日記・コラム・つぶやき

極限の時空はどんな半径を持つか。

光も素粒子も重力も、波であるとわかっています。

そして、時空こそ光や素粒子や重力の波を伝える存在であるとも、多くの研究者は気が付いています。

時空は、これ以上の分割が出来ない最小単位を持っているはずなのです。

その大きさを求める様々な式は提出されたとしても、それらは人々を混乱に導くだけでした。

どれが正しいのか、それとも、全て間違っているのか、判定する決め手がないからです。

そこで、提案します。

アインシュタインの時空や重力の式に宇宙定数を戻しても、ブラックホールは出来ます。

但し、特異点が出来ない代わりに、これ以上潰せない極限の半径に囲まれた時空の存在が導き出せるのではないでしょうか。

誰か、計算してみてください。

その究極な時空粒子を銀河鉄道999で鉄郎をナビゲートした謎の女性に因んで、メーテル粒子とでも呼んでおきましょうか。

挑戦してみてください。

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声を大にして言いたい!塩とミネラルをもっと見直した方が良い!

2020年から世界は、SARS-CoV-2(新型コロナウイルス)に感染して発症するCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)の対策で大変な事態になっています。

無症状感染者からの感染も指摘され、PCR検査の拡充も課題となりました。

薬やワクチンの開発も、求められました。

人間の世界では薬やワクチンなどがあるのですが、野生動物の世界にはもちろんありません。

でも、野生動物だって治癒力や免疫力を維持したり高めたりしないわけにはいきません。

薬草になる植物は、どこにでもあるものではありません。

それにネコ科の肉食動物は、腸を整えるために草を食べることもあるけど基本的には肉が主食です。

ネコも人と暮らしていると、パンやご飯やパスタやトウモロコシや海苔なども食べるようにはなりますけどね。

自然環境では、肉食動物は植物由来の栄養の大半を草食動物経由で摂るのが普通です。

薬草はどこにでもあるわけではないとなると、動物は草食だろうが肉食だろうが食事で薬になる成分を口にするのは至難の業です。

では、どうすればいいのでしょうか。

動物が共通して口にしているのは、空気と水と塩とミネラルなのです。

塩とミネラルは、それが豊富にある土から摂ります。

昔から家畜と共に生きる人たちは、塩の摂取が少ない家畜の腸と皮は破れやすくて使い物にならないと知っていました。

塩とミネラルの効果はてきめんで、荒れている皮や腸も少量摂るだけで短時間で整うのです。

おそらく塩とミネラルで細胞のレベルから、調子が整うのでしょう。

治癒能力を速やかに体から引き出すだけではなく、免疫力も高めるのかもしれません。

免疫力を担っているのも、細胞だからです。

塩とミネラルで気になる情報が、2018年2月10日放送の「世界ふしぎ発見!」でありました。

『チョコレート 世界をHAPPYにするあま~い魔法』がタイトルの回で、主役はチョコレートです。

私が驚いたのは、長寿で生活習慣病知らずのパナマのクナ族です。

クナ族の方たちは、ガン、高血圧、認知症の患者がほとんどなく、また脳卒中、心臓病、糖尿病などにかかる人も極めて低く、尚且つ長寿であることで注目されています。かつてそれは遺伝的なことだと考えられていましたが、近年それはカカオの影響ではないかと言われているのです。バックナンバー|TBSテレビ:日立 世界ふしぎ発見!

この番組では、カカオばかりに注目していました。

無理もありません。

何しろカカオは、腸内をきれいにし便通を改善して肥満防止や大腸がん予防に役立つ食物繊維、活性酸素を除去する抗酸化作用で知られるポリフェノールが豊富なばかりか、カカオのポリフェノールは特にコレステロールの酸化を防いで動脈硬化などの生活習慣病の予防に効果的な上に癌の予防効果やストレスへの抵抗力を高める効果まで注目されているのです。

