ちょっと長くなるけど、第7章の24節から27節を引用しましょう。

24 「だから、わたしのこれらのことばを聞いてそれを行なう者はみな、岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができます。

25 雨が降って洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけたが、それでも倒れませんでした。岩の上に建てられていたからです。

26 また、わたしのこれらのことばを聞いてそれを行なわない者はみな、砂の上に自分の家を建てた愚かな人に比べることができます。

27 雨が降って洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけると、倒れてしまいました。しかもそれはひどい倒れ方でした。」

ここでいう岩は、イエスの言葉を指すと言えるでしょう。

そうそう、石ですね。

たいてい、色は白でしょ。

白は、霊界を表す色ですよ。

石は、無生命の素材である事を思えば、白い石は陰の極みとなるでしょう。

 そうなると、聖書でいう神は生きておられると言う言葉に、近いということでしょうか。

陰極まりて陽、から言えば、ここは神の臨在の場であると、告げているようにも見えますね。

 青銅は、イエスの予型の一つである青銅の蛇を指していると思えますね。

青銅というのは、面白い素材ですよ。

添加する錫の量が少なければ日本の十円硬貨にみられるように純銅に近い赤銅色に、多くなると次第に黄色味を増して黄金色となり、ある一定量以上の添加では白銀色となります。

青銅の鳥居は、もともと、赤かった可能性はあります。

 金属は陰陽で白に配されるので、それ自体で紅白を象徴し、現世から霊界に戻られたイエスを表したと見ても、面白いかもしれないですね。

今は彩度の低い緑色だけど、緑は、日本の文化では黒と青の二股をかけています。

つまり陰陽でいうところの、東西南北を示すことが出来る素材が青銅です。

 青は東、白は西、赤は南、黒は北、でしたね。

さらに、黄色味を増すことが出来るが、黄は中央で人に配されます。

 まさにメルカバーでしょ。

四つの面を持てばメルカバーを暗示するとは、飛鳥昭雄や三神たけるはしょっちゅう言ってますね。

それをいえば、ピラミッドや、仏教でいう仏と四天王も、メルカバーになってしまうでしょ。

青銅などの金属が西と霊界に配される白に配される上に、青銅自体も白くなります。

赤は南とともに現世である地に配されます。

そして、黄金色にもなれる青銅は、まさに、中央と東西南北が揃う面白い素材なのです。

 ついでに、青銅は聖堂に通じるのも、偶然でしょうか。

実用を追求した金属器は強度の点から鉄器なのに対して、祭事用となると青銅器が多いのは確かですね。

銅は貴金属とされる中では埋蔵量が多いし、さらに青銅となると温度の点から扱いやすいというのも、強度が求められない祭事用素材としては使い勝手が良かったのは事実でしょうね。

なぜに青銅か、金属の融点などの特質にばかり、正直なところ目が行ってました。

今回の対話で、青銅の色に注目して議論を試みることが出来たことに、改めて感謝。

追記

鳥居について、見落としていた色がありました。

黒木鳥居です。

濃い色の黒っぽい鳥居がほとんどだけれど、樹皮付の丸太で出来ています。

今のような鳥居の、最も古い形と見られています。

二本の柱を立てた形が、さらに古い鳥居の様式と見られるからです。

陰陽では、青は東、白は西、赤は南、黒は北、となるが、赤には地、黒には天も、配当されます。

鳥居は、神社を囲む神域の入り口を表していること思えば、黒木鳥居はここからは天の領域に入ると言う宣言が込められているのかも知れません。

樹種にもよるだろうけど、樹木は皮を剥くと真っ白ではないまでも白っぽい地の色が出ます。

白は西を表すが、北を表す黒とともに、精神世界を指し示す色でもあります。

そうなると、黒木鳥居は、樹皮が剥がれて白木になっても、ここからは精神世界であると宣言することになるでしょう。

また、まだらに樹皮が剥がれても、まだらもまた、生と死の境界の象徴とされます。

祭りの浴衣や手ぬぐいが紺の絞りであるのも、生と死の境界の象徴であるまだらを纏うことによって、霊界との境目を潜ろうとする呪術なのです。

黒木鳥居は、もしかすると、わざとまだらに剥けることを狙って立てられたのかも知れません。

これは、勿論、想像の域を出ないが、有り得る話だと思えます。

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厳島神社と生命の樹?

