思想

粘り強く対話するのが平和への一番の近道だ。

アセアンとヨーロッパの差は、地域の大国と周辺諸国との歴史的な関係の違いがありそうだ。
アジアでは古代から地域の大国である中国と周辺諸国は華夷秩序が作られていたが、ヨーロッパでのロシアは祖国防衛の戦いを通じて大国になったので常に周辺諸国とは緊張関係があったのではないか。

中国の文化や文明は交流の中で育まれ、一定の基準ができたら今度は継承と発展の段階をたどっている。

それは王朝が交代しても続いているが、支配の正当性を主張する手段としてつかわれるからだ。

中原の文化的な優越が、やがて周辺諸国との華夷秩序となっている。

それに対して、ロシアの大国への道は覇権のためと言うよりは防衛線を少しでも遠方に設定することが目的になっている。

周辺諸国との距離を取ることが、安心と安全の確保につながるからだ。

それで、確保した地域の離反には常に警戒をすることになる。

何としてでも、獲得した地域は領土にとどめておきたいのだ。

その結果、これらの地域の動きには神経質にならざるを得ない。

ロシアが常に周辺諸国を軍事行動で威嚇や牽制をするのは、周辺諸国との信頼関係がちゃんと作られてこなかったからだ。
まずは、アセアンを見習って対話の習慣つくりを粘り強く進めるしかないのではないか。

相互の理解には時間がかかるのだから、まずは対話の習慣を根付かせる取り組みを粘り強く続けるしかない。
それには、敵意のないことを態度で示すしかない。
だから、握手やハグなどの挨拶のやり方が生まれたのだ。

まずは、周辺諸国の側からロシアとの信頼関係を築く根気強いアプローチが必要なのだ。

手始めに、ロシアの言い分にじっくりと耳を傾けるところから始めるしかない。

辛抱強く、ひたすら聞くのだ。

どうすればいいのか、ロシアが自分で気が付くまでね。

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電磁波の式も重力波の式も作用反作用で理解できる。

重力波は、電磁波と同じ形式の式で表現ができる。

縦波である重力が横波で表せて電磁波と同じ形式の式にできるのは、エネルギーの大きさの変化の仕方を最大値と最小値の変化の曲線で表せるからなのだ。

重力波は電磁波と同じ形式の式になるなら、発生の基本的なメカニズムも類似なはずである。

重力波を電磁波と比べると、波のタイプはどちらも横波、伝搬の速さはどちらも光速のC、振動の向はどちらも伝搬方向と垂直な方向、振動するのは電磁波は電界と磁界だが重力波は2次元空間な点だけが異なる。

では、重力波で振動している2次元空間とはどういう状態か。

重力を振動させれば、正の重力と負の重力が当然のことながら生じる。
この負の重力とは何かといえば、当然のことながら反引力なはずなのだから斥力でなければならない。

この基本的な物理原則を無視するから、おかしくなるのだ。

電磁波は電場が磁場を産み磁場が電場を産む無限の反復なのだから、重力波は斥力が引力を産み引力が斥力を産む無限反復であって何がおかしい。
重力を時空から生み出した斥力こそ、赤方偏移の原因とされる宇宙定数にほかならない。

ハッブルが見つけたのは赤方偏移であって、宇宙の膨張ではない。
赤方偏移の解釈は、アインシュタインの導入した宇宙定数であってもよかった。
宇宙定数の検出に成功と判断されていたら、膨張宇宙論は対抗仮説でしかないことになる。
作用反作用で解釈可能な宇宙定数の方に、膨張宇宙より分がある。

