心と体

経済活動と生命活動を対比してみても良いのではないだろうか。

経済行動や経済活動は、生体の営みとある意味似ています。

 

資金の流れは、血液の流れと似ています。

 

血液を全身に送り出すのは心臓、資金の大本である通貨を市場に送り出すのは中央銀行ですよね。

 

だが、血液は送り出されただけじゃ意味を持たないです。

 

通貨も市場に出るだけでは資金ではないニャ。

 

血液は臓器の中で消費されてこそ、血液の役目を果たすのです。

 

通貨はさまざまな経済主体の中で消費されてこそ、資金としての役割を果たすのです。

 

とは言え、資金の流れは血液だけでは例えきれないでしょうね。

 

血液は栄養を全身に運ぶ、資金の流れは単なる通過の流れではないのです。

 

通貨は、流通し、貯蔵されるのです。

 

これは、体内を循環する栄養は時として貯蔵されることに似ているのです。

 

つまり、資金の流れで言う通貨に体内で言えば栄養と見た方が良いのです。

 

そう考えると、内部留保の経済での働きは蓄積された脂肪に相当すると見て良いかもしれません。

 

適正量の脂肪、適正量の内部留保は、体内や企業の健全な営みを支えるために必要だが、行き過ぎた蓄積は健康を害するようになります。

 

蓄積された脂肪の消費は、体内で循環している栄養素で足りない時に起きるはずです。

 

同じように内部留保は必要な資金調達が市場からだけでは間に合わない時、換金性の高いものから消費されるはずです。

 

近年の内部留保の蓄積は急激と言う事は、一時避難的に換金性の高い資産に変換されている可能性が高いです。

 

つまり、経済活動が大いに活性化すれば速やかに換金されて企業の活動に回されることが期待できるでしょう。

 

経済活動の6割は個人消費と言われます。

 

これは、第二の心臓の異名を持つ足腰に相当すると見て良いでしょう。

 

足腰が活発に動けば動くほど、血管内に目まぐるしく栄養は駆け巡るようになります。

 

個人消費が活発になればなるほど、市場で通貨、つまり資金は目まぐるしく流通することになるのではないでしょうか。

 

個人消費と、個々人の生活は切っても切り離せないです。

 

日々の生活で新たな消費が旺盛になれば、市場の中で資金も活発に巡るのです。

 

動物は動くから動物、生活は生きて活動するから生活、違うでしょうか。

 

個人消費が思うように動いていないというなら、個々人の生活の質はどうなっているか調べた方が良いでしょう。

 

かつてのような大量消費が望めないなら、単価をどうすれば上げられるか見れば良いのです。

 

簡単です。

 

収入が増え、その状態が維持できると期待できる状況が実感できればいいのです。

 

量が期待できないなら質を上げその質に見合った価格を設定すればよく、その代金を気前よく払えるだけの生活の維持が期待できる状況が実感できるようにする政治が求められる。でしょう。

 

今の時代、社会には十分な富があるはずです。

 

それが、個々人の生活を力強く支えるために使われるべきと不退転な決意で実行する意思と能力のある政党や政治家を、市民が育てる意思と能力を発揮できるかどうかにかかっているのではないでしょうか。

 

動物は必然となれば、生存に適した場所を命がけで求めて、行動するのです。

 

人間だって、よりよい社会やよりよい政治を本気で必要と思うなら、大胆に行動を起こすことをいとわない方が良いのではないでしょうか。

 

闇雲に動くことはないが、よりよい社会やよりよい政治のために、もっともっと、思考もし、激論も交わす方が良いでしょう。

 

少しでもいいポジションを求めて生物は行動するはずです。

 

人間は、全体でよりよいポジションに進めるように協力協同した方が良いでしょう。

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三位一体を疑ってみた。

創世記では、神が複数であることが示されています。

 

創世記 1 26

神はまた言われた、「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り、これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう」。

 

イエスはこの“われわれ”が“父と子と聖霊”であることを明らかにしました。

 

マタイによる福音書 28 1820

イエスは彼らに近づいてきて言われた、「わたしは、天においても地においても、いっさいの権威を授けられた。 それゆえに、あなたがたは行って、すべての国民を弟子として、父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施し、あなたがたに命じておいたいっさいのことを守るように教えよ。見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいるのである」。

 

多くの教会は、この“父と子と聖霊”は三位一体であると主張しています。

この三位一体とは、“TRINITY”の訳語であり、三者のごとくに振る舞う一者と言うことなのです。

三位一体で言う“一体”とは、断じて、夫婦一体とかクラス一体のような言葉に出てくる比喩としての“一体”ではないのです。

“父と子と聖霊”による“UNITY”とは一言も言っていない点に、くれぐれも注意してください。

 

三位一体を主張する人たちは主の御使いが神的人格として描かれていると、いくつかの個所を証拠としてあげます。

例えば、創世記の16713節、18121節、19122節。

 

だがこれらの記述は、御使いが人と同じ肉体を持っておられることを示しているだけと見る事も出来ます。

また、聖霊が人格を持っていることも、論証としてあげます。

例えば、イザヤ書の4816節、6310節。

これも、聖霊が人格を持っているお方であると証する以上の意味があるとすれば、どういう働きをなさるかを示していることであっても、三位一体を明かしていることにはならないでしょう。

 

にも拘らず、三位一体を主張する人たちは、新約聖書において三位一体の教理はより明確に啓示されていると主張しているのです。

 

三位一体どころか、父と子と聖霊が明らかに独立した存在であることを示す決定的な記述があります。

 

イエスのバブテスマの光景の記述です。

イエスがバプテスマを受けてすぐ水から上がられると、天が開け、神の御霊がはとのように下って、天から「これはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である」と声がしたのです。

マタイによる福音書31617節、マルコによる福音書11011節、ルカによる福音書32122節、またヨハネによる福音書12933節も天からの声について記さない事を除けばあとは大筋で一致しています。

 

また、天からの「私の愛する子」の声は、イエスが高い山にペトロ、ヨハネ、ヤコブの三人の弟子たちを伴い、旧約の預言者であるモーセとエリヤと語り合いながら白く光り輝く姿を弟子たちに示した時にもありました。

マタイによる福音書1719節、マルコによる福音書928節、ルカによる福音書92836節。

 

天からの「私の愛する子」の声の主が、神としての天の父であることは言うまでもないでしょう。

 

イエスはこう言われました。

 

ヨハネによる福音書71617

そこでイエスは彼らに答えて言われた、「わたしの教はわたし自身の教ではなく、わたしをつかわされたかたの教である。 神のみこころを行おうと思う者であれば、だれでも、わたしの語っているこの教が神からのものか、それとも、わたし自身から出たものか、わかるであろう。

 

この「わたしをつかわされたかた」と言う言葉は、マタイによる福音書には繰り返し出てきます。

434節、524節と30節、63839節、716節と28節、816節と26節と29節、940節、1244~45節、1320節、1521節、165節。

 

イエスはゲッセマネの園で、祈られました。

 

「わが父よ、もしできることでしたらどうか、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの思いのままにではなく、みこころのままになさって下さい」。

マタイによる福音書2639節、言い回しは多少違ってもマルコによる福音書1436節、ルカによる福音書2242節もこの言葉に触れています。

ヨハネによる福音書だけは、イエスはペテロに言われた、「剣をさやに納めなさい。父がわたしに下さった杯は、飲むべきではないか」(1811)とゲッセマネの祈りの場面を割愛しているけれど、イエスが御父の御心に随う決意をされていることを記しています。

 

これ以外にもイエスは天の父の御心を伝えに来たことや実践をしに来たことを述べていたことが、新約聖書の至る所で記されています。

 