広島県宮島の厳島神社は、日本全国に約500社ある厳島神社の総本社とされます。

式内社のうちでも名神大社(みょうじんたいしゃ)に位置付けられる安芸国一宮で、旧社格は官幣中社、現在は神社本庁の別表神社に指定されています。

名神大社とは、日本の律令制下において、名神祭の対象となる神々である名神を祀る神社です。

古代における社格の1つとされ、その全てが官幣大社・国幣大社など大社に列していることから名神大社と呼ばれます。

宮島の厳島神社は、日本の三弁天の一つとして知られています。

 他の二つは、神奈川県江の島江島神社と滋賀県竹生島の都久夫須麻神社ですね。

実は、宮島の厳島神社は、宗像三女神である市杵島姫命、田心姫命、湍津姫命を祀る神社なのです。

そして、宗像三女神のうち、市杵島姫命は神仏習合時代に弁才天と習合し大願寺として信仰されてくことになるのです。

 厳島神社は、大願寺として信仰されていたなら、何か仏像があったはずですね。

実は、明治の神仏分離までは、厳島神社の真後ろに本地堂として観音堂があり十一面観音が祀られていたと言います。

その十一面観音は、行基菩薩の作と伝えられます。

その十一面観音は、今、宮島にある寺院の中で最も歴史が古い大聖院に安置されています。

大聖院は、厳島神社の別当寺として祭を行なっていた厳島の総本坊です。

大聖院は、総本山を仁和寺とする真言宗御室派の大本山です。

空海が宮島に渡り、弥山の上で修行をして開基したのが806年といいます。

皇室との関係も深く、古くは鳥羽天皇勅命の祈願道場として、近くは明治天皇行幸の際の宿泊先になったそうです。

 本地垂迹の、本地が十一面観音で、垂迹が宗像三神と見られていたわけですか。

実際はもっと複雑です。

弁才天に習合された市杵島姫命と田心姫命、湍津姫命の宗像三女神のほか、配神とされる神々が祀られているのですよ。

その神々は次の通りです。

玉留魂神・天照大神・素盞嗚尊・国常立尊・高皇産霊尊・神皇産霊尊・生魂神・足魂神・大宮比売神・御饌津神・事代主神・軻遇突智神・埴山姫神・保食神・稚産霊神・倉稲魂神・豊磐窓神・奇磐窓神・埴安神・金山彦神・猿田彦神・興津彦神・興津姫神・罔象女神・天村雲神・屋船句句廼馳神・屋船豊宇気姫神・八十枉津日神・神直日神・大直日神・底津海童命・中津海童命・表津海童命・底筒男命・中筒男命・表筒男命。