さらにカカオには、大脳を刺激して集中力や記憶力そして思考力を高めて気力をUPさせるばかりか自律神経を調節する作用もあるテオブロミン、脳にとって最も効率の良い栄養であり脳の神経伝達物質アセチルコリン生成の手助けするブドウ糖、ビタミンEやナイアシンなどのビタミン類や、カルシウム、マグネシウム、亜鉛、リンなどのミネラルも含まれていて特にカルシウムとマグネシウムのバランスが良いのが注目なのです。

なので、この番組ではカカオ大絶賛です。

一方で塩と言えば、体に必要とされながらも取り過ぎに注意しましょうとされ、最近あまり良いイメージがありません。

この番組では、完璧にカカオの引き立て役扱いです。

でも、私は言いたいのです。

結構だらけに見えるチョコレートなのに、大好きな国にも病院はありますよね。

ところがこのパナマのクナ族と来たら、医者に行くのは健康診断の時だけなのです。

健康であることを確認するだけのために医者に行く人々って、すごくありませんか。

パナマのクナ族、摂っている塩の分量は半端じゃないのです。

それでもなお健康なのは、カカオにバランス良く含まれているミネラルのおかげでしょう。

毎日チョコレートドリンクを1リットルも飲めば、どっさりの塩と釣り合うだけのミネラルが摂取出来ているのではないでしょうか。

再度言いますよ。

野生動物には、病院はありません。

その野生動物の健康維持に貢献しているのは、塩とミネラル以外にありますか。

パナマのクナ族の健康に対するカカオの貢献は、確かに大きいでしょう。

でも、陰の主役は塩とミネラルなのではないでしょうか。

新型コロナウイルスで大変な今、パナマのクナ族は要注目な人達です。

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発酵食品をもっと見直した方が良いかも。

科学的根拠を確かめたわけじゃないから憶測でしかないけど、アジア諸国で全体的に新型コロナウイルス感染者が少ない理由として生活習慣の差は大きいと思えるのです

食は体を作るが、アジア諸国の食生活で目立つのはやはり発酵食品ではないでしょうか。

欧米では、地域差はあっても酒を除けばチーズやヨーグルト位のものでしょう。

アジア、特に南アジアは気候的に腐敗との戦いだったはずなのです

腐敗菌は好気性が多いが発酵菌は嫌気性が多いので、腐敗対策をどんなにしても発酵は避けにくかったでしょう。

アジアで発酵食品が多いのは気候風土のせいも大きいだろうが、それが新型コロナウイルス感染者が少ないのと関係あるのでしょうか。

アジア諸国の新型コロナウイルス感染者が少ないのと発酵食品の相関関係は偶然か必然か、どっちにしても感染者が少ないのは確かなので発酵食品を美味しくいただくようにしましょう。