そう言うと、三位一体を主張する人達はヨハネによる福音書1030節の「わたしと父とは一つである」を引用するかもしれません。

 

けれど、イエスはゲッセマネの祈りでこう仰っておられるのです。

 

ヨハネによる福音書172223

わたしは、あなたからいただいた栄光を彼らにも与えました。それは、わたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためであります。 わたしが彼らにおり、あなたがわたしにいますのは、彼らが完全に一つとなるためであり、また、あなたがわたしをつかわし、わたしを愛されたように、彼らをお愛しになったことを、世が知るためであります。

 

ここでイエスの仰る「わたしたちが一つである」とは「わたしと父とは一つである」と同じことです。

そして「一つ」も同じことを指しています。

 

ここで言う「一つ」が思いを完全に一致させることを指していることは、誰が見ても明らかでしょう。

 

さらに言えば、「わたしは、あなたからいただいた栄光を彼らにも与えました」とイエスが述べておられることを見落として良いはずがありません。

 

「わたしと父とは一つである」、「わたしたちが一つである」と言う言葉がもしも三位一体を指しているとしたら、イエスはイエスご自身に対して「あなたからいただいた栄光」と言っていることになり完全におかしな事となるでしょう。

 

三位一体の言葉は聖書のどこにも書いてないばかりか、論拠とできる記述自体見つけることは絶望的なまでに不可能なことなのです。

 

聖書には“父と子と聖霊”の明確に独立した存在として役割分担をしつつも思いを一つにして救いの御業を遂行しておられる姿は繰り返し描かれているが、三位一体を証する明確な言葉は一つとして見いだすことはできないのです。

 

TRINITY”(三位一体)の論証として彼らの挙げる箇所はことごとく、“父と子と聖霊”の“UNITY”の証であってそれ以上でもそれ以下でもないのです。

 

“父と子と聖霊”は一つの神会を構成して心ひとつにして、救いの計画を実行しておられると見た方がすっきりします。

 

絶対三神唯一神会とか、三位三体三体一位と言った方が、ちょっと長ったらしくなるけど、何回聞いても難解な三位一体より、よほどわかりやすくと思いますが、いかがでしょうか。

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平気で嘘をつく人たち。

ぶれない、嘘つかない、などどいいながら平気で嘘をつく人たちがいます。

その人たちがどうかするとある程度の立場にあったりするから、騙されたと感じる人たちは当然怒ります。

だが、子供たちはどうでしょう。

彼等は自分を守りたいと言う気持ちから、平気で事実と違うことを言ったりします。

その時の子供たちには、自分は嘘をつくと言うやってはいけないことをしていると言う自覚はありません。

自分を守るために都合の良いように話を持って行こうとしてるだけで、それが結果として嘘になったのに過ぎないのです。

ありのままを言うかどうかは、その時彼らにとって自分を守るためにどう言えばいいかで、決まっているに過ぎないのです。

これは、動物たちの世界で良くある、親が子を守るために敵の前で弱ったふりをして注意をそらさせて離れた所へと誘導する偽傷行動と似ています。

とっさの自己防衛本能からくる、生き延びるための方便の嘘なのです。

これはその場しのぎに過ぎないけれど、とりあえず目の前の危機さえ乗り越えれば良いわけです。

動物たちの生き残り作戦としては十分に有効なこのその場しのぎの嘘も、人間の世界では勝手が違います。

やり過ごそうにも相手はその場限りの存在では、ないのです。

一度ついた嘘は、ばれないように付き続けなければならなくなるのです。

そして、事実と違うことがわかってしまった時、子供たちは親から長々と諭されるのです。

失った信頼回復の道の長さと険しさもまた、知るのです。

事実と違うことを言うのは大きな目長い目で見れば損になるという体験を通じて、多くの子供たちは嘘をついてはいけないと学んで成長していくのです。

多くの子供たちが事実と違うことをいうことは嘘と言ういけない事だと学んでいくのに対し、一部の子はその成長が十分でない場合も出てしまうのです。

これは一種の発育不全といえるでしょう。

その発育不全のまま大人になってしまった人たちの中から、平気で嘘をつく人たちが出てきてしまうことになります。

平気で嘘をつく人たちは知性や理性の発達が全体として年齢相応であるため、普段の生活には特に支障がでないので、見過ごされがちになるわけです。

嘘はある程度知性や理性が発達していないと、言えるものではないからです。

平気で嘘をつく人たちは天性の詐欺師ともいえるが、悪気があってやってるわけではないので、職業的な詐欺師には向きません。

とはいえ、悪意がない分かえって厄介でもあります。

こういう人をトップに据えてしまうと、どんな集団でも対外的な信頼を損ないかねません。

平気で嘘をつく人たちをきちんと見抜き、どんなに能力があろうと、付けてはいけない立場につかないよう、そして、つけないよう、気を付ける必要があります。

一度ついてしまうと、辞めるように仕向けるのは大変だし厄介だからです。

とはいえ、平気で嘘をつく人たちが大事な立場につくと、辞めさせないと時と場合によっては取り返しがつかなくなるので、わかったら速やかに辞任を求める行動に出ることが必要と言えるでしょう。

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選択の自由は、いつ使う。

選択の自由は、大きな事から、身近な事まで、使う場面は実はいっぱいあるはずです。

例えば人工甘味料の問題です。

 人工甘味料も、まずくて飲めないと言ったの好みの問題だけではないと。

人工甘味料で、皆さんも自分で調べて欲しいのです。

 確かに、問題は確認されていないから大丈夫と言う人もいるけど。

だが一方で、恐怖の人工甘味料、人体と生態系を破壊 発がん性物質生成、アレルギー発症の恐れなどの記事がビジネス情報として発信されたりもするようになってきたのです。

ほかにも、人工甘味料アスパルテームで"元気な精子"激減/日本薬学会のショッキング報告、アスパルテームは胎児の脳の発達などに影響を及ぼし、スクラロースは下痢による流産の可能性があり、ステビアは元々、南米では赴任と避妊用に使われてきた薬草から作ったもの、などの情報もあります。

 氷山の一角、おそらく外国の情報も含めれば、さらに危険性を指摘する記事は増えるだろうというわけね。

以前から、一流モデルは美と健康のために人工甘味料を避けている、と聞いて調べてみると、背筋が寒くなる話がいくつも出てくるのは驚いたのです。

諸説ある以上、そんなに大騒ぎするなと言う人も多いかもしれないです。

だが、アレルゲン表示は次第に増えてきたでしょう。

 命に係わるからですね。

だか、アレルギー反応の中には、命に係わるほどではないが、変な違和感があるなど軽度な人もいるでしょ。

そして、人工甘味料に対しても、まずくて食べられた物じゃないといった好みの問題と片づけられそうな程度から、吐き気がする、お腹が緩くなり下す、など本人にとっては深刻な場合まであるのです。

だから、自動販売機で買ったが人工甘味料が入ってるとわかれば腹下すから飲まずに捨てる、と言う自衛手段を取る人もいると言います。

吐き気がする、腹下すから飲まずに捨てると言う人がいる以上、ちゃんとわかるように表示して注意を促さないのは、食品メーカーの姿勢としてどんなもんかと思うのです。

 体に不調を売ったる人がいるんだから、人工甘味料が入っているかいないか、ちゃんと表示して欲しい。

人工甘味料、病気だからうれしいとか、この味好きとか、健康への害は確認されてないとか、言う人もいるのは事実です。

だが、まずくて飲めない、吐き気がする、腹壊す、と身体の不調を訴える人もいるのも事実なのです。

 人工甘味料の使用と不使用の表示は、どっちの人のためにもなるはずですね。

健康で文化的な最低限度の生活の保証は、日本国憲法第25条にはっきりうたわれているのです。

まずくて飲めない、吐き気がする、腹下すから飲まずに捨てると健康への害をおよぼされた人は、権利行使を妨害している疑いのある行為に対し、是正を求める権利があるのではないでしょうか。