さらに、摂社や客神社には、天忍穂耳命・活津彦根命・天穂日命・天津彦根命・熊野樟日命が祀られています。

本地には十一面観音だけれど、他の仏も祀られています。

大宮には、胎蔵界大日如来・阿弥陀如来・十一面観音・普賢菩薩・弥勒菩薩・虚空蔵菩薩。

客人宮には、毘沙門天・不動明王・釈迦如来・薬師如来・地蔵菩薩。

滝御前には、千手観音。

聖御前には、不動明王。

さらに、源平盛衰記には、本地として惣八幡別宮、垂迹として娑竭羅竜王の娘までが記されています。

ただ、日本の神々は多彩に居られるようにみえて天照の分身とみる人もいます。

一方で、仏教の数々の仏も、実は、大日如来の分身だそうです。

 仏教の仏も、本来はただ一人であって、諸仏はその説明に過ぎないという事ですね。

 神道の神も、本来は一柱で、その他の神々もその説明に過ぎない。

そうなるでしょうね。

 そうだとすると、十一面観音と宗像三女神が対応するが、宗像三女神は弁才天に集約できると見ても良いのでしょうか。

 十一と三と一が同じことになる構図は、十一のセフィロトと三つの柱からなる一つの生命の樹を連想できますね。

しかも、大日如来はイエスの訳に使えると一度はザビエルも思い込んだ仏ですよ。

 でも、大日如来が天皇の祖先神とされる天照の本地となることを知って、ザビエルは大慌てした可能性がある。

その大日如来が、厳島の神の本地として名を連ねるのは、偶然とは思えないですね。

 そして、厳島神社を作った平家には、ペルシャばかりかユダヤ人の関係も想像できましたね。

 平家を「ヘー」「タイラ」から「ヤハウエ」「トーラー」に結びつく可能性も考えてきたでしょ。

今回も、厳島神社から、イエスやユダヤに話が言ってしまいましたね。

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生命の樹と鏡。生命の樹 その6

ユダヤ教神秘主義と呼ばれるカッバーラには、鏡像反転と言う考えがあるようです。

ここでいう鏡像反転とは、属性を逆にすることです。

 鏡像反転って、鏡に移して真逆にしたのを見るんですよね。

 陰を陽に、プラスをマイナスに、火を水に、天を地に、男を女に、などなど…。

天岩戸でウズメは鏡を天照に示すけれど、天照の正体は男神であることを暗示しています。

 天照国照彦…。

そうかも。

逆に男神であるにもかかわらず女神であるのは、イエスが今、姿を表しておられない陰の状態を連想できますね。

 キリスト教は死刑の道具である十字架を、シンボルにしていますね。

シンボルに掲げる教会は多いですね。

 十字架を鏡像反転するとイエスになるので、それはカッバーラ的に正しい訳ですね。

 十字架は死の樹として陰に対応し、イエスは生命の樹として陽に対応するのでしょ。

イエスは、贖いのために十字架で犠牲になってくださったとされています。

だが、イエスの贖罪の死は御父への忠誠の証という側面もあるようです。

アブラハムとイサクへの神の試しは、十字架のイエスの予型となっています。

 御父は、イサクを犠牲として奉げよとアブラハムに命じた以上、自らも御子に犠牲となることを求めたということ。

それもあるでしょうね。

イサクに儀礼的な死を体験させることで、イサクの子孫を聖別する意図もあったかもしれません。

 そうなると、イエスの贖罪の死に感謝し、イエスによってもたらされた救いを受けれるものは聖別されるという事でしょうか。

ただし、イエスの教えに正しく従ったかどうか、神に採点されて及第点をとる必要はあるのでしょうね。

 だから、最後の審判がある。

おそらく、そうでしょう。

イサクの代わりに仔羊が奉げられるが、この身代わりの仔羊こそ、やがてイエスの象徴の大事な一つとなります。

もっとも、贖罪の死を受け入れることはイエスにとって、人としての修業の締め括りでもあったでしょうね。

人々の苦難や苦悩をいくつも目の当たりにしたイエスの修業のなかで、不条理と死の体験が締め括りとなったのでしょう。

かつてヤハウエとして、天界から見ていただけの地上をイエスは身を持って体験なさったわけでしょう。

言い換えれば、地上で人として得た知識の集大成が十字架の死でもあったのでしょう。

 十字架を死の樹に対応させる限りにおいて、ですね。

死を体験して、人の一生についての一通りの知識をイエスが得られたことの象徴としての、十字架というわけかもしれません。

言い換えれば、知識の樹の象徴としての十字架となるのでしょうね。

そして、知識を生かしていく象徴としてのイエスは、知恵の樹としての生命の樹の象徴となるのでしょう。

 十字架を死の樹と言うなら、以前、死の樹を知恵の樹と言ったはずでは。

 それに、一般にも死の樹は知恵の樹とされています。

知っています。