ハッブルが赤方偏移の原因を宇宙膨張と捉えたのは、重力で見つかっているのは引力だけだからと言うだけの理由なのだ。

経験のないものより経験のある方が、理解しやすいからなのだ。

だが今や宇宙には、正体不明の斥力が働いていることがわかっている。

この正体不明な斥力はビッグバンの延長上に働いているとみられているが、近年の研究では宇宙定数との関係が注目されているのだ。

だが元々宇宙定数の導入は、アインシュタインが自分のモデルで宇宙が瞬時に潰れるので応急処置で引力と大きさが同じで向きが反対な作用が必要になったからである。

引力と大きさが同じで向きが反対な作用と言えば、宇宙定数と引力はまさに作用反作用の関係ではないだろうか。

そして宇宙定数は斥力として、作用している。

電磁波と重力波は同じ形式で式が書けるなら、電磁波では電界と磁界が直交しているように重力波でも正の重力と負の重力の直交であるはずだ。

ここで疑問が生じるのは、電界は発散し電荷の担い手があるが磁界は発散しないし磁荷の担い手がないのはなぜかということだ。

結論から言えば、作用反作用の関係にあり半波長ずれているだけだからなのだ。

見やすくするための工夫として、直交する波として表現されているだけだ。

電界が作用で磁界が反作用の関係になる。

なぜ引力は質量の周りを取り巻く形でしか表せないのかと言えば、反作用に過ぎないからなのだ。

その点宇宙定数は、発散する形で表せる。

そして宇宙定数は斥力として働いているのだから、斥力が作用で引力が反作用なのだ。

重力波と電磁波は作用反作用の関係を表した式であり、重力波では作用が斥力で反作用が引力になり電磁波では作用が電界で反作用が磁界となる。

重力波と電磁波を比較して、連立方程式を解くように読み解いたらスッキリする解釈にたどり着いた。

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恐竜と鳥類は哺乳類と一緒にしたほうがいいのか?

恐竜で面白いのは、足の付き方や体毛のあるのとないのがいるところは哺乳類に近いけど卵を産み消化器系は鳥類に近いこと。
鳥類にも消化器系の一部を使って授乳するのがいるので、恐竜だって口移しの授乳をしているかもしれない。
想像は尽きない。

この件ではすでにこれまでにも触れたので、ここでは深入りはしないけど。

単弓類をめぐって爬虫類はどうなっていく? 

恐竜はミルクを出すか。 どこへ向かうか、恐竜研究。その3 

新しい発見があれば、また考察したい。

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大手メディアと自由民主党は大企業が主要なスポンサーという点で同じ穴の狢。

もう何年も前のことだが、物凄く米が不作で不足が深刻と言われた時があった。
私は偶然放送局のマイクが来たので、コメ余りが深刻だからと減反をしてきたんじゃないのか備蓄米があるはずだと言ったら局の人間が青ざめたのを昨日のことのように覚えている。
もしこれが流れたが最後、思い出した人々は口々に備蓄米を出せと言いだして世論の流れが変わったかもしれない。

たとえ、一回しか放送されなかったとしてもだ。

日々の生活に追われて、忘れていただけだから。
今から思えば、大手メディアと自由民主党は大企業が主要なスポンサーという点で同じ穴の狢だからなんだと合点がいく。
大手メディアと自由民主党は大企業が主要なスポンサーという点で同じ穴の狢だと、多くの人がすぐにピンと来ないのも仕方がないかもしれない。
こういうことは、気が付くまで時間はかかるものだ。
だが一度気が付いてしまえば、もはやそうにしか見えなくなってくるのだ。

都合の悪い事実は、巧みに隠されているのである。
多くの人は、忙しさの中で忘れてしまうのだ。
それが狙いなので、なかなか労働時間の短縮が進まないのかと勘繰りたくもなる。
それに子どもの頃から、コマーシャルを見慣れているからね。
資金管理団体経由で隠されているので、大企業がいくら出しているかすぐには見えないようになっているからというのもある。
こうして都合の悪い事実が、国民の目に触れないように巧みに隠されている。
だから私は、大手メディアは情報源として利用はするけど鵜呑みはしたくないのだ。

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社会主義や共産主義と労働時間と自由と民主主義とはどういう関係か。