まずくて飲めない、吐き気がする、腹下すから飲まずに捨てると言う人がいる以上、人工甘味料の使用不使用の表示をはっきりとしないことは彼等の選択の自由の行使を妨げる行為ではないでしょうか。

 健康への害を未然に防ぐ権利の行使の妨害にあたると、言うわけですね。

人工甘味料に対して、まずくて飲めないとか吐き気がするとか腹下すから飲まずに捨てると言う人がいる以上、健康への害への懸念を訴える報告もそれを一蹴して退ける声もあるから禁止は早計と手をこまねいていて良いわけがないと思いますよ。

 使用不使用の表示によって、選択の自由を保障すべきでは。

人工甘味料の使用不使用の表示をわかりやすくやらないことは、求める人の目に留まるチャンスを逃し、本来なら獲得できているはずの人に選ばれるチャンスを逃している、馬鹿げた選択と思うのです。

 人工甘味料使用がわかるとマイナスイメージと思うくらいなら、使うなって思う。

人工甘味料使用や不使用の表示は、病気で選ばざるを得ない人や、好んで選んでる人にとっても、まずくて飲めない、吐き気がする、腹壊す、と身体の不調を訴える人にとっても、利益になるはずでしょ。

 ターゲットを絞ったマーケティングで確実な顧客をつかむと言う点からも、有益な選択なはずですね。

業界も、いちいち国が動いてから手を打つのではマイナスイメージになるだけ損なはずと思いますけどね。

 人工甘味料の使用不使用の表示は、喜ぶ人はいても、余計なことするなと怒る人は居ないはず。

もし怒る人がいるとしたら、使用をうたうことがマイナスになるとわかってやってる人くらいだと思うのですけどね。

国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならないとも、日本国憲法第25条にはっきりうたわれているのです。

人工甘味料の使用不使用の表示の徹底を勧告するくらい、吐き気がするとか腹下すから飲まずに捨てると言う人もいる以上、人工甘味料を使用してるかしてないか表示しても良いのではないでしょうか。

これはほんの一例に過ぎないです。

みなさんも探してみて欲しいですね。

気が付くことは、いろいろあるはずです。

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道徳と涙?

男性は、女性はすぐ泣く、とか、女性はよく泣く、とか、言います。

女性は、なぜ、すぐ、そして、よく、泣くのでしょう。

女性は、男性に比べて堪えが効かないからです。

 それは、悪いことでしょうか。

女性は、泣きやすいが一方で立ち直りもまた、早いのです。

女性の心の傷は、すぐに泣くことによって、大きく深くなる前に、修復されていくのです。

女性は、生み育てる性であり、お腹の中にいる時から、新しい命を育みます。

女性は、新しい命を世に送り出し守り育てる役割を背負っている性なのです。

子供たちを見守って、危険から守り、病から立ち返らせ、健やかに育む、役割を命の誕生の瞬間から担います。

子供は一瞬たりとも目が離せません。

女性は、すぐに立ち直り、子供と向き合わなければならないのです。

男性は、そんな女性たちを守らなければならない立場にあります。

守るためには極限まで体を張る必要だって、あることでしょう。

男性は、簡単には泣けません。

注意を途切れさすわけには、いかないからです。

危険が去れば、男性は、身も心もボロボロになる事でしょう。

男性は、安心と安全をとりもどして、ようやっと泣けるのです。

女性は、傷ついた男性が泣いたなら、その傷ついた心をそっと包み込む優しさで接してあげてください。

男性は、女性が泣く時、心いくまで涙を流させて、求められたら、支えてあげてください。

 聖書には、信者たちは神の花嫁として描かれます。

神は、全ての人を見守って、危険から守り、病から立ち返らせ、健やかに育む母のようでもあるが、毅然として支え守る父のようでもあります。

毅然として支え守る父としての神は、疲れる事を知らず、恐れることを知らないという意味では最高最良の父であり、花婿なのです。

 神の前では、全ての人は花嫁の立ち位置なのです。

女性と男性、男性と女性は、互いに支え合い、互いに補い合う、関係にあります。

お互い支え合い補い合って、やっと、神に少し近づけると言うことでしょう。

全ての道徳の基礎は、こういうところにあるのではないでしょうか。

いかがでしょう。

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宇宙も生命も自己組織化とプラズマで説明できそう?

今科学や技術の分野で新たなキーワードになりつつあるのが、自己組織化です。

自己組織化(self-organization、self-assembly)とは、自律的に秩序を持つ構造を作り出す現象のことで、自発的秩序形成とも言います。

自己組織化の過程の中では、何らかの形で全体の秩序付けや調整がなされています。

この全体の秩序付けや調整は、システムの中に最初から備わっていたさまざまな成分や部分や要素の間の部分的なやり取りの中から生まれてきたものなのです。

自己組織化の過程は自発的に生じてくるのであって、監督や調整役を務めるエージェントの役を務めるなんらかの仕組みや存在をシステムの内にも外にも必要とはしません。

きっかけとなるのはある程度の大きさのランダムな変化や変動であり、正のフィードバックによる増幅の結果生じてきたものなのです。

秩序付けや調整の結果として生まれた組織は、システムを構成しているすべての成分や部分や要素に分散されて散っていくことになります。

小さなあるいは部分的な損傷なら自己修復が可能となるけれど、大きな致命的な損傷や欠損は多くの場合修復は不可能であるか極めて困難です。

切り口に生じた一つの細胞から全体を再生する能力は植物では確認されているが、どんな小さな切片からでも全身の再生が出来るプラナリアがいる動物では全身を再生可能な細胞が切断などの簡単な刺激で生じる例は今の時点では確認されていません。
現時点で確認されている全身再生可能な動物の細胞は、初期の胚から取られるES細胞や初期化処置の必要なiPS細胞だけです。

自己組織化は、さまざまな物理、化学、バイオ、ロボット、社会、認知システムで生じるプロセスです。

一般的な結晶化、動物、および複雑なパターンを認識するニューラル ネットワークの学習方法のグループで群がって、液体下から加熱、化学発振器に対流パターンの出現などがあります。

自己組織化は、結晶例えば幾何学的な形状に成長する雪の結晶や孔雀の羽に浮かび上がる模様を形作るフォトニック結晶構造、さらには、シマウマのゼブラ模様、心臓の鼓動、過熱による液体の滞留パターン、高い規則性や秩序性を示す化学振動反応など、様々な自然現象の中にも見出すことができます。

生物の細胞がDNAを設計図として機能を持った組織を作り出す現象も、極めて高度な自己組織化の結果と考えられています。

DNA(デオキシリボ核酸)は、核酸の一種で、地球上の多くの生物において遺伝情報の継承と発現を担う高分子生体物質です。

DNAは五炭糖のデオキシリボースとリン酸、塩基 から構成される核酸で、塩基はプリン塩基であるアデニン(A)とグアニン(G)、ピリミジン塩基であるシトシン(C)とチミン(T)の四種類あります。

ここで注目したいのは、細かな構造や機能ではなく、DNAのらせん構造です。

プラズマは、プラズマフィラメントというらせん構造を作ることが知られています。

プラズマは、テレビのディスプレィや空気清浄機の宣伝で聞いたことがある人も多いでしょう。

極地の空に見られるオーロラもプラズマです。

プラズマは何らかのエネルギーが外部から供給されてゆらぎが生じると、不安定な様相を見せます。

プラズマがゆらいで発生するフィラメント状の構造の代表的な例は、オーロラとして観察できるのです。

パルス発信機を用いてX線放射の実験を行うことで確認できるが、フィラメントや渦といった構造は、条件が整うとお互いが生み出した磁場によって、同じ方向に動いているほかの渦を引き寄せて、自己組織化しながら成長していくのです。