混乱を避けるため、死の樹を善悪を知る知恵の樹として扱ってきたし、問題が生じない限りは、今後もそうするでしょう。

いま、あえて死の樹を知識の樹というのは、生命の樹との役割分担で相対的なことです。

 入れ子構造。

そういうことです。

生命の樹だけで、死の樹も含めたすべてを表すことがありますからね。

 生命の樹の鏡面対象が死の樹だから、生命の樹だけで間に合う。

そういうことでしょうね。

そうであれば、生命の樹が知恵の樹でないといけないでしょ。

 死の樹の知恵は、過去のものだから、それは知識に転化する。

料理のレシピは、新しく考案された時は知恵の塊かも知れないけど、教わる人にとっては知識でしょ。

 アダムとイブが手に入れたのは、神の知恵についての情報、つまり知識だった。

そういう事でしょうね。

それに対し、今現在を生きている私たちは知識を活用して、あるいは、応用して、知恵として使いこなさないといけません。

 分析と総合でいえば、分解に当たる分析が死の樹、組み立てに当たる総合が生命の樹。

 分析して知識を得、総合して知恵を得る、

だからあえて、生命の樹を知恵の樹、死の樹を知識の樹として扱い、今回の議論を展開するわけです。

人類の歴史は、知識として授かった神の知恵をいかにして使いこなすか悪戦苦闘してきた歴史でもあるでしょうね。

 十字架にイエスが貼り付けになっているシンボルも存在しますね。

 貼り付けされているので、これは陰陽の合わせ鏡であり、陰陽の結合も象徴しているのでしょ。

 阿吽なども陰陽の合わせ鏡となっているけど、陰陽の結合にはなっていない。

 また、ケルト十字も陰即ち死の十字架に対し、○が陽即ち生のイエスに対応し、完全な陰陽の結合となってますね。

四角だけでなく、十字もまた四方を指す意味では地の象徴になりますからね。

丸はもちろん天を表し、地を表す十字と対応して陰陽になりますね。

なお、地を陽、天を陰とするのが一般的ですよ。

もちろん、陰陽合一や、陰極まりて陽と陽極まりて陰から、天を陽、地を陰とおいて考える場合もあります。

 上を陽、下を陰とみれば、でも良いのでは。

それでは、地を陽、天を陰と見るのと合わないでしょ。

 陰に陽、陽に陰を配し、陰陽合一として太極となすように配してあると言っても良いでしょ。

よく、理解してますね。

カッバーラの鏡像反転とは、属性を逆にすることです。

 知恵の樹である死の樹は、鏡像反転すると知識の樹でもある。

 だから死の樹の鏡像反転としての生命の樹は、知恵の樹でもある。

知恵と知識は常に照らしあいながら、真理を示します。

鏡面反転は、この照らし合わせの象徴でもあります。

 エデンの園の中央には生命の樹と善悪を知る樹と、聖書にありますね。

善悪を知る樹を、善悪を知る知恵の樹と記す場合は、善悪を知るとは知恵のことだろうからと後から付け足した可能性はありますね。

そして、善悪を知る樹の実を食べたアダムとイブは死ぬ運命となるのですね。

つまり善悪を知る樹は死の樹なので、生命の樹と死の樹、知恵の樹と知識の樹、と言う風に対になります。

 知識は過去、知恵は未来でもあり、方向性でも鏡面対象と言えるでしょう。

そうですね。

善悪を知る樹の実を食べるとは、神の与えてくれる知識を手に入れたことに相当するでしょう。

 知識には、知恵という意味や側面もあると、辞書を引くと出てくるけど。

だが、神の知識を手に入れても、神のごとくに使いこなせないと本当の意味で神の境地には近づけないのではないでしょうか。

だから論語にも、こうあります。

学んで思わざるは即ちくらし思うて学ばざればあやうし

学んでも理解が不十分ならものが正しく見えず、理解が正しくできても知識が不十分なら判断を誤る、という事です。

良く知る者はよく理解するとは限らず、よく理解するものは良く知るとは限りません。

 神の知識を得ることは、学びの段階に過ぎない。

 十分に理解するためには、正しく解釈できないといけないが、それには十分な思索も必要…。

それも、ちゃんとした指導と援助を受ける方が良いでしょう。

 謙虚に祈れば、教えてもらえる。

聖書にはこうあります。

求めよ、さらば与えられん。

尋ねよ、さらば見出さん。

門を叩け、さらば開かれん。

さらに、神は気前の良いお方ともあります。

本気で知りたいと祈れば、気づかせてくださるでしょうね。

生命の樹を上るとは、神から授けられる知識を使いこなせるような知恵を学び取っていくことでもあるのでしょう。

創世記の3章4節から3章6節と3章22節からから3章24節には、こうあります。

へびは女に言った、「あなたがたは決して死ぬことはないでしょう。それを食べると、あなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです」。