社会主義や共産主義の実現のための運動は、生産を利潤追求から人々の必要を満たすための本来の姿に戻す新たなルネサンスなのです。

人々はそれによって利潤のための労働時間から解放され、自己実現のために使える時間を手に入れるのです。

資本家が共産主義を嫌うのは、利潤追求のために労働させる時間が減らされるからなのです。

資本家にとっての富の源泉は、賃金の支払いに必要な生産のために働く以上の余剰労働だからです。

賃金のために働くのは、必要労働です。

売上に占める利益とは、余剰労働によって生まれた富が目に見える金額となったものです。

社会主義や共産主義は労働時間は賃金のために働く時間で十分だというから、資本家にとってはけしからん思想であり運動なのです。

働くものは生産を利潤追求から本来の姿に戻すことで、自分たちの可能性を実現するために使える時間が手に入るのです。

いま日本では、賃金のための必要労働の時間は8時間労働のうちの半分以下なのです。

資本主義の下では、どんなに労働時間を短縮しても余剰労働の時間は残されます。

この余剰労働の時間で生産される生産物こそ、周期的に景気を変動させる元凶と言えるでしょう。

利潤追求のための生産はどうしても余分な製品と不況と失業を生むが、本来の人々の必要のために行われた生産は人々の求めるものだけが作られるので生み出すのは一人ひとりの自由な時間です。

基本的に生産活動は、人々の必要のために行われるからものだからです。

利潤追求のための生産は一方では飛躍的に科学や技術を発展させるけれども、他方では浪費を産み周期的な不況や大量な余剰生産物もまた生み出し失業も生み出すのです。

自由と民主主義と社会主義や共産主義の関係は、生産を本来の姿に戻そうとすれば人々は誰もが自由に自らの必要のために発言し行動できなければならないのです。

自由で民主的な条件の下で発言や行動がなされてこそ、本当に必要な生産物の量がわかるからです。

だから、自由と民主主義を社会主義や共産主義は目指すのです。

そして、労働の時間は抜本的に見直され大幅に短くなります。

そうしたら、人々は自らの能力と可能性をのびのびと花開かせる時間をたっぷりと手に入れられるのです。

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平和外交のために今こそ歴史に学ぼう。

「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです。」
リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカードイツ連邦共和国第6代連邦大統領が1985年5月8日に行った「荒野の40年」と呼ばれる演説の一部で、あまりにも有名な一節です。

歴史から学ばないと、現在の選択も間違えると訴えているのです。

例えば日露戦争の時も、日本は日英同盟の後に日ロ通商で戦争の回避をしようとしているのです。
危機回避のために急ぐ日本と日本が本気で攻めると思っていなかったロシアの認識のずれが、事態をこじらせたことが明らかになってきました。
アセアンが取り組む対話の習慣化が、いかに大切かがこれからもわかります。

湖南事件とも呼ばれる大津事件は、1891年(明治24年)5月11日に日本を訪問中の後の皇帝ニコライ2世となるロシア帝国皇太子・ ニコライ・アレクサンドロヴィチ・ロマノフが、滋賀県滋賀郡大津町(現・大津市)で警察官・津田三蔵に突然斬りつけられ負傷した暗殺未遂事件です。

これが日本とロシアの戦争にならなかったのは、天皇から一般人に至るまでお見舞いの意思を表したからです。
この当時の日本とロシアの関係は相互の文化を大いに紹介しあう良好な状態だったので、誰もがそれを壊したくなかったのです。

幕末から明治にかけて日本とロシアの間に緊張関係がなかったわけではないが、日常的に営まれた漁業を通じての民間の交流が日本では函館から全国に広がりロシアでもヨーロッパからのジャポニズムの影響もあって日本文化への関心が高まっているのも日本とロシアの関係がよかった事情が背景にあります。