効果があろうがなかろうが、おいしいからどちらでもいいですよね

健康と発酵食品で、思い出しました。

甘酒は江戸時代、夏バテ防止の栄養ドリンクだったらしいのです。

栄養価ももちろんだが、発酵食品のよさは消化吸収が良い事ですよね

江戸っ子は、甘酒をあったかくして飲んでいたと言います。

暑いからと冷やしすぎるのは体に良くないから、これも生活の知恵でしょうか。

美味しくて奥が深い発酵食品、もっと健康との繋がりが研究されると良いですね。

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正にメイドインジャパンな怪獣がゴジラだ。

背中から伝わるメッセージについて思っていると、何故か急にゴジラを考えたくなりました。

ゴジラの背中はそこはかとなく哀愁が漂う、声は恐ろしいはずなのに何故か切なさ悲しさ虚しさやるせなさを感じる、それでいて物凄く力強いのです。

キャラクターとしても、生き物感が満載で、かっこいいのに洗練されないで、むしろ泥臭くさえあるのです。

ゴジラは、国境を越えて愛されるキャラクターでもあります。

人は皆何かしら、乗り越えたい突き破って進みたい、でもなかなか難しいので苦労している課題を抱えているのではないでしょうか。

ゴジラは力強くさまざま障害を突き破って突破していくのに、その背中には哀愁が漂い、声は物悲しいのです。

ゴジラは、怖いはず、恐ろしいはず、なのにいつの間にかその進んでいく姿に共感している人達が多いのかもしれません。

ゴジラは親しまれるあまりに、子供がいる設定にさえもなります。

もしも、ゴジラがふんぞり返り勝ち誇った雄叫びをあげる見た目も洗練されたかっこいいキャラクターだったら、ここまで愛される存在にはなっていないでしょう。

強いのに怖いのに恐ろしいのに、妙に謙虚ささえ感じてしまうゴジラ。

実るほど頭が下がる稲穂かな、ゴジラほどこの諺がピンとくる怪獣もある意味珍しく貴重でさえあります。

ゴジラは日本でなければ、決して生まれない怪獣ではないでしょうか。

やはり不思議な国、日本ですね。

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宇宙定数で時空から特異点は消えやがて事象の地平線は決壊する。

アインシュタインははじめ、ブラックホールが自分の重力理論から導き出せるとの指摘に戸惑っています。

アインシュタインは当初の理論では瞬時に時空が崩壊するので慌てて宇宙定数を導入したが、宇宙定数の正体が今一つつかめないでいました。

膨張宇宙論が出た時、これだと飛びつきます。

膨張宇宙を前提とすれば宇宙は潰れない、そう判断したアインシュタインは宇宙定数を外してしまいます。

ブラックホールとは、アインシュタインにとって避けられたはずの時空の潰れた事態です。

アインシュタインは宇宙定数や膨張宇宙によって時空が潰れる事態が回避できたので、事象の地平線ができる状態にまで思いが至らなかったのでしょう。

まして、特異点が出てくるのは想定してませんでした。

アインシュタインの重力理論から宇宙定数を外してしまえば、特異点が出来てしまう事が思っていなかったのです。

膨張宇宙が特異点を防ぐと言う思い込みは、間違えだったのです。

だとすればアインシュタインの重力理論に宇宙定数を戻せば、どうなるでしょう。

時空の無限収縮はどこかで止まり、特異点は生じないとなるでしょう。

事象の地平線の内側は、いつかは限界に達するはずです。

そして、事象の地平線はやがて決壊して内部は一気にあふれるでしょう。

この事象の地平線の崩壊は、ホワイトホールとして観測されるのかもしれません。

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自己責任とお陰様の関係を考え直してみた。

「自己責任論」とは、全力で責任逃れと責任転嫁をする人達御用達の思想や論理や議論のことを指すのではないでしょうか。

この議論が大好きな人達は自分に危機が及ぶと手のひらを返すように「公助」を求めて絶叫するので、彼らの「自己責任論」は無視と黙殺が効果的な対応ではないでしょうか。

違うでしょうか。

各自は自己の言動に責任を持つべきなのは、言うまでもないでしょう。

人は自分の手に負えない事態になったから助けを求めるのだから、自分も同じような事態で助けてもらいたいと思うなら可能な範囲で助けて恩を売るのが保険をかけることになるのではないでしょうか。

違うでしょうか。

「お陰様で」と言う言葉があります。

私はあなたを助けた覚えはないと、言われた誰もが思うはずではないでしょうか。

ならなぜ、これをあえて言う習慣が出来たのでしょうか。

人の世は持ちつ持たれつであり、直接的に助けた覚えはなくとも巡り巡ってその人に届いている可能性は否定できないからではないでしょうか。

だから、「お陰様」なのではないでしょうか。

私が「自己責任論」を批判するのは、誰もが誰かの「お陰様」で助けられて生きているからなのです。

「公助」とは、「お陰様」の見える化にほかならない、違うでしょうか。

正確には、「公助」とは「お陰様」の中でたまたま見える化しやすい場面の担い手が公的機関やそこに協力している諸団体の活動となるでしょう。

図示するなら、全体集合が「お陰様」であり、「お陰様」の部分集合に「公助」があり、「公助」の部分集合に「共助」があり、「共助」の部分集合に「自助」がある、と言う形で表現出来るのかもしれません。