女がその木を見ると、それは食べるに良く、目には美しく、賢くなるには好ましいと思われたから、その実を取って食べ、また共にいた夫にも与えたので、彼も食べた。

主なる神は言われた、「見よ、人はわれわれのひとりのようになり、善悪を知るものとなった。彼は手を伸べ、命の樹からも取って食べ、永久に生きるかも知れない」。

そこで主なる神は彼をエデンの園から追い出して、人が造られたその土を耕させられた。

神は人を追い出し、エデンの園の東に、ケルビムと、回る炎のつるぎとを置いて、命の樹の道を守らせられた。

聖書には、彼は手を伸べ、命の樹からも取って食べ、永久に生きるかも知れない、とあります。

そこで、命の樹、つまり生命の樹は永久の命を得られる樹であり、善悪を知る樹は知恵の樹でもあると、見なす人も出てきます。

 命の樹、つまり生命の樹は永久の命を得られる樹なのは、確かでしょ。

ええ、その通りです。

また、善悪を知る樹は知恵の樹でもあるのは、ある意味正しいでしょう。

 全く理解しないで、覚えることはできないから。

 覚えてないことを、知っているとは言えないですね。

だが、知るのであって、知ったことを的確に理解し、判断することは別です。

 名前や顔を知っていても、どんな人か、までは分かっていないようなこと…。

科学者は何かを理解しようとするとき、まず、データを集めます。

データとは、物事の推論の基礎となる事実や、参考となる資料・情報のことです。

少量のデータでは見えないことも、膨大な量を集めれば見えてくることがあるのは事実です。

けれど、それはまだ仮説の段階です。

仮説を用いて予測を立て、その予測を実証できる実験やあらたな観測や観察を行います。

それを繰り返して、一歩一歩真理に近づくのです。

仮に神の段階に達しえるだけの、質と量のデータを手に入れたとしても、それが何を意味するか理解し、正しい予測が立てられないなら、知恵が神の領域に達したとはとても言えません。