プラズマが自己組織化という極めて生命と似た振る舞いをし得ることからプラズマ生命体が生存する可能性を主張する科学者さえいます。

プラズマは螺旋状の渦を作ったり、一定条件下では渦糸が結晶構造を作ることもあります。

渦の成長はやがて止まって何らかの理由で自然消滅した後に、再び新たなフィラメントを生成ていくこともあります。

このような生成と消滅を伴うエネルギーのサイクルは、グレートウォールとボイドによって構成された、銀河の集団が作る気泡状の宇宙構造が生成されていくメカニズムの中にも認められるのです。

量子力学は光の研究から始まり、物質一般にまで拡張された理論です。

そして光は、量子研究の一分野である量子電磁気学で荷電粒子間に働く電磁相互作用を荷う重要な存在して認識されています。

プラズマと光は密接な関係があります。

宇宙は光の中から誕生しました。

これは、言い換えるなら、宇宙はプラズマの中から誕生したことになるでしょう。

宇宙の99.9%以上はプラズマが占めると言います。

プラズマ(plasma)は固体・液体・気体につづく物質の第四の状態の名称であって、通常は「電離した気体」をイメージに持ちます。

通常はと言うのは、実は固体プラズマと呼ばれる現象もあるからです。

正の荷電粒子と負の荷電粒子が,ほぼ同じ密度で共存する物質の状態を一般にプラズマといいます。

固体物質内のこのような荷電粒子の集りを,狭い意味でのプラズマ(電離気体)と区別して固体プラズマというのです。

例えば金属の場合、結晶格子を構成する正イオンに対し、自由に動き回る伝導電子があって全体としては電気的に中性になっています。

正イオンとは電子が少ない状態の原子を言い、負イオンとは電子が多い原子の状態を言います。

また半導体や半金属などでも伝導電子と正孔、さらに正負イオンが混在しプラズマ状態を作っています。

余談だが、プラズマは液体中でも発生することがわかっています。

プラズマには、ダストプラズマと呼ばれる状態もあります。

ダストプラズマdusty plasma)はイオンと電子のほかに、μm(マイクロメートル)程度の巨視的大きさをもつ多数のダスト(dust、ちり、すなわち固体微粒子)を含むプラズマのことで微粒子プラズマとも呼ばれます。

そこではダスト微粒子、つまりダストの粒子には沢山の電子が付着して大きな負の電荷をもった粒子になり、通常のプラズマには見られない多くの興味ある現象を引き起こす事が知られています。

ダストプラズマは、宇宙空間、半導体製造のプラズマプロセスで多く見出され、それぞれ宇宙探査、産業上の問題として研究が進められました。

ダストプラズマが自己組織化することによって、クーロン結晶などが生成されることが1994年に複数の研究チームによって確認されていると言います。

プラズマ構造を積極的に制御することにより、微粒子の糸状結晶なども容易に得ることができます。

ダストプラズマは電子とイオンとに関しては通常のプラズマと同じで弱結合系であるが、ダスト微粒子だけに着目するとその粒子系は容易に強結合系にもなるので、弱結合系(ガス状態)から強結合系の典型的現象である結晶化までを個々の粒子レベルで観察出来る興味深い物理系として研究が進んでいるのです。

宇宙にも巨大なフィラメント構造が見つかっています。

エネルギーは存在するだけでは、仕事をしません。

ポテンシャルエネルギーになる必要があります。

そして、ポテンシャルエネルギーが最も安定して減少するには渦がもっともエネルギー効率が良いのです。

もちろん、ポテンシャルエネルギーの減少過程が安定して現象するのに最も適しているのも渦構造です。

プラズマがフィラメント構造を採るのは、安定して存在するのに最も適する構造だからと言えるでしょう。

宇宙は巨大なゆらぎの中から生まれたと見られています。

そのゆらぎが最も安定して存在するためには、フィラメント構造が最も適しています。

宇宙の、巨大なボイド(泡)構造とこれまた巨大なフィラメント構造を考えるなら、真っ先に連想できるのは細胞とDNAの組み合わせです。

最新の科学は、宇宙は階層性をもち、その階層性には相似性が存在することが明らかになりつつあります。

その良い例の一つが、電子が原子の中で土星の輪のように分布すると唱えた長岡のモデルです。

ラザフォードによって正しさが確認され、今日の電子の殻軌道モデルに引き継がれています。

原子、惑星などの天体、太陽系、銀河系と相似性が今日では明らかになっています。

原子中の電子は雲のような形で分布していることがわかってきたが、銀河もまた星雲と呼ばれる雲に似た描像が用いられるなど、ここでも階層性が見られます。

宇宙の階層性が持つ相似性を記述する理論が、フラクタルです。

フラクタル(fractale)は、フランスの数学者ブノワ・マンデルブロが導入した幾何学の概念で、図形の部分と全体が自己相似になっているものなどを言います。

フラクタルは、自然現象の全ての尺度において現れる繰り返しパターンを記述する数学の手法です。

多くの存在が相似性を示しつつ、多様性を示しているのは、ゆらぎやトポロジー(位相幾何学)的な展開をしているからでしょう。

トポロジーの名称はギリシャ語のトポスとロゴスの合成に由来するもので、直訳すれば「位置の研究・学問」です。

プラズマは自己組織化する能力を持ち、空気清浄機に見られるように周囲のダクトを引き付ける事も出来ます。

そして、ダクトプラズマもまた自己組織化する能力を持ちます。

ダクトプラズマは宇宙空間にも多く見られ、プラズマの示す生成と消滅を伴うエネルギーのサイクルは、プラズマの示すグレートウォールとボイドによって構成された、銀河の集団が作る気泡状の宇宙構造が生成されていくメカニズムの中にも認められるのです。

さまざまなスケールで現れるプラズマフィラメントが、宇宙の階層性を繋ぐキーワードと見てはおかしいでしょうか。

結晶の形と生命体の形、流体である水の作り出す様々な形と生命体の形、そこには面白いほどの相似性が見られます。

結晶構造と電子構造は密接な関係にあり、水も極性のある分子の集合体です。

ミクロからマクロに至るまで、イオン、そして、プラズマは大活躍していると言えるのではないでしょうか。

今、多くの科学者を悩ませ虜にしてるダークマターやダークエネルギーは、実はプラズマ宇宙論には登場しません。

宇宙の99.9%以上はプラズマなので、プラズマ宇宙論から見ればダークマターやダークエネルギーの正体はプラズマはプラズマとそのエネルギーとなるからです。

宇宙の誕生から、生命の誕生、そしてそれらの展開は自己組織化とプラズマを中心に議論をしていくと、あっけないほど短期間な物語となることでしょう。

詳しく展開すれば、もっと長い時間が必要でしょうが今回は大まかな話にとどめておきます。

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モンゴロイド

DNA分析の成果によれば、現生人類発祥の地はアフリカにあるとされます。

人種間の遺伝的距離を計ると、人類集団はアフリカ人であるネグロイドと西ユーラシア人であるコーカソイドのグループ、およびサフール人と呼ばれるオーストラロイドと旧来モンゴロイドとされた東南・東アジア人によって構成される東ユーラシア人と南北アメリカ大陸に住むインディアン、エスキモーのグループの2つのグループに大別することができるとされます。

 そのうちのネグロイドは、現生人類の祖の直系の子孫とされますね。

黄色人種、モンゴル人種とも言うモンゴロイドは、形態人類学上の「人種」概念の一つです。
人種とは、ヒト・人間を分類する用法の1つで、生物学的な種や亜種とは、異なる概念です。
現生するヒトは、遺伝的に極めて均質であり、種や亜種に値する差異も存在しません。