言い換えれば、「自助」は「共助」に支えられ、「共助」は「公助」に支えられ、さらに「公助」は「お陰様」に支えられるとなるでしょう。

税金とは、「公助」を支える「お陰様」を見える化する手段の一つなのかもしれません。

だとすれば私達主権者は、税金が「お陰様」を見える化するようにきちんと使われているかどうかもっとしっかり監視した方が良いのかもしれません。

違うでしょうか。

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失敗から学べないなら危機管理を充実させられない。

日本人はしばしば、悪い予想に対して「縁起が悪い」と言います。

これは「言霊」や「噂をすれば影が差す」と言う、昔から言い伝えられてきた考えと関係があるかも知れません。

だからできるだけ良い結果を呼び寄せたいと、悪い予想より良い予想をするのでしょう。

危機管理と言う立場からすれば、まずいのですがね。

しかしそうは言っても、それを改めるのは容易ではありません。

日本人が「縁起」や「ゲン担ぎ」にこだわるのは失敗を恐れるからで、もし失敗したら容易に次の機会を得られなくなるのが日本の常だからです

かつて日本人にとって仕事は自然に対するものが多く、失敗が危険と隣り合わせに成りやすいからかもしれません

一度の失敗で全てが無になるのだから、失敗は恐怖の対象なのです。

ゲン担ぎ(験担ぎ)は、ある物事に対して以前に良い結果が出た行為を繰り返し行うことで吉兆を推し量ることで、縁起担ぎの一種です。

良い結果を招くためのまじないのようなもので、良い結果をどうしても欲しい場合、不安による失敗を防ぐ心理的な効果もあるので一概に迷信と片付けられないのです。

「縁起」とは、一種の因果関係についての考えです。

因果関係を、ありとあらゆる事柄の間に見ようとするのです。

そこで、良い言霊や考えや物や出来事は良い結果を、悪い言霊や考えや物や出来事は悪い結果を、を呼び寄せたり予め告げると考えいわゆる「縁起物」を集めようとすることになるのです。

日本人の世界で本気で危機管理を根付かせるには、失敗してもやり直しが何度でも出来る環境つくりをするしかないでしょう。

より良い危機管理とは、過去から学びながら作り上げるものだからです。
もちろん、「縁起担ぎ」や「ゲン担ぎ」を全く無くすの不可能でしょう。
どんなに綿密な段取りを整えても、不安で失敗をしたら何のために備えてきたかわからなくなりますからね。
落ち着いて冷静に対処してこそ、良い結果を得やすくなるわけですから。
そのための「縁起担ぎ」や「ゲン担ぎ」は、これからも無くならないでしょう。

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この猫どこから?

北部から南西部にかけて九州山地や霧島の山々に囲まれて宮崎県の南西部に位置する小林市は知っていたが、字小林で検索をかけてみて驚いたのです。

字小林は、東北で結構見つかるのです。

山形県や岩手県や青森県など、東北の北三県だけでも驚く程あるのです。

地名辞典で探せばさらにあるかも知れないが、検索をかけて見つかるだけでもこれだけありました。

青森県では、十和田市大字相坂字小林、十和田市大字米田字小林、八戸市大字是川字小林、これはまだ序の口です。

岩手県では、一関市大東町大字渋川字小林、一関市千厩町大字小梨字小林、一関市大字滝沢字小林、奥州市前澤古城字小林、奥州市江刺米里字小林、奥州市丹沢郡衣川村字小林、盛岡市本宮字小林、大船渡市立根町字小林、宮古市田老字小林、興味深いのは奥州市の字小林です。