 最上位である熾天使(してんし)であったとされるルシフィルの転落は、神に匹敵する知識を得ながら使いこなす知恵が神の域に達していないのに勘違いしていたことによる。

そうかもしれません。

神の領域に達するに必要な理解力を手に入れるには、生命の樹を、間違えることなく上っていく必要があるのでしょう。

 本質や、裏面まで、きちんと理解できるように。

 それで神は生命の樹を、容易に近づけないよう守られたのですね。

理解する能力が知恵であり、それで生命の樹は知恵の樹でもあるのです。

もちろん、永久の命を得られる樹でもあるけど。

 それであえて、善悪を知る樹=死の樹=知識の樹、永久の命を得る命の樹=生命の樹=知恵の樹と、議論を単純化している。

議論は単純化したほうが、わかりやすいでしょ。

 本当はもっと、込み入ってるけどね。

知ったことを整理して知識が得られるが、その知ったことを整理していく能力が知恵なのです。

そのため、知識と知恵は混同されやすいのです。

知識には知る行為と、得られた情報の意味の双方が入っています。

つまり、知識とは研究でいえば情報収集能力に当たると言えます。

それに対し知恵は情報分析能力に相当します。

なお、総合は分析と表裏一体と言えるので、今回は分析にまとめました。

 物理でいえば、知識が実験物理、知恵が理論物理というところでしょ。

しかし、知恵は情報の整理や分析の能力だけに限定されません。

知恵のもっとも大きな役割が、情報活用能力です。

まとめると知恵とは、情報の整理・分析・活用の三つの能力の総称と言えるでしょう。

一方の知識は、収集・蓄積・継承となるでしょうね。

 そうなると、知識と知恵を纏めると。

収集(知識)・整理(知恵)・蓄積(知識)・分析(知恵)・継承(知識)・活用(知恵)という順でしょうね。

この過程を果てしなく繰り返して、知識も知恵も限りなく神の境地に近づいてゆくことになります。

この循環こそ、無限に続くとされる生命の樹として表されていることかもしれません。

 なるほど、知恵の樹である生命の樹と知識の樹である死の樹を、行ったり来たりしてますね。

 下降と上昇を繰り返している…。

これが、生命の樹と死の樹の鏡面対象と呼んでいることの理由の、少なくとも一つかも知れないですね。

 だから、生命の樹と死の樹を照らし合わせてみろと、言うわけでしょうか。

そうかも。

鏡で反転させることで、何が相対する位置にくるかわかるわけです。

 相対する事柄の間に生じる、相生と相克、統一と対立の関係にある事柄もまた知ることができる。

 相対する事柄の内容がわかれば、解決すべき点もまた見えてくる。

そして生命の樹を上るとは、知識を深めつつ、情報の整理・分析・活用の三つの能力を神の領域を目指して高めていくことでもあるのでしょうね。

 そうなれば、知識の収集・蓄積・継承の三つの能力も神の領域を目指して高めていくことが可能になる。

 理解を深めれば深めるほど、知識を高めれば高めるほど、知恵も知識も永久に生きた人と同じ水準に限りなく近づいていく。

そういう事かも知れないですね。

カッバーラは象徴体系であって、知恵や知識その物自体は、形がないですからね。

 わかりやすさのために、樹の実として表現している。

そういう事でしょうね。

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山の神と生命の樹?生命の樹 その5

日本には、山の神崇拝、あるいは、山の神信仰とよばれる山岳に対する信仰や崇拝の歴史があります。

 奥さんのことを、山の神という人もいるけど。

家の中で存在感が大きく怒ると怖いというところや、山の神が女とされることから、そういう俗語が出たようですね。

山の神は山神とも呼ばれるけど、実際の神の名称は地域により異なります。

また、その性格や祀り方は、山に住む山民と、麓に住む農民とで異なります。

農民の間では、春になると山の神が、山から降りてきて田の神となり、秋には再び山に戻るという信仰があります。

猟師・木樵・炭焼きなどの山民にとっての山の神は、自分たちの仕事の場である山を守護する神で、常にその山にいるとされます。

ただ、どういう名称や祀り方でもでも、山の神という位置付けそのものは変わりません。

 でも、具体的な祀り方は違うでしょ。

農民の山の神は、山と麓の往復という形で、1つの神に山の神と田の神という2つの霊格を見ていることになりますよね。

一方、猟師・木樵・炭焼きなどの山民にとっての山の神は、農民の田の神のような去来の観念はありません。

面白いのは、山民の山の神は一年に12人の子を産むとされるなど、非常に生殖能力の強い神とされるのです。

 神社に祭られる場合、いろいろな名前になっていますね。

浅間(せんげん)神社であったり、御嶽(みたけ)神社であったり、または、勧請された山の名を取った神社であったりします。

ただいえるのは、山の神を崇拝しているけれど、山そのものは信仰や崇拝の対象ではないのです。

注目したいのは、山の神崇拝の神社の中に三峰(みつみね)神社という名前があることです。