肌の色はヒトという種の集団の分化の過程で選択圧を受けやすく最も短期間に変化する形質の一つであり、肌の色の類似または相違でいわゆる「人種」を区別することはできません。
肌の色を発現させる遺伝子についても、肌の色と同様いわゆる「人種」を区別することはできません。

 人種は混血可能な点で、イエネコのネコ種に近いわけですね。
 ネコ種によって外見の差はあっても、子供が出来ない組み合わせはないですから。

モンゴロイドの身体的特徴としては、目の下に蒙古襞(もうこひだ)というシワがある、鼻が低く獅子鼻、髭が薄い、歯が黄色い、顔以外では、蒙古斑といって乳幼児のお尻が青い、などが挙げられています。
ただし近年、蒙古斑は程度の差こそあれ、コーカソイドやネグロイドにもあることがわかってきたといいます。
コーカソイドの場合は蒙古斑の色が薄いため、ネグロイドの場合は肌の地色が濃いため、確認が難しかったそうです。

黄色人種の名はヨーロッパ人と比較した際のモンゴロイドの肌の色に由来するが、実際のモンゴロイドの肌の色は、淡黄白色から褐色までかなりの幅があります。
ネグロイドやオーストラロイドのような極端に黒い肌はみられないですけど。

近年のDNA分析によれば、モンゴロイドはアフリカからアラビア半島・インド亜大陸を経由し、ヒマラヤ山脈・アラカン山脈以東に移住した人々が、周囲の自然環境により他の「人種」との交流を絶たれ、その結果独自の遺伝的変異及び環境適応を経た結果誕生した「人種」であるとされます。
モンゴロイドの原初の居住地は、ヒマラヤ山脈及びアラカン山脈よりも東及び北側とみられています。

 日本人は、世界でも稀な古代血統とされるY遺伝子D系統を多く持つ人種ですよね。

世界的にも、日本人の他にはチベット人や中近東の人だけがこのDNAをもっていると指摘されます。

 日本人はY染色体DNAのD系統を高頻度で持つ事で有名と言うことは、アラビア半島周辺から移動を始めた頃の遺伝子を未だに持ってる人がそれだけ大勢暮らしているのが日本なんですね。

日本人にも、家族性地中海熱という遺伝性疾患の発症例が確認されていますからね。
近年、報告例は増えているそうだけど、認識が深まってきたので分類される場合が多くなった可能性はあるかも知れません。

名前に地中海とあるのは、この病気は地中海沿岸域の人々や、中近東つまり、ユダヤ人特にスペイン・ポルトガル系のユダヤ人であるセファルディ・トルコ人・アルメニア人に現れるからです。
原因遺伝子がわかってからは、イタリア人・ギリシャ人・アメリカ人の中にもこの疾患が見つかるようになりました。

そうなるとチベットは気になるけど、手元にデータがないので、どちらとも言いかねます。

各地域に住む人々のミトコンドリアDNAやY染色体、或いはヒトの核遺伝子を比較することにより、ヒトの移住の時期・系統・経路が推定出来ます。

近隣結合法を用いた斎藤成也による核遺伝子DNAの分析、Ingman et al.、篠田謙一らによるミトコンドリアDNAの分析によるモンゴロイドの出現について示すとこうなると言います。

ただし、特に斎藤はモンゴロイドという名称に異議を唱えていますけど。
またヒトは同一種であるため、用いる遺伝子によって異なる結果がでることもあり、小さなクラスターについては特に顕著となります。

20万〜15万年前、アフリカ大陸において現生人類であるホモ・サピエンスが出現したと言うのが人類のアフリカ単独起源説です。
その後10万年前にはアフリカ大陸の対岸に位置する中東地域に進出し、現在のコーカソイドの前身となります。

中東地域に進出した人類は、その後7万〜5万年前にサフール大陸すなわち現在のオセアニア地域に進出、オーストラロイドの前身となります。

さらに、5万〜4万年前には西方では地中海伝いにヨーロッパへ進出する一方、東方ではヒマラヤ山脈を越え東南アジア・東アジア方面に進出します。

ヨーロッパに進出したグループは、その後も中東地域および北アフリカ地域との交流が保たれたため、これらの地域の人々の間では遺伝的な差異が生じず、現在でも同じコーカソイドである西ユーラシア人に分類されます。

しかし、東南アジア・東アジア方面に進出した人々は、天然の要害であるヒマラヤ山脈・アラカン山脈が障害となり、中東・インド亜大陸の人々との交流を絶たれ、独自の遺伝的変異・環境適応を成し遂げることとなります。

これが、後のモンゴロイドです。

モンゴロイドは、東アジア、中央アジア、東南アジア、東ロシア、北極圏、南北アメリカ大陸、太平洋諸島、南アジアの北東部のほか、アフリカ近辺のマダガスカル島にも分布します。
アメリンドすなわちネイティブ・アメリカンとアイノイドつまりアイヌのどちらか一方もしくは両方を、別人種としてモンゴロイドに含めない用法もあります。

ユーラシア大陸東部のモンゴロイドは、寒冷適応の程度の軽重によって大きく古モンゴロイド・新モンゴロイドに区分されたが、遺伝的に見ると他の集団間の差異に比べて大きな隔たりは存在しないです。

 古モンゴロイドは旧モンゴロイドということもありますね。

モンゴル地域・中国東北部・朝鮮半島には新モンゴロイドが比重として圧倒的に多いのに対し、大陸南部や島嶼部へ行く程古モンゴロイドの比重が高まっているとされました。

DNA分析の結果等から現在は否定されているが、次にあげるような説が展開された時期もありました。

ユーラシア大陸東部に居住したモンゴロイドは、既に絶滅したとされる北京原人やジャワ原人の子孫であるという説。
ユーラシア大陸西部では、現代人の直系の祖先であるクロマニヨン人と既に絶滅したネアンデルタール人とが共存した時代を有することから、現代の欧州人はネアンデルタール人の血を引いているとの説があり、それと同様にモンゴロイドも北京原人やジャワ原人と現生人類との混血であるとする説。

現在の人類学では形質研究よりも遺伝子研究が重視されています。

遺伝子的には南方系モンゴロイドと北方系モンゴロイドと区分する場合もあります。

遺伝的な近縁関係から人類集団を分類する近年の学説では、先述の通り、アジアに居住を続けてのちに一部が太平洋諸島・マダガスカル島に移住した東ユーラシア人と、南北アメリカ大陸で分化した南北アメリカ人に、旧来の狭義の「モンゴロイド」が二分されるとします。

 アメリカ先住民であるネイティブ・アメリカンとアイヌや琉球人を古モンゴロイド、アイヌや琉球人以外のアジアのモンゴロイドを新モンゴロイドに、分けるやり方。

 アジアに居住を続けてのちに一部が太平洋諸島・マダガスカル島に移住した東ユーラシア人と、南北アメリカ大陸で分化した南北アメリカ人に、分けるやり方。

 だから、アメリンドすなわちネイティブ・アメリカンとアイノイドつまりアイヌのどちらか一方もしくは両方を、別人種としてモンゴロイドに含めない用法もあるとなる。

 その場合、新モンゴロイド、東ユーラシア人、に分類される人たちが狭い意味でのモンゴロイドということになる。

古モンゴロイドや新モンゴロイドとは、寒冷地適応を経ているか否かの違いを表したハーバード大学人類学教授William White Howellsによるモンゴロイドの分類で、日本では埴原和郎や尾本恵市らが用いているようです。