小林と言う苗字は藤原氏から出たと見られているからで、藤原氏の一族がいかにこれらの地に根付いていたかがわかります。

でも、山形県で思わず吹き出しました。

山形県では、山形市大字神尾字小林、東根市字小林、酒田市最上郡真室川町大字新町字小林、そして、なんと猫沢周辺に字小林がやたらと多いのです。

猫沢、気になる地名です。

小林は藤原氏の出とされるが、その藤原氏は秦氏の出と言われるのです。

秦氏と言えば、養蚕との繋がりはあまりにも有名です。

それに、これら小林の地名があるのは各県とも養蚕関連の信仰としておしらさまが祀られている地域なのです。

そうしてみると元をたどれば秦氏に繋がる可能性が強い小林の地名が、やたらと猫沢周辺にあるのは偶然でしょうか。

養蚕家が猫を飼っていたのは繭などをネズミから守る必要があるからで、猫沢と言われるくらいだから相当いたのでしょうか。

どうにも気になります。

猫絵の殿様などという話が出るくらい、猫を手に入れるのは大変だった時代です。

そんな地名にまでなるほどの猫、どこからどうやって手に入れたのでしょうね。

背後には、かなりの勢力がいたのでしょうか。

そう言えば、これらの市にはたいてい八幡様を祀る神社があったり、中には八幡が町の名前になっている地域があるのです。

八幡と言えば秦氏ゆかりの神社、しかも地域の名前になっている場合さえあるのは秦氏の一族がそれなりの勢力を持っていたわけです。

そして、養蚕関連のおしらさま信仰とくれば、これらの地域もまた秦氏の知られざる拠点の一つだったのでしょうか。

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アメリカ合衆国と社会政策と社会主義と聖書と…。

申命記 15章
7 あなたの神、主が賜わる地で、もしあなたの兄弟で貧しい者がひとりでも、町の内におるならば、その貧しい兄弟にむかって、心をかたくなにしてはならない。また手を閉じてはならない。
8 必ず彼に手を開いて、その必要とする物を貸し与え、乏しいのを補わなければならない。
アメリカは合衆国大統領が就任の宣誓の際に、聖書の上に手を置いて誓うはずですよね。
ならば、あれこれと屁理屈をこねて自分達の地域や合衆国にいる貧しい人々に無条件で手を広げようとしない人はいても少数派じゃないと、おかしくないでしょうか。
ところが実際には、あれこれと理由を並べ立ててそれを拒む人、アメリカ合衆国に多くないでしょうか。
聖書の神は、「もしあなたの兄弟で貧しい者がひとりでも、町の内におるならば、その貧しい兄弟にむかって、心をかたくなにしてはならない。また手を閉じてはならない。」と人々に諭しています。

彼らにとってアメリカ合衆国とは、「あなたの神、主が賜わる地」じゃなくて私や私の先祖が選んだ土地だからでしょうか。
自分達の今生きているのは自分達の努力の結果であってそれ以外の何物でもない、だから神は関係ないというのでしょうか。
考えたくはないけれどもしそうならば、アメリカ合衆国の人々の多くはこの聖句を思い出した方が良いでしょう。
イザヤ書 29章
13 主は言われた、「この民は口をもってわたしに近づき、くちびるをもってわたしを敬うけれども、その心はわたしから遠く離れ、彼らのわたしをかしこみ恐れるのは、そらで覚えた人の戒めによるのである。
14 それゆえ、見よ、わたしはこの民に、再び驚くべきわざを行う、それは不思議な驚くべきわざである。彼らのうちの賢い人の知恵は滅び、さとい人の知識は隠される」。
アメリカ合衆国でクリスチャンと名乗る人の多くは、日曜日に教会で聞く聖職者の説教で聖書を学んだ気になっているのでしょう。
様々な出自の人々が共有している数少ない共通点の一つがクリスチャンであることだとすれば、自分達の通っている教会で聞く聖職者の話に少しでも疑問を持つならば、たちまち拠り所となるコミュニティを失いかねないからなのでしょうか。
ここで疑問がわきます。
この教義は聖書の教えの中でも、極めて基本的で大切なものではないでしょうか。
それなのに彼らが拒否反応を示すなら、何かわけがあるはずです。
この教えの実践は、まさに社会政策そのものです。
そして彼らの故郷の地で社会政策は、特権階級の保身としておこなれた性格が強いのです。
彼らは特権階級無き社会を求めて新天地に渡った人達の子孫だとすれば、社会政策の必要性を認める事はすなわち特権階級の存在を前提とした社会に自分達はいると認める事になりはしないかという感情があるのかもしれません。
そして近代民主主義社会で社会政策の充実を誰よりも求めて行動する人々は、社会主義者だったのです。
彼らは特権階級のアメリカ合衆国での存在を否定したいあまり、特権階級の存在を思い起こさせる社会政策に生理的に拒否反応を示すのでしょうか。
若い世代はそのような過去のトラウマより今の自分たちの置かれた状況を解決する方が先なので、社会政策の実行が社会主義なら社会主義は素晴らしいではないかと思うようになったのでしょう。
今後の展開に要注目ですね。