 三つの峰というけど、峰が三つの山って、ありそうで意外とないかも。

 ただねえ、山を描くとたいてい、峰を三つにしてしまうのでは。

 峰一つだと、富士山や、何々富士と呼ばれる山に見えるし、二つでもどこか特定の山を指していると思われる。

 その点三つなら、沢山の峰を省いて描いているように見えるでしょ。

山一般を指したいから、三峰というのも解釈の一つではありますね。

ここで気になるのは、時代を遡るほど三神をまつる神社は増えることです。

しかも、中心の神と脇を固める神の三神の構図で祀られるようです。

この三神の構図を図にすると、山の字に似た形になるのです。

そこで、山の字はもともと三神を表した文字だったと見る人たちもいます。

 嶽(たけ)という字も、生命の樹を表していたとか。

さあ、どうでしょ。

少なくとも山の字は、生命の樹の至高の三角を表すと見ているようです。

 そして、三神を代表して臨まれたヤハウエ=イエスも山に縁がありますね。

しかも山の神に、12人の子どもでしょ。

アブラハムの息子、イシュマエルもイスラエルも、12人の息子を生んでいる。

これ、偶然と思いますか。

 日本の山岳信仰には、生命の樹をどう見るかが、示唆されているような…。

山も生命の樹も、どちらも上りますね。

 だけど、山は上ると下るでしょ。

山を歩いたこと、ありますか。

私は、片手で数えるくらいしかないですけどね。

それも、ハイキングコース程度だから、あまり大きな事言えないけど。

それでも、覚えているのは、頂に着くまで何度も上り下りがあるのですよ。

生命の樹も、一つ上れば終わりではなく、無数に上って神の境地を目指すわけです。

仮に、無限に続く峰を上ると考えてみてください。

いつかは、神のいる天空の彼方に届くと思いませんか。

実際には、そんな山はないけど。

 生命の樹は、上る一方じゃないですか。

それならなんで、生命の樹の他に、知識の樹があると思いますか。

知識の樹は、生命の樹の鏡面対象の死の樹と同じと見られています。

生命の樹を上る一方なら、いつ、知識の樹にいく時間を取ります。

生命の樹は、上下に無限の繋がりがあると言いながら、一つを描けば済む場合が多いです。

しかも生命の樹には、下に知識の樹や死の樹を描かず、根が描かれることもあるのですよ。

 つまり、知識の樹や、死の樹は省いて良い。

生命の樹は陽、知識の樹や死の樹は陰、ここに謎を解く鍵がありそうですね。

右が陽なら左が陰、上が陽なら下が陰、あと、省きますけど。

ならば、正が陽なら負が陰でも、良い訳でしょ。

 上がりが陽なら下りが陰。

つまり、生命の樹は上れば知恵の樹となるが、下れば知識の樹となるとみたらどうでしょう。

唯物弁証法では、上りを総合で下りを分析と見ました。

ならば、こう見ても良いはずです。

上りの総合過程を知恵の樹としての生命の樹とみる。

下りの分析過程を知識の樹としての生命の樹とみる。

分析過程は、解剖学的な考察となるから死んだ姿しか見ないので、死の樹に対応します。

総合過程は、組み立てていくから動く姿が見えるので、生命の樹に対応します。

つまり、知恵の樹も知識の樹も、生命の樹を上るか下るかの差でしかないわけです。

 そういえば、生命の樹は、いったん下まで下りるところから始まりますね。

受肉による誕生が、王国と訳されるマルクトですよ。

あとは、9つのセフィロトの間を上り下りすればいい。

だから、9つのセフィロトだけ描かれる生命の樹があるのでしょう。

 マルクトは、山に上る最初の入り口に相当する。

いったん山に上ってしまえば、あとは山の中を移動して、頂上を目指すだけでしょ。

実際の山では、最後は麓まで下りないといけないけど。

 一度始めた人の多くは、また、山に行きますねえ。

 その人にとっての麓はすでにマルクトではなく、上から9個めのセフィロトになってるのでしょうかね。

そういえば、上から9つ目のセフィロトは基礎と訳されるイェソドですね。

 生命の樹の上る行為は、山に上る行為に、なぞらえることができる。

 日本人は中東から、生命の樹信仰とともに山岳信仰を持ってきたのですかね。

だから、御神木崇拝もあるのだったりして。

ちなみに、生命の樹のセフィロトは次の通り。

なお、セフィロトは複数形で、単数形はセフィラと言います。

1番目のセフィラの、王冠と訳されるケテル

2番目のセフィラの、知恵と訳されるコクマー

3番目のセフィラの、理解と訳されるビナー

4番目のセフィラの、慈悲と訳されるケセド

5番目のセフィラの、峻厳と訳されるゲブラー

6番目のセフィラの、美と訳されるティファレト

7番目のセフィラの、勝利と訳されるネツァク

8番目のセフィラの、栄光と訳されるホド

9番目のセフィラの、基礎と訳されるイェソド

10番目のセフィラの、王国と訳されるマルクト。

そして3番目と4番目の間の隠された11番目であるセフィラの、知識と訳されるダアト。

至高の三角とは、ケテル、コクマー、ビナーからなる三角のこと。

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