にもかかわらず日露戦争になったのは、やはり日本とロシアの認識のズレを解消することを可能にする日常的な対話の習慣が日本とロシアの間になかったのが大きな理由になるのです。
アセアンが一年に1500回以上の対話を重ねる関係を作ってきたのは、認識のズレが戦争の原因となった歴史の教訓を学んだからなのです。

いま日本は、歴史から学んだ教訓を盛り込んだ憲法を持っています。

前文から、引用しましょう。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

日本はアセアンが積み重ねてきた教訓からも学んで、全世界に向けて大いに平和外交のために対話を呼びかけるべきでしょう。

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宇宙定数と重力波を考える。

膨張宇宙論で宇宙定数が注目されるようだが、アインシュタインが引力で速攻で潰れないよう苦し紛れに入れた引力と大きさが同じで向きが反対な作用。
これって、作用反作用の法則と違うのって誰も突っ込まないのが謎すぎる。

物質が時空をゆがめると言うが、どうやって歪めるのか誰もメカニズムを問題にしないのも謎すぎる。

宇宙定数は、引力を生じさせる時空の歪みと関係ないのか?
引力と宇宙定数が作用反作用の法則でつながる可能性は、ないのか?

そもそもブラックホールは、二次元で近似された時空の蟻地獄みたいな図が有名だが時空は3次元の空間と1次元の時間が合わさったもんだろ。
ブラックホールは無限に深い穴ではなく、極限まで圧縮された時空を大質量天体の周囲に描くのが物理的には本当じゃないのか。

なんで物質の周囲で宇宙定数が測定できないかと言えば、ベクトル合成で引力しか現象してないように見えるからだろ。
重力波と電磁波は似た形式の式になると、聞く。
引力と宇宙定数が作用反作用の法則で繋がれば、電磁波と同じ形式で重力波の式が書けても不思議じゃない。

電場と磁場も、作用反作用の法則とみていいはずだ。
作用が電場で、反作用が磁場だろうか。
電場を持つ素粒子のスピンで、磁場ができるのだから。
物質の零点振動が宇宙定数を産み、時空から反作用として引力が生じるのだろう。
時空の歪みが引力なのだから。

電場の回転の歪みが磁場を産み、物質の零点振動が宇宙定数と引力を産むのだろうか。
これは、想像に過ぎないけどね。
電子はあまりにも小さいので数学の点のように見ていいとみられているが、質量を持つ以上どんなに小さくても大きさがありスピンは実際に回転しているはず。
そして、時空にねじれを産んで横波の電磁波が生じる。
物質は零点振動しているので周囲に粗密波が産まれ、重力波が生じる。

零点振動の、正の方向で宇宙定数が負の方向で引力が交互に生じて伝播しているのが重力波ではないか。
これはまだ、仮説だが物理的には無理がないはずだ。

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憲法について考えてみた。

憲法9条で国を守れるかと言う人がいるけど「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と世界に向かって公約している条項なのです。
公約を守らないと、逆に日本は世界から信頼を失うのです。

憲法と言うのは、私たちの国はこういう基本的な方針でいきますと国の内外に向けて宣言した公約なのです。
すべての公務員は憲法を守る義務があり、議員もその中に含まれます。

憲法改正をしている国があるというけど、基本的な内容は変えないで部分的な修正をしているだけです。
なぜかというと、法律に書けばいいことまで簡単に変えられないようにするために憲法に書いてしまったからなのです。
日本国憲法は、細かいことは法や政令にゆだねて基本的なことしか書いてないのです。

憲法にはこの国はこれを基本に据えますという内容を書くからこそ、どの国もそういうものとして憲法を作っているのです。
法律にすると時の権力の都合で簡単に変えられてしまうから、それでは困るものをまとめてあるのが憲法と言うこともできます。
基本法とも呼ばれるのは、このためなのです。

憲法は国をこういう方針で動かしますという基本だから、法律も政令も条例も政府のすべての決定は憲法にあっていないと無効とされます。
だから、違憲立法審査権を持つ機関として裁判所が機能を発揮しないといけないのです。
それを監視する権利と義務は、主権者である国民にあるのです。