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「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか」この聖句を考え直してみます。

詩編22章の冒頭の言葉、「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか」はイエスの十字架上の言葉として、あまりにも有名です。

世間一般の解釈として、十字架で御父の助けも無く果てる我が身を嘆きながらまさに自身の生涯の預言詩であるこの詩を朗唱する途中で落命された、というのがあるのではないでしょうか。

イエスが御父の助けを全く期待していなかったかと言えば、人の子イエスとしてはそうだったかもしれません。

ゲッセマネで出来るなら飲まずに済ませたい苦い杯も、人の子イエスとしてはそうだったかもしれません。

でも、ゲッセマネでイエスが全身の毛穴から流された血の汗は、それだけが理由だったのでしょうか。

人の子イエスとしては、そうだったかもしれません。

だが私は、引っかかるのです。

最後の晩餐で弟子の一人の裏切りがあると、イエスが告げた際にその人について嘆いたこの一言です。

マタイによる福音書 26章
24 たしかに人の子は、自分について書いてあるとおりに去って行く。しかし、人の子を裏切るその人は、わざわいである。その人は生れなかった方が、彼のためによかったであろう」。
イエスは贖罪の子羊として死ぬ自分の定めを決意して受け止めておられ、むしろ裏切る役回りになってしまった人の運命を嘆き悲しんでおられるのです。
イエスが飲まずにいられたらどんなに良かったかと嘆かれた苦い杯とは、苦楽を共にし心から愛して育て導いてきた弟子の中から自身を十字架に送る裏切りが出るという一番あって欲しくなかった展開が出来るなら嘘であって欲しいと言う悲しみでしょう。
イエスは布教の日々を、弟子の一人一人の思い出の数々を、思い浮かべていたでしょう。
拒まれた悲しみと、悩み苦しみながら成長していく弟子の姿、その挙句に来たのは弟子の裏切り、イエスの味わった挫折感の深さはどれ程だったでしょうか。
しかもその弟子達は、御父の同意無しに選んだ人は誰もいないはずなのです。
それなのに裏切りが弟子の中に出た、イエスの心の葛藤はどれだけ大きく激しかったでしょうか。
だからこそ、全身の毛穴から血の汗が出るほどに苦しまれたのではないでしょうか。
心の底から信頼し尊敬していた御父の人選だからこそ、ユダの裏切りが分かった時のイエスの悲しみと苦しみは普通の人なら耐えられないくらいだったでしょう。
だからこそ、裏切る弟子に対して生まれて来ない方が良かったと嘆かれたのではないでしょうか。
弟子達の前に毅然とした姿でいたイエスも、とうとうゲッセマネで限界に来たのではないでしょうか。
弟子達の前では頼れる師でいたいイエスは、苦しみ嘆き悲しむ姿を彼らに見せるわけなどあるはずがありません。
泣きはらした顔などを見せられる立場ではないイエスは、その苦しみと悲しみを血の汗として流されたのではないでしょうか。

ルカによる福音書 23章
34 そのとき、イエスは言われた、「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」。人々はイエスの着物をくじ引きで分け合った。
イエスが御父にとりなしの祈りをした時、自分を十字架にかけた全ての人のために祈られたのでしょうが、とりわけユダの裏切りに対してなのかもしれません。
この裏切りなしに、贖罪の子羊としての務めを果たすことはできなかったからです。
でも、「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか」と言うこの言葉の裏に込められている想いは、さらに深さがあるのかもしれませんね。

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