中東地域・インド亜大陸方面から東南アジア方面に進出したと考えられるモンゴロイドを、形態人類学では古モンゴロイドと区分しました。

 古モンゴロイドは、アジアではモンゴルの中央と東部地域、および中国北部、華南、東南アジアなどの地域に比較的多く見られるようですね。

日本列島に到達した縄文人は古モンゴロイドとされます。

古モンゴロイドは、熱帯雨林に適応した結果、低めの身長、薄めの肌の色、発達した頬骨、鼻梁が高く、両眼視できる視野が広い等の特徴を持つと考えられています。
他の、彫の深い顔、二重瞼、体毛が多いこと、湿った耳垢、波状の頭髪、厚い唇、多毛等の特徴は新モンゴロイド以外の多くの「人種」と共通します。

なお、現在、北米最古の人骨であるケネウィック人は古モンゴロイドと最も類似し、古モンゴロイドの一部は北米にも進出したと考えられています。

 そういえば、かつてテレビでケネウィック人のほか、メキシコからも日本人によく似た古代人骨が出ていると紹介してましたね。

 メキシコの場合もおそらく、アイヌや琉球人に似てる古代人なのでしょうけど。

ケネウィック人と一緒に、フランスやスペインの様式の鏃も出てますよ。

 フランスと言えば、クロマニヨン人はフランスで見つかった石器時代人で、ケネウィック人との関係を考えたことがありましたね。

それを言ったら、日本に来たケネウィック人の親戚はクロマニヨン人の親戚にもなるでしょ。

 東北弁はフランス語に響きが似てるので、東北弁をフランス語と勘違いするCMもありましたよね。

家族性地中海熱や家族性アイルランド熱、高IgD症候群、クローン病など日本とヨーロッパの意外な繋がりの深さを示す遺伝性疾患が日本でも確認されることを思い起こすと、ケネウィック人は興味深い存在です。

このうち、クローン病はアジアでも、ロシアなどヨーロッパ系の国だけじゃなく日本や韓国や中国、それと台湾にも発症例はまだ少ないが報告はあるようです。

中国・韓国・台湾はもちろん、実はロシアも日本人の成立史にかかわる地域であることがわかってることを考えれば、注目したい遺伝性疾患です。

 ロシアと言えば、秋田美人によく似た美人が見つかる国ですね。

ここで注目したいのは古代アメリカと日本の関係が、ミトコンドリアのDNAの比較から確認できたことです。
ミトコンドリアDNAのタイプのことを、ハプログループといいます。

人のミトコンドリアDNAのタイプであるハプログループには、80パターンがあります。
日本の主なミトコンドリアのDNAは、そのうちの16タイプ。
日本人のルーツ探しに大きくかかわるのは、この16のハプログループだそうです。

 主なということは、少数派も含めれば、もっとあるのでしょう。

16のDNAパターンは、以下の通り。

A、B4、B5、C、D4、D5、F、G、M7a、M7b、M7c、M8a、M10、N9a、N9b、Z

現在のところ科学的な総意としては、アメリカ先住民の大部分は、Y染色体ハプログループCとQ14の分派と、ミトコンドリアDNAハプログループA、B、C、D、とXに属しているというもので、これらすべては東アジアに優勢のものです。

今までまとめられた証拠によれば、アメリカ先住民すなわちネイティブ・アメリカンの大半はアジア系のDNAを持っていることを示唆しています。

これまで、現代のアメリカ先住民に確認されたDNAの大半は東アジアの集団とほぼ類似していると言います。

2013年の研究では、アメリカ先住民のDNAの3分の1が、ヨーロッパまたは西アジアから発祥し、おそらくアメリカ大陸に初期に移住する前に遺伝子プールにもたらされた可能性が高いとしています。

日本と古代アメリカでつながるのは、ハプログループのなかのAグループとDグループ。
古代アメリカでは、先にAグループが多かったのが、次第にDグループが増えたというのです。

近年の遺伝子研究では、アイヌと類似が指摘される沖縄の人々にDグループが多いと報告されています。

また、北海道縄文人集団にはN9b、D10、G1b、M7aの4種類のハプログループが観察されていると言うから、アイヌはDグループとみた方が自然なのかもしれません。

そうなると、ケネウィック人はどのグループだったのでしょうね。

骨だけでは、調べるのは、骨が折れますねえ。

けれど、最新の研究からすれば、ケネウィック人の傍らにフランスとスペインの様式の鏃があってもおかしくない展開にはなってきていますね。

面白いことに、中近東DNAマーカーが現代のアメリカ先住民のDNAに存在します。

科学者たちが遺伝子マーカーの形状を年代測定するために使う「分子時計」が、移住の時期が数百年前か数千年前かをいつも正確に位置づけることができないという事実のため、時期の特定には使えないとされます。

とはいえ、興味深い遺跡はあります。

カホキアは、イリノイ州、セントルイス郊外にあるアメリカ先住民が築いた大遺跡です。

ミシシッピ文化期(A.D.700年~1600年頃)に、栄えたと推定されています。

北アメリカ初期の歴史を理解する面での重要性を評価して、1982年に「カホキア・マウンド州立史跡」として世界遺産に登録されました。

カホキア遺跡が指し示す古代アメリカの社会は、古代エジプトやメソポタミアどころか、聖書の世界を彷彿とさせる内容であることを示す展開になっています。

さらに面白いのは、縄文の末裔と見られるアイヌや琉球人の生活文物や文化と古代イスラエルや聖書との類似が指摘されるのです。

 縄文人は、古モンゴロイドであり、ケネウィック人の親戚であり、ケネウィック人の故郷はヨーロッパ、さらには西アジアに遡れるかも知れないから、確かに興味惹かれますね。

そのカホキア遺跡は、洪水で滅んだことが明らかになってきたが、モルモン書は洪水などによって滅んでいく町のありさまを生々しく語り伝えているのです。

場所は詳しく記されてはいないが、カホキア滅亡の物語の舞台としては矛盾しません。

 モルモン書は古代アメリカにイスラエルの民の一部が来たと、記していますね。

もちろん、モルモン書出版当時にはカホキア遺跡のことは知られていません。

 アメリカ先住民の中近東DNAマーカーがコロンブス以前にもたらされていれば、矛盾のない展開ですね。

たとえコロンブス以前としても、またしても年代の問題は立ちふさがっていますがね。

 精神文化の問題はクリヤーできても、彼らの主張する年代と合うかどうか、問題はそこですね。

一方、かつての形態人類学で新モンゴロイドとされた人々は、北に向かった古モンゴロイドの子孫、及び中東にそのまま留まった集団の子孫がそれぞれ北上し、東ユーラシアの寒冷地域で独自の適応を遂げた集団です。

新モンゴロイドは、寒冷地域に適合した体質として、比較的体格が大きく、凹凸の少ない顔立ち、一重瞼、蒙古襞と呼ばれる目頭の襞、体毛が少なく特に男性のひげの少なさなどの特徴を持っています
さらに、耳垢が湿ったあめ状ではなく乾燥した粉状となり、耳垢の特徴と同じ遺伝子によるわきがの原因となるアポクリン汗腺が少なく、頭髪が直毛であること、といった特徴があります。
一重瞼や蒙古襞は目を凍傷から守るため、乾いた耳垢も耳の凍結を守るため、体毛の少なさも身体に付着した水滴が凍結しないための適応に由来するとみられます。
また、ベルクマンの法則から、大柄でガッチリした体型や凹凸の少ない顔などもなるべく体熱を逃さないための適応だと考えられています。

新モンゴロイドは、おもに現在のカナダ・グリーンランド・アラスカ・モンゴル・カザフスタン・キルギス・シベリア・中国(まれに華南で)・朝鮮半島に多く居住するとされます。