政府の決定は国であれ地方であれ、憲法にあっていないといけません。
それを日常的にチェックする役目も、議会は持っているのです。
もちろん、国民の声を政治に反映するのが議会の一番の役割です。
だから憲法審査会はこれまで開かれてこなかったのです。
憲法審査会は、改憲のための議論の場だからです。

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陰陽だけで説明していいですか。

七支刀も蛇行剣も祭祀に使われたのは明らかだけど、問題はどういう理由が考えられるかだ。
恐らく、陰陽思想が関係あるだろうがそれだけではない。
七支刀の七は、まず思い浮かぶのが北斗七星だ。
北斗七星は中国で「天帝の乗る車であり、四方を司る神」とされそこから発展して、北斗七星は人々の長寿や豊かさを司ると考えられた。
陰陽道でもその考えを取り入れ、「属星祭」という祭として北斗七星に対する信仰が行われるようになる。
蛇行剣は、蛇をその長さから息や声の象徴としてとらえて神の言葉を地上におろす儀式に使われたのかもしれない。
陰陽が表の顔とすれば、裏の顔がカッバーラとの関わりだ。
七支刀はその形からメノラーの変形の可能性があるし、蛇行剣も聖書の癒しの青銅の蛇と関わりを疑ってもいいかもしれない。
何しろ日本の文化は一皮むけば、聖書を連想出来るものがいろいろあるという指摘もある。
イスラエルで失われた十支族を探している組織があるが、シルクロードに沿って分布しているという。
その東の端に、日本がある。
失われた十支族の大半が、日本にきたかもしれないという声もある。
あなたはどう見るか。

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神との和解について考える。


多くのキリスト教の宗派では、神との和解は大きなテーマの一つになっております。
それは、全ての人は禁断の木の実を食べたアダムとイブの子孫として二人の原罪を引き継いでいるとされるからです。

それでマリアのイエスの受胎は「無原罪のお宿り」として、キリスト教芸術の最大の主題の一つになっているのです。


誰が神に許されるのか、どうすれば神に許されるのか、多くの神学者が悩んできました。

誰もが新約聖書でイエスに「あなたの罪は許された」と言われた人達のように、神から「あなたの罪は許された」と言われたいからです。

しかし、神はそう簡単に「あなたの罪は許された」と仰って下さるわけではありません。
では、どうなさるかと言えば忘れて下さるのです。

アダムとイブは、禁断の実を食べたことを忘れて戴けたので皮の衣を頂戴しました。


私達にある罪は、私達自身の判断ミスによるのです。
アダムとイブによって私達は選択の自由を手にした結果、判断ミスを犯してしまう運命も背負っているからです。
御父に忘れて戴くのは、私達自分の判断ミスなのです。
私達は、失敗からたくさんの教訓を得るからなのです。

それでは、私達のミスを御父に忘れて戴くにはどうすればいいのかと言うことになります。
教訓を学ぶことが悔い改めとなるけれど、御父に忘れて戴くにはまだ不十分です。
悔い改めてさらに独り子であるイエスの執り成しを求めて、御父に祈るのです。

イエスの贖罪の死を私の贖罪として受け止めてくださいと、祈るのです。

言ってみれば、私達はみなイエスの贖罪を代わりに受け止めていただくたびに御父に借りを拵えているわけです。

自分の十字架を背負ってついてきなさいと言うのは、これからの全生涯をかけて返済する御父に対する借りを忘れることなくついてきなさいってことだったんですね。

それで疲れたら、イエスのくびきを自分の肩にかけて助けて頂きながらやり方をしっかり学んで少しずつ御父の目にかなう返済方法を覚えていきなさいというわけですね。

なるほど、私達に永遠の命があるわけだわ。
復活した後の体の話ですけどね。
限りのない時間をかけないと返済出来ない借りを、御父に作っちゃうわけだから。

イエスの名によって御父に祈るたびにね。

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