紀元前3世紀の日本列島に到達した新モンゴロイドが渡来系弥生人で、日本列島全体においては、渡来系弥生人と縄文系弥生人の遺伝子が混ざりその後の日本人が形成されたとする説があります。
遺伝子分析の結果、縄文人の遺伝子は日本人の中でもアイヌに強く受け継がれており、本土日本人にはアイヌと比べてその影響が少ないものの、日本列島人であるアイヌ人、琉球人、本土人は皆縄文人の血を受け継いでいるため、現在の東アジア大陸部の主要な集団とは異なる遺伝的構成であるという結果が出ています。

遺伝学的には、古モンゴロイドと新モンゴロイドとの差異は小さいとされます。

シベリアは一般に新モンゴロイド系の特徴が強い人々が多いが、東部に限っては古モンゴロイド的な形質が色濃い人がみられると言います。
南北アメリカへはアジアから渡ったのは確かだが、従来のベーリング海峡ルート説は日本とアメリカで見つかる寒さに弱い寄生虫が確認されたことで疑問視されるようになってきました。

日本においては、縄文時代の住民は主に古モンゴロイド系であったと言われます。

 しかも近年、アメリカのバルデビアからは縄文土器そっくりな土器が見つかり環太平洋的な広がりが指摘されるようになりましたね。

バルデビア土器については、エジプトの影響を指摘する声もありますよ。

足指は、三つのタイプに分類されるといいます。

エジプト型と、ギリシャタイプと、スクエアタイプの三つです。

最近の研究では、外反母趾になりやすい足の傾向は、エジプトタイプだとされるようになってきました。

日本人の6割から7割が、このエジプト型タイプと言われています。

エジプト型は、親指が一番長く、小指にむけて短くなる形です。
親指が長い他に、足幅が広めな形です。
親指が側面から圧迫されやすいため、外反母趾になりやすいタイプの足の形です。

 つまり、バルデビア土器は縄文にもエジプトにも似てるけど、日本人の足はエジプトタイプが多いから日本人が作ったとも見て差し支えない。

太陽神を中心にした三神構造で動物を含む八百万の神と言う点でも、エジプトと日本は似てるし、二本柱が前に立ち拝殿と本殿に分かれた構造などエジプト古代神殿も日本の神社と造りが似てますよ。

ちなみに、足指のギリシャ型は、親指より第2指が長い足の形です。

日本では、エジプト型に次いで多いです。

足先の細い靴を履いても、爪先に負担をかけることが少なく、外反母趾になりにくいタイプの足の形です。
ただし、指が曲がりやすく、ハンマートゥになりやすい足でもあります。
ハンマートゥとは足の指が曲がったまま、戻らなくなっている状態です。

スクエア型は、5本の指の長さに差がない足の形です。

日本人では珍しい足です。

幅の狭い靴を履くことで、指にタコやウオノメができやすいタイプの足の形です。

古モンゴロイドの後に中国および北東アジアから渡来した新モンゴロイドと混血をした結果、現在の日本人の新モンゴロイドと古モンゴロイドの特徴が混在する形質が形成されたと考えられました。
遺伝子解析の結果、琉球人、本土人、アイヌ人からなる日本列島人は皆縄文人の血を受け継いでいるため、現在の東アジア大陸部の主要な集団とは異なる遺伝的構成であるという結果が出ています。

近年の人類集団を分類する学説では、各人種の原初の居住地を分類名称とすることが多くなっています。
その場合、東アジア並びに東南アジアに居住するモンゴロイドを東ユーラシア人とし、アメリカ大陸で分化したモンゴロイドを南北アメリカ人とします。

東ユーラシア人と言う場合アイヌも含むと見られるので、アメロイドとアイノイドを別人種とする用法と旧モンゴロイドと新モンゴロイドの区別とは、混同しない方が良いかも知れないです。

またオーストラロイドとされたサフール人を含めた旧来の広義のモンゴロイドを全て網羅する定義としては、「環太平洋人」とする説があります。
アジアに住む人々はアジア系民族と呼ぶのが一般的であるが、アジア人にはコーカソイドに属するインド・アーリア人やオーストラロイドに属する南インドのドラヴィダ人も含みます。

 ドラヴィダ語族と日本語との関係を主張する説もあり、とりわけ大野晋による、ドラヴィダ語族のひとつのタミル語との対応関係研究があるが、批判もおおく、まだ学説としては確定していないようですね。

インド人から同胞に間違えられて困った日本人もいますよね。

なお、パプアニューギニアやオーストラリアの先住民は、オーストラロイドという別人種に分類されます。
かつて、オーストラロイドをモンゴロイドの祖先とする考え方があったが、DNA分析により現在では否定されています。
ただし先述の通りモンゴロイドとされた東・東南アジア及び南北アメリカ大陸等の集団には遺伝的に近いです。

モンゴロイドは成立後、1万4000〜1万2000年前にのちのベーリング海峡となるベーリング地峡を渡りアメリカ大陸に進出したとされてきました。

また3000〜2000年前には太平洋の島々にも移住したです。

 南北アメリカ大陸では、「モンゴロイド」の定着以前に人類は全く存在していなかったのでしょうか。

現在までのところ、アメリカ大陸最古の人物として確認されているのも、古モンゴロイドの特徴を持ってますからね。

ケネウィック人は発見当初、イギリス人かと色めきだったけど、結局古モンゴロイドと言うところで落ち着いているようです。

ただし、先住民族の祖先と断定すると彼等から我々の仕来りに沿って埋葬すると言われるので、日本人の骨と言ってアメリカ先住民のものと断定するのを避けているようですが。

 そう言えば、幕末のころアイヌを見た欧州人から、なんで日本に欧州人がいるのかと驚かれたそうですね。

調べた結果、やはりモンゴロイドだと決着がつきましたけどね。

モンゴロイドの一部は、フィリピン群島を経て東南アジアから太平洋に漕ぎ出し、イースター島やニュージーランドにまで到達して今日のポリネシア人、ミクロネシア人となったとみられています。

さらに一部のモンゴロイドは、古代に稲作文化を携えてアフリカのマダガスカル東部地域にも居住地域を拡大したとされます。

途中のインド洋島嶼部の多くは無人島で、且つアフリカ東部や中近東の陸地伝いには彼らによる移動の痕跡がみられないため、反対方向に向かったラピタ人やポリネシア人と同じく、相当高度な航海技術によって海上ルートを進んだと思われます。

ユーラシア大陸のモンゴロイドは、当初はヒマラヤ山脈以東の太平洋沿岸及びその周辺を居住地域としてました。

特に、モンゴル高原を中心とする中央アジアの乾燥帯に居住した遊牧民達は生まれながらの騎兵であり、古代から中世の世界においては強大な軍事力を誇ったのです。

彼らはこの軍事力を武器に、古代はコーカソイドの居住地域であった中央アジア西域に進出します。

その後、一時的にヨーロッパ北東部及び中東・南アジアのインド亜大陸にも進出したのです。

特にモンゴル帝国はユーラシア大陸の東西に及ぶ巨大な勢力圏を築くに至ったのです。

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人の心の弱さと神の気前良さ。

人の心の弱さについて、こんな会話かわしました。

バンホーテンのココア、好きなんだけど、自販機の缶入り、人工甘味料の表示見ちゃってから自販機やコンビニやスーパーで見かけても買わないですね。

ココアだけ買って自分でいれてます。

 人口甘味料がよくないのはもちろんですが、普通の白砂糖もあまりよくないですよ。

 一番いいのは、ちょっと高いですが、天然のキビから作った無着色の砂糖。普通の白砂糖と比べると甘さはちょっと足りない気もしますが、安全、安心して食べられるかと思います。

きび砂糖ですね。

ありがとうございます。

蜂蜜使ってるのはカロリー控えたいからでもあるからです。

同じカロリーだと太っちゃいますので。

 キビ砂糖は普通にスーパーでも売ってるかと思いますが、もしなければ健康食品なんかを扱ってる店とかで買えるかと思います。

 そう言えば直接食べたりはしませんが、歯磨き粉に入ってるサッカリンもよくないよね。

それに、蜂蜜、美味しいから好きなんです。

 分かります。

 トーストにつけて食べてもおいしいですからね。

最近、ちょっと体によさそうで美味しそうなものは、人工甘味料入ってるのが多くてがっかりですよ。

人工甘味料に諸説あるのは知っているけど、健康に良さそうなイメージで売りたいなら、健康に害が懸念されるという説のあるものは避けて欲しいです。

 確かにおっしゃる通りです。

 ダイエットブームで飲み物でもカロリー0を謳ってる商品が増えてきてますが、痩せる前に不健康な体になってしまっては元も子もないないですからね。

人工甘味料は健康的な美しさで仕事してるモデルは避けるっていうでしょ。

それ知ってる人には人工甘味料入れるのは、買うなと言ってるようなものですよね。

 まさにその通り。

 イメージだけで消費者をバカにしてるようなのが中にはありますからね。

 消費者自身も賢くならないとねえ。

人工甘味料や人工着色料で不健康にして、さらに「健康」イメージの美味しそうなものや薬やサプリメントを売り込みたいのかと、勘繰りたくなるのです。

実際、その方が儲かるわけだし。

 まあ人間、きれいなものに目が行きますからね。

 着色料でも食品に使われてるから、見た目がきれいで買いたくなりますが、食品添加物としての着色料そのものを見ると、ちょっと引きますしね。

 まあこんなこと言い出すとキリがないですが。

気にする消費者が多数派にならない事には、いつまでたっても店頭から消えないですけどね。

でも、言い続けないと、いつまでも続きますから。

あきらめちゃ、そこで終わりですから。

 確かにそうですね。

 昔出版されてた『買ってはいけない』という本にも同じようなこと書いてました。

 この本を読むといかに今、不必要なものが多いことか、分かりますね。

不必要なだけならまだしも、害の疑いがあるものは、いくら売れるからって、売らないで欲しいですが。

競争に勝ちたい、訴求力を強めたい、そういう欲求につい人は負ける。

とくに、売り上げを伸ばして株価を上げたいと思えば、なおですね。

人の心は弱いですから。

人の心は、すぐに見た目によって惑わされてしまう、弱さがあるという話でこの会話は終わりました。

人工甘味料や人工着色料は、人の心を惑わします。

でも、健康についての害について、懸念がある以上使わない方が好ましいのに使ってしまうのは、この世の成功だけを追いかけるからでしょうね。

長い目、広い目で見て、何が良い選択なのか、いつも考えたいものです。

とはいえ、どの情報や意見を信ずれば良いのか、迷うことは多いです。

だから、聖書のこの言葉に人は惹かれるのでしょうね。

ヤコブへの手紙1章5節

あなたがたのうち、知恵に不足している者があれば、その人は、とがめもせずに惜しみなくすべての人に与える神に、願い求めるがよい。そうすれば、与えられるであろう。

神って、本当に気前が良いですね。

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居場所のない人にどう寄り添う?

居場所がないと言う場合、心に正直に言うと聞いてくれる人がいなくなると感じていることが多いのではないでしょうか。

聞いてやってるなんて言ってるようじゃダメなんじゃないでしょうか。

怒りだしても暴れ出しても泣き出しても、気が済むまで待ってくれる人がいるところに、苦しんでる人は居場所を感じるのではないでしょうか。

忍耐こそ最高で最大の愛ではないのでしょうか。

善意で近づく人の大半は、自分の価値観の押し売りが多いのではないでしょうか。

逆に悪意で近づく人は、自分の手中に落として意のままに操りたいから、洗いざらい訊きだして手なずける道具に使うのではないでしょうか。

居場所がないと言う人の多くが道を誤るのは、善意の人のミスが引き金になる場合が多いのではないでしょうか。

違うでしょうか。

居場所がないと言う人に対して善意の人が自分の価値観を押し付けたがるのは、焦るからではないですか。

上手に聞きだし、一緒に出口を根気よく探せる人じゃないと、彼らの居場所は作れないのではないですか。

押し付ける人は、思い通りにならないと大抵パニックになり苛立って喚き散らし分からず屋と叫ぶのではないですか。

分からず屋はあなただと、言われるのではないでしょうか。

言いながら、自分でも多少耳が痛いです。

でも、自戒の気持ちを込めて言ってるから、耳にいたくても当たり前です。

イエスのようになるとは、一にも二にも、心から愛して忍耐することだそうです。

安易な道に走るのは神を見失うことかも知れないですね。

いくら気を付けても、気を付け過ぎることはないようです。

居場所がないと言う人に本当に寄り添うには、一緒に悩み苦しめる人じゃないと無理だけど、聞き手は無理に相手に合わせない方が良いかも知れませんね。

そうじゃないと、かえってあなたは偽善者と思われて、逆に信頼をなくすかも知れませんね。

大切なのは、心からあなたを理解したいと思っている気持ちが伝わるかどうかかも知れませんね。

ゲーテは「涙とともにパンを食べた者でなければ、人生の本当の味はわからない」と言ったらしいです。

イエスはまさに、これを徹底して実践しようとしたそうです。

全ての人の罪も苦しみも受け入れて、十字架に架かるわけだからかも…。

あなたの十字架を背負ってきなさいとイエスは言ってます。

ゲーテもイエスも言うこと似てます…。

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やはり宇宙は生きている?!その4

カラパイア2014年8月17日にこの記事があります。

この記事で思ったのは、宇宙にはDNAを連想できる二重螺旋(らせん) のフィラメント構造があること、ボイド構造があることです。

宇宙の全バリオン物質の99.9%を占める電気伝導性の気体プラズマの存在と、プラズマの生命にも似た振る舞いが指摘されるので、宇宙にはプラズマ生命体が居てもおかしくないという科学者までいます。
さらには、世界の階層性は入れ子のようなフラクタル構造であることが、原子と天体の相似形からもうかがえるのです。
その階層性にまた新たなリストが加わったことになりませんか。

脳細胞と宇宙は激似していた!驚くほど似ているマクロとミクロの比較画像

2014年08月17日
no title

 一方はわずか数ミクロンの範囲の画像。そして他方は数10億光年にも及ぶ範囲を写したものだ。前者はネズミの脳内にある神経細胞であり、後者は宇宙のシミュレーション画像である。両者は全く別の自然現象であるにもかかわらず、驚くほどよく似ている。
 左側の脳内神経細胞の写真は米マサチューセッツ州ブランダイス大学の博士過程で、脳内において特定の神経細胞同士が接続するメカニズムを研究するマーク・ミラー氏によるもの。薄くスライスしたネズミの脳を染色し、神経細胞同士の接続を可視化してある。この画像では、左側にある3つの神経細胞(赤いものが2つと黄色いものが1つ)同士が接続する様子を確認できる。

 右側の宇宙の写真は、昨年、宇宙物理学者の国際チームがコンピューターシミュレーションによって、宇宙が成長し、進化する様子を再現したもの。シミュレーションによる本画像は、数千もの星々や銀河、暗黒物質がクモの巣状に大銀河団(明るい黄色のもの)を取り囲んでいる現在の宇宙の姿である。

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※画像クリックで拡大表示

via:nytimes・原文翻訳:hiroching

 宇宙と脳内がシンクロしているところを目の当たりにしたかのような見事な写真である。人間って小宇宙(コスモ)なんだね。うっかり聖闘士星矢を思い出してしまったのは私だけではないはずだ。

 ちなみに、宇宙と脳だけではない。インターネットのネットワークもとても良く似ているそうだ。

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